もうここ最近は会社が何かしらの問題発生で営業続行不可能にならねぇかな~なんて破滅願望が浮かぶくらい仕事に時間を取られ続けています…。
やりたくもない残業をしないと仕事が回らないってふざけてる…。前まで週一で更新できてたのに、やらなきゃいけない事が多すぎる…!
彼女が最初に彼と会ったのは絶望の中だった。故郷を焼かれ、村人のほとんどは殺され、そして残りは奴隷として無理矢理に連れていかれた。楽園を建設する為と言う、名前とは正反対である文字通りの地獄へ……。
そこで彼女は出会った。絶望に染まらずにいられたきっかけである仲間と、生涯絶対に忘れることがないその少年に。
「“ジェラール・フェルナンデス”」
「うわ~、覚え辛ぇー!舌噛みそうな名前だな~」
「そういうお前も、“ウォーリー・ブキャナン”って忘れそうだよ」
その青藍の髪と左目の周りに紅い刺青を持った美少年、ジェラールは仲間の一人である逆立った黒髪の少年ウォーリーと、自分の名前を改めて紹介し合っている。無為に結束を固めて反乱を起こさせない為か、時々行動を共にする面々を変えていた際に、自分たちは一緒になった。
共にするようになって数日。ふとした話題として挙がったのは互いのフルネームだった。ジェラールにもウォーリーにも、元々は故郷があり、家族がいた。その証であるラストネームは彼らが失ったであろう思い出足り得るものとなっている。
エルザにはそれが眩しくもあり、羨ましく感じた。
「エルザ、お前は?」
目についたのかウォーリーは次にエルザへをそれを尋ねてきた。だがエルザには、二人のようなラストネームは存在していない。物心ついた時から故郷である『ローズマリー村』の教会にいて、そこで暮らしていた自分と同じ孤児たちと、親代わりのシスターと共に生活していた。“エルザ”と言う名は教会前に自分を捨て置いた名も顔すらも知らぬ親が書いたであろう、彼女を包んでいたおくるみに書かれていた名だ。当の捨てた本人のラストネームなど、知りたいとも思わない。
「私はエルザ……“ただの”エルザだよ」
「それは寂しいな……」
正直に答えれば、素直な感想のような返答がジェラールから返ってくる。物悲しさはあるが、それがまだ10年ほどしか生きていないエルザにとっての自分。幼いながらもそんな達観した想いを抱えていたが、その中の一抹に羨望が宿っていたのも、また事実であった。
だが突如、エルザは自分の髪が誰かに触れられている感触を覚えた。気付いて後ろを見てみれば「お」と純粋故か不躾にジェラールがエルザの髪を持ち上げるように手に取っていたのが分かった。
「ちょ……何よぉ」
「キレイな緋色!」
歳の近い異性に触れられる機会など皆無だったことから気恥ずかしさを覚え、素っ気ない態度を見せながら軽く振り払う。しかしその態度には何も気にすることなく、ジェラールは無垢らしささえ感じる笑顔を浮かべながら言った。緋色……エルザの髪の色だ。思わず反芻したエルザに頷きながら、閃いたと言わんばかりに彼はこう続ける。
「そうだ!“エルザ・スカーレット”って名前にしよう!!」
「『名前にしよう』って……お前そんなの勝手に……」
髪色の名称をそのままエルザのラストネームにしようと言う唐突な提案。ほぼ初対面の異性、それも何の断りもなく髪を触ったことも加味して、子供じゃなかったら間違いなく何かしらの問題が起きただろう言動に、普段は大雑把な面が目立つウォーリーから指摘される。一歩離れたところで見ている褐色肌の少年も睨むようにジェラールへ鋭い視線を向けているが、肝心の本人はそれに一切気付いていない。
「『
そしてエルザはと言うと、最初こそ戸惑いが強く混乱していたが、キレイだと誉められた自分の髪に触れ、頬を紅くしながら今し方つけられた自分の名を反芻する。教会にいた頃に大人たちからも髪の事を褒められはしたが、ジェラールに言われ、そして名を与えられた今この時は、過去に感じた事のない胸の温かさと高鳴りを覚えた。
