「どうした、宮藤。もっと走れ!」
「はぁい! 坂本さん」
「服部も宮藤にペースあわせるな! さっさと走れ」
「はい! 坂本教官」
昼食を食べ終えたらグラウンドに引っ張り出された二人。日々訓練をし自己鍛錬もかかさない静夏は早いペースで走り続けられるが、運動もろくにしていない芳佳ははやばやへろへろになっていた。食後の運動はよくないんです! て芳佳の反論も坂本少佐の「走れ」の一言で無残に散る。
「宮藤! 前線から遠ざかっていたのは知っている。しかしなんだその体たらくは! そこらの女学生の方が走れるぞ!」
「えぇぇえーー」
「ほら、あと十周追加だ! 宮藤!」
「そ、そんなぁ」
「口答えするな! さらに十周だ! 宮藤」
「は、はぁい! 坂本さん」
静夏は芳佳を見ている坂本教官は楽しそうだなって走りながら思った。それだけ二人の間には深い絆があるのだ。自分のような若輩者が割って入れるようなものではない。そんなことを考えて、走りに力が入っていない静夏を坂本が見逃すはずがない。
「服部! 真面目にやれ! 二十周追加だ!」
「すみません!」
「返事ははいだ! 三十周に変更だ。服部!」
「はい!」
坂本が雲一つない青空を見上げる。思えば宮藤を訓練するのも久しぶりだった。いつもならここにリーネやペリーヌがいるのだがここは扶桑である。それにまた会う機会でもあるだろう。できれば平和であって欲しい、すでにウィッチとしてネウロイと戦う事はできないが、自分に出来ることを精一杯するのみだ。坂本はそう心を新たにする。
「いたっ!」
「大丈夫ですか! 宮藤さん」
足がよろけて芳佳がこけたのを見て、静夏が走り寄る。
「へへへ、だいじょうぶだよ。静夏ちゃん」
そういって立ち上がろうとした芳佳だったが、
「っう! どうやら足を挫いちゃったみたい」
そんな照れ笑いする芳佳とおどおどする静夏を見て坂本はため息を吐く。
「はぁ、仕方がないな。よし。今日の訓練はここまで。服部は宮藤を医務室まで運んでやれ」
そういって立ち去ろうとする坂本にへたり込んだままの芳佳が呼び止める。
「坂本さん! これぐらいなら自分で治療できます! だからまだだいじょうぶです!」
使い魔を発現させて、自分自身に治癒魔法を施そうと芳佳がしたが、
「服部、宮藤をとめろ」
その一声で動きがとまる。ぴょこーんと飛び出た使い魔発現の証である耳ががっかりしたようにうなだれる。
「えっ? 坂本さん」
「ここは扶桑だ。戦場ではない。なら魔法に頼らず自然治癒に任せろ。特に宮藤のようなやつはな。では服部。宮藤を頼んだぞ」
「わかりました! 坂本教官」
宮藤も成長したなと思いながら立ち去る坂本を見送ってから、静夏が芳佳に肩を貸して立ち上がる。
「ごめんね。静夏ちゃん」
「いえ、当たり前の事をしてるだけです」
「それでもだよ。ありがとう。静夏ちゃん」
真横でにっこりとした芳佳の顔を至近距離から見てしまって、静夏は顔が急激に熱くなるのを感じた。
「あれぇ? 静夏ちゃん顔が赤いよ?」
「なんでもありません! それよりも早く宮藤さんの足を冷やさなければなりません!」
「えぇぇ、静夏ちゃん少し歩くの速いよ」
そうやってグラウンドから二人が立ち去る。
「誰もいない医務室で二人はぐっと寄り添い、そしていけないことが始まるのね……こうはしていられないわ! 至急場所を確保しないと!」
グラウンドの木の幹に隠れて一部始終を見ていたルームメイトの少女が飛び跳ねるように、二人の先回りをすべく走り出した。二人の行方を見据えるべく。
***
「んっ、あん、静夏ちゃん。痛いよ」
「み、宮藤さん。すみません! 初めてでどうしたらいいかわからなくて」
「そうなんだ……なら私が、教えてあげるよ。ほらきて」
「は、はい。こうですか?」
「そ、そう。もう少し腰を深くいれて」
「ど、どうですか?」
「うん。いいよ。まずは優しく触るの。どう? 静夏ちゃん?」
「すごく熱いです。熱を帯びています」
「うん。そこ。少し腫れているでしょう?」
「はい。ここがだめなんですね」
「んっ!」
「はっ! 大丈夫ですか! 宮藤さん」
「だいじょうぶ。少し痛かっただけだから。えーとね、そこにあてがうの」
「こ、これでいいですか?」
「静夏ちゃんの大きいね……でも大丈夫。ほらそっとゆっくりと」
「そっとゆっくりと……痛くないですよね?」
「う、うん。だいじょうぶだよ。来て、静夏ちゃん……最後まで」
「わかりました。いきますね……」
