FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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約二か月ぶりになってしまいした。大変お久しぶりです。
本当はもっと早く書き上げたかったのですが、本当に仕事が邪魔して…さらには皆さんもご存じのショッキングな出来事も…。

ドラゴンボールの鳥山先生に、まる子ちゃん役TARAKOさん、テイルズオブでキャラクターデザインを手掛けたいのまた先生の訃報…。
更に続け様のように、僕の実祖母も先月天へと旅立ちました。

それでも、どれだけ心折れて遅れても、頭に浮かぶ物語は書きあげなければいけない気がして、ようやく一歩踏み出せました。これからも尽力していくつもりです…!


第131話 鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)

フィオーレ王国南部に存在する小さな片田舎とも言える町。とある兄弟が生まれ育ったのはそんな小さな町だった。

 

街と言うにはこじんまりしているが、村と言うには発展していて、それなりに人も住んでいる。近場の街には、魔導士ギルドもいくつか居を構えているので、有事の際はそこに助けを求めることも可能だ。

 

「こ、これは驚いた……!!」

 

そんな別の街から、町長の依頼で幼い子供たち向けに開く魔法教室の先生として雇われた魔導士は、信じられないものを見た気分になった。参加していた子供たちもまた、驚き、尚且つ憧れや羨望と言った目を一点に向けている。

 

先生役となっていた魔導士が子供たちに教えたのは、その場で花を咲かせる魔法。用意していた苗が植えられた鉢を成長させると言う、比較的簡単な部類に入るものだ。だがしかし、彼らの目に映っていたのはそれを遥かに凌駕していた。

 

一人の幼い少年が一度念じただけでみるみる内に成長し、大きく立派な花を一輪、それに寄り添うようにもう三輪の花が見事に咲き誇っていた。瑞々しく悠々とたゆたうその花は、一切枯れる様子も見せない。

 

「小さな一輪を咲かせるだけで十分なはずだが……」

 

まだ自分は、この魔法の使い方を簡単に教えただけ。最初から成功する子供などいないと想定していたし、仮に天才が混じっていたとしても、小さい一輪を咲かせれば立派なものだと称賛さえしようと思っていた。だが、たったの一回で魔導士見習いの域を超えた技量を見せつけた齢4つ頃の子供の才能は、彼には既に度し難いものを誇っていた。

 

そんな様々な視線を感じながら、誇らしい気分に笑みを浮かべているのが渦中の少年。水色がかった銀色の髪を持ったその子供の名は“ペルセウス”。生まれながらにして魔法の才覚を見せていた、天才を超える神童であった。

 

「すごーい!!」

「何で、オレはできないのに……!」

「どうやったの!?」

 

「?言ったとおりにやったらできた」

 

同じように使おうとしても出来なかった周りの子供たちに対し、少し首を傾げながらそう答えた少年。むしろ出来ない事が少ないと感じさせる、まさしく天才と呼ぶべき逸材である事が、その言動から把握できた。

 

 

 

同日夜。とある一つの民家に帰宅したペルセウスは、魔法教室の様子を見に同行していた母と、母から報告を受けていた父と談笑していた。

 

「そうかペルセウスが……ずっと小さい頃から魔法を使えていたが、本当に天才だよ、我が子ながら」

 

食卓を囲んで聞いた話に、元はギルドの魔導士だったらしい両親であることを加味しても才能溢れる自慢の息子の頭を、父は優しく撫でる。くすぐったそうに笑みを浮かべながら、ペルセウスは受け入れていた。

 

「もうすぐ生まれくるこの子も、色んな魔法が使えるようになるのかしら?」

 

同じ髪の色を持つ夫と息子の微笑ましい様子を見ながら、唯一東洋の者の血が混じった為か黒髪黒目を持つ母はここ数ヶ月で膨らみを自覚した己の腹部を愛おしそうに撫でて呟く。彼女の中には、もう一人の家族がいるのだ。

 

「その時は、色んな魔法を教えてあげてね?お兄ちゃん」

 

「おにいちゃん?」

 

優しくペルセウスへと語りかける母の言葉に、少年は反芻するように問い返すと優し気に首肯して母は教える。

 

「そう。あなたはお兄ちゃんになるのよ。どんな時でも弟か妹を守ってあげられるような、立派なお兄ちゃんに」

 

「おにいちゃん、か……!」

 

まだ短い人生でありながら、下の弟妹がもうすぐ現れ、兄と言う存在になる事実を知ったペルセウスの顔に喜びが浮かぶ。記憶の中に過っているのは、同じ町に住んでいる自分よりも少し年上の、仲のよさげな兄弟。これから生まれてくる弟か妹と、自分もそのようになれるのだろうかと言う期待に、胸を膨らませていた。

 

それから更に数か月。過ごしやすい暖かな春の最中、待望の第二子が誕生。ペルセウスにとっての弟が新たな家族の一員となった。父と兄、二人と同じ色の髪を持って生まれたその赤子は、穏やかな日差しを浴びて生まれたことも含んだ、青空の意味からその名がつけられた。

 

「はじめまして。俺はおにいちゃんだぞ。“シエル”」

 

この子はどのように育つのだろう。兄と同じように才能あふれる子だろうか、それともごく普通の子だろうか。いずれにせよ、元気にすくすくと育ってくれればそれでよし。父も母も、そう願っていた。だが……。

 

「あなた、シエルがまた熱を……!!」

 

「っ!?すぐに病院に!!」

 

まだ一年も経つ間もなく、弟は幾度も体調不良に陥っていた。忙しなく、不安そうに赤ん坊の弟を看病する両親を目にし、その不安がペルセウスにも伝播していく。顔を紅くし、涙ぐむ生まれて間もないように見える弟の姿を見ながら、どうしたらいいか分からず立ち尽くしてしまい見ることしかできずにいる。

 

「つらそう……」

 

慌ただしく動く両親と苦しみを表すように唸る弟。未だ幼い域を脱していないペルセウスにも、それが良くない状況であることを察することは可能だった。だが、魔法以外で秀でた何かがある訳ではない彼には、弟を元気にする為の助力に関わることも出来ず、はがゆい思いを抱えていた。

 

体調を崩すために病院へと運ばれ、落ち着いてきたころに戻るも再び日を置かずに熱を出してしまう。そんな状態を何回か繰り返した頃……シエルが二歳になった年、何度目になるか分からない診察で、シエルの病弱な身体について細かく検査を行ってもらう事に。

