デビルサマナー葛葉ライドウ 対 帝国華撃団(仮) 作:おおがみしょーい
「ここは……カンナさん!! カンナさーーん!!」
さくらは辺りを見回しながら、すぐ隣にいたはず仲間の名前を呼んでみた。
返事は……ない
焦りそうになる中、手の中の”霊剣荒鷹”を握りしめると、少し、心が落ちついた。
さくらはすぅ……と、息を吸うとゆっくりと吐く。少しづつだが、周りが見えるようになってきた、そして次に自身に起きたことを思い返す。
確か自分はカンナと上野公園の西側出口手間を歩いていたはずだ。
その途中、いきなり景色が揺らいだように感じると、次の瞬間、傍らにいたカンナがいなくなっていた。
幻術か、または、
また捕らわれたのは、自分なのか、カンナなのか……
さくらは様々な可能性を思考しながら、状況を把握していく。
幻術の可能性は……低いのではないかと思っている。
何故なら、自分たちは調査に出ていたからだ。
幻術とは心の隙間に暗示をかけて幻を魅せる術だ。
気を張っている人間はかからないとは言わないが、かかりづらい。
そして基本的に何かしら――音または視覚――の五感に訴える切っ掛けが必要になる。
それを考えるのであれば、複数人で動いていて、その兆候もなかった幻術は候補から外れる。
となると、これは自分たちの調査対象である“神隠し”だという事になる。
次に“神隠し”にあったのは自分なのか、または共にいたカンナなのかだが、そこは、自分が神隠しにあったのだと、さくらは考えている。
どう説明すればよいか、言葉が見つからないが、今の状況になる直前に――敢えて言うのであれば――“引きずり込まれた”という感覚があった。
故に、十中八九、自分は“神隠し”にあったのだと考えている。
そう結論付けて辺りを見回すと、なんとも不思議だ。
周りの景色は、今までいた上野公園とあまり変わらない。
しかし、あまり変わらない、だけで変化が見える。
変わっているところは、3つ。
1つは、景色がうすぼんやりと霞がかっているという事、もう一つは、動物を含めた生き物の気配がしないこと、そして最後は、ねっとりと全身にまとわりつく程に濃い、妖力の気配があるということ。
感覚的な話だが、いつもの景色の薄皮隔てた裏側――現実世界の人間たちを、すぐ隣で狙っている“魔”の住処。そんな印象を、さくらは抱いていた。
――とにかくまずは出口をそして、加代さんを探さなくちゃ!
ただ、さくらは帝国華撃団として死線を潜りぬけてきた歴戦の戦士だ。この状況に関して、考えていたのは其処までにして、そう頭を切り替える。
そして、西に向かい一歩、足を踏み出した時――
“異形”が現れた。
『ギ、ギ、ギ……』
『人間ダ、人間ダ……』
『昨日ノ女ハ、ヤツガ持ッテッタ』
『コイツハ、オレタチノモンダ……』
『喰ッチマエ、喰ッチマエ!』
地面から湧き出てくるように“異形”が現れた。
しかも、1匹ではない。
わらわらと複数、気味の悪い人語を発しながら、あとからあとから湧きだしてくる。
「“降魔”っ! ……じゃない……?」
さくらは咄嗟に飛びのくと“異形”と距離をとり、“霊剣荒鷹”の柄に手を添え、臨戦態勢をとりながら、相手を観察する。
一応――人の形をしている。
しかし、それが人かといわれたら、否、と答えるしかない。
全身が黒く汚れていて、背丈は成人の腰程度しかない。手足は細く痩せ細っており、それに同じく、顔もげっそりと頬がこけていて、顎が外れそうなくらいに大きく口を開けているが、目だけが爛々とギラついている。しかし、特筆すべきはそれに引き換えでっぷりと飛び出ている腹であろう、手足の細さとアンバランスに飛び出た腹が、この“異形”の異質さを表している。
『腹ヘッタ……』
『腹ヘッタ……』
『喰ワセロ……』
『人間、喰ワセロ……』
カタカタと顎を鳴らし、人ではありえない角度で首を回しながら、“異形”が言葉を紡ぐ。
『喰ッチマエ!』
『オレサマ――』
『オマエ――』
『マルカジリッ!!!!』
“異形”が一斉に襲い掛かってきた。
「さぁっ!!」
さくらは腰に据えた“霊剣荒鷹”を鞘の中で滑らせ刃を加速させて抜き放つと、裂帛と共に解き放ち、一閃させた。
『ギェーッ……』
空中に光が
「――やっぱり、“降魔”……?」
その散り際を見て、“降魔”との類似を見て取りさくらは呟く。
しかし、その思考も、仲間の消滅にも臆せず向かってくる“異形”の波に中断させられた。
「さぁっ! せあっ!!」
さくらは次々に襲い掛かる“異形”を一刀のもとに切り伏せていくが……如何せん数が多い。
恐らく最初に見えたものの倍は切り捨てているが、一向に数が減る様子がない。
地面か生えてくるかのように、数が増えてきている。