「そう、お前の髪の色の事だ。これなら絶対忘れない!」
『ただのエルザ』だった今までとは変わり、れっきとした名前『エルザ・スカーレット』となった一人の少女。その名を己に刻むために、ジェラールは自分の一番の特徴を教えてくれたのだろう。
その後豹変し、楽園の塔を追放されることとなるエルザ。しかし過去の思い出の一つとして残していたこの出来事は、彼女が自身の緋色の髪を意識することのきっかけになっている。そしてニルヴァーナを巡る
『
エルザの緋色の髪に関する言葉。これだけで、彼女は確信できた。全てと言う訳ではないが、ジェラールの記憶の一部が戻りかけていたことを。エルザに向けて彼が告げた「絶対忘れない」と言う言葉が、まさに彼の記憶を呼び起こすこととなった。
最後に豹変する前の彼と会えた上、過去の事を思い出してくれた喜び。償いきれぬ罪を清算するために自ら連行され、二度と出られぬ牢獄へと身を投じ永遠の別れとなった悲しみ。切ない別れを乗り越えようと、エルザは前を向いて今後の未来を生きてきた。過去にジェラールが与えてくれた光を見失わず、懸命に。彼に会えない悲しみを埋めるように。
だからこそ、理解できなかった。今目の前に現れた、自分を捨てた時のような、あらゆるものを利用して貶めてきた時と同じ顔をしたジェラールの存在が。
────────────────────────────────────────
未だ降りやむ事のない雨が、場にある全てのものを濡らす。森の木々や草花、大地のみならず、それは己たち人であっても例外ではない。だが、本来その雨に打たれる事のない場所にいるはずの男が目の前に現れたことに、エルザは激しい動揺を表情に浮かべざるを得なかった。
「ジェラール……!?」
エルザにとって、その男は彼女のこれまで生きてきた人生において、外すことのできない存在だった。かつては彼女と共に奴隷として過酷な環境に身を置き、亡霊に憑りつかれたことで打ち捨てられ、8年越しの因縁に決着をつけた直後、記憶を無くした状態で再会を果たし、しかしその後重すぎる罪を償う為に牢へと入っていった、大切だった人……。
そんな男……ジェラールが今、目の前に、そしてその浮かべた顔はかつて対立していた時と同じ、悪意に満ちた嘲笑が混ざったもの。
「いや……あり得ん!お前がここにいる訳がない……!!」
振り払うように首を大きく横に振りながら、エルザはまるで自分に言い聞かせるように声を張り上げ否定する。そうだ、ジェラールがここにいる事などあり得ない。新たに発足された評議院は、以前の体制よりも更に強固かつ厳正。その上最後に言葉を交わした際のジェラールは、亡霊に憑かれる前の優しい彼だった。今更脱獄しようなど……。
「折角また会えたと言うのに随分な挨拶じゃないか」
だがしかし、その容姿や声、佇まいは間違いなくジェラールそのもの。皮肉めいた言動は
「驚きを隠せないようだな、
戸惑いを露わにするエルザに、ほんの数十秒前まで腰を抜かしてエルザに命乞いをしていたラスティローズが、立ち上がって今の彼女の心境を指摘し、余裕そうな態度を取り戻して図星を突きに来ている。
「評議院によって捕まり、牢の中にいるはずのジェラールが何故ここに?大方思っているのはそんなところだろう」
両手を大袈裟に広げて、まさにエルザの胸中でこみ上がっている想いを言い当てる様は、さながら演劇の役者。そこにはつい先程までの虚飾が剥がれたような情けない姿は嘘のように残っていなかった。
「ジェラールは現在、我々
疑問を拭いきれないエルザに対し、ラスティローズが律義に語った彼の詳細。
「脱、獄……!?いや、だがそんな話があれば、既に知れ渡っているはず……!!」
「脱獄できたのはほんの数日前だ。それに、変わったばっかですぐさま失態を公表するような事、“評議院”が正直にすると思うか?」