 

「お子さんを検査させていただいた結果、判明したことがあります」

 

シエルの検査を担当した医師が結果を伝えるために両親と自分を呼び出し、診察室へと案内される。そして医師と向かい合う形で座ると、彼はシエルのカルテを持ちながら診察結果を伝え始めた。

 

「度々発熱や不調を見せていた原因ですが……結論から言うと、他の一般的な赤子と比べても、内包されている魔力量が少ないことです」

 

魔力量が少ない。それが一体何を意味しているのか。彼らアースランドの人間はほとんどが魔力を持って生きている。そこから魔法を行使して魔導士になれる存在は全体の1割と僅かに感じられるが、魔法を習得するための修練を重ねれば誰しもその才を開花することは可能だ。魔力も高ければ高い程その魔法の質も高まる。実際、兄のペルセウスは生まれつき魔力が多いと診断され、物心つく前から魔法を使えたほどだ。

 

だが医師が告げたのは兄とは真逆の例。シエルは本来生まれ持つ魔力が他と比べると希薄であり、それが原因で抵抗力や身体面があまりにも低く、体調を極端に崩しやすい体質であった。それはまるで……弟が持つはずだった魔力の分まで、兄が引っ張って身につけたかのように……。

 

「俺の……俺のせいで、シエルが……」

 

弟の体質について医師から聞かされた内容を、幼いながらもペルセウスは悲観的に解釈して、自責の念に駆られていた。しかし息子の悲し気な呟きを聞いた両親は、それを否定するようにペルセウスの小さな身体を優しく抱きしめる。

 

「あなたのせいじゃないわ。決して……」

 

「そうさ。お前がそんな意地悪をするような子じゃないのは、父さんたちが知っている」

 

我が子を安心させるように、優しい声で宥める両親。天才的な魔力を持っているからと言って……身体が弱くたって……二人にとってはペルセウスもシエルも大切な我が子。二人ともに愛情を注いでくれる。幼いながらもペルセウスはそれが実感できた。

 

そして彼は決めた。自分が“お兄ちゃん”だと言うのなら、兄として弟の事は何があっても守らなければ。助けなければと。両親が仕事で家を空ける時は自分がシエルを見ていなければ。まだ齢10にも至らない少年が抱えるにしては重い使命にも似た決断を、彼は自ら下した。

 

シエルの治療代が心もとなくなってきた頃、両親は引退していた魔導士業に一時的に復帰し、多くの報酬を得られる依頼を引き受けて再び家を空けることになった。その時も、ペルセウスは素直に聞き入れた。全てシエルの……大切な家族の為であることを、分かっていたから。

 

 

 

それから一週間……その日は……大雨が降っていた。

民家を叩きつけるようにして降り続くそれが音を立てており、身動き一つとれない幼い子供と、それを黙して見つめる少年と言う兄弟を包む空間は、雨音以外のそれらを遮断している。

 

未だ苦しそうな呼吸を繰り返し、一向に熱の引く様子がない弟の額に乗せられた濡れタオルを取り替えながら、ペルセウスは度々呼びかけを続けていた。

 

「頑張れシエル……!きっとすぐに父さんたちは帰ってくる……!元気になったら、また外に出かけよう……いつかきっと、元気に駆け回れる日が来るさ……!!」

 

自分よりも幼く、小さく、しかし大切な弟。そんな弟の苦しさを少しでも和らげる為に、生きる希望を失わせない為に、自分の不安を押し殺して何度も何度も呼びかける。

 

そしてしばらくして、状況は動き出した。未だ降り止まない雨で閉められた外とを繋ぐ扉。それが軽く叩かれて、中にいるペルセウスの耳へと届く。3回繰り返して聞こえてきたそれを認識した少年は、弾かれるように扉の方へと向き、すぐさま駆け出す。両親が帰ってきた。そう確信を秘めて、自らを急かすように足を動かす。

 

「父さん、母さん!おかえり!早く中……に……?」

 

即座に鍵を開けて扉を開け放ち、薬を持って家族の元に帰ってきた両親と思って迎え入れようとしたペルセウスの目に映ったのは、両親の姿ではなかった。

 

「ペルセウス・ファルシーくん……ですね?」

 

父よりも大きい上背を持った、つばつきの帽子も含めた黒い正装に身を包んだ見たことのない一人の男。雨雲によって陰のかかったその姿の詳細は、身長差も相まってペルセウスには窺い知れない。低い男性の声を発するその男が何故自分の名を知っているのか。疑問の声を呟くよりも先に、その男は少年の沈黙を肯定と受け取ったのか口を開き始めた。

 

「私は、君たちのご両親がいたギルドでマスターをやっている者です。君たちには、大変申し上げにくいのだが……」

 

帽子のつばを摘み、己の目元を隠すように動かしながら、重苦しそうに、だが淡々とその言葉を紡ぐ男。扉を開け放った態勢で動けずにいたペルセウスは、どことなく嫌な予感を感じていた。この先を、聞いてはいけない。心のどこかで、自分がそう主張するような……。

 

「お父さんとお母さんは、事故で亡くなられました」

 

それら全てを打ち砕くように、淡々と男が突きつけた事実がひどく耳と心に突き刺さった。

 

そしてこれが……彼ら兄弟の慎ましやかな暮らしを終わらせる引き金だった……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

その男は、名を『ヤート』と言った。両親が現役時代に所属していたと言うギルド、鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)のマスター。故郷から馬車で片道3時間もかかるような遠い街に構えたそのギルドの話を、ペルセウスは両親から一切聞いたことはなかったが、ヤートから告げられる両親の話は、確かに特徴と一致している。更には……。

 

「君たち兄弟の事情についても、ご両親から伺っていますよ。まだ小さい君の類稀なる魔法の才能と、弟くんの身体の事も……」

 

こちらの事情まで全て把握済みであり、未だに体調が優れないシエルをギルドの奥に用意された寝室へと運び、安静にさせてくれていると言う優遇ぶり。至れり尽くせりとも言える程だ。だが、ペルセウスの表情は優れない。これまでは両親が甲斐甲斐しくシエルを治そうと尽力していたが、今後は幼い自分が魔導士としての仕事で治療代を稼がなくてはならないのだと、目の前の男から告げられている。本音を言えば、それをなし得る自信がないのだ。魔法の天才と言われてはいても、未だ一桁の歳の子供が背負うには、あまりにも重すぎる。

