デビルサマナー葛葉ライドウ 対 帝国華撃団(仮)   作:おおがみしょーい

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時期としては大神さんが巴里にわたる直前
くらいに思っておいてください


帝劇

 太正十五年 春

 昨年末に起こった黒鬼会による“太正維新作戦”から数カ月、帝都の傷跡も目に見えて元に戻り始めていた。

 そしてそんな桜が咲き、新たな出会いの季節である春の中心ともいえる時期は、早朝にもかかわらず陽の光は温かさを含んでいた。

 そんな春らしい麗らかな日差しが差し込む、大帝國劇場の中庭で二人の人影が向かい合って立っていた。

 一人は男で、もう一人は女――少女の様だ。

 二人はただ立っているのではない、手に木刀を持っている。

 

 少女は桜色の着物に紫色の帯、紅色の袴を身に着け、履いている靴は黒い革靴。そしてひときわ目をひくのは大きな赤いリボンにまとめられた、見惚れるほどに艶やかな黒髪であろう。

 10代後半であろうか、その貌立は若干の幼さを残すものの、少女と女との境を絶妙に調和したような魅力にあふれていた。

 大和撫子、そんな概念が桜色の着物を着て歩いている、そんな少女であった。

 

 少女――真宮寺さくらは、木刀を晴眼で構え、相手を見ている。

 

 対する男は、少女――さくらとは異なり、二刀を携えていた。

 

 精悍な貌立ちをしている。年齢は20代の半ばに届くか――といったところだろうか。

 黒々とした黒髪は短く刈り込こまれ、肌はしっかりと日に焼けていた。

 特に目をひくのはその双眸だろう。切れ目の双眸からは強い意志と慈愛がみてとれ、この男が若いながらも様々な経験を潜り抜けてきたことが見受けられる。

 日本男児――何かを守るために、己が命を懸けられる――そんな男の眸をしていた。

 

 男は、最近ようやく主流となりはじめた洋装をしている。

 白い開襟シャツにベージュのベスト、そしてサスペンダー付きの紺のズボンに茶色の革靴。

 特に特徴のない服装だが、二刀の大太刀を模した木刀を構えた姿は凛として美しく、見とれてしまうほどに雄々しい構えをしていた。

 帝国華撃団・花組隊長――大神一郎である。

 

 二人は互いに木刀を手に対峙している

 

 互いに朝の剣の稽古の為に中庭に鉢合わせ、ならば、久しぶりに手合わせをしよう――そういう事になって、今に至っている。

 

 しかし稽古と言っても大神は二天一流、さくらは北辰一刀流の免許皆伝の実力者同士である、町の剣術道場の立ち合いの様な温い打ち合いなどはしない。互いをギリギリにまで研ぎ澄ませた只1回の試合――そこに全力を出すことで、価値のある稽古になるのだ。

 

 故に、互いに真剣での立ち合いの様に相手を見据えている。

 

 二人の間の空気がぴん、と張り詰めていた。

 何かの――それこそ蝶の羽ばたきでさえも破れそうなほどの緊張にもかかわらず、数刻この空気は張り詰めたままになっている。

 

 このままさらに数刻、この状態が続くと思われたその時――

 

 すっ……と、大神が半歩、後ろ身体を引くと同時に、

 

「おぉぉぉっ!!」

 

 腹の底から湧き出る様な雄叫びを上げる。

 ただの声を上げたのではない、声と共に“気”を爆発させたのだ。

 目の前にいたさくらからは、大神の身体がいきなり膨らんだように感じた。

 “気”とはただオカルトめいた力ではない。“気合い”や“やる気”の様に人間から溢れるエネルギーは時に他人にまで影響を与える。

 そして、それはこの様な1対1での戦いにおいては非常に重要なファクターになる。

 究極的に言ってしまえば、相手を自らの“気”で食ってしまえば、その時点で勝敗は決したといってもいいのである。

 

 声と共にびりびりと大気を震わせる、紫電を思わせる“気”がさくら目がけて解き放たれた。

 この様なあからさまな“気”に触れたならば、普通は、萎える。または一瞬でも動けなくなる。

 しかし、さくらはそのどちらにもならなかった。

 さくらはその“気”に押されるようにふわりと後方に下がったのである。

 身体を桜の花びらの様に浮かし、大神の塊のような“気”をいなしたのであった。

 これで大神の初手は不発に終わると思われたが……そうはならなかった。

 大神はさくらの行動を読んでいたかのように、足を止めずに、さらに踏み込んで、後方に逃げたさくらの間合いに強引に割り込んできたのである。

 

「せりゃ!」

 

