・某所産のネタからの逸脱&拡大解釈
・ノリと勢いだけで書いたので相変わらず誤字脱字乱文あり
・何なら推敲もしておりません
・神様のご都合主義展開
・もはや個人的解釈を超えた何か
上記が許せる方はお暇つぶしにでもどうぞ
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※※
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最近、よく夢を見るようになった。
村人だった頃からたまに見ることはあったが、連日見る程ではなかったと思う。
その夢の内容も決まって同じであり、それを見る度に「いつものか」と思う程度には慣れているので、そこまで気にはしない。
そもそも、夢の中で「これは夢だ」と気づいたとしても、朝起きれば忘れてしまうのだ。
故に「よく夢を見るようになった」という言葉も、今夢を見ているこの中だからこそ言える。
そして、本来であればあり得ない視点から過去の出来事を見返せるのも、これが夢の中だから、と気づいているからこそ言えるのだろう。
『あの、ありがとう、ごぜぇ……ございます』
『一人で立てますか?』
『あっ、大丈夫だ……です』
しかしまさか、害虫に襲われたからとはいえ無様にも尻もちをつき、助けてくれた自分よりも若い女の子に心配された挙句、そんな彼女に見栄を張ろうと小鹿のように足を震わせながら立ち上がる自分の姿を見ることになるとは思わなかった。
恥ずかしい。状況が状況とはいえ心底恥ずかしい。
加えて、命の危機に瀕して半分混乱しているとはいえ、自身を助けてくれた当時准騎士のサクラを犯そうとしているのだから救いようがない。
花騎士の騎士団長となったきっかけではあるが、こうも当時の情けない俺の姿を客観的に見せつけられると、我がことながら「こいつは阿呆ではなかろうか?」と思ってしまうのだから不思議なものである。
自慰の途中では興奮していたものの、いざその行為が終わると冷静に物事を見て、把握して、自分が先ほどまでしていた行為に対して冷めた感情を持つようなものか。……違うか。
とにかくだ。折角の夢なのだ。夢路なのだ、ドリームなのだ。目を覆い、天を仰ぎたくなるような恥ずかしい過去ではなく、花騎士たちとズッコンとバッコンしているハーレムな都合の良い夢を見られなかったのだろうか。
安くて薄っぺらい上に都合の良い夢想ではあるが、自身の理想が煮詰まっているのは間違いない。仮に毎回客観的視点で見せつけられるとしても、そちらの方がよっぽどマシなのだが。
それに一体全体、何が哀しくて自分の恥と黒歴史と後日トラウマともなる出来事を見なければならないのか。
……もしかして、夢に見る程サクラのことがトラウマなのか?
『私たちがもう少し早く到着していれば、被害ももう少し減らせたでしょうけれど。ごめんなさいねぇ』
閑話休題。
それにしても、だ。改めて見返してもサクラは美しい。
夢の中で、しかも過去の出来事であるが故に美化されている部分はあるかも知れない。けれども、仮に美化されていたとしても遜色ないのが彼女であり、むしろ美化が間に合わないまであると思う。
絶世の美女、という言葉をどこかで見たことはあるが、男を狂わせるという意味では「魔性の女」も「絶世の美女」も同じ言葉に思えてくる。
だからこそ、過去の俺はサクラを犯そうとトチ狂い、更にはその後も花騎士を犯そうと奮起する訳だ。
……だが、本当にそうだったのだろうか?
『い、いえ。俺……僕らからしてみれば助けてもらっただけでも』
『うふふ、ありがとうございます』
過去の自分の思考や行動を否定するつもりはない。
あの時の俺は確かに、生命の危機だったし、目の前に容姿端麗のサクラがいたし、性欲を持て余していた。それらが煮詰まった思考のまま彼女を犯そうと行動したのも、今になって考えて見ても阿呆ではあるが当然の行動だったと思う。
ならば、その後はどうだ。
『では、これで失礼しますね~』
夢を見る俺の思考が巡る。それに合わせるかのように、目の前にいる過去の俺と准騎士のサクラが目まぐるしく動き、彼女と別れるところまで進んだ。
俺は、過去の俺は、ここでサクラを犯せないと悟り、諦めた。けれども花騎士という存在に惹かれ、犯そうと一念発起した。
彼女を犯せない、と手を引いたのは、愚かな過去の行動の中では最善ともいうべき英断だっただろう。その上で、サクラという女性、ひいては花騎士という存在に惹かれたのも分からなくもない。
けれども、そこから花騎士に限定して、心の底から犯したいという思考に移ったのは何故だ。それも、早速最初の一歩目であり、且つきっかけでもあった花騎士のサクラを諦めた後なのに、だ。
まだ見ぬ花騎士も、サクラと同じように美しい子が多いと思ったから?
それは間違いないだろう。結果として花騎士の騎士団長を務めることになったが、花騎士の名を冠する者たちは例外なく可愛いか、美しいかのどちらかだった。
というか、花騎士になるものは容姿端麗を確約された者しかなれないのではないのだろうか。そう考えると、花騎士たちに加護を与えている世界花は相当な面食いな気がしてくる。
まあ、世界花が面食いかどうかは議論の余地があるだろうが、結論としてはこの考えは当たりだったわけだ。
では、サクラは無理だったが、他の花騎士ならば事に及べる可能性に掛けた?
これは半分正解と言えるし、半分は間違いだったと言える。実際、花騎士を犯すために金銭以外の知識や身体を鍛えようと決心し、実行してきた。
そして、花騎士の中にはウサギゴケやビオラといった、戦士と言うにはまだ幼い子たちがいたのだ。騎士団長、という近い立場にいなくとも、街中で彼女たちと出会えば強引に事に及べていたと思う。
問題はそんな幼い彼女たちは自身の性癖外であることと、俺が狙う性癖対象内の子たちは大半が事に及ぶ前に、逆に組み伏せられそうだということだった。
半分の間違いだったと思うのは、一般人が多少自慢できる程度に鍛えたところで、世界花の加護を持つ戦士に勝てるはずがない、という一点に尽きる。拘束すれば話は別だろうが、その前に何かしら反撃が来そうな気がする。
いやまあ、アイビーのような子なら好機さえあれば、にゃんにゃんすることができただろう。そう思えばあの時事情を知らぬまま関係が進展していけば、あの恵まれ過ぎた身体を堪能できたかもしれない。
それを思うと逃がした魚はあまりにも大きすぎた。
『答えられないのか。それとも答えたくないのか。まあ、どっちでもいいけどね』
准騎士のサクラと別れ、その後姿が虚空に消えると同時に、キャッツテールが入れ替わる形で姿を現し、いつもの笑みでこちらを見据える。……のは別にいいのだが、問題は登場の仕方だ。
最初に声だけが聞こえたかと思ったら、目の前には暗闇の中に浮かぶ二つの瞳。それに驚いて仰け反ってしまう俺を見て、その瞳は細まり、口角の上がった笑みがそれに合わせて現れる。
その後で、ようやく全身の姿を見せるのだ。これを驚かずして何に驚けというのか。
その上、俺個人の夢の中だというのに、彼女はその夢を見ている側であるはずの自分へしっかりと顔を向けている。それはこちらが今立っている場所から移動しても、顔の向きはそれに合わせて動かすのだから、キャッツテールが俺の夢に介入していたとしても不思議ではない。……いや、こえーよ。
『君が最早、花騎士でしか欲情しないのは疑いようもない事実だ』
キャッツテールが人の夢に介入してこないのであれば、きっと彼女の役割は俺自身に対する確認と問いかけなのだろう。現実でも似たような問いを投げかけられたからこそ、適任であると言える。
というか、彼女から疑問をぶつけられなかったら、今頃もこんな夢を見ず、元気に花騎士をどう犯そうか画策していたと思う。
沈黙する俺に対し、彼女は過去では聞かなかった言葉を投げかけてくる。
『でも、問題はその前だよ。キミはそもそも、どうしてそこまで花騎士にこだわるのかな?』
何時の間にか笑みを消して、真っすぐに、茶化すことなく、こちらを見つめてくるキャッツテールを前にして、俺はあの時の倉庫でのやり取りと同じく、すぐに答えを出すことが出来なかった。
以前の俺ならば「花騎士を犯したいと思ったからだ」と即答できていただろう。仮に同じ質問をキャッツテールがあの倉庫内でしてきたのならば、他に誰も聞いていないことが前提だが、同じように答えたと思う。
……けれども、今はそうではないような気がする。
花騎士の騎士団長になってから、俺の考えは変わってしまったのか?
