MURABITO団長と花騎士   作:沖津白波

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・また続いてしまった
・某所産のネタからの逸脱&拡大解釈
・ノリと勢いだけで書いたので相変わらず誤字脱字乱文あり
・何なら推敲もしておりません
・神様のご都合主義展開
・もはや個人的解釈を超えた何か


上記が許せる方はお暇つぶしにでもどうぞ


MURABITO団長と花騎士③

※※※

 

 

 華霊石とは貴重なものである。

 その華霊石とは、世界花の魔力を秘めた蕚付きの花弁のような形をした深紅の宝石のことであり、その出自は意外にも結晶化した「種」なのだという。

 世界花の魔力が結晶化し、地表へと現れるのが「種」と呼ばれる。しかし、それが地中に埋まったまま魔力を吸収し続け、種から宝石へと変化したものが「華霊石」と呼ばれるようになったのだとか。

 当然、地中に埋まっているのだから、採掘でもしない限り滅多に見つからない。最近になって一度に見つかる数が増えたそうだが、大きさが以前よりも小さくなったらしい。

 そのためか、一つ一つに込められている魔力は少なく、「召喚の儀」と呼ばれている儀式、ガチャを行うための必要数も増えたのだという。

 発見数が増えたのだから価値が下がるかと思いきや、世の中そう上手いこといかないようだ。

 

「石、ヨシ!」

「鉢、ヨシ、なの?」

「鉢、ヨシ、です! ふにー」

 

 そんな数だけはインフレーションしている華霊石ではあるが、貴重は貴重なのである。

 まず、入手機会がほとんどない。花騎士単独による「探索」と呼ばれる巡回をしても、毎回手に入ると言われている種に比べて百回に一回見つけられれば儲けもの、というぐらいらしい。

 らしい、という言葉を用いたのは、花騎士とはいえまだ幼いウサギゴケやビオラに、一人で巡回させるという危険なことを行わせていないからだ。彼女たちにはまだ未来がある。将来、身長と同時におっぱいも大きくなって、素敵な女性になる可能性だってある。

 なら自分が付いて、一緒に巡回すればいい。周囲の者はそう思うだろうし、自分だってそう思う。しかしながら、やってみて初めて分かったことなのだが、案外騎士団長というのは忙しいのである。

 おかしい。花騎士の騎士団長ともなれば、周囲に何というかこう、ふはふはしたとても良い香りのする花騎士たちを侍らせて、選り取り見取りの美味しい想いをしているのではなかったのか。何故こうも俺は事務仕事に追われなければならないのか。話が違うぞ。

 閑話休題。

 とにかく花騎士である以上、害虫との戦いは避けられない。それは仕方のないことだ。しかし、それ以外の騎士団活動においては、なるべく彼女たちに危険なことをさせたくはない。

 花騎士なのだからそれぐらい、と思う者もいるかもしれない。しかし、もしものことがある以上、俺はそんな危険なことを幼い子たちにやらせるわけにはいかない。何かあってからでは遅いのだ。

 そんな訳で、それ以外の入手方法として挙げられるは、採掘するか、異世界の通貨で商取引する方法だ。

 前者は炭鉱夫でも雇わない限り無理なので却下。雇える財力があって且つ、華霊石だけを掘れるのなら話は別だが、そんなことが出来るのであればそもそも騎士団長などという危険職には就かないだろう。花騎士を自身の護衛に雇って、犯して、解雇で済む。

 世間の目は許さないだろうが、自身の目的を達成するという意味では、財力にモノを言わせる手段としてはこれが一番手っ取り早い。というか、そういうことが出来ないからこそ好き勝手言えるだけだが。

 そして後者に関しては、千年前にコダイバナの女王が異世界に通じる扉を開いたせいなのか、それともこの世界が元々異世界に通じやすいのかは分からないが、春庭にはこの世界の「もの」ではない「もの」が流れ着くことがあるそうだ。

 ここでいう「もの」というのは「者」であり「物」でもある。それによって春庭では異世界文化が根付いたこともあってか、それらに対して寛容であるのだとか。

 

「準備、ヨシ!」

「ヨシ、なの!」

「ヨシ、です! にこー」

 

 そして、その異世界の「もの」の中でも貴族や王族たちに取り分け人気が高いものが、異世界の通貨、と思われるものなのだ。

 スプリングガーデン内で流通しているゴールドに似た硬貨のようなものは、魔力も少なく、使われている金属も技術も大したことがないようなのであまり人気がない。が、紙を用いたものは別格なのだという。

 詳しいことはよく分からないし、俺からしたら只の肖像画が描かれた紙なのだが、魔女や技術者などに言わせると全然違うのだとか。

 やれ一枚の紙に何色もの色が鮮やかに使われているだの、光に透かすと描かれた人物が二人に増える「透かし絵」が用いられているだの。そもそも人物絵にしても、模様にしても、数字にしても、とても細かく印刷されているだの。薄い紙なのに表と裏に印刷されており、且つ絵や模様が全く違うだの。

とにかく、今の春庭の技術では量産はおろか複製すら出来ない代物なのだという。

 故に魔力が少なくともこの紙幣たちは人気が高く、たった1枚であっても大量の華霊石を交換出来るらしい。

 ……これも「らしい」というのは、そもそもそんな異世界の紙幣をお目にかかる機会がなく、詳細も人からのまた聞きであるからだ。そのため、自分にとって真偽のほどは定かではない。

 

「よぉし、ウサギゴケ、ビオラ。景気良く入れてしまえー」

「なの、なの」

「ふににー」

「いいぞ、いいぞー」

 

 ウサギゴケとビオラが笑顔で花騎士召喚の儀に用いられる魔法の鉢に華霊石を眺めながら、俺はこの二週間の任務を思い出す。

 華霊石は採掘、交換以外にも手に入れる方法が一つだけある。そしてこれは、花騎士の騎士団長のみに許された入手方法といえる。勿体ぶった言い方をせずに直接的に言ってしまうと、つまるところ任務の報酬として貰える場合である。

