―――一体どこから間違っていたのだろう……。
本来ならば喧騒に包まれている、酒場と併設されたその空間は、今や不気味なほど静まり返っている。
―――どうして、俺たちだけがこんな目に遭うのだろう……。
人がいないわけではない。むしろ、いつも以上人間の数は多いと言ってもいいだろう。だが……。
―――どうして……お前が苦しみ続けて、命を弄ばれなければならなかったんだ……。
隙間から入る日の光のみで明るさを保つ、薄暗い建物の中で蠢くのは、中心にて幼い少年を抱きかかえている、一回り大きい程度の少年一人のみ。成長期途中と思われる上背でありながらも、修羅場を潜ってきたと見える鍛えぬかれた身体と、水色がかった銀色の髪を小刻みに震わせ、整ったその顔を涙で濡らしている。
―――俺が……何もかも間違えたりしなければ、お前がこんな目に遭うことも無かったのに……!
抱きかかえられている幼い少年は、涙を流している少年と同じ髪色をしているが、その肌は血色が抜け落ちており、腕も足も力なく、閉じられた瞼も口元も微動だにしない。そしてそれは、周りも同じだった……。
―――何もかも失ってから、動くことができなかったことが……情けない……!
悔しげに体を震わせる少年の周りには数多くの人間がいた。否……
人間だった『もの』があった。
誰一人残さず、例外なくその生命活動を停止させており、中には手足のいずれかを失っているもの、肉体に風穴を開けたもの、首と胴が離れたもの、さらには体を真っ二つに両断されたものなど、敢えて共通点を挙げるならば、唯一生きているものを含めて肉塊に宿っていた返り血をその身に浴びていることのみ。
しかし、悲しみに打ちひしがれている少年には自らが抱きかかえている幼い少年しか見えていない。周りに落ちているものたちなど気にも留めていない。あれらは、この少年たちに今に至るまでの絶望を負わせた元凶たちだ。己の左頬についている蛇を模したマークを、体の一部に入れているものたちばかりだが、仲間などと思ったことは一度もない。
彼にとってすべては、小さい少年のみだった。だが、それも壊されてしまった彼にはもはや何もない。ただただ、少年を抱きかかえ慟哭するのみ……だった……。
日の光が一番差し込む、その建物の入り口に、影が差し込むまでは……。
「っ……!?」
空間に介入してきた影の元の方に反射的に彼は振り向いた。そして微動だにしない抱きかかえた少年を庇うようにして身構える。
一方で、影の正体は建物の中の惨状に驚愕したかのように表情を固めていた。だが、中心に存在する二人の少年、正確には片方を庇うように身構える彼を見て、口元を柔らかくし、弧を描いた。そして、その口から紡いだ言の葉に対し今度は少年が表情を驚愕に染める番だった……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
永世中立国・フィオーレ王国――――。
世界中の人々が魔法と呼ばれる不思議な力を扱う可能性がもたらされている世界において、この王国も例外ではない。
そして、その中でもとくに魔法を極め、その力を使って依頼を受けることを生業とするのが『魔導士』。その魔導士を集め、多くの依頼を仲介し、組織として構成しているのが『魔導士ギルド』である。
フィオーレ王国の一角の街『マグノリア』にも、その魔導士ギルドが存在する。
その紋章は、魔法が存在するこの世界においても、おとぎ話の存在とされている妖精をかたどったもの。こことは違う世界においては、まさしく『冒険譚』を表す言葉と同じ呼び方をされるそのギルドの名は……
『
