デビルサマナー葛葉ライドウ 対 帝国華撃団(仮)   作:おおがみしょーい

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序章

 アカラナ回廊。

 あらゆる時間と空間を繋げる場所であり、アカラナ回廊を一言で説明しようとすると、異空間、という形容が一番近いかもしれない。

 過去様々な事件の元凶ともなり、同時にその解決の一助になる。ただただ、そこにあるという摩訶不思議な空間、その全容を知るものは、恐らくいないであろう。

 

 そのアカラナ回廊の文字通りの回廊を1体の“悪魔”が歩いていた。

 “悪魔”は手負いの様で、身体のあちらこちらから、どす黒い体液を血液の様に地面にこぼしていた。一歩、一歩、歩を進めるたびに身体ごとくずれそうな程に体液が流れ出ている。

 

『ち゛く゛し゛ょ゛う゛……ち゛く゛し゛ょ゛う゛……』

 

 口らしき場所から、人語らしき言葉を、呪詛の様にもらしながら、“悪魔”はその身体を引きずるように歩いている。

 

『お゛の゛れ゛……お゛の゛れ゛……』

 

 恐らく“悪魔”自身、言葉を漏らしていることなど意識していない。ただ、感情が漏れるように、その感情が呪詛として零れ落ちているのだ。

 

 ――またか、またなのか。

 

 “悪魔”はそう、呪っている。

 

 ――またか、また「ヤツ」に阻まれるのか。

 

 “悪魔”は思い出している。

 

 ――片腕を喰ろうて、片足をすり潰し、片目を抉り出して、尚、戦意を衰えさせず、その命と引き換えに、この自分を半分に別ち、半分をその地に封印し、もう半分をこのアカラナ回廊へと追放した、にっくき男。

 

『ち゛く゛し゛ょ゛う゛……ら゛い゛と゛う゛……く゛す゛の゛は゛……ら゛い゛と゛う゛っ゛!゛!゛』

 

 “悪魔”はこの世の全てを呪うように、その名を口にした。

 

 この“悪魔”が意識を取り戻したのは、体感で言えば、つい最近だ。

 葛葉ライドウに相打ちのような形でアカラナ回廊に飛ばされた“悪魔”――正確にはその半身――は、アカラナ回廊に跋扈する他の悪魔や魂魄を貪り喰いながら傷がいえるのをまち、そして、己の半身を探し彷徨っていたのだ。

 ただ、ここはアカラナ回廊。時間という概念はほぼ意味を持たない。実際にどの程度の時間を“悪魔”が彷徨っていたかは誰にもわからない。

 

 そして傷の癒えた“悪魔”がまず初めに行ったのは力を取り戻すための行動だった。

 もちろん引き裂かれた半身は見つけたいが、それは広大に広がるアカラナ回廊からただ一つの出口を探すこと。それは砂漠の中におとした一粒の砂金を求めるのに等しく、それをする為にも、まずは半身と言えども十全の力を取り戻そうと考えたのだ。

 “悪魔”の力の源は、何か。

 それは人間の感情――さらに言うのであれば信仰である。

 人間がその対象を畏れるにしろ、崇めるにしろ、そこに集まるエネルギーが“悪魔”――または“神”と呼ばれるものの原動力となるのだ。

 故に“悪魔”は目の前の出口に急いだ、人がいる世にでれば、ただただ目の前にいる人間を喰らえばいい、喰らえばそれが畏れとなって、更なる力を“悪魔”に与えてくれる。

 

 しかし、“悪魔”の思い通りにはならなかった。

 

 何故ならそこには、自らをこのような状態にした男と同じ名を持つ少年がいたのだ。

 

『十四代目 葛葉ライドウ』、少年はそう名乗った。

 

 戦いは勿論、苛烈なものとなった。

 この”悪魔”も一度は他の世界の葛葉ライドウと戦った存在だ。しかし、相手は若く――否、若いながらも『ライドウ』の名を継ぐ天才であり。しかも、くぐった修羅場も1つや2つではない歴戦の悪魔召喚士(デビルサマナー)であった。徐々に追い込まれていった“悪魔”はついにアラカナ回廊への敗走を余儀なくされてしまったのだ。