 普通は基本給に騎士団長としての階級手当を合わせたものが騎士団長へと支払われる給与となる。

 その給与とは別に任務手当というものがあり、多くの任務や危険な任務をこなせば、給与を更に増やすことが可能となっている。

 この任務手当というものの中に、華霊石が含まれていることがあり、日夜の激務対策としての体力回復や魔力供給源として欲する者や、俺のように花騎士を犯したい……じゃなくて花騎士を迎えて戦力強化したい騎士団長らがその任務を虎視眈々と狙っているとかいないとか。

 が、まあそうそうそんな任務が転がっている訳がなく、貴重な華霊石を報酬とする任務は信頼のある、または将来を約束、期待されている騎士団に回される。

 

「団長さん、全部入りましたー。ふにー」

「入った、の」

 

 そして、別に将来を約束も期待もされていないであろう俺のところへ、華霊石が報酬として貰えるような任務はなかなか回ってこない。元村人であり、成り行きで騎士団長になってしまった身だ。そこら辺は仕方がない、というよりもそれらを踏まえた上で泳がされているのではないか、と最近思っている。数合わせとはいえ、こちらの身元自体はとっくの昔にバレているだろうに。

 まあ、それ以前に騎士団に所属している花騎士が二人しかいない上に、補佐官もいない騎士団なのだ。それに加えてその二人の花騎士が幼女なこともあって、同期の団長たちから俺は「変態ロリコン野郎」などと噂されているとかいないとか。

 自分が馬鹿にされているのは大目に見よう。だが、もしもこの噂を流している者たちがいるのであれば、声を大にして訂正したいことが一つだけある。

 俺は! 幼女は! アウトオブ! 眼中ですから!

 こちらを変態扱いしたいのであれば、おっぱいがでかくて、腰が引き締まっていて、安産型のお尻をした花騎士を連れてこい。話はその花騎士を犯した後にでも聞き流してやる。

 その頃には、俺は騎士団にはいないだろうが。多分、国外逃亡をしているか牢屋の中にいるかのどちらかだろう。

 

「確認した。二人はこっちに戻ってきてくれ」

 

 そんな訳で、何とかお使いのような日々の任務をこなしつつ、簡単且つ華霊石が貰える任務を抜け目なく即受注し華霊石400個集めた。またそれとは別に、運良くビオラが拾った「100」と描かれた異世界の通貨で交換した華霊石100個の計500個の華霊石で今日、一回の召喚の儀を行っている最中であった。

 お手柄なビオラには当然、ケーキを御馳走した。……最近、何か手柄を立てる度にケーキやらぬいぐるみやらで彼女たちを甘やかしているような気がするが、悪いことではないだろう、多分。

 否、これは餌付けとかではないのだ。頑張ってくれている彼女たちへの正当な報酬である。

 うむ。そう思えば何も問題はないな。

 

「わかりましたー」

「了解、なの」

 

 時刻は早朝。騎士団の活動を開始してから最初の行動であり、その後の予定は執務室での書類整理ぐらいだ。

 鉢の色は、それ程重要ではない。頼むから、俺のお眼鏡にかなう花騎士が来て欲しいと切に願ってやまない。

 この場にウサギゴケとビオラがいなければ、鉢の前で「ちち! しり! ふとももーッ!!」と右腕をぶんぶん振りながら祈祷していただろう。

 

「お?」

「おぉー」

「わー」

 

 二人が自分のところへ戻ってきたと同時に、華霊石が入った魔法の鉢が小刻みに震え、景気よく割れていく。が、ビオラが就任した時のような虹色の鉢までは割れず、金色の鉢になったところで虚空から同じ色をした種が鉢の中へと落ちる。

 ビオラの時のように、鉢の中から発生した光が部屋全体を包み、やがて元に戻る。さて、今回の花騎士はどれぐらいで来てくれるだろうか。後は大人しく待つのみ、だ。

 

「終わっちゃったのです?」

「そうだな。新しい花騎士がすぐに来るかも知れないから、俺は一足先に執務室に戻ろう。悪いけれども二人は一緒に鉢を返した後に来てくれるか?」

「ふにー、分かりました。ウサギゴケちゃん、一緒に行きましょう」

「分かった、なの。一緒に行くの」

 

 俺の言葉に、元気いっぱいのビオラがどちらかというと大人しいウサギゴケの手を引いて、二人で一緒に鉢を抱えるような態勢を取って先に部屋から出ていく。

 人見知りをしがちなウサギゴケではあったが、年齢が近く、それでいて人懐っこいビオラの性格もあってか、二人は早い段階で仲良くなれた。

 そんな二人の様子を微笑ましく思うと同時に、これで自身の性欲の対象内であれば夢の三人遊びが出来たのだが、という残念な気持ちになる。割と最低な発想か? ……最低な発想だな。そもそもの目的が目的だから気にはしないのだが。

 最近はいっそのこと、あの二人を自分好みに育ててから美味しく頂くのもありかと思うが……そんな悠長なことをしている間に俺はオッサンになり、彼女たちはそんなオッサンなど見向きもしないような美女になるだろう。

 夢など見るな、悲しくなるだけだ。俺は彼女たちが素敵な女性になれるよう、色々と指導すればいい。

 というか、俺は今、花騎士とベッドの上での夜の運動会、大人組体操をしたいのだ。その軸となる我が息子が反応しない以上、彼女たちと一緒にくんずほぐれつの組体操をするつもりはない。

 

「さて、と……今度こそヤれる子だと良いのだけどな」

 

 二人の足音が完全に遠ざかったのを室内で確認したところで、俺は僅かな希望を持ちながら部屋から退出する。

 いやまあ、分かってはいる。どうも俺の神様はひねくれているご様子。どうせまた、幼い花騎士だろう。期待すればするほど落胆も大きいというのは、流石にウサギゴケとビオラの流れで理解した。納得はしていないがな。

 ともあれ、こちらの要望が通らないというのは薄々感じている。ならば贅沢はいうまい。

 こちらとしてはおっぱいもお尻も大きくて、出来ればそう、以前出会ったアイビーみたいな小柄でムチムチな少女であれば最の高。だがまあ、この際幼い子でなければ最早体型は問うまい。