そのギルドの門をくぐり、一人の少年が堂々とした様子でギルドの建物に入ろうとしていた。軽い荷物の入った手提げ袋を右手に持ち、紐を右肩にかけながら、動きやすいそうな上半身はノースリーブのタンクトップに半袖のジャケットを、下半身はふくらはぎの半分辺りまでのジーンズを身に着けた、水色がかった銀色の髪を携えたその少年が、門扉に左手をかけて声高々に告げた。
「ただいま!今戻ったよー!」
その声に、酒場のような様相で広々とテーブルや椅子が置いてある建物の中で、料理や酒などを嗜みながら談笑に盛り上がっていた者たちの視線がその少年に突き刺さると、少年を認識した者たちは談笑に戻らず、まるで凱旋のように歓声を上げだした。
「おお!おかえりー!」
「初の単独依頼お疲れ!」
「もう随分馴染めたみたいだな!」
「後で話聞かせてくれよ!」
少年の左頬に刻まれている妖精を模した紋章と同じものをそれぞれの身体の一部に入れている仲間から、次々と告げられる言葉に気を良くし、少年は笑顔を浮かべながら空いている左手でその声に応える。すると、奥の方から少年を呼ぶ声がした。
「シエル~!」
「ん?」
少年・シエルの名を呼んだのは白銀の長い髪を棚引かせている笑顔が似合う女性だ。その上顔立ちは美形揃いのこのギルドの中でも上位に位置すると言っても過言ではない。実際に同じギルド内ではその美貌に見とれる男も少なからずいるが、シエルはただ純粋にその女性を見つけると歩を速めて彼女に近づき、嬉々とした様子で話を切り出した。
「ミラ!依頼、成功させてきたよ。はいこれ、報告書」
「お疲れ様シエル。正式に初の依頼も達成で、遂に
「へへっ。長かったけど認められて嬉しいよ」
依頼の報告書を渡し、誇らしげな笑顔を浮かべながらシエルはミラ、もとい『ミラジェーン』と会話を交わす。彼にとってはこのギルドで『正式に』依頼を受けたのはこれが初めてであり、ギルドの一員として
「あ、そうだ、マスターは?」
「マスターなら……」
『マスター』と呼ばれる人物に今回の依頼達成を報告しようと、所在を聞こうとするシエル。すると、先程シエルが中に入るために一度だけ開き閉じられた門扉が再び開けられた。
「ただいまぁ!」
「ただいま~!」
門が開けられた音と共に響いた二つの声。一つは青年、もう一つは高めの少年らしき声。シエルがその声に思わず振り返ると目に映ったのは、青年は桜色のツンツンした髪を持つ白い鱗を模したマフラーをつけた『ナツ』と呼ばれる青年。少年の声を出したのは二足歩行で歩く青い毛皮を持ったネコ―喋っていたが、確かに見た目はネコそのもの―である『ハッピー』。そして目に映ったのはその二人(一人と一匹)だけではなかった。
金色のセミロングの髪を青いリボンで右側のサイドテールで結んだ髪型をした、青年と近い年齢と思われる少女が「へぇ……!」と顔を輝かせていた。一目見ただけで分かる。初めて見る顔でもあるし、表情が夢見た憧憬を実際に目の当たりにした感動で満ちている。シエルはすぐに直感した。
「(なるほど、加入希望者か……)」
思わず目を細めて懐かしそうに内心呟く。自分もそうだったからだ。『自分が知っているギルド』はあの少女みたいな他の者から憧れるような場所じゃなかったから、自分も最初にこのギルドの雰囲気を見た時は、憧れと羨望を抱いていた。「もし最初からここにいたら、あんなことにならなかったのだから」……と。
「また派手にやらかしたなぁ……。ハルジオンの……って……!?」
「てめぇ!!」
物思いにふけっている間にも時は動いていく。新聞に載っていた『ハルジオン港の半壊』。青年ナツによるものであることを話題に出そうとした男が、突如そのナツに顔面を飛び蹴りで蹴り飛ばされる。あまりにも突然起こった出来事に「なんで!?」と加入希望の少女が悲鳴にも似た声を上げる。気持ちは分かる。
