デビルサマナー葛葉ライドウ 対 帝国華撃団(仮) 作:おおがみしょーい
日が落ちてかなりの時間がたった上野公園、夜の帳が落ちているが全てが闇にのまれているわけではない。
ぽつりぽつりだが、蒸気機関を使った外灯と、なによりほぼ満月になりかけの月明かりが、ぼんやりとあたりを照らしていた。
そんな中を、数人の人影が移動していた。
行方不明になった伊藤加代を捜索するために上野公園に訪れた、大神一郎をはじめとした、帝国華撃団花組の面々だ。
人数は4人。
大神一郎、真宮寺さくら、マリア・タチバナ、桐島カンナの4名である。
残りの神崎すみれ、アイリス、李紅蘭は大帝國劇場で待機をしている。
「さてと……来たはいいけど、どっから探すかねぇ」
逞しい腕で頭をかきながら、カンナがぼんやりと薄暗い上野公園を眺めながら言う。
「上野公園と言ってもかなり広いですよね? 加代さんは何処で行方不明に?」
「ああ、それはかえでさんから聞いている。この西側の出口、つまりはここと反対側だな」
さくらの疑問に、大神が地図を手元のカンテラで照らしながら答えると、
「あん? じゃあ、向こう側から入った方がよかったんじゃねぇか?」
カンナがさらに疑問をかぶせる。
「いえ、おそらくそれは、加代さんの母親が彼女のいないのに気付いたのがそこであって、もしかしたらその道中で神隠しにあった可能性がある……という事ですよね? 隊長」
「そのとおり、俺もかえでさんもその可能性を考えた……なので、ここから二手に分かれようと思う」
大神はマリアの言葉に応えると手に持ったカンテラをかざす。
そこには道の少し先がY字分かれていた。
このY字は池を挟んでぐるりと公園を回るように遊歩道として使われており、伊藤親子もこの遊歩道を通って反対側の西側に向かっていたのだ。
「二人一組で左右に分かれて進む、何かあったら通信機や大声を出して別の組に知らせる事。神隠し自体は何が原因なのか、いまだ判明していない。細心の注意を払いながら調査をしよう、合流地点は30分後、西側の出口だ、みんないいか?」
大神のまとめに、3人が視線を交わしてしっかりと頷く。
そして、大神・マリアの組とさくら・カンナの組に分かれて進むことになった。
―――
同日、同時刻の上野公園――西側出口。
そこに人影が立っていた。
よく目を凝らさねば、それが人影であるという事はわからない。
何故ならその人影は、夜の闇に溶ける様な漆黒の外套を羽織っているからだ。
しかし上から下まで全てが闇に溶けているかというと、そうではない。頭にかぶっている外套と同じく黒い學生帽から覗く貌は芍薬を思わせるほどに白く、それはかつての怪談絵に描かれた幽鬼の様にも見るが、そこに光る強い意志を持った切れ目の双眸が、この人影が実在の人間であることを物語っている。
『ふむ……やはり、“異形”の気配が濃くなっているな』
人影は自らの足元から聞こえる言葉に顔を向ける。
そこには人はいなく、翠の双眸をもつ黒猫が一匹佇んでいた。
驚くべきことに、今の言葉はこの黒猫から発せられたようだが、人影は別段驚いた様子も見せなかった。
黒猫――デビルサマナーのお目付け役である業斗童子はさらに言葉をつづけた。
『ここ数日色々と調べて回ったが……やはりこの世界には“ヤタガラス”はいないようだ。これだけ“異形”の気配が濃くなっても使者一人出てこない。まったく、よく今まで帝都が無事でいたもんだ』
そんな業斗童子の言葉に、
「“ヤタガラス”ではなくても帝都を守護する者はいる」
人影が初めて言葉を発した。
若い男の声であった。
『帝国華撃団……“悪魔”の力を使って民から話を聞いてみても、持っている情報はたかが知れている。どんな組織なのか、それにこの世界に逃げ込んだ“ヤツ”との関係もわからん。今のところは油断しない方がいいだろう』
業斗童子の言葉に人影はこくり、と頷いた。
