藤原千花は育てたい ~恋愛師弟戦~   作:ころん

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【6】してい の なかなおり だいさくせん

 「お母様、サチは学校にちゃんと通っています」

 「大好きな師匠ができました」

 「お友達もできました」

 「お勉強だって、しています」

 

 ぽつり、ぽつりと、言葉がこぼれる。

 

 「お母様。お母様は昔から本当にお寝坊さんですね」

 「いつ起きてくださるのですか――」

 「サチは、サチは、もう。どうしたらいいのか」

 「分からないのです。教えてくださいお母様」

 「愛しています。愛しているのです」

 「お父様も、お母様も」

 「愛しているのです。心から」

 

 ぽつり、ぽつりと、涙がこぼれる。

 

 「サチは今の生活が楽しいです――だからこそ、つらいです」

 

 それは、彼らの時間が凍ってから、初めて吐いた弱音だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 生徒総会が終わり、翌日から夏休み!!

 最高潮に浮かれ気分になれる今、生徒会室の空気は残念ながら悪かった。

 

 「藤原先輩、その。今日も」

 「来なかったんですね。はぁ」

 

 ため息と共に千花の周りには黒い空気が渦巻く。

 

 「これで1週間ですか。さすがに本格的に心配になってきましたね」

 「理由が分からんな。何かあったのか?」

 「クラスでは特には。むしろみんな心配しています」

 

 これでもかと言わんばかりに深いため息をついた千花が再び口を開く。

 

 「もう…サチちゃんの、バカ」

 「藤原さんに心当たりは」

 「ありませんよ~~!!前の土曜日にカラオケに行って~日曜日にはショッピングに」

 「…遊びすぎでは?」

 「今はそこじゃないですー!!それで、月曜からは全く連絡がなくて」

 

 ここ1週間、如月幸は学校を休み、音信不通であった。

 学校への連絡はあったらしく、家庭の都合、とだけが担任から伝えられてはいたのだが。

 生徒会の面々の誰の連絡にも何も返さないのだ。

 

 「何かいつもと違うところかはなかったのか?」

 「うーん…。あ、1つだけありました、けど」

 「言ってみましょう。何か手掛かりになるかもしれませんし」

 「ほんとに小さなことですよ?サチちゃんはいつも帰る時に、お迎えの車で私のことも送ってくれるんですけど、その後に向かったのがいつもと反対方向だったんです。だからどこか寄るのかなーとは思いました」

 

 ふむ。と千花以外の3人も考え込む。

 

 「反対方向、だけではどこに行ったかまでは分からないわね」

 「…手詰まりだな。本人から連絡がない以上、どうしようもない」

 

 「私が、サチちゃんの家さえ聞いておけば…」

 

 何気なく千花は呟いた。

 しかし生徒会の男子メンバーはそれを聞き、かぐやの方を向く。

 その意図を察してかぐやも視線を合わせ。

 そして、ほぼ同時に頷いた。

 

 「藤原さん。もしかしたら如月さんの家は、分かるかもしれません」

 「えっ!!かぐやさん分かるんですか?」

 「確実、とは言い難いですが」

 

 アイコンタクトでかぐやは石上にノートパソコンの用意をさせる。

 キッチリと石上もそれを察して地図を開いた。

 そしてかぐやは指をさす。

 

 「ここが秀知院。もっと左上です。えぇ。もう少し先です」

 

 指示に従って石上が地図をスクロールしていく。

 

 やがて地図に現れたのは、都会にぽっかりと開いた穴だ。

 もちろん実際に穴が開いているわけではない。馬鹿みたいに大きい私有地があるだけだ。

 

 「ここです。初花家、本家」

 「へ?サチちゃんのお家じゃ?」

 

 その言葉にその他の面々はまた顔を合わせる。

 

 「藤原書記。俺たちからはあまり言うことは出来ない。だが、そこに如月がいる確率は高い」

 「えーーー!!なんで私だけ除け者なんですか」

 「――それは、藤原書記だけが、如月の師匠だからだ。本人の口から聞くべきだろう」

 「会長の言う通り。私たちがこれを知ったのは偶然。でも彼の秘密を私たちからあなたに告げるべきではないと考えています」

 

 千花は俯いた。

 そして微かな声で。

 

 「でも私――サチちゃんのことをあまり知りません。私でいいんでしょ、いたっ!!」

 

 白銀は、速攻で千花の頭をはたいた。

 

 「弱気になってどうする。誰がどう見たって如月が一番慕っているのは藤原書記なんだ」

 「弟子の責任は師匠が最後までとりなさい」

 「如月が笑うのなんて藤原先輩の前だけですよ」

 

 かぐやが肩に手を置いて、石上が親指を立てた。

 

 「わかりました!!私、行きます」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 初花家本家は秀知院学園から車で10分ほどの距離にある。

 四宮家の車でその近くまで送ってもらった千花は門があるであろう方向へ進む。

 

