FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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皆さん、拙い作者の我儘、及び不甲斐なさ故に、お待たせしてしまい、そしてご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。

これを書いている間、作中の展開に涙し、行き詰まった現状にも涙し、中々先に進めない自分の不甲斐なさにも涙し、ついでに思いついても多忙を極めた仕事にも涙して、散々な目に遭いましたがようやく……ようやく書き切りました!!

これにてエドラス編は終了。
来週は一話だけ番外。次に幕間章とかキャラ設定更新。それらが終わってから次章天狼島編突入となります。
リアル事情で色々な事が前後することもあるかもしれません。その時は追ってご連絡いたします。


第102話 リサーナ

まるで、時が止まったような感覚だった。

 

「ちょ、ちょっと……!!私……別に、怪しくなんか……きゃっ!!」

 

二頭身にまで縮んだ黒ネコが、捕えたと称して引っ張った縄の先。両手首を手錠のように縛られて拘束されながら、茂みから飛び出す形で連れてこられたその少女の姿を見た瞬間、呼吸の仕方さえ忘れるほどの衝撃を、彼らは受けることになった。

 

「私も、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員なんだけど……!!」

 

首元まで伸ばされた、サラサラの銀髪。アクアマリンを彷彿とさせる奇麗な青い瞳。快活な印象が与えられる、幼さがまだ少し抜けてはいないが、大半の男たちが振り向くであろう可愛らしい顔立ち。

 

その少女の事を、ナツは、ペルセウスは、そして昔からギルドにいる者たちはみんな知っている。

 

「「リサーナ……!?」」

 

リサーナ・ストラウス。

その名を呟いたのは、ナツとペルセウス。特に彼女と親交が深かった者たち。だが、本来であれば、この場にいることなどあり得ない。

 

 

 

何故なら彼女は……ちょうど二年前に、この世を去っているはずなのだから……。

 

「何なのこのネコ!!てか、エクシード!?」

 

「パンサーリリーだ」

「何だぁ?てめえ、オレのネコにケチつけようってのか?アア!?」

 

有無も言わさず自分を引っ張ったリリーに苦言を呈す少女に対して、妙にケンカ腰のガジルが詰め寄る。だが、傍目から見ているシエルたちは、そんなガジルの姿に意識を向ける余裕すらない。

 

「何で、リサーナが……!?」

 

「どう言う事……!?」

 

「そんな、まさか……!」

 

「リサーナ!?」

 

シエルにハッピー、グレイやエルザも、思いもよらない人物の登場に動揺を隠せない。昔からの彼女を知っているのなら、尚更。

 

「リサーナってミラさんたちの妹よね?でも確か……!」

 

「まさか、エドラスのリサーナが……!」

 

「こっちに来ちゃったってこと!?」

 

彼女と面識がないルーシィたちもまた衝撃を受けている。ウェンディとシャルルは、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にリサーナがいたことを知っていることから、エドラスにいた方の彼女ではないのかと考えた。だが、魔力を体内に持たないエドラスの者が、アニマの逆展開に吸い込まれるはあり得ないはず。

 

衝撃で固まっている彼らの存在に気付いた当のリサーナは、その視線の先、一番近くにいた桜髪の青年の姿を目に移すと、目を見開いて少しばかり硬直。互いに何も行動を起こさないままだった膠着状態を、リサーナが最初に破った。

 

「ナツー!!!」

 

両手を縛られている状態のままなど気にせず、足を動かして飛び込むように彼に抱き着き、ナツと共に再び地面へと倒れこむ。抱き着かれた方のナツは衝撃で痛そうな声を出していたがそれも一瞬。

 

「また……会えた……!!()()のナツに……!!!」

 

地面に仰向けになったナツの目に映った、こちらを見下ろすリサーナ。両目から涙を溢れさせて呟いたその言葉の意味を、ナツはどこか察したのか、言葉を失って彼女の顔を見ている。

 

「ハッピー!!私よ!リサーナよー!!」

 

次にハッピーの元へと駆け寄って彼を抱きかかえ、彼の顔に頬ずりし始める。かなりの力でされているため若干苦しそうだ。あまりの勢いに繋がったままの縄を持ったままのリリーが憔悴している。

 

「シエルも久しぶりだね!!その頬、ギルドに入れたんでしょ?良かったね!!背も少し伸びたんじゃない!?」

 

ハッピーへの頬ずりを続けながらも、シエルへと目を移した彼女が少年の左頬に入ったギルドマークを見て自分の事のように喜びを表す。先程のナツたちへの言葉も含めて、シエルが何かに気付いたように衝撃を受けたような表情を次々と浮かべている。

 

「グレイとエルザも久しぶり!!うわぁ!懐かしいなぁ~!!」

 

シエルから更にグレイとエルザへと視線を移し、昔を懐かしむように笑みを浮かべる。今だ茫然としている二人に気付くことなく、彼女の意識は更に別の方……ルーシィやウェンディたちへと向く。

 

「その子たちはギルドの新しいメンバーかしら?()()()ウェンディと……もしかしてルーシィ?」

 

「おい、ちょっと待て!」

 

今年に入ってから加わった少女たちの姿を見て、エドラスにいた者たちを思い出しながら口に出した名前で、彼女たちの名を当てていく。先程からの様子をただ固まってみているばかりであった一同の中で、ようやく混乱から戻ってきて彼女を止めたのは、ペルセウス。

 

「ま、まさか……お前……

 

 

 

 

 

 

アースランド(こっち)のリサーナ、か……!?」

 