『とにかく今は情報を集めるのが最優先だ。この気配……“異界”が出てきてもおかしくないぞ』
「わかっている」
業斗童子の言葉に再度、了解の意思を唱えると、人影はゆっくりと上野公園の闇の中へと歩を進めていく。
――すると
人影の周りの景色が、ぐにゃり、とゆがんだ。
次の瞬間、景色は元に戻ったが、進んだはずの人影と猫の姿が忽然と消えていた。
ただそこには漆黒の闇だけが残っていた。
――
暗闇の中を大神とマリアが歩いている。
無言。
双方とも特段おしゃべりが好きという
それを出しているのはマリアの方だった。
そんな時、ふと、大神が足を止めた。
「隊長、何かありましたか?」
その行動にマリアは素早く反応してあたりを探る――が、特に何の気配もない。
「いや、そういうわけじゃないんだ……」
そういうと、大神は少し意を決したように、
「マリア、君は、何か俺に話したいことがあるんじゃないのか?」
「え?」
アリアは驚いたように大神の顔を見る。
「いや、確証があるわけじゃないんだ……ただ、班分けからちょっと違和感があったからね。別に俺の勘違いならそれでいいんだけど」
そう少し困ったように話す大神を見てマリアは少し、口を綻ばせる。
――いつもは朴念仁を絵にかいたような人なのに、こういう時は目敏い。自分たち隊員をしっかりと見てくれている、という事なのだろう。
「隊長にはかないませんね……」
マリアはそう言って微笑むと、
「実は新種の“降魔”に関してちょっと……確証はないのですが」
そう切り出した。
「え? マリア、あれについて何か知っているのか?」
「いえ、直接は知りません……しかし、よく似たものを目にしたことはあります」
「いつ? どこで?」
「それは……」
一瞬、マリアは言葉をためらった後
「子供のころに読んだ……絵本の中で……です」
「え、絵本?」
大神はマリアのあまりの予想外の答えに思わず聞き返す。
「えぇ……あまりに荒唐無稽ですし、そんなことをみんなの前で話すのもためらわれたもので……」
なるほど、と大神はようやく合点がいった。
マリア自身も、今の情報に確証はないのであろう。
しかし、解決の糸口になればと思ったが、流石に子供のころの絵本の話を仲間の前で話すのは少し気恥ずかしかったのかもしれない。
「マリア、今はどんな情報でも欲しい。話してくれ」
「わかりました。絵本の題名は忘れてしまいました、ですが内容としてはこんな感じです――」
昔々、砂漠に悪い王様がいた。悪い王様にはつよい、つよい軍隊がいた。
つよい、つよい軍隊は色んな村を襲い、略奪を繰り返していた。
そんな中、一つの村の村長が、軍隊に村が滅ぼされそうになった時に、まじないをした。
――自分の命と引き換えに、軍隊に罰を与えたまえ。
そんな、まじないをした。
それに答えたのは、悪魔だった。
悪魔は村長の命と引き換えに砂漠に降り立ち、軍隊を一人残らず食い殺し、最後は悪い王様も喰ってしまった。
そしてその悪魔も人々を食い尽くすと、何処かに消えてしまった。
そんな内容だったという。
「そしてその中に出てくる悪魔の姿が『ライオンの四肢に蠍の尾、鬣に人の顔をもった獣』だというのです」
「それは……」
「ええ……新種の降魔と容姿の形状が似ているんです」
マリアの言葉に、大神は息をのむ。
「それに、ちゃんと名前もありました」
「名前? 名前があるのか?」
「はい、その悪魔の名前は――“マンティコア”」
「マンティコア……」
大神はマリアの言った“悪魔”の名前を反芻する。
「実はこの“マンティコア”という獣。ヨーロッパの方では本などにはそれなりに出てくる“悪魔”なので、もしかして、織姫やレニがいたら検証が出来たかもしれません」
「なるほど……」
ヨーロッパの子供の読む絵本に出てくる“悪魔”の怪物が、帝都の深夜に表れる。
あまりに荒唐無稽だが、それをまさか――と笑い飛ばせない、なにか――ぞくり、とするような言葉の重みが、“悪魔”という単語は内包していた。