 着任した花騎士次第ではあるが、こちらももう股間が限界なのだ。悪いが犠牲になってもらおう。

 本当に幼女だった場合は……何とか人脈ならぬ花騎士脈を広げる方向で話を進めていきたい。ビオラが姉のように慕っているスミレという花騎士がいるように、いつ誰がどこで犯せるきっかけを作ってくれるとは限らないからな。

 スミレ。うむ、良い響きの名前だ。ビオラの慕いっぷりを見るに、きっと美人で可愛くて、素敵な花騎士なのだろう。上手いことビオラを誘導して会えないものか。今後の展開次第ではそれも視野に入れた方がいいだろう。

 

「まあ、それはそれとして。まずは新しく来る花騎士からだな」

 

 

※※※

 

 

 執務室へと戻り、同じように鉢を返したビオラとウサギゴケが戻ってきてから仕事を再開する。午前の仕事、昼食を挟んで午後の仕事とこなし、一応の終業時間となったので彼女たちは先に帰らせた。幼い子どもたちとはいえ、立派な花騎士。帰る先は実家ではなく花騎士専用の寮であり、俺が無理を通して同室にした二人の部屋だ。

 

「うーむ。今日は来られなかったか」

 

 窓の外の夕日が沈み、宵闇と星が天を覆うような時間帯まで粘ってみたが、召喚の儀にて就任予定の花騎士は執務室に来なかった。

 最後の任務報告書を書き終え、誤字脱字がないかを確認した上で捺印する。

 

「ん? ウサギゴケか?」

 

 その書類を提出用の黒色のレタートレーに入れたところで執務室の扉がノックされる音がした。視線をそちらへと向けた後、室内の壁に掛けてある時計を見る。時刻は、十九時か。

 

「開いているぞ」

 

 この時間帯だ。就任した花騎士が来たとは思わない。事務仕事の締め切りに常日頃追われている騎士団ならいざ知らず、大概の騎士団はこの時間には事務を終えて夜の見回りに行くか終業となっているはずだ。

 そしていつもであれば、この時間はウサギゴケと過ごしていることが多い。俺の帰りが遅いから、彼女が寂しがって会いに来たのかもしれないと思ったのが一番の理由だ。

 

「……」

 

 あまり、人の過去は詮索したくはない。

 それは俺の過去、つまりは騎士団長ではなく只の村人である、という事実を知られたくないから、ということに起因する。自分が嫌がることを人にはしたくはないし、させたくはない。至極単純な理由だ。

 明るく人懐っこいビオラが来てから、ウサギゴケはよく笑うようになった。……逆に言えば、俺と出会ってからの彼女はあまり笑顔を見せていなかったように思う。

 そんなウサギゴケとの会話の端々から察するに、どうも彼女の過去には何やら凄惨なことがあったのだろう。もしかすると、俺と出会う前は笑顔になることがなかったのでは、と思うぐらいだ。

 だから、という訳ではないが、俺はなるべく彼女の傍にいようと思った。何となく、彼女を余り一人にさせるのは得策ではないと感じたからだ。

 ビオラが騎士団に来てからは、彼女がウサギゴケと一緒にいてくれるようになったため、そこまでは気にしなかったが……はて、今日はビオラに何か予定でも入ったのだろうか?

 

「ん? あれ?」

 

 ……というか、ここでようやく気付いた。

 俺が他の同期たちから「変態ロリコン野郎」と噂されてしまうのって、ウサギゴケと一緒にいる時間が多いからなのでは?

 

「ぐぬぬぬ……うん?」

 

 因果関係が思わぬところから巡ってきたことに軽い片頭痛を覚えながらも、俺は扉の向こうにいるであろうウサギゴケが部屋に入って来ないことに小首を傾げて席を立ちあがる。

 え? あらやだ。もしかして幻聴? 新しい花騎士が早く来て欲しいばっかりに、扉を叩く音を脳内で響かせちゃった?

 いやまあ、確かに。今日一日でこの二週間の任務を含めた、月間騎士団報告書をまとめようと思ったのは中々に無謀で大変だったのは間違いない。普段やらないことに加えて慣れない作業で疲れていたのも確かである。

 真偽のほどを確かめるには、さっさと扉の前に行って開けばいい。しかし、これで扉を開けた先に誰もいなければ、目も当てられない。己を罵倒し、惨めな気持ちで今日一日を終えてしまうだろう。

 そう思うと何だかその真偽を確かめるのも億劫になってくる。

 端的に言ってしまえば、向こうから何らかのアクションがなければこのままスルーしたい。

 

「どうした? 扉は開いているぞ」

 

 誰もいない執務室で机の前で立ったまま、扉に向けて声をかける。そう思うと何だか物悲しい気持ちになる。これで返答がなければ椅子に座り直して片づけに勤しもうそうしよう。

 

「にゃおにゃお」

「んんー?」

 

 そう思っていたところに、扉の先から猫の鳴き声が聞こえてきた。少し驚きつつも耳を良く澄ませば扉を爪で引っ掻くような音も聞こえる。

 迷子の幼女だと思ったらウサギゴケ。同じく迷子の幼女だと思いたかったがビオラと続き、今度はウサギゴケと思ったら迷い猫か。

 無視してもよかったが、扉が研がれてしまうのもよろしくない。

 

「にゃおにゃおにゃおー」

「はいはい。今開けますよっと」

 

 扉越しではあったが、まるで催促するような、それでいてどこか楽し気な鳴き声を前に、俺も何だか気が緩む。迷い猫とはいえ、飼い猫であれば今頃飼い主が心配しているだろう。逆に野良猫ならば、衛兵たちに見つかる前に城内から出してやらなければならない。

 我ながら面倒ごとに首を突っ込むなぁ、と自虐しつつも、最近はそれを楽しんでいる自覚がある。騎士団長になったからだろうか。何にしても、村人のままでは得難い経験を色々とさせてもらっているのには違いない。

 後はこれで当初の、花騎士を犯すという目的を達することができればいいのだがね。

 

「ぅ……む?」

 

 扉を開けると、外気が入り混じった廊下の空気がまるで自分を包むようにして通り過ぎ、部屋の中へと流れ込む。一瞬だけそれに煽られてしまい目を閉じる。その後で視線を足元の方へ向けても、声の主であろう猫の姿は見当たらなかった。