評議院に潜入しエーテリオンを投下させた、二度と外に出ることも叶わぬ罪を犯したジェラールの脱獄。そんな事が起これば事件として世間に知れ渡らないわけが無いはずだが、その疑問を口にしたエルザへの解答は、本人から明かされた。新体制に大きく揺らぎをかけてしまうような大事件が、立ち上げてからたったの数か月で起きてしまった事を簡単に公表などできる訳がないと。
「ジェラール……お前、記憶は……!?」
しかしエルザの疑問は他にもあった。ニルヴァーナを巡る事件があった時、その場にいたジェラールは記憶喪失だった。戦いの激化や、ふとしたきっかけで、少なくともナツについては思い出していたようだが、豹変する前の性格に準拠していた。
だが今目の前にいるジェラールの様子は、その豹変が起きてからの8年間のもの。これが意味することは何なのか。エルザは心のどこかで気付いていながらもそれを確かめるのに躊躇いを覚えた。そんな彼女の葛藤に気付いてないのか、気付いていながらも現実を知らしめるためか、無情かつ淡々と答えを述べた。
「脱獄の直前、牢の中で戻った」
まるでタイミングを選んでいたかのような偶然さ。
「自分が記憶喪失だったなんて、今でも信じがたい話だがな」
「覚えて、いないのか……?」
更に追い打ちをかけるように告げられるのは、まるで記憶が失われていた頃が存在していなかったかのような口ぶり。共にニルヴァーナの崩壊を切り抜けてきた時の、
「失われた
所々の言い方はよく分からないが、彼のその言葉が何を意味するのかは分かった。ジェラールは失われた全ての記憶を思い出すと同時に、記憶を失っていた時の事を忘れてしまった。いや、捨てたと言う方が正しい。
「ここにいるジェラールは、かつて楽園の塔を
「ゼレフを騙って人を勝手に利用していた奴らがよく言えたものだ」
「おっと、これは失礼した。だが目的としているものが同じである
声高々に己を紹介したラスティローズに対して皮肉めいた笑みを浮かべて肩を竦めて突っかかったジェラールは、メガネを指で整えながら同様の返しをした彼の言を耳に入れながら、エルザへと視線を移して彼女へと数歩近づいていく。
「グリモアの手引きで脱獄し、奴らの目的を聞いた俺はこれを好機と思った」
「……好機……?」
愕然を表す表情を戻せないまま立ち尽くしていたエルザは、思わずそのまま聞き返した。彼女の表情が想像通りだったからか、その問いに口を吊り上げてジェラールは続けた。
「一つはあのゼレフがまだ生きていて、オレがゼレフと共に作り上げようとしていた世界と同等の、大魔法世界。そしてもう一つは、お前たち
ジェラールが告げた目的。特に二つ目を聞いた瞬間、エルザは目を更に見開き、彼の狙いに気付いた。それを口にはしなかったものの、ジェラールも彼女が気付いた事を察知し、更に邪悪な笑みを深くする。
「そうだ。楽園の塔で手痛い目に遭わせてくれた、ナツ・ドラグニル、シエル・ファルシー、そしてお前を含めた
それが引き金となり、ジェラールは声を張り上げて彼女の名を呼ぶと同時に、掌を掲げて彼女へ魔法を放つ。直撃。その勢いのまま彼女の身体は後方へと吹き飛ぶも、すぐさま翻って地面へと着地したエルザは勢いよく駆け出してジェラールへと再接近。それを見て若干の驚きを表したジェラール目掛けて、エルザは右手に持っていた剣を振り下ろす。魔力を込めた腕でそれを防ぐも、止められたエルザの表情に、最早先程映った動揺や困惑と言った感情は残っていなかった。
「させるものか……大魔法世界も、
浮かべていたその顔に写っているのは、怒り。一時は見せてくれた希望の兆しを壊し、再び悪しき思想に囚われたかつての友へ、凶行と報復を行おうとする彼を止めんが為と、剣を握り締める右手に更なる力がこもる。
「ジェラール!今ここで私が、今度こそお前の野望と報復を、
「……やってみろ。出来るものならな……
宣言を叫んだエルザに対し、余裕を表す笑みを浮かべて返したジェラールは、その直後に身体に黄色い閃光を纏い、瞬時に移動。力を込めていたエルザの態勢が崩れるも、すぐさま持ち直し、超がつくほどの高速で攻めてきたジェラールの攻撃を捌く。