 

 だが、客観的に見ると少々違う視点で物が見える。帝都でこの“悪魔”が出会った『十四代目 葛葉ライドウ』は「超力事変」、「アバドン王」、そして「コドクノマレビト」という帝都の危機を幾度となく救い『永世ライドウ』の称号にさえ手が届くのではないかと言われている逸材だ、そんなライドウに半身でしかも十全の力ではない状態で互角に戦い、消滅されずに逃げることが出来たこの“悪魔”もかなり高位の存在であることがうかがい知れた。

 

 しかしながらそんな事実はこの“悪魔”にとって何の慰めにもならず、一度ならず、二度までも「ライドウ」の名を持つ者にやられた事実は、憤怒となって“悪魔”の中を渦巻いていた。

 

――その時、何かの気配を感じて“悪魔”が顔を向ける。

 

『お゛ぉ゛……お゛お゛ぉ゛……』

 

 明らかに今までの呪詛とは異なる、歓喜、驚愕、驚嘆の入り混じった声が漏れる。

 

『お゛ぉ゛……お゛ぉ゛っ゛!゛!゛ そ゛こ゛か゛、そ゛こ゛に゛い゛た゛の゛か゛!゛!゛』

 

 今度は歓喜のみを迸らせて“悪魔”が叫ぶ。

 

 そこに――

 

「……みつけたぞ」

 

 氷のように冷たい声と共に、外套の少年が立っていた。

 

 漆黒の外套に身を包み、その外套の中も黒の詰襟學生服。しかし、同じ色の學生帽の鍔から覗く貌は驚くほどに白く、役者の様ですらあった。

 目張りをされたかのようなはっきりとした切れ目の双眸には強い意志が見て取れ、陶器を思わせる白い頬には鋭角に尖った揉み上げが張り付いていた。

 『白眼の美少年』、そんな表現がしっくりとくる容貌をしている。

 しかし、そんな一見ひ弱そうな外見とは異なり、その身体から放たれる気配は驚くほどに大人びて、しんとした静謐に包まれていた。

 

「逃がしはしない」

 

 ライドウは自ら携えた『赤口葛葉』をすらりと抜き放ち、“悪魔”に向ける。

 

『やれやれようやく見つけた……ライドウ、これ以上逃げられると面倒だ、此処で仕留めろよ』

 

 どっから出てきたのか、いつの間にかライドウの足元にいた翠目の黒猫――業斗童子の言葉に、

 

「委細承知」

 

 ライドウは短く答える。

 

『か゛あ゛あ゛ん゛――し゛ゃ゛ま゛た゛、し゛ゃ゛ま゛た゛!゛!゛』

 

――今、貴様等にかまっている暇はない。

 

“悪魔”はくるりと踵を返すと、傷から体液が零れ落ちるのも構わずに逃げ始めた。

 

「逃がさない――と、いった」

 

 それを見たライドウは懐から2本の“管”を取り出し、人差し指、中指、薬指の間にそれぞれ挟むと腕を交差しながら口元への持っていき、呪と唱える。

 

「召喚――猛り狂え――メズキ! ゴズキ!」

 

 ライドウの召喚に

 

『応ぅっ!』

『轟うっ!』

 

 地獄の獄卒を務める“馬頭鬼”と“牛頭鬼”が顕現した。

 

『義理あって、助太刀申す!』

『往生しなさい!』

 

“馬頭鬼”と“牛頭鬼”が“悪魔”へと襲い掛かる。

 

『ち゛い゛い゛い゛、お゛の゛れ゛、ら゛い゛と゛う゛!゛!゛』

 

 “悪魔”はこのままでは逃げ切れぬと悟ったか、意を決して、身体の一部をねじ切り、襲い掛かる“牛頭鬼”と“馬頭鬼”に投げつけた。

 