「あ~、
「あら……ナツが帰ってくると早速ギルドが壊れそうね」
「既にいくらか壊れかけてるけど……」
ナツの怒りの原因に心当たりがあるシエルはミラジェーンとそんな会話をしながらも、ナツの飛び蹴りを起点として勃発した
「あぁ?ナツが帰ってきたってェ!?」
不機嫌そうな声で立ち上がったのは黒い髪の短髪の青年。だが、その身に纏っているものは下半身のみ、と言うか下着一枚のみである。見様によっては露出魔の一種ともいえる異性の登場に加入希望の少女も再び悲鳴を上げた。
「この間の
「グレイ、服」
「あ!しまった!!」
そんな露出魔……もとい『グレイ』と呼ばれた青年に指摘したのは、彼ほどではないが露出の高い服装をした、こげ茶色の長いウェーブヘアーの女性『カナ』だ。片手に持ったグラスでワインを堪能している最中だったようだが、ほぼ突然始まった喧嘩に呆れて、若干機嫌が悪い様子。
「これだからここの男どもは……。品がなくてイヤだわ」
溜息交じりにそう言いながら彼女は、グラスを置いたかと思いきや近くにあった大樽に入っている酒をダイレクトに飲みだした。品とは一体……。
「昼間っからピーピーギャーギャー、ガキじゃあるまいし……」
大樽で酒を飲みだしたカナに唖然としていた彼女の元に更に現れたのは、白銀の逆立った髪を持った褐色肌の、えらくガタイのいい大男だ。服装も現代で言う黒い学ランと呼ばれる服に下駄という、ギルド内でも珍しい格好をしている。だが、そんな見かけによらず、この騒動に対して冷静な対応をするような言動……と思いきや……。
「漢なら、拳で語れェ!!」
「結局、喧嘩なのね……」
外見通りの肉体派。それも口で語るよりも拳で語る、一昔前の喧嘩屋的な言動を繰り出した。期待を裏切らない。
「「邪魔だ!」」
「どっごぉぉぉぉぉ!!」
「しかも玉砕!」
そんな男、いや漢である『エルフマン』は喧嘩の最中だったナツとグレイのダブルパンチによって宙を舞っていった。本当に期待を裏切らない。
「やだやだ、騒々しいね……」
そんなテンポのいい一部始終を見ていた加入希望の少女は後方から聞こえた声に振り向く。その声の主は明るい茶色の短髪にブルーのサングラスをかけた色男だ。しかもその両隣にはこれまた美人な女性を二人侍らせている。文字通りの両手に花だ。
「あ!『彼氏にしたい魔導士』上位ランカーの『ロキ』!」
週刊ソーサラーと呼ばれる雑誌を懐から瞬時に取り出したその少女は、実際に目にしたロキに対し若干頬を赤らめる。憧れていたギルドに所属する色男を前に、少女らしい一面を見せているとも言える。だがそんなロキの額に、喧嘩の拍子に飛んできた空瓶が当たり少しだけ傷がついた。両隣の女性二人と、遠目で見ていた少女も心配そうにロキの安否を確認する……が……。
「混ざってくるね~君たちのために~♡」
「「頑張って~♡」」
「上位ランカー、抹消……」
一瞬だけ瓶を当てられた怒りで顔を歪めたと思いきやすぐさま立ち上がり、侍らせていた女性二人に甘い声と気障なポーズで告げながら喧騒に混ざっていった。女性二人は素直に送り出していったが、少女は理想と現実の乖離が限度以上だったのだろう。ソーサラーに載っているロキの欄をマジックで×にしていた。と言うかその雑誌と言いマジックと言いどこにしまっていたのか。
「って言うか何よコレ……。まともな人が一人もいないじゃない……」
続々と参加者が増えていく喧騒を見渡しながら、少女は嘆きの呟きを零す。このままでは自分も含めて「
「そこの加入希望のお姉さん。まともな人ならちゃんといるよ?」
「え?」