受け流されたことで舌打ちを一つ口に出したジェラールは、攻撃の手を緩めることなく何度もエルザに接近と退避を繰り返して追い詰めようとする。だが鍛えぬいた反射神経でエルザはジェラールが仕掛けてくる攻撃を見切り、反撃の糸口を探るように剣を振るって受け流していく。
「
このままだとジリ貧だと感じたジェラールは高速で動きながら右手を後ろに引き、背後に黄色く輝く魔力の剣を9つ生み出し、右腕を振りかざして発射。ジェラールの動きを警戒していたエルザは躱すことなくそれを受け、彼女がいた場所に土煙が舞い起こる。
しかし、その煙が晴れた中で、彼女はダメージを受けた様子などなかった。頑強な造りを施した鎧と、両肘に付けられた身の丈より大きな半々の盾により、彼の攻撃を遮断していた。防御に特化した金剛の鎧だ。
「ちっ、受け切ったか……」
「換装!!」
決定打を中々叩き込めない事に悪態をついたジェラール。それを隙と判断したエルザは即座に金剛の鎧を飛翔の鎧へと換装。防御特化から敏捷を限界まで上げた鎧へと変化させたことで攻守が逆転する。両手で持った二つの剣を自らの手足のように振るってジェラールへと肉薄し攻撃を当てようとするも、彼もまた光を纏っていることで敏捷力は上がっている為、互いの攻撃はほとんどダメージを与えられていない状況だ。
「楽園の塔で戦った時よりも更に腕を上げたようだな」
どちらの攻撃も有効打を当てない状況下で、ジェラールは余裕さえ感じられる様子で言い放つ。エルザはそれが癪に障ったようで、歯ぎしりを起こすほどの怒りと共に歯を食いしばり、今度こそ当てようと踏み込んでジェラールへと肉薄する。
だが右手に持つ剣がジェラールを捉えようとしたその時、直前のタイミングでエルザの剣が横から伸びた何かによって弾かれた。伸びてきた方向に思わず目を向けてみると、ジェラールとの激突が始まってから蚊帳の外になったかと思われたラスティローズが、その右腕を漆黒の剣へと変化させており、ジェラールに届きかけた攻撃を防いでいたことを理解した。
「忘れては困るな
「卑怯とは言わせんぞ?」
「くっ……!?」
横槍を入れてしたり顔を浮かべるラスティローズに続くように、ジェラールが素早く腕を動かし、エルザの目の前左右それぞれに十字型の光陣が描かれる。剣を持つ手を弾かれて、今の彼女は無防備だ。
「『
それぞれの光陣から放たれた赤と青の二色の十字光が交わるようにしてエルザを襲う。回避も防御も間に合わずに、エルザは雨に濡れた地面を転がってしまう。
「この程度では終わらんだろう?」
すかさずジェラールは光を纏って近づき、追撃を仕掛けて蹴りを繰り出す。だが素早く態勢を変えたエルザは左の剣でその攻撃を防御しながらその場を退避し、空中で姿勢をとろうとする。
「ハハハァ!!」
だがそれを彼女にとっては最悪のタイミングで邪魔するのは漆黒の右腕を振るうラスティローズ。彼女の死角になる位置から迫ったその攻撃は、エルザによって受け流されるも、意識を逸らされた彼女に再びジェラールが迫って、上から踵落としを喰らい、地面へと叩きつけられる。
「無様なものだなァ、
叩きつけられて痛みをこらえながらも上体を起こそうとするエルザに、ラスティローズは馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま右腕の三本爪を開き、そのままエルザを掴むように押さえつける。勢いよく押さえつけられたことで悲鳴と共に息が口から吐き出され、エルザは体の自由が利かなくなってしまう。
「さて……そろそろ
癪に障る男の声だけがエルザの耳に届き、悔しさをにじませた険しい顔で上空を見れば、そこにはジェラールによって曇天の下に刻まれた七つの魔法陣が並んでおり、その中央部に中空に浮いたジェラールがこちらに狙いを定めているのが見えた。あれは、見覚えがある。楽園の塔にて、シエルやナツが喰らい大きなダメージを受けた、ジェラールの大技……。
「七つの星に裁かれよ……!