この場にいる中で、誰よりも混乱を表に出しながら、彼女に指をさし、震えた声でそう尋ねた。アースランドの……元々こちらの世界で生まれ育ち、そして死んだはずのリサーナ。その本人だと言うのか?と、未だ受け止めきれない答えを確認するために。

 

 

 

「うん……そうだよ、()()……」

 

涙を浮かべてはにかみながら、そう答えた彼女の言葉……正確には、己を呼んだその愛称を耳にして、彼は確信した。そうだ……間違いない……。何故ならその呼び方は……。

 

 

 

 

『ペルー!!ねえ!待って!待ってってば、ペルー!!』

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に連れられ、そのギルドの魔導士となったペルセウス。途中やたらと勝負を吹っかける少年(ナツ)のせいで大幅に時間を食ってしまったが、早速依頼を受注して依頼先に向かおうとしていた矢先。聞き慣れない呼び名を叫びながらこちらを追いかけて呼びかける少女が駆け寄ってきていた。このまま無視し続けてもよかったのだが、どうにも気になる部分があったために、彼は立ち止まって振り向きながら尋ねた。

 

『おい。まさか、()()ってのは俺の事言ってるのか?』

 

『そーだよ!やっと止まってくれたー!!』

 

『俺、一応ペル()()()ってのが名前なんだけど……』

 

『うん、だから“ペル”!!』

 

どこか不機嫌な様子である事を主張するように顔をしかめながら振り向いて尋ねたペルセウスに、反応を示してくれたことが嬉しかったのか元気よく少女は答える。この頃の、まだ来たばかりで警戒心が抜けていないペルセウスは、屈託のない笑顔で言い切ったリサーナに対しても、どこか素っ気ない態度で邪険に扱っていた。

 

だが反応は見ての通り。話を聞いているのかいないのか分からないほど、清々しい笑顔を浮かべて返事をする少女に、しかめていた彼の表情がさらに億劫そうに歪む。

 

『誰もそう呼んでくれって言ってないのに、何勝手に短くしてんだよ』

 

『だって、ペルセ……ペルス?ペルソース、って呼びづらいもん』

 

『ソース言うな!!』

 

そんなに言いづらいうえに覚えにくい名前だろうか、自分の名前は。だがそれにしたってソースはないだろう。色んな意味で。思わず心の中の声が口から叫び声になってしまうぐらいの衝撃を受けながら、若干の怒りを表に出しても彼女は一切怯む様子がない。呼びづらいと言う言葉で浮かべた困ったような顔のままである。

 

『それに……ペルとは仲良くなりたいから、呼び方を変えたらなれると思って』

 

『……はあ?』

 

少しばかり顔を俯かせながら呟いた言葉に、少年は理解が出来なかった。仲良くなりたい?今日来たばかりの新人であり、つい先程ギルドメンバーを(向こうが攻撃を仕掛けたとはいえ)吹き飛ばしてきた自分と?

 

ギルドと言う場所に、いい思い出を抱えていないペルセウスにとって、彼女の言葉はまるで別世界での話のようにも聞こえた。だが、そんな彼にはお構いなしと言わんばかりにリサーナは続ける。

 

『えっとね?何でかは分かんないんだけど、さっきペルを見た時、何と言うか……放っておけないなぁって思ったの。どこか、雰囲気?みたいなものが、何だかミラ姉みたいだなって』

 

『ミラ、姉……?お前姉貴がいるのか?』

 

『うん!あとエルフ兄ちゃんも!』

 

血の繋がった姉や兄。その存在がいると聞いたペルセウスは、彼女が自分に感じたものを、何となく察せたような気がした。既視感。自分の姉の……下の弟妹(きょうだい)がいる者としての雰囲気を、自分にも感じたのだろう。彼にも弟が……己の命よりも大事な存在がいるから。

 

そしてそんな彼が、まるでこの世の全てに絶望をしているかのような表情を浮かべていたことで、放っておけないと感じた、と言うところか。

 

『別に俺は、誰かと仲良くしたいと思わない。お前も俺なんかに構う必要なんかねえぞ』

 

『“お前”じゃなくて、リサーナだよ!それに、そんな悲しい事言っちゃダメだよ!!』

 

『悲しい……?』

 

理由を聞いても素っ気なく返し、踵を返して依頼に向かおうとしていた彼の歩を、またも彼女の予想外の言葉が引き留めた。態度自体は、名前で呼んでくれない彼に対して拗ねたかのような口ぶりだったが、彼女が言った自分の言葉に対する『悲しい』と言う例え方が、何故だか妙に気になった。

 

『マスターが言ってた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、血が繋がってなくても、みんな家族みたいな存在なんだって。ミラ姉たちだけじゃなくて、ナツとハッピーや、グレイや、エルザも、みんな家族のように思うから、仲良くしてると嬉しいって!』

 

ギルドは家族。そう言えば、そのような言葉をマスター・マカロフも自分に言っていた気がする。自分にとっての家族は弟一人しかいないと考えていた自分にとっては、考えられないような言葉だった。しかしあの老人も、目の前の少女も、恐らくあのギルドにいる者たちのほぼ全員が同じ意見を持っているのだろう。

 

『だからね、ペルももう、私たちの家族なの!仲良くしないと……ううん、仲良くしたいって、私は思ってる!!きっと、ナツも同じだと思うよ!』

 

『あいつ、いきなり勝負吹っかけてきたけど?』

 

『あれがナツなりの仲良しのなり方なの。グレイともケンカしたり、エルザやギルダーツにも勝負を挑んで負けたりしてるし』

 

