FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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連日投稿三日目。
実は言い忘れていましたが、今の職場をやめることになりました。
家族から見てもどうやら相当弱っているように見えたようで…。次の仕事先を探しがてら、ゆっくり休むつもりです。
そしてその休みを利用して書き進めるって寸法よ!←おい


第136話 妖精 vs. ハデス-紋章を刻まぬ男-

つい先刻まで、その空間は衝撃と轟音が入り混じり、包まれていた。しかし今やその空間を包んでいるのは静寂。場にあった机や椅子は破壊され、壁や床にも所々傷跡を残しており、各々の破片が辺り構わず散乱している。

 

そして床には体中に傷をつけられ、見るからにボロボロとなって倒れこんでいる6人の若者たち。それを冷たく見下ろすのはほぼ一切の傷すらついていない長身の老人。一瞥するように彼が振り向く後ろには、同様に甚振られた様子で未だ逆さ磔にされた一人の青年。

 

「妖精に尻尾はあるのかないのか?永遠の謎……故に永遠の冒険……。ギルドの名の由来は、そんな感じであったかな?」

 

闇ギルド・悪魔の心臓(グリモアハート)を束ねるマスター……ハデスによってこの惨状は作られた。あまりにも強い。あまりにも規格外。そう形容して然るべき、老練された圧倒的な実力と魔力によって、若き妖精たちは、戦いと言う次元にすら立てずにいた。

 

痛みに呻き、身じろぎ一つすら取れずに苦悶の声だけが口から出てくる。ハデスがぼやくように呟いた、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に込められた名の由来を耳にしながら、いつだったかマカロフから聞いたような、と意識半ばに記憶が浮かぶ。

 

「しかし、うぬらの旅はもうすぐ終わる」

 

徐に、一番近くで倒れていたナツの近くまで歩いて来たかと思いきや、ハデスはうつ伏せで倒れているナツの頭を踏みつける。踏みつけられたことでナツが苦悶の声をあげるがその足を退ける様子はない。

 

彼は語る。初代であるメイビスの意志がハデスに託され、そしてその意志は次代であるマカロフへと託された。しかし彼にとっては、それが間違いであった。

 

「マカロフはギルドを変えた」

 

「だから何だ!より良い方向へ変える事の何が悪い!!」

 

ハデスの後ろで逆さ吊りにされているペルセウスが叫ぶ。彼がマスターを務めていた時の事は分からぬが、少なくとも今の妖精の尻尾(フェアリーテイル)はペルセウスにとっても、今いる仲間たちにとってもかけがえのない光溢れる大切な場所だ。それがマカロフによる変化の賜物だとしたら、むしろ誇らしささえ感じる。

 

「それこそが誤りよ。魔法に陽の光を当てすぎた。故にうぬらも、その光で変えられてしまったのだ」

 

「それがオレたちの妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ!!ペルもシエルも、変わりたい方に変わりたいから前に進んだ!!今のギルドだからそれが出来たんだ!!てめえみてぇに死んだまま生きてる奴とは違う!!命かけて生きてんだ、コノヤロウ!!」

 

ペルセウスの声に対して、まさにその光が誤りであったと断じるハデスに、今度は踏みつけにされているナツが反論を叫ぶ。闇に囚われ迷走し、己がかつて率いたギルドも傷つけた男の言など、ナツには響かない。そんな男に自分たちの親が成してきたことを、それによって自分たちが今存在出来ていることを否定されるいわれはない。

 

「ペルたちみてぇに変わる勇気がねえなら、そこで止まってやがれ!!」

 

どれだけ傷つこうとも、力の差を見ようとも、一向に目の光は消えず、内に燃え上がる炎が消えることがない。何倍もの人生を生きている己に向かって尚も噛みつき、長きに渡って魔法の神髄を追い続けてきた己へ生意気な口を叩く。表情に出すことはないが、ハデスはいつまでも変わらず喚き続けるナツに、辟易し始めていた。

 

「まこと、口の減らぬ小鬼よ」

 

踏みつけていた頭から足を離し、ナツの足を魔力弾で一発撃ち抜く。激痛を訴えるように叫び声をあげるナツに、背中と腕にも一発ずつ撃ち込む。周りの仲間たちが、ナツの呻く声と姿を見聞きする度に、顔を歪め、怒りを募らせ、涙を浮かべる。

 

「恨むなら、マカロフを恨め」

 

淡々と語り、何度も何度もナツの身体に弾を撃ち込み、その度にナツの身体は跳ねて無抵抗な身体を晒される。次々と撃ちこまれる弾丸の痛みに悶える余裕すらもなく、張り上げられていた声すらも次第にナツの口から出てこなくなる。

 

「マカロフのせいで、うぬは苦しみながら死ぬのだ」

 

容赦なく弾丸を撃ち込まれるナツ。仲間たちは止まるように懇願を口にするも一切止まず、彼の身を案じるも身体を動かせない。ウェンディは凄惨なナツの状態に泣き出してしまうほどだ。

 

「ナツ……くっそぉ……!!」

 

固く拘束され逆さ吊りから脱却できないペルセウスも、無力を思い知らされるのみで歯を食いしばり、怒りを滲ませる。しばし続いた蹂躙が前触れもなく止まり、激しく息を吐きながらも尚上体を起こしてハデスを睨みつけ、ナツは諦めを一切見せない瞳を向けた言い放った。

 