否、花騎士を犯すという目的は変わっていないから、そこはブレていないとは思う。だが、何か違和感を覚えるようになったのも確かだった。
それが何なのかは、考えるだけでも頭の中に霞が発生したかのように思考がまとまらなくなってしまう。
そう考えるようになってしまったのは、間違いなくキャッツテールとの出会いが原因だろう。
……そしてやはり、花騎士の騎士団長になったから、というのもあるかも知れない。
『……』
そんな頭の中で渦巻く思考に合わせるかのように、気が付けば目の前にいたキャッツテールの姿はなく、俺の周辺の光と色が失われていた。いや、白と黒の色だけで表現された灰色の世界とでも言うのだろうか。そんな世界の上に一人立っていた。
天を仰げば、絶え間なく雨のようなものが降っている。しかし、その雨には臭いがなく、また触れた際の感覚もない。冷たいのか暖かいのかすら分からない。
まるで濡れたネズミだな、と心身が重く感じる中、頬を伝って流れ落ちる雨粒に何ら不快感を覚えないことに、思わず笑いだしたくなってしまう。
『っ!?』
そんな中だったからこそ、目の前の風景が光と色を取り戻した時、咄嗟にそれらを直視しないように右腕で顔を庇わせた。光が眩しい。まるで、薄暗い部屋の中から真夏の日光が周囲を照らして反射させるような屋外へ出た時のような感覚だ。
『……ぁ』
光に慣れ、恐る恐る腕を下ろして先の光景を見ると、そこは彩りある世界が広がっていた。
灰色のこちらの世界と見えない壁のようなもの境にして、青い空が広がる晴天の下、緑の野原が広がっており、そこに座って笑い合う花騎士たちの姿が見えた。
初めて間近で見た花騎士、サクラ。俺の初めての副団長であるウサギゴケ。アイビー、ビオラ、キャッツテールもいる。
『……ぐっ』
これまで自分が出会って話をした子たちか、などと感慨にふける暇もなく、俺の意識はまるで何者かに首根っこを掴まれて持ち上げられるような感覚と共にこの場から遠ざかっていく。
膝から崩れ、濡れているのか濡れていないのかも分からない水たまりの上で、俺は最後まで談笑している花騎士たちを見つめ続けた。
例え、彼女たちが俺に気づかなかったとしても。例え、俺が彼女たちの元へと行けなかったとしても。
例え、毎回このような夢の終わり方をするとしても。
俺は彼女たちの世界を見続けようとするだろう。
何故ならば、俺、は――。
※
※※
※※※
「おぉう、いぇあ……」
最近、寝覚めが悪い。
別に他の騎士団の団長みたく、三日三晩戦い続けただの、長期遠征をしただの、徹夜で書類を作成したとかいう、無理無茶無謀なことはしていない。
ならば、寝ている間に何かあるのかも知れない。例えばそう、悪夢を見るとかだ。
「うぅ、ん」
しかし、目がしぱしぱするような感覚に耐えながら上体を起こし、完全に起床する前に考えて見ても、特にこれといった夢を見ていないような気がする。
そうなると、やはり慣れない団長業が……とも言い訳したいが、もうこの生活も二か月経った。流石に色々と慣れてきたが故に、それを不調の原因とするにはいささか言い訳じみているだろう。
驚いたのも、騎士団長の初任給が思っていた以上に多かったことぐらいだ。民や国を守る花騎士の命を預かるだけあってか、村人時代からは考えられないような賃金だ。
……まあ、半分ぐらいは花騎士たちへのご褒美や一緒に外食した際の支払いに使われたのだが。
「……今日も一日、頑張りますか」
今だ危険な討伐任務などをこなしていない、駆け出しもいいところな騎士団ではあるが、安定はしている。
だからこそ、今のうちに手頃な花騎士を捕まえて夜のお勤めに精と性を出したい。そしてさっさと罪を問われる前にオサラバしたい。
分かってはいる。分かってはいるのだ。
しかし、寝起きということと、最近の目下の悩みが手伝って、イマイチやる気が起きなかった。
実のところ、寝覚めの悪い原因はその悩みにあるのではないだろうか。
※※※
「ほい、団長。キミの為に王城から拝借してきたよ」
「拝借ってお前……」
「何、大丈夫。言葉の綾さ。キミは心配することなんてない。返さず使ってもいいし、自分の為にそんなことをする女がいるんだと、喜びを噛み締めてもいい」
「いやいや、いやいやいや」
「あぁ、もちろん冗談さ。ちゃんと付いてきてるかい?」
「あ? あぁ……まあ、大丈夫だ」
「そりゃ結構」
「……」
これだけは断言しよう。
花騎士のキャッツテール。彼女は決して、悪い子ではない。
朝の執務室。キャッツテールが冗談めかして執務机を挟んで渡してきた書類封筒は、ちゃんと見れば受取先がこちらの騎士団宛てになっている。が、それを確認するまでは分からない。彼女なら本当に拝借してきそうであり、実際出来るのだろう。
その可能性がある以上、こちらとしては反応しなければならない。もし、本当に拝借してきたものを渡され、いつもの冗談だと思ってこちらが勝手に使ったとなったら大問題だ。
ならば、その冗談を止めるよう叱責すればいいのだろうが、彼女は花騎士として優秀なのだ。頼んだことはすぐにでもやってくれるし、簡単な討伐任務であれば他のウサギゴケやビオラの手も借りずにこなしてくれる。
事実、キャッツテールが我が騎士団に配属されてからの任務の半分は、彼女が達成したと言っても過言ではない。
素行が悪いわけではない。寧ろ、騎士団所属の花騎士としては上司である自分の命令やお願いをちゃんと聴き、ウサギゴケやビオラとの仲も良好。それどころか、二人にために色々と手を回してくれている様なのだ。
上司をからかってくる、という点は注意するべき点だろう。が、それは俺と彼女との関係上なかなか難しいのである。
「それじゃあ、良い事をした子にはご褒美が必要だと思わないかい?」
「あぁ」
とにかく、彼女の言動が手に余るのだ。言い換えて良いものか分からないが、素直ではない、と言ってもいい。
キャッツテールは混沌を求める。
森で道に迷った者が、仮に二手に分かれる道の前で出会った彼女にどちらを行けばいいのか尋ねたとしよう。彼女はその者が急いでいるのかどうかや目的を聞いた上で、面白おかしくそれぞれの道を進んだ結果を教えてくれるだろう。
……けれど、それだけだ。
決して、「急いでいるのなら、こっちの道が良い」とか「こっちの道は危険だから、止めておいた方が良い」とは言わない。
あくまでも道のことやその道を通る者のことを教えてくれるだけであって、決める事はしない。選択権を相手に譲ったまま、話を聞いた者を更に悩ませるような真実ではあるが戯言で惑わす。そして、それを聞いた相手の姿を見るのが好きな子なのだ。
だからこそ、困るのだ。
素行も、態度も悪くない。花騎士としては優秀で、今はウサギゴケとビオラのみではあるが、周囲との関係も良好。
そんな子が、俺だけに対しては煙に巻くような飄々とした態度をよくするのだ。
そして何よりも一番大問題なのは、キャッツテールに対して、「お前を犯す」と俺が宣言してしまったことにある。
やる気とヤる気はあります。バッチリでございます。が、それを活かせる好機が来ない。まさか白昼堂々とキャッツテールを襲う訳にもいかないし、そもそも彼女がそんな隙を見せると思わない。
それならば、と夜間にそれとなーく俺だけがいる執務室に呼んだことも何度かあった。だが、それらも上手いこと回避されるか、煙に巻かれるか。もしくは彼女が姿を隠すことで有耶無耶にされるかのいずれかに終わった。
というか、消えるのはズルいだろ、消えるのは。
「ふふっ……」
「……」
兎にも角にも、そんなこんなで無警戒にこちらへと近づき、大人しく頭を撫でられるキャッツテールの行動すら、何かあるのではと疑って手が出せない。……いやまあ、彼女の頭を撫でているので手は出しているのだが。
いやむしろ、こちらが性的な意味で手を出せないと分かっているからこそ、彼女はこうして俺をからかっているに違いない。
無論、彼女も俺が「花騎士を犯そうとしている」という情報はこちらの口頭以外からは得ていない……はず。そのため、弱みと言うほどのものは握られている訳ではない。
それでもこちらが弱みを握られてしまっている。そう感じる程に、キャッツテールの隙は無く、彼女の好む混沌が俺を惑わせているのだろう。……単に上司と部下という関係が、弱みの部分を無駄に強固なものにしている気がしなくもないが。
それはそれとして、ややくせ毛な印象のあるキャッツテールの髪は思っていたよりも柔らかい。許されるのであれば、しばらく撫で続けていたいぐらいだ。
いや待て。そう感じることこそ、彼女好みの術中にハマっている何よりの証左なのでは?