『それ、ホントに仲良しになれてんのかよ?』

 

『ケンカするほど仲がいいって言うでしょ?』

 

有無を言わさず勝負を挑んできたナツの様子を思い出しながら、若干呆れも混じった困惑の表情を浮かべて聞くと、さっきとはまた打って変わって笑顔を浮かべながらリサーナは答える。コロコロとよく表情が変わるな、と思いながらペルセウスは溜息を吐きそうになるほど脱力した気持ちになった。

 

『ペルも多分、前にいたところで、辛いことがたくさんあったんだよね?』

 

そこへ思わぬ言葉をかけられたことで、気付けば目を見開いて彼女の顔に再び目を移す。浮かべていたのは、悲しみを抱えたような笑み。

 

『何となく、分かるんだ。私たちも、そうだったから……』

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に魔導士として属する子供たちは、大抵過去に居場所を失ったか、あるいは言葉にするのも憚れるような環境下だったことがほとんどだ。後に目の前の彼女も、親を早くに亡くし、兄弟姉妹(きょうだい)共々村を追い出された過去がある事を知る。すぐに立ち直るのは、前を向くのは難しいだろう。だがそれでも、彼女は願う。

 

『でも私たちは、ここに来れたから、今はすっごく楽しいんだ!だからペルも、ここが楽しい場所と思ってくれるように、みんなの事を家族と思って、仲良くなってくれると、嬉しい!!』

 

今日初めて会った、言ってしまえば赤の他人。いくらギルドのメンバーに加わったとは言え、会ったばかりの自分に対して、輝かしい程の笑顔を浮かべながら言い切ったリサーナ。その笑顔を見たペルセウスは、そんな彼女の笑顔からしばらく目を離せなかった。理由は分からない。何もかもが劇的に変化した環境。その環境の違いさえ、以前の環境とは正反対な人格を持った人間を生み出す理由となるのか。

 

そしてしばらくし、一切の言葉を失っていた少年は、何も言わずに彼女から背を向けて歩を進め出した。

 

『え!?ちょ、ちょっと!!?』

 

しばらく無言でこっちを見つめていたと思いきや、何も言わずにそのまま立ち去ろうとする少年に、驚愕と共に呼び止めようとする。だが、足を止めないままではあるが、背後にいる彼女に向けて少年は言葉を返した。

 

『そろそろ行かねえと遅れるからな。帰ってから、仲良くするかどうか考えとくよ、“リサーナ”』

 

それを聞いて、慌てて呼び止めようとしていたリサーナの表情が、見る見るうちに輝くものを見るかのように笑顔になる。距離を縮められただろうか。いつかは、彼が抱えている闇も払って、家族として接し合えるようになりたいと、彼女は切に願った。

 

『うん!ペル!行ってらっしゃーい!!』

 

大きく手を振りながら大声で彼を見送るリサーナに、ペルセウスは今度は言葉ではなく、彼女にも見えるように片手をひらひらと振って答えた。

 

 

 

 

「リサーナ……本当に、お前……!!」

 

ペル。彼の事をそう呼び始めたのは、リサーナが最初だった。きっかけは些細な事。それが徐々にギルドで浸透し、誰もがペルセウスの事をそう呼んでいた。エドラスではマスターを務めている為に、仮に向こうの彼女だとしても“ペル”とは呼ばない。故に確定していた。彼女が紛れもなく、自分たちが知ってるリサーナであることが。

 

「生き返ったのかー!!?」

「わーい!!」

 

「ま、待て!!お前は2年前……死んだはずだ!生き返るなどあり得ん!!」

 

ペルセウスだけでなく、仲間たちも各々驚愕の反応を示す中、ナツとハッピーが涙を流しながら彼女の元へと喜びながら飛び込もうとする。が、エルザがそれを襟首を掴んで制止し、リサーナに視線を向けながら尋ねた。そうだ。人が蘇生する方法は、魔法がありふれたこの世界においても、理論上に存在はしても、禁忌とされている。決して犯してはならない魔法だ。

 

「私……死んでなんかなかったの」

 

だがリサーナから語られたのは、彼らが知るものとは全く異なる事実。彼らの知ってる彼女の顛末は、2年前に仕事先で暴走に陥ってしまったエルフマンを止めようとしたリサーナがその攻撃を喰らい、そのダメージが元で息絶え、亡骸さえ残らないまま粒子となって空へと消えて行った。

 

 

だが、彼女はまだその時、生きていたのだ。正確にはその時意識を失い、偶然仕事先に、アースランドにいくつもあった小さいアニマの一つに吸い込まれ、そのままエドラスへと流れついた。

 

「アニマに!?だとしたら、尚の事おかしいだろ!アニマに吸い込まれたのなら、エドラスで魔水晶(ラクリマ)に変えられるはず!!」

 

リサーナがアニマに吸い込まれたのではないかと言った直後、それに対して疑問と否定を告げるペルセウス。彼はミストガンから聞いていた。アニマと言う魔法を使い、アースランドの人間を魔力へと変えて、形の無い物に使おうとしていることを。魔水晶(ラクリマ)にされ、魔力として使われれば、二度と元の形に戻る事なく消えてしまう。ミストガンからその話を聞いていたペルセウスは、その時悟っていた。

 

「リサーナがエドラスによって奪われ、魔力として使用されて消滅してしまった」のだと。

 

「あれ?けどペルさん!アニマを()()()()魔水晶(ラクリマ)にされるなら、ナツやシエルたちも通ったり、あたしたちもミストガンに送られたりした時点で、魔水晶(ラクリマ)にされるはずじゃ……!?」

 

「っ……!!?」

 

だが、彼の話を聞いて妙な点に気付いたルーシィがその事を知らせると、ペルセウスもその事実に気が付いた。魔水晶(ラクリマ)にされたのは、あくまでアニマを開くと同時に魔力を吸収すると言う性質を王国側が使った時、その対象となっていたマグノリアやその住人達。

 

だがアニマを使ったことで出来た、アニマの残痕から世界を渡った際は、魔力になることなく、元の形を維持できていた。もしその違いが、リサーナの時にも適用されていたら?