「お前は……じっちゃんの仇、だ……!!」

 

「もうよい、消えよ」

 

その姿と言葉にいい加減辟易したのか、指先に今までよりも多くの魔力を収束させ、ナツを狙うハデス。ここまで耐えてきた彼であろうと、それ程の規模を身に受けてはどうなるか……。嫌な想像が、頭の中に浮かんでしまう。

 

「やめてぇーーー!!」

 

涙を浮かべながらルーシィの悲痛な叫びが空間に響く。当然その声を聞いたところでハデスは止まる様子もなく、集まる闇の光は更に大きく膨れ上がる。そしてそのままナツに放たれようとした、その瞬間だった……。

 

 

 

天高くから降り落ちた一つの雷。船の内側へと最小限の隙間を狙って入り込んだかのように、屋根の脆い箇所を突き破って今いる空間へ。そしてナツに照準を向けていたハデスの右腕を貫いた。

 

予兆の一切が感じ取れなかったその落雷に、ハデスは顔を怪訝にしかめて思わず一歩後ずさる。妖精側にとっても理解の範疇を超えており、何が起こったのかその落雷の着地点を目を見開いて着目するのみ。

 

「雷……!?」

「この魔力……!!」

 

しかし、僅かばかりの理解に要する時間を得たことで、その雷から感じる妙な懐かしさが、この落雷の原因たる人物の姿を兄弟の脳裏に浮かばせた。そして、唖然とした表情で見上げていたナツの目に、その背中が映りこんだ。

 

 

 

「こいつがじじいの仇か……ナツ」

 

棘のついたヘッドホンを耳につけ、簡素な色合いのフード付きローブを身に纏った、逆立った短い金髪の大男が、黄金色の雷を纏い、悠然と立っている。後ろから見ているから見えていないが、恐らく顔には右目に稲妻状の傷がついているはず。

 

それが何者なのか、ナツを始め、場にいるほとんどの者が既に分かった。かつてはギルドを強くすると言う思いを強く抱いたが故に仲間を貶め、危険な祭りを独断で起こしたことにより、実の祖父であるマカロフから、やむを得ず破門とされてしまった……家族だと。

 

その男・ラクサス。国を気ままに旅する流浪の身であったはずの彼は、かつて所属していたギルドの聖地に、自分たちの危機に参じた。その事実に、思わずナツは口元が緩み、目が潤みだす。口から出てきた彼の名を呼ぶその声には、確かな喜びが込められていた。

 

一方で、ハデスは突如現れた邪魔者をただ黙して眺め、その行動に静かな警戒をした。感じられる魔力は、低く見積もってもこの場にいる者たちの中で上位に匹敵し、下手をすれば、一番の実力者であったペルセウスをも上回る。他の若者たちと比べれば手こずる事になるだろうと考えながら、すぐさま迎撃できるように気を張り詰めていた。

 

しかし、纏っている電流を更に迸らせながら、上体を後ろに運び、こちらを睨んで狙いを定める目の前の男の姿が、かつて目にかけていた、今や老いてしまったはずである己が後継者の若かりし頃の姿に重なった。

 

()()……!?」

 

どう言う事だ?と、思わず考えてしまったハデスにとって、その数瞬の隙が命取りとなった。思考に耽ったほぼ一瞬の合間に、ラクサスが勢いよく彼の額に頭突きを叩きこむ。頭突きを受けて大きく仰け反ったハデスに向け、ラクサスが次いで右拳に雷を纏わせて振りかぶる。追撃が来ることに体勢を崩しながらも感じ取ったハデスは寸前に迫った拳を半身を翻すことでギリギリ回避。行き場を失った雷撃の着弾音が空間に響く。

 

カウンターとして指をなぞったハデスが描いた魔法陣がラクサスを包み、その直後に爆発。だが爆発が起きる直前で一筋の雷が走り、魔法陣の外へ。そして雷は回避した姿勢をとったラクサスの姿へと変わる。雷に変化して躱したようだ。

 

「ラク、サス……!!」

「ラクサスが来てくれた……!」

「この人が、マスターの……」

 

まさかの人物が現れたことに、驚愕と喜びをそれぞれ見せる妖精たち。そして数瞬で起きた開口一番の攻防を経て睨み合う形となった二人の内、ハデスは隠しきれない驚愕を顔に滲ませている。

 

「こやつ……マカロフの血族か……」

 

改めてラクサスの顔を目にしたハデスは、若き日のマカロフによく似たその顔に理解すると同時に納得した。面影は確かにあるものの、あの小僧と()()()とは確実に別人であると。

 

ハデスが理解に至ると同時、彼の後方で何かが切断される甲高い音が響く。前方にいるラクサスへの意識を逸らすことなく後ろに目を配ると、四肢を繋がれ逆さ吊りにされていたはずのペルセウスが、いつの間にか拘束を解かれていた右手に灰色の大剣を持ち、残る三つの拘束を斬って無理矢理解除した姿。

 

「そうか、先程の……!」

 

何故拘束が解かれたのか?その疑問は浮かぶよりも先に分かった。ラクサスが繰り出した頭突きの直後に放った追撃。あの一撃は元からハデスを狙ったものでは無く、その後ろにいたペルセウスの拘束の一部……右手を捕らえていた鎖を破壊するためのもの。右手さえ自由になればあとは自力で抜け出せると言う確信による行動だったと。

 