……駄目だ。一体全体、何をどうすればいいのか分からない。深読みしようにも、裏をかこうにも、キャッツテールに対して行う言動全てが誘導されている気がしてならない。
「……おや、もうおしまいかい?」
「あぁ、封筒の確認があるからな。……まさか中身を既に見たとかは」
「そんな無粋な真似を、ボクがすると思うかい?」
「……思わないな」
無理やり理由を付けて撫でるのを切り上げる。少しだけ名残惜しそうに見える気がするキャッツテールの言葉に妙な信頼感を覚えながらも、俺は封筒の中を確認する。
……こういうところで、こちらの方が上の立場にあるということを教えるのが良い騎士団長と言えるのかも知れない。
だが、それをすることで花騎士の個性を潰してしまったら意味がない、と俺は思う。
騎士団長になって日は浅く、花騎士たちのこともそれ程知っている訳ではないが、皆個性的だと思う。それぞれが個性的だからこそ、彼女たちにしか出来ないことがあり、その個性を活かしてこその騎士団長であると感じる。
故に、立場を利用して花騎士の個性を抑え込むことは、敵の攻撃を回避することが得意な花騎士に「俺の護衛をして貰いたいから敵の攻撃を受け止めろ」と言うようなものだと思う。
任務以外でキャッツテールを含む、我が騎士団の花騎士たちを好きにさせているのは、そういった俺個人の考えがあるからだ。
……まあ、それを抜きにしてもキャッツテールに対しては倉庫の一件から好きにさせざるを得ないのだが。
くっそぅ、弱みを握られているのがこれほどまでに辛いとは思わなかった。
「む?」
「おやぁ?」
さて。それはともかくとして、何か急な依頼でもあるのだろうか、などと思っていたところ、中身は二枚の紙と思われるものしか入っていなかった。
しかも、その内の一枚はいつもの書類の大きさよりもかなり小さく、また少々厚みがある。
手で探っていても、取り出す前に封筒の中を覗いていても分からないため、やむなく逆さにして中身を机の上に落とした。
「ん? んん?」
「ふむ?」
何だか、何というか……派手、というのだろうか。それが落ちた紙に対する第一印象であった。やけにカラフルである。普段の白と黒だけで構成された味気の無い書類とは違い、小さいのに自己主張が強い色合いをしている。
見ようによっては虹色に見えなくもないが、下地が黄色であるのと、その紙にスペシャルと書かれていることも手伝って、「これが噂のスペシャルチケットか」と小さく呟いて勝手に納得した。
「うん? ……すぺしゃるちけっとぉ?」
「そう、みたいだねぇ。うん、そう書いてある」
その後すぐにチケットを二度見し、素っ頓狂な声が出た。そんな俺の様子が気になったのか、キャッツテールも机の上にあるチケットを見て頷いた。
まじか。いや、まじかまじか。
まさかとは思ったが、冗談半分ではあったが、本当に来るとは思わなかった。
「う、うぉっしゃああああああああぁぁんぁ!」
「おぉう……」
噂の、それでいて手にすることがないと勝手に思っていた「スペシャルチケット」が、今こうして目の前にある事実に、俺はキャッツテールがやや引いているにも関わらず、雄たけびを上げるのだった。
※※※
スペシャルチケットとは何か?
それは知る団長ぞ知る、「花騎士指名権利」に他ならない。
限られた団長のみに許された、召喚の儀を介さずして好きな、好きな花騎士を指名して自身の騎士団に配属させることが出来るものである。
これは、このチケットはブロッサムヒルに限らず、各国……それこそ最近開国したロータスレイクですら承認しているという正に権威の塊。
指名された花騎士に配属拒否の権利は無く、仮に一国の女王であったとしても、花騎士である以上はこれに従わなければならないのだ。まあ、配属後に花騎士の意向で騎士団を辞めることはできるので万能という訳ではない。そんなに都合の良い話はないということだ。
何故そんなものが今、俺の手元にあるのかについての詳細は省こう。そんなことはどうでもいいのだ、重要なことではない。
決して、お酒の席で良い感じに泥酔している騎士団上層部の人事最高責任者に対して、慣れないヨイショしてそれとなくお願いしたのがたまたま通ったとか、そういう話ではない。
「ふん、ふふーん」
あの後、いつもの簡単な任務故に我が騎士団の花騎士たちのみを向かわせたところで、俺はこのスペシャルチケットを使用した。
そして現在、本日の任務が終わって騎士団所属の花騎士たちが帰宅した十八時の執務室。鼻歌混じりに机の上に置いた花騎士たちの名簿を前に、俺は歓喜の震えが止まらなかった。
ついに、ついに、だ。俺好みの花騎士を迎え入れることが出来る。
ここは流石に妥協しないで真剣に考えよう。これは現在抱えている書類作成よりもはるかに重要な任務だ。
スペシャルチケット自体が貴重品であるが故に、流石に王城の騎士団長本部窓口でチケットと交換した際に渡された名簿はぶ厚かった。
「お、おぉう……」
更に名簿と言っても、その中身は最早図鑑と言っても差し支えないものであった。
各花騎士の写真、プロフィール、所属国家、本人による自己紹介文などなど、貴重なチケットなだけはあると思わせるには十分すぎる内容だ。惜しむらくは花騎士を一人指名したら、この名簿は謹んで窓口に返さなければならないことだろう。
いや、普通に欲しいわ。この名簿。やらしい意味でも、図鑑的な意味でも。
「さあって、お目当ての花騎士ちゃんはいるかなぁ~?」
図鑑としても一日中眺めていられるであろう代物なのに、今回に限ってはその中から好きな子を一人選べるのだ。神かよ。
そりゃ猫なで声で図鑑を開くというものだ。
幸い、執務室には俺一人しかいないため、有事の際でもない限り誰もノック無しには入って来ない。いくら花騎士の写真を眺めてニヤつこうが、好みの子を前に奇声を上げようが、お目当ての花騎士のおっぱいや腰つき、尻を想像しようが問題ないのである。
そんなこんなで、俺は俺の目的を果たせそうな花騎士を見つける旅に出た。一度きりの冒険だ。お宝を手に入れられることこそ確定しているが、それでも失敗は許されない。眺めているだけでも楽しいのは確かだが、その限られた情報の中から正しい答えを見つけなければならないのだから。間違ってもロリは選ばないし、女王とかはもっと選んじゃ駄目だ。
全てはそう、「犯せそうな花騎士」を我が騎士団に迎え入れるために!
