ときのそらが幻想入り   作:みずnZk

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01-1 天使のそら

 ────幻想郷に、天使が舞い降りた。

 

 

 ある日、その郷を駆け抜けた噂話。澄み渡る青空、照り付ける太陽。まさに快晴と呼べる空の下。その存在は、何の前触れもなく飛来したという。

 

『てんし』という響き。幻想郷に住まう一部の者ならば、別の人物を連想するだろう。しかし、今回は毛色が違う。

 

 宙を舞うのは、純白の翼。はためかせるのは、青い衣を纏うヒトガタ。

 その姿は、まるでお伽話にでも出てくるような────紛うことなき、天使だった、と。

 

 無論、こんな噂がタダで広まるほど、この郷に住まう者は酔狂ではない。

『幻想郷』には、神、妖怪、悪魔など。凡ゆる種族が生息しているのだ。背に翼を持つモノなど無数に存在する中で、今更そのような噂話など、通常ならば子どもの戯言程度にしか思われなかっただろう。

 

 だが、広まった。とある新聞、その一面に堂々と載せられた写真によって。

 

 太陽を背に舞う『天使』の姿を、伝統の幻想ブン屋は幸運にも激写した。写真という確固たる証拠。美しく空を覆う翼に、人々は魅入られた。故の拡散、伝染、周知。

 

 それに対して、幻想郷の住民の反応は様々だ。

 

 ある巫女は、顔を顰める。新たな異変の前兆なのではないか、と。

 

 ある魔法使いは、好奇心を抱く。もしも本物ならば話してみたい、と。

 

 ある賢者は、訝しむ。何故、そのような存在が飛来したのか、と。

 

 ある吸血鬼は、ほくそ笑む。良い暇潰しになりそうだ、と。

 

 そして、とある人形師────アリス・マーガトロイドは新聞を指差して、こう問いかけた。

 

 

 

「……これ、貴女じゃないの?」

 

 

 

「────私、一面を飾ってるぅぅぅッ!?」

 

 

 

 

 新聞を目にした天使こと『ときのそら』は、珍しく叫び声を響かせた。

 

 

 

× ×

 

 

数日前、ホロライブ事務所。

 

 その日、私はお祝いされていた。

 バーチャルアイドル、ときのそら。ホロライブというグループに属する1人。

 この活動を始めて、3回目の誕生日。大人の仲間入りとなる20歳となったこの日。事務所にて、可愛い後輩たちからプレゼントを受け取っていた。

 

 個性が無い。そう嘆いたのは、いつだったか。気がつけば、CDを出した。ライブをした。女優になった。そして何より、頼もしい仲間に囲まれた。

 みんなの想いが詰まったプレゼント。受け取るたびに、胸が熱くなる。

 

「そら先輩っ!これ、受け取ってください!」

 

 そして、次にプレゼントを贈ってくれたのは、魔法使い──── 紫咲シオンちゃんだった。

 渡されたのは、白い箱型。リボンで結んでいる。まさしく、ザ・プレゼントって感じ。

 

「えーっ? シオンのことだから、なんかビックリ箱みたいな感じじゃないの〜?」

「そーぺこねぇ? 開けたら魔法でドカーン、みたいな。そーいう雰囲気を感じるぺこ」

 

 そんな風に茶化すのは、夏色まつりちゃんと兎田ぺこらちゃん。シオンちゃんの日頃の行い? 故なのか。妙に懐疑的だ。ちなみに、視界の隅で殺気を纏うのは、さくらみこちゃん。「そらちゃんにそんなことしたら、許さないにぇ……」なんて声が密やかに聞こえる。ちょっと物騒。

 

「あのねぇ…… そら先輩なんだから、そんなことするわけないでしょ? ……2人ならまだしも」

 

「それ差別では?」

「シオン先輩への誕プレは腐った人参にするぺこ」

 

 アイドルとしてのシオンちゃん、その人気の1つが時折見せる生意気っぽい口調と表情だ。その姿が可愛らしいのは私も理解できる。でも、だからと言って煽るのは良くない。だから、

 

「まぁまぁ、2人とも。シオンちゃんも、そんなことしたらメっ、だよ? でも、ありがとうっ! ……開けてみて良い?」

 