 四方を高い柵と川で囲まれたこの屋敷はどう見ても秀知院学園の敷地の数倍の広さがある。

 そこに幸がいるのか、いないのか、不安を抱えながら歩き続けるとやがて門が見えた。

 

 門の前には2人の守衛が立っているが、千花はその人物に見覚えがあった。

 

 目が合い、先に話しかけてきたのはその男性だった。

 

 「あなたは幸様のご友人の。どうしてここが?」

 

 その人はいつも幸の送迎をしていた運転手だった。

 

 「私の友人が教えてくれました。サチちゃんは多分ここにいるって――いるんですよね?」

 

 それはもう、確信を持った問いかけだった。

 その守衛は、もう1人の守衛と一度向き合ってから、問う。

 

 「ご用件は」

 「分かっているはずです。サチちゃんに、会いに来ました」

 「そう、ですよね」

 

 もう一度目を合わせ、男性は頷いた。

 

 「分かりました。ご案内します。付いてきてください」

 

 

 その男性に付き従い、千花は門をくぐる。

 門から屋敷までも距離があり、しばらくは歩かなければいけなそうだった。

 最初は2人の足音だけが響いていたが、やがて男性が口を開く。

 

 「昔は、幸様は明るい子でした。誰にでも分け隔てなく笑顔で声をかけて下さいました。私もよく遊び相手になったものです」

 「サチちゃんがですか?」

 「えぇ。今となってはあの笑顔がどれだけかけがえのなかったものか身に染みています。ですが」

 

 前を歩いていた男性が千花に振り向いた。

 

 「幸様があなたと会うようになってから、また少し、明るくなられました。改めてお礼を申し上げます」

 

 そして頭を下げたのだ。それは、美しい礼だった。

 

 「い、いえ。そんな大げさですよ!」

 「いいえ。これは私たちでは取り戻せなかったものです」

 

 再び歩みを進める二人。

 

 「でも私は、サチちゃんのことを、全然知りませんでした。ここに住んでいるのだって、私は友人に教えてもらったんです」

 

 言えば、男性は少し笑ってから、答える。

 

 「昔――幸様は私たちに言いました」

 

 

 『おかあさまが言ってたの!仲良くなりたい人には「おしえて!」って言うといいんだって!そしたら気分がよくなって話しかけてくれるの!おかあさまもおとうさまに言ったんだって!それでそれでね!おしえてくれる人のことを「ししょー」ってよぶんでしょ?だからみんなみーーんなサチの「ししょー」なの』

 

 

 その言葉を聞いて、千花の顔は一気に赤くなった。

 師匠なんて言葉、絶対その場で適当に考えたものだと思っていた。

 

 「師匠、は幸様と奥様の特別な言葉なんですよ。藤原『師匠』。不器用なあの子の精一杯の気持ちなんです」

 「そ、そんなの気づけませんよ!」

 「そうですね。だからこそ、あなたが今日ここに来てくれたのは、運命なのかもしれません」

 

 

 やがて、屋敷についた。それは「屋敷」と呼ぶに相応しい見た目であった。

 

 扉を開き、エントランスが現れる。迎えたのは何段か数える気すら失せるシャンデリア。

 

 入ってすぐにある豪奢な階段を上り、右へ。

 

 突き当りの部屋の前で立ち止まる。

 

 「ここです――私は玄関で待っておりますので」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 部屋の前に案内されてから、千花はしばし止まっていた。

 どんな声をかければいいのか。

 どんなことを聞いていいのか。

 

 考えて、考えて、考えて答はでなかった。

 

 「私は、師匠です」

 

 小さく呟いて、気合を入れた。

 

 そして、

 トントン、と

 ノックをしたのだ。

 

 「はい。なんですか?」

 

 その声は1週間ぶりの声だったのだ。

 

 「開けてください、サチちゃん」

 

 千花が言えば、一瞬静寂が襲い。

 

 「…ししょう?」

 

 たどたどしく綴られた言葉と共に顔を見せたのは幸であった。

 

 「サチちゃあああああん!!わーーー心配したんだよ!!!バカ!アホー!!」

 

 激しい抱擁と共にあふれ出たのは、低レベルな罵倒であった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 千花は部屋の中に案内された。

 そこは殺風景な部屋だった。シンプルなベッドが1つ。机が1つ。

 生活感のほとんどない、寂しい部屋だった。

 

 広い広い部屋に、寂しく、ぽつんと幸がいたのだろう。

 

 二人でベッドに並んで腰掛ける。

 

 「サチちゃん、ひどい顔してますよ」

 「その、ごめんなさい」

 

 相当ひどく泣いていたのであろう。その瞼ははれ上がっていた。

 鮮やかな金髪にさえ、かげりを感じるのは、きっと気のせいではない。

 

 「なんで、連絡してくれなかったんですか」

 「――ごめんなさい」

 