※※※
「…………」
いや、決まらねぇよ。決められねぇ。
犯せそう犯せ無さそう云々の前に、どの子も魅力的が過ぎるわ。もうちょっとこう、加減というか手心を加えて頂きたいのだが。
うっそだろお前。全員美人か可愛いか、もしくはその両方かしかいないとかあり得ないだろ。不細工の一人や二人ぐらいいてもいいだろうが。不公平だぞ、世の中を舐めるな!
それともあれか。花騎士というのは、本当に美人か可愛いか、もしくはその両方を併せ持っていないとなれない存在なのか。世界花は美人に優しく、不細工には厳しい差別主義者だったのか。
……いやまあ、その世界花の意志によっては死ぬかも知れない戦場に駆り出される存在となるのだから、人によっては寧ろ加護があること自体を嘆く者も中にはいるかもだが。
取り敢えず、世界花が面食いの差別主義者……差別主義花かどうかという件は一旦置いておこう。問題はこのままだと永遠に決められない。
ここからは心を鬼にして。一人一人を厳しく評価して取捨選択をしよう。批判的否定的な意見の羅列になってしまうが、これも俺の目的を果たすためである。悪く思わないでほしい。
次からはめくるページの軽さは羽毛よりも軽いと心得よ。
止まるな、止めるな。退けば老いるぞ、臆せば死ぬぞ。少しでも目的が達成できないと思ったのならば、即座に次のページへと移るのだ。
「よぉし。まずは、ブラックバッカラか」
美人! 艶のある黒髪! おっぱい! 和服! 雰囲気から察するに包容力のありそうなお姉さんタイプ! でも紹介文を見る限り、強気な姉御タイプ! 王族直属! 犯せそうにないな! ヨシ!
……。
…………。
………………いや、次のページをめくろうか?
羽毛よりも軽いページとは何だったのか。王族直属の護衛で、強気な姉御タイプってだけで犯すとかいう目的が達成できないのは明白だろう。寧ろ気に入られたらこっちが犯されそうな気すらする。……それはそれでありかな。
そうじゃない。そうではない。仮に行為に及べたとしてもそれは一体何時になるのか。俺は、すぐにでも、花騎士と、致したいのだ!
犯すにしろ犯されるにしろ、時間が掛かるのはノーセンキューなはずだ。例え美人であっても、可愛い子であっても、お断りのはずだ。
ならばさっさとページをめくり、デンドロビウムの評価に移ればいい。何故それをしない? 何故それが出来ない?
ブラックバッカラが好みだからか? 端的に言ってしまえばものすごく好みだ。許されるのであればその素敵な谷間に飛び込みたいぐらいだ。
でも、飛び込んだところで目的は果たせないだろう。というか、紹介文を見る限り、飛び込むと同時に手にした刀で一刀両断されそうだ。
故に彼女では申し訳ないが俺の欲求を満たすことが出来ない。身体的には全然出来るのだが、すぐさま行為に勤しもうとしたら命がいくつあっても足り無いという確信に満ちた予感がする。
だが、だが駄目なのだ。こちらの目的が果たせるような相手ではないと分かっているのに、めくろうとするページが重い。それほどまでに、ブラックバッカラという花騎士は魅力的なのだ。俺にとって魅力的に見えるのだ。
「ぐ、ぬぬ……」
それでも、心を鬼にして、ページをめくる。名残惜しいし、後ろ髪引かれる思いだし、何なら断腸の思いと言ってもいいかもしれない。
しかし、そんなことをやっていたら本当に陽が暮れるどころか夜が明けてしまう。今何時だよ、もう二十時だよ!
心に鬼を飼うから駄目なのかもしれない。そうだ。今度は心を無にしてから次に挑もう。
えーっと、次の花騎士は、デンドロビウムか。どれどれ。
※※※
「……疲れた」
いや本当に。疲れた。疲れたよ。頼むから、自分から見て魅力的ではないけれども体つきは最高とかいう花騎士はいなかったのだろうか。そうすればもっと簡単に……多分、それだと選ばなかっただろうな。
しかしながら、時間を掛けて執務室で云々唸り続けた甲斐があったというものだ。ようやく、お目当て、というか目的を果たせそうな花騎士を決めることが出来た。
ふと時計を見ると、時刻は零時丁度。さようなら、昨日までの俺。こんにちは、今日の俺。昨日の俺は頑張ったから、今日の俺も頑張ろうか。
……そう、頑張ったのだ。あまり物事については深く悩むタイプではない俺ではあるが、一生分の苦悩をここで使ったような気さえする。
だが、そんな苦心もここまでだ。俺は花騎士、サフランを我が騎士団にお迎えし、そして犯すのだ!
※
※※
※※※
「はじめまして。団長さん。ウィンターローズ出身のサフランよ。貴族ではあるけれど、騎士団の一員として、みんなと平等に扱ってね。それが私からのおねがい」
サフランを迎えることに決めてから、二日後のことだ。
折角の指名なのだから、サフランには我が騎士団全員で出迎えた。
キャッツテールはいつも通り、何を企んでいるのか分からないあの笑みのまま「よろしく」とだけ言い、ビオラは元気よく「よろしくです! ふにー」ととても嬉しそうに挨拶をした。
人に慣れてきたとはいえ、根がやや引っ込み思案気味なウサギゴケは「よろしく、なの」と小声で返す。……のはいいのだが、頼むから俺の足にしがみつくのは止めてもらえないだろうか。普段なら全然構わないが、これでサフランに子持ちだのロリコンだの思われたら目的を達成するどころか距離を置かれかねない。
「こちらこそ、よろしく」
「よろしくお願いするわ」
それはそれとしておこう。俺は騎士団の代表として一歩前に出て、サフランに手を差し出す。貴族として平民……というか村人出身の俺が握手を求めるのがそんなに珍しかったのか、彼女は目を輝かせながらそれに応じてくれた。
はー。可愛い。選ぶことが出来なかった他の花騎士たちと比較するつもりも悪く言うつもりもないが、彼女を選んで正解だったと思える。
俺は改めて、快く握手に応じてくれた目の前の花騎士、サフランを見る。
頭頂部に所謂アホ毛が触覚のように伸びており、また後ろで結んでいるせいかサッパリとした印象がある髪型。色は明るい桃色であり、俺から見て頭の右側に付けている薄紫色の花飾りが良く似合っている。
ウィンターローズ出身の花騎士なせいかは分からないが、透き通るような肌をしているが実際に握手をしてみるとその柔らかくもハリのある触り心地が癖になりそうだ。
……触れたのが花騎士なら、誰でも同じような感想を抱いているのは気のせいか? まあ、いい。次だ。
明るいが深みを感じられる緑柱石にも似た色の瞳や、幼さが残るものの整った顔立ちも相まって、彼女は可愛さと美人さが両立しているように思える。というか、写真よりも断然綺麗だ。
声の感じも貴族らしい、というと頭の悪い回答になるが、可愛らしい声の中にも感情のメリハリがあって耳触りが良い。貴族として指揮官をやらせたのであればその良く通る声に従わない者はいないだろう。言葉の終わりの吐息や吸う息も何だか官能的だ。
全体的な感想としてはサフランが可愛いということ、やはり世の中は不公平である、という再認識したことだ。持つ者と持たざる者がはっきりしている分、現実は厳しいということか。
「という訳で、新しく我が騎士団に加わることになったサフランだ。俺からもよろしくお願いする」
俺の紹介に元気の良い拍手と、控えめの拍手と、一定の間隔でする拍手とが混じり合う。……いや、キャッツテールは何だその拍手の仕方は、いつもの顔と相まって何やら強者が弱者の頑張りを称えるみたいな感じに見えるのだが。
強者といえば、サフランも強者……つまりは持つ者側の人間だった。しかもウィンターローズでその名を知る者はいないとすらいえる大貴族、あの王室御用達のファッションブランド「アスファル」を立ち上げた者の娘なのだとか。さぞや大事に育てられてきたのだろう。一挙手一投足からその育ちの良さが滲み出ていると言っても過言ではない。
世界花の加護がある貴族の娘が花騎士になる、もしくはその資格を得るというのは一種の義務としているところもあるようだが、彼女ほどの器量の持ち主であれば両親はサフランを花騎士にさせることにさぞや抵抗があったに違いない。
そしてそんな大事な娘がよく分からない場末の騎士団に配属されたのだと知らされれば、気が気でないかもしれない。……いや、かえって気が楽になるか?