声をかけたことでようやくこちらの存在に気付いたようだ。だが、自分で自分をまともだと主張しても説得力がないことは確か。なのでシエルは彼女が振り向いたタイミングで、まるでエンターテインメントショーでメインの人物を紹介するように両手を近くにいるミラジェーンに指し示す。それに気づいたのか否か、応えるように「こんにちは」と笑みを浮かべて挨拶をすると、効果は覿面だった。
「ミラジェーン……本物ぉ!!?」
彼女、ミラジェーンは週刊ソーサラーでグラビアを飾る程の有名人。先程自前の週刊ソーサラーを手にしていたから、目にしているとは思っていた。そしてこのギルドに憧れているなら、少なからずミラジェーンに対して目の前の少女が好意的な印象を持つのもあり得る。実際に何度も雑誌で掲載された女性が目の前に現れたとあって、男顔負けの興奮具合だ。しかし、途端に我に返り目の前の二人に対して今も尚続く喧嘩について尋ねだした。
「あ、あれ……止めなくていいんですか……?」
「いつものことだから放っておけばいいのよ」
「止めようとしたって、返り討ちに遭うか巻き込まれるのがオチだしねぇ……」
「あらら……」
だが実際問題一部を除いて他の者が止めようとしても止まった試しがない。だから笑顔を保ったままミラジェーンが告げたように、放っておくのが今現在の最善なのだ。ふとシエルも喧騒に目を向けながら告げていると何を思ったのか急にその場でしゃがみ込む。隣にいるミラジェーンはそれに気づかぬまま「それに……」と何かを続けようとしたが、それは喧騒の方向から飛んできたエルフマンに頭からぶつけられて倒れ伏したことで遮られる。シエルが伏せなければ彼も巻き添えだった。
「楽しいでしょ……?」
と、倒れた状態でもなお笑顔で告げた言葉を最後にミラジェーンは意識を失った。心なしか開け放たれた口元から彼女の魂的な何かが浮かび上がっているようにも見える。
「キャーーーーー!!ミラジェーンさーーーーん!!!」
「(むしろ怖いよ、それ……)」
明らかに命にかかわる事件に少女は悲鳴を上げ、少年は彼女の最後の言葉に内心ツッコミを入れる。が、すぐさま次の脅威を察知したのか、近くにあった椅子を持って喧騒の方向に突き出すと「ぐぉふっ!」と声を上げながら何故か唯一着ていた下着さえも失い、今度こそ全裸になったグレイが飛んできた。ちなみに背中から、突き出された椅子にぶつかったために地味に痛そうだ。そしてシエルの前方に見えるのは先程までグレイがつけていた下着をしてやったりと言った感じで笑いながら指でくるくる回しているナツだ。
「あーっ!!オレのパンツ!!つうかシエル!てめぇも何しやがんだ、いてぇだろ!!」
「それよりも早く服着なよ。女の子もいるのに」
シエルとしてはただ自分の身を守っただけに過ぎないので怒られる道理がない。さらに言えばそのことよりも後ろの方でおそらく見てしまったのであろう、グレイの全裸に対して悲鳴を上げている少女のためにも早いとこ大事なところを隠してほしいというのが今の第一優先事項だった。冷静な指摘に一理あると感じたグレイは……。
「んじゃシエル、お前のパンツ貸してくれ」
「サイズ合わないでしょ?物理的に無理だよ」
「ならそこのお嬢さん、良かったらパンツを……」
「貸すか!!」
目の前にいた少年に下着を借りようとしたが、背丈も腰回りも一回り以上下のサイズでは不可能と言う理由で却下される。そこまでならまだいいのだが何故かそのさらに近くにいた少女にまで下着を借りようと頼みに行った変態に、溜まらず少女は椅子を手に振りかぶって叩きつけて変態をぶっ飛ばした。ちなみにこの椅子、先程グレイを受け止めるためにシエルが使ったもので、少女にまで下着を借りようと近づいた瞬間、彼女の近くに行くように滑らせて、上手く彼女が変態から身を守れるように投げたアシストだったりする。初対面で名前も互いに詳しく知らないのにいい連携だ。
