FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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本当は先週に投稿したかった。(懺悔)
想像以上に書くことが増えて書くのに集中したかったのに休日出勤とか…!

前書きと次回予告も遅刻ですし、本当にごめんなさい…。

次回は来週に更新できるように頑張ります…!
でないと、キタ〇ミの里でチャ〇スとランデブーなんて夢のまた夢だぞ…!!←


第8章 天狼島後編ー激戦の悪魔の心臓(グリモアハート)
第126話 ブルーノート


天狼島。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地とされ、初代マスターであるメイビス・ヴァーミリオンが眠る地でもある。この島は本来、島周辺の海流の影響により気候は常に常夏のように温暖。猛暑となる日がほとんどだ。

 

そんな島の全域を、今は珍しい雨雲が島内を覆い隠しており、止むことのない雨が降り続けている。そして雨の中を足早に駆けている一団が存在していた。向かう方角はギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーが集合地としているベースキャンプ。重傷で未だに目を覚まさないマスター・マカロフを背負うナツを先頭に、シエルたちも同じ方角へと駆け足で向かっていた。

 

「ドランバルトさん、大丈夫かなぁ……」

 

「今は自分たちの事を考えておこう」

 

「そうよ。ほっとけばいいのよ、あーゆーのは」

 

所々に出来た水溜まりを踏み鳴らす音を響かせながら、再び別れたドランバルトを気にかけるウェンディ。対するシエルとシャルルは、振り向くこともせず目の前のやるべきことに目を向けている様子だ。半分ほど、ドランバルト個人に対する敵愾心が残っていることが原因にも見えるが。

 

「あたしはカナも心配……。どこではぐれたんだろ……」

 

「キャンプにいるといいね」

 

ルーシィは自分がパートナーとして同行していた仲間、カナの安否が気になるようだ。彼女の視点からすれば、気付けば気を失っていて、カナの姿が急に消えていたのだから、無理もないだろう。

 

各自様々な心境を抱えながら森の中を駆けていたが、その足は前方に見えたある不思議な光景を目にして止まる事になる。その異変に最初に気付いたのは、マカロフを背負っていたナツだ。

 

「ん?誰かいるぞ」

 

その正体が人であることは、他よりも鼻が優れている彼だからこそすぐに気付けた。そうでなければ、人であることにはすぐ分からなかっただろう。何故か。最初に目に映るのは、一部分だけ雨を通り越して滝が流れるかと見紛うほどの激しい雨量。目を凝らしてようやく、その水流の如き雨の奥に人影が見える。そして滝のような激しい雨の中の人影がこちらに近づく度、その雨も移動しているかのようにその者の周辺だけ激しくなっている。しかも、それだけじゃない……。

 

「何?この魔力……!!」

「何でアイツの近くだけ、雨が激しいの……!?」

「あ、あり得ない……こんな天気……!」

「肌がビリビリする……!」

 

その者が近づくにつれ感じられる覇気、威圧感、魔力。そのどれもが、今まで天狼島で対峙してきたどの敵とも一線を画す。あまりにも桁違い。誰もが、その存在に対して警戒を抱かずにはいられなかった。

 

「誰だてめえは!?」

 

徐々に近づいてきたその者は、ナツに問われたことでこちらに気付いたのか、それとも気紛れか、その場で足を止めた。降り注ぐ滝の雨に打たれながらも黙していたものの、初めて開けた口から漏れ出てきたのは、こちらに対しての言葉ではなかった。

 

「飛べるかなァ?」

 

意図の分からない、己への問いかけのようにも聞こえるその言葉。声は壮年の男性のそれだが、それを気にするような余裕など、今のシエルたちには無かった。唐突に放たれた意味を汲み取れないそれに、さらに警戒を強める。

 

「いや……まだ飛べねえなァ」

 

すると、男の周りに激しく降り注いでいたものだけでなく、今シエルたちがいる範囲も含めて降り続いていた雨雫が、突如浮遊しているかのようにピタリと止まる。その影響で、滝のように流れた雨に隠されていた男の姿も、露わとなった。

 

「っ……!!」

 

その姿を見た瞬間、シャルルは戦慄した。彼女は男の姿を知っていた。何者なのかは分からない。ただ、()()()()()()()()。気づけば彼女は、反射的に声を出していた。

 

「みんな!今すぐ、こいつから逃げ……!!」

 

 

 

 

 

「落ちろ」

 

しかしその声は言い切るよりも早く途切れてしまった。両手を前へと掲げたまま、たった一言合図のように声を発した男から繰り出された魔力により、シエルたちがいた広範囲に渡ってこれまでに感じたことのない重力場が作り出される。それはシャルルの声を途切れさせるだけでなく、発した男を除く全ての者たちを地に押し込み、重力場となった大地を人間二人分の深さまで陥没させてしまう程。誰もが、立ち上がるどころか動くことすら出来ずに苦悶の声を上げるしか出来なかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

膨大な魔力を持って放たれた男の行動は、遠く離れた地にいた者たちにも感知できた。

 

「こいつは……!?」

 

「めんどくさいのが出てきたな。人の食事を邪魔するつもりか」

 

ラスティローズに敵意を剥き出しにし、戦闘態勢をとっていたエルザも……。

 

「この魔力……!今までの奴らとは桁が違う……!」

 

「出てきたね。『ブルーノート』……戦争は終わりだね。もうこの島に命は残らない」

 

アズマにようやく追いつき、ぶつかり合う直前であったペルセウスも、今しがた起こった強大な魔力の解放を感じ取り、思わず意識を持っていかれる。

 

味方である自分たちでさえ化け物と評せざるを得ないほどの力を持った魔導士。彼が出てきたことを察したラスティローズもアズマも、妖精たちに同情すら覚えた。戦いの終結。いや、これは最早戦いと呼ぶべきではない蹂躙が迫っているのと同義であった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

