罪人たちはユメを見る   作:嘉多華

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第1話 裏

 

 私立間宮学園はとにかく広い。敷地内に全部で九つの校舎に始まり、全校生徒を収容できる六つの寮。文化部の部室をまとめた通称文化棟と運動部の部室をまとめたスポーツ棟。寮生のための大浴場、四つのグラウンドに、部活ごとに実績にあわせて与えられる特別施設など、全部説明するときりがない。まぁ今言ったので大体の大きな施設は言うたやろうか?

 

 要するにそれだけの施設を全部詰め込むためにとんでもなく大きな学園を山の中に建てたのがこの私立間宮学園。

 

「――以上。学園説明終了~」

 

 部員もそろって、それぞれの部活動、といっても特に何もやることなどありはしないのだけれども。

 

 とにかくそれぞれが自由に過ごしていたら、突然一人で学園の説明を始めた顧問の美坂先生。

 

 そのいつもどおりの面倒くさそうな声は、それほど広くも無く、なにより静まり返った部室に良く響いたので、興味が無くてもよく聞こえた。それでも、唐突になぜそんな話を始めたのかはきっと誰にもわからない。

 

 当の本人も理由を説明するつもりは無いらしく、おもむろに携帯ゲーム機を取り出して遊び始めていた。

 

 仮にも部活中に、しかも教師がゲームをやるなんてどうかと思ったが、それほど興味もないし、先輩もすでにあきらめたような表情で無視しているので、私もそれに倣う。

 

 静かに小説を読みながら話を聞いていた部長の山神連先輩が、仕方なしに口を開く。

 

「突然なに変なこと言い出してんですか?」

 

「いやな、これを初めて読むやろう奴らに、この学園の説明をしてやろうかと思うてな……」

 

 ゲームをする手を休めずに答える先生に先輩はさらに続ける。

 

「そんなことしたところで読むのはどうせ部員だけなんですから。そんな説明したところで意味ないと思いますけど?」

 

「何ゆうとるんや。この作品も、いずれはライトノベル業界に進出するんやで。せやから、細かいところはちゃんとせえへんといかんやろ?」

 

 これの元になったものが、部活動の記録を残すために初代部長が始めた小説風の記録帳であることを考えれば当然の考えだろう。現にこのときの私は今こうして本を作ることになるとはまったく思っていなかった。

 

 なのに、まだ予定も何も確定していないはずなのに、その時点ですでに決定事項であるかのように話しているものだから先輩は少しだけ気分を害されたようだ。

 

「こんな面白くもなんともないただの活動記録をライトノベル風にまとめただけの本なんか出したところで売れるわけがないだろうけど……やってみるのはいいんじゃないですか? 何事も行動して初めて結果が出るんだから。どうせ出版なんてされるわけないし」

 

 先輩の言を最後に、それ以上話は続かなかった。先輩はまた小説に戻り、先生はソファの上にだらしなく寝そべって、学園内なのに堂々と酒を飲みながらゲームを続ける。

 

 そんな中私はというと、二人の話をぼんやりと聞き流しながら、ちょうど今読んでいる、話に出ていた小説を閉じる。

 

 確かに出るわけ無いだろうな、と思った。そもそも書いている人がそもそも素人な上に、活動自体なく、ただだらだらしているだけの活動をどう面白くしようとしたってできるわけがない。

 

 あ、先輩の書いているところと出ているところは別だけれど。そこはもう、どんな名作と言われるものなんかよりも遥かにすばらしくて、感動するほどなんすよ!

 

 こほん、このあたりでこの話は終わりにしておこう。なんとなくこれ以上言えることもないし、私としてはそのままいかに先輩が素晴らしいのか小説一冊分かいてもいいのだけれど、そんなことしたら今後一生話もしないといわれてしまったのでやめておこう。

 

 まず何から説明しようか。ああ、そういえば私が誰か説明していなかった。私の名前は十六夜愛美十五歳。ついこの前高校一年生になった、三度の飯より蓮先輩のことが大好きな女の子です。

 

 そんな私が所属している観光部の主な活動は、部費兼旅費を稼ぐための内職とパソコンや本などを使い観光地の名所などを研究すること。そして年に一、二回あるかないかの、長期の休みを使った観光地めぐり。つまり長期間の休み以外に特にやることのない暇な部活だったりする。他の部がどういった活動をしているのかは知らないけれど、これほどやることのない部はないだろう。

 

 ま、あっしとしては先輩と一緒にいられるのならほかはどうでもいいんすけどね。そしてついでに二人きりなんてなったらもう最高に嬉しいのに。なんで今日に限って先生がいるんすかね。さっさといなくなってくれないっすかね。そうすれば先輩とのふたりっきりになれるのに。

 