 

「心配はいりませんよ。弟くんの容態をこちらでも診察しましたが、適切に薬を処方していけば、将来的には健康体となる事でしょう。私たちが提示した仕事をこなしていく事でその薬と交換……と言う契約で如何でしょう?」

 

「……分かりました……」

 

その不安を取り除くかのように穏やかに笑みを浮かべながら、会った頃から続く丁寧な口調のまま提案を口にするヤート。どこか胸騒ぎに似た感覚を覚えながらも、ペルセウスはまだ幼い。その違和感の正体に気付くことは出来ず、ヤートの提示した契約に応えた。

 

「契約成立、ですね。今日から君は我がギルド・鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)のメンバーです。君の大事な家族……シエルの為にも、お互い頑張りましょう」

 

逆光に包まれてはっきりとは見えないが、恐らくニッコリと満面の笑みを浮かべたであろうその男の、影に包まれた狂気に気付くことも出来ぬまま、ペルセウスはその後己の左頬に紋章を刻まれ、男が提示した簡単な部類に入る仕事を請け負っていく。

 

魔法を多く使えるペルセウスではあるが、仕事と言う現場での対応が求められる物事に関しては不慣れ。最初の内はマスターであるヤート、または彼の側近を名乗るメンバーが同行して、不慮の事態に備えていた。しかし一ヶ月も続けていく内に神童とも謳われたペルセウスも勝手が分かってきたのか、一人で要領よく依頼をこなすことが出来るようになっていった。

 

「これが今回の分だ」

 

「ありがとう!」

 

この日も依頼を達成してギルドに戻ったペルセウスは、窓口を担っているマスターの側近である男に報告し、約束である薬を受け取った。両親を亡くしてヤートに拾われた頃からは想像つかないほど、ペルセウスの表情は明るいものになっていた。

 

「調子がいいみたいですね」

 

「マスター!おかげさまで!!」

 

彼の活躍を耳にしているようで、そんな言葉を交えながらヤートはペルセウスの後ろから話しかけてきた。彼は穏やかな印象を思わせる微笑みを浮かべながら尋ねてくる

 

「弟の様子はどうですか?」

 

「今は凄く落ち着いてます。薬のおかげで安定した日も続いていて……完全に元気になる日も、きっと遠くないですよね?」

 

ヤートが用意したという薬を受け取る日々が続き、それを決められた時間、決められた数量摂取すると言う決めごとに従って続けていくと、回復の兆しが見えてきた事を思い返しながら答えるペルセウス。守ると決めた弟を助けられている実感を覚え、希望の未来が彼の目には映っている事だろう。

 

「……そうですね……きっと、良くなる日が来ますとも」

 

目を輝かせているペルセウスに対して一拍を置きながらヤートは肯定を表した。その事に微かな違和感こそ覚えたが、それが何を意味しているのかまでは、今のペルセウスには分からなかった。

 

「さあ、今日はもう彼の元へ行きなさい。明日また、次の仕事に取り掛かってもらいますから」

 

「はい!」

 

次の瞬間には穏やかな笑みを浮かべて励ましをかける男。先程の違和感は気のせいだろうと結論付けたペルセウスは元気よく返事して、ギルドの奥の部屋で静養している弟の元へと駆け出していった。その場に残ったのは、マスターであるヤートと、彼の側近である窓口の男のみ。

 

「マスター……あのガキの弟、ホントに治しちまったら、ここに残るんすかね……?」

 

「さて……全ては病気が治らねば、分からぬことです」

 

ペルセウス相手には一切見せなかった弧を描いた口元を、ヤートを見やりながら浮かべる男に対して、振り返らずに淡々とした口調でヤートは答えた。そして、弟の元へと姿を消したペルセウスの方へと目を見やりながら、その笑みを歪める。

 

「……そう……治らねば、ね……」

 

最後に零した意味深な発言は、ペルセウスはおろかヤートの近くにいた男以外には届くことはなかった。

 

そしてその言葉の意味……その一端は、数日後に発覚した。

 

「マスター、大変なんです!シエルが熱を出して……!!」

 

いつものように処方された薬を飲んで、ずっと安静にしていたはずの弟が、朝から発熱で苦しんでいた。快方にずっと向かっていたはずの弟の身に起きた謎の不調。焦りを覚えたペルセウスはすぐさまヤートを呼んで彼を診てもらった。

 

「薬の効力に、体が過剰な反応を示しているようですね。少し効能は落ちますが、新たな薬を用意しておきましょう」

 

「良くなって、くれるでしょうか……?」

 

「薬に関してはお任せください。その間、あなたには更なる仕事をお願いします」

 

数日前まで浮かんでいた明るい表情は鳴りを潜め、苦しそうに呼吸する弟の姿を見ながらペルセウスはその顔を不安に染めていた。安心させるようにヤートが微笑んでいたが、それが目に入らないぐらいに、この先の事に不安が過っていたのも理由と言える。

 

それから更に数日後。その日の依頼を終え、シエルの様子を見ていたペルセウスはヤートに呼び出され、彼の執務室でその話を受けた。

 

「お疲れさまでした。明日からは、少しハードな依頼を受けていただきます」

 

「え……これって……」

 

そう言って渡された依頼書に目を通したペルセウスは言葉を失った。それに記されていたのは、これまでの簡単なものや、モンスター退治とは打って変わったもの。一人の男の顔写真とその者の悪行を添付資料に記された、始末の要望……つまり、暗殺の依頼だった。

 

「この者は裏では有名なブローカーでして……闇の世界の悪事を助長させる、害悪と呼ぶべき男です。ですが、あなたなら取るに足らない相手でしょう?」

 

「けど、始末って……こんな事を、仕事で……?」

 

一歩間違えれば犯罪であることは言うまでもない。相手がいくら悪人と言えど、まだ10年程しか生きていないペルセウスは殺人など当然したことがない。無縁だとも思えた残酷な内容に対し、目に見えて狼狽え、抵抗感を主張する。

 

「残念なことに、これが現実と言うものです。綺麗事ばかりでは、社会はなり立たないのですよ。悪しき部分は、切除しなければなりません」

 