 幸は、顔を逸らした。

 千花は両頬を両手で挟んで無理やり向き合わせる。

 

 「私は、謝ってほしいんじゃないです――サチちゃんはなんで泣いているんですか」

 

 顔は向き合っていても、目は合わない。

 

 「サチちゃんは、私が嫌いですか。何も言ってくれないんですか」

 「――師匠」

 「私を信用してくれないんですか?」

 

 「私は、全部受け止められます。弱いところだって、みっともないところだって」

 「可愛い可愛い弟子のことなら」

 

 「――ごめんなさい」

 

 幸は一言謝って。その言葉に込められた意味に、千花は気づいた。

 

 「いいんですよ。ぶつかり合って、強くなるんです。師弟関係だって」

 

 そして微笑んだのだ。

 

 「師匠。僕は幸せです――幸せすぎて痛いです。大好きな人を傷つけてる僕が、幸せになってるのが痛いんです」

 「どういうことですか?」

 

 幸は枕元から1つの写真立てを千花に渡す。

 そこに写っていたのは、親子の何気ない写真だ。

 おそらく、幸とその両親の姿だ。特に母親は幸と瓜二つである。

 

 「4年前――お父様とお母様が事故に遭い、お母様は今も意識が戻っていません」

 

 ぽつぽつと、幸は語り始めた。

 

 「僕はお母様が大好きで、見た目もお母様にそっくりなんです」

 「あの日――その日は僕の誕生日でした。でもお父様とお母様は大事な社交界があって」

 「お母様はそんなものよりも誕生日会をしたいから欠席するって言ったんです」

 「お父様もそれならお母様だけ欠席でいいって」

 「でも僕はお祝いは次の日でもいいからって、大事な大事なものだったから行ってって言ったんです」

 「僕のせいなんです――あの時、お母様の言ってくれた通りにしていたら」

 

 「あれから、お父様は僕を見るとつらそうにするんです」

 「僕が、お母様にそっくりだから」

 「お父様はお母様を誰より愛しているから」

 「それでも隠して、隠して、普通に振るまってくれるんです」

 「それが嫌で、髪も切って、口調も変えて」

 「でも、僕もお母様のことが好きだから全部は捨てられなくて」

 

 決壊したダムのように、一度流してしまったものは戻らず。

 吐き出し続ける。

 

 「お父様と前みたいになりたくて」

 「でも僕を見るだけでつらそうで」

 「どうしたらいいか分からなくて」

 

 「師匠。分からないんです。お父様に、大好きって伝えたい、昔みたいに、なりたい」

 

 零れ落ちた涙は、止まるところを知らない。

 

 幸の時間はあの時から止まり続けたままだ。

 最愛の2人からの愛を失った、あの時から。

 

 千花は、写真を見た。

 母親が、幸を抱きしめて。

 父親が、二人を後ろから抱きしめていた。

 

 「サチちゃんは――わがままを言ったことがありますか?」

 「わがまま、ですか」

 「はい。私のお父様は、私がわがままを言うと、しょうがないなあ、なんて言いながら嬉しそうなんです」

 

 幸は目を丸くした。

 

 「サチちゃんはいい子さんです。でも前にも言いましたよね?サチちゃんが何をしたいんだろ~って思うことがあるんです。大好きな相手だったら、ちょっと困るようなお願いをされたって、嬉しいものなんですよ」

 「私はこれだけ一緒に過ごして、初めてサチちゃんの心からの「これがしたい」を聞きました」

 「つまり――サチちゃんのお父様もサチちゃんがどうしたいか分からなくて、私と同じで迷っているんです」

 

 「師匠と同じ、ですか?」

 

 「はい。私はサチちゃんの本心が知りたくて、心理テストとかもいーっぱいしました。あんまり実りませんでしたけどね」

 

 てへ、と軽く告白をする千花。

 

 「この写真を見たって、運転手さんの話を聞いたって」

 「サチちゃんは愛されています。それはお母様に似ているからじゃない。サチちゃんがサチちゃん自身として愛されています」

 「サチちゃんはそれだけの魅力を持っていますよ」

 

 「そう、でしょうか」

 

 千花は、強く告げるのだ。

 

 「私が保証します。誰かを傷つけるのが本当に苦手で、何にだって真摯で、時折見せる笑顔が誰よりも可愛い、自慢の弟子ですよ」

 「自信を持ちましょう。そして、お父様にぶつけるんです」

 「本当の気持ちを、心からの、わがままを」

 

 「わがまま、言ってもいいんでしょうか」

 

 「いいんです!!だって――私がこうやってサチちゃんに心をぶつけられて嬉しいんです。だったらお父様は――もっと嬉しいはずなんです」

 

 千花はいい顔をして言い切った。

 その姿から、幸は目が離せなくて。

 

 「仲直り大作戦、しましょう?」

 「――はい、師匠」

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