藤原千花は育てたい ~恋愛師弟戦~   作:ころん

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7月
【5】せいとかい は あんやくする


 それは二十数年前のこと。

 

 『あなたが初花司――学年1位ね』

 『君は?』

 

 初花家次期当主として秀知院学園で尊敬と畏怖を集める彼は見知らぬ生徒に話しかけられた。

 その生徒は鮮やかな金髪に白く透き通る肌、日本人離れした特徴的な容姿であり、彼の記憶に全くないことからも外部進学の生徒であろうと当たりをつけられた。

 

 『私は如月桜。あなたから1位の座を奪い取る者の名前よ』

 『初花月は2月を表すわね。私の苗字、如月もよ。運命感じないかしら』

 『この学校に響かせてあげる――初花ではなく、如月を』

 

 美しい顔で自信満々に不敵な笑みを浮かべた彼女に、誰もが目を奪われた。

 

 

 

 そんな出来事から数か月が過ぎて、宣言通りその女子は司から1位の座を奪い続けた。

 そして、1位の座だけではない、彼女は生徒会長の座をも勝ち取ったのだ。

 

 『司――あなたが副会長よ。ちゃんと私を支えてね』

 『嫌味な奴が、この超人め』 

 『ふふっ、そうやって悪態ついてるぐらいが素敵だわ』

 

 

 如月桜は圧倒的なカリスマで外部入学の生徒とは思えないほどに学園をまとめあげた。

 もちろん、そこに批判的な者もいたが、初花の名前を持った副会長の前には全員が黙ったのだ。

 

 『桜。結局お前は何を目指すんだ』

 

 ある日、司は問いかけた。圧倒的に優秀なこの会長の行く先が純粋に気になったからだ。

 

 『かわいいお嫁さんよ』

 『は?俺は真面目に聞いてるんだが』

 『私も真面目よ』

 

 確かに、その表情に特に含むものはなさそうだった。

 

 『私は貧乏だし、親の顔だって知らない。だから幸せな家庭を築くのが夢なの。でもいい男を捕まえるためにはやっぱり自分を磨かなきゃじゃない?だから私は頑張ってるの』

 『そうだったな…悪い』

 『謝る必要ないわ。私は家族を幸せにしてあげたい。誰よりも素敵なママになるの』

 

 

 それから2人は一緒の時を過ごした。

 二期連続で生徒会長を桜は勤め、司も副会長としてそれを支えた。

 

 『――桜。俺はお前を尊敬している。誰に指図されるでもなく、自分で決意をして、ひたむきな努力で俺の上に立ち続けるお前をだ』

 『あら、私は自分の責務を全うできるあなたを尊敬しているわ。私だったら窮屈で無理よ』

 

 

 時間は、友情を育み、そして。

 

 『キャンプファイヤーって素敵ね。来年は受験真っ盛りかしら』

 『お前の成績ならどこでも余裕だろうが。嫌味か』

 『あら、あなたもそうでしょう?』

 『だが俺は初花に恥じぬ者として主席合格をしたい。目の前に一番のライバルがいるがな』

 

 二人とも志望校は同じであった。

 それから2人はしばらく口を開かなかった。

 

 キャンプファイヤーを囲む生徒たちの楽し気な声だけが、生徒会室に届く。

 

 

 

 『――私』

 

 それは今まで聞いたこともない声だった。

 小さくて、弱くて、震えた呟きだった。

 しかし、その瞳には強い意志が宿っていた。

 

 『私、私!!!』

 

 気持ちを奮い立たせるように桜は頬をぱちん、と叩く。

 

 そして改めて、司に向き合った。

 目と目が合った。

 

 『司。あなたを、愛してる。家柄も、何もかも釣り合ってないけど、待っていて、欲しい!!絶対にあなたの横に立て――』

 『無理だ』

 

 『無理だ、桜。俺は、待てない』

 

 『そ、そうよね。ごめんなさい』

 

 『違う!!!俺は今すぐ、お前が欲しい――愛してる。家も何も関係ない、そんなこと気にする奴じゃないだろお前は』

 『俺が――お前を幸せにする』

 

 力強く抱きしめて、涙に濡れた瞳に口づけて。

 

 驚いたように目を見開いた、女の子は。

 世界一可愛い笑顔を浮かべて。

 

 『もう最高に幸せよ。私も、あなたを幸せにしたい』

 