解放され、後ろにすぐさま飛び退き、ハデスから距離を置いたまま大剣を持ちあげて構えるペルセウス。一言ラクサスへの礼を告げながら、ハデスへの鋭い視線を解くことはない。それにしても、ペルセウスだけでなく、誰も彼もが見るからにボロボロだ。

 

「情けねえな。揃いも揃ってボロ雑巾みてーな格好しやがって」

 

かつていたギルドの中でも上位に君する者たちだったと記憶している面々が、一人残らず満身創痍。口では不甲斐ないものだと断じているが、その声にはどこか穏やかな感情が籠っているように聞こえる。ギルドを破門される直前までの、剣呑と言える姿勢があった彼からは想像できない程だ。それが嬉しかったのか、普段なら突っかかるナツが、笑顔すら浮かべて同意を示した。

 

「何故、お前がここに……」

 

「先代の墓参りだよ。これでも()妖精の尻尾(フェアリーテイル)だからな」

 

エルザに尋ねられて答えたラクサスの言に、彼女は思わず笑みを浮かべた。かつての彼はそのような事を口にするような者ではなかったから、会わない内に確かなよい変化があったことを感じられたことが、少しばかり嬉しかった。

 

「オレは初代(メイビス)の墓参りに来たつもりだったのになァ。こいつァ驚いた……二代目さんがおられるとは」

 

初代マスターであるメイビスが眠る地であることは、元々はS級であったラクサスも知るところ。そして予想外だったのは、今の先代である二代目・プレヒト……もといハデスがいた事。しかしこれはこれでちょうどいい。

 

「折角だから墓を作って、拝んでやるとするか……!」

 

「やれやれ……小僧にこんな思い上がった親族がいたとは……」

 

隠すつもりもない怒りを帯びた顔を向けるラクサスと、そんな彼の言動が如何に無謀かつ無知なものであるか、と呆れたように肩を竦めてぼやくハデス。そんな二人が睨み合う傍らで、灰色の大剣を支えに立ち上がったペルセウスも、ラクサスが加わったことにより反撃をしようと構えをとろうと動く。

 

「ペル、手ェ出すなよ」

 

しかしラクサスから告げられたのは、ハデスとの一対一(タイマン)を希望するのと同義の言葉。思わぬ拒否を返されたことにより、ペルセウスの表情には当然ながら驚愕が浮かぶ。

 

「そんなナリで手伝われても、足手纏いにしかなんねぇよ」

 

先程まで逆さ吊りで拘束されていて、そうでなくてもペルセウスの外傷はそれなりに多く見える。他の者たちに引けを取らない程に。「いいから黙って休んでろ」と言外に告げられた気がしたペルセウスは、「それもそうか……」と自虐するように笑みを一つ浮かべて片膝を床についた。

 

手出し無用。それが確定した二人の魔導士のぶつかり合いが、それぞれの身体から溢れ出始めた魔力が空気を震わせることで既に始まったことを証明する。ラクサスからは迸る雷が、ハデスからはうねりを上げる闇が、各々が纏う服と、周囲の大気を揺らして圧をかける。

 

先に動いたのはラクサスだ。ゆっくりと前傾の姿勢をとったかと思えば雷と共にその姿は消えて目にも留まらぬ速さで移動する。ハデスにはその動きが見えたようですぐさま彼が移動した方向に顔を向けるも、直後にラクサスはハデスの顎を蹴り上げていた。シエルの雷光(ライトニング)倍速(ブースト)をこの時点で上回っている速度だ。

 

大きく仰け反ったハデスにすかさず雷を纏った左拳を振りぬき、その身体を大きく飛ばす。勢い良く飛ばされたハデスの身体にすぐさま追いつき、真上から後頭部を殴りつけ、床を陥没させる勢いの衝撃を与える。

 

「(速い!その上……重い!!)」

 

ラクサスの本格的な戦いを、初めてその目で垣間見たシエルが、彼のその戦いを目にして胸中でそのような感想を抱いた。7人がかかりでかかってもほとんど有効打を与えられなかったハデスを、まだ序盤とは言え一人で圧倒しているように見える。これほどとは。

 

しかしダメ押しとばかりに突き出した拳は僅かな隙を縫って飛び退き、空を切る事に。そのまま着地したハデスは、素直に感心していた。中々の身のこなしの上、感じ取れる魔力。ブルーノートを下したギルダーツや、元は弟子が育てて逃げられた後に拾ったペルセウス。この二人の他に、これ程の力を持った駒をマカロフが持っていたとは。

 

「そういや昔、ジジイが言ってたっけなァ……『強ェ奴と向かい合う時、相手の強さは関係ない。立ち向かう事の方が大事だ』ってよォ……。だよな、ナツ?」

 

その言葉は、自分たちも耳にしたことがあったような気がする。マカロフがマスターとして、長い時の中で次々と増える仲間()に対して、ふとした時に送られる言葉の一つだったような……。ナツも含めて、誰もがその言葉を聞いて思い返していた。

 

「ふん、下らんな。弱者の言い訳に聞こえるぞ。準備運動はもうよいだろう。かかって来い、小童!」

 

「面白れぇ……!」

 

ラクサスが告げたマカロフの言葉を一笑に付し、挑発するように誘うハデス。対してラクサスは拳の骨を鳴らし、再び激突が繰り広げられることになる。雷へと変化して即座に肉薄するラクサスが振りぬいた蹴りを紙一重で回避し、カウンターでかざした掌から魔力を射出。しかしそれを上空に雷と共に回避して、今度は両手を組んで上からその身体ごとハデス目掛けて降り下ろす。