 私は、2人を窘めながらそう言った。つまりは中身が普通の物だと証明することが出来れば良いのだ。そうすれば、まつりちゃんとぺこらちゃん、そしてみこちゃんの疑念も晴れるはず。

 

 後輩ちゃんや友達、そらともさんたちのプレゼントは後でゆっくり開封するつもりだったが、この1つは例外ということで。私はリボンに手を掛けた。手元とプレゼントにみんなの視線が走る。シオンちゃんのドヤ顔。まつりちゃんとぺこらちゃんのジト目。みこちゃんの殺気。そして、私のワクワク。解いたリボンは記念に取っておくとして、次はいよいよご開帳。

 

 ────だが、蓋を開けたその時だった。

 

 目が眩むような光が、箱から発せられたのだ。そんな現象を前に、私は問おうとする。“えっ? 本当にビックリ箱だったの?“と。しかし、その言葉を発することは無かった。だって、シオンちゃんの表情は誰がどう見ても見事なまでに焦っていた。『やらかした……』そんな想いが伝わる、そんなお顔。だが、既に光はひとしきり肥大化して、私を包み込んでしまった。あまりの輝きに手で顔を覆って──────

 

 

 こうして、この世界から『ときのそら』という存在は消失した。

 

 

× ×

 

 

 光の次に感じたモノは、風だった。

 

 身体を打ち付ける、猛烈な強風。存在そのものが千切れて喪失してしまうのでは、と。そんな錯覚を抱くほど。では、何故このような風に身を晒されてるのか。それは、

 

”私、堕ちてる………!?”

 

 声にはならない叫びを漏らす。そう、今置かれてる状況は、落下────否。そんな表現では生温い。これは、まさしく墜落だ。

 

 即ち私、ときのそらは何故か────パラシュート無しのスカイダイビングを敢行している。

 

 どうして、こんなことになったのか。不明な点が多い中で、分かることが2つある。

 一つ、シオンちゃんがトンデモナイ大失敗をしてしまったこと。

 そして二つ、このままでは、遅かれ早かれ絶命することだ。

 

 強風故に、目を上手く開けられない。だが、このままでは地上に接触することになる。そうなれば、この身体が踏み潰されたトマトみたいになるのが必然。仮に地上がなく、永遠に続く奈落へ堕ちているのだとしても、いずれは強風により身体が限界を迎えるだろう。

 

 ならば、話は早い。まずは状況に歯止めを掛ければ良いだけのこと。

 

 頭に過るのは、後輩にして魔法使いの紫咲シオン。以前、彼女から貰った、もう一つのプレゼントを使用する。

 

 私はただのアイドルだ。魔法使いではない。だから理屈は分からないが、あの時の奇跡を再現する。唱える想いは、ただ一つ。即ち、

 

“────空を自由に、飛びたいなっ!!”

 

 瞬間、風は緩やかに。墜落は減衰し、身体は浮遊感を抱いた。背中にあるのは、翼。以前、シオンちゃんに生やしてもらった白鳥をイメージしたサラサラの羽根、のはずだったのが。

 

「……なんか、大っきい?」

 

 まともに声が出せること、そして目を開けられることへの安心感を覚えながら、背中を確認。生えた翼は以前よりも大きくて立派。なんか、どことなく天使っぽい感じ。でもまぁ、飛べてるから問題無し。それよりも、

 

「ここ、どこ……?」

 

 今は、目の前に広がる景色の方が問題だった。空から視認できる光景は、見渡す限りの緑。具体的に言えば、森。地球上、このような場所は当然ながら存在はするだろう。しかし、私が先ほどまで居た場所は、ホロライブの事務所。オフィスが建ち並ぶ『都市』だ。ものの数分で、こんな光景をお目にかかれるなど通常ではありえない。

 

 ぱたぱた、と浮遊しながら思案する。次にどうするか、を。自分がいる場所を確認しようのも手段がない。携帯は事務所に置いてきてしまった。例えあったとしても電波が通じるような場所なのか、不透明だ。そうなると残された手段は、誰かに聞く。コレしかない、そう思い立った時だった。

 

 視界の隅に、動くナニカを見た。

 

 脳裏を反芻する、黒い残像。最初はカラスかと思った。でも、違う。人のような形が、一瞬だが瞳にはっきり映った。

 待って、そう口に出そうとした。身体が反応して、その存在がいた方向に身体を向けて追いかけようとする。しかし、

 

”あ、れ────?”