 今度は唇を合わせた。

 

 

 そして、近い未来、彼らの愛の結晶には幸と名付けられるのだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 七月某日。生徒会室にて。

 

 「あ゛~暑い。暑いですよ。脳みそとろっとろになっちゃいますよ」

 

 千花はここ最近恒例となりつつある呪詛を吐き続けていた。エアコンのない生徒会室。真夏の気候。仕事環境は最高に最悪だった。

 

 「またプールにでも行くのはどうでしょうか」

 「あ~いいですねえ、最高です」

 

 映画にカフェに買い物に、千花が友達作りの一環として連れ出した場所は両手で数えられないほどになっていた。

 幸は世間知らずである。良く言えば浮世離れしていた。プールにも行ったことがなかった。

 千花にとってはまるでもう1人のかぐやを見ているようなものである。

 

 「そういえばまた心理テストを仕入れたんですよ!サチちゃんもやってみましょうか」

 「はい。師匠」

 

 何かを提案すると、まず難色を示すかぐやたちとは違い、この弟子は千花にとって便利であった。何も疑うことなく受け入れていく様は自分色に染めているようで彼女にとって心地良かったのだ。

 

 「『本棚にあった絵本を開いてみると、そこには魔女の絵が描かれていました。それはどのような魔女でしょうか』」

 「魔女、ですか。ちなみに師匠は何と答えたのですか?」

 「私は~ドジっこ魔女と答えましたよ!」

 

 幸は首を傾げ、考える。

 魔女、どのような魔女か。

 

 「――森の奥から出ない魔女。です」

 「引きこもりですか?」

 「引きこもり、と表現するかは分かりません。物語でよくいませんか?世俗から離れて暮らす孤独な魔女です」

 

 千花は少し困ったような表情で止まる。

 生徒会室には、蝉の声だけが響いた。

 

 「サチちゃん!!喉が渇いて死んじゃいそうなので飲み物買いにいきますよ!!」

 「え、あ、はい」

 

 千花は強引に幸を連れ出してごまかした。

 生徒会室の扉が強引に閉められる。

 

 

 「藤原先輩もあんな回りくどいことするんですね」

 「1周回って分かりやすいぐらいですが」

 

 ソファに座って作業をしていた石上がノートパソコンを先輩2人に向かって示す。

 

 「『あなたが認めたくないあなた自身の性格です』か」

 

 白銀がため息とともに呟く。そこに表示されているのは心理テストの結果だった。

 

 「見かける感じでは友達作りは順調そうなんだがな」

 

 白銀は生徒会長として、学校の様々なところへ顔を出す機会がある。

 その中で、幸を見かけることももちろんあったのだ。最初は一人でいることが多かった彼だが、最近では同級生に囲まれている姿をよく見かけていた。

 

 「あれは藤原先輩のおかげですね。クラスの奴が言ってました」

 「ほう?藤原書記が何か?」

 「特別何かしたってわけじゃなさそうですけど。いっつも一緒にいて遊び歩いてるらしくて、それで普通に接していいんだ、ってみんな思ったらしいですよ」

 「まあ俺も如月がゲームしている姿は違和感を感じるから分かるな」

 

 生徒会室で石上のゲームを共にするお姫様顔の幸の姿は、マサイ族がスマホを使っているぐらいのギャップを感じられる。別に何もおかしくはないはずなのに何かおかしく感じるのだ。

 

 「しかし、実際のところそれがゴールではなさそうな感じはしますね」

 「四宮は何か知っているのか?」

 「いいえ、推測です。しかし如月さんが変えたいと願ったのはもっと根本のような気がします。彼の性格であれば私たちや藤原さんの助けがなかったとして、今の状況にはたどり着いていたでしょう」

 「そして、それも本人自身とてよく分かっている、と?」

 「ええ。その上で彼が助けを求めているのは何なのか――友達作りは過程でしかない。もっと根の深い部分、それを変えたいと願っている。そこから零れ落ちてきた願いかと」

 

 白銀は口元に手を持っていき、思考する。

 ここ二か月、白銀は幸と関わり合ってきた。その1つ1つを思い出していく。

 

 始まりは千花が幸を強引に引っ張ってきたときからだ。それから生徒会室に何度も連れて来られて、細々としたことを手伝ってもらい。時に状況をかき回してきた千花を引き取ってもらい。ゲームに参加をすれば、無難に過ごし――

 

 「俺たちは如月のことを全然知らないな」

 「ですね。あいつの好きな食べ物すら知らないですよ」

 

 ――なあ如月は何か趣味はあるのか?

