FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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新年、明けましておめでとうございます!
…え?もう5日目だって…?時間かけすぎぃ…!!

と、あんまりふざけてもいられない激動の新年で始まってしまいましたが、これ以上のことが決して起きない事を祈るばかりです。
取り敢えず、僕は今年も遅れていようと皆様にこの作品をお見せしていく事を、頑張っていこうと思います…!


第129話 エルザ vs. ラスティローズ

何が起きたのか、理解するのには時間を要した。ブルーノートとギルダーツ、二人の強者のぶつかり合いの場から離脱してベースキャンプへと向かっている道中。未だに目の覚める様子がないマカロフや、消耗の激しいシエルやカナを休ませる為にも、全員が足を速めてキャンプに急がなければと動いていた最中。

 

雨で濡れた足場に足をとられたシエルの「おっ……!?」と悲鳴が、周囲の者たちの耳に入った。すぐに気付き、振り向いたウェンディが目にしたのは彼の右足が内側に滑り、そのまま大きくバランスを崩したまま少年の身体が地面に叩きつけられるように倒れこんだ光景。

 

「シエルッ!!」

「大丈夫!?」

「おいおい、何やってんだよ」

 

すぐさまシエルに駆け寄りウェンディは声をかける。同様に寄ったルーシィと、半ば呆れながら足を止めて振り向くナツの声も聞こえる。どこか打撲していないかと体を起こそうとするが、シエルはウェンディへと顔を向けながら自分で起き上がろうと言う意志を見せていた。

 

「いってて……足が滑った……。ごめん、今起きる、か、ら……」

 

だがしかし、そう言ったシエルの身体は一向に起き上がらない。手足に力を込めようとしているのは分かるが、まるでその力が込み上がらないかのように、震えるばかりで動かない。

 

「シエル……?大丈夫なの、シエル!?」

 

「あ、れ……何か……」

 

何かがおかしい。そう感じたウェンディがシエルに呼びかけるも、向けていた顔はだんだん下がっていき、瞼も閉じ始め、表情もどこか虚ろになっている。嫌な予感が過ったウェンディは、必死に少年を呼んだ。

 

「シエル!しっかりして!!シエル!!」

 

声を張り上げて、彼の意識を戻そうと懸命に呼びかけるも、シエルの目は閉じかけていくばかり。もしこのまま彼が眠ったら、永遠に目を覚まさないのでは……?そんな気がしてならず、悲痛な表情を浮かべて何度も呼ぶと、閉じかけていたシエルの目が、少女の方へと向いたかのように動いた。

 

「ごめ……ちょ、と……ね、む……ら……」

 

その言葉を最後に、少年の目は閉じられ、そして動かなくなった。それを目にし、理解が追い付かないまま呆けたウェンディは、その姿が現実に起きた事だと受け入れたくなかった。

 

「シエル……?シエルッ……!?ねえ、起きてよ、シエル!!!」

 

まさか、そんな事が……!?嫌な想像が頭に過るウェンディが少年の体をゆすりながら彼の意識を取り戻そうと必死に呼びかけるも、彼から返ってくる反応は何も無い。目元から涙が浮かび出した彼女の表情は、見る見るうちに青白くなっていく。考え得る限りの最悪な想像を、いやでも浮かべてしまう。

 

「嘘、だよね……シエル……?」

 

 

 

 

 

「大丈夫だウェンディ」

 

そんな絶望に押し潰されそうになったウェンディを、その言葉で引き戻したのは、ウェンディの横でシエルの様子を見ていたナツだった。勢い良くナツの方へと顔を向けたウェンディには反応を示さず、シエルの体……正確には顔に目を向けてこう続けた。

 

「シエルは寝てるだけだ。メチャクチャ疲れてたみてーだから、しばらく起きねぇだろーけど……」

 

「寝てる……?」

 

ナツから聞いた言葉にウェンディは冷静さを取り戻し、改めてシエルの容態をよく見ると、動く気配こそ全くないが、微かながらに身体が呼吸で上下しており、耳を澄ませてみればか細くではあるが寝息も聴こえる。ナツの言った通り、シエルは眠っていた。気絶した、と言う言い方も当てはまる程ではあるが、命に別状はないだろう。

 

「よ、かった……!っ……良かったぁ……!!」

 

まるで生きた心地がしなかった。何度もブルーノートに潰され、理性を失った獣のような変貌を遂げ、自らの身体も顧みずにブルーノートと激突。例の爆発する魔法も多用していた。何度も何度も、彼の命を削るのと等しい行動に冷や冷やさせられていた。

 

死んだように眠る、と言う例え言葉があるとはいえ、まさか本当にそのような状態に陥るとは。一歩でも間違えれば本当に命を落としていた可能性がある事も考えると、ウェンディにとっては気が気じゃなかった。安堵を覚えながらも固く目を閉じ、目元から零れ落ちる涙に頬を濡らしながら、ウェンディは声を絞り出す。

 

「あれだけのことがあったんだもの……疲労は想像以上に相当溜まっているはずよ」

 

「この様子だと、しばらく起きれ無さそうね……」

 

改めてシエルの身に起きていた事を思い返すと、要所要所で五体満足でいられたことが奇跡に感じるレベルだと認識せざるを得ないほど、シエルには負担がかかっていた。シャルルは更に、試験での兄ペルセウスとの激闘や墓探し、ザンクロウとの衝突も加味されているはずと考えている。更に彼女の与り知らぬところでは、華院=ヒカルともぶつかっているのだ。ここにきて一気にぶり返されたとも考えられる。シャルルがぼやいた言葉に、ルーシィも同意を示していた。

 

すると直後、ルーシィは自分の右肩に、重みを覚えた。自分が身体を支えて倒れないように肩を貸していた相手・カナの頭が乗せられる形になっていた。心なしか体全体がルーシィに寄りかかっている。

 

「ごめんよ、ルーシィ……強がっちゃった、けど……私も……限、界……ぽ、い……」

 