「さて、早速で何だが、任務があるのでやってもらいたい。大丈夫かい?」
「えぇ、構わないわ」
しかし、しかしだ。そんな場末の騎士団には狼がいることまでは想像できなかっただろう。
貴族だから周りが遠慮する? 淑女だから騙すことに抵抗がある? 相手が貴族でも何でもなく、ただの平凡な騎士団長だから大丈夫?
フハハ! 正に俺の狙い目はそこにある!
普通であれば貴族ですら一目を置く大貴族。そんなご令嬢に手を出そうものなら死ぬより酷い目に合わされるだろう、と先に想像して委縮してしまうのも止む無しだろう。というか、実際そうなるだろう……想像するとやっぱり怖いな!
だが、名簿に書かれていたサフランの紹介文と見た目、後は中々信じることは出来ない俺の直観と実際に会った彼女の印象でハッキリした。
間違いない。サフランは、箱入り娘である!
「任務と言っても、うちはしがない騎士団でね。今日の任務は衛兵たちの代わりに城下町の見回りだ」
「あら、そうなの?」
「あぁ。ここまで害虫が侵攻してきた例はほぼないから、二人一組でぐるっと回って欲しい。ウサギゴケとビオラ、キャッツテールとサフランで行こうと思うが、何か異論はあるか?」
だが、こちらの計画の前に任務はこなさなければならない。
本日の任務内容の説明と割り振りをして、全員を見渡す。サフランを含めた四人はそれで異論はなさそうに頷く。
……一瞬だけ、キャッツテールが意外そうな顔をしていたが、彼女からすればそれもそうであろう。俺の正体を知っている身からすれば、サフランに色々と吹き込めるが故に引き離されると思った、そんなところか。
しかし、キャッツテールはそんな「面白くない」真似をする子ではない。それは、彼女との付き合いで分かったところであり、俺はそれを全面的に信頼できるキャッツテールの美点だと考えている。
だからこそ、敢えて組ませる。相手は何せ、箱入り娘だ。キャッツテールのからかいですら真に受けてしまいそうな子であるが故に、何回かサフランと会話していたら聡い彼女なら気づくであろう。
サフランに対して、下手なことは言えないな、と。
「よし、それじゃあ依頼書をそれぞれのリーダー。ここはビオラとサフランに渡すとしよう。そこに書かれている場所に行って、任務をこなしてくれ」
「おや、騎士団長様。折角お出迎えしたサフランさんと“親密”になるために、一緒に行動しないのかい?」
ぐっ、この猫花騎士ぃ……。このままスムーズに話を進めようと思ったのにこういうことを言いやがる。
サフランは恐らく親密の意味をそのままの意味で捉えるだろうが、キャッツテールの含みのある言い方からすると夜の運動会の意味で言ったのだろう。そしてこっちの僅かな表情のブレや反応を見て楽しむ、と。
いやらしい手ではあるが、実際は有効打だ。俺が彼女のことを理解しているように、彼女のもまた、俺のことを理解しているというやつか。これで目的が同じであれば同士なれそうなのが残念でならない。
いかん、いかん……。平常心、平常心。目的が達成できるまで後少しなのだ。ここで焦って全てをぶち壊す訳にはいかない。
まだ、サフランにもこちらは丁寧に話しているのだ。これが親密な、それこそ他の花騎士みたいに普段の言葉遣いでも構わなくなった時に、この、これまでのリビドーを開放するのだ。
「……あぁ、こっちもこっちでまだ書類の片づけがあってな。歓迎会はしたいし、お近づきにもなりたいが、また今度だ」
「そうかい。楽しみだねぇ」
「あら、わざわざ歓迎会を開いてくれるの? 嬉しいわ」
こめかみに青筋が立ちそうになるのを堪え、なるべく笑顔で答えるとキャッツテールは肩をわざとらしく竦めてみせ、サフランは心底嬉しそうにはにかんだ。
うーん、笑顔が眩しすぎる。これから君をどう犯そうかと画策している身からすると、その笑顔は少々毒だ。まだ行動に起こしていないのに罪悪感すら湧いてくる。
だがまあ、それはそれ、これはこれだ。
「では準備が出来次第、任務に移ってくれ。サフランも悪いね。早々に使ってしまって」
「ううん、構わないわ。団長さんも含めて、ここにいる皆、私に気を使わないみたい」
それがとっても嬉しいの、というサフランは終始満面の笑みで、他の花騎士たちと共に執務室から出て行った。
令嬢としてお淑やかでありながら明るく、それでいて世間一般、というか普通の人々とは感性が違う。……まあ、教育が違うのだからそこは仕方がない。
だからこそ、世間一般の常識が、彼女にとっては珍しく、また新鮮に満ちたものに見えるのかもしれない。
そしてそれは、性行為、性知識においても同じだろう。もしかしたら貴族でも教育に組み込まれていて、それなりにあるのかも知れない。そこは今後それとなく探ってみればいいだろう。
だが間違いなく言えるのは、貴族、それも大貴族の娘であるため、友人関係も高貴な身分であろう。その友人間の、それこそお茶会などで猥談などの下世話な話は出てきまい。
故に性知識があったとしても、子どもを作る行為ぐらいであろう。というか、そうであってくれ。じゃないとこちらの計画が狂う。
これが普通に一般の者たち出身の花騎士であるのならば、こちらの下心や展開や雰囲気で察する者もいるだろう。そうなると、いくらこちら好みの花騎士を選んだところで事に及ぶのは難しい。
しっかーし! 彼女が初心で、恋愛経験が無く! 性知識もない、もしくはあまりないのであれば、こちらの手ほどき次第ではおニャンニャン出来るのではなかろうか!?
否! おニャンニャンなことをしたい! 致したい! そのために、こちらの好みやその他諸々を吟味した上でサフランを選んだのだ!
しかもしかも? 上手く事を運ぶことが出来たのならば? よもやよもや? 騎士団長を辞めて逃げることなく? 彼女と恋仲になって?
……かーっ! 夢が広がるなぁオイ!
※
※※
※※※
「騎士団内とはいえ、団長さんの部屋に来られるなんて思わなかったわ。男の人の部屋に来るのは初めてだから、何か不作法があったらごめんなさいね」
よもやよもやである。
まさかここまでとんとん拍子で話が進むとは思わなかった。
というか、まだ本日の作業が終わった後の十九時とはいえ少しは警戒してくれ。男の部屋に入るのを躊躇するどころか、嬉々として入ってくるなんて拍子抜けを通り越して心配になってくる。君、絶対悪い奴に騙されるって! ……いやまあ、今まさに彼女のことを騙して犯そうとしている俺のことなのだが。
でもあれだよ? 俺と君ってまだ出会ってからひと月も経っていないよ? まだ二週間だよ? もう見ず知らずの間柄ではないとはいえ、もうちょっとこう、警戒して然るべきじゃないかね?