ブルーノート・スティンガー。

過去にカブリア戦争に参加し、『ゴウラ』中佐の率いる精鋭部隊・青竜連隊を一人で壊滅させたとして、彼を知る者たちからは恐れられている男。奴の通った道には雑草すら残らないとさえ言われている。近年の消息は不明となっていたが、評議院はその男が今どこにいるかを、図らずも知ることになった。

 

闇ギルド・悪魔の心臓(グリモアハート)の副指令。煉獄の七眷属よりも上の地位に立つナンバー2。それが今のブルーノートの肩書であった。

 

長く黒い髪をポニーテールにした、群青色の道着に近い服装をした顔の彫りが深い中年の男……ブルーノートは、今しがた己の魔法で押し潰した大地に蹲る数人の若い魔導士たちを、特に感情を表に出している様子の見えない目で見下ろしている。

 

重力場が落ち着きはしたが、その被害に遭っていた者たちは、未だに誰も立ち上がれなかった。地に押し付けられた体には未だに痛みと疲労感が襲い掛かっており、簡単に復帰できそうには無い。

 

「オレはよう……妖精の尻尾(フェアリーテイル)にもゼレフにも、あまり興味ねえのよ……」

 

淡々と見下ろしながら語りかけてくるブルーノートに、蹲りながらもナツが睨みつけるように見上げるが、睨まれた本人はさして気にした様子もなく更に口を開く。

 

「だけど二つ、欲しいものがここにある。妖精の尻尾(フェアリーテイル)初代マスター……メイビス・ヴァーミリオンの墓。そして神託を授かった魔導士……神衣(かむい)の使い手。そいつらの場所はどこだ?」

 

その内容は問いかけだった。初代マスターメイビスの墓。これに関しては心当たりがある。悪魔の心臓(グリモアハート)の襲撃が発覚する直前まで、自分たち受験者たちが探し回っていたもの。そしてシエルとシャルルは、もうあと一歩のところまで近づけていた。だが問題はもう一つ。『神衣(かむい)』なる魔法の使い手。これに関してはシエルも初耳だ。神託を授かった……とも言われてる事から、神に関する魔法、と推測できるが……。

 

「(それってまさか……!)」

 

連想される人物が、一人いた。と言うよりも、ほぼ確実だと確信持って言える。だが何故、それを闇ギルドの魔導士が探しているのか、と言う疑問は当然ながらあった。

 

「何が目当てだ……?別ギルドの奴が、俺たちのギルドの神聖な場所に、何の用があって……!」

 

「そうか!お前も試験を受けてS級魔導士になりたいんだな!でも妖精の尻尾(フェアリーテイル)には入れてあげないぞ!!」

 

「そんな訳あるかい……!」

「無暗に何でも口に出すんじゃないわよ……」

 

何を目的にしているのか聞き出そうとするシエルの質問を遮って、ハッピーが頓珍漢な結論を思いついて声を張り上げる。そんなメリットに食いつきそうな奴には明らかに見えないと言うのに何をどうしたらそんな思考になるのかと、遮られたシエルと、ハッピーの隣でうつ伏せにされてたシャルルは呆れ果てていた。

 

しかし、直後ハッピーの上に紫の魔法陣が出たと思えば彼の身体が少し浮き上がり、そのまま強化された重力で叩きつけられ、ハッピーのいる場所が陥没する。思わず呆れていた二人が目を見開いて彼を案じた。

 

「ネコが馴れ馴れしく喋ってんじゃねえよ。オレがテメェに聞いたか?試験だかS級だか知らねえが、ふざけんじゃねェ」

 

声の主である男へともう一度目を向けると、こちらに手を翳してハッピーを押し潰したのが誰なのかを言外に主張しているように見て取れる。そしてその声には苛立ちを隠せていないようにも聞こえる。

 

「ふざけてるのはそっちでしょ!?お墓は、あたしたちにとって神聖な場所!あたしたちだって墓の場所も、神衣(かむい)って魔法も知らないけれど、例え知ってても絶対アンタなんかには教えな……あっ!!?」

 

「ルーシィ!!このぉ……!!」

 

ブルーノートの言い分に、黙っていられず反論を叫ぶルーシィだったが、それを言い切るよりも先に重力が彼女へと襲い掛かる。ハッピー同様に一度浮遊させられ、勢い良く地面へと叩きつけられ、動けずじまいとなってしまう。真っ先にナツが彼女の名を叫び、ブルーノートを再び睨みつけた。

 

「初代の墓の場所を聞いて、お前に何のメリットがある……!?そこに欲しいものとやらがあるってのか……!?」

 

ナツ同様に鋭い視線を向けながらも、仲間を苦しめている怒りに呑まれず問いかけてくるシエルに対して、ブルーノートは他とは違う何かを感じたのか攻撃はせずに、シエルへの問いに答えるようにして語る。

 

「『妖精の輝き(フェアリーグリッター)』。妖精の法律(フェアリーロウ)に並ぶとも言われている、てめえ等のギルド三大魔法の一つ。それがメイビスの墓に隠されてるって話らしいな」

 

「何だよ、それ……!知らねえっつーの……んぎゃ!?」

 

ブルーノートから語られ、問いかけられた言葉に真っ先に否定を主張したナツだが、先のハッピーたち同様、重力で上から押さえつけられて陥没する地面に圧し潰されそうになった。

 

『ナツ(さん)!!』

 

「てめえは黙ってろ。オレはそこのボウズに聞いてんだ」

 