 電光の様に打ち下ろされた大神の右の木刀を、さくらは半身になりながら躱すと大神の空いた脳天目がけて、

 

「せいっ!」

 

 木刀を打ち下ろした。

 

 かんっ

 

 乾いた音を立てて、さくらの木刀を、大神の左の木刀が受ける。

 

「おおっ!!」

 

 大神が力任せに左の木刀を払う。

 通常であれば、片手と両手、男女の差はあるが片手の大神の木刀が押し負けそうなものでもあるが不利な体勢にもかかわらず大神はさくらの木刀を見事に払いのけた。

 渾身の一撃を防がれたさくらは、通常であれば、体勢を崩しそうな状況を、大神の力に逆らわず再びふわりと後方に飛び距離をとる。

 

 二人の間に間合いが出来た。

 その瞬間――

 

「てりゃ!!」

「せえいっ!」

 

 二人の裂帛が重なった。

 

 一瞬の瞬きの後、大神の木刀がさくらの喉元でぴたりと止まっていた。

 さくらの木刀は大神の脳天を叩く直前で止められていた。

 

――ぱちぱちぱち

 

 どこからともなく拍手が聞こえてきた。

 

хорошо(ハラショー)

 

 拍手の主はそのような声を掛けながら二人に近づいてきた。

 拍手の主は女だった。

 絵画の様な見事なプラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳、透けるような白い肌を対照的な黒いコートで包み、拍手をしている手は赤い手袋がはめられていた。

 美女――と評して異論が出る事は、まずないであろう、そんな女だった。

 

 一枚の絵画の様にぴたりと止まっていた二人は、その言葉を聞くと、同時に息を吐き、元の位置に戻ると互いに礼をした。

 

「やあ、おはよう。マリア」

「おはようございます。マリアさん」

 

 互いに礼をした大神とさくらは、声の主――マリア・タチバナに挨拶をする。

 

「ふふ、朝から素晴らしいものを見せてもらったわ。隊長もさくらも流石ね」

 

 にこやかに微笑みながら、マリアは二人に近づく。

 この大帝國劇場のスタアでもあるマリアからこの様な微笑みを向けられたら、卒倒する女性――マリアは麗人役が多く、ファンの比率は女性が圧倒的に多い――は一人や二人ではないだろう。

 

「ありがとう、マリア。君にそう言われると嬉しいな」

「はい、ありがとうございます!」

 

 二人はそんなマリアの言葉に素直に礼を言う。

 

「でも二人とも、そろそろ食堂に行かなくてはいけない時間だと思うわ」

「え? あぁ、もうそんな時間か……」

「よほど真剣に稽古してたのね。さくらは早く着替え――」

 

 マリアの声がけを

 

「よし、じゃあ、3人で食堂にむかうか!」

 

 大神が遮るように3人に声をかける。

 

「はい――」

 

 と、大神の声に返事をしたさくらが

 

「あぁ!」

 

 と何かに気づいたように、声を上げた。

 

「あ、あの、あたしは後から行きますから、大神さんはマリアさんと先に行っててください」

「ん? どうしたんだい、さくらくん。まさかさっき何処か当たって……」

 

 狼狽するさくらに、大神が――本人的には気を使い――さくらに顔を近づける。

 

「いや、駄目です! 大神さん――顔近づけちゃ……ダメーーーっ!!」

 

 バシィインッ!

 

 何かを打つような音が中庭に響き渡る。

 次の瞬間、さくらの平手が大神の頬を打っていた。

 

「えぇ!」

 

 痛みよりも驚きで声を上げる大神。

 

「もう! 大神さんはホントに――」

 

 さくらはそのままくるりと踵を返すと、たたたっと中庭から足早に出ていった。

 

「えぇ……」

 

 取り残された大神はくっきりと頬についたさくらの手の後をさすりながら困惑の声を上げる。

 

「やれやれ……」

 

 そんな二人のやり取りをマリアは呆れた様に見ている。

 マリアはさくらの気持ちが手に取るように分かっていた。

 緊張感のある稽古の後、自らが大きく汗をかいていたことをさくらは気づいたのだ。

 寝食を共にしている仲間とは言え、異性――しかも、少なからず心を寄せている――と、大量に汗をかいたまま食卓を共にする……というのは思春期の少女であれば、やはり少なからず抵抗があるだろう。

 しかし、朴念仁の大神は、もちろんそんなことには気づかない。

 だが、ことの詳細を説明するなど、それこそさくらに対して失礼だ。

 

「隊長は、もう少し、女心というモノを学んだ方がいいかと思います」

 

 マリアはそういうと、すたすたと食堂に向かって歩いていく。

 