――ならば
そう、意を決してさくらは大きく飛びのくと“異形”の群れから距離をとる。
そして再び“霊剣荒鷹”を鞘に納めると、居合の構えをとり、
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
霊力を練り始めた。
『ギ、ギギ……』
『腹ヘッタ……ハラヘッタッ!!』
『喰ワセロ、クワセロッ!!』
足の止まったさくらに“異形”達が一斉に襲い掛かってくる。
それを見たさくらがさらに深く霊力を練る。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ……」
自らの中だけでなく、空間、神羅万象から取り込むように深く呼吸をしながら霊力を練る。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ……」
“異形”はもうそこまで来ている。
急いではいる。急いではいるが、慌てない。
練った霊力は、手に携えた“霊剣荒鷹”へと溜める。
霊力だけじゃない。
温度を上げる。
粘度を上げる。
圧力を上げる。
細胞の一つ一つがパンパンに膨れ上げり今にもはち切れそうになった瞬間、さくらは“霊剣荒鷹”の鯉口を切り、
「破邪剣征――」
呟くと。
「桜花放神っ!!!」
裂帛と共に、刃を抜き去り、霊力を解き放った。
一陣の風が、吹き抜けた――霊力によって桜吹雪にもみえる桜色の美しい風だ。
しかしその風は“異形”にとっては、絶命の疾風だった。
『ギェー……』
『ギャー……』
『ハラ……ヘッタ』
『ハラ……ヘッタ……』
様々な断末魔をあげながら、“異形”達は消滅した。
「……ふぅ」
必殺の桜花放神を放って、たっぷり1分程警戒をした後、後続がないことを確認してさくらはようやく息を吐いた。
そして辺りを見回す。
数刻前と同じ、いつもと少し違う上野公園の風景が広がっていた。
つまり、神隠しは未だに継続しているという事だ。
「あの“降魔”は、この“神隠し”の元凶じゃない? という事は他にも……」
そんな思考を言葉として呟いた時――
―― ギ ェ ェ ェ ェ ェ ン ! !
西側の方角から、何か獣の様な咆哮が響き渡った。
――
「ふむ、“異界”に引きずり込まれたか……」
ほぼ同時刻、さくらと同じように現実世界から、別の場所に移動させられた、一人と一匹だが、周りの景色を見ていた黒猫――業斗童子は特段驚いた様子もなく呟く。
「おい、ライドウ、“異界”の主がいるかもしれんぞ、注意を怠るな」
業斗童子は傍らの外套の少年――ライドウに声をかける
ライドウはその言葉に、コクリと頷き、ライドウは了解の意を示した。
異界――それはライドウ達、デビルサマナーにとっては特別珍しくもない、闘いの場。
現世と表裏一体、悪魔の住む異形の世界。
悪魔たちは人々のすぐ近くで蠢き、何かの拍子に発現し人々を襲う。
異界は現世と表裏一体のため、見た目だけで言えば人間が住む世界と寸分と違わないし、そこでの出来事は現実世界では感知されない――ことが多い。
しかしそこには例外もあり、高位の悪魔や、異界であまりにも大きな被害が発現したときは、少なからず現実世界に影響が出る事もある。
しかし、基本的には現実世界から最も近く、されど隔絶された世界であり、ライドウ達デビルサマナーはこの異界に潜り、人知れず帝都を守っているのだ。
そんな異常な空間の中を、まるで散歩に来たかのように何の気負いもなく、ライドウはゆっくりと歩を進めていた。
上野公園の遊歩道を同じペースで歩いていたライドウの歩みがぴたり、と止まった。
すると次の瞬間――
ガコンっ! という大きな音と共に、そのまま歩いていたらライドウがいたであろう場所の地面が、なにか太い杭の様なもので
「ふん……現れたようだぞ」
「ゴウト、後ろに」
「いらん心配だ――それより、今度こそぬかるなよ」
業斗童子――ゴウトはそういうと、猫の身軽さでライドウから距離をとる。
ライドウはそれを確認すると、目の前の暗闇に目を向け、浅く腰を落とした。
すると闇の向こうから、湧き出るように巨大な4つ足の異形の獣が現れた。
獅子の身体に、蠍の尾、しかしその貌は人面の様で、大きさに至っては人の倍以上は悠にあった。
「“マンティコア”……やはりこの前、仕留めそこなったやつか」
ゴウトが悪魔の姿を確認し呟く。
『貴様……イツゾヤ我ヲ傷ツケタ書生カ……コンナトコロマデ追ッテキオッテ』
マンティコアがライドウを見て、憎々しげに言葉を発した。
「貴様が攫った人々、返してもらう」
『フン! スデニ何人カハ我ノ腹ノ中ダ――ソレヨリモ、コノ前ノ礼、ココデサセテモラウゾ!!』
ギ ェ ェ ェ ェ ェ ン ! !