「デリカシーのない奴は困るね……」
「漢は拳でぇーーー!!」
「邪魔だっての!!」
「あい!」
そんな変態による被害者の少女にロキがお姫様だっこしながら乱入したかと思いきや、そこを雄叫びを上げたエルフマンにアッパーカットで飛ばされて、少女は地に落ちる。そしてアッパーカットの体勢のところをナツに蹴り飛ばされたりと、妙な食物連鎖が起こったりして、収拾がつかなくなってきた。
「お姉さん大丈夫?」
「う、うん……。と言うか、さっきから思ってたけどあなた、年齢のわりに妙に落ち着いてるわね……」
「あ、俺多分お姉さんが思ってるよりはちょっと年齢上だと思うよ?」
エルフマンに殴り飛ばされたロキから落ちてうつ伏せになってる少女にシエルが話しかけると、そんな話を切り出してくる。上背が低くて顔も童顔、声変わりもほとんどしてないために10歳ちょっとだと誤解されてはいるが、実際のシエルは14歳。だが、それを差し引いてもいい大人たちがこぞって喧嘩している中で恐らく最年少と思える少年だけが妙に達観しているというのは、彼女にとって珍しいものだったと見える。だが、その少年もとうとう巻き込まれようとしていた。
「おいシエル!避けてばっかりしないで、お前もかかって来いよ!」
そう告げたのはこの喧騒の最初の発端である桜髪の青年ナツだ。だが、そんな挑発にも全く動じることはなく少年はいつもと同じ調子で返答することになる。
「俺は別にいいよ。特に混ざる理由もないし、依頼から帰ってきたばっかでゆっくりしたいしさ」
「
だがそんなことお構いなしのナツはシエルに向かって走ってくる。その様子を近くにいた少女は悲鳴を上げて怯え、シエルは苦笑交じりにため息をついた。「仕方ない……」と一言呟いたかと思うと、近くに落ちていた空瓶を拾い、ナツの方向……ではなく、若干左に傾けたところに転がした。もちろんナツには当たらずそのまま真っすぐに彼は駆けだすが、ナツから見て真右に迫っていたメンバーの一人の足裏に空瓶が当たると……。
「うおあっ!?」
「グポォ!?」
後ろ向きに倒れだした男の無意識な裏拳がナツの後頭部を捕らえ、二人揃ってシエルの目の前で大転倒。それを見た少女はまさかの奇跡に目を引ん剝くが、仕掛けた少年は全くもって動じていない。この結果を狙っていたからである。
「いきなり何しやがんだ!」
「わざとじゃねぇよ!お前こそそんなとこにいてあぶねぇだろうが!」
「んだとコラァ!!」
そのままぶつかった者同士で再び喧嘩を始める。こうして自分の身に降りかかるはずだった脅威を別の方向に逸らすことに成功した少年は、満足そうに目の前の結果を見ながら笑いを零す。
「クッククク……!うまくいったうまくいった!」
「(や、やっぱこの子もまともな部類じゃないわ……)」
悪戯が成功したような笑みと台詞の少年を、ずっと近くで見た少女は目の前の落ち着いた少年の素顔のようなものを見てその考えを改める。やはり
「あーうるさい。落ち着いて酒も呑めないじゃないの……」
だがそんな喧嘩も、展開が変わろうとし始めていた。ずっと酒を飲むことに意識を向けていた女性カナが、一向に収まらない騒ぎに苛立ちが頂点に達したようで……。
「あんたら、いい加減にしなさいよ……!」
右手にカードを持つと彼女の前に突如魔法陣が浮かび上がる。そしてそれはただの起点に過ぎなかった。
「アッタマきた……!」
下着を無事に取り戻していたグレイは左掌に右拳を当てながら念じるとそこからまた違う色の魔法陣が浮かぶ。
「ぬおおおおおおおおっ!!」
エルフマンは右腕を掲げがら雄叫びを上げると同時に、瓦礫が右腕に集まると、石でできた右腕を作り出して己が身に纏う。
「困った奴等だ……」