 あ、やば、また素で書いちゃった。先輩からくれぐれも素の文章じゃ読みづらいから注意するように言われていたのだけど、……別にいいや。先輩に怒られるのもそれはそれでいいし。できるだけ書き直し和紙内容にとも言われているしね。

 

 とにかく、そんな部活でも、初期の部員たちが教師や生徒会相手にいろいろと交渉し、その結果として普通なら主な実績の内部には与えられない、校舎とは別に作られた特別な部室を持つことが赦されている。

 

 最初に先生が少し言ったように、この学園はそれぞれの部活動の実績によって学園側から与えられる支給物の質が変わる。運動部であれば大会などの結果がそれに当たるためわかりやすいが、文化部の場合、そういった大会がないものもあるため自分達でうまく実績アピールを行って、それに基づいて生徒会が独自に割当てるようになっている。

 

 なので、観光部のこの状況はかなりおかしいものだったりする。とはいえ、与えられている部費は微々たるものでしかなく、何か一つでも大きな問題を起こせば即廃部もありえるような状態ではあるらしいため、実質的には他の下位の部活と同じようなものだと言うのは、先輩の言だ。何一つ不自由なく過ごせるとまでは行かないまでも、今日まで楽しく活動している。

 

 そんなわけで、いろいろあった末に勝ち取った戦利品の数々が、四つあるグラウンドの中でも体育の授業ですら使われないような、忘れ去られたに等しいグラウンドの隅に立っている小屋が観光部の部室である。部室といっても今では部員と顧問の私室のようなものに成り果てているのだが。

 

 ちなみに今現在この観光部に所属しているのは、二年で部長の山神連と私こと一年生の十六夜愛美の二人と顧問の美坂先生の、合わせて三人である。

 

 私は本を閉じてテーブルに置いて、その戦利品の一つである少し古い感じのソファに寄りかかり後ろ手を組んで伸びをする。

 

「改めて考えてみても、なんで初代部長さんはこんな場所に部室を置こうなんて考えたんすかね?」

 

「それは本人にしか分からないだろうけど……これでもまだマシな方だと思うよ。最初の部室なんて体育倉庫に長机一つだけだったらしいから」

 

「うわ、またなんて嫌なところを。そこからここまで持ってきたその部長さんもすごいっすねぇ。まあ、蓮先輩ほどじゃないっすけれど!」

 

「それに、ここだってそこまで悪くはないしね。運動部が近くにいないから静かだし、職員室からも離れているから普段は持ち込み禁止の物だって隠しておけるしね。現に先生だってここに酒を隠しているわけだし」

 

 私が最後に言ったことは完全にスルーだった。でもそれはいつものことだから別にどうでもいい。

 

「なんと! 確かにそれは便利っすね。あっしもなんかかくしておこうっすかね?」

 

 酒が見つかってないのなら安全性は保障されている。家から学園までの距離はけして短くないためあらかじめ必要なものをここにおいて、必要になったときにここに取りに来ればいいだけなため、ある程度苦労を減らせるだろう。

 

 さて、それなら何を持ってこようか、と考えていると不意に先生が呟いた。

 

「ああ、そんなこともあったなぁ。あのときはほんまに大変やった。何よりも酒を隠して置けるような場所がなかったし、それに匂いがひどくて酒なんて飲んでられへんかったからなぁ。だから当時の部長を唆して何とかもっといい設備を手に入れるように仕向けたんやけれど、逆にこっちが利用されていろいろ手伝わされたのが本当に大変やった」

 

「ああ、だからココを部室にしたんすね……」

 

 最初からそのために部室をココにしたというのなら納得がいく。

 

 それきり先生は、当時のことを思い出して憂鬱そうな顔で窓の外を眺めて黄昏ていた。黄昏時の空を眺めながら黄昏るなんて、狙ってやっているのだろうか? もしそうだとしたら本当にどうでもいいことだけど。

 

 そんなことよりも、忘れてしまわないうちに先輩に聞きたいことがあったのを思い出した。

 

「蓮先輩。ちょっと聞きたいことがあるんすけれど、いいっすか?」

 

「うん? ああ、大丈夫だよ」

 

 話し終えると小説に目を戻していた先輩に話しかけると、先輩は栞を挟みなおして答えてくれる。

 

 観光部に入って数日で分かったことがある。一つは、顧問の美坂先生は普段以上にダメな人だったこと、何度でも言うが部活といってもほとんど活動がないこと。この部が閑古鳥が鳴く、の意から閑古部と呼ばれていること。

 

 そして、想像していた以上に山神連という人は優しかったということだ。

 

「……どうかした?」

 

「……はっ!」

 

 しまった、つい見蕩れてしまっていた。

 

「あ、ああの、この本のこと何すけれど」

 

「うん? どれどれ……」

 

 さっきまで私が読んでいた、この観光部の活動をライトノベル風にまとめたという件の本。タイトルは間宮学園観光部議事録。どこかで聞いたような名前な気がするけど、いろいろ大丈夫なのだろうか?