恐らく彼は、シエルなら他の奴らより詳しいことを感覚で悟ったのだろう。シエルならば有益な情報を持っているし、話も通じると。それを遮って邪魔をしてくるナツに用はないと言いたげに吐き捨て、ナツの方へと向いていたシエルに「で、どうなんだ?」と尋ねてくる。

 

「……確かに記述は残ってる。敵味方を選別して攻撃できる審判魔法。あらゆる脅威からも守ることが出来る絶対防御魔法。そして、仇なす全てを光によって討ち払う、敵の存在を許さない無慈悲なる光……超高威力魔法・妖精の輝き(フェアリーグリッター)

 

「そう。オレはその魔法が欲しい」

 

本来であればギルドの中でもほとんど公開されない情報。知っているものは極一部とされている魔法の詳細を口にするシエルに、場にいる者たちは「そんなものがあったのか」と驚愕しているかのようにシエルへと視線を向けている。

 

「存在自体は知っていた。けど習得方法までは載ってなかった……それが天狼島(ここ)に、初代の墓に……?」

 

「その墓の場所を、教えてくれんかね?」

 

妖精三大魔法はどれも強力ゆえに、存在の記述こそあれど如何にして使えるか、習得する方法などは一切書かれていなかった。ギルドの書庫にある本を全て読み切ったわけではないが、恐らく秘匿されている為、どこにも記していないのだろうとシエルは考えていた。しかしそれがギルドの聖地に封じられている。唐突に聞かされた話ではあるが、可能性は大いにある。逡巡するようにシエルが顔を俯かせると、後ろから彼の耳に声が届いた。

 

「まさかアンタ、墓の場所を教えるつもり!?ダメよシエル!そいつにはこれ以上関わっちゃ……きゃあ!!」

 

「「シャルル!!」」

 

シエルのパートナーとして試験を受けていた際、共に墓の場所の手前まで辿り着いていたシャルルが、教えるべきではないとシエルに呼びかけると、邪魔をするなとばかりにブルーノートによって押し潰されてしまう。耳障りと感じた者を容赦なく攻撃する奴の餌食にされたシャルルに、ウェンディとハッピーが彼女の名を叫んだ。

 

「ほら、早く教えてくれよ」

 

対して一切様子を変えることなくブルーノートはシエルへと何度目になるか分からない問いをかける。まるで自分の周りを煩わしく飛び回る羽虫を振り払った後かのような、平然さだ。

 

「よくもシャルルを……!」

 

「ダメよ、ハッピー……!戦っちゃダメ……!今すぐ、こいつから、逃げなきゃ……!!」

 

「シャルル……!?」

 

隣にいる好きな子を苦しめるブルーノートに怒り心頭の声を出すハッピーだが、押し潰されながらもそれを止めようとシャルルは声を絞り出す。一刻も早くこの男からは離れなければいけない。強大な魔導士が相手だから……と言うだけでは不十分なレベルで、すぐさまブルーノートから離れなければと言う意志すら感じる。ウェンディはそんな相棒の様子に、不可解なものを感じていた。

 

「墓に行きたい……そう言ってたな?いいぜ」

 

そしてずっと俯いていたシエルは、そのままブルーノートへと声をかけた。肯定の返事を返す彼に対し、仲間たちは衝撃を受ける。対して表情を変えなかったブルーノートはこの時初めて微かに口元に笑みを作った。

 

「教えてやるよ、だからそこを動くな。

 

 

 

 

 

……()()()墓へ送り出してやる……!」

 

その言葉と共に張り裂けそうなほど口元を吊り上げたシエルが、微かな怒りを込めた見開いている目を向けて言い放ち、ブルーノートが言葉の意味を理解するのに要している数瞬を狙ってシエルは天気を操作した。操作するのはこれでもかと周囲に降り注いでいる雨。ブルーノートが自身に滝のように降らせたことで周りは洪水が起きたかのような状態だ。その状況を逆に利用する。

 

気象転纏(スタイルチェンジ)、『雨降って地固まる(レイニーロック)』!!」

 

水が溜まっている地面に掌をつけたままその技の名を告げた瞬間、地に充満していた雨水がシエルの意志の通りに動き、ブルーノートを足元から一気に拘束し、集合していく。そして液体とは思えないほどの抵抗力を内部で生み出しているのか四肢の先すらも動かせないように体を固定し、その身体を全て水で覆い包む。球体型で出来上がった水溜まりの中に、ブルーノートを完全に閉じ込めた。

 

「す、スゴイ……一瞬で捕まえた……!」

 

「あれって、確実に窒息するんじゃ……!」

 

ほんの一秒足らずと言っていい時間で水の牢獄に捕えたシエルの技量をハッピーは素直に驚くとともに称賛し、ルーシィは呼吸も出来ない水中に捕えたことに対して思う事はあったようだ。だが魔導士の中には魔力の量が多い恩恵の為か一般人と比較して、水中内で息をせずとも長時間耐え抜けるほど頑丈な者たちも多々存在している。ナツも然りだ。以前10分ぐらいは余裕の範疇と自負していた事がある。

 

一方今捕らえたブルーノートは、恐らくこちらが束になったところで簡単には敵わないほどの化け物だ。勿論耐久力も並ではないだろう。窒息することを狙ったとて、シエルが水の牢獄を維持している時間を優に超える可能性も大きい。

 

「だから今奴が動けない内に、マスターをキャンプまで連れてくんだ!そこから更に応援を呼ぶ事だって出来るはず!!」

 

「あ、そっか!!」

 

「成程ね!分かったわ!」

 

そして今動けない状態であるのはブルーノートだけではない。多量の雨水の固定に集中力と魔力を少なからず消耗しているシエルも、その場からは動けない。故に彼は仲間を先に行かせることを選んだ。瀕死のマカロフをゆっくり休めるキャンプへ連れていき、そして拘束が解けたとしても今の戦力に更に追加の魔導士を呼べば対抗できるかもしれない。シエルの言葉に彼の思惑を理解したウェンディとルーシィが、すぐさま立ち上がって動き出す。