 はて……確かに猫の鳴き声は聞こえたし、爪を研ぐような音も聞いた。流石にこれは幻聴ではないと思いたいが、実際にいないのであればこれが現実であろう。

 扉を開けた時に気づかぬうちに部屋の中にでも入ったかとも思ったが、猫ほどの大きさであれば、気配で分かるはずだ。まさかそれすらも悟られないほどに手練れの猫だろうか。

 何となく、扉を開けたまま振り返るのは癪だと思い、一度扉を閉める。これで、この執務室は密室である。猫が気づかぬうちに入り込んでいたとしても、これなら逃げられまい。

 仮に猫がいなかったとしても、他の者に恥を晒すことはない。自分が惨めな気持ちになるだけだ。

 そう思って振り返ろうとした矢先だった。

 

「この世にいるのは馬鹿ばかり、ボクも馬鹿、キミも馬鹿。皆馬鹿」

「!?」

 

 それは、落ち着いていて、だが楽しそうであり、それでいて人を試すようでもあり、しかして単に人をからかうだけのような、何とも形容しがたい、少女の声だった。

 だがそれ以上に、自分以外誰もいなかったはずの執務室の中から聞こえる声に、俺は驚きと共に振り返った。

 

「馬鹿が集まって馬鹿をして、馬鹿話を咲かせて馬鹿な指摘で笑い合う」

「君……いや、お前は」

 

 その視線の先にいたのは、一人の少女だった。癖っ気の強い、頭頂部から生えるアホ毛が特徴的な紅赤の髪をローツインテールにしており、アホ毛を挟むように付いた猫耳を嬉しそうに細かく震えていた。

 

「あぁ、まったく夢のように馬鹿らしい。楽しいね、楽しいねぇ」

 

 ジト目とも好奇の目とも思える目でこちらをニヤニヤと見つめる少女は、満足そうにその目を細めながらも、まるで歌う様に言葉を紡ぐ。……一応は騎士団長であるはずの、俺の執務机の上に腰掛けながら。

 

「バナナオーシャンのキャッツテールはそう思う。さて、キミはどう思う、団長?」

 

 花騎士だった。バナナオーシャンというだけあって、妙に挑発的なバレエドレスにも似たモフモフがスカートの裾先に付いた服装に紅赤と紫の縦縞ホットパンツ。加えて左右で柄の違うオーバーニーソックスなのも、あの陽気なお国柄出身らしい格好だった。

 そんな目の前の少女は陽気のようでいて、気ままのようでいて、上機嫌に目を細めてこちらの言葉を待っているように見える。

 この手の相手は、反発しても無視をしても駄目そうだ。

 端正で可愛らしい顔立ちをしているのに、その特徴的な笑い顔を見て、瞬時にそう思った。

 だからといって、話に乗ってしまっても思う壺だろう。まずは相手の話に乗ったように見せつつ、話を進めよう。

 

「そうだな。まず、馬鹿らしくお前に尋ねたいことがある」

「それは、どうしてここにボクがいるのか、ってことかい?」

「ああ」

「ノックはしたし、声も掛けた。それに反応したキミが、こうして扉を開けて、ボクを中に入れてくれた。だからボクはここにいる。違うかい?」

「……」

「あぁ。ボクの姿が見えなかったことを気にしているのかな? そこは気にしないで欲しい。ボクはどこにでもいて、どこにもいない。そんな猫みたいな花騎士なのさ」

 

 あ、駄目だ。この子、苦手なタイプだ。

 人の話は聞くし、質問にも答えるけれども、それ以上に人を煙に巻くことが好きな子だろう。無視を決め込めば、その内飽きてどこかにいってしまうと思うが、花騎士を名乗った彼女がわざわざここにいる理由は一つしかないだろう。

 何故姿を視認できなかったのかは、彼女の言う通り気にしない方がいいだろう。癪だが、追及したところでこちらが納得できる答えは得られない気がするし、何より話が進まない。

 加えて先ほどの猫の鳴き声と引っ掻き音については、見事に化かされたのだろう。相手は狐を想起させる花騎士ではなく、猫を想起させる花騎士なのだが。……化け猫って存在するのだろうか? というか、猫って化けるの? 怖っ!

 

「なるほど。つまりはお前が、招集に応じた花騎士ということで間違いないな?」

「おや、あまり驚かないのだね。けれども、話が早くて助かるよ」

 

 俺の質問対し、彼女は一瞬だけ虚を突かれたような顔をしたが、すぐにチェシャ猫が笑ったかのような顔に戻り、両腕に力を入れて執務室の机を押した反発を利用して飛び降りる。

 それから、こちらに向かって歩いて近づき、右手を差し出した。

 

「よろしくお願いするよ。折角お近づきになったのだし、どうせなら楽しくやろうよ」

「……」

「おやぁ? どうしたんだい?」

 

 さて、その差し出された右手を素直に握り返して良いものかどうか。動かずに凝視する俺を見て、キャッツテールはそのことすら嬉しそうに口角を釣り上げる。

 怪しんでいるのだろうか。それとも嫌がっているのだろうか。そんな相手の様々な感情が混沌として渦巻く様子を見るのが楽しくて仕方がないのだろう。俺の勝手な憶測ではあるが、恐らく当たっていると思う。さりとてこの手を握り返さない訳にもいかない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 今この瞬間、俺が動かずにいたのは全く別のことを考えていたからだ。

 

「……よろしく、頼む」

「ふふっ」

 

 あまりよそ事ばかり考えていて彼女の気分を害しても悪いと思い直し、とりあえずはキャッツテールの就任を歓迎しようとその手を握り返した。

 てっきり何か仕込んであるのかと思いきや、特にそんなことはなく、彼女は嬉しそうに笑みを崩さぬまま軽く握ったままの手を上下に振った。

 うっは、めっちゃ柔らかい。ウサギゴケやビオラの手は握っても「俺が守護(まも)らねばならぬ」という気持ちにしかならなかったが、そんな幼女特有の柔肌じゃない。きめ細やかでしっとりとしていて、且つ柔らかさとハリを両立させた、握っていて気持ちの良い手だ。