 き゛え゛え゛え゛え゛ん゛

 

 “悪魔”から放たれた身体の一部は牛一頭分もあろうかという巨大なガマ蛙となって2頭に襲い掛かる。

 

『ぬうう!』

『何のこれしき!』

 

 2頭はそのガマ蛙をそれぞれ手に持った獲物で迎え撃った。

 

――ぶ ち ゅ

 

 嫌な音と共に、ガマ蛙がつぶれる――と、同時にガマ蛙の身体から紫色の煙が吹き上がり、あたり一面を覆った

 

『おい! ライドウ! これは』

「毒霧……」

 

 業斗童子の言葉に、口と鼻を腕で隠しながらライドウは、気配を探るように一面紫色で覆われた周囲に視線を走らせる。

 

 そしてーー

 

「そこか」

 

 懐から、拳銃――コルトライトニングカスタムを取り出すと引き金を引く。

 

 き゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛……

 

 手応えが――あった。

 

 ライドウがその叫び声の方向に走っていくと、紫色の煙を抜けた先に“悪魔”がいた。

 頭が半分吹き飛んでいるのは、恐らく、先ほどの拳銃による傷だろう。

 しかし、“悪魔”はまだ、生きていた、そして何故かその口元からは歓喜の声が溢れていた。

 

『お゛れ゛の゛か゛ち゛た゛、ら゛い゛と゛う゛……』

 

 “悪魔”の言葉にライドウは答えず、眉一つ動かさずに拳銃の引き金を引いた。

 

『き゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……』

 

 特殊な処理を施した弾丸が“悪魔”の身体を抉る。

 断末魔と共に“悪魔”は崩れていくが、口元の笑みは消えていない。

 

『お゛れ゛の゛か゛ち゛た゛と゛、い゛っ゛た゛た゛ろ゛う゛……』

 

 そんな途切れ途切れの言葉に違和感を覚えたその時――

 

『ライドウ!! こっちだ!!』

 

 業斗童子の言葉に振り返ってみると、そこには道の端にあるアラカナ回廊の出口に向かってはしる、大型犬程のおおきさの蜘蛛がいた。

 

「くっ!」

 

 ライドウは手に持った拳銃を蜘蛛に向けるが、

 

『さ゛せ゛ぬ゛!゛』

 

 最後の力を振り絞った“悪魔”が口から先ほどと同じ毒霧をライドウにぶつけてきた。

 

「――っ!!」

 

 とっさに身を翻して避けたが、顔を上げると蜘蛛は既に光の中へと消えていた。

 

『お゛れ゛の゛か゛ち゛た゛、ら゛い゛ど゛う゛。お゛れ゛は゛は゛ん゛し゛ん゛を゛と゛り゛も゛と゛し゛、ふ゛た゛た゛ひ゛き゛さ゛ま゛の゛ま゛え゛に゛あ゛ら゛わ゛れ゛る゛。く゛ひ゛を゛あ゛ら゛っ゛て゛…………』

 

 “悪魔”は言葉を最後まで紡ぐことなく、崩れ落ちた。

 

『厄介な事になったな、ライドウ』

 

 蜘蛛が消えた光の前に立ったライドウに業斗童子が声をかける。

 

『どうする?』

「ゆく」

 

 ライドウは業斗童子の問いかけに、簡潔に、しかしハッキリと答えた。

 

『やれやれ、しょうがない、これも任務だ――ではゆくか』

 

 業斗童子の言葉にうなずくと、ライドウは何の恐れも、気負いもなく光の中へと足を踏み入れた。

 

――ここはアカラナ回廊。

 

 あらゆる時間と、あらゆる可能性が交わる場所。

 “悪魔”が逃げ込み、ライドウが踏み入れた世界は、奇しくもライドウ達が生きている時代と同じ名前を持つ時代の帝都。

 

――太正時代。

 

 蒸気機関が発達した、もう一つの可能性のである帝都。

 

 ここに十四代目 葛葉ライドウの新たな戦いが、幕開けたのだった。

 

 

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