「えぇ……」

 

 ただ一人中庭に取り残された大神は、ただただ困惑の声を上げるだけであった。

 

――

 

 大帝國劇場の食堂。

 昼間は一般客にも開放され、帝都民の憩いの場でもある場所であるが、此処にはそれ以上に重要な役割がある。

 それはこの大帝國劇場の看板スタア、帝国歌劇団並びに帝都の平和を人知れず守る帝国華撃団、その花組の胃袋を満足させるという難易度特級の任務を担っているのだ。

 

 只々美味い料理を出す――という単純な話ではない。

 

 花組は世界中様々な場所から集められた少女達だ、嗜好も勿論千差万別だ。

 マリア・タチバナはロシア料理、イリス・シャトーブリアン――通称:アイリスはフランス料理、李紅蘭は中国……と言いたいところだが、関西での生活が長かったためか純粋な中華料理より、関西風――薄めの味付けを好んでいる。

 同じ日本人でも、さくらと神崎すみれは育ちの違いで、食事の好みは全く正反対であるし、独自の文化圏を形成している琉球生まれの桐島カンナは、やはり地元琉球の食事を好んで食べている。その上で彼女たちの健康も考慮した食事を毎食用意するのだから、厨房のシェフたちの苦労はいかばかりか推し量る事しかできないが……そこは彼らも“帝国華撃団”の一員だ、常に最高レベルの“あたりまえ”を彼女たちに提供し続けている。

 その甲斐あってか、この帝都防衛の拠点である大帝國劇場の最新鋭の設備の中でも、食堂の評判は隊員から最高との評価を得ている。

 

 因みに余談ではあるが、隊長である大神一郎はこの厨房のシェフ達からはとても人気が高い。何故ならば、この注文の多い隊員たちの中で、軍隊出身者である彼は、唯一好き嫌い、不平不満一切なく、出された料理を全て綺麗に平らげてくれる為、大神の存在は、シェフ達にとって癒しなのである。

 

 閑話休題

 

 帝国陸軍に所属はしているが、そこは特殊部隊。軍隊的な規律があるわけでもないので、朝はみんな起床も含めバラバラである。その為、朝食は基本的には各自とるのが習慣になっているのだが、大神がマリアと共に食堂に顔を出したその日は、珍しく花組が食堂に顔をそろえていた。

 

「よう! 隊長、マリア、おはよう!!」

 

 ゴーヤチャンプルーをおかずにどんぶりメシをかきこんでいた大柄な女が大神とマリアを見て、箸を持った手を上げて大きな声であいさつをしてきた。

 帝国華撃団花組隊員・桐島カンナである。

 短く切った赤い髪に白い鉢巻き、大柄な身体は素人がみても鍛え上げられたものだというのがわかる。逞しい男性にもまちがわれそう体つきだが、胸の大きなふくらみがそれを否定している。

 

「あら、少尉、マリアさんも、おはようございます……って、ちょっとカンナさん! こちらにご飯粒が飛びましたことよ! もう少しお行儀よく召し上がれませんこと? まっ、野生児であるあなたに言っても栓のないことかもしれませんが……おーっほっほっほ!!」

 

 大神とマリアへの挨拶と共に、芝居の科白の様に滑らかにカンナに対する口喧嘩を吹っ掛けたのは、自他ともに認める、帝国歌劇団のトップスタア、神崎すみれであった。

 手に持った茶碗からは食堂全体を満たしてしまいそうなほどに香り高い緑茶の匂いが立ち上っている。静岡でとれた玉露の一級品の様だ。

 

「あんだってぇ、もう一遍いってみろ! このサボテン女!!」

「なんどでもいってあげますわ! この野生児!」

 

 川の水が川上から川下に流れるかの如く自然に二人の口喧嘩が始まる。

 しかし、周囲の人間はだれも止めようとしない、余りにいつものことで、この口喧嘩はもはや風景の一部にすらなってしまっているのだ。

 

「お兄ちゃん! マリアも、おはよう!」

「大神はん、マリアはん、おはようさん」

 

 輝くブロンドに大きなピンクのリボンを付けた少女――アイリスと

 長い髪を左右で三つ編みにした丸い眼鏡が特徴的な少女――紅蘭がすみれとカンナの喧嘩をよそに元気に挨拶をしてきた。

 本来であればソレッタ・織姫とレニ・ミルヒシュトラーセという二人の少女が在籍をしているのだが、今は紐育へ任務の為、赴いている。

 故に着替えに戻っているさくらを除けば、全ての隊員が食堂に集まっていることになる。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん! アイリス、今日、一人で早く起きられたんだよ!」