 

「おい、ちょっと待てよシエル!」

 

「文句はあるだろうけど、今はマスターの容態が最優先だ!だから一度先に向かってくれ!」

 

シエルの作戦に恐らく不満があるだろうナツが、問い詰めるようにシエルへと声をかけてきた。しかしこれは予想の範疇。負けず嫌いで真正面からのぶつかり合いの方を好むナツとしては、散々自分を押し潰したブルーノートに一発も殴れず、シエルに時間稼ぎを任せると言う行動は好ましくないのだろう。

 

「そーじゃねえ!お前墓の場所知ってんのか?まさか行ったのか!?って事はおい、二次試験はぁ……!!!」

 

「いや試験(そっち)の話かよ!!」

 

と思いきや全くの別件だった。怒りから驚愕、そして憔悴と代わる代わる表情を変えながら畳み掛けてきた。ハッピーと言いナツと言い状況分かってるのかこいつら?赤い信号弾が上がった時点で、一時中断扱いになる事は普通なら考えられるし分かるようなものだが……普段からバカだからその考えには至らねえペアだったなそう言えば……と半ばどころか結構失礼な結論に至った。

 

「バカな事言ってないでさっさと行くわよ!!それからシエル!!」

 

試験の事で脳内が支配されてたナツにシャルルが一喝。そして続けざまにシエルへと声をかける。技の維持に集中しながらも、シエルは己を呼んだ彼女へと意識を向けた。

 

「すぐに応援を呼んで戻ってくるから!絶対に無茶はするんじゃないわよ!!」

 

どこか必死にも見える表情で、シエルの身を案じているようにも聞こえる言葉。どこかいつにない素直な一面を見せている気がして、シエルは思わず驚いた顔を破顔させる。これはしくじるなんて以ての外だ、と水牢の維持に意識を戻した。

 

 

 

だが、その瞬間水の中に閉じ込められているブルーノートの目が一段と開かれると、彼の頭上に紫の魔法陣が展開。己を閉じ込めている水球体に重力がかかる。雨で作り上げ、魔力によって固められていたはずの牢獄は、一瞬の拮抗すら許されぬまま崩壊。

 

「……はっ?」

 

高密度で出来ていたが為か、膨大な量の水が陥没した地面にいたシエルたちに襲い掛かる。避難も間に合わず、陥没した地面を登ろうとしていた面々も巻き込み、各自悲鳴を上げて陥没エリア内で流される。

 

「ぷっはぁ……!随分舐めた真似してくれたじゃねーか、え?ボウズ……!」

 

「うっ……!?」

 

各々流されたことで再び地に転がり、唐突な衝撃ですぐさま立ち上がることも出来ないまま、ブルーノートの不機嫌な声が耳朶を揺らす。そして次の瞬間、シエルの上に紫の魔法陣が二重浮かび上がり、シエルの身体を押し潰し始めた。その重力は、今まで他の者たちにかけていた分よりも、さらに重い。

 

「シエル!この野郎……がっ!!」

 

先程地面を陥没させた時とほぼ同等の重力をかけられて苦悶の声をあげるシエル。それを見てナツが怒りを表しながらブルーノートへ駆けだそうとするも、彼も先程同様に重力で潰されてしまう。

 

「シエル!ナツさん!お願い!!もうやめ……うあっ!!?」

 

「キャンキャン喚くんじゃねーよガキども。それとも一気に押し潰してやろうか、あ?」

 

想像以上に強烈な重力に苦しそうなシエルと、何度も地に押し付けられて呻いているナツを見て、ウェンディは思わず懇願して声を張るも、容赦なく彼女も重力をかけられて押し潰される。彼女だけでない。これまで個別のみだったのが、今度は他の者たちも含めて全員に行き渡るように発動させている。

 

「オ、オレはイグニールの子だ……!!簡単に、何度も何度も、地面に落とされるわけには……!!」

 

「(ま、まずいわ……このままじゃ……!!)」

 

何度潰されても元来の負けず嫌いからか重力下でも立ち上がろうとするナツだが、押し切れないのか中々動けずにいる様子。重力の中で何も出来ず、シャルルは全員がその被害を受けている状況に、内心一番の不安を抱えていた。もし状況がこのまま好転するようなことが起きなければ……。

 

「お?そこでヨレてんの、マカロフ?最初っからそいつに聞きゃあ良かったか」

 

するとブルーノートが、少年少女に混じって一人老人が混じっていることについに気付いた。現マスターであるマカロフなら墓の場所も分かる。しかもさっきのシエルと違って不意討ちを仕掛ける余裕もなさそうだ。

 

「やめろ!!じっちゃんに、手ェ出すんじゃねぇ……!!」

 

しかし(マスター)を狙っていることに気付いたナツが、真っ先に怒りを表して更に力を振り絞る。そしてついにナツは足の裏を地面につけて、少しずつ膝を伸ばして立ち上がっていく。自分の重力を受けていながら立ち上がってきたナツの姿を見て、ブルーノートに少なからず驚きが宿った。

 

「ただじゃおかねえぞぉオーーッ!!!」

 

それだけに終わらず、ナツは重力をものともせずと言いたげに走り出し、ブルーノートとの距離を詰めていく。これにはナツがどれほど負けず嫌いなのかを知ってる仲間の面々も驚くばかりだ。そしてついに跳び上がったナツはブルーノートに火竜の鉄拳をぶつけようと炎を宿した拳を振りかぶる。

 