 

それさえも飛び退いて回避したハデスが今までいたところは、まるで隕石が落下したかのようなクレーターが出来上がり、その威力の高さがうかがえる。空中へと退避したハデスを狙う為、次にラクサスがとったのは咆哮(ブレス)。横に薙ぎ払うようにして繰り出されたそれは船の壁を爆裂させながらハデスへと接近。しかしどういう原理か空中で身を投げ出されず横方向へ浮遊して咆哮(ブレス)を避け、次はこちらの番だと言わんばかりに右手から魔力のアンカーを発射。ラクサスの顔を狙う。

 

それを首を傾ける最小限の動作で躱したラクサスであったが、ハデスは焦らない。回避されることは想定内であった彼は彼の後方。空間内の最奥部に浮かんでいた巨大な地球儀へとアンカーを接続させて引っ張る。すると見るからに重厚そうなそれが動き出し、轟音を立てながら床を抉ってラクサスへと迫る。即座に気付いた彼はすぐさま回避することは出来たのだが……。

 

「イヤな予感するんですけど……!!」

 

ラクサスが避けた事でもう用済みと言わんばかりにハデスのアンカー接続が解除され、投げ出されてしまった地球儀はルーシィ目掛けて勢いよく転がってきた。悲鳴を上げながらなるべく当たらないように更に身を縮こませる。

 

そこに滑り込むように間に入ったペルセウスが、持っていた大剣グラムを構え斜めに設置。ルーシィに迫ってきていた地球儀が大剣とぶつかって跳ね上がる。そして他の誰にも当たる事なく自分たちが入ってきた大きな空洞から飛び出て行った。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

「オウ。こんなことしか、今は出来んがな」

 

戦いの余波で起きた弊害から仲間の身を守る事に成功したものの、成し遂げた本人は二人のぶつかり合いに一寸の介入も出来ない身だと実感させられている。動きを見切るだけでも相当な集中力を要し、あまつさえ今の身体ではその戦いについて行けるかも怪しい。痛感させられた己が力不足に、歯がゆい気持ちを募らせたペルセウスは顔を顰める。

 

現に今もなお二人の戦いは激しくなる一方だ。雷を纏って殴りかかろうとしたラクサスを、ハデスは離れた距離から掌をかざすだけで弾き飛ばして怯ませる。更にすかさず片手の指を振るって印を結ぶと、片膝をついて体勢を立て直したラクサスを包囲する天照式の魔法陣が顕現する。

 

「これは……!!」

 

見ただけですぐさまその危険度に気付いたラクサス。味方がそれを伝えようと声を張り上げたり、ラクサス自身が脱出するために動くよりも早く、ハデスによって魔法陣が起動してしまう。

 

「散れェイ!!」

「しまっ……!!」

 

直後に発生する爆発。鳴り響く轟音、巻き起こる爆風。それに巻き込まれた者たちは力なくその身体を吹き飛ばされ、思わず悲鳴や呻き声が上がる。唯一、大剣を盾にしていたペルセウスのみが踏みとどまったが、その彼さえも身体の自由は利いていない様子だ。爆発の中心にいたラクサスも、さすがに無事では済まない。

 

「これを喰らった者は四肢の力を失い、まともに動くことは不可能……。たとえ防いだとしても、その魔力の消耗は致命的……」

 

術者本人であるハデスも、それは確信していた。随分手こずらせたが、これで奴も動くことは出来なくなったはず。淡々と語っていたハデスであったが、彼には見えた。爆発によって巻き上がった煙の中から、一筋の雷が走り、天井伝いに走ってこちらへと瞬時に接近してきたのを。

 

視認することは出来たが、対応までは間に合わず。まさか動けるとは思っても見なかったが故に反応も遅れてしまったハデスは、雷と共に這い出てきたラクサスの重く鋭い右足による蹴りを、背中で勢いよく受けてしまった。かつてないダメージを自覚しながら前のめりに倒れるハデス。一方で帯電状態を持続したラクサスは、一切揺らぐことなく倒れたハデスを見下ろした。

 

「すげぇ……!!」

 

「渡り合ってる……ハデスに……!!」

 

たった一人で、自分たちにも歯が立たなかったあのハデスを追い詰めているラクサス。驚異的な実力を見せつける彼の姿に、仲間たちからも驚嘆の声が思わず漏れ出る。

 

「(こんなに強かったのか、ラクサス……)」

 

「(あの時よりも、数段を腕を上げてやがる……!)」

 

彼と同じS級と言う称号を持つ仲間たちも同様だ。最後に激突したバトル・オブ・フェアリーテイルでの時と比べても、その強さはより高まっていることは感じられる。エルザは把握し切れなかった彼の力に驚嘆し、ペルセウスはそんな彼が再び味方となってくれたこと、破門された後の旅でその強さまでいたった事への僅かな喜びが現れていた。

 

「今の威力で片脚分だ……まだもう片方ある。両手もある。頭もあれば全身もある……。全部一撃に込めたら何倍どころじゃねェ……試してみるか?」

 

倒れこみ、しばし動けずにいたハデスを睨み、身体に纏う稲妻を迸らせて堂々と告げる若者の言を聞き、睨みを利かされていた本人はゆっくりと体を起こして立ち上がると、自信に溢れた言動を放ったその青年が放つ威圧をものともせず、真っ向から威圧を返し、声を張り上げた。