 

 高度が、下がる。先ほどのような勢いは無いものの、確実に堕ちていく。 理由は一切不明。「ぬーーーん!!!!!」なんて力を込めて、全力でぱたぱたする。しかし、高度は落ちる一方だ。

 

「はっ、ぁ…………!」

 

 不意に、息が漏れた。そして、切れる。心臓が早鐘を打った。先ほど、遥か上空にいた時より、苦しさを覚える。額から落ちる汗、舌を出して犬のように息を求めた。なんて、みっともない。

 

 この段階で、先ほどのナニカを追跡するのは困難であることは明確。くらくらと揺れる視界の中で、とりあえず安全に着地することに注力する。

 

 木々の合間をすり抜けて、草が生え並ぶ地上へゆったりと着陸。 しかし、パラシュート抜きのスカイダイビングを生き抜いた喜びは無い。崩れるように膝をついた。草のチクっとする感触がくすぐったい。

 身体のコンディションは、まともでは無かった。目眩が止まらず、全身が悲鳴をあげている。

 ポタポタ、と溢れ出る汗が大地を濡らした。気が付けば、翼は消失している。いかなる要因かは不明だが、今は生やすことすら出来なさそうだ。

 

 状況は、最悪だった。

 

 知らない土地、知らない森。そんな場所に一人降り立った。

 助けを呼ぼうにも、手段が無い。身体は動かず、水も食料も無い。

 休めば、幾分かは回復するだろう。しかし、だから何だというのか。

 

 これまで、日本という国で、特に不自由無く過ごしてきたのだ。突然、サバイバルなんて出来るわけが無い。

 そんな事実を改めて理解すれば、更に身体から力が抜けた。仰向けに転がり、青い空を見る。もう何も考えられない。否、考えたくない。

 

 思案を打ち切り空っぽになった頭の中。その代わりに思い浮かべるのは、友だちや後輩のみんな。そして、かけがえの無い親友。

 

“これが走馬灯、なのかな……?”

 

 ぼんやりと、そんなことを思う。抱いた、目標があった。叶えたい、夢があった。そのために、一生懸命に歩んできたのに。まだ、止まりたくない。だというのに。瞼は、意に反して重くなる。もう身体は、自分の意志では動かないのだと。そう理解した、その時だった。

 

 

 

「────ちょっと、大丈夫?」

 

 

 

 閉じかけた視界が、僅かに開く。

 誰もいないはずの此処に、誰かが私の顔を覗き込んでいた。

 

 不意に、風が吹く。金色の髪が、私の瞳の中で、ふわりと靡いた。

 

 

 

 

 あぁ、まるで、

 

 

 お人形さん、みたいに、

 

 

 綺麗だ、な────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× ×

 

 

 

 その昼下がり、人形師は森の中を歩いていた。

 

 照り付ける五月の日差し。少しばかり暑さを感じれば、次に来るのは和やかな風。

 人里へ出向いていた彼女。何もなければ、このまま住処へと戻る予定だった。

 

 しかし、視界の隅にナニカが映る。

 

 草木が立ち並ぶ空間に、明らかに不自然の青の色。立ち止まり見つめれば、それは人だった。うつ伏せに横たわり、宙を見上げている。

 

 こんなところで、昼寝だろうか。そんな風に考えながら、気になったので近づいてみた。

 

 見知らぬ顔。そして、見慣れない格好。可愛らしい、女の子。

 

 そんな姿を覗き込んだ瞬間、昼寝などという考えは間違いだと気がつく。随分と顔色が悪かった。

 

「────ちょっと、大丈夫?」

 

 そんな風に問いかければ、僅かながらに瞼が開いた。しかし、反応はそれだけ。すぐに、眠ってしまった。

 

 一体、この少女に何があったのか。人形師は屈み、頬を撫でた。とりあえず、放っておくわけにもいかない。

 

 故に、展開する。自らが操る人形を。

 

 魔力を込めて、複数体を使役する。眠れる少女が、容易く持ち上がった。

 向かう場所は、人形師の住処。魔法の森の洋館。名も知らぬ客人と供に、帰路へ着いた。

 

 

 この時、人形師は知らなかった。

 

 自らが持ち帰った、この少女が────幻想郷にとある一大ムーブメントを、巻き起こすことを。

 

 

 

 

 


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