しかしブルーノートにはそれも届かず、重力の方向を変えられて元居た位置へと飛ばされる形で墜落。しかも先程よりも強く力が加えられているようで、出来上がったクレーターが今までよりも一番深くなっている。その中心に、ナツは仰向けになって倒れていた。

 

「ナ……ツ……!」

 

「そんな……!!」

 

微かに見えた希望すらも叩き落とされ、仲間たちに絶望が浮かび上がる。あまりにも強すぎる。力の差がありすぎる。今まで戦ってきたどの敵よりも強いのではと思い知らされるその男に、勝てるビジョンが全く浮かばない。

 

「(どうすればいい……!?この状況を、どうやったら覆せる……!?)」

 

重力に押され続けている間も、シエルは持ち前の頭脳をフル回転させて状況を打開する方法を模索する。しかし思いつく限りの方法は、即座に頭の中で実行しても悉くブルーノートに打ち砕かれる想像ばかり。

 

何も出来ない無力感に苛まれ、自分と同様に地に押し潰されている仲間たちに目を配る事しかできないまま、降り立ったブルーノートが一歩一歩マカロフへと近づいてくるのを、見ているばかり。そして、とうとう地に伏している自分たちのすぐそこへと、ブルーノートが辿り着いた、その時だった。

 

 

 

「お前かァ!!」

 

ブルーノートの遥か後方。先程まで彼が立っていた場所から、響かせるのは女性の声。その主はウェーブのかかったこげ茶色のロングヘアーを持った、ルーシィがパートナーとして組んだ女性。

 

「カナ!!」

 

それに気付いたルーシィがすぐに喜びの顔を浮かべて彼女の名を呼ぶ。はぐれていたと思っていたカナが無事でいた。そしてここに現れた。恐らく、ルーシィの危険を察知して駆けつけてくれたのだろう。ルーシィは一次試験を突破した直後に、「遠くに離れていてもルーシィの危険を察知したら知らせてくれるカードを伝って駆けつけるから」と不敵に笑みを浮かべながらそのカードを見せてくれた彼女の姿を思い出した。

 

その約束を、守ってくれた……。

 

「これ以上仲間をキズつけんじゃないよ!!」

 

ルーシィを始めとした仲間たちの表情が明るくなり、対してブルーノートが更に現れた邪魔者を視界に収めようと振り向いた直後、カナが飛び出すと同時に数枚のカードを投げつける。光を伴って真っすぐブルーノートにそれが迫るが、手を翳して重力を操作することでカードは全てあらぬ方向へ。一枚も当たりはしなかったが、カナもそれは想定内。()()()()()()()

 

落下するままブルーノートと距離を詰めていくと同時に、破けた様に露出した彼女の右腕に刻まれた、今までの記憶の中には無かった赤い刺青が黄色く輝き始める。

 

妖精の(フェアリー)……!!」

 

カナが現れてから一切表情を変える事のなかったブルーノートに、目に見える驚愕が浮かんだ。そしてそれは仲間たちも同様だ。所持(ホルダー)系の魔法のみを使っていたカナにまるで能力(アビリティ)系が発動する時と同じ魔力の解放。しかもその光は並大抵のものとは明らかに違う事が遠目でも分かる。

 

「まさか……!!」

 

見ただけで即座に気付いたブルーノートは驚きを隠そうとはしないまま。だがカナが腕を振りぬくよりも先に彼女の頭上に魔法陣を展開。彼女の落下速度を急激に速めて地に叩きつける。当然ながらカナはそれに対応しきれずに悲鳴を上げて地に伏した。だが忌まわし気にブルーノートを睨むその目は、一切怯んだ様子はない。

 

「てめえの持ってるその魔法は……!!」

 

妖精の輝き(フェアリーグリッター)か!?」

 

未だ驚愕が抜けないブルーノートの問いに代わりに答えるかのようにして、シエルが驚くようにその名を叫ぶ。先程の話に出ていた魔法が、まさかカナが手にして現れるとは。当然シエルの近くにいたウェンディやエクシード二人も驚きを示して彼の方を見た。

 

「ルーシィ、置いてっちゃってごめんね……。弁解の余地もないよ……。本当にごめん……」

 

倒れこんでいた身体を起こし、パートナーのルーシィへ謝罪の言葉を口にするカナ。しかしその贖罪の心を糧にするように、立ち上がったカナは赤い紋章が刻まれた右腕を示しながら堂々と告げる。

 

「だけど今は、私を信じて。こいつにこの魔法が当たりさえすれば、確実に倒せる……!」

 

妖精三大魔法の一つ、妖精の輝き(フェアリーグリッター)

しかもその魔法はシエルが読んだ書物によると、三大魔法の中でも一番の破壊力を有している。七眷属をも凌ぐと推定されるブルーノートと言えど、この魔法をぶつければ倒せる可能性が高いわけだ。

 

「すごい!お墓で手に入れたの!?」

 

「シエルだけじゃなくカナまで……!?おい、やっぱ試験は……!!」

 

「まだ引き摺ってんのかあいつ……」

 

だが同時に発覚したのは、()()()()()()()()()()()()()()()()を、カナが持ってやってきた事。それはつまりカナも墓に辿り着いたと言う事だ。二次試験の課題であるメイビスの墓への到達を更にもう一人先越された事実を知ったナツの気力が再び消沈する。懲りない様子の火竜(サラマンダー)にシエルが何度目か分からない溜息を吐いた。

 

「みんな、あいつを倒す為に協力して!私が“魔力”を溜める間、あいつをひきつけて」

 

「むむむ……!!」

 

「了解、引き受けた!(とは言っても……)」

 