「カナ!?」

 

途切れ途切れに口を動かし、ルーシィに伝えた直後、カナの意識もそこで途切れた。足の力が無くなり、倒れこみそうになっていたカナの身体を、ルーシィが必死に支えて受け止める。カナもやはり妖精の輝き(慣れない魔法)を使用したことによって体の負担が大きかったようだ。

 

「シエルもカナも動けなくなっちゃった……」

 

「どのみちこいつらも、じっちゃん同様寝かさなきゃいけねぇ。キャンプに急ぐぞ」

 

マスター・マカロフに続いて意識を無くした二人の仲間。途中で倒れたことは予想外ではあったが、今の目的地で全員安静にさせなければいけない事は明白。キャンプへと連れていく為に各々動く。カナに肩を貸していたルーシィは、そのまま引っ張る形でカナを抱え直し、倒れているシエルの元には翼を広げたシャルルが近づいた。

 

「カナはこのままあたしが運ぶね」

 

「じゃあシエルは……」

 

「私が、運ぶ」

 

だが、シエルの服を掴もうとしていたシャルルを遮って、シエルの体を起こし、その背に乗せて運ぼうとウェンディが既に動き始めていた。シエルたちほどではないが、少なからず消耗が激しいはずのウェンディの行動に、当然シャルルは彼女の身を案じてその行動を止めようとした。

 

「ウェンディ!あんたもあんまり無茶したら……!」

 

「大丈夫……!!」

 

しかし声をかけても少女は聞く耳を持たず、一般的な少年と比べて小柄と言ってもウェンディの一回りは大きい上に、魔導士として活動する為に健康になってから体を鍛えてきたシエルは、見た目に反してその体重は重い。(ドラゴン)の力を宿した滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)とて、小さく幼い少女が抱え運ぶには重すぎる。現に彼を背負って起き上がろうと力むも、中々その膝が伸ばせないほどだ。

 

「大丈夫って、立つのも難しそうなのに!?」

 

「ホントに無茶よ!シャルルかハッピーに任せた方が……!」

 

ウェンディのやろうとしていることがどれだけ無茶な事であるかは、目に見えて明らかだ。(エーラ)を扱え、シエルを抱えて飛べた経験を持つエクシード二人のどちらかに頼む方がいいのではと仲間から声もかかる。しかしその声掛けも「私がやらないといけないんです!!」と、彼女らしからぬ張り上げた声で遮った。

 

下を向けているその表情では分からないが、声だけで感じる剣幕に、思わずナツを除いた面々が委縮する。唯一委縮していないナツは、急に怒鳴ったウェンディに対して驚きも怒りもせず、ただ黙して真っすぐ見据えている。そうまでする理由を、ウェンディは立ち上がる事もやめぬまま、その口から語り始める。

 

「私……シエルに、何回も守られてるんです……!!」

 

天狼島に悪魔の心臓(グリモアハート)が襲撃してきてから……いや、もっと言えば、初めて会った時からウェンディは、何度も窮地に晒されたところをシエルに助けてもらった記憶がある。恩を返すことも含めて、ギルドの為に自らを強くしようと奮戦を重ねて来たが、そんなシエルの助けになれた事は、ウェンディの記憶ではほとんどない。

 

それどころか、天狼島に来てからはほとんどが助けられてばかり。襲撃して来た悪魔の心臓(グリモアハート)、ザンクロウの攻撃、ブルーノートとの激突。シャルルから聞いた話では、メスト(ドランバルト)がギルドのメンバーじゃないことにいち早く疑いをかけ、兄ペルセウスにウェンディを助けてもらうように動いてもらったのもシエルだと。

 

思い返せば、自分が情けないと感じられることばかり。せめてこんな形ではあるが、助けてくれた分の恩返しぐらいになるなら、自分でやりたいと言う意思をウェンディは見せる。

 

「ウェンディ……」

 

無茶を通してでも、力になりたい。彼の助けになりたい。心配そうに彼女を見守るシャルルの声を聞きながら、そんな強固な意志を見せるように、シエルを背負いながらようやくウェンディは立ち上がることに成功。しかし、やはり慣れていないのか身体はフラフラと揺れ、足元はいつ崩れてもおかしくない。反射的に支えようと近づくも、ウェンディは踏みとどまり、そして一度歯を食いしばると「アームズ……!」と筋力を増加する魔法を自分にかけた。

 

「だから今度は……私が助けたい……!いつも助けてくれるシエルの、力になりたい……!!お願い、シャルル……!!」

 

補助の魔法を使ってでも自分の手でシエルを助けることを望む少女。そんな彼女の振り向いた顔を見て、シャルルはしばし俯き、考える。いくら魔法をかけているとはいえ、まだキャンプが見える距離には達していない。推進は出来ないが……。

 

「……分かったわ。ただし、本当に辛くなったら、運べなくなったように見えたら、私が代わりに運ぶわ。それを約束してくれるなら、あなたの好きなようにしなさい」

 

「……!ありがとう!!」

 

反対しても、最早聞き入れないであろうことは、この場の誰よりも彼女と過ごした自分が知っているし、何よりシャルル自身もウェンディのそんな意思を尊重したいと思った。有事の際の対応を告げることを忘れぬまま、相棒への許可を認めた。それを聞き、険しい表情ばかり浮かべていたウェンディの顔に、喜びが生まれ、礼を告げた。

 

「うし、行くぞ!」

 

一連の流れを黙して見届け、方針が決まったことに一つ笑みを浮かべた後、ナツは改めて前を向いて先導を再開した。迅速に移動し、キャンプへと運ばねば。その意思を抱えながら、一同は歩を進め始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

所変わり、天狼島の中心部に聳え立つ巨大な樹木の下では、二人の強者が二度目の衝突を始めていた。

 

体のあちこちに傷をつけながらもそれを感じさせない動きで、周辺の樹木を操作する褐色肌の男と、迫り来る樹木を斬り伏せながら距離を詰め、時々相手の攻撃を阻害するために紅い炎の弾を射出し攻め立てる長髪の青年。