隣のカーテンで仕切られたベッドから聞こえてくる会話に、ルームメイトの少女は恍惚した表情を浮かべる。布一枚隔てた先で今行われている事を想像するだけで少女は幸せだった。そして、
「んぐぅ!」
という芳佳の呻きを最後に少女はベッドを鼻血で汚しながら気を失った。
「すみません! 宮藤さん。痛かったですか!」
「少しね。でも大丈夫。静夏ちゃんが湿布を貼ってくれたし。……やっぱり少し大きかったね。本当は三、四センチぐらいは短くても十分だったんだよ」
「そうなんですか」
うなだれる静夏。そんな静夏に芳佳が忍び寄る。
「えいや!」
「つ、つめた!」
「へへへ、湿布が余ってたからね。静夏ちゃん熱あるぽかったから貼っちゃった」
静夏はひんやりとするデコを抑える。今頃顔が真っ赤なのだろうか。静夏はいたたまれなくなって、ガタッと立ち上がる。
「宮藤さん! 早く戻りましょう! 勉強をしなければ!」
「えぇぇえー、今日はもうよくないかな?」
「よくないです! 今日中に陸軍のストライカーユニットについても簡単に頭に入れてからじゃないと寝かせません」
「うぅぅ、静夏ちゃんがいじめるよ……」
「いじめていません! 宮藤さんには立派な少尉になってもらわないと困るんですから! それに横須賀の家族に会いにいかないといけないじゃないですか!」
「う、うん。そうだね。静夏ちゃん! 一緒に合格しようね!」
そうやって静夏は芳佳の挫いた足を気遣いながらも、医務室から芳佳を拉致した。
「……」
気を失ったままの少女は、夜遅くになってから医務員に発見された。簡単に身体検査をされ、特に異常がない。何があったか聞いても少女は「それが覚えていないんです……なにか夢のようなことはあったと思うんですが」と供述。鼻血も止まっていた事から、経過観察することだけにして、少女も医務室をあとにした。
***
窓から差し込む朝日に照らされ、静夏がうっすらと目をあける。そして瞬きをしながら時計を確認する。
「寝過ぎた!」
静夏はとなりで寝間着をはだけさせて寝ている芳佳を起こしにかかる。むにゃむにゃいっている芳佳を傍らに、静夏は昨夜の事を思い出していた。
「ねぇ、もう寝ようよ。静夏ちゃん」
「ダメです。試験日まで時間がありません」
「静夏ちゃん。夜に勉強するのは効率が悪いんだよ。それに健康にも悪いし。早寝早起きは三文の得。軍人たるもの身体が資本ていうよね」
「宮藤さんがそこまでいうなら……でもいいですね? 絶対早起きして続きやりますからね!」
「は~い。それじゃおやすみ。静夏ちゃん」
そう言って部屋を出て行こうとした芳佳がドアノブを握ったまま固まる。
「どうしたんですか? 宮藤さん」
「坂本さんから泊まる部屋教えてもらっていないよ。どうしよう! 静夏ちゃん」
「それなら今からでも来客用の部屋を用意してもら――」
「静夏ちゃんの部屋じゃダメかな?」
「ダメです! そんなこと許されません! 宮藤さんと一緒に寝るなんて。そもそも寮に関係者以外と泊めるのは規則に反しますから」
「そうなんだ。残念。せっかく静夏ちゃんと寝られると思ったのに」
芳佳のその一言に静夏はうろたえた。さらに後ろから追い打ちをかけられる。
「服部さん。別に泊めてあげたらいいじゃない」
「っ! どこからあらわれたんですか!」
「どこからて後ろからだけど?」
と服部のルームメイトの少女。ちなみに少女は医務室帰りだが意識がトリップしすぎていたために先ほどの妄想の記憶はなかったりする。ただ二人を見ているとひたすら胸が締め付けられるのだ。
「それよりもなぜそうなるんですか!」
「宮藤さんてあの宮藤さんでしょう? なら問題ないじゃない……そうね。理由は静夏が熱を出したために、友人であり医務少尉である宮藤さんが徹夜で看病していた。どう?これで宮藤さんは関係者ですから泊まっても問題ないですわよ?」
「なるほど。それなら問題ないね! 静夏ちゃん!」
「問題大有りです! いいですか宮藤さん! カクカクシカジカです!」
そして静夏は芳佳と少女の前に敗北した。
結局その流れで少女と芳佳のガールズトークが始まり、静夏は静夏で芳佳たちが変なことを言い出さないか会話を監視するために耳をとがらせ、その結果普段よりも寝るのが遅くなってしまうという本末転倒ぶりだ。それでも寝坊ではないのはさすがである。
そんな静夏がふとルームメイトの少女のベッドに目を向ける。
「……」」
「気にしないで。続けてちょうだい。私は何もしないから」