降り注ぐは隕石に相当する威力の七つの柱。規則的に並べられた七つの星光が、エルザ目掛けて降り落ちる。彼女を縛り付けていた漆黒の剣は、着弾する直前に解除され、ラスティローズには全くダメージが及ばない。眩い光が当たりを照らし、それが解けた時には、エルザは先程よりもボロボロにされた状態で横たわり、呻き声をあげるしか出来ていない状態だった。
「ほう……これは驚いた。死にはしないだろうと思ったが、意識までまだあるとは……」
かつて妖精の魔導士はこの技を受けても五体満足で生き残っていた。エルザも並大抵では倒れないとは思っていたが、予想以上の耐久と精神だと、表情には出さないがジェラールは感心した様子でいる。
「……ジェ、ラー……ル……答え、ろ……!」
未だ意識が残っており、更には降り立ったジェラールに気付くと、エルザは彼に問いかけようとしていた。「ん?」と聞き返すように一言ジェラールが零せば、絶え絶えの息のままジェラールにその疑問をぶつけた。
「共に……ニルヴァーナを、破壊した、時の事を……本当に……覚えて、いない、のか……?」
「ああ、その事か。夢を見ていたかのようにぼやけてばかりで、ほとんど記憶にない。ま、記憶を無くしてたんじゃ、あの時のオレもどうかしていたんだろう」
ジェラールが記憶を無くしていた、ニルヴァーナの件。先程覚えていないと言いたげな口ぶりをしていた為に、その時の事が本当に記憶から消えてしまっていたのかの確認。対するジェラールの返答は、肩を竦めながら呆れたような声で答えられた。
「ウェンディに……言った言葉、も……そうな、のか……?」
その質問には、怪訝の顔を浮かべた。エルザの記憶の中には評議院に連れていかれる直前、本来は出会ってすらいなかったウェンディの事を思い出せない事への謝罪と、自分が誰かの助けになれていた事への安堵を彼女に告げていた。彼はその事さえ忘れたと言うのか……?
そんな想いを抱えた問いかけに「ウェンディ……?」と考える素振りを見せ、数秒口を閉ざす。やがて一つ息を吐くと、ジェラールはエルザへと視線を戻し、無表情のまま答えた。
「覚えてないな。思い出す価値があるとも思わん」
そう冷たく言い放ったジェラールに、エルザは体の限界さえも忘れる程の怒りに駆られた。悲鳴を上げる手足や胴など省みず、記憶に残る幼い少女が見せた悲しみや絶望。それを感じさせない普段の明るさと健気な姿勢。そして、自らが彼女を
そんな彼女の想いを、ぞんざいに踏み捨てた事への怒りが、彼女の力となってジェラールへと向かう。微かに驚いた様子の奴の顔を、せめて一発。拳を叩きこまなければ気が済まない。
激昂の雄叫びを上げながら振るったその拳は……届くことはなかった。驚きは一瞬で済ませたジェラールが、掌を翳して魔力の波動をエルザにぶつけると、彼女の身体は再び地面を転がった。
「終わったか?」
「ああ、今度こそ、な」
倒れ込み、動く気配を感じられないエルザを見て、二人の男が浮かべる笑みが深くなる。思っていた以上に苦戦させられたが、七眷属に加えて元聖十の魔導士も同時に相手取ると言うのは限度があったようだ。
「(体が……動かん……!)」
どれほど動かそうとしても動かない自分の体を呪いながら、エルザはその意識が徐々に薄れていくのを自覚した。重い瞼も閉じていき、このまま倒れ伏すばかりとなる自分への不甲斐なさを感じながら、彼女の視界は深い闇に閉ざされる……。
―――……。
何だ?
今、誰かの声が……?
――――……――ザ……。
……!!
「は……!?」
ラスティローズは己の目を疑った。確かに倒れ伏し、起き上がる様子などないと確信していた女が、ふと気付けばその身を起こし、しっかりと二本の足で立ち上がっているのが見える。
「嘘、だろ……!?」
完全に意識も失って戦える訳がないと思っていたエルザの現状に、最早ラスティローズは恐怖さえ覚えた。ジェラールにも表情に動揺と冷や汗が見えるが、ラスティローズとは異なり彼女が何か動きを見せた時に対処できるように身構えている。
だがエルザは中々動きを見せることなく、僅かに息が乱れていて立っている二本の足も小刻みに震えている。誰がどう見ても、彼女が限界に達しているのは理解できるような状態だった。
「……はっ……ハハハハ!!そんなボロボロの状態で立って、今更何が出来る!?とどめを刺してほしいのか?」