淡々とした口調で告げられ、ペルセウスは言葉を失ってしまう。世界の現実。綺麗事だけではまかり通らない残酷な世界。子供にそれを受け止めろと言うのは酷な話だが、ヤートはそれを一切感じさせない口調であった。「けど……」と幼いが故の純粋な良心が痛み、首を縦に振るのを憚られて思わず口が言葉を紡ごうとする。

 

「どうか受けていただけませんか?そうでないと、契約に従って薬を渡すことが出来なくなりますが……?」

 

それを耳にして、ペルセウスの口は閉ざされた。その言葉が何を意味するのか、わざわざ聞かずとも分かってしまったのだから。この依頼を受けなければ、シエルは最悪……。

 

 

 

そして気付けば、ペルセウスはギルドとは別の場所にいた。足元の床に倒れ伏しているのは、依頼書に書いてあった対象となる男。身体は縦一列に穴が空いており、隙間から赤い液体を多く湧き出させたそれは、もう再び動くことはない事を一目見て理解させられる。そして彼を囲むようにして、護衛と思わしき黒い服を着た数名の男たちもまた、裂傷を刻まれて二度と動かなくされてしまっていた。

 

唯一立っているペルセウスが手に持つのは、紅い炎を象った剣。その刀身は元から赤いが、明らかに違う赤い液体が、それを上から塗り潰し、切っ先から赤い雫が垂れている。ようやく理解した。この惨状を作り出したのは……自分だ。

 

「……俺、が……これを……」

 

何故?

それがペルセウスが感じた……支配された感情の大部分。ヤートの脅迫にも似た言葉を耳にした瞬間、自分の中に感じた事さえもない何かが込み上げてきて……。

 

シエルが命を落とす可能性、ヤートの契約、周りに倒れ伏す屍の悪行、自身の手が血に濡れ、この惨状に至った環境、生まれ持った才能の差、力があっても何も変えられない無力、逆らう事の出来ない、綺麗なままではいれない、日に日に悪くなる弟の容態、攻めてきた自分に対する奴らの糾弾、絶叫、絶望、恨み節、葛藤、狂気、自責、困窮……。

 

 

 

 

 

「……帰ろう……」

 

そして少年は、考えるのをやめた。虚ろな心のまま犯した所業(仕事)に正面から向きあうにはあまりにも彼は幼すぎた。頭に次々と浮かんでは消える今まで関わった家族、友、大人たちの声と姿に見て見ぬふりをしながら、ペルセウスは帰路へと着いた。

 

 

 

帰還し報告をすれば、マスター・ヤートは喜んだ。弟を助ける薬を渡してくれた。そして次の仕事を言い渡し、それをこなせばまた薬を与えてくれた。要人の暗殺、ギルドの壊滅、敵対組織の撃退、表立っては絶対に実行することのできない血と闇に塗れた依頼を、幼さ故の純粋な感情を押し殺しながら、淡々とペルセウスは続けていった。

 

彼が一つ心を壊す度に、ヤートの表情が狂喜に移ろいで行く。

 

彼が一つ何かを消す度に、周りの下卑た者たちの生活が潤っていく。

 

彼がその身を血に染める度に、知らない誰かが不幸に陥り、その幸せをギルドの者たちが代わりに受ける。

 

 

 

だが……それでもなお……。

 

「兄さん?」

 

耳朶を揺らした、自分よりも幼く掠れ気味の声を聞いて、ペルセウスは顔を上げた。目の前に映ったのは青白い顔を心配の色に染め、自分を見つめる弟の姿。

 

「大丈夫……?」

 

心の底から思っているであろうその言葉。弟には自分が今、依頼とは言え人を殺めていることを明かしてはいない。唯一の肉親である弟は、自分しか本当の意味で頼れる存在がいない。そんな自分が人の道を外れていると……しかもそれがシエル自身の為であることを知られればどうなるか……。本当は全てを打ち明けて、二人でどこかへ逃げ出したい。ペルセウスは溢れ出そうな本心を、笑顔で押し殺した。

 

「心配するなよ。俺なら大丈夫さ。ここ毎日仕事してたから、ちょっとだけ疲れただけだよ」

 

そう。自分さえ……兄である自分だけが耐え忍べばいい。いつの日か……弟が“普通の”身体を得て、自由に動けるようになるまで。普通の少年としての、人間としての生を約束できるその日まで……。それが、両親と約束した「お兄ちゃん」である自分の使命なのだから。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

暗き闇が覆う空、雲よりも上に在する天にて、魔力のみを利用して浮遊する巨大な黒塗りの戦艦。その一室にて通信用の魔水晶(ラクリマ)の向こうの人物と、何やら情報を交換している様子の人間が二人いた。

 

一人は悪魔のような二本の角を付けた兜を被っている、右目に黒い眼帯を付けた老人。もう一人はそんな老人の傍らに仁王立ちしながら、まるで護衛のような佇まいを崩す様子の見えないドレッドヘアーの屈強な男。

 

「して、その後の経過はどうだ?(うぬ)の言っていた、数百年に一度の逸材とやらは……」

 

《期待以上。と言っても過言ではありません。成長速度もそうですが、思ったよりも速く覚悟を決めてくれましたよ》

 

老人が魔水晶(ラクリマ)の向こうにいる人物に問いかけると、通信越しに響いた低い男性の声が答えを返す。その声には、どこか隠し切れない喜びさえ含まれていた。

 

()()()()程の才を持った魔導士は早々……と長いこと思っていましたが、あの子は間違いなく、あなたの部下として最高傑作になる事は、確定的と言ってよろしいかと》

 

「……フム」

 

続けざまに伝えた言葉に反応を示したのは、老人ではなくその傍らに立つ男。悪魔の心臓(グリモアハート)の幹部である煉獄の七眷属の一人として活動する魔導士、アズマだ。

 

「汝としては面白くない話かもしれぬな。同郷のギルドで、そのように言われる者が今後我がギルドに来るとしたら……」

 

「いえ、そのような事は……」

 

アズマがあからさまに反応を示したことに気付いた老人は、それが若く才能溢れるギルドの後輩の存在に対する対抗意識故だと思い、揶揄い混じりにそれを指摘する。だがアズマから返ってきた反応は想定しているものとは異なっていた。

 

「むしろ興味深いとさえ思うね。彼の力量は闇の世界で噂になるほどに広まっている。()()使()ファルシー……。まだ若くしてそう言わしめるほどの実力……是非一度、手合わせ願いたいものだね……!」