 うーん、手の柔らかさもさることながら、やはり可愛い。大分癖はあるようだが、それを許してもお釣りが余裕で来るぐらいの可愛らしさ。やはり花騎士になる子は女性としてレベルがかなり高い。世界花は綺麗さや可愛さで加護を与えていないだろうか? 世界花の加護学会というものがもしあるのなら参加して検証してみたいものだ。

 それはさておき、キャッツテールの幼さがやや残るも可愛らしい女性の顔立ち。俺自身の好みとは離れるが、美しさすら感じるしなやかで細身の身体。おっぱいは……残念ながら無いよりの有りだが、それでも服装が服装なだけに確かな膨らみは視認できる。お尻の大きさは流石に分からないが、まあそこら辺はこの際些細な問題だ。

 そして何よりも、何よりも重要なのが……目の前の花騎士は幼女ではないことだった。

 

「……犯してーなー、オイ」

「ん? 団長、今なんて?」

「あ」

 

 ……し、しまったぁああああああああああっ!!

 騎士団長になってからの禁欲生活。最初の一発は花騎士に捧げるんじゃい、と我慢に我慢を重ねて今日まで来た。

 更には性の対象外である幼女二人に囲まれた生活は最早父性すら目覚めかけていたところであり、俺の息子の矛先は他の騎士団の花騎士を遠目に見ただけでも暴れ馬になるぐらいのやんちゃっぷりと化していた。そんな中でドストライクとは言わないが十二分に対象内の花騎士と文字通り触れ合ったせいか、つい本音が漏れてしまった。

 慌てて握り合った手からキャッツテールの顔へと視線を移すが、流石の彼女も俺のとんでも発言の前には耳を疑うかのように目を見開いて眉根を顰めていた。

 いやだが、まだ立て直せる!

 いけるいける。騎士団長に任命された日のことを思い出せ。あれだけ偶然に偶然を重ねて、今もまだこうして騎士団長をやれているではないか。

 これしきの失態。建て直せるって、俺なら! さあ、行け!

 

「ぁ、いやっ、犯し……お菓子があるんだ! 折角だから一緒にどうだい! いやぁ~うん。いいタイミングで来たねぇ~うん!」

「ふ~ん……」

 

 よぉし、バレてない、バレてなーい……というか、バレないでくれ!

 何だかものすごく面白い玩具を見つけたかのような顔を、キャッツテールがしているような気がするが、このまま本当にお菓子を与えて今日は解散にしよう、そうしよう。

 そうすれば、明日にでも忘れてくれる。きっと、恐らく、多分。

 

「それじゃあ、折角の申し出だ。ご相伴に預かるとしようかね」

「あぁ、ケーキもあるからな! 甘いものは好きか?」

「特に好きでもないものを渡すそのセンスに。ボクは大いなる称賛を送ろう。にゃおにゃおにゃお~」

 

 ぐっ、こいつ……分かっている。分かっていやがる。その上で、こっちの様子を楽しんで見ている。

 だがバレた手前、そんな安い挑発には乗らないし、見え見えの罠を踏みはしない。

 

「そうか。なら今後の参考に聞いておこう。何が好きだ?」

「ボクの好きな食べ物は納豆で、カラシ入りの納豆は食べたくない。でもでもカラシは大好きで。けれども……カレーは大嫌い」

「うん……ん?」

「ご飯も好きじゃあないけれど、お寿司は大好きで、お刺身だけは遠慮したいね」

「……」

「……わぁ、訳が分からないって顔をしているねぇ? そういうのは大好きだにゃぁ」

 

 そうだよ。癖が強すぎるんだよ、お前。これで可愛いのだから始末に負えない。

 手に余る、とまでは言わないが、手が焼けそうだと思えたし、彼女を御そうと思ったら、手がいくつあっても足りなさそうだ。それこそ猫の手も借りたい。

 けれどもおやまあ、見てみましょう。目の前にいるのは、まるで猫のような花騎士ではありませんか。ちょっと奥さん、彼女の手を借りればキャッツテールを御せるのではなかろうか?

 ……ちくしょう、既に思考回路がキャッツテールの術中にハマっている気がしてならない。

 けれども駄目だ。彼女に手は出せない。

 あぁ、なんてことだ。折角幼女ではない花騎士が来てくれたというのに。こちらの思惑がバレてしまった以上は、彼女のご機嫌伺いをしながら次の花騎士を待つしかないではないか。

 滾った息子の矛先はむなしく空を切り、行先こそ決まったものの狙い撃てない性の高ぶりは、夜の執務室で右往左往する。

 あぁ。無常なるかな、騎士団長。これもきっと、神様の嫌がらせに違いない。

 

 

※※※

 

 

「ビオラ。済まないが、ここに書かれてあるものを買いに行ってくれないだろうか? お金はこの袋に入っている。十分に足りると思う」

「分かりました! にこー」

「それとウサギゴケはキャッツテールを呼んできてくれ。その後はビオラと合流して一緒に買い出しに行ってくれ。頼めるか?」

「了解なの」

 

 あの後、キャッツテールにはケーキやらお煎餅やらを御馳走し、そのまま花騎士寮の空いている部屋へと案内して別れた。

 そしてその翌日となった今日は、昼前からの出動である彼女を待ちながら事務仕事を進めていた。

 

「それじゃあ、団長さん。行ってきます、ふにー」

「行ってくる、の」

「気をつけてな」

 

 こちらの指示に対し、彼女たちは二言返事で笑顔を見せて執務室から出て行き、仕事に向かった。うーん、本当に素直で可愛くて良い子たちだ。これでそう、ベイサボールでいうところの、股間のストライクゾーン内なら完璧だった。

 とまあ、そういう感じでいつも通りの日常に戻り、慣れない騎士団長生活に勤しみ、俺がキャッツテールを犯すのを諦めるとでも思っているだろう、俺の中の神様は。

 俺が彼女にへいこらしながら、騎士団長生活をする姿をほくそ笑んでいるに違いない。

 

「……ふふふ」

 

 ……ヴァカめ! あれしきのことで俺が諦めると思ったら大間違いだ!