 

「言うわ!若さ故の自信か?だが魔の道に於いて必要なものは、若さとは違うのだよ!若さとは!!」

 

「ぬかせェ!!」

 

そしてみたび起こる互いの魔法による激突。一方は長い歳月を経て培った魔力によって練り上げられた闇を。もう一方は身体に埋め込まれた竜の力によって繰り出される雷を。互いに互いを打ち破らんと拳を通して放たれた二つの魔法は、周囲を巻き込むほどの奔流を生み出す。

 

一瞬にも、永遠にも感じる激突の膠着が切れた瞬間、弾かれるように両者の身体が離れ、着地すると同時に再びラクサスが動き出す。横から回り込むように動きながらも、広げた右掌から数十に至る小さな雷の弾丸が放たれ、ハデスを狙い撃つ。当然ただ受けることもせずに回避していくハデスの進行方向を予測し、先んじて回り込んだラクサスは左拳に雷を纏って叩きこもうと振りかぶる。

 

しかしハデスもそれは把握しており、指を振るってラクサスが迫っていた位置の足元を爆破させる。すんでのところで上空へと回避するラクサス。だが巻き起こった煙から、二本のアンカーが飛び出し、ラクサスの両手を繋いで塞ぐ。身体の一部を拘束されたことで、さしものラクサスも目を見開いて驚いた様子を見せる。煙が晴れて現れたハデスの顔にはしたり顔が浮かんでいる。

 

「まさか、ラクサス……!」

 

その光景に仲間と共に面食らったかのように驚愕していたシエルが何かに気付いた様子を見せるも、すぐさま状況は一転する。両手を塞がれて自由が利きづらくなったかに見えたラクサスだったが、焦りを見せることなく己を繋いでいる日本のアンカーの鎖をガッシリ掴むと、ハデスの身体を自分の方へと引っ張り上げる。思ってもみなかった行動にハデスは何度目になるか分からない驚きを表しながらも、されるがままに身体を中空に投げ出され、待ち構えているラクサスへとどんどん近づいていく。

 

そして頭を己の後ろへと引き、雷の魔力を頭部……特に額を中心に集わせていく。これまでの攻撃の中でもより一層雷が込められているのが見受けられた。攻撃が来るのはハデスも理解していたが、ラクサスを縛るために繰り出していたアンカーが、自らの行動を邪魔することになってしまい、回避が不可能であると悟った。

 

 

 

「『雷竜の雷鎚(いかずち)』ィ!!」

 

そして迫り来させたハデスの脳天を狙い、稲妻迸る己が頭を叩きつける。その威力と様相はさながら、雷を纏った巨大な鉄鎚を叩きつけたかのよう。苦悶の声を零しながら一気に下へと墜落するハデス。床と衝突して再び巻き起こる粉塵。激突させた衝撃によって、ラクサスの両手に繋げられていたアンカーはすでに消滅している。何度目になるだろう。次元を離れた戦いを繰り広げる二人の姿に呆然とした仲間たちが言葉を失ってそれを見ている傍らで、粉塵を避けるようにラクサスは着地する。

 

「ぐふっ……!」

 

だがしばしハデスが墜落したであろう位置を睨んでいたラクサスは、突如片膝をついて息を切らし始めた。先程までの勢いある姿勢とは対照的な姿に、思わずナツが彼らの名を叫んだ。

 

「おやおや、どうしたね?大口を叩いていた割には、膝をつくのが早すぎるではないか」

 

一方のハデスは粉塵の中から悠然と立ちあがって周囲の煙を払うように姿を現し、消耗を隠せていないラクサスへ皮肉を交えた言葉をかける。これではまるで、先程の強力な一撃を受けた立場が真逆だ。

 

「さっきの天照式……やっぱりモロに受けてたんだ……!!」

 

彼に見られる明らかな消耗の原因は明白だった。躱せていたと思っていた強力な天照式の魔法。タイミングから鑑みても回避はほぼ不可能だった。しかしラクサスはその魔法を受けてもなおハデスに喰らい付いていた。しばしはそれが通じていたようだが、さしもの彼にも限界があったらしい。立ち上がる事もままならず、肩で息をするラクサス。しかしその後口から出てきたのは、乾いた笑い声だった。

 

「世界ってのは……本当に広い……。こんな、バケモンみてーな奴がいるとは……。オレもまだまだ……」

 

「何言ってんだ!!」

「しっかりしろよ、ラクサス!!」

 

力無く、弱気な発言を零すラクサス。かつてギルドにいた頃の自分が如何に井の中の蛙であったか、いやでも理解させられた。そう言いたげに自嘲する彼らしからぬ姿に、ナツもグレイも発破をかける様に声を張り上げる。

 

「やってくれたのう……ラクサスとやら……だがそれもここまで。うぬはもう消えよ!!」

 

辛酸を舐めさせられた相手であるラクサスが、最早抵抗しようとする素振りも見せない確かな好機。ハデスは指先をラクサスへ向け、そこに今までの中でも最大と言える程の規模の魔力を集め、凝縮させていく。感じられる。それが放たれた時、受けた者がどうなってしまうのか。

 

「ヤベェ!!」

「立て!ラクサス!!」

 