ド ン ッ
マンティコアの咆哮とライドウが撃った拳銃の音が重なった。
マンティコアはライドウの放った銃弾を避けると、すぅ……と闇へと溶けていった。
「気をつけろライドウ! マンティコアは全身の毛を保護色に姿を消すぞ!」
『クックック……コレデ我ハ逃ゲ切ッタ……貴様ニ見切レルモノカ……ソコダッ!!』
ゴウトのアドバイスを嘲笑うかのようにマンティコアは風景に溶け込み、完全な死角からライドウに攻撃を仕掛ける。
そんな攻撃をライドウはひらりと身を翻して避ける。
避けたところには、最初の一撃と同じように地面に大きな穴が開く。
恐らく、毒を持った尾の一撃なのであろう。
『フン、チョコマカト……ダガ我ヲ見ツケラレマイ! ホウラ、ホウラ!!』
マンティコアはライドウの周りから縦横無尽に攻撃を仕掛けてくる。
あえて声を出しているのも、ライドウの周りを高速で動き回りながら声を発することで、最終的な攻撃の位置をぼかす為であろう。
ライドウはそんな目に見えない攻撃を躱している、躱し続けている。
匂い、音、気配、風の流れ、様々なものから攻撃のタイミングを察して攻撃を避ける。
そして時折、避けながら手に持った拳銃で暗闇を撃つが――当たらない。
銃弾は空しく空を切り、遊歩道の街灯や街路樹の枝を壊すにとどまっている。
『クックックッ、ソンナ豆粒ミタイナ弾ナゾ当タルモノカ! ソロソロ嬲リ殺シニシテヤルゾ!』
マンティコアの声と共に、今までよりもさらに早い一撃がライドウを襲う。
「――むっ!」
ライドウはその一撃を飛んで避けるが、外套の一部に攻撃がかすり、その部分に大きな穴が開いた。
身体に当たったら一撃のもとに屠られても可笑しくないほどの大きな穴だ。
「おい、ライドウ! このままではマズイぞ」
近場の草陰から投げかけられるゴウトの言葉に、
「委細――承知」
ライドウは一本の管を取り出しながら、答える。
そして、管を口元に持っていき“呪”を唱えると。
「召喚――荒れ狂え! ポルターガイスト!」
仲魔を顕現させた。
『 『 『 やっほーー、サツリクだぁーー!! 』 』 』
ポルターガイスト――ドイツにおいて「騒々しい幽霊」の意味を持つ心霊現象。
何もないところで、様々なものが動きだす、そんな現象が人々の口に上ることで、一つの“悪魔”として
顕現した“悪魔”の容姿は、まだつたない幼児が描いた人の様な輪郭に、顔と思われるところに黒い空洞の様な目と口。そんなものがふわふわと浮遊して、飛び回っている。
3体同じ容姿のものがいた。
そして、その3体からは容姿にふさわしく、子供の様な言葉が発せられている。
『いくぞ、兄ちゃん!』
『おーーーー!』
『ボクたちスゴイんだぞーーー!!』
この3体は、兄弟のようだ。
「やれ、ポルターガイスト」
『 『 『 いっくぞーーーー!! 』 』 』
ポルターガイストの身体がぼんやりと光る。するとその光に呼応するように、地面に散乱していた街灯の破片や木の枝が次々の空中に浮遊し、竜巻に巻き込まれたかのように縦横無尽に飛散しはじめた。
ポルターガイストの3兄弟が、文字通りの「ポルターガイスト現象」を引き起こしたのだ。
『ガァアアアア!!!』
次の瞬間、マンティコアの苦痛を含んだ咆哮に目を向けると、そこには何もない空間に飛散した破片が無数に突き刺さっていた。
姿を消したマンティコアの身体に数多の破片が突き刺さり、輪郭が浮かび上がっている。
ライドウはこれを狙い、あたらない銃撃を撃ち続けていたのだ。
『グウウッ!! 書生ノ分際デッ! 勝ツノハ我ダッ!!!』
全身に破片をはやしたマンティコアは怒りを纏い、ライドウに向かって叩きつける様な一撃を見舞ってきた。
「魔を祓え――赤口葛葉」
そう言って、ライドウはマンティコアの捨て身の一撃を紙一重に躱すと、すらり、と刀を抜き去って一閃する。
『ギ ャ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア … …』
マンティコアの断末魔が響き渡る。
『書生……貴様、何者ダ……』
黒い霧となって霧散し始めたマンティコアが憎々しげに、ライドウを睨み付けながら言う。