 此度の好機は正に千載一遇。そう簡単に逃してなるものか!

 既にその準備は整えてある。犯すのにおあつらえ向きの場所を用意してな、フゥーハハハ!

 

「おや、団長。何やら楽しそうにしているねぇ? 何か悪いことでもあったのかい?」

「……っ」

「おやおや。どうしたんだい? 豆がハト鉄砲を喰らったような顔をして」

 

 さっきまで執務室にいなかったはずなのに、気づいたら部屋の中にいる。気にするなと言われても昨日今日でこの神出鬼没っぷりに慣れろというのは少し無理がある。

 というか、これではウサギゴケと入れ違いになってしまうではないか。彼女には申し訳ないことをした。すぐにでもウサギゴケを追いたいが、この後の計画のためにも敢えて追わない。

 すまない、ウサギゴケ。後でお詫びにケーキをあげるから許してくれ!

 

「い、いや。ちょうど呼びに行こうと思っていたところでな」

「おやまあ、それはそれは。団長直々のご用命だ。そしてそれはボクの初仕事でもある。謹んで、傾聴するとしようじゃあないか」

「……」

「おや? ボクの態度がお気に召さなかったのかな? これでも真面目な態度で命令を待っているのだけれども」

 

 嘘つけ、絶対楽しんでいるだろう。いや、怪しい笑みや口調のせいで誤解されるだろうしさせただろうけれども、確かに今の彼女は真面目にこちらの命令を待っている。

 その上で、楽しくやろう、つまらないのなら楽しく変えようとしているのだろう。昨日今日ではあるものの、何となくだがキャッツテールはそんな女の子のような気がしている。

 まあ、昨日の俺の失言を聞いて、更に面白おかしくなっているのは間違いなさそうだが。

 

「いや、それならいいんだ。そこまで畏まって貰うほどの仕事ではないから、逆に気が引けてしまってな」

「へぇ。一体どんな仕事なんだい? その様子だと害虫討伐任務、という訳ではなさそうだ」

「だとしても、流石に一人で討伐任務には行かせない」

「ふむ。我らが騎士団長様は、花騎士に随分とお優しいようだね。では、その仕事の内容とは?」

「簡単な仕事だ。ブロッサムヒル城内にある、騎士団共同倉庫の整理整頓。あまり使われていない第四倉庫だな。一応掃除も含まれるから余程のことがない限り、今日一日は人の出入りはないようにしている」

「なるほどねぇ。気合を入れてやる必要はありそうだけれども、やる気が出る仕事ではないね」

「そうなるな。まあ、うちは騎士団と言ってもこんなものだ。申し訳ないが、よろしく頼む」

「気は進まないけれども、これも仕事。それに、団長に頭を下げられては、ボクも無碍には出来ないというものだ」

 

 俺が手渡した仕事内容の書かれた用紙を見て、キャッツテールは少し嫌そうな顔をしたものの、こちらの言葉に肩を竦めてから用紙をヒラヒラと揺らして遊ぶ。

 そもそも彼女がこの案件を受けてくれないことには始まらない。まずは第一関門突破というところか。

 

「場所は分かるか? ……分からないなら案内するが」

「あぁ。そこまで気を使わなくても大丈夫。昨日の内に城内の構造は把握済みさ。それでも分からなければ、人にでも聞くさ」

「そうか。なら早速仕事に掛かって欲しい」

「了解。それじゃあまた」

「むっ……む?」

 

 彼女がわざとらしく俺の鼻先に用紙を返し、視界全体がそれで埋まる。不意を突かれながらもそれを受け取り、小言の一つでも言おうと視線を戻すと、既にキャッツテールの姿は無かった。

 二の矢は上手いこと躱されてしまったが、仕事自体はすぐにでも始めてくれる様子だった。

 

「……」

 

 まだだ、まだ笑うな。近くにまだ彼女がいるかもしれない。

 しかし、しかしだ。キャッツテールよ、話をちゃんと聞かなかったのかい?

 共同とはいえ入り口が一つだけの倉庫。それに、人の出入りは今日一日ほぼない、とも言った第四倉庫。

 そこにうら若き乙女が一人。その後に忍び寄る性欲を持て余す雄が一匹。

 ……今の俺が、何もアクションを起こさずに終わらせる訳がないだろう?

 

「おっと、いけない、いけない」

 

 場と条件は整った。今度こそ、後は実行するのみ。すぐに後を追って閉所での性欲発散会を開催したいところではあるが、彼女もあれで一筋縄ではいかないだろう。

 ここは一つ。少し時間を置いて、油断したところで見回りと称した突撃を行い、そのまま性の赴くままに営みを行おうではないか。

 そのためにもまずは目の前の書類を手早く片付けてしまおう。

 

 

※※※

 

 

 花騎士騎士団の共同倉庫は全部で五つある。第一から順に、医療関係、衣服関係、食料や酒類、備品関係、武具関係がそれぞれ収められている。

 言わずもがな、第一から第三までは人の出入りが多い。特に第一は討伐任務などあった際は常時解放されていると言っても過言ではない。また、お酒好きな花騎士たちが第三倉庫に入り浸っている、という話も風の噂で聞いたことがある。

 第二倉庫に関しても第一、第三程ではないが、裁縫好きな花騎士や着飾るのが好きな花騎士たちがちょいちょい利用しているとか何とか。

 それら三つの倉庫に対して、第五倉庫は扱うものが扱うものなだけに、他四つの倉庫から離れた場所にあり、人の出入りもまばらである。

 が、これもまた防衛任務等があれば当然解放されて大砲の弾やら何やらが運び出される。倉庫の中でおセッセの最中に城下町が害虫に襲われ、人が入ってくるというパターンが無きにしも非ず。一日出入り禁止にしようにも、害虫討伐が最優先である以上、出来る訳がない。

 

「ふん、ふふーん」

 

 しかし、第四倉庫は話が別なのだ。

 第一から第四まで連なって並んでいるので隠れて営みをする、という意味での立地条件としては第五倉庫に劣る。だが、人の出入りが少ないという意味ではこれ程好条件な場所は城内でもなかなか見つからないだろう。