 

「ルーシィの言う通り。私が通ったのは、アニマの()()()()だと思う」

 

エドラスに渡っても、元の形のままでいることが出来たリサーナ。目を覚ました時には混乱ばかりだったらしい。何もかもが変貌している異世界に、自分一人だけが倒れていたことに。

 

更に近くを歩いていると、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)を見つけて、より驚いたそうだ。雰囲気が大分違ってはいたが、彼女の知る者たちがそこにはいた。そしてギルドのメンバーは、自分の姿を見るなり大層驚き、そして一時の静寂の後、喜びで盛り上がった。

 

『リサーナが生きてたよ、姉ちゃん!!』

『よくあの高さから落ちて……私もうダメかと……!!』

 

雰囲気の違う兄や姉が、知ってる者たちも、知らない者たちも、一様に自分の無事を喜んでいる様子を見て、リサーナは察した。エドラスに元からいたリサーナは、彼らの知る本当のリサーナは、もうこの世にいないのだと。

 

涙を流して「もうどこにも行かないで」と自分を抱きしめるもう一人の姉と兄の姿を見て、彼女は本当のことを言えなくなった。右も左も分からない中で、帰る手段も分からない。それに今言ってしまうと、きっと彼らを傷つけてしまう。だから彼女は決心した。エドラスのリサーナのフリをして、生きていくことを。

 

最初は戸惑ったが、記憶が混乱していることにし、少しずつエドラスの事について学び、ギルドに合わせて、自分の魔法を隠して、エドラスでの生活にも慣れてきていた。

 

「そして2年が過ぎ……6日前……アースランドのナツとハッピー、そしてシエルがやって来た」

 

「あ、あの時……!!」

 

仲間を取り戻すためにエドラスへと降り立ち、手掛かりを探す道中で見つけた、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)。リサーナの姿を見つけて涙が浮かび、ナツとハッピーが飛び込みに行ってエドルーシィに纏めて蹴り飛ばされた時。彼女は気付いていたのだ。自分がよく知るナツとその相棒。そしてもう一人、弟のように接してきた少年が、その場に来ていたことを。

 

「何であん時本当の事言わなかったんだよ!!?」

 

「……言えなかったんだ……」

 

慟哭のように叫んだナツの言葉に、俯きながら彼女は答える。言えなかった。言えるわけがなかった。あの時の胸の痛みを、彼女はよく覚えている。

 

『その事も含めて話すよ。みんなにも。俺たちの事…そしてここにいるナツの事も…』

『シエル…。それが君の名前…ですよね?』

『それでも行かなきゃならねぇんだ!仲間が待ってる!』

『仲間や家族を見殺しにするくらいなら、俺は死ぬことを選ぶよ』

 

アースランドから来たと言うナツたち。それが、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)と話をしている中、遠巻きに見ていた彼女の半信半疑だったその推測を確定させてしまい、彼らに気付かれずにギルドの外へと出た。出たことにアースランドの魔導士で気付いたのはナツだけ。しかしそれ以上深く踏み込もうとはしなかった。

 

『(ナツだ……!私の知ってるナツとハッピー……シエルもいた……!!)』

 

扉の前で、声が漏れないように口元を手で覆い、溢れ出てくる涙をこらえようと歯を食いしばる。バレてはいけない。彼らにだけは、決して。気付かれれば、この世界の姉と兄はまた悲しんでしまう。もう、二度とそんな事、させたくない。

 

『(こらえなきゃ……!私はエドラスで生きていくんだ!!)』

 

昔からの家族の元に、生まれ故郷に、帰りたいという本音を押し殺す。それによって張り裂けそうになっている心にも、見てみぬフリで蓋をする。もう決めたのだから。考えてはいけない。そう自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

だが、彼女のそんな決心は、意外な形で打ち砕かれることになった。

 

アニマの逆展開。魔力をアースランドへと流し、魔力を持つアースランドの魔導士やエクシードも、そのままアースランドへと吸い込まれていったあの時。元々はアースランドから来たリサーナもまた、その対象となっていた。その証拠を示す体の発光。周りの仲間たちの混乱とどよめきを受ける中、必死に弁明しようとするも、そのまま宙へと浮かび上がってしまう。

 

そんな彼女の手を優しく掴み、彼女の上昇を止めながら、エドラスのミラジェーンは涙を浮かべながらも優しく微笑んでいた。

 

『いいの。分かっていたから……』

 

その言葉を聞き、リサーナは虚を突かれた。彼らは知ってたのだ。リサーナが、自分たちの本当の妹じゃない事を。本当の自分たちの妹は、あの時に既にいなくなっていて、彼女がそれを知りながら、自分たちの妹として振舞っていてくれていることを。気付いていながらも、言い出せなかったのだ。

 

死んだエドラスのリサーナと同じぐらいに、優しい子。だからこそ、彼女の本当の姉と兄を、これ以上悲しませてはいけない。いつか来ることが分かっていた別れ。これからは、本来の兄弟姉妹(きょうだい)の元で、過ごすべきなのだ。