 

 先輩が確認したのを待って口を開く。

 

「一年前の分だけがかなり短いのはどうしてっすか?」

 

「ああ、それは……」

 

 先輩は突然暗い表情になって一言そう呟くと、部室の隅にある棚を漁っている美坂先生に視線を向ける。この位置からはその後の表情は見えなかったが、それでも寒気がするほどの怒りが伝わってきたので、それはもう大変な表情だったのだろう。

 

 それを感じ取ったのか、先生は肩が跳ね上がる。ガタガタと震える姿を見て、それほどの怒りを買うような何かとんでもないことをしたのだと理解する。

 

「どうかしたんすか、先生?」

 

「な、何でもあらへんよ~! ウチはなんも知らへん、知らない、知らないんじゃないか、きっと知らないんだと思う。と、とにかく、ウチは何も知らへん!」

 

 冷や汗を垂れ流しながらその後も何度も知らないとくり返す。

 

 自分が何をしにそこに向かったのかも忘れるぐらいに動揺しているらしく、手ぶらで席に戻ってくる。そんな先生に私が何か言うよりも先に先輩が話しかける。

 

「自分でやったことなんですから、自分で答えてくださいよ。それともまさか、俺の目の前で嘘をついて誤魔化そうとしたりなんか、しませんよね? もしそんなことを考えていたとなれば――被害者側の人間として絶対に許せない」

 

「ひぅ……!? そ、そのことはほんと悪かったと思っとるよ? ウチだってこれでも反省しているんよ……。だからもう許して――」

 

「なら、話してあげてくださいよ。自分の口から。ねえ、先生?」

 

「サー、イエッサー!」

 

 今度は見ることができたその表情は笑顔を浮かべていたが、その視線は先程にも増して絶対零度の如くに冷え切っていた。

 

 何者にも勝る威圧感に関係のない私まで萎縮してしまう。

 

 とりあえず、涙目になりながらも最後まで語ってくれた先生の話をまとめると。

 

 三月末のある日。いつものように部室で酒を飲んでいた先生はその日はするめイカをつまみにもってきていた。

 

 たまたま部室に来る前に嫌なことがあって、いつもより早いペースで酒を飲んでいたため、すでにいくらか酔いが回っている状態だった。

 

 そんななかでふとした思い付きでするめを焼いて食べたくなってしまったらしい。

 

 マッチは持っていたけれど火種にするものがなく、どうしようか考えていたところ(先生曰く、そのときにはかなり酒に酔っていた)机の上にタイミングよく置いてあった紙に火をつけて焼いてしまったらしい。

 

 先輩達が数ヶ月かけて書き上げた原稿用紙だったと知らずに。

 

 原稿は全て手書きで、パソコンなどは一切使っていなかったためバックアップなど無い。

 

 書き直すにはあまりにも時間が足りないので、何とか全て燃やされる前に残った数十枚と印刷までの残り数日間で書けるだけ書いたもので本にしたので、他と比べてかなり薄くなったということだった。

 

 本当はもっと詳しく書いたほうがいいのだけれど先生の失敗談なんて聞いていても楽しくもなし。

 

 というか全然興味ないから書く気もない。なんていったら怒られたから必要なところだけを書き連ねてみたわけだけれど、なんともばかげた話だ。

 

「いやー、なんと言うか――最低っすね、先生」

 

「うるさいわ! ウチだってそんなことぐらいわかっとるわ!」

 

「……わかっていたんだ。でも逆切れはもっと最低ですよ」

 

「ほんとっすねー」

 

「――ぐっ! ……これでも悪いことしてもうたって反省してるのに……何もそない言うこと無いやんか。そりゃ、そんなことで赦してもらえるなんて思う取らんけど、どうしようもないやんか」

 

 先輩は本気で怒っている。でも心の底から反省していることも分かっているのだろう。そうでなければ先生がいまも部室で酒を飲んでいられないだろうし、一緒の部室で過ごしていられるわけがない。

 

 許してあげたいけれど、いつまでたってもその話を思い出すと怒りがこみ上げてきてしまい、どうにもうまくいかないことがもどかしいのだろう。

 

 すっかり拗ねてしまった先生が涙目で椅子の上で縮こまってしまったのを見て、そんな自分に嫌気が差した先輩は大きく溜息を一つ吐いて言う。

 

「ああ! もういいですから。あの後先生がいろいろしてくれているのはわかってますから」

 

「……ほんまに? もう怒ってへん?」

 

「怒ってないですよ。……許したくはないけど」

 

「そうか、よかったー」

 

 最後に小さく呟いた先輩の一言は幸い聞こえていなかったようだ。

 

 安心して、ようやく思い出したつまみを棚から取り出してくつろぐ先生。

 

 その様子にまだ納得しきれていない表情をしながらもそれ以上何も言わない。

 

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