 

「ブレビー!」

 

そのうちの男の方・煉獄の七眷属が一人アズマが告げると同時に、アズマへ飛翔する形で迫って来ていた青年ペルセウスを囲むようにして多数の何かが発光。そして直後に爆発が発生し、ペルセウスの体を爆炎が包み込む。

 

しかしその爆炎を突っ切り、尚もアズマへと突っ込む一筋の炎。より赤く燃えるそれに身を包みながら、突破して来たペルセウスに目を見開いたアズマの腹に激突する。

 

「終わりだぁ!!」

 

苦悶の声を上げながら仰け反ったアズマに向けて、追撃とばかりに体に纏った紅炎を剣へと瞬時に移らせて振りかぶり、塊として投げつける。距離もそこまで離れておらず、迎撃は容易ではない。

 

しかしその予想に反してアズマは腕を振るうと、周りの樹木が動き出し何重のバリケードにもなって炎塊を阻む。互いにぶつかり合う事で爆発が起きるが、その衝撃に巻き込まれたアズマは即座に身を翻して足場となる樹の上に着地する。

 

「素晴らしい……!」

 

しばし互いに様子見することで起きた膠着。その最中、思わず口角を上げたアズマは気付けばそう呟いていた。

 

「この短時間の中でより強くなっていることが分かるね。いや……あるいはさっきよりも戦いに……オレにより強い敵意を向けている、という方が正しいか……」

 

一番初めに衝突をした時も確かに十分楽しめる域にあったが、その時と比べて、今のペルセウスの攻め立ては思っていた以上に激しい。たった数時間程度しか空いていないにも関わらず、ペルセウスの戦い方には衰えどころか、より強さが高まっていると言える。

 

「何がキミをそこまで掻き立てたのかね?」

 

となれば考えられるのは、アズマと最初に激突してから今に至るまでに、ペルセウスに何かしらの変化が生じた事だ。問いかけたアズマの声に、険しくしていた顔をそのままに、低く、しかし比較的落ち着いた声でペルセウスは返した。

 

「俺からも、確認したいことがある」

 

だがそれは問いの答えでなく、その根幹に関わる別の問いかけだった。対するアズマはそれに関して黙するのみ。聞き入れる様子だ。

 

「ミラジェーンを倒したのはお前で間違い無いか?」

 

その問いを聞いたアズマは、一瞬で思い返した。一度ペルセウスとの戦いから離脱した後、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のベースキャンプにいた妖精姉妹・魔人ミラジェーンとその妹リサーナと対峙した時の事を。不本意ながら妹を捕らえ、危険に晒し、姉の本気を引き出して、全力を出した魔人と激闘を繰り広げた後、妹を庇って自ら瀕死となった姿も。

 

「ああ、そうだ。魔人ミラジェーンはオレが打ち倒した」

 

詳細は省いたが事実を告げたアズマの言葉を聞き、ペルセウスが放っていた魔力の質がさらに高まるのを感じた。彼らのギルドは、仲間の事を何よりも大事にしていると聞いている。ペルセウスにとってはそれが最も顕著に出るのは弟の事だと聞いていたが、この反応……歳の近い男女であることも相まって、アズマは疑問が一つ浮かんだ。

 

「もしや、キミにとって大切な女性(ひと)だったか?」

 

「ギルドの仲間はみんな俺たちにとって大切な家族だ。そこに大きな優劣はない」

 

アズマの疑問を、彼は遠回しで否を唱えた。だが、とすればそこまで過剰に反応を示すのは、誰が下されていても同じことだったのだろうか。そんな考えが一瞬過るが、その考えは続けざまに告げられた「だが、強いて言うなら……」と言うペルセウスの言葉で阻まれる。

 

「惚れた女の笑顔を奪った奴を絶対に逃さずぶちのめす……!それが、今の俺がお前を倒しにかかる、最大の理由だ……!!」

 

険しく睨みつけ、無表情のようにも見えていた顔を、怒りを無理に押さえつけたかのような獰猛な笑みへと変じながら、ペルセウスは堂々と告げた。それで彼は理解した。姉が身を呈して庇い、守り切ったものの、深い悲しみと絶望に泣き叫びながら姉に縋っていた、自らがそれを背に立ち去った、妹の存在。彼女が悲しむ姿が、今のペルセウスの怒りの根幹、ひいては力の源であったことを。

 

「成程。妹の方……。彼女への想いが、今のキミが振るう力の源だと……」

 

自分の予想は当たらずも遠からず、と言ったところだったようだ、とアズマは笑みを浮かべながら認識した。魔人の妹に想いを寄せるペルセウスが、彼女の笑顔を曇らせた要因である自分に対し、激しい怒りを覚えるのも必定だろう。

 

「不思議なギルドだ。自らの強さを示すよりも、仲間を想う気持ちが各々の強さを左右する。ミラジェーンもそうだった」

 

妹のために力を解放してアズマに食らいつき、最後には妹と守るために己の身を呈して庇った魔人の姿を思い出す。目の前にいる青年は、ミラジェーンと大きく似ている。いや、同じギルドにいたからこそ、共通される認識なのだろう。

 

「ミラジェーン、ペルセウス、そしてエルザ……数多くの武勇を聞く強者たち。その強さを得た理由は、オレのように強者を求めたが故……だと思っていたのだがね」

 

対してアズマは、ただただ強者との戦い、胸躍るぶつかり合いを求めてきた人種だと自負している。程度などの違いはあれど、大きな強さを得られた戦士は、己と同じように強さと闘争を只管(ひたすら)求め、その手に収めたものである。アズマは今この時まで、それが真理であると、信じ切っていたが……。

 

「似たような奴ならウチにも確かにいるが、生憎俺はそこまで興味はねえ。物心ついた時から強かったのと、弟を救う為に仕方なく高めていたら、いつの間にかここに立ってただけだ」