「楽にしてくれていい。こちらもその方が話しやすいから」
「そうなの? うふふ、じゃあ気兼ねなく」
事前に椅子を一つにしておいた甲斐あってか、気兼ねなくと言いつつも部屋の主である俺に配慮してか彼女は椅子には座らずに少々遠慮がちにベッドの端に腰を下ろす。
サフランにとっては普通のことではあるだろうが、そんな動作や仕草の一つ一つですら洗練されており、美しさすら感じる。それを含めて今宵彼女を汚そうとすることに少し抵抗感が生まれるぐらいだ。
が、ここまでお膳立てしてきたのだ。流石にここで引き下がる訳にはいかない。
というか、こちらが敢えて誘導する必要もなく、目の前で俺を見つめてにこやかにほほ笑むサフランとの交流は現状の通り、かなりの好感触を得ることに成功した。
貴族であり、良いものを食べているであろうに、俺が誘った食事処で嬉々としてカレーを食べ、釣りに興味を示し、こちらの何気ない会話にも楽しそうな顔をしてくれた。
そして今晩、俺の予想通り「男女の恋愛」についてあまり知らないというサフランに対し、俺は「人前で話す事ではないから」と嘯いて彼女を執務室横にある団長用の小部屋に招待した。
流石に夜間に淑女が男の部屋に来る意味は知っている可能性があるため、ヤりたいが過ぎてうっかり口を滑らせた時はかなり焦ったが、当の本人は部屋に誘われたことを喜ぶしまいだ。余程信頼されているのか、それとも恋愛対象に思われていないのか、もしくはその両方か。いずれにせよ、上司とはいえ無警戒でベッドの上で微笑を見せるサフランの今後が、勝手ながら不安になってくる。
「生憎、君がいつもご馳走してくれるお茶は無いけれども、話自体は手短に終わるから」
「えぇ、気にしないで」
それよりも楽しみだわ、と今一度笑みを深くする彼女を前に、思わず舌なめずりしてしまいそうになる。
今からお洒落をしてきたであろう、その高級そうな服を脱がし、ベッドに押し倒し、あんなことやこんなことをすると思うと、そりゃこちらとしても三文小説に出てきそうな悪役の動作をしようものだ。それもこれ程にも可愛くて美人な上玉であれば尚更だ。
だが、ことを起こそうとサフランの横に座るというのは早計である。ここはキチンと対面に椅子を持ってきて座り、まずは彼女とお話をしようと思う。
「さて、聞きたいのは男女の恋愛関係について、で良かったかな?」
「そう。そうなの。私も一応、恋愛小説とかを読んだことはあるのだけれども。よく分からなくて……特に男の人の気持ちが」
「ふむふむ」
「それならば実際に聞いてみた方が早いと思って。他の男の人に聞くのはちょっと躊躇っちゃうけれども、団長さんなら安心出来るから」
「なるほど」
こちらの振った話題に前のめりになって頷き、コロコロと表情を変えながら話をするサフラン。
……ぐわああぁぁっ、可愛い。彼女にとっては何てことはない。それなりに信頼できる上司の騎士団長に疑問をぶつけているだけかも知れないが、対面に座ったこちらはそんなサフランの一挙手一投足に魅了されている感じがする。
彼女のことだから天然であろうが、これで自身の魅力に気付いたのであればとんでもなく魔性の女になる気がしてくる。というか、サフランを前にしている自分が既にその魅力に囚われている気すら覚える。
恋愛に関して無垢で無知。その上で相手はこちらを信頼し、話の内容に期待を寄せている。
……そして今、俺はそんなサフランの期待を裏切り、事に及ぼうとしているのだ。
「団長さん? どうかしたかしら」
「い、いや、何から話そうかと思ってね」
馬鹿な。俺は一体、何を考えている?
以前の自分であれば、後先考えずに手を出していたはずだ。少なくともサクラに対してはそうだったはずだ。
その経験を経て、アイビーやキャッツテールには失敗こそしたものの策を弄してまで犯そうとしたはずだ。
なのに一体全体どういうことだ?
何故俺は、“未だに”サフランに手を出そうとしない?
犯したい犯したいと口や心の中で言っているくせに、舌なめずりまでしておいて、何を今更躊躇る必要がある?
手を伸ばせば触れられる距離、立ち上がって一歩前に進めば彼女をベッドへと押し倒せる距離だ。こうして考えれば考える程、黙れば黙る程彼女も怪しむというものなのに。
「うーむ、そうだなぁ」
「焦らなくてもいいわ。時間はあるのだもの」
考えるふりをしながらも言葉は絶やさない。そんな滑稽なまでの俺に対してサフランの優しさが身に沁みる。
しかし、彼女の言葉のおかげで天啓を得られた。
そうだ。何かを忘れているのだ。恐らくきっと、その引っかかりがあるからこそ、俺は未だにサフランへと手を伸ばせないのだ。
ではそれは一体……。
「あ」
「あ?」
「あぁ、いや。何でもない。すまない」
思わず声に出てしまったが、気づいた。
俺は何を安心していたというのか。
本日の業務が終わって全員解散させたところで、サフランと二人きりとなり執務室の隣の部屋に招いて鍵を掛けたところで。
彼女、“自身の姿を消せる”キャッツテールが、この部屋の中の何処にもいないという保証がどこにある?
そもそも帰り際、俺がサフランを呼び止めた時に見せたキャッツテールの顔に、いつもの笑み以上のものを見たのを忘れたのか?
あり得る。キャッツテールならば十二分にあり得る。先にこの部屋へと忍び込み、姿を消して待機するなどお手の物だろう。
サフランに気づかれないよう、部屋唯一の出入り口である扉を確認。ドアノブの上にある鍵は施錠されている。
キャッツテールがこの部屋の中にいないことに賭けるか?
……いや、そもそも彼女がこの部屋にいなかったとしても、以前の倉庫みたいにウサギゴケやビオラが致している最中にこの部屋に訪れるとも限らない。
「……あぁ、そうか」
多分、これは無理だ。
色々な要素を加味した上で考えても、そもそもここが騎士団の中である以上、手を出した後の退路も部屋の窓ぐらいしかない。
根本的な思い違い。初歩的なミスだ。俺は先に袋小路に入り込んで、そこにサフランをおびき寄せたつもりであったが、俺自身が勝手に袋小路へと追い込まれていただけであった。
久しく感じていなかった、俺の中にいるであろう神様が笑っているのが容易に想像できる。それも、腹を抱えての大爆笑だ。片腹大激痛ってか? やかましいわ!
そんな俺の心の中の葛藤。勝手な右往左往を察したのか、気づけばサフランが心配そうにこちらを見つめていた。
「団長さん。大丈夫? もし、具合が悪いのなら日を改めるけれども」
あぁ、全く。この子は何て優しいのだろうか。お人よしにもほどがある。
目の前にいる男は、つい先ほどまで君を犯そうと画策していた獣であるというのに。
だがまあ、仕方がない。今回ばかりは行為に焦るあまり、勝手にこちらが自爆しただけだ。
……何だか、致そうと躍起になっている時よりも、諦めが付いた時の方が気持ち楽になっているのは気のせいか?
まあいい。いや、よくはないけれども。全然よくはないけれども!
サフランの前で許されるのであれば、子どものように泣きわめき、犯せないことに地団太を踏みたい気分だけれども! 俺、今! 騎士団長だから! 大人だから我慢する!