明らかな満身創痍。それを再確認したラスティローズが勝利を確信して思わず大袈裟に笑ってみせる。しかし対するエルザの放った答えは、彼が予想したものとは全く異なるものだった。
「貴様の魔法について……ある程度理解できた」
鋭い眼光を覗かせながら言い放ったエルザの言に、ラスティローズは再び笑みが強張った。同様にジェラールの顔にも動揺が見えているが、エルザはそこを指摘せず自身が気づいた彼の魔法についてを語り出す。
「貴様が使う魔法は、使い手が想像したものを作り出す魔法。さっきまで作っていた怪物たちは、召喚で呼び出されたものではなく、お前自身が一から作り出した生き物。そして、本人の体の一部が変形したのも、そう変えられるように想像した為」
そしてその説明はラスティローズに少なからず動揺を与えていた。正解だ。彼の魔法は『具現のアーク』。使用者が想像した通りのものをその場で創造する事を可能にした力で、剣や盾、守護聖獣も含めて全てラスティローズの創造によって作られた存在だ。当然その能力もラスティローズの想像力に起因する。
「だがそれは実体こそあれど、想像と言う無の空間から作り出した、いわば偽物。だからある程度のダメージを与えた怪物たちは消滅した」
事実エルザが守護聖獣を攻撃し、肉体の維持が叶わなくなれば消滅し、使用者本人である彼がダメージを受けた事で想像力が一旦途切れ、強化された部分が戻ってしまっていた。普段であればわざわざ高説を垂れたところで理解のされない、選ばれしものが認識を許されたと自負する己の魔法を、まさか対峙していただけで訂正の余地もない完璧な理解を得られてしまうとは思わなかった。
「さ、さすがと言うべきか
どのみち今更気付いたところでエルザに出来る事など高が知れている。数多の敵を沈めてきた無敵と言える己の魔法。更にこちらは数の利もある。彼の勝利が揺らいだわけではないと、更に声を張り上げて主張する。
「想像の力は無敵!その上こちらには頼もしき味方がいる!!」
「最早どう足掻いても、お前に万が一の勝ち目すら残ってはいない!!」
ラスティローズに同調するように声を荒げながら閃光を纏い、ジェラールは再びエルザ目掛けて攻撃を仕掛ける。
「せめて、最後はオレが息の根を止めてやろう!エルザァ!!」
目にも止まらぬ速さで接近して、右腕を引きながらトドメの一撃を見舞おうと狂気の笑みを浮かべる。1秒にも満たないであろう次の攻撃に対し、瞼を閉じていたエルザは視覚以外で感じ取り、その手に持っていた直剣を振るい迎撃した。
「お前は……ジェラールではない!」
一歩踏み込んだ姿勢となってから告げたエルザが生んだその光景。振るった直剣はジェラールを一閃し、何とその胴体を真っ二つに斬り裂いた。だが、切り裂かれた切断面は、鮮血や内臓などは一切出てこず、ノイズがかった真っ暗な空間を写すのみ。
「なっ!!?」
「がっ……エ……ル、ザ……!!」
それを見たラスティローズは今までで一番の衝撃を顔に出し、斬られたジェラールからも、一切の血は出てこず、泣き別れて二つになったジェラールにもノイズが走り始める。それはまるで、今のジェラールが人間ではない事を証明しているかのようだ。
そう。エルザは気付いた。戦っていたジェラールは脱獄していた本人ではない。ラスティローズの具現のアークで作り出された
「本物のジェラールは……今も、檻の中だ……」
そして若干表情に悲しみを帯びながら、エルザは真実を口にした。まるで自分に言い聞かせるように。だが事実、本物のジェラールは脱獄などしていないし、記憶もまだ失われたまま。毎日評議院の見回りから痛めつけられ、無気力に佇みながらも、この時は何かを感じ取って遠くにいるはずのエルザに檄を呟いていた。
「負けるな……エルザ……」と。
「お前はもう戻るといい。私の、思い出の中に……」
「エ、ル……!」
その声が本当に彼女に届いていたのか、それとも彼女の頭に響いたのは、唯の思い出の中にいた彼だったのか。それはエルザ本人でさえも知る由もないし、彼女も思い出に縋るつもりはない。ジェラールは
それを改めて証明するかのように虚像のジェラールへと、悲しげな顔で振り向きながら告げれば、身体に走るノイズが徐々に増えていったその偽物は、名を呼びきる前にその姿を完全に消滅させた。それを見届けたエルザは顔を伏せ、もう一度心に言い聞かせた。これで良かったのだと。
「な、何故だ……何故分かった……!?」
一方で、偽のジェラールを作り出した張本人は、今までの余裕も完全に消え失せた様相で狼狽し、エルザに問うた。それを聞いたエルザは伏せていた顔を上げると語りだした。自分が違和感に気付けた要因を。