 

「ふっ……話に聞いた通りだ。生まれ持った才能を有した、まさに神に愛されし天才、と言うものか」

 

「そんな大層な肩書なんざいらねぇ。けどな……」

 

ペルセウスの答えはそれとは全く異なっていた。生まれつき恵まれた力と才能を抱え、成長すると共にそれに磨きがかかり、半ば副産物と言える状態で高められてきたにすぎない。天に神に愛されし魔導士と揶揄されることもあったが、ペルセウスにとっては恵まれた力も、それによって得た名声も、大して必要なものじゃない。

 

「仲間と家族。それが俺と言う存在を大きく形作ってくれている。そいつらを守れるための力だって言うなら、何だって我が物にしてやれる」

 

ただ彼は、実の弟や、血の繋がりがなくとも芽生えた家族の絆を尊重し、共にいられることが出来れば満足。力が無くてはただ縛られ、操られるがままだった環境にいた彼は、そうやって自然とその力を身につけただけ。大きすぎる力を使いこなす術を学んだだけ。

 

「あるいは、この力を捨てることが家族を守ることに繋がると言うのなら……俺は迷いなく捨て去れるつもりだ」

 

だからこそ、力そのものに執着などしない。自らが栄えた力を有するよりも、共にありたい存在と、ただ共に過ごしていられることが、ペルセウスにとっては何よりも幸せな事なのだから。真っすぐアズマへと目を向け、言い切ったペルセウスに、表情に大きく出しはしないが、アズマもまた内心驚嘆を覚えた。

 

「それが、自らを滅ぼすことになろうとも?」

 

「最悪の場合、それすらも受け入れるだろうな。あいつらは、怒ったり悲しんだりするだろうが……」

 

「大した男だね……弟やミラジェーンの妹……キミの家族とやらは、気が気じゃないのでは?」

 

「何……エルザには負けるさ」

 

自己犠牲すら厭わないと言う強すぎる覚悟を抱えた青年の想いを聞き、彼と親しい者たちにアズマは同情さえ覚えた。彼の唯一の肉親である兄弟や、彼が想いを寄せると言う魔人の妹、他にも彼を仲間や家族と慕う者たちは多いだろう。彼一人がもしこの場で命を失えば、どれほどの者たちが悲しむか。しかしペルセウスは否定こそしないものの、自分以上に自己犠牲の覚悟を持った人間を引き合いに出した。

 

「俺としては、あいつの方こそ……仲間を守れるなら迷わず命をいくつでも張れる奴だよ」

 

妖精女王(ティターニア)エルザ・スカーレット。緋色の長い髪を携えた高潔の精神を持つ女騎士の姿を思い返し、ペルセウスはそう断言してみせた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

雨が降り続く森の一角にて対峙し始めた、緋色の髪を持つ妖精女王(ティターニア)と、メガネをかけた七眷属の一人、ラスティローズ。

 

「先に散っていった奴ら……それはまさか、私たちの仲間か?」

 

「その通り。図体ばかりの暑苦しい男と、やけにキャンキャンうるさいメガネの女。二人纏めて、このオレが闇の彼方へ葬った」

 

所々訳の分からない言葉を交えながら語っていた男の言から、エルザは自分の仲間が手に掛けられたことを察した。しかもそれが誰を表しているのかも。男が言った特徴から分かるのは、エルフマンとエバーグリーン。二次試験に参加していたペアの1組だ。

 

「エルフマンとエバーグリーンを……!まさか……ウェンディ……他の仲間たちも……!?」

 

「あの程度の雑魚だらけであれば、今頃その他の仲間とやらも我ら煉獄の七眷属が始末しているだろう」

 

二人を下したことを自慢気に語りながら、メガネに指をかけるその男への視線を、エルザは鋭くしながらその言葉を黙して聞く。二人を含め、エルザが探していたウェンディや他の仲間たちも、彼と同じ位置に立つ七眷属が下した言葉を聞いても尚。

 

「そしてこれより!お前もオレの手によって暗黒の奥底へと沈み、悲劇的(カタストロフィック)な芸術となって永遠に語り継がれる存在となるのだ!!」

 

声高々と告げながら、ラスティローズは両腕を広げるとどこからともなく黒い粒子を集結させていく。それを見て警戒を強めるエルザの目に映ったのは、その粒子が徐々に形を作り、とある何かへと変貌していく様。

 

「いでよ、我が守護聖獣……『迅雷のベルクーサス』!!」

 

そして現れたのは、一言で形容するならば巨大な怪物。頭部から二本、顎からは一本の角。顔は面長だが目は黒く染まり、瞳は赤く光っている。さらに身体は一見二足歩行の人間に近い体型だが、ほとんどがまるで機械仕掛けの造り。まるであらゆる怪物の要素を繋ぎ合わせたかのような存在だった。

 

「これは……召喚魔法か!?」

 

「迅雷のベルクーサスよ!妖精女王(ティターニア)を天から地へと叩き落としてやれ!!」

 

わざわざ二つ名まで付けたその怪物に指示を出せば、巨体とは裏腹な素早い動きで剛腕を振るい、エルザに襲い掛かる。対するエルザは慌てず冷静に怪物の動きを見極めて回避。だがすぐに反撃は行わず、様子見に専念している。

 

「(召喚魔法で呼び出された存在は確かに強力だが……弱点ならある)」

 

主に所持(ホルダー)系の魔導士……一番近い部類は星霊魔導士が含まれる召喚系は、強力な眷属と言える存在を使役し、意のままに使役することが出来る事が特徴。しかし、強力な力に副作用は付き物。今回に関しては多少異なる部分はあるが、ラスティローズの魔法は、ルーシィに近い弱点がある。

 

「召喚獣を操る魔法の使い手……つまり、召喚主!!」

 

理解した瞬時に換装を使って装備を変更。無数の剣を操作できる天輪の鎧を身に纏い、巨大な怪物の攻撃をいなしながら、数本の剣をラスティローズへと飛ばす。その速さはそう簡単に回避できるようなものではない。