約一名を除いて、この中で最も火力の高い魔法を会得したカナの呼びかけにほぼ二つ返事で首肯、そして代表して口を開くシエル。しかし彼には懸念があった。先程まで抵抗することもままならなかったブルーノートを相手に、引きつけると言う行動すら起こせるか否かと言う事。更にブルーノートほどの実力者が、目当てとしている魔法(獲物)を前に、他へと意識を移すかと言う事だ。

 

現にシエルがその懸念を抱いて思考を重ねていた際に、ブルーノートは両腕をそれぞれ広げ、シエルたちとカナを正反対の方向へと重力で吹き飛ばした。瓦礫や砂ぼこりと共に舞い上がり、悲鳴を上げながら転がっていく妖精たち。そしてブルーノートが意識を向けて近づいたのは、当然と言うべきかカナ一人がいる方向だった。

 

「オレの重力下で動ける者などいねぇのさ。まさか探してた魔法が向こうからノコノコやってくるとはなァ……。妖精の輝き(フェアリーグリッター)……その魔法はオレがいただく」

 

念のため逃げられないように全員へと魔法を更に重ねて押さえ込みながら、カナのすぐ前へと立ったブルーノートはカナの中へと宿った目当ての魔法を狙いにかかる。だが、カナはそんな事は不可能と言わんばかりに見上げ、睨みながら気丈に告げた。

 

「この魔法はギルドの者しか使えない……お前らには使えないんだ……!!」

 

妖精三大魔法の名の通り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者でなければ使用することが出来ない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)でもない、ギルドに加入する気もないブルーノートには、どう足掻いても使えないはずの魔法だ。本来ならば。

 

「“魔”の根源を辿れば、それはたった一つの魔法から始まったとされている。如何なる魔法も、元はたった一つの魔法だった」

 

多種多様に枝分かれした魔法と言う存在も、元を辿れば一つの魔法。故にその根幹を知ることが出来れば、例え制限された魔法でも使いこなせる。そう言いたいのだろう。

 

「(あれ?それって、確か……!)」

 

しかしシエルは、その言葉にどこか既視感を感じた。父から、そのまた父から、代々家に継がれてきた例の本に、確かそのような記述が記されていたような……?

 

「魔導の深淵に近づく者は、如何なる魔法も使いこなすことが出来る」

 

そう話を続けながら、ブルーノートは重力を操ってカナの体を持ちあげ、同時にカナの身体に重力を集中させて締め上げていく。強烈な圧迫感を受けたカナからは悲鳴が上がり、ルーシィが彼女を案じるように呼び掛ける。

 

「逆に聞くが小娘。てめえの方こそ妖精の輝き(フェアリーグリッター)を使えるのかね?」

 

「あた、り……ま、えだ……!!」

 

押し潰される苦しみを受けながらも、ブルーノートに向ける鋭い視線を緩めることなく、途切れ途切れながらも告げる。しかしそんなカナの主張を、ブルーノートは真っ向から切り捨てた。

 

「太陽と月と星の光を集め濃縮させる超高難度魔法。てめえごときに使える訳ねえだろうが……!」

 

カナに向けて翳した掌を握りしめ、重力の力を更に強める。周りに蹲るガキどもと大差ない魔力しか持たない癖に、妖精の輝き(フェアリーグリッター)を使いこなせるなどと豪語した彼女に、苛立ちさえ覚えた。強まった重力を一身に受けたカナは、骨の軋む音と共にさらに悲痛な叫びをあげている。このままでは全身の骨に響き、命も危ない。

 

「安心しろ。その魔法はオレが貰ってやる」

 

そんな彼女の命すら躊躇することなく魔法ごと奪おうとするブルーノート。どうにかして助けなければと力むシエルだが、重力がさらに強くなっているせいか、まともな魔法を撃つことさえままならない。内心で毒づきながら、見ている事しかできない状況下。

 

「ウオオオオオッ!!」

 

それを変えたのはナツだった。一見すると起き上がろうと頭を上げ、それが叶わず落下すると同時に頭が地面へと埋め込まれた、ように見えたがそれは違う。頭……正確には口がある顔面を地に一度埋める事こそが狙い。

 

「火竜の……咆哮!!!」

 

顔を埋め込んだ状態で口から大量の炎を噴き出し、ブルーノートへと噴火の如き爆炎が襲い掛かる。直線状に噴き上がった炎に呑まれたブルーノートを見て、直撃を確信した一同。だがその炎で彼に与えたダメージは微量以下でしかなく、平然と立ちながらもこちらに苛立ちを帯びた眼光を向ける。

 

「邪魔だクズがァ!!」

 

ようやくお目当てのものを手に入れられるところだったのを邪魔され、尚も煩わしくなったブルーノートが振り払うように重力波を発生。ナツを始め、カナを除いた者たちが吹き飛ばされるが、狙い通りに事が運んだナツが、ニヤリと顔を変えた。

 

「ナイス、ナツ!!」

 

「行けーーーっ!!!」

 

ナツたちの方へと攻撃を集中させたことによって、カナが重力から解放。二度と訪れないであろうチャンスが巡ってきた。彼らの思惑に気付いたブルーノートがすぐさまカナへと視線を戻そうとするも、カナの方が一足早かった。

 

「集え!妖精に導かれし、光の川よ!!」

 

右拳を天高くに翳すと、右腕に刻まれた赤い紋章が先程と同様に黄金に輝き出した。その光は次第に術者であるカナ全体を覆うように広がり、暗雲立ち込める天空へと光の柱が昇っていく。その光が、空に充満しているかのように暗雲全体の隙間から、同じ色の光が差し込み始める。

 

空が……いや、その向こうに存在する星々が、光に呼応して輝きを放っている。幻想的なその光景に、仲間たちは釘付けとなっており、ブルーノートは信じられないものを見るかのように仰天を表している。

 