 ――白銀先輩は何かありますか?

 ――俺は天体が好きだからな。星を見たりだとかかな?

 ――僕も星は好きですよ。

 

 いつものらりくらりと、躱されている。

 

 「そこでしょう。如月幸という実体を私たちは知りません。彼が何者で何を本当に求めているのか。そしてそれは藤原さんも。あんな心理テストをするぐらいですから」

 

 言いながら、かぐやは白銀の机から書類を一枚引っ張りだす。

 

 「ですが私たちは生徒会です。悩める生徒たちの味方――何よりあの2人は友人と言って差し支えないでしょう。どうするか迷いましたが、この際なりふり構わず彼のことを知るべきでは?」

 「うわ、四宮先輩それ職権乱用ですよ」

 「あなたもその乱用によってここに引っ張り出された一人ですよ」

 

 石上はその恩を出されては強く何も言えなかった。

 

 「それでその紙はなんなんだ四宮」

 「今年度の寄付金の一覧、その金額上位です」

 

 秀知院学園は寄付金に運営費を頼っている部分がある。その寄付金の扱いについては生徒会の仕事の大きな部分を占める1つだ。

 生徒総会に向け、白銀たちはこのような学校運営の根幹に関わるような資料について整理をしていた。

 

 「今日、この一覧を見た時、私は強い違和感を感じました」

 「ほう。違和感とは」

 

 椅子から立ち上がり、かぐやの持っている紙を白銀は覗く。

 そこには「四宮」や「柏木」など見知った名前が並んでいる。

 しかし並んでいる名前自体に特に違和感は感じられない。

 

 「ここ、初花家です」

 

 初花。ハツハナ。それは四宮に並ぶ四大財閥の1つであった。四宮と同じくここ秀知院から多数の卒業生を出している名家の1つであり、政界に大きなコネを持つ家だ。

 

 「初花家からは多数の卒業生がいるからな。特に違和感はなさそうだが」

 「ええ。存在自体に違和感は全くありません。しかし注目すべきはその金額です」

 

 そこに記された金額は四宮に全く引けを取らない金額であった。

 寄付金を集めることも担う生徒会長としては助かるものである。

 

 「去年よりも大幅に増えているな。それが違和感だと」

 「そうです。これは大きな違和感です。例年同様の金額を納めていた初花が今年に入り大幅の増額。そもそも大量の寄付金の意義というのは、馬鹿らしい話ではありますが、学内での覇権――発言権を増すためのものです」

 「つまり、四宮のように学内に在籍しているなら意味はあるが」

 

 かぐやは書類を机に置き、白銀に向き合う。

 

 「えぇ。在籍していないなら大した意味はありません。そう、していないなら」

 「それじゃあその家と如月が関係しているってことですか」

 

 石上はインターネット上に掲載されている初花家の家系図を示す。無数に枝分かれした家系図からはなかなか情報が読み取りづらい。

 しかしそこに如月、という家名は見当たらない。

 

 「私は如月さんからご両親がここの卒業生と聞き、家の者に調査、尾行をさせました。しかし何も割り出せませんでし――待って下さい会長。違うんです。善意からですからね」

 

 ひきつった顔を浮かべた白銀にかぐやは言い訳をした。つい熱が入ってしまって口を滑らせたのだ。

 

 「それでは如月が嘘をついている。ということか?」

 「必ずしもそうとは言えません。いえ、調べればバレるような嘘をわざわざ吐く理由もありませんから如月さん自体は正直であると考えた方が自然です」

 

 白銀は考え込む。金持ちの考えは正直よく分からないと投げだしたい気持ちで溢れているが、友人のために思考を継続させた。

 

 「あの初花家なら全てを隠蔽することさえ容易です。如月幸という存在も、如月家の卒業生も。四宮の調査をかいくぐることさえ」

 「だが、メリットはあるのか?」

 

 別に両親が卒業生であること、その詳細が露見したところで困るような事態は白銀には思い当たらなかった。

 それに加えて無関係な家をその財閥が守る得も感じられないのだ。

 

 「それに、結局如月がその財閥と関係してるって証拠もないですよね」

 

 石上とて中々その理論には納得できなかった。

 