 

「我が足に宿るは天馬の翼!!」

 

だがラスティローズが口上を唱えると、彼の各々の足首に一枚の羽根が出現し、空を蹴るかのように空中を浮遊し、迫ってきていた剣たちを躱す。

 

「召喚魔法とは違う……!?だが!!」

 

先程の怪物を生み出した時と魔力は同じにも関わらず、全く別の魔法を発動させたことに驚くも、エルザは空中に回避したラスティローズに即座に詰め寄り、手に持っている剣を振り上げる。

 

「はあっ!!」

 

「我が左手に宿るは、全てを退けし黄金の盾!!」

 

だが掛け声とともに振り下ろした剣は、彼が左手に顕現させた妙に絢爛な造りの金の盾によって阻まれた。

 

「何!?」

 

「さすがの動きと言うべきか。一つ一つに無駄が無い、美しき戦い方。だがしかし!」

 

高く飛翔することを可能にした足首の羽根と、攻撃の一切を遮断する自分も扱う金剛の鎧を思い出す耐久を持つ盾。先程の召喚獣を具現化した魔法と同種のものとは思えない現象に、驚きを隠せないエルザ。そして動揺している隙を突き、ベルクーサスと呼ばれた怪物の巨大な腕が彼女の無防備な身体に直撃し、それを大きく吹き飛ばす。

 

「オレの魔法の前では、如何に妖精女王(ティターニア)であろうと無力同然!!」

 

短く悲鳴を上げながら地を転がったエルザの姿を見て、高揚感を覚えたのか高々にラスティローズは声をあげる。自らの実力に随分と自信を持っていることが感じられる。だが当のエルザは、先程のダメージを然程気にしていないのか、特に痛みを訴えもせず悠然とその場で立ち上がる。

 

「ほう……ベルクーサスの攻撃さえモノともしないか。見た目によらずタフだな」

 

「貴様こそ、召喚魔法を使う魔導士と思っていたが、どうやらその原理は別にあるようだな」

 

巨大な怪物の剛腕を受けておいてピンピンしているエルザに、素直な称賛を告げたその男の魔法。ただ己の眷属に位置する怪物を呼び出す、もしくは生み出すものとは異なると言う事に、この短い戦いの中で気付いたようだ。

 

「先に葬った奴らと違い、妖精女王(ティターニア)は勘も鋭いようだ。奴らはわざわざ説明せねば理解できない愚者どもだったからなぁ」

 

己の手の内を見破られたことも大して気にした様子を見せず、寧ろ理解できたことを逆に賛辞し、エルザと違って考え無しに戦っていた先の二人を貶しながら語るラスティローズ。仲間を貶める言動をする度に、微かにエルザの眉根がピクリと動く。

 

「その点、お前は武勇もあり、知恵もあり、何より美しさがある。故に惜しいな……能のないクズどもと一緒になって、価値もない無数の人間どもと、助け合うなどと言う虚言を吐いていることが」

 

語りながらラスティローズは思い返していた。自分たちが理想郷と謳う、ゼレフが支配する魔導士だけの世界……大魔法世界。魔法を使えぬ、魔力を持たぬ、必要性を感じない無力な人類は死に絶え、魔導の深淵を極めた自分たちがその存在を確立できる。魔法の新たな時代の幕開けとなる素晴らしい世界。

 

奴らはその中で存在できるはずの魔導士でありながら、この理想を否定した。魔法を使えぬ9割の人間の犠牲を否と唱えた。今の世界は互いに助け合っているから成立している。魔導士は力を与え、一般人は報酬を出す。そうして積み重なった信頼が、世界を構築していると、彼にとっては弱者の戯言にしか聞こえない、クズらしき持論。

 

そんな主張を告げた彼に対して、エルザは黙して聞き入れることは出来なかった。天輪の鎧を換装で普段の鎧に変化させ、彼の主張を真っ向から切り捨てた。

 

「聞き捨てならんな。ギルドとは元より、力を持たぬ無辜の人々の願いを聞き入れ、それを果たす使命を持つ者たち。そして私たちのギルドは、例え能力が低くても想いの強さ、互いへの信頼を尊重し、それを大きな力に変える。私は……そんな仲間たちの事を心から尊敬し、ギルドの一員である事を誇りに思っている」

 

「それは本当に誇りかな?力を持たぬ者、能力が低い者、そう自分で口にすると言うことは、自らが上に立つ者である事を理解しているが故。それは誇りではない。傲慢であることの証ではないか?」

 

「確かに私は、傲慢かもしれんな。仲間を守らねば、私が前に立たねば。ギルドに入ってから幾度も抱えて来た感情は、人によっては傲慢ゆえの言動に見える。だが同時にこうも思う」

 

力があるからこそ、力を持たぬ者たちの助けになる事を使命と考えているエルザと、力無き者を、実質的に見下していると反論するラスティローズ。特に彼はエルザが告げる言葉は、言い方を変えれば傲慢な人間が掲げるエゴのようなものだと主張する。そのこと自体にエルザは否を唱えるつもりはない。自然と考えがそのように凝り固まって、周りからは傲慢だと思われることも、致し方ないと自負している。

 

だがその上で、エルザは極端に言ってしまえる程の覚悟を、常日頃から持ち合わせてもいた。

 

「私は仲間を守るためならば、力も知力も美しさもいらない。弱くても、賢くなくても、醜くても、仲間を守れる力と引き換えなら、それらを捨てることだって厭わない」

 

真っすぐに目を向けて断言したエルザの言葉の内容を、ラスティローズは認識するのに時間をかけた。思ってもみなかった言葉の意味を噛みしめるのに、脳内の処理が追い付かず、しばし呆然としてしまっていた。やがてようやく、己の聞き間違いと言う線さえ無かったと気付いた彼は、メガネを指で押し上げながら、どこか侮蔑のこもった目をエルザに向けて言い放った。