「照らせ!邪なる牙を滅する為に!!」

 

気付けば周囲の雨が止まり、暗雲が霧散し、燦々と輝く星空が旋回すると共に、カナの掲げる右腕の先を中心とした、巨大な光輪が天空に浮かび上がる。

 

「『妖精の輝き(フェアリーグリッター)』!!!」

 

そして掲げていた右腕を振り下ろしてブルーノートへ向けると、天高くに浮かび上がっていた巨大な光輪が、地上へと降りてくると同時に濃縮。次第に更に小さくなっていき、最後にはブルーノートの胴体を締め付けた。

 

手を翳さなければ直視できぬほどの強烈な光。天空よりも遥か向こうに存在する、数多の天体の力を濃縮した、高密度な光のエネルギー。それらを一身に受けているブルーノートから、これまでには一切聞けなかった悲鳴が上がる。

 

これが、妖精三大魔法の一つ……その内の、最高火力を誇る魔法……!!

 

「消えろォオオ!!」

 

決死の想いを感じるカナの叫びと共に、光輪が更にブルーノートを締め付け、彼の身体全体に光が襲い掛かる。直に体を蝕む光を受けて更なる呻き声を上げ続けるブルーノートは……。

 

 

 

「落ちろォ!!!」

 

苦しみながらも地面に向けて掌を突き出すと、彼の身体に纏わっていた光が地面へと流れていき、周囲に黄金色の光が溢れ出るように充満していく。誰もがその光景に驚き、理解するのに遅れている内に、ブルーノートが逃がしたエネルギーが暴発。再び妖精たちは奔流に呑まれて吹き飛ばされてしまう。

 

そして妖精の輝き(フェアリーグリッター)を放ったカナは、地面から溢れ出たエネルギーによって弾かれるように飛び、同時に紋章が刻まれていた右腕から魔力が破裂したのか幾つもの傷が出来、血も吹き出した。後ろに力なく倒れこみ、放心した様子の彼女は、今起きた出来事が理解できずにいた。

 

()()()()妖精の輝き(フェアリーグリッター)だと?笑わせんな」

 

対するブルーノートは、正直なところガッカリしていた。目の前に現れた強力な魔法。使いこなせるわけがないと思っていた小娘が発動に成功し、その強大さをこの目で見れるどころか、その身に受けるという経験。もしかしたら、と期待していた。「飛べそうだ」と心の底から思った。

 

だが蓋を開けてみれば、彼にとってはそれほど強力には感じられなかった。ほとんどあっさりと捻じ伏せられたのがその証拠だ。カナに過った絶望と、ブルーノートの落胆を表現するかのように、先程まで消えていた暗雲と、止まっていた雨が再び戻ってきた。周囲を冷たくするような雨が支配する中、睨むように見下ろしたブルーノートは再びカナに近づいていく。

 

「いくら強力な魔法でも、術者がゴミだとこんなもんか?ん?」

 

「(そんな……)」

 

ギルドの者だから、カナはこの魔法を使いこなせると思っていた。しかし受け取ったばかりで本来の使い方などは知る由もなかった。最大限の使い方が出来なかったのか、あるいは単に力不足だったのだろうか?

 

「知ってるかね?殺した後でも“魔法”を取り出せるって」

 

しかし考えたところで後の祭り。目から涙が溢れ、表情に後悔と絶望が浮かび上がる。眼前に迫るはほぼ消耗が皆無な圧倒的存在。恐怖が襲い掛かり、彼女の身体は震えるばかり。

 

「か、カナ……!!」

 

飛ばされたことで遠く離されてしまった先。今にもブルーノートが無抵抗なカナを手にかけようとしている様子を目にし、シエルはすぐさま駆けつけようとする。妖精の輝き(フェアリーグリッター)が発動したいたどさくさに紛れて、重力は既に解けている。だが距離が遠い。このままでは間に合わない。

 

「お前は地獄に落ちろ」

 

そして力なく俯き、目を閉じて覚悟を決めた様に涙するカナへ、ブルーノートは翳した掌から、その重力の力を解き放った。

 

 

 

それと同時に、両者の間に入り阻む影が一つあった。一向に攻撃が届いてこない事に気付いたカナが目を開けると、そこに映っていたのは……小さな背中。

 

棚引く藍色のツイン―テールを持ち、カナの前に立って風で出来た竜の鱗のような盾でその攻撃を阻んでいるのは、この中の人間たちでは最年少の少女。

 

「ウェン……!?」

 

少女の正体・ウェンディの存在を認識した瞬間、カナは驚愕に目を見開く。そしてブルーノートは自分の重力で一切動けなくなってばかりだった少女が己の攻撃を防いでいるように見える光景に、驚きを表している。

 

「ううっ……く、くぅ……!!」

 

そして件の彼女は、両手を前方に突き出しながら歯を食いしばり、力み声をあげて盾に魔力を集中している。本来であればこのままブルーノートへと天竜の逆鱗を突き出してカウンターをぶつけたいのだが、攻撃が強力過ぎることで、そこまでには至れていない。

 

そして長時間に感じたその数瞬間は、突如終わった。拮抗していた重力と盾がそのまま互いに弾け、それによって生まれた衝撃波がぶつかり合っていた地点で発生。少女たちの身体を再び吹き飛ばし、ブルーノートの身体すらも後ずさらせた。

 

「ウェンディ!!」

「あの子、何であんなトコに!?」

 

彼女が間に入り、逆鱗を発動させていたのは目で見えていた。先程全員が吹き飛ばされた際、一番近い位置にいたのが彼女だ。それでも中々に距離はあったのだが、敏捷性上昇(バーニア)で自身の速度を上げて間に合わせたのだろう。そしてカナを脅威から守ろうとして天竜の逆鱗を使った。その結果は、目前の脅威を退ける事には成功したようだ。