……あー、もう。何だかお腹まで空いてきた。犯したい一心で晩御飯よりも先にサフランを招くのではなかった。彼女もいい迷惑だろうに、全く。
という訳だ。サフランのためにも、さっさと話を終わらせてあげよう。
男の気持ちとかそんな大層なものはない。男なんて、今の俺のように単純な生き物なのだから。
「……いや、大丈夫だ。それよりも話す方向性が決まった。聞く準備はあるかい?」
「え? えぇ、私は何時でもいいけれども」
「そうか。じゃあ、心して聞いてくれ」
「はい」
「男は、男という生き物は阿呆です」
「……はい?」
※※※
時刻は丁度二十時を回った。
その後、サフランには俺の性格や経験則を活かした、「如何に男という存在が阿呆であり、何も考えていない生き物」であることを話した後、そのままの勢いで帰してあげた。
帰り際に、「今日は団長さんに色々教えてもらって嬉しかったわ」と直視できない程眩しい笑顔で礼を言われたが、対するこちらは釣り針に引っかかった大物を逃がすような気持であったため、半笑いで手を振ることしかできなかった。
「良かったのかい? 彼女を犯さずに帰しちゃって」
「キャッツテールか」
廊下の先でサフランを見送り、部屋に戻ったところで当然のようにキャッツテールが椅子に座ってニヤニヤとこちらを見つめていた。
が、今となっては彼女のこの笑顔ですら安心する。
「君は本当に面白いね。犯すために、彼女をこの部屋に招いただろうに。後一歩のところでそれを止めてしまうのだから」
まるで行動が混沌。ボク好みだにゃあ、と続ける彼女に俺は肩を竦めて見せた。
「お前のことだ。どうせこの部屋のどこかに隠れていたのだろう?」
「おや。団長もボクのことを分かってきたようだねぇ。けれども、人様の情事を覗く趣味はないよ。事が始まれば、合意の上だろうが、一方的なものであろうが、ボクは部屋を去るつもりだったさ」
まあ、その後どうするかは君次第だったけれども。
とペロリと舌を見せつけたキャッツテールに、俺は自身の判断が正しいと確信した。
恐らく、一方的な強姦であると彼女が判断したのであれば、迷わず憲兵か誰かを呼びに走っていただろう。良かった……本当に。
「まあ、それでなくとも」
「?」
「きっと、致している最中に彼女たちが乱入してきたさ」
内心、安どのため息を吐く俺に、キャッツテールは視線を俺の後ろへと向ける。その先にはこの部屋の扉しかないはずだが。
いや、そうか。なるほどな。
「お話、終わったの?」
「ふにー」
振り返ると、鍵を閉めていなかった扉が少しだけ開いていた。そのドアノブの下に位置するところからビオラ、ウサギゴケの順に頭が上から並んでいる。先ほどサフランの前での葛藤の際に、まさかとは思ったが、そのまさかであった。
ここまで予感が的中するのであれば、一つ宝くじとやらでも買ってみてもいいかもしれない。
やれやれ。悲しい話ではあるが、予感はともかくとしてどうにも今日はとことん運がないらしい。ウサギゴケの口振りから察するに、もしかするとサフランと俺がこの部屋で話をする時も様子を見ていたかもしれない。
先日の倉庫の一件で、俺が渋い顔で倉庫の扉を叩く彼女たちを出迎えたせいか、遠慮こそするようになったものの、それでもこちらの行動が気になるらしい。
何ともまあ、皮肉な話だ。
犯したい花騎士はなんやかんやで取り逃すというのに、自身の性癖の対象外の花騎士からは好かれるとはな。
何だかあれこれ考えるのが馬鹿らしくなってきた。
「丁度終わったよ。お前たちは晩御飯済ませたか?」
「まだなの」
「まだですふにー」
「そうか。俺もまだだから、折角だ。皆でいつもの店にでも行くか」
お腹も空いてきたこともあって、俺は先ほどまでのことを忘れるつもりで二人に提案をする。すると、彼女たちは目を輝かせて準備をすると顔を引っ込め、扉を閉める。
その後すぐに、慌ただしく廊下を走る音を耳にし、俺は思わず苦笑してしまった。
「キャッツテールもどうだ、一緒に」
「いいねぇ。団長の奢りかい?」
「こいつ……まあ、それでもいいさ」
「なら喜んで」
振り返って誘った矢先にふてぶてしく笑うキャッツテールを見て、俺は完全に毒が抜かれてしまった。
そして何となくではあるが、こういう自分があれやこれやと画策する程、まるで謎の力が働くが如く情事まで持っていくことが出来ないのだろう、とも思った。
「ふふふ」
「やけに楽しそうじゃないか。そんなに奢って貰えることが嬉しいか?」
「おっと、気を悪くしないでくれ。いや、なに。ボクは本当に運が良いと思ってね。こんなにも優しくて、面白い騎士団長様の元に来られたのだからね」
「お世辞を言ったところで、晩御飯はお寿司に変わらないぞ」
そりゃ残念、と笑みを深くするキャッツテールに肩を竦めて見せて、俺は彼女に背を向けて部屋から出ようとする。ウサギゴケたちを待たせても悪いだろうからな。
「でも、優しいと思ったのは本当さ」
「へいへい。ありがとよ」
「君はきっと、ボクたち花騎士に対して、何か憧れのような感情を持っているのだろうね」
背中越しに聞こえてくる、キャッツテールの声の調子が変わったのを耳にし、俺は思わず振り返る。その先にいた彼女は、何時のもの笑みを浮かべてはおらず、どこか真剣で、それでいてどこかで見たような顔をしていた。
……一度もお目にかかったことのない顔をしているのに、俺は何故どこかで見た、と思ったのだろうか?
「だからこそ、そんな憧れとヤれるのであればヤりたいのだろう。君も男の子だしね。でも、それと同じぐらいに、守れるなら守りたい。助けられるのであれば助けたい。そんな、花騎士側に寄り添った考え方をしているように思える」
少なくともボクからはね、とやや恥ずかしそうに小首を傾げて見せた後、キャッツテールは何時ものように、するりと俺の横を通り抜けてさっさと部屋の外まで行ってしまう。
それに対して俺は、キャッツテールの後に続くことはせず、ただ茫然と彼女の言葉を頭の中でぐるぐると回していた。
花騎士に寄り添った考え方?
助ける? 守る? 寧ろ、そんな花騎士から命を助けられた側の人間だというのに?
それに、憧れだって?
犯したいと思っている人間が? 花騎士に対して? 憧れを?
「……」
そしてしばらくの間、俺はその場に留まって、今日までのことをあれやこれやと思い出す。
当時准騎士だったサクラとの出会い。成り行きで騎士団長になった日のこと。それまでの苦しくも充実した勉強と体力づくりの日々。
初めてウサギゴケに出会った日。アイビーに出会った日の後、召喚の儀でビオラと出会ったこと。
キャッツテールと出会い、色々と翻弄されたこと。……恐らくはこれからも翻弄されるであろうが。
それから、まさかで手に入れたスペシャルチケットでサフランを迎え、犯そうとして、失敗したことを。
「……ふむ」
俺は色々と考えた。考えて考えて、結論が出ているのにも関わらず、それは違うと思いたくて思考を続けた。
しかし、キャッツテールの言葉によって気づかされたこともあってか、何度考え直してみても、結論は同じだった。
だがそれは同時に、俺の肩の荷が下りたかのような、正に頭の天窓が開いたというべきものであった。
「そうか、俺は……あの時、サクラに、花騎士に――」
「ふにー! 団長さん、早く行きましょう!」
「うぉっ!?」
「何時までそこで立っているつもりだい? それとも、君は木に擬態する魔法でも覚えるつもりかい?」
「え? あ、いや」
その結論を受け入れようとしたところで、自分の周りに先に行ったはずの花騎士たちが俺の前まで戻ってきていることに気づく。
その中には、何故かサフランもいた。
「キャッツテールさんから聞いたわ。これから皆でご飯だなんて。誘ってくれてありがとう、団長さん」
「う、うん……うん?」
「そういうことさ。さあ、早く行こう、団長?」
サフランが何故ここに、と疑問に思う前に、キャッツテールが素早く俺の左隣に来たかと思うと右肘で俺の脇腹を突く。
何だか我に返ってから怒涛の展開過ぎて、イマイチ理解が追い付いていないのだが。つまりは晩御飯のメンバーにサフランが加わるということでいいのか?