 

対抗意識ではなく、純粋な闘争への渇望。まだ子供の域を出ない魔導士の、未知なる力と存分に真正面からぶつかりたいと言う願い。アズマが抱えるその渇望を理解した老人も、通信先の男も、どこか苦笑気味に肩を竦めた。

 

「しかし、汝には驚かせられるものよ。私の全てを教えた最初の魔導士ではあるが、我ながら末恐ろしい男を育てたものだ。堕天使と言う強大な原石を磨き、あまつさえその手綱を完全に制御する術を見つけるとは」

 

《ありがたきお言葉です。しかし私はあなたの教えを教訓にし、あなたの為に動いているだけに過ぎません》

 

そして老人は、アズマがここまで気を昂らせるほどの逸材を見つけ、育ててきたその男に対しての畏怖を口にする。彼との一番古い記憶は、魔法の神髄を追う為に旅を始めてそうときが経たない頃、着の身着のままの薄汚れた状態で一人生きていた幼い少年と、偶然出会った時の事。

 

よもやあの頃の幼かった少年が、これほどに至るまでに育つとは、人生、何が起こるか分からないと、懐古の念さえこみ上がる。

 

《この生涯を全て、あなたの為に捧げると決めております。あなたの一番弟子である誇りにかけ、必ずやあの子を……ペルセウスを最強の七眷属に、あなたの最強の兵士に仕上げてみせましょう。我が師マスター・ハデス》

 

「期待して待つとしよう。ヤートよ」

 

そのやり取りを最後に、悪魔の心臓(グリモアハート)鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)……師弟でもあるマスター同士の会合は幕を閉じた。そして彼が育て上げるであろう、恐らく生涯最強の尖兵の存在を、アズマと共に待ち侘びる日の始まりを予感させられた。年単位で準備を周到とする弟子の事だから、恐らくあと一年は少なくとも要するだろう。ちょうど()()()()()()()()()()()()()()()()も同時進行している事だ。作戦を進めながらハデスは座して待つことを決めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「だが、マスター・ヤートからの連絡は、その日を最後に完全に断たれた。それから半年後の事だったね。鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)が壊滅し、ヤート殿のみならずキミと弟の消息が不明となったのは」

 

アズマが語っている間、ペルセウスはそれを耳に入れながらも、衝撃の事実として明かされた内容を何とか整理しようと飲み込むために、佇むばかりだった。まさかここに来て自分と因縁が深い魔導士が現れていたとは予想だに出来なかった。それも、バラム同盟の一角のマスターがかつて自分を利用していた男の師であり、目の前にいる男がかつて自分がいたギルドに所属していたこと。

 

浅からぬ因縁をほぼ前触れもなく明かされたことで、少なからず混乱を覚えずにいられなかった。これは単なる偶然なのか、はたまた運命の悪戯なのか。あの日からもう5年は経つと言うのに、やはり過去の遺恨から逃れる術はないのか……。

 

「お前たちが俺たち兄弟を狙っていたのは、ハデスの弟子のギルドを潰した仕返しか?」

 

「仕返しなどと言う意図は毛頭ない。ヤート殿も我らの……マスター・ハデスの手を煩わせることを望んでいたりはしないだろうね」

 

動揺で固まっていた思考を何とか引き戻し、ペルセウスはアズマに問うた。鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)のマスターがハデスの一番弟子と知り、最初に過ったのは彼の仇討ち。だが悪魔の心臓(グリモアハート)……もといハデスがペルセウスたちを狙うのは全く別の理由だった。

 

ヤートはそもそも、ペルセウスを未来の煉獄の七眷属の一人として育てるために、闇ギルドの一員の名に恥じぬような教育を施してきた。幼い頃に優しい両親によって育まれた善性と倫理観を壊し、無機質かつ残虐な所業を躊躇なくこなせるようになる為に。

 

それを強制させるために必要となったのが、ペルセウスを動かす為の手綱。病弱な弟であるシエルと言う存在だった。弟の病気を治す為の静養場所、そして病状を回復させるための薬の用意。それを条件とし、ペルセウスはヤートを始めとした鮮血の毒蛇(ブラッディヴァイパー)から回される依頼を表面上は一切の文句も垂らさずにこなしてきた。

 

だが、ギルドが壊滅した……否、させたあの日、その弟から全て教えられた。

ヤートが用意していた薬に毒が混ぜられていたこと。シエルが健康な体を手にすることも、病気で死ぬことも無いように、永遠に何も出来ない、生かさず殺さずを保たせる為の人形でいさせ、ペルセウスを逃さないようにされていたことを。あの日シエルが……自分の命を投げうつような行動に出なかったら、きっと自分は今アズマたちと同じ側にいたのかもしれない。そう考えると悪寒を覚える。

 

「ヤート殿は、マスター・ハデスを心から尊敬していた。それはもう、狂信と言っていい程にね。そんな彼が一切の連絡を寄越さなくなったと言う事は……キミを育て、煉獄の七眷属として悪魔の心臓(グリモアハート)に献上すると言う使命を果たせなかった、己への戒め……あるいは無様と感じた己の姿を、敬愛するマスター・ハデスに見せたくなかったが故。それがマスター・ハデスが推測した結論」

 

アズマの口から明かされて判明した、ヤートがハデスの一番弟子であった事実。そしてそんなヤートが生涯をかけて行っていた、ハデスに従う幹部たちの育成。ペルセウスがギルドを壊滅させたことで、その行方は師匠に当たるハデス以下、彼の束ねる悪魔の心臓(グリモアハート)ですら把握できていない。その上、ハデスは推測とは言えヤートの意図を汲み取り、彼を探し出そうともしていない様子。

 

「我々がキミたちを生け捕りで狙ったのは、そんなヤート殿が志半ばで果たせなかった悲願を汲み取る為の、せめてもの報いだと、少なくともオレは思っている」

 

端的に言えば、ペルセウスはハデスが知っているヤートが育て上げた最後の魔導士。神の力を備えた武具を換装で扱うことが出来る稀有な存在。そして数年の時を経て、天候魔法(ウェザーズ)を単独で行使できるうえに未だ潜在能力も秘められている弟が覚醒していることも突き止め、新たな悪魔の心臓(グリモアハート)のメンバーとして引き抜くことが、彼ら兄弟を狙っていた理由だった。