 

「理解できんな、そのような矛盾した考えは」

 

「……矛盾か……否定はできんな。そして理解してもらおうとも思わない」

 

実に勿体ない、そう言いたげなラスティローズの言葉に、微かな自嘲を抱えた返答と、確固たる意志を思わせる答えを告げる。仲間を傷つける敵である彼に、理解される必要性など、微塵もない。

 

「そんな私をも受け入れてくれたのが、今の家族と家……妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ。私には、それだけで十分すぎる」

 

エルザにとっては、大切な仲間(家族)に認められているだけで、これ以上に無い喜びだ。他者の言う矛盾した考えでさえ、きっと彼らは受け入れてくれる。むしろ、自分らしいと言ってくれるだろうか。だからこそ、他の者からどう言われようと、一向に構わない。

 

「ならば、その十分と言う満足感(サティスファクション)を噛みしめながら……散るがいい、美しく醜き妖精よ!!」

 

これ以上の言葉は不要とばかりに、片腕を上に掲げ、怪物への指示を飛ばす。すると怪物は大きな拳を振りかぶり、エルザの身体を殴り潰そうと迫る。しかしエルザはそれを寸前のところで腕に飛び乗る形で回避すると、同時に換装を行い、黒き鎧と剣を纏って怪物の懐に潜り込む。

 

「黒羽・月閃!」

 

そして振るわれた剣の一閃が、怪物の上半身と下半身を一刀両断。身体が泣き別れになったその怪物は、爆発するかのように弾け、粒子となって消滅した。

 

「なっ!?ベルクーサスが……!!あの黒い鎧が、攻撃力を高めているのか!」

 

黒羽の鎧は、元々一撃の威力を高める力を有する。そこを更に無防備な身体に攻撃を受ければひとたまりもないだろう。そして彼を守る怪物が消えた今、エルザの狙いはラスティローズのみ。

 

「我が右腕は、全てを切り裂く漆黒の剣!」

 

だがそれを認識してただでやられるつもりも彼にはない。口上を唱えると同時に彼の右腕は変化を起こし、まるで巨大な突起型の三本爪を持った黒い獣の腕のようになる。そしてその右腕をラスティローズが振るえば、カエルやカメレオンの舌のように伸びていき、迫り来ていたエルザへと襲い掛かった。すかさずエルザは足を止めて迎撃する。

 

「体の一部も自在に変えた……!?」

 

「いくら攻撃力を高めたところで、オレに届かなくては意味がない!!」

 

しなる鞭のように漆黒の剣とやらを振るい、エルザに距離を詰めさせずに仕掛けていく。安直ではあるが理に適った戦い方だ。わざわざ距離を詰め寄らせずに敵を懐に入れる義理など存在しないのだから。しかしエルザの顔に焦りはない。

 

エルザが一つ念じると、ラスティローズの頭上に魔力の扉が開かれる。瞬時に彼はそれに気付くと、扉……異空間の先に何があるのかがすぐに見えた。エルザが換装のストックを収納する魔力の収納空間だ。剣や槍と言った何十を超える種類の武具が、重力の自然落下に従って、彼を上から襲い掛かる。

 

「左手に宿るは全てを退ける黄金の盾!!」

 

しかし一瞬動揺を見せるもラスティローズはすぐさま落ち着き、金色の盾を左手に構えて己への攻撃を全て遮断。虚を突かれた攻撃手段ではあるが、阻むことに成功して彼の気分は高揚する。

 

「距離があろうがお構いなしか。だがこの程度は……!」

 

しかし、ラスティローズの余裕綽々と言いたげだった表情は次の瞬間、崩れた。何か金属同士がこすれるような音がしたと同時に、地面へ深々と突き刺さった音も響く。ラスティローズが伸ばしていた漆黒の剣と呼ばれた長い腕の手首に当たる部分が、エルザが持っていた黒剣に突き刺され、地面に縫い付けられていた。今し方響いた二つの音は、この音だったのだ。

 

「オレの……右腕が……!!」

 

これには、さしもの彼も開いた口が塞がらない。距離を空ける為に行動していた自分への対抗手段として高じた頭上からの攻撃は、彼の右腕を拘束する、この瞬間の為の囮。本命は、ラスティローズの攻撃手段を封じることにあった。

 

「だ、だが!俺にはまだ、この黄金の盾が!!」

 

「換装!」

 

持っていた剣を拘束の為に手放し、そして瞬時にラスティローズへと駆け出すエルザ。それに対して焦りを見せながらも、全ての攻撃を阻む金の盾を前方に突き出して、未だ距離のある彼女への牽制を主張する。だが、それさえも構わず彼女は身に纏う黒羽の鎧から、瞬時に別の鎧へと換装を行うと……。

 

「『飛翔・音速の爪(ソニッククロウ)』!!」

 

「ぐあああっ!!?」

 

豹柄の意匠と獣耳が施された、速度を上げる飛翔の鎧の力を用い、ラスティローズの動体視力が追い付く間もなく盾を掻い潜ってラスティローズの身体中を切り刻む。突如姿が消えたと思いきや、体中が斬られていたと言う理解が及ばない現象に、彼の頭は混乱に陥る。あまりに激痛に、右手の剣と左手の盾が消滅するほどだ。しかしだからと言ってエルザは彼が持ち直すのを待ちはしない。

 

「私の事は、何と言ってくれても構いやしない。大切な人たち以外にどう思われていようと、私が私であることに変わりはない」

 

振り向き様に告げ、飛翔の鎧から再び別の鎧へと換装を行い、エルザは膝をついたラスティローズに厳しい目を向けて、両手に持ったその剣を構える。緋色の髪を二つの団子状に纏め、身に纏うは強い光を発する白と橙の鎧。羽のついた肩と、腰にそれぞれオレンジ色の装飾が付いているその鎧の銘は『明星の鎧』―――。

 