 

『元の世界に帰るのよ、リサーナ。アースランドの私たちに、よろしくね』

 

その言葉を最後に、彼女はもう一人の妹の手をそっと離す。それによって押さえていた浮遊が再び起こり、リサーナの身体は、元の世界へと繋がる門がある上空へと、流れていく。最後まで笑顔でいようとしていたもう一人の姉が、耐え切れずに泣き崩れ、もう一人の兄に支えられる姿を見ながら、リサーナは手をさし伸ばして、空へと昇って行った。

 

『ミラ姉ぇ~~!!!』

 

 

 

 

 

「そして今……私もアースランドに帰ってきた……。これが、エドラスで私が過ごしてきた、全て……」

 

語り終わったリサーナの話に、全員が言葉を失っていた。

 

死んだと思っていた事故で、奇跡的に彼女は一命をとりとめ、アニマによってエドラスに一時的に移住と言う形となっていた。そして2年もの間、エドラスでのことを学びながら生活していた。

 

そして何の因果か。エドラスが妖精の尻尾(フェアリーテイル)を魔力の元として求めなければ、リサーナがエドラスに流れていたことも、彼女がアースランドに戻る事もなかった。

 

「ごめんね……私、みんなに何て言ったらいいか……」

 

彼女自身も予期できなかった、事故によって起きた事ではあるが、結果的にリサーナはアースランドの故郷を離れて、エドラスで生きていこうとしていた。そう決意した矢先に、アースランドにこうして戻ってきてしまった。

 

「何も言わなくていい」

 

罪悪感を抱えて俯いていたリサーナに、そう言いながら近づいたのはナツ。俯いていた顔を上げて彼女の目に映っていた彼の顔は、笑顔だった。

 

「昔、約束しただろ?お前が消えちまったら、オレが見つけ出してやるって」

 

それはまだ、ペルセウスたちがギルドに来るよりも前の事。森の中で迷子になり、猛獣に囚われたリサーナを助けようとして叶わず、偶然帰ってきたギルダーツが代わりに助けた事があった。

 

ナツはその時、ただただ悔しかった。リサーナを助けるどころか、かっこ悪い姿を見せてしまっていたことに対して。しかし彼女は悔しそうに涙をこらえていたナツに、こう言った。

 

『もしもまた、私が消えてしまうようなことがあったら……ナツが見つけ出してくれる?』

 

「あん時の約束を、オレは果たしただけだ。だからもう、何も言わずに帰ってくりゃいい。あん時みたいに……!」

 

「ナツ……!」

 

笑顔を深めながら、いつもの通り……家族と一緒にいた頃のようにすればいい。そう言ったナツの言葉に、彼女は虚を突かれたように目を見開きながら彼の名を呟いた。

 

そんな彼女の元に、近づいてくる人物が一人。ナツと同様に親交が深かったペルセウス。近づいてくることに気付いたリサーナが名前を呼ぼうとすると、ペルセウスは右手を彼女の額に近づけたと思うと、彼女の額を軽く指で弾いた。俗にいうデコピンで。

 

「痛っ!?」

 

「ったく……前までは図々しくて遠慮もなかった癖に。向こうで気を遣う事でも覚えたか?」

 

「な、何よその言い方ぁ……!!」

 

ペルセウスの感覚では軽くだが、それでも彼女にとっては十分痛いのか、額を押さえて涙目になり、その上彼の言葉に抗議を示す。だが、呆れるような表情で顔を下に向ける彼の言葉は、まだまだ終わらない。

 

「何も言わずにどっか行ったと思ったら、こっちが冷や冷やさせられるような行動を起こしやがって。ナツと揃って橋の宙づりになったり、俺が討伐予定のモンスターに追いかけまわされたりして、何度心臓が止まりそうになったか」

 

「うっ……!」

 

「そのくせ口だけは大人ぶって、ませた態度でミラやエルフマンに何度も小言言わせたり、大人たちをからかったり」

 

「ううっ……!!」

 

「しつこいぐらいに近づいてくるくせに、いざって時には勝手に消えて、俺たちみんなに心配をかけて……どうしてこう……!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

容赦も情けもない口撃の嵐。その一つ一つにリサーナが図星を突かれたように呻くような声をあげ、最後には思わず謝罪の言葉。もう色々と違う意味で心をボコボコにされたかのように泣きそうな顔を浮かべる。

 

だがその後、ペルセウスはリリーに縛られていた彼女の両手首を拘束する縄を簡易的な魔力の刃で斬ってほどき、直後彼女の肩に右手を置いて、そのまま自分の方に引き寄せて抱きしめた。唐突に彼が起こした行動に、驚愕に染めた彼女の顔に熱が集まり、周りもペルセウスの大胆にも見える行動に各々驚愕の反応を見せる。特にルーシィとウェンディはリサーナ以上に顔が真っ赤だ。

 

「生きてて……良かった……!!」

 

右手で頭を、左手で背中を優しく抱えながら、声を少し震わせて出した言葉。それを耳にしたリサーナは、溢れていた涙を更に多くし、またもその頬を雫で濡らす。

 

「もう二度と……帰ってこないと、正直諦めちまった……!けど……心の底から今、嬉しく思ってる俺がいる……!!」

 

自分の顔を見せないように、震えている声に気付かれないように、気丈に振舞っていたペルセウスの仮面が剥がれ落ちる。リサーナと同じようにその頬を濡らし、衝撃と歓喜で打ちひしがれる心が、彼の中に、どこか今までかかっていた暗雲が、彼方へと散って晴れていく。

