「かぐや様。卒業生について調査いたしました。しかし、如月幸につながるような者は…」
「そうですか。苗字が変わった者についても?」
「はい。OB会を中心に調査いたしましたが、何も見つからず。加えて転校、退学した者の中にも見つからず…これ以上掘り下げるようであれば問題が生じる恐れが」
かぐやは早坂から手渡されたファイルを眺めた。
「如月幸。母は死去、父は内閣府勤務だが実態はなし。公式的には普通の公立中学校卒業だが実際に在籍していたような情報は何も出ず。ここまであからさまに怪しいということは、そういうことね」
「えぇ。これ以上踏み込むな、ということでしょう」
「ここまで巧妙に隠せる権力――鬼が出るか蛇が出るか。面倒なことね」
「そうですね。唯一分かることがあるとすれば」
早坂は一度言葉を切り、ため息をついた。
「彼が過剰に大切にされているということだけ。四宮の者たちの尾行は全て撒かれました。あの守りは並大抵のものではありません。登下校だけでどれほどの人員が割かれているのか考えたくもない程です」
「おもしろい話ですね。愛に臆病な彼が誰よりも愛されている――いえ、逆にこれが原因ですか。納得しました。愛ゆえに愛に臆病となるとは皮肉な話です」
「と言うと?」
「如月さんは愛情深いのでしょう。愛を注ぎ、愛を返される。それが当たり前と考えている。そう、育てられた。だからこそ、求めた愛が返ってこなかったこと――そんな経験一つで折れてしまう。臆病になる」
「はぁ…そういうものでしょうか」
早坂は納得いかないとばかりに返す。目にはありありと不満が透けている。
「私も早坂も四宮に染まりすぎているのよ。そんな風に蝶よ花よ、と育てられた子だって案外いるわ」
「理解できない感覚ですね。それで、調査はこれ以上続けますか?」
「いいえ。好んで虎の尾を踏む趣味はないもの、あの子には権力欲も何も感じないわ。如月さんは可愛い後輩、今はこれで十分」
☆☆☆
「カフェですよカフェ!!サチちゃん。高校生のコミュニケーションと言ったらこれしかないですよ!」
とある昼休み。生徒会室にて。
スマホから顔を上げた千花がおもむろに宣言をし始めた。
「はい。師匠」
「あ、サチちゃん。意味がわからない時にとりあえず頷くのは減点ですよ!!女の子はそういうの敏感なんですから」
「ごめんなさい、師匠」
「素直でよろしいですよ。我が可愛い弟子」
そしてスマホの画面をサチに見せつける。
『あの初花グループがプロデュース!!デートに最適!?新感覚CAFEオープン』
写っているのは近々オープン予定であるカフェの記事である。
「なんとタピオカがセルフで乗せ放題らしいですよ」
「そうですね。ジャムなどのトッピングも充実しています」
「あれ?サチちゃん詳しい…?もしかして私が乗り遅れてます?」
「いえ、そんなことはないかと。知る機会があっただけです」
どんどんと記事をスクロールしては千花はため息をつく。
「でも混んでますよね~」
「師匠。そんなに飲みたいんですか?」
「もうっ。サチちゃんは分かってないですね。高校生の友達同士と言ったらタピオカを飲みにいくのがナウでヤングで最強なんですよ」
相変わらず千花は意味の分からない理論を押し通そうとしていた。
「サチちゃんだって友達が出来たら放課後カフェに行って、コイバナをするんです。それでどんなところが好きか語り合いながら一緒にラインの文面を考えてデートに誘っちゃったりするんですよ!!」
「そうですか。敷居が高そうです――でも」
手を合わせてくねくねしながら妄想の世界にトリップしていた千花が止まる。
「でも?」
「そのカフェに行くことなら叶えられそうです」
「へ?」
そして時は数日流れた。
☆☆☆
千花は件のカフェの前にいた。正直よく状況は飲めていなかった。
カフェはオープン直前であり、外から覗く限りは内装は既に完成しているようで、今すぐにその扉が開いてもおかしくなさそうだ。
なんだか落ち着かなくて早く着きすぎてしまった千花は今か今かと幸を待ち続ける。
数分経って、キキィと、千花の前に車が止まる。黒塗りで明らかに高級車ですよと強く主張する形だ。千花の祖父が乗り回していた車によく似ている。
エンジン音が止まる。そして千花の予想とは違い全然いかつくない運転手が出てきて、後部座席のドアを開く。
何が出てくるんだと多少びびった千花の気持ちを、ある意味裏切って出てきたのは幸であった。
「おはようございます――ごめんなさい。お待たせしました」
「さ、サチちゃん。その、すごい登場ですね~」
千花は何ともあやふやな感想を述べた。
「一人で行くと言ったのですが、お父様が心配して車じゃないとダメと言うので…」
そこじゃない。そこを深めて欲しいんじゃない。と千花は静かに思った。
「でも今日のサチちゃんはおしゃれさんですね!!」
「師匠も可愛いですよ。制服姿以外を初めて見ました」