さらにロキは左の人差し指に着けている指輪を右の指で触れて光を灯すと、カナやグレイと同様に魔法陣を作り出す。
「かかって来いっ!!」
しまいには、ナツが両手に炎を纏い臨戦態勢に入る。今の今まで喧嘩でも使わなかった各々の魔法を使用する予兆だ。さすがにこの展開はいいものとは到底言えない。
「げっ、ヤバ……!」
「魔法で喧嘩!?」
「あい!」
「あい!じゃない~!!」
今まで混ざる気もなく眺めていたシエルも表情を強張らせ、加入希望の少女はと言うと近くにいた青猫のハッピーを抱えて盾にするように構えている。これから起こるであろう惨劇を想像して涙まで流している始末だ。まさに一触即発、となっていたその時……。
「やめんかバカタレェッ!!!」
巨人が現れた。ギルドの建物の窓から差し込む光を逆光として受け止め、その巨大な体を影で黒く染めたその存在の一喝は、その場にいるもの全員の耳に届いた。
「でかーーーーっ!!?」
声を出せたのは少女のみ。突如現れたその巨人のあまりの大きさに驚愕している声だった。残りの者はと言うと、その一喝のみで今までの騒ぎを嘘のように、まるで時を止めたかのようにピタリと止めた。先程まで騒がしかった空間が、一転して静まり返る。
「あら、いらしたんですか、マスター?」
「マスター!?」
少女は再び驚愕する。魂と意識を戻したミラジェーンから告げられた巨人の正体、
「あ、そうだ。依頼達成についてマスターに話しておかなきゃいけなかったんだ」
シエルはと言うとナツたちの帰還に始まり、今の今まで起きていた騒動ですっかり頭から抜けかけた用件を思い出し、すっきりとした表情でつぶやいた。「危ない危ない」とまで言い出す少年に、少女の表情が何度目になるか分からない引き攣ったものになる。そして……。
「だーはっはっはっはっ!!みんなしてビビりやがって!この勝負はオレの勝ピッ!?」
静まり返った空気の中で大笑いしながら高々と宣言しようとした
「ん?新入りかね?」
「は、はいぃ……!」
そんな恐怖が膨れ上がった状態で尋ねられたことで完全に少女は今まで抱いていた畏敬や憧憬を後回しにして、ただただ怯えながら返事をする。
「ふんぬぅぅぅ……!!!」
すると巨人は力むような声で体中から煙を発し始めた。何をするつもりなのか、その思いだけが今の少女の頭を支配するあまり、口を魚のようにパクパクと開け閉めすることしかできない。だが、しばらくするとその巨人の影は見る見るうちに小さくなっていき、やがて少女の視点は天井から徐々に下に向いていき、自分の目線からさらに下に行く頃には恐怖よりも驚愕の方が上回って「ええーーっ!!?」と声を上げて、尚も小さくなる巨人の姿だった老人を凝視する。
「よろしくネ!」
そして、幼い子供と変わらない背丈にまで縮んだ奇術師のような恰好の老人は、右の腕を上げて先程の威圧を微塵も感じない軽い感じで少女に挨拶をした。この老人こそ、
「ま~たやってくれたのう貴様等。見よ、『評議会』から送られてきたこの文書の量を。ぜ~んぶ苦情ばかりじゃ」
『評議会』とは魔導士ギルドを束ねている機関。魔導士ギルドが所属する「地方ギルド連盟」を管理する団体であり、罪を犯した魔導士の検挙や問題を起こしたギルドに対する制裁などを加える権限を有している。
「グレイ。密輸組織を検挙したまではいいが……その後街を素っ裸でふらつき、あげくのはてに干してある下着を盗んで逃走」
「いや……だって裸じゃマズイだろ……」
「まずは裸になるなよ」
まず矛先を向けられたのはグレイだ。己の脱ぎ癖が原因で発生した事案を公表され、恥ずかしそうに抗議するが、そもそもの正論をエルフマンに指摘される。だが、指摘した人物も他人事ではなかった。