「んっ」
そこまで持ち合わせあったかな、と思ったところで目の前までウサギゴケが来ていることに気づく。
……花騎士との出会いはサクラが初めてだったが、騎士団長としての初めての花騎士は、そういえば彼女だったな。
と、先ほどまで思い出に浸っていたせいで、そんな自分の胸元よりも下の背丈のウサギゴケを見て、俺は口角が上がるのを感じた。
「団長、一緒。皆一緒に行く、の」
そして、差し出される小さな、それこそ守りたいと思えるような小さな手のひらを見て、俺は先ほど出した結論が確固たるものになるのを感じた。
俺は視線をウサギゴケの視線の位置に合わせるように膝を折り、差し出された手を握ると同時に、空いた手で彼女の頭を優しく撫でる。
「……ああ、皆で一緒に行こう」
「んっ!」
「ヨシ! それじゃあ、晩御飯を食べに行くか!」
それから立ち上がり、何時も通っている店へ。かつてウサギゴケを初めて連れて行ったお食事処へと、騎士団のメンバー全員で向かうことにするのだった。
※
※※
※※※
その日、夢を見た。
それは最近連日見る夢の一部ではあったが、初めて見る夢だった。
気が付けば、俺は絶え間なく降る雨の中を佇んでいた。最近見た夢の中と同じように、雨の臭いもなく、感触も温度もない。しかし、身体は重く、手足の先は冷たく感じられた。
自身とその周辺は灰色の世界であり、視線の先には晴天の下の野原に座り、笑い合う花騎士たちの姿がいる。
サクラ、ウサギゴケ、アイビー、ビオラ、キャッツテール……そして、最近入団したサフランもいた。彼女たちの周りは色と光に溢れていて、暖かそうであり、楽しそうであり、きっと良い匂いもする。
そして、俺と彼女たちとの間には雨と晴天の分かれ目があり、ちょうどそれが境界線のようなものとなっていた。
これまでの夢では、俺はそんな光景を前にしてただ眺めているだけであった。
しかし、この時の俺は彼女たちのところへ行こうとした。行けると確信したわけでもなく、何か算段があったわけでもない。以前の夢と違う行動をしようと思ったのは、サフランが新しく我が騎士団に加わり、例の出来事があったからだろうか?
けれど、その境界線の前に立って手を伸ばしても、俺の手は雨の中から晴天の下に出ることはなかった。見えない壁、とでも言うのだろうか。それに阻まれてしまい、こちらから向こうへ行けないことが嫌でも理解できてしまう。
『……あぁ、そうか』
それと同時に、俺は思い出した。
何故自分が、これほどまでに花騎士にこだわるのか?
その理由を今回起こした行動によって、ようやく理解したことを。
『……』
しかし、それを知ったところで何になるというのだ。
自分の夢の中だというのに、何一つ自分の思い通りにならないというのに。
今の俺に出来ることは、これが夢だと知りつつも、こうして空しく灰色の世界から彼女たちのいる、虹色の世界を眺めることしか出来ないのだ。
そしてこのまま、いつものように、現実の方で目が覚めるまでこのままなのだ。
『んっ、団長っ』
『団長さーん!』
分かっていても何だか無性に心が苦しくなり、見えない境界線の壁に手をついたまま俯いていたところに、不意にウサギゴケとビオラの声が聞こえた。
ゆっくりと顔をあげると、境界線のすぐ傍に二人が笑顔で俺を見つめていた。視線を二人の奥へとやると、先ほどまで談笑していた他の花騎士たちも微笑を浮かべながらこちらを見ていた。
『団長も、こっち』
『団長さんも一緒に、ふにー』
『お、おい……っ!?』
そして彼女たちは手を伸ばし、俺が渡れなかった境界線をいともたやすく乗り越え、こちらの手を握って光ある世界へと連れて行こうとする。
握られた手こそ腕ごと通り抜けたが、流石に身体は壁にぶつかるだろうと目を瞑るも、不思議なことに何の抵抗もなく、俺はあっさりと彼女たちのいる世界へと足を踏み入ることができた。
『あらあら、うふふ』
『団長は、とっても安心するの』
『私を待たせるなんて、良い度胸じゃない』
『団長さん、今日も頑張りましょう。ふにー』
『おかえり。今日も一緒に楽しくやろうよ』
『おかえりなさい、団長さん。実は……ちょっと寂しかったわ』
ウサギゴケとビオラに手を引かれたまま、俺は花騎士たちに迎え入れられる。
皆が皆、笑顔で、俺のことを迎え入れてくれた。
……あぁ、そうだ。そうだったのだ。
花騎士を犯そうだなんて思ったのも、花騎士にしか欲情しなくなったのも、花騎士に心を惹きつけられたのもの全て、全てだ。
あの日、あの時、いつもと変わらない日常。
ただの一人の村人として、灰色の世界、灰色の人生を送っていた俺の前に、世界を根底から覆す存在である害虫が現れた時。そんな驚異的存在を前にしてサクラが俺を助けに現れた時。
人を守り、国を守り、世界を守る存在を間近で見た時に、俺は確かに思ったのだ。
彼女を、彼女たちを「美しい」と。
『……思えば、答えを得るのに遠くに来たものだな』
きっかけがきっかけだったからか、その本来感じたものは、すぐに生存本能と直結した性行為というものに塗りつぶされてしまった。それとも、本来の目的が直前の出来事から生み出された、もう一つの目的にすり替わったとでも言うべきか。
しかしここにきてようやく、俺は思い出すことが出来た。
彼女たちの世界に行きたい。彼女たちが見ているものを共に見たい。花騎士たちと触れ合いたい。
そう思うのも当然だ。花騎士たちのいる世界は、こんなにも輝いているのだから。
対して俺は、ただの村人。特徴も何もない、ただの一般人。だからこそ、最初にサクラと出会った時、美しいと思うと同時に「羨ましい」とも思ったのだ。
だからこそ、彼女たちと関りを持ちたかったのだろう。彼女たちと繋がっていたかったのだろう。何故ならば彼女たちは、自分の「憧れ」の存在となったのだから。
そして何の因果か、花騎士たちの騎士団長に就任したことによって、そのことを思い出す前に俺の本当の目的は果たされた。
あぁ、全く。何て遠い回り道だったのか。それも、偶然手にしたものが既に目的のものだと気付かずに、ひたすらがむしゃらに歩いていたのだ。……何ともまあ、愚かことをしていのか。以前読んだ本に書いてあった、穴があったら入りたいほど恥ずかしいこととはこのことか。
満たされていたからこそ、「花騎士を犯す」という建前の目的が果たされていなかったとしても、俺はこの日々に満足して過ごしていたのだ。
更にありがたいことに、どうやらこの世界はまだ続いてくれるように思える。
『なら、精々今日も頑張りますかね。程々に』
ならば、歩き続けてみよう。行けるところまで、彼女たち、花騎士と共に。
それが俺の、村人団長としての目的であり、望んでいることであり、そしてひょっとすると、使命なのかも知れないから。
……なんて思うのは、流石に自分を買い被りすぎだろうか?
何にしても、目的は果たされ、それに気づくことが出来た。後は、その目的とやらを維持するぐらいだ。
花騎士を犯そう、と思うことは、今後少ししかないだろうが、機会があったら遠慮なくそうさせてもらおうか。
何故なら俺は、MURABITO団長なのだからな。
終わり?
団長、花騎士は良いですよ…
起承転結でようやく完成?