「もっと褒めていいんですよ!更に感動もあったら花丸です」
相変わらずセリフに表情と感情が伴っておらず、無表情の幸を千花は減点をした。
ごめんなさい、と一言告げて、幸は人差し指で自分の髪を撫でた。
いつもはストレートで肩口まで伸びている色鮮やかな金髪が、今日は緩やかな曲線を描いていた。
「その、変じゃないですか?久しぶりの休日の外出で家の者が張り切ってしまって」
「かわいいですよ~!!」
「それなら安心しました」
安心したように息を吐いて、幸はカフェの中へ入る。それに次いで千花も入る。
「来週の開店に向けて、今日は関係者向けのプレオープンなんです。午前中の間に少し体験出来るようにお父様にお願いしました」
「…サチちゃんのお父様は何者ですか」
「ここを経営するグループにいるんです――怖い権力者とかじゃないですよ?」
「心から安心しましたよ」
千花はいつかの記事を思い返す。
初花グループがプロデュース。そんな文言が宣伝には書いてあったはずだ。
初花家――あの四宮家と並び立つ四大財閥の1つである。政界と第一次産業を中心に強い影響力を持つ名家である。現在の総理とてこのグループの元トップであり、現在はその息子がトップに立っている。
その初花グループはもちろんエリート中のエリートが集うところであり、秀知院学園出身者も非常に多いのだ。
聞いた限りだと幸の父親はそれなりの立場なのだろう。故に、まるで純院の生徒のような金持ちムーブにも千花は納得をした。
「この時間に対応してくれるスタッフの方も、普段うちで働いている方々なので安心して寛いでください」
言いながら目の前のスタッフの女性からカップを受け取る幸。
1つを千花に手渡す。
「どうぞ師匠。あとはお好きにやっちゃってください」
「待ってました~!!」
☆☆☆
きっちりと大量のタピオカを2杯流し込んでから千花は口を開く。
「うーん。満足しました。サチちゃんこの後はどうしますか?」
「師匠にお任せします。何も予定はないのですか?」
「もっちろんです。今日は遊び歩く気満々なんですから」
あ、でも。と千花は続ける。
「全部お任せは、めっ!です。お互いにしたいことをし合ってこそ友達ですよ」
「うーん…でも、思いつきません」
「じゃあサチちゃんの好きなところに行きましょう!!てるみー!!」
幸は小首を傾げながら考える。
最近の幸は学校以外で出かけた覚えもなければ、どこかに行きたいとも考えたこともなかった。
好きな場所、好きなこと、どれも彼が押しとどめたものだった。
中々言葉が出ない幸を見て、千花は言葉をつづけた。
「サチちゃんは優しいですけど、それだけじゃきっとダメなんです。もっと自分をだしていきましょう。時にはぶつかり合わないとダメなんですよ。私とかぐやさんみたいに」
「ぶつかり合う。ですか」
「そうです。何事も壁にぶつかって、乗り越えて、強くなるんです。友達関係だってそう。お互いのやりたいこと、異なった考えをぶつけ合うんです。だから自分の考えを言うって大事なんですよ」
挫折と修行と闘争が人を強くする、千花は根性論が好きだった。
いつかのひたすらに冷たいかぐやと仲良くなった彼女は、何度もぶつかり合ってきたのだ。
少し静かな時間が過ぎて、やがておずおずと幸は口を開く。
「――師匠。僕には大好きな人がいます」
それは、小さな呟きだった。
「でも僕のせいで、きっと傷つけてしまっているんです」
小さな小さな呟きだった。
「サチちゃんは、その人が大事なんですよね」
「はい。とても。とても」
「じゃあそれをどんどんぶつけましょう。いいですか?大事なのはサチちゃんがどうしたくて、どうなりたいかです。大切なものを大切にするために必要なのは、傷つけないために触れないことじゃなくて、それが大切だと主張すること、ですよ」
「僕が、どうなりたいか」
千花は幸の事情など知らない。でもこの後輩の願いが「友達がほしい」ことで完結するものではなく、その先に何かがあると察してはいた。
だってそこで完結するのであれば、もう千花と幸は立派に友達だ。
自身を頼るこの後輩から零れ落ちた本音を千花は敏感に感じ取った。
「じゃあプレゼント大作戦です!!その人の好きなものを買いに行きましょう!!まずは物で愛を勝ち取るんですよ」
両手に拳を作り、気合十分です!というポーズをする千花を見て。
幸は微笑んだ。そう、確かに微笑んだのだ。花が咲くように、確かに。
「わかりました。――やっぱり、師匠が大好きです。師匠みたいに、なりたい」
「そ、そうですか、改めて言われると師匠も照れちゃいますよ。でも私みたいに、ですか?」
「だってぶつかったらきっと、折れてしまいます。僕は、弱いから」
その言葉を聞いて、千花も微笑み返した。
「いいんです、折れたって――だってサチちゃんは一人じゃないです。師匠がついてますもん。いつだって何度だって私が、その手を引っ張り上げられるんですから」