 

「信じてやれなくてごめん……!よく生きててくれた……!よく、帰ってきてくれた……!!」

 

「帰って、これたんだね……!!ペルが、ナツが、ハッピーもシエルたちもいる、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に……!!」

 

彼らの頬に次々と流れる雫たち。このマグノリア全域に降っている雨とは確実に違う、暖かい雫が流れていき、互いの存在を確かめ合うように、リサーナもペルセウスの背中に手を回す。生きている。あの時に失われたと思っていた、大切な存在が。確かめるように、証明するように、その温もりを実感させてくれる。

 

「(兄さん……本当に良かった……!)」

 

それを後ろから、涙を浮かべて、自分の時よりも嬉しそうに笑みを浮かべながら見ている弟。彼女を失ったあの日から、ショックで塞ぎこみがちだった自分を、兄は自身の傷ついた心にも鞭を打って、弟を励ましてくれた。本当は自分よりも、いや自分の想像よりも大きな傷を負い、その心に影が生じていただろうに。

 

だから今、彼の傷が癒え、闇が払われ、愛していた少女と再会できた兄の姿を、これ以上ない程喜んでいる。それだけで、十分。

 

「シエルはいいの?」

 

が、横からそんなシエルが思いを寄せる少女の声に、思わず声を出して反応を示す。その顔には、シエル同様涙が浮かんでいるが、彼に向けて優しく微笑んでいる。普段であれば見惚れるところだが、今シエルの頭には、先程の彼女の言葉の意味を理解することでいっぱいだ。

 

「リサーナさんに会いたかったのは、シエルも一緒だったんだよね?」

 

「それは……でも……」

 

兄が喜んでいるだけで十分。というのは、半分は本音だ。しかし気付かれないように押し込んでいたもう半分、リサーナとの再会を心から望んでいた自分自身の感情。それをウェンディは見抜いていた。シエル自身も気付けなかった彼の感情の揺らぎを、まるで見透かしていたかのように。

 

「シエル」

 

兄の邪魔をするべきではないと考えているシエルが、ウェンディの言葉に口ごもり、動こうとしなかったのだが、直後に彼の名を呼ぶ声が、リサーナから発せられる。彼らの様子に気付いていたペルセウスが、気を利かせてリサーナから身体を離し、シエルの方へと向かせている。

 

「おいで」

 

既に解放されていた彼女は、慈愛を抱いた笑みをシエルに向け、両手を少し開きながら一言。まるで小さな子供……幼い弟や息子に、姉や母が向けるかのような仕草。まだ幼く見えるが齢14の少年であるシエルには、本来であれば羞恥が勝って受け入れられないはず。

 

だが、一瞬虚を突かれて目を見開いたシエルは、徐々に目元に浮かべる涙を増やし、表情も徐々に涙に比例するように歪んでいく。そして、彼女の元へと考えるよりも先に、自然と足が動いて歩きだし、次第に早まって駆け足となった直後、両手を広げて待っていたリサーナに飛び込んだ。

 

「っ……ぁぁああああっ!!会いたかった!ずっと……ずっとリサーナがいなくて……!俺、もっと強ければって、一緒にいられればって……何度も……何度も……!!」

 

「うん……悲しませて、ごめんね……。これからは一緒にいるから……」

 

「絶対!一緒にいてね!もう、俺たちの前から、いなくならないでよ!!“姉ちゃん”!!」

 

いつものような、周りの大人たちよりも大人らしい言動をする少年は、その時だけ、年相応な、それよりも幼い印象を与える姿になっていた。どこか彼の心の中で、リサーナがいなくなった2年前から、一部の想いが止まっていたかのような。

 

大好きな姉に甘える弟のような。普段では見られない子供らしいシエルと、それを受け止めるリサーナの姿を見て、誰もが彼らに優しい笑みを向けていた。特にウェンディは、心の底に封じていた想いを惜しみなく出すことが出来たシエルに、これ以上ない程の安堵を感じている。優しげに細めた双眸から、未だ雨は降り止まない。

 

「よーし!じゃあ次行こうぜ、リサーナ!」

 

「え?」

 

シエルを優しく抱きしめていたリサーナに、突如弾けるような声を発して謎の提案を出したナツに、思わず目を向ける。次とは?と言いたげなリサーナに向けて、ナツは笑顔をそのままにしながら、こう続けた。

 

「今、ここにいる奴ら以外に、一番お前が会いたがってる、家族のところに!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

カルディア大聖堂。

荘厳な雰囲気を纏った巨大な建造物が建つ敷地内。建物の周囲にはマグノリアの街に住まう者たちの集合墓地が存在し、日によっては建てられた墓に親族がお参りすることもある。そのうちの一つに二人、亡き家族へ会いに来た者たちがいた。

 

墓に刻まれた名は『リサーナ』。

その前に膝を折って佇むのは、誰もが見惚れる美しさを持つ穏やかな彼女の姉、ミラジェーン。そして降りしきる雨から、大きな傘をもって姉を守るのは、兄である屈強な大男、エルフマン。

 

「姉ちゃん、そろそろ行こう……」

 

「……もう少し……」

 

妹が事故で死んでから、2年。普段は悲しみを乗り越えたおかげか明るく振舞うことが出来るが、この時期になると、どうしても思い出す。不幸にも起きてしまった、己のミスが招いてしまったあの事件を。

 

墓にどれだけ語り掛けようと、影も形も残さず消えてしまった妹には届かない。そんなことは、ミラジェーンも、エルフマンも分かっている。だが、この場で彼女に祈り続けていると、今にも彼女の声が、彼女の顔が、浮かんでくるような気がするのだ。

 

もう戻ってくることなど、ないと分かっていても、縋りついてしまう。帰ってくる頃には立ち直っておかなくてはいけないと思いながらも、その場を動くことが出来ない。もしここから離れてしまえば、また彼女の繋がりが消えてしまうかも、と思う自分が存在している。

 

 

 

 

───ミラ姉ぇー!!