 

「今になって俺を……俺たちをグリモアの魔導士にしようってことかよ。そんなの素直に従うだなんてお前らも思ってる訳ねーだろ?」

 

「承知の上だね。だからこそ、マスター・ハデスはある策を講じ、オレをこの島へ先に送った」

 

その言葉に、何か引っかかりを覚えたペルセウスは「どういう事か」と尋ねるより早く、辺り一帯が蠢き始めた。辺り一帯を取り囲み、足場の一部にもなっている大樹の根っこが動き出している。最初は周囲を、そしてしばらく経つと己の足場も動き出し、場に留まることが出来なくなった。

 

「オレの魔法は“樹”の魔法。失われた魔法(ロストマジック)・『大樹のアーク』」

 

「大樹の……アーク……!?」

 

唐突に明かした自らの魔法。『大樹のアーク』と呼ばれる失われた魔法(ロストマジック)を操るらしい彼は両腕を素早く広げると、ペルセウスと対峙する時に何度も見せた無数の爆発が彼の周囲で発生する。

 

彼が度々使用していたこの技・ブレビーは、目視するのも難しい程に小さい木の実に大地の魔力を凝縮させ、破裂させることで起こしていたもの。足場にしている樹が彼の意思に従って動くのも、彼が樹木と身体を同化させることが出来ていたのも、この魔法の恩恵だ。樹木を意のままに操る事に特化したおかげで、まだ真価を発揮しきれていないミストルティンの支配にも屈することがなかったのだ。

 

だが、この魔法の真の力はもっと強大なもの。大地に根を張り、その土地に蓄積された魔力を支配することである。足場にしていた木の根へ自らの身体を沈ませながら、アズマは更に続けて語った。

 

「約束とは少し異なるが話しておこう。オレが真っ先に島に送られた理由を。それはマスター・ハデスの命令により、この島の魔力を支配するためだね」

 

その言葉が一つの区切りとなり、辺り一帯から激しい轟音と振動がさらに強くなっていく。まるで、辺り一帯の樹木から悲鳴が上がっているかのような異常事態に、ペルセウスは動揺を抑えることが出来ない。

 

「すまないね。このようなやり方は本意ではないのだが……命令とあれば仕方がない」

 

「どう言う事だよ……!これは一体……!?」

 

彼はまだ、何が起きたかの全容を知らない。それは誰が見ても想定外と言わざるを得ない、本来あり得るべきではない事象が発生している場所の、根元にいるからこそ。灯台下暗し。外から見て初めて判明する異常事態の、至近距離にいるが故に確認できない。

 

 

 

 

 

島の外からも見て取れた、中央に聳え立つ巨大な樹が、根元から掘り起こされたかのように抜かれ、崩れ始めたことを、ペルセウスはまだ知らない。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

轟音を立てながら倒壊していく巨大な樹。それを背に慌てふためきながらも雨にぬかるんだ地面に負けずに足を動かす者たちがいた。

 

「ぐあーーっ!!どうなってるんだこりゃあああーーー!!?」

「ひいいいっ!!」

「きゃああああー!!」

 

ナツたちである。それぞれナツがマカロフを、ルーシィがカナを、ウェンディがシエルを背負って運んでいる途中、島全体が揺れ出したかと思えば音が聞こえた方へと振り向くと島の中心に聳え立っていた巨大な樹がこちら側に倒れようとしていた光景を見て、一同は絶叫を放ちながら必死に離れようと走り出していたのだ。

 

「シャルル急いでー!!」

「アンタがね!!」

 

そして一番出遅れているのか後方で危機を叫びながら追随するハッピーに、彼の前方を走っていたシャルルがツッコミを入れるも先を急ぐ。幸か不幸か向うべきキャンプの方角は倒れていく大樹とは逆方向。逃げながらもその距離を徐々に縮めて行ってる状態だ。

 

「早く……!早く連れて行かないと!!」

 

ただでさえ消耗の激しい仲間達を抱えて移動していた為に急いでいた所に、自分たちも危険な事態が発生して困惑はピークに。だが慌てながらもしっかりと足を動かして、背負う少年を落とさないように気を配ることも忘れず、ウェンディは必死に足を動かしている。

 

だが、必死に前へと進んでいたことで足元が疎かになっていたのか、突如足がもつれて体が前のめりに傾いてしまった。

 

「えっ……きゃうっ!!」

 

踏ん張ることも出来ず倒れ込むウェンディ。しかも勢いが余って背負っていたシエルが投げ出されてしまった。強い衝撃を受けたものの彼が目覚める様子はない。

 

「うう……あっ……いけない……!……あれ……?」

 

すぐさま離してしまったことに気づいたウェンディはすぐに身体を起こそうとする。だが頭で行なっている指示が届いていないのか体に一切力が入らない。それどころか急激に脱力感が込み上げてきている。

 

「力が、抜けて……?みんなは……」

 

前の方で力無く倒れたままのシエルを、早く背負い直さないとと言う思いとは裏腹に体は言うことを聞かない。力が入らず動けないままの状態になっているウェンディの異常。だが、その異常を訴えているのは自分だけではないと、ウェンディはようやく気づいた。

 

「あれ……!?」

「な……何コレ……力が……」

「オイラ……もうダメェ……」

 

ウェンディだけじゃない。同じように仲間を背負っていたナツやルーシィ、そして少し遅れていたハッピーも急に力が抜けた様子でその場に倒れ込む。そしてそれは、ウェンディの友達であり相棒である彼女も例外ではなかった。

 

「どうなってるの……?ウェンディ……大丈夫……?」

 

シャルルもまた急激に力を失って力なく倒れこむ。ほぼ全員同時に倒れこみ、なおかつ背負っていた少年を転倒の拍子で離してしまったウェンディの様相は、シャルルが過剰に気をかけてしまうほど。

 

「私も、力が入らない……。それに……」

 

ウェンディはシャルルの呼びかけに応えるも、視線を一切シエルから外さない。意識を手放した瞬間でさえかなりの消耗が見えていた。今はさらに顔色が悪くなっているのが見える。その上、聞こえてくる息が浅くなっている。力が抜けていってるのは彼も同じのようだ。状況は思っている以上に悪い。

 

「シエル……!」

 