向かい側のベッドの上の布団のスキマからのぞく双眸。静夏は背筋にぞっと何かが走ったように身体が震える。これは獲物を狙う目だ……そう静夏の使い魔である四国犬が訴えかける。
この場から逃げ出したい、そんな静夏とは反対に芳佳がのっそりと起き上がる。
「ふわぁ、おはよう。静夏ちゃん」
「おはようございます。芳佳さん」
「あれ? どうしたの静夏ちゃん? 少し様子がおかしいけど」
「なんでもありません。それよりも早く顔洗って着替えてください!」
「うん。わかった」
そして二人は部屋から出る。静けさを取り戻した部屋にうごめく布団。ルームメイトの少女が這いずりでてくる。スカーフ部分が赤色のセーラー服に身を包み、髪の毛もそれほど荒れていない。二人のあとをすぐに追いかけるために、静夏よりも早起きして着替え、隠れていたのだ。
「一夜共にしたものが迎える新しい朝。朝のまぶしい日差しに照らされ出す二人。なんて美しいのか。なんてすばらしいのか。なんておいしそうなのか――」
しかし妄想に浸りすぎて授業の開始に遅れそうになった少女だった。
***
翌日からは芳佳のために士官用の個人部屋が用意される。なんちゃって少尉ではあるが、少尉は少尉。静夏ちゃんと一緒がいいのに、と内心は思っていてもここは海軍の歴とした教育機関。統合戦闘航空団のように、ミーナー中佐のようにわがままをいって許される環境ではなかったりする。
そんなこんなで時が進み、試験日前夜。静夏による勉強のつめこみも「なんとかなるはずです! 宮藤さんならなんとかなります!」という太鼓判のような投げやりのような微妙な一言とともに終了。ようやくのことで静夏から開放されてへろへろな芳佳はあてがわれた自室のベッドに倒れ込む。
明日に備えようと目をつぶるが今日に限ってなかなか寝付けない。妙に頭が冴えてしまっていたのだ。少し散歩でもして外の空気を吸おうかと芳佳は外に出た。
しばらく歩いて聞こえてくる風切り音。どこか哀愁がただよい、しかし懐かしいようなそれ。自然と芳佳の身体はその音源の方向に向かった。
「……坂本さん」
「ん? なんだ。宮藤か。どうしたんだ? 明日試験だから、早く寝ないと身体に響くぞ」
「それがなんか寝れないんですよ」
芳佳が困ったように言うのを見て、坂本がやれやれとため息をつく。
「お前は遠足前の子供か」
「遠足だったらいいんですけどね」
「そうだな……」
「それで坂本さんはなんでこんな時間に素振りしてたんですか? 坂本さんらしくないですよ」
芳佳が坂本の持っている竹刀に視線を落とす。坂本は壁に竹刀を立てかけて、そうだな、と一言呟いてから星空を眺める。
「宮藤と同じ理由だ。私も寝られなかっただけさ」
「そうなんですか。でも坂本さんが寝られないて、何かあったんですか?」
「いや。何もないぞ。どちらかというとこれからだな」
「これからですか?」
「そうだ。しかし宮藤が気にする必要はないぞ。私の問題だからな」
「そうですか……。でも何かあったら言ってください! 私坂本さんの力になりたいんです!」
「はっはっは。その時は頼りにさせてもらうぞ宮藤。……さて、私はそろそろ寝るぞ。宮藤も早く布団に戻れ」
「お休みなさい! 坂本さん」
「お休み。宮藤」
先ほどよりも幾分元気を取り戻したか坂本を見送って、芳佳も部屋に戻る。
「さて、私も早く寝ないと」
頬をぺっしとしてからこれから寝ないといけないのに気合いをいれているの事がおかしくて、誰も見ていない空間に芳佳は苦笑する。
「あぁ、まさかの星明りの元で密会。つかの間の逢瀬。颯爽とあらわれ、いつもかっこいい坂本教官が見せたわずかな気の迷い! しかしそれに気づくは宮藤さん。あぁ、静夏頑張って! でもこっちもいい!」
誰もいないはずの空間に醸し出される百合色の空間。もちろんながら静夏のルームメイトの少女であった。
あとがき
体力的だけでなく気力的・時間的にも無理でした。書いている最中にこれじゃないという違和感がありまして、それであまり進まなかったのも一因。今でもあまり納得してなかったりする。
さて、そんなわけで続きでした。メイン人数が三人だけて話が単調になりすぎますね。これ以上日常シーン繰り返してもマンネリしそうだったのでばっさり。
ルームメイトの少女。彼女はきっと忍者の末裔だと思います。歴戦の武士(もののふ)である坂本少佐に一度たりとも気配を察せさせない実力者。それにしてもくノ一のウィッチていませんよね。
ちなみにお風呂シーンいりましたかね?