「エルフマン。貴様は要人護衛の任務中に要人に暴行」
「『男は学歴よ』なんて言うからつい……」
エルフマンは己が信条としていることを穢されたことによる暴走を咎められた。気持ちは分からなくもないが護衛対象を自分で危害を加えることは下手をすれば破門並みの不祥事だ。
「カナ・アルベローナ。経費と偽って某酒場で呑むこと大樽15個。しかも請求先が評議会。ロキ。評議員レイジ老師の孫娘に手を出す。某タレント事務所からも損害賠償の請求が来ておる」
さらにはカナやロキにもその矛先が向く。挙げられた罪状にカナは「バレたか……」と言葉を零し、ロキも視線を気まずそうに中空に漂わせている。だが、今までのものはすべて前座に過ぎなかった。
「そしてナツ……。デボン盗賊一家壊滅するも民家7軒も壊滅。チューリィ村の歴史ある時計台倒壊。フリージアの教会全焼。ルピナス城一部損壊。ナズナ渓谷観測所崩壊により機能停止。ハルジオンの港半壊」
今までの比にならない規模と数の損害をナツ一人分として挙げられる。ついでに言うと、加入希望の少女が読んでいた本に載っていた
「貴様等ァ……!ワシは評議員に怒られてばかりじゃぞぉ……!」
その声と様子に、メンバーの視線が下に向き、表情も暗くなっていく。マスターの怒りを買っている事実に、少女も表情に曇りを宿して怯えていた。
が、マカロフが「だが……」と口に出すと、手に持っていた書類に火をつけた。
「評議員などクソくらえじゃ!」
一見、自分たちの上に存在する評議会を嘲るような発言を告げると、燃やした書類を前に投げ捨てる。するとまるで投げられたボールやフリスビーをキャッチする犬のようにナツが飛び掛かり、燃えている書類に喰らいついた。少女以外の全員がそれを一切気にせず、真っすぐに二階の手すりに堂々と立つマカロフに視線を向けた。
「よいか……理を超える力はすべて理の中より生まれる。魔法は奇跡の力なんかではない。我々の内にある気の流れと、自然界に流れる気の波長が合わさりはじめて具現化されるのじゃ。それは精神力と集中力を使う。いや、己が魂すべてを注ぎ込む事が魔法なのじゃ」
その場にいる全員がマカロフの言葉、表情、そして目に着目し、静かにその言葉を受け止めている。その中で一人だけかすかに違う反応を示すものがいた。他の者たち同様に真っすぐに向けた目線を柔らかく細め、口元を少し弧に描く少年シエルだ。いつだって、今自分が見上げているマスターは、己の人生を形作る言葉と生き様を教えてくれる。今自分がここにいるのも、正しく魔法を使えているのも、彼がいてこそなのだ。度々それを思わせてくれる。偉大な人物だと、少年はあらためて実感していた。
「上から覗いてる目ン玉気にしていたら魔道は進めん。評議員のバカどもを怖れるな、自分の信じた道を進めェい!」
不敵な笑みを浮かべながら、メンバーたちに語り掛けていくうちに、シエルだけでなく周りのメンバーたちにも、少女も含めて同じような笑みが浮かび始める。
「それが
そして右の親指と人差し指を伸ばしながら天高く突き上げると同時に叫んだ言葉に、歓声が響いた。腕の挙げ方に差異はあるが、全てのメンバーに共通しているのはマカロフ同様右の親指と人差し指を伸ばし、天に向けて突き上げていること。少女の近くにいたシエルも、見た目の年齢に合うような笑みを浮かべながら天高く腕を伸ばしていた。そして、先程までの数々の衝撃的な出来事や恐怖心なども吹き飛んだらしい、周りの笑顔と活気あふれる様子に、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「と言うことで、無事に一人での初依頼、達成できました!」