 備品と言っても、置いてあるのは木の角材だったり、国からの支給品である羽ペンやインクだったり、羊皮紙だったりするのだが……余程のことがない限り、大体の騎士団は自前のものを使っているのだ。

 別に書類提出の際に指定されたペンやインクがある訳でもなく、確認の際の印も別にサインで良いとされているため、「なら普段使い慣れているものでいいやー」となる訳だ。

 当然、私物を使う場合の経費など支払われないので、そちらを選ぶと自費になる。だが、国が支給する使い勝手の悪い、または自身に合わないものを使うぐらいなら、仕事をする時ぐらい好きなものを使いたいと思うのもまた確か。

 故に大半以上の騎士団はそれぞれが好き勝手な私物で書類を作成したり、執務室に小物を置いていたりする。……まあ、流石に公式書類に可愛いウサギのスタンプとかは許されないのだが。

 

「キャッツテール、いるか? 入るぞ」

 

 ともかく。他の倉庫に比べて、第四倉庫に出入りする者はまずいない。更に言ってしまえば一日出入り禁止にすればまず誰も来ない。

 そして、連なっているとはいえ倉庫は倉庫。それなりに頑丈に作られており、こうして入って後ろ手で扉を閉めて内鍵を掛ければあら不思議。やや薄暗い密閉空間の出来上がりである。

 執務室とは違って、防音効果もバッチリである。倉庫内で爆発でも起きない限り、音が外盛れする箇所はそれこそ扉しかない。つまり、倉庫の奥の方で致していたらまず中で何をしているのか分からない。

 つまぁり! 上司である騎士団長が! 部下である花騎士を犯したところで! 何も問題はないのである!

 

「……キャッツテール?」

 

 まあ、そのお相手であるキャッツテールがいないのですけどね。大問題かよ。大問題だよ!

 もしかしてサボタージュですか? それとも、こちらの思惑がバレたか?

 いやしかし、バレたところで一度仕事を受けた以上、この倉庫内にいて然るべきのはず。

 だが、最初からこちらの思惑がバレているのであれば、敢えて仕事を受けたフリをした後に放棄した可能性も否定できない。長い間務めた騎士団ならいざ知らず、キャッツテールは今日が初日で初仕事なのだ。犯される、と分かっているのならばサッサと辞めてしまってもおかしくはない。

 そう思考を巡らせながら、倉庫内の左端の壁棚から順に棚を見ていく。一つ、二つ、三つ、四つ……そして右端の壁棚。

 うむ。やっぱりいない。つまりこれは、俺が急きすぎた結果か。急いては事を仕損じる、とは何かの本で覚えた言葉だが、正にその通りの状況になってしまった。

 

「う、ぐぐぅ……」

「おや。団長じゃあないか。そんなに頭を抱えてどうしたんだい? 頭痛薬なら、第一倉庫にあるはずだけれども」

「っ!? キャッツテールか」

「その通り」

 

 自身の失態を見せつけられて軽く絶望したところに、頭上からキャッツテールの声がした。

 慌てて声のする方へと視線を向けると、そこには棚の上で……まるで猫のように丸くなっている彼女の姿があった。いや、いたなら返事をしてくれよ。

 

「上から失礼。整理していた時に丁度良い空間があったのでね。収まってみたらまあ居心地が良くて」

「仕事をサボっていた訳ではない、と」

「もちろん! これは所謂小休止みたいなものだよ。キミが来てくれたおかげで、思わぬ発見もあったからね」

「……」

 

 そう言って、ニヤニヤと笑いながらこちらを見下ろすキャッツテールを、こちらは忸怩たる思いで見上げる。なるほど確かに。彼女が好きそうな空間だろう。

 危なかった。彼女がいないと決めつけて、計画のあれやこれやを独り言として呟くところだった。

 

「話は分かったし、休憩中なのも良いだろう。だが、上を向き続けると首が痛い。話をするなら降りてきてくれないか?」

「それは、その方がボクを犯しやすいからかい?」

「っ! やはりお前っ」

 

 最初から分かっていたか。いやまあ、それは想定内ではあったが、今この瞬間にそのことを口にするか。

 何か思惑があるのか? それともただの牽制か?

 後者ならば関係なく犯させてもらうが。

 

「態度はともかく視線は気を付けた方がいい。あんなに貪るような目をされてしまっては、余程鈍い子でもない限り分かってしまうよ」

「……分かっていて、その上で俺の前に立つ、と?」

「ふふっ、団長は猫がお好きなご様子だ。なら……惑わされるのも大好きだろう?」

 

 棚の上から器用に飛び降り、俺の前に立って笑うキャッツテールを見て、実は罠ではないのかと錯覚する。

 手を出したらそう、それこそ彼女の持つ鎌で手首ごと、犯そうという意志を刈り取られそうな罠があるのではないだろうか。しかし、今はその手に武器は無く、あるのは精々挑発的と思われる態度だけだ。

 

「なら話は早い。お察しの通り、最初からそのつもりでな。悪いが、俺の性欲のはけ口になってもらおう」

「その前に質問を一ついいかな?」

「……なんだ」

「どうしてボクなんだい? 花騎士なら先任のウサギゴケやビオラがいた。けれども彼女たちはキミに犯された様子はなかった。そして、花騎士に限らないのであれば、こんな策を弄さずとも犯せる相手はいたはずだ」

 

 笑みをやや潜め、代わりに好奇の目をもって問いかけてくるキャッツテールの言葉に、俺は即答できなかった。

 彼女の言う通り、花騎士ならばウサギゴケやビオラがいる。しかし、彼女たちは俺の射程もとい射精の範囲外だ。これは今更確認するまでもない。

 けれど、花騎士以外、と問われてしまうと上手く言葉が出てこなかった。

 言われてみれば、騎士団長になってから花騎士のお尻ばかり追いかけていた気がする。いやまあ、お尻だけじゃなくて胸も凝視していたけれども。アイビーのおっぱいとか最高でした、ハイ。

 ……じゃなくて。キャッツテールの言葉通り、そこら辺の一般女性相手ならば、こんなに苦労はしなかっただろう。

 花騎士を犯したい、とはあの日、あの時、まだ准騎士であったサクラを見て思った。それは今も変わらない。別にサクラじゃなくてもいい。こちらの性の対象内な花騎士であれば、犯したいと思っている。

 でも、俺は何で花騎士にこだわるのだろうか? 性欲処理だけならば花騎士以外の女性でもいいはずなのに。

 禁欲生活をして、目の前のキャッツテールにバレる程の性欲を持て余してまで花騎士を犯すという目的を果たそうとしているのは何故だ?