「怪物を一から生み出すならば、人であっても可能とは思っていた。そして、偽のジェラールを作り出す隙は、あの森の中で作っていたのだろう?」
想像したものを具現し、実物として作り上げる。それが具現のアーク。自らの頭の中でしか思い描けない怪物でさえ形に出来るのだから、記憶の中にある人物を作る事も同じことだとエルザは気付けていた。
そしてあの偽物のジェラールが現れたのは、一時逃走を図って森の中へとラスティローズが逃げた後。ジェラールが彼が作り上げた偽物であることを悟られないように、作り出した後はエルザの意識を自分へと敢えて向けるために
「違う……オレが聞いているのはそこじゃない!!何故、あのジェラールが、オレの生み出した偽物だと分かったのだと聞いている!!オレの具現のアークは完璧だ!オレの想像した通りに作り出す!本物と遜色の無い、ジェラールを……!!」
だがラスティローズの質問は、エルザの答えとは違った。違和感を感じたとしても、あれはまさしくジェラール本人を再現した存在。外見も声も魔法も魔力も、全て本物と遜色の無い自信作。ある人物から正確に教えてもらったジェラールを、一切の妥協なく作り上げていた。偽物だと教えられたとしても、それを疑う方が自然なほどのクオリティだと自負している。だからこそ、何故見破れたのか、それに対するエルザの答えは、至ってシンプルだった。
「そんなもの、見れば分かる。むしろ一目見た時にすぐ気付けなかった自分が情けないぐらいだ」
一切の揺らぎもない真っすぐな目で彼を睨みながら、堂々と言ってのけたその返答に、ラスティローズは開いた口が塞がらなかった。頭の片隅では、お前は一体何を言ってるんだ、と言う言葉も過ったほど。彼女から見れば、誰もが本物に見えるはずの彼の作品は、どこからどう見ても偽物でしかないのかもしれない。
「我らが聖地を無断で荒らし、私の仲間を傷つけ……そして、人の思い出を穢した!!」
呆然自失と立ち尽くしていたラスティローズは、エルザに起きていた変化を感じ取る余裕すらなかった。ただでさえ怒りを刺激する所業を行っていた
勢いよく飛び出し、近づかれた事に気付いた時には、エルザの一閃によって大きく後ろへと吹き飛ばされ、地を転がされた。まずい。完全に彼女の逆鱗に触れ、戦況を悪化させた。逃げようにも体を動かせず、ラスティローズはこの上なく焦りを覚える。
「貴様は……貴様だけは、決して!!」
そして対するエルザは収まらぬ怒りのままに倒れ伏すラスティローズへとトドメと言わんばかりに剣を振るおうと飛び掛かり構える。恐怖に引き攣った顔を振り向かせたラスティローズへの最後の一撃が放たれようとした……その時だった。
「……!?」
突如、エルザの身に異変が起きた。前触れもなく脱力感を覚え、握りしめていた両手に力が入らなくなり、剣が離れてしまう。そして彼女の身体もまた着地に備えることも踏ん張ることも出来ずにそのまま前へと倒れこんでしまった。すぐさま立ち上がろうにも、戦いによる消耗がただでさえ激しかったこともあって、上手く力が入れられない。
「な、何だ……!?力が急に……!!」
「……はっ……はははは……!どうやら運はオレに味方したようだ!!」
突如倒れこみ、動けなくなったエルザを見て、同じように少し唖然としていたラスティローズであったが、何かを理解して立ち上がり、そして高らかに叫び出す。何が起きたのか分かった……というよりも、こうなる事を待ちわびていたかのようだ。
「何を言って……っ!?」
言葉の真意を聞き出そうと彼を見上げるように睨むエルザだったが、彼女の目には信じられない光景が映りこんだ。
「樹が……!?」
天狼島の中心に聳え立っていた巨大な樹が、少し前から起きていた地響きと轟音を立てながら、根元から倒れこんでいく、自然には決して起こりえない、地獄絵図のような光景を……。
────────────────────────────────────────
時は少し遡り、天狼樹の根元付近で激突していたペルセウスとアズマ。だが今その空間はつい先程とは打って変わって静かなもの。その理由は戦いが一時的に中断となっているからだろう。
「俺からも一つ聞かせてもらおう」
「何かね?」
「あんた……何で闇ギルドなんかに入ってんだ?」