何とか彼の身体に近づき、消えかけている命の灯火を引き戻せないか。その一心で動こうにも、腕一本さえまともに力を入れられず時だけが無情に過ぎていく。せめてもの思いを抱えて手をシエルへと伸ばすが、その手すらも動かす力を捻り出すことも出来ない。何という無力。何も出来ない現実に打ちのめされながら、ウェンディは双眸から雨とは違う雫を流すことしかできなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

異常を訴えていたのは、ウェンディたちだけではなかった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のベースキャンプとなっているこの地でも、危機が今まさに起こっていた。

 

「な、何だ!?力が……入らん……!!」

 

屈強な身体に変身していた豹のような黒ネコ・リリーだったが、突如起きた脱力感に悲鳴を上げ、程なくしてその変身が解ける。普段の小さい体に戻ってしまったリリーはそのまま地へと落下し、他の魔導士共々その身体を動かせなくなってしまった。

 

「うあっ……!」

「フリード……!ビックスロー……!」

 

その内の二人の少女レビィ、そしてリサーナも力の入らない体に苦心し、目の前で息を切らしながら立っている二人の魔導士を不安気に見ている。天狼島を既に去っていたはずである、受験者だったフリードとパートナーのビックスロー。彼らはエルザがあげた赤い信号弾を島の外で確認し、直後ギルダーツと共に反転して戻ってきていた。

 

「作戦通りだ!」

「アズマさんがやってくれたみてーだぜ」

「きっちり借りは返してやる!!」

 

「ど……どうなっている……!?」

「力が出ねぇ……!!」

 

そんな二人に迫ってきているのは、未だ島に残っていたグリモアの魔導士たち。幹部である七眷属ではないようだが、手負いの者たちがいるであろうキャンプの場所を見つけて始末するには十分と判断し、当初はレビィ、リサーナ、リリーのみで応戦。しかし多勢に無勢の上消耗していた三人は苦戦。あわや蹂躙されるところを、雷神衆であるフリードたちが救援に駆けつけた事で形勢逆転。たった二人で大勢の魔導士たちを圧倒し、このまま撤退させるか殲滅できる空気となっていた。

 

だがここに来て、再び危機に直面。思うように動けなくなった、この場にいる最強の戦力であるフリードたちも徐々に追い詰められていってしまう。

 

「作戦……?誰かが、意図的にやってるの……!?」

 

「一体、何者が……!!」

 

グリモアの者たちが行っていた言葉から、自分たちに起きている以上を引き起こした者がいる事を察知したレビィが声に出すも、その原因は分からない。対処しなければいけないのに、体が言う事を聞いてくれない。

 

「もしかして……ギルドのみんなも……!!」

 

異常を訴えているのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士のみ。それに気付いたリサーナは、重傷で横になっている自らの姉と兄を含む4人へと目を移す。どこかうなされているように呻く声が微かに聞こえ、嫌な想像が頭を過る。

 

「(お願い……無事でいて……!ナツ……シエル……ペル……!!)」

 

もし島内全体で起きている事ならば……!特に親交のある者たちの身を案じて、リサーナは固く目を閉じて祈る事しかできなかった。

 

 

 

一方で、煉獄の七眷属の一人であるラスティローズを追い詰めていたエルザもまた、危機に瀕していた。

 

「ぐああっ!!」

 

右手を漆黒の剣に変えた男の、容赦ない攻撃が更にエルザの身体を地に転がす。何とか抜けていく力を振り絞って立ち上がろうとするエルザだが、それを阻止するために、ラスティローズは彼女の頭に漆黒の剣を叩きつけて彼女を再び地に縫い付ける。

 

痛みに呻き、しかし諦める様子を見せないエルザは顔だけを上にあげて、その男を鋭く睨みつける。しかしそんな剣幕にもひるまず、むしろ優越感を覚えるだけのラスティローズは愉快そうに高笑いを上げるだけだ。

 

「貴様ら……!私たちの聖地に……何をしたのだ……!!」

 

視界の端に見える、崩れていく巨大な樹。あれを皮切りに自身の身体が言う事を聞かなくなった。天狼島を象徴するであろう大樹を恐らく人為的に倒されたことに、憤りを覚えていた。しかしラスティローズはその問いには答えず、エルザを鼻で笑いながら再び彼女を痛めつける。

 

流れは変わった(チェンジングストリーム)!!何とも無様な姿だなぁ妖精女王(ティターニア)!最後に笑うのは……オレだぁ!!!」

 

何とも滑稽で愉快な事か。そう言いたげに収まらぬ笑い声をあげながら、羽をもがれた妖精の女王を蹂躙するラスティローズの猛攻は、留まる事を知らない。

 

 

 

更に別の場所では、最早元の地形も分からぬほど荒れ果てた一角での、最強戦力同士のぶつかり合い。拮抗に近い、妖精側が若干優勢とされていた勝負も、また転機が訪れていた。

 

「ハァ……ハァ……くそぉ、力が入らねぇ……」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)の副指令ブルーノートと互角以上に渡り合っていた最強の男・ギルダーツもまた、謎の脱力感に襲われており、状況は打って変わって劣勢へと転じていた。今も立つだけでやっとと言いたげに息を切らし、徐に接近してきたブルーノートに対して回避も反撃も出来ずに蹴り飛ばされる。

 

「くっそ……!どうなってやがる……!?」

 

すぐに起き上がることも出来ず不調を訴えるギルダーツに、まるで無感情と言った表情を向けるブルーノート。だが、本来なら突如弱体化したギルダーツに落胆か、あるいは苛立ちをぶつけると思われた彼は、意外にもギルダーツではなく別の要因がある事にすぐさま気付いて、後方で倒壊を始める大樹の方向に睨みつけて悪態をついた。

 

「じじいめ……アズマに妙な指令を出しておきやがったな……?」

 

地響きと共に倒壊を始めた巨大な樹。それをきっかけにギルダーツが見るからに弱体化した。この現象は樹木を操ることが出来るアズマが原因。そしてそんなアズマに()()()()()()()()()をさせる者は一人しかいない。楽しみを奪われたブルーノートは唯一自分に匹敵する上司への鬱憤を、仕方なさげに目の前で蹲うギルダーツにぶつける為、向き直した。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

地響きも振動も留まらず、崩れていく足場も存在する中、ペルセウスは何とかミストルティンを使って操作できる分の木の根を使い、自らの足場を確保する。他所のギルドの聖地で好き勝手しやがって……という悪態を内心で吐きながら、いつでも反撃出来る体勢だけはとっていた。