 「ええ。ですが確実に如月さんは厳重に、強固に、過剰に守られている。それではそんな彼は何者なのか。どこかしらの名家が関わっているのは確かですが、それが初花という確固たる証拠はない。初花がするメリットもない。それは本当か」

 

 そこでかぐやは言葉を一度区切った。

 

 「初花は梅や桜、その年最初に咲く花を表す言葉です」

 「そうだな。古典でやったな」

 

 古典が赤点の石上にはちょっと理解できない話であったが、そこは悟られないよう頷く。

 

 「初花家では名前にちなんで陰暦2月―――つまり新暦3月には他の財閥も巻き込んでパーティをするんです」

 「もちろん初耳だ」

 「大事なのはパーティの存在ではないので大丈夫です。しかしそこで彼らはこう言うのです。今年も初花月が来ましたね、と」

 「初花月、か。あまり聞きなじみがないな」

 「えぇそうでしょう。大衆的な呼び方ではないですから。彼らのアイデンティティの問題としてそういう声掛けがあるだけです」

 

 だがこの会話の流れで白銀は気づいた。

 残念ながら石上は察せなかった。

 

 「そして私たちにとって聞きなじみのある陰暦2月の呼び方とは」

 「――如月、か」

 「ええ。それらに関連して思い出したことがあります。4年ほど前の話になりますか」

 

 かぐやはノートパソコンを石上から受け取り、検索サイトに文字を打ち込む。

 そして最も検索上位にきたニュースサイトをクリックする。

 

 そこに記されていたのはかつての交通事故の記録。一時期世間の話題を大きくさらった事故であった。

 とある夫婦が乗る車に、別の車が突っ込む事故。それだけならば殊更珍しい話ではないが。

 

 「初花司、初花桜。男性の方は現在の初花家トップであり、交通事故によって重症に、女性は亡くなっています」

 「待って下さい!!その写真」

 

 サイトに載っている写真を食い入るように見つめる石上。

 そこには事故にあう前であろう、夫婦の写真が載っている。

 画面を覗いた白銀とて、目を見開いた。

 

 「これはもう確定でしょう?」

 

 壮年の男性に寄り添う女性。その姿は――鮮やかな金髪に切れ長の目、露出の少ない肌でさえ感じられる新雪のような白さ。絵本から出てきたような、幻想的な女性。

 

 その姿はまるで、如月幸の生き写しのような。

 

 「初花幸。それが本当の名前になるかと」

 

 白銀も石上もその言葉には絶句する。

 四宮かぐや、その存在でさえ、同じ学校に所属していなければ雲の上の存在なのだ。同格の家の者がすぐ近くにもう1人いたなど考えてもいなかった。

 

 「そして非常に残念ながら、このような事故、彼の根本に関係していてもおかしくない。むしろこの事故に起因して、彼が何か助けを求めていると考える方が自然でしょう」

 「しかし難しい話だな。苗字を偽るぐらいだ。俺たちが勝手に調べ上げた情報の上で何か言われても困らないか」

 「それに自分を尾行させる先輩とか怖いですよ」

 

 かぐやは10のダメージを受けた。

 

 「そ、そうね。ただこうして知ったからこそフォローできる部分もあるんじゃないかしら。何にせよ如月さんが師匠と仰ぐのは藤原さんなのだから私たちができるのはサポート止まり」

 「藤原先輩には伝えますか?」

 「いや、藤原書記は隠し事ができなそうだからやめておこう」

 

 地味に信用がない千花である。

 

 「ちなみに、四宮先輩の家と初花家って、その、仲が悪かったり?」

 「確かに。生徒会室で争いはごめんだ」

 「それは大丈夫です。初花は争いを好まない安定志向のグループです。政界に重きを置いているグループですので、国民からの好感度を最も重要視していますし」

 

 四宮グループは違うんだな、と石上は思ったが口にはしなかった。

 

 「ちなみに――藤原先輩と如月が、その」

 「曾祖父と祖父がそれぞれ総理ですからね。結婚でもした暁には最強の派閥が出来上がるでしょう」

 「げ…僕たちそんなやばい人たちに囲まれてるんですか」

 「ちなみに四宮とて石上くんにとっては「やばい人」かもしれませんよ」

 「ヒィ…!!命だけは」

 「冗談です」

 

 

 ――しかし実際あり得ない話でもなさそうだ。

 

 かぐやだけは静かにそう考えた。

 

 

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