実力の高さが拮抗し、手応えのある戦いを望む強さへの求道者。性格や戦い方からもその実直さが伺えるのがアズマという男の特徴だ。故にペルセウスは疑問だった。何故そんな男が、手段を選ばない者たちが多くいる闇ギルドに身を置いているのかが。
あくまで推測でしかないが、アズマのような人物ならば闇ギルドに身を置いている方が不自然だと感じるのが普通だろう。ペルセウスから尋ねられたアズマは口元に弧を描きながらそれに答えを示した。
「その疑問はもっともだね。キミが指摘する通り、闇ギルドの魔導士たちはオレと違って正面からぶつかり合う闘いを求める者は数少ない。マスター・ハデスのように圧倒的な力を持っているならともかく、オレと同じ位置にいる煉獄の七眷属ですら、時に搦め手や騙し討ちを用いて敵を貶める者がほとんど。だからこそ、オレは闇に身を置くべきだと
ペルセウスの疑問に対し、推測に肯定すると共に告げられた言葉……特に最後の文言に対し、ペルセウスは大きな驚愕を示した。詳しく説明を聞いてみれば、アズマはその高い魔力と才能、そして闘争への姿勢をとある人物に見初められ、スカウトされたらしい。
正面から堂々と、力と力のぶつかり合い。一見光にいるようなスタイルを持っているアズマは、相手に対しても無意識にその戦いを求めていた。だがアズマの望みを叶えられるとすれば、相手が正規に所属する、強大な力を持ち、正々堂々とした戦いを望む者である必要もある。アズマは根底に光の素質を持ちながらも、闘争を求むるあまり相反する者たちが渦巻く闇の側へと入っていった。
「オレは一度たりともその選択を後悔したことはない。数々の武勇を広めた魔導士たちとの激突。それに打ち勝つ高揚感。オレが望む闘いは、自然と向こうから訪れる。今この時、キミと戦えることにも、感謝すらしているね」
「その感じだと、ハデスに良いように使われていることさえ、分かっていながら従っているみてーだな」
傍から聞けば、アズマのような強力な魔導士を光に寄せず、引きずり込ませる腹黒さが垣間見える。だがアズマがそのような搦め手に気付けていないようなバカとも思えない。自分が利用されている側であることを理解していながらも、敢えてその身を退かずに投じている。その言葉に、アズマは一切の否定を告げない。
「無論だ。だが一つ訂正しなければならぬ箇所があるね」
しかし彼は別の箇所を指摘した。そう。ペルセウスは一つだけ、勘違いをしていた。一見違和感など感じられないやり取りの中にあった、たった一つの相違点を。
「オレを闇の世界に引きずり込んだのは、マスター・ハデスではない」
更なる驚愕を見せるペルセウス。しかしそれはまだ序の口。彼が更に困惑を覚える真実の爆弾を、アズマは持っていた。
「オレはかつて、その男が率いるギルドに身を置いていた。最強と謳われる闇ギルド・
マスター・ハデスの一番弟子『ヤート』が作り上げたギルド」
『ヤート』……。その名前を聞いて、ペルセウスは何度目になるか分からない衝撃を受けることになった。アズマと対峙して、一番と言っていい程の動揺と困惑。顔に浮かび上がる多くの冷や汗が、それを物語っている。
「ヤート……だと……!?まさか、お前がいた、ギルドは……!!」
「察しの通りだね。キミのことも、ヤート殿からよく聞いていた。マスター・ハデスが『キミたち兄弟を生かして捕え、我がギルドに接収するように』と、異例の命令を下すほどには、オレ同様に興味を抱いていた」
ペルセウスの脳内に、その光景は走馬灯の如く蘇った。幼く病を患い、苦しむ弟。両親に成り代わるように訪れ、手を差し伸べたとある男。その男の下で過ごす他なかった、地獄のような日々……。
「ギルドの名は『
あらゆる感情が渦巻き、表情を浮かべるペルセウスに対し、アズマはただただ不敵に笑いながら、己の出自とペルセウスの忌まわしき過去の真実を口に出した。
おまけ風次回予告
ハッピー「あいやーーー!!?」
シエル「ハッピー!?どうしたんだよ急に!?」
ハッピー「た、助けてシエル!あそこに、あそこにィ!!」
シエル「何だ?犬がいたのか……?」
ハッピー「ヘビがいたんだよ!ヘビってネコの天敵でしょ!?オイラやられちゃうよ~~!!」
シエル「成程……確かにそりゃ大変だ……」
次回『
ハッピー「ってあれ?シエル、な、何で
シエル「大丈夫さハッピー。鱗一枚残らないようあのヘビ消め……退治してやるから(黒笑)」
ハッピー「ペルみたいになってるし!消滅って言いかけてるし!ヘビよりもシエルの方がコワーーー!!?」