「だが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の、私たちの仲間を傷つけたこと……その事については、私は決して貴様らを許しはしない!!」

 

エルフマンとエバーグリーン。力は及ばなかったかもしれないが、一方的に聖地に侵入し、彼らを傷つけ、あまつさえ見下し、侮辱した。自分一人だけならまだしも、家族である彼らを蔑ろにした行為に関しては、仲間を蹂躙してきた悪魔たちも含め、絶対に許すわけにはいかない。その彼女の心象を現すかのように、魔力が込められた二振りの剣は白金と銀青に光り輝く。危険を察知したラスティローズは怯えながらも腕を突き出すが……。

 

「わ、我が左手に宿るは……!!」

 

「『明星・光粒子の剣(フォトンスライサー)』!!」

 

双剣から放たれた光の波動が、容赦なくラスティローズに襲い掛かる。防御する暇もなく繰り出された攻撃に飲み込まれ、悲鳴を上げながら大きく吹き飛ばされた。波動が体を通り過ぎ、ボロボロになった身体が地に叩きつけられ、数秒前では予想できないほどにラスティローズは満身創痍となっている。

 

「(ば、バカな……!?何がどうなっている!?さっきまで……ほんのついさっきまでは互角……いや、オレが一歩先を行っていたはず……!)」

 

自らが生み出した守護聖獣が一撃で粉砕されたのを皮切りに、彼の手が一切通じなくなってしまっている。あり得ない。こんな事はあってはならない。このままされるがままになっていては彼自身のプライドにも関わる。それが許せなかったラスティローズは、震える身体に鞭を打って、ゆっくりと近づいてくるエルザに対して手を下した。

 

「我が守護聖獣!『疾風のベルファースト』!!奴を薙ぎ払えぇ!!」

 

彼を中心として渦巻きだした黒い無数の粒子が形を作り出し、エルザの目の前に顕現する。鋼鉄の身体で出来たかのような、二足歩行の(ドラゴン)らしき巨大な怪物。エルザが既に倒した一体目に引けをとらないそれは、咆哮を上げながら彼女へと襲い掛かってくる。対して……

 

 

 

 

 

一瞬で煉獄の鎧に換装したエルザは、手に持った巨大な大剣でベルファーストと呼ばれた怪物を一撃粉砕。瞬殺だった。

 

「んなあっ!!?」

 

その光景は、まるでこの世のものではなかった。今まで己の守護聖獣によって屍と化した人間は10や20では到底片付かない。圧倒的な体躯と防御力、そして何と言っても破壊力を有する彼らは、並大抵の魔導士などとるに足らないと言える偉大な存在だった。

 

だが、今目の前に立っている、たった一人の女は、まさに守護聖獣たちが歯牙にもかけなかった人間たちに対して行った行動と、ほぼ同じ感覚で返り討ちにしてみせた。まるで何十体同じ怪物を生み出そうが、有象無象と変わらないと言いたげに。

 

「どうした?これで終わりとは言わせんぞ」

 

守護聖獣の何倍も恐ろしい存在が、まさか人間の女の形をしているなど、ラスティローズは夢にも思わなかった。形容するならば、怪物を超えた化け物。自らの動悸や呼吸が早まるのを感じる。これは、恐怖……?

 

「立て。貴様に許される道はない」

 

「(こ、このオレの(カケラ)が、恐怖……!?)」

 

自らの力を見せつけるつもりが、逆に更なる圧倒的な差を見せつけられた彼が感じた感情。恐怖。数多の名声を作り上げた妖精女王(ティターニア)の姿を目にしたラスティローズは、自らが抱えた感情にさえ、困惑を覚えた。

 

硬直し、動けなくなっていたラスティローズへの冷たい目をそのままに、そのまま再起不能にしようとエルザは手に持つ大剣をゆっくりと上げ、彼にその狙いを定める。その動作でようやく我に返ったのか、ラスティローズは瞬時に両手を額の位置に持っていくと、それにエルザが勘づくと同時に魔法を発動した。

 

「出でよ!!ブリティアの亡霊たちよ!!この女の魂を喰らい尽くせ!!」

 

その恐怖は、彼の想像力を逆に搔き立てた。黒と紫に彩られた、髑髏にも見える顔を無数に張り付けた波動が、ラスティローズの背後から溢れ出し、エルザの身体をすり抜ける形で飲み込む。

 

「しまっ……!身体が……!」

 

直接的な攻撃ではない。亡霊の名が現すように正確な実体を持つわけではないが、身体に纏わりつき、その自由をしばし奪う。あるいはその不気味さゆえ、精神を侵しその者の魂を奪う。それが本懐。だが、エルザのような魔力も精神も桁違いな魔導士には、足止めにしかならんだろう。しかし、それで十分だった。

 

エルザの拘束に成功したことを確認したラスティローズは、そのままエルザに背を向けながら立ち上がると、有無も言わずに後方の森の中へと必死に走り去っていった。逃げたのだ。

 

「なっ!?待て!!」

 

唐突な敵前逃亡。敵わぬと見て恐怖心が勝り、足止めだけをして逃げたと言う事実。他者をあれほど見下した言動を放っておいて、己が窮地に陥れば、恥も外聞も捨てて逃走。どこまで性根が腐っているのかと、エルザはラスティローズに嫌悪と怒りを覚えずにはいられなかった。

 

「くっ……!はあぁあああっ!!」

 

そしてその後のエルザの行動も早かった。動き辛くなっている体にも鞭を打ち、両手で大剣を振り上げ、前方へと力任せに振り下ろす。それだけで彼女の周りに纏わりついた亡霊はおろか、叩きつけられた地面も、直線上に存在する木々もあっという間に粉々となって散乱。そしてそれを視認すると同時に、エルザは体の自由が元通りになったことも実感できた。

 

「ひっ!?ヒィィイイ!!」

 