 

「カナさん……大丈夫、ですか……?」

 

「あ、アンタ……何でこんな無茶を……!」

 

奴の……ブルーノートの力は何度も目にした為、嫌と言うほどわかっているはず。だと言うのに、こんな小さな身体で、下手すれば諸共押し潰されてもおかしくなかったのに、どうしてあんな真似ができたのか。カナには理解が追い付かなかった。だが……。

 

「何でも何も……仲間を、カナさんを守りたいって思ったら、身体が動いてました……」

 

そう言い切ったウェンディの、少し照れたような満面の笑顔にカナは言葉を失っていた。彼女は、ギルドの中でも一番の新人。ギルドで一人前になるために健気に頑張る姿を傍目で見ていた。まだまだ途上と思っていた彼女が、仲間(自分)の為に危険を冒し、身体を張って守る事を、当たり前に行った。

 

「誰かを守れるようになりたい」。その為に、彼女は己を強くしようと努力していた。まるで今、この時が、彼女の努力が実った瞬間のように見えて、シエルたちは黙してそんな彼女の笑顔を見ることしかできずにいた。

 

 

 

 

 

しかし時間もそう経たない間に、シエルたちに再び重力が襲い掛かってきた。それを仕掛けたのは……最早確認するまでもない。

 

「何度も何度も……どんだけ邪魔したら気が済むんだ。え?」

 

度々自分のやること為すことを邪魔する周りの有象無象に、いい加減辟易してきたと言いたげなブルーノートは、これまで以上に周囲に重力を込めていく。陥没する地帯が更に増え、かかる負担も比例して増していく。

 

「特に、何でてめえのようなチビガキが、オレの攻撃を弾き返せるんだ……!?」

 

そしてブルーノートは、ここで標的を変えてきた。これまでも散々イライラさせられてきたが、その矛先は一番小柄なはずのウェンディ。カナの傍らで同様に押しつぶされていた彼女の身を重力で持ち上げ、締め上げていく。

 

「っ!?やめろ、やめろォーーーっ!!!」

 

「ウェンディーーー!!!」

 

いの一番に反応したシエルとシャルルの叫びも空しく、ウェンディは今まで以上の苦痛を受け、最早悲鳴を上げる力すら残されていない。傍らで蹲るカナの悲痛な叫びも、ナツのもがくような声も、ルーシィやハッピーの悲鳴も、ブルーノートには一切響かない。

 

「跡形も残さず、潰してやる」

 

放たれたのは、ただただ、残酷な一言。

 

「ぁぁああああああアアアアッ!!!」

 

動かせない体、無力に苛まれる自分の才、そして目の前で消えそうになっている最愛の少女。

 

嫌な未来を想像してしまう自分に、それを打開できない自分に、そして絶望を押し付けてくる仇敵に、次第にシエルの内側から、黒い何かが侵食してくる。

 

 

 

それに伴い、シエルの視界に、その黒い何かが埋め尽くすように溢れてきて……。

 

 

 

 

そして……シエルの目の前が……

 

 

 

 

直後、真っ暗になった。

 

 

 

 

振りかぶった拳を叩きつけようとしていたブルーノートが、その異変に気付いた時には既に終わった後だった。

 

自分の重力に押しつぶされていながら、もう一人動く奴が存在するなど……しかもそれが小さい子供だなど、一切想像すらできなかったことだろう。あまつさえそれが自分の目に留まる事もなく、小さな体で繰り出された飛び蹴りによって、己の体が宙を舞うなど、考えることすらあり得ない。

 

だが、今まさに、それが現実で起きてしまっていた。

 

「……シエ……ル……?」

 

助けてくれた少年に違和感を覚え、顔を上げながら彼に呼びかけた少女も……。

 

「え……?」

「な、何だ……!?」

「どうなってるの……?」

 

起こりうる最悪の事態から免れたはずなのに、困惑から抜け出せない仲間たちも……。

 

「そんな……止められなかった……!」

 

雰囲気が変わった少年の姿を見て、何かを諦めたように呟く白ネコも……。

 

 

今のシエルは、どれもこれもが見えていない。唯一見えているのは……。

 

「……このガキ……変わった……!?」

 

今し方攻撃を与え、少しばかり吹っ飛ばされながらもすぐさま態勢を整えてこちらに目を向けている、倒すべき敵……ただ一人だけ。

 

 

 

それを映したシエルの双眸に、光はない。

 

さらにその顔には、怒りも悲しみも、当然喜びもない。

 

 

 

 

 

見開かれた瞳孔が、討つべき者を捉えて離さぬ。

 

 

「こいつァ……人間ができる顔じゃあねェな……」

 

 

まるで敵を討つことしか考えていない殺戮兵器の如き虚無の表情が、ブルーノートに向けられていた。




おまけ風次回予告

シエル「うう……ぐ、うぅ……!」

ナツ「シエル!どうしたんだよ、しっかりしやがれ!!」

シエル「グルゥ……!うーっ……!……く……!」

ナツ「どーなってんだ、まるで、獣みてーな……返事しろよ、シエル!」

シエル「う…うう……肉……!」

ナツ「……は?」

シエル「ハラ……減った……肉ぅ……!食わせろぉ!!」

次回『獣の目』

ナツ「腹減りすぎて獣っぽくなっただけかよ!?つか、紛らわしいっつーの!!」

シエル「にぃーーくぅーーー!!」

ナツ「っておい、ちょっと待て!?オレの方狙ってねーか!?オレは喰っても美味くねーって……!」

シエル「ガブッ!!(ナツの頭に噛みついた)」

ナツ「ギャアーーーーッ!!!?」
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