話が終わり、若干の沈黙が降りた時、
『……うっ! 大神隊長っ!! こちら桐島カンナ!! 聞こえるか!!』
胸にしまった通信機から、カンナの緊張した声が流れてきた。
――
時は少しだけ、
「おおぃ、さくら。機嫌直せって」
「別に、あたし怒ってません……」
暗闇の公園に二人の女の話し声が響く。
さくらとカンナだ。
会話の内容から察するに、さくらをカンナがなだめている様だ。
「ありゃ、マリアがなんか話したいことがあったんだよ。あたい達には聞かせられないことかもしんないだろ?」
「それは……あたしもわかってます……けど……」
さくらはカンナの言葉にさくらは力なく答える。
実はこういう事があったのだ。
少し前。
二手に分かれて西側の出口を目指しながら捜索することが決まると
「では、私と隊長は右に、カンナとさくらは左をお願い」
マリアが自然な流れで二組を作り、捜索を促した。
若干――違和感を感じた。
しかし、それが何であるかさくらはその瞬間は、わからなかった。
だが、二手に分かれ、闇に消えていく大神とマリアの後ろ姿を見てようやく、その違和感の正体がわかった。
マリアが意図的に大神と同じペアになるように話を誘導したということだ。
通常であれば、この様に4人とも戦闘員である場合、隊長である大神と、副隊長であるマリアは指揮系統の分散という意味で別のペアになることが定石だ。
しかし、今回は敢えてマリアは大神と同じペアになるようにしている
冷静なマリアがこの事に気づいていないはずがない。
――意図的に大神と二人になることをマリアが望んだ。
もちろん
頭では理解しても、心の理解が追い付かない――難しい乙女心、というところだろうか。
それを察したのがカンナの冒頭の言葉という事だ。
カンナ自身、マリアが意図的に大神と一緒になったことは感じていた。感じていたが、そこは古くからの付き合いであるマリアに、何か必要な事であったのだろうと、あえて口を挟まなかったのだ。
「だったら、あたい達がやる事はなんだ? 加代さんの救出だろ? しゃきっとしろって」
「そうですね……すみません。カンナさん、ありがとうございます」
カンナの言葉にさくらは素直に頷き、礼を言う。
「よし! んじゃ、合流地点に向かおうぜ」
「はい!」
そしてカンナとさくらは再び歩き出した。
歩きながら自然な流れで雑談が始まった。
「しっかし、流石にこの時間にもなると真っ暗でなかなか先も見えやしねぇな」
「昼間なら桜が綺麗なんですけどね」
「あー、そうか、そんな時期だもんな。今の講演が終わったらみんなで花見でも行きたいね」
「あ、お花見いいですね。椿ちゃんたちも誘ってみんなでやりましょう」
「お、いいじゃねぇか。弁当たらふく作って。お菓子なんかも用意して……」
……
会話の続きが返ってこなかった。
「ん? さくら? おおい! さくらぁ!!」
カンナはさくらがいたであろう方を振り返り、声をかける。
カンナの大声が暗闇に響き渡る。
しかし、つい今しがたまで会話をしていた仲間の姿――姿どころか、気配すら忽然と消えていた。
神隠し。
カンナの脳裏に、自分たちの捜査対象である事象が思い浮かぶ。
「もしもし! 隊長っ! 大神隊長っ! こちら桐島カンナ、聞こえるか!」
カンナは手元の通信機を口元に持ってきて怒鳴るようにしゃべる。
『……こちら大神、カンナどうした?』
「さくらが神隠しにあった、一瞬だ。気配もねぇ」
『――っ! わかった、カンナ! 今そちらに向かう、カンナも気を付けてくれ!』
大神との通信は其処で途切れた。
通信を切ったカンナは大きく一つ深呼吸をすると、目を閉じ、改めて気配を探る。
――ざわり
風もないのに全身を包むような寒気が、感じ取れた。
西の方角だ。
「そっちだな……」
カンナはそう呟くと、その方角に向けて全力で駆け出していった。