 

 朝一番で大神と会えたのがうれしくてしょうがないのか、アイリスは身体全体を使って大神と会話をしている。

 

「そうか、偉いな、アイリス」

 

 大神はそういうと、アイリスのふわふわのブロントを優しく撫でる。

 

「……えへへ」

 

 褒められたのが余ほど嬉しかったのか、アイリスは腕の中にあるクマのヌイグルミ――ジャンポールをぎゅっ、と抱きしめた。

 

「ほらほら、アイリス、隊長は食事をしないといけないの。ちゃんと席に座って」

「はーい」

 

 マリアの言葉にアイリスは素直に返事をすると、席に戻りデザートのイチゴを美味しそうに頬張り始める。

 

 そこでようやく、大神の朝食が始まった。

 大神の膳は、白飯に味噌汁、大きな鰆の焼き物と菜の花のお浸し、そこに蒲鉾が数切れのってどれも出来たてのようで、湯気が立ち上っている。

 マリアは対照的に洋食だ。ボルシチにパン、そして紅茶と質素ながら栄養に優れた献立になっている。

 しばらくすると着替えてきたさくらも合流して、共に食卓を囲んだ。

 

 喧嘩をしていたカンナとすみれはいつの間にか消えていて、アイリスも飽きたのか部屋の方へと戻っていった。

 

 大神、マリア、さくら、紅蘭の4人が食堂に残っていた。

 

「そういや、大神はん、こんな噂知っとる?」

 

 食後のお茶を啜っている最中に、紅蘭が思い出した様に大神に話しかけた。

 

「噂?」

「まぁ、ウチも由里はんから聞いたんやけどな。何やら最近、帝都で神隠しがあるらしいで?」

「神隠し?」

 

 あまりにも突拍子もない展開に、思わず大神は聞き返してしまった。

 

「いや、さっきも言ったけど、ウチが直接聞いた訳ちゃうねん。なんや、夜道二人であるいとったら、急に一人の返事が聞こえへんと思って横向いたら、相方がおらんかった……ちゅう感じの話がぼちぼちでて来とるらしいや」

「そういえば、それに関係があるのかはわからないけど……」

 

 紅蘭の話を、マリアが引き継いだ、

 

「ここ最近、行方不明者が多くなっているみたいなんです。大抵は博打打ちや任侠者の類なので、本当に行方不明なのか判断が難しいところなんですが……」

「ふうん……」

 

 二人の話に大神は少し考え込む。

 ただの噂話に任侠者同士のイザコザ――と片づけるには大神自身、様々な経験をし過ぎている。

 この帝都・東京は急速な発展をした世界有数の都市である。

 都市には人・もの・金、様々なものが引き寄せられるが、それは良い面ばかりではない。同じく様々な“負”の側面も引き付けてしまうのだ。それが1年前の黒之巣会であり、先の黒鬼会であり、そして降魔なのだ。新たな事象が発生したとしても何ら不思議ではない。

 

 が、如何せん現状では情報が少なすぎる。

 

 月組――帝国華撃団隠密行動部隊――からでも何か情報があれば違うんだろうが……

 

 そんなことを大神が考えてたその時――

 

 ピン・ポン・パン・ポーン

 

『大神さん、大神さん、藤枝副支配人がお呼びです。至急、支配人室までお越しください』

 

 大神を呼ぶ榊原由里の明るい声が、スピーカーから放送された。

 

「かえでさんが? なんだろう?」

 

 放送を聞いた大神は、大急ぎで食事の後始末をすると支配人室へと向かった。

 

――――

 

 大神は“支配人室”と書かれた扉の前に立ちノックをした。

 

「大神一郎です、遅くなりました」

「どうぞ」

 

 扉の奥から澄んだ声が返ってくる。

 

「失礼します」

 

 大神が扉をくぐると大きな書斎の机と椅子。いつもならばこの部屋の主である米田がその席に座っているのだが、今は不在だ。

 その代わりに、机の傍らに一人の女性が立っていた。

 栗色の髪を肩で切りそろえ、すっきりとした目鼻立ちをしている。衣装を着れば女優にでもなれそうな容姿だが、女性は陸軍の軍服を着用していた。

 大帝國劇場の副支配人にして、帝国華撃団の副司令。藤枝かえでその人であった。

 

「おはようございます、かえでさん。お呼びでしょうか?」

「おはよう、大神君。朝から悪いわね」

「いえ、そんな……それで何か御用でしょうか?」

「えぇ、大神君にこれを見てもらいたいの、こっちに来てくれる」

「失礼します」

 

 大神はかえでの近くへいき、肩口からかえでの手元にある写真みる。

 