 それこそ、「花騎士を犯す」という目的を果たすためだけなら、もう少し上手く立ち回っても良かったはずだ。

 ……無理な禁欲生活をせずとも、お金を払って風俗にでも出かければ、もう少し上手く目の前の花騎士を犯せるはずだったろうに。

 ……ん?

 あれ、もしかして……俺って。

 

「答えられないのか。それとも答えたくないのか。まあ、どっちでもいいけどね」

 

 押し黙ってしまう俺を見たキャッツテールは初めて出会った時と同じような笑みを浮かべ、一瞬だけ俺の後ろへと視線を走らせた。

 が、自己分析している俺はそんなある意味で隙ともいえる彼女の動作を前にしても行動が起こせずにいた。

 そして、自己解析が終了し、認めたくはないけれども認めなければならない事実に直面した。

 

「もう分かってると思うけど。ボクの好みはねぇ、人を煙に巻くことなのさ。混乱させて、惑わせて、困らせて、色んな表情を見るのが大好物」

 

 キャッツテールの言葉が耳に入らない程の衝撃だ。しかし、この事実は受け入れなければならない。

 俺はもう、花騎士以外の女性には欲情しない身体になっている、ということに。

 

「だから思ってる。予感は的中した。君は……食べがいがある」

 

 何てことだ。でも間違いない。騎士団長に着任してから、准騎士や花騎士を犯そうと画策や観察して息子を上げたり下げたりはしていた。

 しかし、花騎士ではない女性に対しては、例えドストライクに好みの容姿をしていても、息子がサムズアップすることはなかった。……なくなっていた。

 ナニコレ……騎士団長の呪いか何かか? 俺は正規の騎士団長でも何でもないのに? 嘘だろ怖すぎだろ。

 

「……そうか。なら、食べられる覚悟もあるということだな?」

「ふふっ」

 

 何かもう、一つの質問で衝撃的過ぎる事実が判明してしまい、色々と混乱している。

 ごちゃごちゃと考えるのは後回しだ。こうなったらもう、開き直って目の前で不敵に笑うキャッツテールを犯す。

 その後のことはその後で考える。

 

「――ぃ、さぁん?」

「っ!?」

「おっとぉ。どうやら来てくれたようだね」

 

 両手の指をワキワキさせて、さあ犯すぞと思った瞬間、扉の方から声がした。聞こえ辛く、言葉も途切れ途切れではあるが間違いない。

 これは、ビオラの声だ。

 

「ふにー! 鍵が掛かっています」

「んっ。鍵穴から中の様子を伺うの」

 

 意識を扉の向こうに集中させると、ビオラに続いてウサギゴケの声も聞こえてくる。

 馬鹿な。彼女たちは買い出しに行かせたはずだ。

 悪いとは思いつつ時間を稼ぐために沢山の量……は流石に可哀そうなので、色々な物を買わせるために。それこそ、街中を駆け回らないといけないレベルのだぞ。

 一体何故? そしてどうしてここにいると分かった? 彼女たちにこの仕事は伝えていなかったはずなのに!

 

「おや団長。人の話をちゃんと聞かなかったのかい?」

「何?」

「分からなければ、人に聞く。丁度部屋を出て少し歩いたらウサギゴケと出会ってね。倉庫の場所を教えてもらうついでに、ボクの仕事の内容も教えたのさ」

「……それで、ウサギゴケが入れ違いになった、と報告しに来なかったのか」

「ふふっ。キミは随分とあの子たちに好かれている様子だね。倉庫の整理整頓が一人では大変そうで、団長の手を借りなければならないかも、と言ったら、買い出しをすぐにでも終わらせて手伝いに行くと言ってくれたのさ」

「なるほど、な」

 

 このままキャッツテールを犯せば、あの二人に助けを求めるだろう。内鍵は掛けてあるが、そのまま無視して事に及べば、どうなるかは想像に難くない。

 かといって、二人を倉庫内に招いた後に犯そうとしても、それは俺自身の倫理上の観点から出来ない。

 だって教育に悪いだろ! 二人はまだ子どもだぞ! どこの世界に、人の性行為を見せつけながら性について学ばせる奴がいるというのだ! 善意なら有難迷惑、趣味だとしたらとんだド変態だよ!

 ……ふふふ、八方塞がりとは正にこのことか。

 だが、いいだろう。既にこちらの思惑は、目の前でしたり顔の花騎士にバレている。

 ならば、キャッツテールが周囲に言い触らさない以上、宣言するのも悪くない。というか、彼女の場合はそれすらも面白がって、絶対に言い触らさないだろう。そんな妙な信頼感すら覚える。

 

「……ここは大人しく引き下がろう」

「おやおや。それはありがたいね。初体験が薄暗い倉庫の中とは、流石のボクも御免被る」

「だが、覚えていろ。俺は、必ず、お前を犯す」

「ふふふっ、やっぱりキミは楽しめそうだ」

 

 互いが互いを見据え、宣言をする。

 一方は目の前の者を犯すという犯罪予告を。もう一方は目の前の者で楽しもうという愉悦の期待を。

 どちらかが勝つか負けるかの勝負ではないが、初対面の印象通り、これは一筋縄ではいかない戦いになるだろう。

 だが、そんな勝負も開始と同時にひとまず休戦だ。

 まずはビオラとウサギゴケを中に招き、キッチリと倉庫内の整理整頓と掃除を終わらせなければ。

 話はそれからになるだろう。

 長い戦いにならなければいいが……。

 

 

続く?

 




話が進むごとに文字数増えるの何なんですかね…

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