そして同時に聞こえた男の引き攣った悲鳴。それ程遠くにまで行っていないようだが、自らの位置を知らせるかのような愚行を、みすみす逃すエルザではない。煉獄の鎧から動きやすい普段の鎧へと換装し、直剣一つを右手に持ちながら、悲鳴のした方向へと向かう。

 

しばし森の中を駆け抜け、時々聴こえる足音や茂みを掻き分ける音、さらに逃げることで足元がおぼつかないのか時々つんのめった時に出る悲鳴を拾って追いかけ、森に入って30秒もしない内にエルザはその視界にその男の背中を捉えた。

 

「逃がさん!!」

 

その姿を確認するや否や、右手に持っていた一振りの剣を投擲。その剣は、ラスティローズが逃げていた方向のすぐ目の前の木を貫通する形で突き刺さった。

 

「う、うわぁあっ!!?」

 

追い詰められたことで虚勢が剝がれたのか、情けない悲鳴を上げながら後ろに倒れこむラスティローズ。その合間に追いついたエルザは、その醜態に最早怒りを通り越して呆れさえ覚えた。

 

「貴様にはどうやら、ほんのひとかけらさえ与える慈悲など存在しないようだ。覚悟はできていような?」

 

腰を抜かして突き刺さった剣を怯えた顔で見ていたラスティローズの真横から、換装で呼び出したもう一振りの剣を、彼の顔のすぐ傍に突きつける。先程以上に冷たい表情でエルザが彼を見下ろしながら告げれば、ラスティローズの表情はより恐怖に染まりあがった。

 

「ヒィイ!!た、頼む、許してくれ!!この通りだ!!」

 

「この期に及んで、そのような口が通じると思っているのか!!」

 

敵前逃亡に引き続いて命乞い。腰を抜かし、両手を上にあげて、その姿はさながら降参の意。だがこれまでの奴の行動を思い返せば、そのような形ばかりの謝罪程度で到底許されるようなことではない。現にエルザも、怒気を強めて主張し、突きつける剣を離しはしない。

 

「お、オレが悪かった!!降参する!だから、だからこれ以上は……!!」

 

しかしそれでも尚惨めったらしく命乞いを続けるラスティローズ。もういい。こいつが如何に救いようのない下劣な存在かが分かった。そう結論付けたエルザは、剣を握る力を強めて、その男を斬り伏せようと振りかぶる。

 

 

 

「っ!?」

 

だがその直後、エルザの背後から別の魔力を感じ取ったエルザは、ラスティローズをひとまず捨て置き、その場を跳躍して回避。すぐさま彼女がいた場所に六つの光が襲い掛かり、着弾すると同時に光の柱を作り上げる。ラスティローズにギリギリ当たらなかったところを見るに、確実に狙いはエルザだったことが分かる。

 

「新手だと……?何者だ!!」

 

今の魔法はラスティローズのものではない。瞬時に悟ったエルザは、着地すると同時に攻撃してきた存在がいるであろう方向に顔を向けて新たな敵を視界に収めようとした。

 

「よく避けたな、エルザ」

「!!?」

 

が、その声を耳にし、その姿を目にし、エルザは己の耳と目を疑った。それはもう、これまで見聞きした中でも、信じがたい、信じられない存在が、目の前にいたのだから。

 

()()()()六連星(プレアデス)……完全に不意討ちだったのだが、さすがと言うべきか」

 

木々の合間を悠々と歩きながら、こちらへと近づいてくるその人物に、エルザは心当たりが、いや、記憶の中に一番焼き付いていた存在であったと言っても過言ではない。だが故に、ここにいることなど、本来は天地がひっくり返ろうとも割り得ないのだ。

 

「ふっ……ハハハ……!いいところに来た……!地の底より舞い戻った一等星(ヴェスペリア)……我がギルドの客人よ!!」

 

動揺と困惑をこれでもかと現わし、狼狽している妖精女王(ティターニア)。対照的に、彼女に先程まで追い詰められていたラスティローズは、これでもかと優越感を覚え、この場に現れた味方を迎え入れ、高々と告げている。だがそんな彼の言葉には耳を貸さずに、エルザへと近づいてくるその存在に、ただただ彼女は呆然となり、気付けば呟いていた。

 

「な、何故……お前が、ここに……いや、奴らと、共にいる……!?」

 

最後に()を見たのは、評議院に連れていかれた時だった。大罪人の烙印を押され、罪を償う為に冷たい鉄格子へと連行される牢馬車へと自ら入っていった、悲しくも、優し気があった、幼少の頃と同じ笑顔。だが、今その男が浮かべているのは、全くの別物……。

 

評議院(やつら)の牢獄から解放してもらった恩返しさ。それに妖精の尻尾(フェアリーテイル)……特にお前には大きすぎる借りがある。そうだろ、エルザ?」

 

青藍の短い髪、左目を覆うように刻まれた赤い刺青。端正に整った美青年と言うべき顔。その男の事を、今後生涯、忘れる事など無い。そうエルザが自負できる程の存在が、問いかけるようにしてその顔を向けてきていた。

 

「ジェラール……!!!」

 

ジェラール・フェルナンデス。その男が浮かべていた表情は、楽園の塔にて対峙していた、悪としての彼が浮かべていたものと同じものだった……。




おまけ風次回予告

ペルセウス「なあエルザ、アースランドのジェラールって、お前から見てどんな奴なんだ?」

エルザ「何故、そんな事を聞く……?」

ペルセウス「いやほら、俺にとってのジェラールって、エドラスから来たミストガンしか知らねーから……ウェンディ以外のみんなは、大体の事を知ってるっぽいし」

エルザ「そう言えば……ペルたちには話してなかったか……。そうだな、一言で言い表すのは難しい。だが今でも思い出すのは、みんなの光となって導いていた、子供の時の姿だ……」

次回『追憶のジェラール』

エルザ「ニルヴァーナの事件で会った際は、まさにその時のジェラールに、戻ったかのように思ったよ……」

ペルセウス「そうか……お前がそんな顔で語る程の奴がいたとはな……」
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