 

ああ……本当に声が聴こえてきた。幻聴だろうか。忘れるわけがないと思いながらも、引きずったままでいる自分に、都合のいい声が頭の中に浮かんでいるのだろうか。いつまでも燻ぶってはいけない。彼女は……リサーナはもういない。振り払わなければ……。

 

 

 

 

 

「ミラ姉~~!!エルフ兄ちゃーん!!」

 

「!?」

 

だがしかし、どうしたことか。幻聴と思っていた彼女の声は、後方から、しかも先程よりもより近くに、より鮮明に自分たちを呼んでいる。後ろに佇む弟も、今の声に気付いた事だろう。まさか?もしこれが幻聴だとしたら、空しい事実を実感するだけ。だが彼女は、弟は、そんな思いが過るよりも先に、声のした方へと振り向いた。

 

 

 

 

 

傘もささず、雨に打たれて濡れることも厭わぬまま、必死にこちらへと駆け付けてくる、自分たちと同じ髪の色、目の色を持った、記憶にある姿より成長した少女。振り向いた途端にその顔に浮かべた笑顔は、かつてよく見ていたものと変わらないまま。

 

夢だろうか?幻覚だろうか?しかし傍にいる弟も、あまりに衝撃的な光景を目にしているのか、手に持っていた傘をそのまま離して落としている。

 

「ウソ……!」

 

溢れる涙を止めないまま、笑顔を浮かべて妹は近づいてくる。2年もの間、離れ離れだった姉と兄の元へ、真っすぐに。

 

一瞬、本物じゃないのかもしれないという考えが過ったが、己の心が、直感が、彼女が紛う事なき本物であると告げていた。傘を落として、自分たちを濡らす無数の雨雫とは別の、暖かい雫が、自分たちの頬を塗らしているのが分かった。

 

「リサーナ……!!」

 

気付けば、彼女は自分へと抱き着き、自らもこの手で妹を抱きとめた。奇跡だ。空へと光の粒子となって、この手から消えていってしまったはずの彼女が、今、こうして生きている。確かな温もりを抱えたまま、ここに存在している。

 

「ただいま……!!」

 

心と一緒に震えた声で、妹が自分へと言う。本当に、本当にあの時の、いなくなったと思った妹なのだと。嗚咽と涙が止まらないエルフマンが姉と妹を包むように抱きしめ、互いの存在を確かめ合いながら、リサーナが来た方向に、ギルドの仲間たち数人が優しげに見守っていたことに気付きながら、ミラジェーンは妹の言葉に、笑顔で返した。

 

「おかえりなさい……!!」

 

雨と涙に濡れながらも、弟と共に妹を迎え入れた彼女の笑顔は、2年前以来に見られなかった、彼女の心からの笑顔だった。

 

今、ここにようやく、3人の兄弟姉妹(きょうだい)が、再会を果たした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

夢を見る。あの頃の、幸せなひと時の事を……。

 

 

夢を見る。まだ、その手の中に大事なものを掴めていた時の……。

 

 

幸せな記憶が宿った泡が、次々と浮かんでいき、遠い所へ登っていく。

 

 

掴みたくて、離したくなくて、それでもなお、水泡は手から零れていく。

 

 

どんなに藻掻いても、足掻いても、まるで嘲笑うように、彼女の記憶を連れていく。

 

 

 

 

───どうして……どうして行っちゃうんだ……!!

 

───嫌だ!忘れたくないよ!!どこにも行かないでよ!!

 

───こんなに手を伸ばしてるのに……どうして……どうしてだよ!!

 

 

必死に手を動かし、彼女が映る水泡を掴もうとしても、掌から簡単にすり抜ける。

 

 

次第に、手足の感覚も、意識も、徐々に薄れていき、更に深く暗い、底の方へと沈んでいく感覚に襲われる。

 

 

───……駄目だ……。もう、何も……考え、られ……

 

 

 

 

 

 

 

───…エル……!シエル!しっかりして、シエルッ!!

 

 

誰だ?自分の名を呼ぶのは?

 

 

誰だ?自分に手を差し伸べるのは?

 

 

このまま深く、長い眠りにつこうとしていた自分を、呼び覚ますのは?

 

 

───お願い……!気付いて!手を取って……!!