マスターであるマカロフの演説のような話で、ギルド内の酒場はシエルが帰ってきた時以上に大盛り上がり。その喧騒を背景に、シエルからの依頼での状況と報告を酒を嗜みながらマカロフは、満足そうに笑顔を浮かべながら頷いた。
「そうかそうか、よくやったぞシエル。思えば初めてお主とあった頃は、こうして当たり前のように送り出すことになるとは思わなかったもんじゃ」
「そうですね。色々とありましたから」
シエルの依頼での話を横で聞いていたミラジェーンも、彼との出来事を振り返りながら会話を挟む。ちなみにそうしている間にも、看板娘兼受付嬢の仕事の手は休めずに、加入希望の少女―名はルーシィだと、互いの自己紹介で知った―の加入手付きを進めている。そして残りのやることはあと一つ。
「ここでいいのね?」
「はい!」
右手の甲を差し出すルーシィに同意を尋ねたミラジェーンが、それに目がけてスタンプを押す。しばらく押してから離すと、何も刻まれていなかったルーシィの右手の甲に、
「はい!これであなたも
「ようこそ、
ミラジェーンとシエルに歓迎の言葉をかけられながら、ついに念願のギルド入りを果たしたルーシィは「わぁ!」と感嘆しながらナツに駆け寄っていった。
「ナツー!見て見て!
「あっそう?よかったなルイージ」
「ルーシィよ!!」
嬉々として知らせに来たのに振り向きもしないで素っ気なく答えた上に名前まで間違えるナツに、思わず突っ込むルーシィ。そのやり取りを見ていたシエルは思わず吹き出し、笑いをこらえだす。そしてさらに……。
「あ、改めて、歓迎するよ!ルイジアナ!」
「だからルーシィよ!あんた絶対わざとでしょ!?」
「あははは!バレた~!」
あまりにもいい反応をするものだからと、わざとらしく言い間違えると期待通り。即座に反応して突っ込むものだから、もうこらえることもできない、と言うかしない。しまいには腹を抱えて笑う始末だ。
「そうじゃシエル。手紙が届いておったぞ?」
「え、手紙?」
そんな風に
「……そっか……。元気そうで良かった……」
読み終えたと思われるその言葉とともに、彼の表情は今までの中でも一番柔らかく、どこか安堵の気持ちで溢れていた。その表情を間近で見たマカロフもまた、その顔に笑みを浮かべる。
「お主ら『兄弟』は、本当に互いを想いあっておるのう。家族として繋がっているワシらにとっても、眩く感じる絆がある」
笑みを浮かべながらシエルに告げる言葉に、告げられた本人はどこか気恥ずかしそうに目線を逸らす。だが、その視線を再び真っすぐに向けると、決意を秘めたかのように話し出した。
「マスター。俺、もっと頑張るよ。どこに行っても恥ずかしくないように、胸を張れるように、兄弟であることを誇りに思ってもらえるように。強くなって、依頼もどんどんこなして、いつか……皆に並び立てるように、今度こそ守れるように……!」
宣誓。まさにその言葉に当てはまるような力強い言葉に、マカロフだけでなく、ルーシィもナツやハッピーも、近くにいたメンバーもシエルを見て微笑みに似た表情を見せる。彼の過去を知る者も知らぬ者も、彼の言葉にある重みとその決意の強さに感化されていた。
「よし!そうと決まったら……!」
宣言したからには突っ立っているだけでいられない。シエルは
「ミラ!今からこの依頼行ってくる!」
「……ええ。気を付けてね」
差し出された依頼書を、どこか思うものがある表情で受け取りながらシエルを送り出すミラジェーン。彼女の言葉に「おう!」と返事して少年は駆けだした。その様子にベテランと思われる魔導士の一部が「元気あるよな」とか「若いっていいな~」と言った感想を零す。
これは、後々に至るまで、数々の伝説を残していくギルド・
その始まりの一歩を今、マグノリアの大通りで踏み出した。