「これはっ!」

 

 その写真には異形のものが写っていた。

 遠くアフリカに生息するという百獣の王・ライオン。そのような鬣を有しているが、しかしその貌は書物などでみるライオンとは似ても似つかず、むしろ人間の様に見えなくもない。

 そして何よりその体躯の大きさが尋常ではない。

 隣にある蒸気街灯と比較してみると、人の背丈の2倍以上ありそうだ。

 

「かえでさん……これは」

「わからない」

 

 大神の問いかけにかえでは端的に答えた。

 

「昨日、米田司令と私宛に月組から送られてきたものよ。場所は月島周辺……日時は4日程前」

「月島……」

 

 そういわれてみると、建物の一部になんとなく見覚えがある気がする。

 

「しかし、これは……“降魔”なんでしょうか?」

「さっきもいったけど、現時点ではわからないわ。月組、夢組が捜査に当たってるけど、今のところ目ぼしい情報は見つかっていないわ」

「……え? でもそれって……」

「そう、それも可笑しいわよね」

 

 話の流れに違和感を覚えた大神の言葉にかえでは頷く。

 

「こんな大きな――仮にいまは“降魔”としておきましょう――“降魔”がでて暴れたとしたら、花組に出撃要請がないわけがない。仮になかったとしても、月組がその情報を、夢組がその痕跡を見つけられないという事はあり得ないと言っていいわ」

 

 そう、帝国華撃団はこの帝都……否、日本の国内において最新鋭且つ最先端の組織である。そんな彼らがお膝元である帝都で事件が起こり、何の手掛かりも見つけられない。それ自体が事件である。

 

「そうなると、可能性は、この写真がいたずらか……」

「でなければ、我々の“目”も届かない新種の“降魔”……という事になるわ」

「……」

 

 かえでの言葉に、大神は言葉を失う。

 しかし、あり得ない話ではない。“降魔”の全容などだれも知らないのだから……

 

「そこで、大神君。あなたに頼みたいことがあるの」

 

 かえでは考え込みそうな大神に向かって声をかけた。

 

「頼みたいこと、ですか?」

「ええ、この写真を見て頂戴」

 

 そういってかえではポケットから1枚別の写真を取り出した。

 そこには女性が写っていた。

 大神もなんとなくだが、見覚えがある――が、思い出せない。

 

「この人は……えっと……」

「名前は加代。伊藤加代さん。この劇場に野菜を卸してくれている八百屋さんの娘さんよ。花組のファンでよく劇場に来てるわ」

「あ! ああ!!」

 

 かえでの言葉に大神も思い出す。

 確かモギリの時に何度か見かけているし、野菜の荷下ろしを手伝った覚えがある。

 

「彼女がどうかしたのでしょうか?」

「昨晩、母親と夜道を歩いているところ、いきなり消えてしまったようなの」

「え? それってまさか」

「そう、今、帝都で噂になっている神隠し、ね」

「ですが、それとこれとどういう関係が……」

「実は神隠しの件も、数日前から月組が調査をしているの……なのに、痕跡が見当たらない」

「え? つまり、神隠しと、この“降魔”は……」

「関係している……かもしれない」

 

 大神はようやくかえでの意図を理解した。

 通常であれば、このまま月組の隠密諜報活動に頼るのが定石なのだが、こと“降魔”が関わるとなると話が変わってくる。

 “降魔”に対抗できるのは霊力を持った人間――つまり花組の隊員だけなのだ。

 なので、直近のこの事例を花組に調査をさせる事で、事件の糸口を少しでもつかみ取ろうという事なのであろう。

 

「了解いたしました。今晩より調査を開始します」

「よろしくね。だけど、始めから光武を出すわけにはいかない」

「わかっています。部隊を現地調査と帝劇待機の二つに分けて対応します」

「いい案ね。人選は大神君に任せるわ」

「因みにですが、加代さんが神隠しにあったのはどちらですか?」

 

 大神の問いかけに

 

「上野公園」

 

 かえでははっきりとその場所を答える。

 

 そこはかつて、大神一郎がこの帝国華撃団の隊長に任命されたとき初めて訪れた地であり、初めて真宮寺さくらという少女と出会った場所であった。

 

「帝国華撃団・花組隊長、大神一郎並びに隊員各位。伊藤加代の捜索並びに新種“降魔”の調査を開始いたします!」

 

 任務の了解と確認の為に、大神は改めて背筋を伸ばし起立をすると、上司であるかえでに向かい敬礼をする。

 

 大神の黒い瞳には帝都の平和を守る、戦士の光が、点っていた。

 

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