 

 

力を失って投げ出した四肢と共に、身体も深い底へと引きずり込まれそうな引力を受け、思考も安定しない中、この手を取らないと、という一心のみが働き、阻もうとする力を振り払って、考える余裕もなく少年はその手を取った。

 

それを認識した手の主は、深いはずの水の中に、反対側の手を突っ込んで、少年の右手をガッチリと掴む。

 

そして、手の主は少年の身体を引っ張り上げた。ただされるがまま、引かれるがまま、暗く深かった底から徐々に明るい場所へと引っ張られていく。

 

明るい場所へと引っ張られる度に、上へと昇って行った思い出が映る水泡たちが、逆にそこの方へと落ちていくと錯覚するほどの速度。

 

 

 

そして、眩い光に視界が覆われたと感じた瞬間、周りの水の感覚は消えていた。

 

 

 

「ぷはっ!!カッ……ケホッケホ!!」

 

 

否、今までいた水中から、水面の上へと出てきたのだ。水上に浮かぶ、陸地から引っ張って来たであろう手の主によって。

 

「シエル、大丈夫!?私が分かる!?」

 

声からして女性。それも、まだ少女と言える年代のもの。自分の兄と同年代程だろうか。いや、その前に自分は、この声に聞き覚えがあった。

 

そして朦朧としていた意識がはっきりし始めると、自分の手を引っ張り、陸地にあげた少女の存在を認識できた。

 

それは何度も、水泡の中に映り、先へと過ぎていった、思い出の中でしか、その存在を確認できなくなっていたはずの少女。失ったと思っていた2年の成長を得た状態で、彼女はそこに存在していた。

 

「リサーナ……?」

 

「よかった!気が付いてみたいで!ちょっと待ってて、今、こっちも引き上げるから……!!」

 

こちらの意識が戻り、彼女の名を呼んだことで、心配そうに見ていた表情がパッと明るくなる。だがシエルの安否を確認してすぐ、シエルが沈んでいたと思われる水中……恐らくは湖に再び両手を突き入れて、そこから新たに引き上げた。

 

引き上げられたのは、自分と同様に意識を失いかけた状態で水の中にいたと思われる、兄・ペルセウスだった。

 

「兄さん!?」

 

弟である自分同様、リサーナに引き上げられた直後に何回か咳き込み、直後、リサーナへと目を移すとやはり驚愕の反応を見せる。何がどうなっているのだろう?

 

「ふぅ……もう、二人とも揃って溺れていたの見つけて、ビックリしたんだから」

 

「お、溺れてた……?」

 

兄と顔を見合わせて状況の整理をしようとするも、どちらも一切理解が追い付かずに首を傾げていた矢先、リサーナから言われた状況に更に疑問符が浮かんだ。曰く、たまたま通りかかったところに覗き込んでみると、シエルもペルセウスも湖の中で溺れていたらしい。

 

前後の記憶が全く無いため、どうしてこんなところにいたのか、溺れていたかも定かじゃない。そもそも……。

 

「(あの感覚は……今まで夢でしか見たことがなかったはずなのに……)」

 

ふとそう頭の中で整理していると気付いた。よく周りを見渡してみると、その湖や周りの景色に見覚えがない。ここに来るまでの経緯も一切思い出せない。

 

 

 

まさかこれは……自分はまだ夢の中にいる?

 

「リサーナ……お前、どうやってここに来たんだ?」

 

「どうって……普通に歩いて来ただけよ?さっきもいったけど、たまたまここに着いただけだし」

 

兄も同じような疑問を思ったのか本人に尋ねてみるも、キョトンとした顔で当たり前のように答えるリサーナ。小首を傾げた様子でいたが、深く考えることを得意としない彼女は特に違和感と感じることもなく、そのまま立ち上がった。

 

「二人とも変なの。まあいいや。そろそろ帰ろ?ナツもハッピーも……ウェンディたちも、みんな待ってるよ?」

 

笑みを浮かべながらこちらに向けて言った彼女は、そのまま踵を返してギルドと思われる方へと歩き出す。シエルは何かにハッと気づいた顔を見せて、彼女の後を追おうと立ち上がり、彼女の背中に声をかける。

 

「あ、待ってリサーナ!」

 

「ん?」

 

シエルに呼び止められて立ち止まった彼女は、背中を見せたまま首を横に向け、目線だけを少年へと向ける。それを確認し、一呼吸の間を開けた直後、シエルは口角を緩く上げてリサーナに伝えるべき言葉を口に出した。

 

「あの……助けてくれてありがとう。それから……」

 

「俺からもありがとな。加えてもう一つ、これだけ言わせてくれ」

 

シエルの言葉に続くように、同じく立ち上がってシエルの右後ろの位置に近づいたペルセウスも感謝の言葉を挟む。そして兄弟揃って、穏やかな、心から安らいでいる者が浮かべる笑顔で、今目の前の彼女に伝えるべきその言葉を、口に揃えて告げた。

 

 

 

 

 

「「おかえり。リサーナ」」

 

兄弟からの言葉を聞き、驚きに目を見開いてこちらに振り向くリサーナ。しばらくその事に硬直していた彼女は、次第に彼らと同様に口元に笑みを浮かべる。そして、笑顔を浮かべながらこう返した。

 

 

 

 

 

「ただいま!!」

 

 

 

 

 

そんな彼女が浮かべた笑顔は、昔と何一つ変わらない、リサーナの輝かしい笑顔だった。




おまけ風次回予告

シエル「改めて、リサーナおかえりー!!こうしてまた話せるなんて……俺……まだ夢を見てるみたいだ……!!(泣)」

リサーナ「もう、シエルったら大袈裟だよ?けど、私も何だか夢みたい。シエルや、ナツやペルと、こうしてまた会えるだなんて。みんなエドラスだとまるで別人だから」

シエル「あ、そっか。向こうだと兄さんはマスターで弱々しいし、ナツもオドオドしてるから、全然イメージ違うよね」

リサーナ「あと、シエルの事は話でしか聞かなかったのよね。遠くから少し様子を見たぐらいだったし」

次回『二つの世界のその後』

リサーナ「みんな、今頃どうしてるかな?」

シエル「きっとミストガンが、これからいい国にしていくと思うよ。それに向こうの兄さんや俺たちも」

リサーナ「そうよね……。きっと大丈夫よね!」
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