 

「マスター・ハデスはこの島の力をよく知っている」

 

その時、樹に同化したままのアズマが徐にペルセウスへと語りかけてきた。

 

天狼島の中央に聳え立つ巨木・名を『天狼樹』。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章を刻んだものに加護を与え、島内で命を落とすことを防ぎ、魔力を増幅させる特別な力があると言う。

 

「(ギルドの者への加護……マスターが試験会場に何度も選んだのはその為か……。そう言えば……あの時……!)」

 

アズマからの説明を聞き、ペルセウスは心当たりのある記憶を思い出していた。自分が合格となった5年前の昇格試験。あれも天狼島でのことだった。その中で自分とパートナーであったハリーは、イワンの魔の手によって生死すら左右されるほどの重体を負った。そしてイワンもペルセウスの手によって命を落としてもおかしくないほどの傷を受けた。しかし、彼らはそこから回復し、今もなお健在となっている。

 

「(ハリーとイワンが生き延びたのは、二人とも()()()ギルドの紋章を刻んだ者だったから……まさか今になってその真相を知れるとは……)」

 

あの時は気に掛ける余裕もなかったが、後々になって考えてみた時、違和感を感じた。当時はS級として名を連ね、高い魔力を持っていたから無駄に頑丈だったイワンはともかく、どちらかと言えば非力な頭脳派で然程魔力も持っていなかったハリーがあの傷で生き延びられたのは何故だったのかと。

 

弟と違って推察が苦手な自覚があるペルセウスはそれ以上は考えようともしなかったが、天狼樹の加護によるものだと考えれば辻褄が合う。ハリーを救ってくれたのは、まさに島そのものだったと言うことだろう。余計なヤツ(イワン)も結果的には救われてしまったが。

 

「ちょっと待て……!?さっき、土地の魔力を支配つったよな!?まさか……!」

 

だが昔を懐かしむ余裕はない。今自分たちがいるこの巨木が、ギルドの魔導士に力を与えてくれるものであると同時に、その巨木が根付く土地の魔力を支配したとアズマは言った。思い返した青年は嫌な予感を感じて問うた。

 

「そうだ。今し方、天狼樹は倒れた。オレの手によって。それにより妖精の尻尾(フェアリーテイル)の命の加護が無効化するのと同時に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)全魔導士の、魔力を奪い続ける」

 

「何……!?」

 

対するアズマの答えは、その予感を的中させたものだった。現在、同時刻で島内にいる全ての妖精たちが謎の脱力感を訴え、その場から思うように動けなくなってしまっている。未だ敵を眼前に控えている者たちは、格好の餌と化している。

 

「既にその段階は完了している。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は全滅するだろう」

 

魔力の枯渇か、あるいは不自由なままで敵に仕留められるか。いずれにせよ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)仲間達が今最大級の危機に瀕していることは間違いない。ペルセウスの脳裏に瞬時に過ぎった愛する少女と大切な弟も……。

 

衝動的に湧き上がった、大切な家族を危険に晒し上げた怒りを表情に浮かべ歯軋りを一つ鳴らした青年。だがそのままアズマへ突出するかと思われた彼の次の行動は、意外にも自らを落ち着かせようと息をひとつ吐いてその表情を戻すというものだった。

 

「……いや、お前の言う事が本当ならば、一つ解せない事がある」

 

途端に冷静になったペルセウスは、そんな己の現状を振り返り、感じた不可解な点を元にアズマへと問い始めた。妖精の紋章が刻まれた己の左頬を右の親指を向け立てて示し、主張しながら。

 

「何故()は平気なんだ?俺もこの頬に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)であることの紋章(あかし)を刻んだ魔導士だ。お前の言う妖精の尻尾(フェアリーテイル)全魔導士の中に……何故オレが含まれていない……?」

 

紋章を刻まれた魔導士の一人であるペルセウスもまた、島の加護を受けている一人だ。アズマの主張が正しければ、ペルセウス自身も今頃は動けずじまいになっていないとおかしい。

 

だがアズマがこちらの動揺を誘って虚言を交えるような男に見えないことも確かだ。島の仲間たちが危機に瀕している事は事実だろう。何故動けるのか、その問いに埋まっていた樹から再度出てきたアズマは律儀に答えた。

 

「それはオレが島の魔力をコントロールし、キミの力をそのままにしたからだ。何度も言うようだが、オレはキミを連れていく事に加え、キミと本気で戦いたいのだね」

 

相手の体の自由を奪った状態で手にかける。それはアズマにとって己の流儀に反する事。互いに万全な状態でぶつかり、打ち勝ってこその勝負。その根底にある定義が選択させた事だと、彼の言葉から窺えた。

 

「さあ、堕天使ファルシー……島中で仲間が、想い人が、唯一の肉親たる弟が瀕死だ。救えるのはキミだけだね」

 

仲間と家族が危機に晒され、動けるのは自分だけ。ペルセウスは察することが出来た。この男は、敢えて自分が全力を持って戦うことを躊躇させない為に、わざと己の目的を明かして自分のみが動ける状態に持ち込んだことを。

 

「仲間と家族を守れる力がいかほどのものか、オレに見せてくれ……」

 

「……後悔することになるぞ……!」

 

どこか期待を抱いた笑みを浮かべて挑発じみた言葉を投げたアズマに、怒りを内側に募らせながらペルセウスは睨みつける。倒壊した天狼樹の根元での決戦が、妖精と悪魔の勝敗を左右する。




おまけ風次回予告

マカロフ『天や神に愛されし魔導士、か……。大層な呼ばれ方されとるの~』

ペルセウス『今もいるのか分からねぇ神に愛されてるからって、幸せになれてるとは到底思えねぇけど』

マカロフ『まあ、そりゃそうかものう。じゃが、事実愛されてはおるのではないか?』

ペルセウス『何故そう思う?』

マカロフ『おぬしら兄弟は、確かに実の両親に愛されて生まれ、育てられてきた。今の二人を見れば、言われずとも伝わってくるわ。そして、ワシらのような家族にもな』

ペルセウス『……!』

次回『其が纏うは寵愛の証』

ペルセウス「マスター……今なら、あの時あんたが言った言葉が……分かるような気がするよ……」
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