即座に気付いたS級の称号を持つ二人の魔導士が呼びかけるが、ラクサスは動く気配がない。そして彼らの願いも空しく、ハデスの指先からこれまでの弾丸とは明らかに違うレーザーにも似た極太の波動が発射される。

 

迫りくる大きな波動。膝をつき、動く様子のないラクサスは右の拳を床に一度叩きつけるも、笑みを浮かべたまま仲間たちに尋ねてきた。

 

「オレはよう……もう妖精の尻尾(フェアリーテイル)の人間じゃねえけどよ……」

 

波動はラクサスへと近づいていく。しかし身体も動かないらしいラクサスは、一切焦ることなく仲間たちに語りかける口を止めない。彼の脳裏に浮かんでくるのは、まだ荒んでいなかった幼き頃の記憶と、少しのすれ違いで祖父と起こしてしまった口論。

 

「避けて!!」

「それをくらったらダメです!!」

 

一向に動く様子のないラクサスは、焦りを孕んだ少女たちの呼びかけにさえ答えない。うずくまる顔に浮かべた笑顔をそのままに、握っていた拳に更に力を込める。記憶の中に残っている一番新しい記憶。破門を言い渡され、別れた時のこと。そして祖父を始めとした家族たちの、メッセージ。

 

「じじいをやられたら……怒ってもいいんだよな」

 

それを聞いて、仲間たちのほとんどは声も出せなかった。彼の身体にはもう、妖精の紋章は刻まれていない。しかしそれでも、かつて家族であったこと……そしてマカロフと血の繋がりが確かにある事。それに伴う思い出は彼の中にある。

 

大事な家族を想う心。それを思い出したかのようなラクサスの言葉に、答えたのは二人だった。

 

「そんなの、決まってる……!」

 

「当たり前だぁあ!!!」

 

絞り出すようなシエルの声と、張り上げて叫ぶナツの声。二人の返答を聞いたラクサスは口元を柔らかく吊り上げると、一気に力を解放する。迫りくる闇の魔力がラクサスを覆う直前、ラクサスが残した力の全てが雷となって放出された。

 

 

 

 

 

そしてそれは、全てとある一人の方へと駆け巡った。

 

 

 

 

 

その瞬間、船が大きく傾くほどの爆発が発生。ラクサスを襲った大きな魔力が床の一部を破壊し、底を更に剥き出しにする。爆風が妖精たちを襲い、彼らの身体を紙きれの如く飛ばしていく。そして一身にハデスの攻撃を受けたラクサスの身体も大きく投げ出され、剥き出しになった底の下へと落ちていく。

 

「オレの……奢りだ……ナツ……」

 

想いは、託された。

 

ラクサスが力なく告げた言葉がトリガーになったかのように、彼の近くで横たわっていたナツの身体に異変が生じる。彼の身体を駆け巡るように、()が迸り始めたのだ。それがまるで力の源になっているのを表しているのか、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……ごちそう……さま……!」

 

仲間の誰もが目を疑う光景だった。火竜の名の通り、炎を扱うはずのナツが、まるでラクサスのように雷をその身に纏い、帯電している。本来であれば決してあり得ない光景だ。

 

「オレの、全魔力だ……」

 

力なく告げたラクサスの言葉を聞き、更なる驚愕が一同を包む。ラクサスの中に残っていた魔力の全てを、ナツに纏めて分け与えたも同義だ。そして滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に魔力を分けるとなると、方法は一つしか浮かばない。

 

「雷……食べちゃったの!?前はそれで寝込んだって聞いたけど……!」

 

「魔力が極端に減っていたから、器が出来たんだ……!滅神の炎を喰った時と、同じように……!!」

 

過去にラクサスと勝負をした際、ラクサスの魔法を逆に食おうとしたナツは、その後数日体調不良を訴えて寝込んだ。炎以外の属性を喰う事で、一般人で言う食あたりに近い症状に陥る。ルーシィが聞いた話はその事であったが、今この時はそれと異なる。

 

シエル、そしてウェンディには既視感があった。つい数時間前に共に打ち倒した滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)のザンクロウが扱った、神が扱うと称された黒い炎。本来であれば喰らう事の出来なかったその炎を、己の魔力を一度空にして器を作る事で喰らい、一時的な大幅パワーアップに成功した。今度はそれが、ラクサスの雷に置き換えられた。

 

「何で……オレに……オレはラクサスより……弱ェ……」

 

「強ェか弱ェかじゃねえだろ……。キズつけられたのは誰だ?ギルドの紋章を刻んだ奴がやらねえでどうする……?」

 

力が溢れてくるのが分かる。数秒前までの自分の、何倍もの力を得たのだろう。だがナツは、そんな力を託してくれたラクサスの真意を測りかねていた。それは、至ってシンプルな答え。

 

「ギルドの受けた痛みはギルドが返せ。100倍でな」

 

首から上しか動かせなくなった体で、穏やかな顔を浮かべながら静かに語ったラクサスの言葉を、ナツは強く心に刻んだ。かつては同じ紋章を刻んでいた者の想いを継ぎ、浮かびかけた目元の雫を手で拭い、ハデスへと目を向けた。

 

「ああ……100倍返しだ……!!」

 

そして彼の身体から纏うように噴き出したのは、消えかけていた赤き炎。その炎に混ざるかのように黄色い雷がともに走り、ナツの髪と衣服を揺らす。圧倒的な存在感、そして魔力を迸らせるその姿に、仲間の皆が唖然とする中、年若い二人が戦慄しながらも言葉を紡ぐ。