「帝都を守護る刃……十四代目 葛葉ライドウ」
マンティコアの言葉に、ライドウが律義に名乗る。
『ク……葛葉……アノ
マンティコアは何かを思い出した様に驚愕に目を開くと、音もなく霧散した。
「やれやれ……存外てこずったが……まぁ、こんなもんだろう」
物陰に潜んでいたゴウトが周囲が落ち着くのを待って近づいてきた。
「恐らくこやつが“異界”の主、じきにこの異界も崩れ、現世と交わるだろう」
そう言ってライドウの足元に寄り添うと、言葉をつづける。
「それよりもライドウ、ヤツの言っていたこと気にならんか? ヤツはこの世界の悪魔、その悪魔が“葛葉”を知っていたという事は、やはりかつてこの世界にも“ヤタガラス”そして“葛葉”がいたとみるべきだろう」
「しかし、今はいない」
「そう、そうなると、何故だ――という話になるな」
しかし、ゴウトの問いかけに答えるべき回答をライドウは持っていない。
だが、ゴウトもそれは分かっていて問いかけている。
今ある問題点を二人で共有し、見解の統一をする為だ。
「ふむ、これで一応、方向性は決まったな。まずは歴史を紐解いて“ヤタガラス”、“葛葉”がどうなったのか知り、そこに因縁が紐づいているであろう、仕留めそこなっている元凶を叩く」
「わかった」
ゴウトのまとめにライドウが頷く。
「ああ、ライドウ言い忘れたが、あの物陰の先の桜の下に、人間が何人か倒れていた。おそらくマンティコアのやつが片っ端から捕まえてきたが、幸運にも喰らいきれなかった者たちだろう。“異界”が崩壊すれば、現世に戻れるとは思うが……“餓鬼”や“グレムリン”などに襲われたら
「そうだな」
そう言ってライドウはゴウトの案内に従い、大きな桜の古木の前に向かう。
歩いている道中で、視界一瞬歪んだ。
“異界”から出る事が出来たのだろう。
ゴウトに示された桜の木の周辺には、確かに男女数人が倒れているのが遠目に見えた。
だれしもがぐったりと力なく倒れている。
しかし、それも致し方ない。
“異界”は悪魔の跋扈する異形の世界。通常の人間なら存在するだけで疲労を感じるはずだ。
しかし同時にこの“異界”は現世の法則が適応されないこともある。
物理法則や時間の概念、もろもろ現実世界での“あたりまえ”が通用しないところでもあるのだ。
今回に関しては、恐らくその法則が、連れ込まれた人たちに対してうまい具合に転がったのであろう。
つまりここで倒れている人々は、マンティコアの腹が一杯だったので食べられず、マンティコアに連れてこられたので、他の雑魚“悪魔”からは襲われず、かつ、“異界”の時間の流れが体感的に短かった……という、幾重の幸運折り重なって、今、助かっているのだ。
ただ、マンティコアに目をつけられた、という不幸が前段にある。
しかしさらに言うのであれば、この世界についた瞬間に偶然にも遭遇したマンティコアを仕留めきれなかった自らの甘さがあり、あそこでマンティコアを仕留めていれば、この人々が今ここで倒れていることもなかったのだ。
そんなことを考えながらライドウは桜の木の根元に倒れていた、一番手前にいる女の元にたどり着き、生死を確認するために身をかがめた、
その時――
「まちなさいっ!」
鋭い声に顔を上げると、そこには桜色の着物を着た少女が立っていた。
「その女性から離れなさい」
少女はライドウを鋭い視線で睨み付けながら言う。
こんな時間に、この様な場所にいる人間としてはあまりに似つかわしくない可憐な容姿をしているが、その立ち姿と手に携えた刀から、只者でない事が伺えた。
ライドウは少女の言葉に従うように、ゆっくりと立ち上がり、そして一歩一歩踏みしめるように後ろに下がる。
少女も同じ速度で、倒れている女の元に近づいてくる。
「やっぱり……加代さん」
女の元にたどり着いた少女は、女の顔を確かめ、呟いた。
どうやら顔見知りらしい。
顔を上げた少女と目が合う。
強い、意志をおびた、綺麗な黒い瞳をしている。
その時――びゅう――と、風が吹いた。
ぱぁっ、と桜が舞い散った。
桜の花びらが舞い散る、桜吹雪の中でライドウと少女――真宮寺さくらは視線を交わしている。
ここに、大正と太正が邂逅をした。