 

「炎と、雷……!二属性の融合……!!」

 

「“雷炎竜”……!!」

 

本来混ざる事がほとんどない二つの属性を一つの身体に纏った青年の姿は、まさしく二属性を扱う新たな竜。その変化に言葉を失う一同の中で、エルザのみが既視感を覚えた。

 

楽園の塔にてジェラールと激闘した際、ナツはそこら中にあったエーテリオンが込められた魔水晶(ラクリマ)の一部を喰らい、一時的なパワーアップを発現した。限界以上に魔力を増幅させ、最高潮にまでブーストさせる事で至る最終形態・ドラゴンフォース。その状態を発動したナツと、今のナツはほぼ同じであると確信を持って言えた。

 

「うおおおおおおおっ!!!」

 

しばし佇み睨んでいたナツであったが、内から溢れ出る力が抑えきれなくなったかのように、迸る炎と雷、そして衝動のままに吼える。そして動いたと思った瞬間には、彼の拳がハデスの顔面に突き刺さっていた。明らかに先程までのナツとは比べ物にならない程の力と速さ。感じられた魔力も相まって、ハデスは拳を受ける直前に危機を察知したものの、受けることも避けることも叶わずまともに食らってしまった。

 

そのまま勢いよくハデスの体を持っていくナツは、撃ち込んだ拳を振りぬいてハデスの身体を壁に叩きつけ、そのまま体を翻し、雷炎を纏った足を彼の脳天へ叩き込む。燃え盛る炎がハデスの身体を包み込むも、彼は無理矢理その炎を振り払う。だが直後に雷が彼の身体に襲い掛かり、波状攻撃によるダメージを否が応にも受けてしまう。

 

炎を纏った打撃の後に、雷の追加攻撃。そして一つ一つの攻撃の重さは、本来の彼を大きく上回っている。これほどまでに劇的に力に変化を起こせる、稀有であり、恐ろしく、しかし頼もしき(ドラゴン)の力。ナツに隠された、滅竜魔法の真価の一つと言ったところか。あれほどまでに絶望を味合わされたハデスを、一方的に追い詰めている。

 

「オレたちのギルドをキズつけやがって!!」

 

拳を撃ちこむ度、蹴りを叩きこむ度、ナツの脳裏に浮かぶのは傷つき倒れた(マスター)の……仲間(家族)の姿。悪魔どもに苦しめられ、悲しみを味わった彼らの悔しさを思えば、この程度では物足りない。ハデスの身体がナツの攻撃によって叩きつけられるたびにぶつかった箇所が崩壊していく。

 

それでもなお衝動と怒りが収まらないナツは、右手に炎を、左手に雷を纏い、そのまま両手と共に合わせ、増幅させていく。

 

「お前は……消えろォォ!!!」

 

混ざり合い、一つとなった炎と雷を、転がって倒れていた無防備なハデスに投げつける。火竜の煌炎に似通った攻撃だが、雷も纏ったそれの威力は、ナツ自身の大幅なパワーアップも相まって比較するのも烏滸がましい程の強大さだ。

 

最早着弾した場所が灰燼となって消える程の攻撃であったが、爆発によって舞い上がった煙から、勢い良く跳躍して飛び出したハデスが現れ、険しい形相を浮かべながらも魔力のアンカーをすぐさま射出し、技を放った態勢で上空にいたナツの両手を繋ぎ止めた。

 

「はっはーっ!!両腕を塞いだぞォ!!」

 

随分好き勝手に暴れてくれた雷炎竜を、ようやく抑え付けた事でハデスに再び余裕が見え始める。しかしナツは構わず両腕と手に力を思い切り込めると、あっという間にアンカーを鎖ごと引きちぎり、拘束を解いた。ラクサスでさえ引っ張り上げることしかできなかった鎖を、あっさりと。

 

あり得ない。思わずそう言いたげに絶句し、呆然となったハデスに、ナツは容赦なく照準を定める。周囲の空気ごと魔力を勢いよく吸い込み、その魔力は炎に変換され、収束していくと同時に帯電。仕掛けてくるのは目に見えているが、ハデスはそれを止めることも、避けることも、不可能であると察してしまった。

 

 

 

「『雷炎竜の……咆哮』!!!」

 

そして彼の口から放出される、炎と雷が混じった超特大のブレス。真正面から受けたハデスは呻き声のような悲鳴を上げることしかできず、あまりにも強力故に、余波で仲間たちでさえまたも吹き飛んでしまう。そしてブレスの延長線上に存在した、艇の床と壁はあっさり貫通。のみならず、天狼島の地形の一部を、抉り取るかのように変形させてしまった。

 

同時刻、まるで本物の(ドラゴン)の雄叫びのような音と共に轟音を起こして破壊するそれを、島に残り守りのチームとしてキャンプにいた仲間たちも確認した。それが誰が起こしたのか、思い当たるものは一人だけ。キャンプではなく別の場所にて、大の字になって寝転がるギルド最強の男だけは、嬉しそうに口に弧を描いていた。

 

しばし時が経ち、ようやくその咆哮(ブレス)が勢いを弱め終息すると、大きな風穴を空けたその空間を見据え、大きく肩で息をしながら、大きい消耗を見せるナツが立っていた。あまりの威力に呆然とする妖精たち。その中でも見事敵を打ち倒した彼の姿に、笑みを浮かべる者たちもいる。そして破壊痕をつけられた場所の中心にて、四肢を投げ出し、大口を開けて意識を失ったとされるハデスの姿があった。

 

「やった……ぞ……」

 

それを見たナツは満足した様に笑い、だが消耗した体を支え切ることが出来ずに倒れそうになる。その身体が向かう先は、大きく砕け、深い底まで続いているであろう床に開けられた穴。このままでは真っ逆さまに落下してしまう。

 

「ナツ!!」

 

一番近くにいたルーシィがすぐさま駆け出し、落ちようとしたナツの腕を間一髪で掴む。間に合った。彼の身体はもう力が入らないのか宙ぶらりんの状態だ。

 

「た、助かった……。もう完全に……魔力がねえや……」

 

あれほど溢れ出んとしていた魔力を、ハデスに全て放ったのだろう。あれほどの圧倒的な破壊力ならば、魔力の消費も激しい。己の魔力が空になってしまうほどの全力を込めたのならば無理もない。労いの意味も込めて、疲労困憊になったナツにルーシィは笑顔を見せる。

 

「終わったんだな……これで……」

 

「はい!」

 

勝利を確信し、とてつもなく長く感じた悪魔の心臓(グリモアハート)との戦いも幕を閉じた。そう理解したペルセウスが呟きウェンディが同調する。これまで張りつめていた緊張が解け、各々が息を吐く。

 

ルーシィによって引き上げられ、助けられたナツもまた、くたびれながらも達成感を抱いたように笑みを浮かべている。大きな苦戦を強いられた。何度も蹂躙されてきた。肉体的にも精神的にも。しかし勝ったのだ、自分たちは。

 

「ナツ、ありがとう」

 

「ん?何だよ急に」

 

ルーシィに肩を借りてこちらへと合流の為に移動したナツに向けて、徐にシエルは礼を告げた。ハデスを打ち破ったことに関する礼と思ったナツは、改まってするほどの事かと疑問を感じながら返す。別に気にするほどの事でも、と言いたげだったが、シエルがそれを言ったのは単に彼一人に任せたことが理由ではない。

 

ハデスによって告げられた、かつての自分たちにとっての忌まわしき過去。その発端とも言える人物を育て、闇に引きずり込もうとしたハデスの言葉を真っ向から否定し、そして実力で打ち負かしてくれた。いわば、自分たち兄弟の闇を祓ってくれたと同義だ。それを為してくれたことへの感謝だ。

 

「俺たちの事を……」

 

過去がどうであろうと、仲間と言ってくれたこと。そう伝える為に、改めて口を開いた。

 

 

 

 

 

「大した若造どもだ……」

 

しかしシエルの言葉は、途中で遮られた。弛緩していた緊張感が、再び張り詰め辺りを支配する。口を噤んだシエルのみならず、仲間たち全員の背筋が凍り付く。そんなバカな。確かに、もう動けないほどの傷を与えていたはず。

 

「マカロフめ……全く恐ろしいガキどもを育てたものだ。こんな隠し玉が、残されていたとは」

 

声のした方へ目を向ければ、まるで今までのナツの攻撃などなかったかのように、一切堪えた様子もなく立ち上がる悪魔の首魁の姿。その姿を見て、誰もが信じがたいものを見る目を、その老人に向けている。

 

「私がここまでやられたのは何十年ぶりかのう……弟子(ヤート)との最後の手合わせですら、これ程の事にはならなかった……」

 

一切淀みなく、懐古の念を呟きながら、魔法で破損していた服と、外されていた外套を修復し、纏う。傷までは回復していないようだが、堂々と仁王立ちするその佇まいは、戦いが始まる前と、ほぼ変わっていないように見受けられる。

 

「このまま片付けてやるのは容易い事だが……楽しませてもらった礼をせねばな……」

 

「ウソだ、ろ……!?」

「あの攻撃が効かなかっただと!?」

 

雷炎竜として力を解放したナツの攻撃。艇の一部どころか島の地形をも変えてしまった咆哮(ブレス)を真っ向から受けて、何故平然と立っていられるのか。これで通用しないとすれば、最早打つ手はない。恐怖と絶望に打ちひしがれかけた妖精たち。

 

 

 

 

 

 

 

だが、本当の意味で絶望するのは、この直後であった。

 

「“悪魔の眼”……開眼!」

 

ごく自然の動作で右目に着けていた黒い眼帯を外したかと思えば、その言葉と共に開かれたハデスの右目は、赤い光を発している。しかし、それだけには留まらない。彼の右目が開かれた瞬間、その身に纏う魔力が一気に膨れ上がった。

 

「うぬらには特別に見せてしんぜよう」

 

赤い眼に白い瞳を宿した右目を見開いたその時、長く垂れ下がっていた彼の髪はまるで上昇気流を受けたように上へ盛り上がり、より深くより多く渦巻く闇の魔力が彼の身体を囲む。発せられる重厚なプレッシャーは、数秒前までのハデスですら、かわいく思えてしまうほどの規模。

 

今の今まで、彼は一切の全力を発揮してはいなかったのだ。

 

「『魔導の深淵』。ここからはうぬらの想像を遥かに超える領域」

 

最早、形容する言葉さえ見つからない。あまりにも圧倒的で、感じられるもの全てが絶望と恐怖を与えてくる。想像を超える、と言う言葉の通り、妖精たちが考え得るものなど簡単に超えてしまう、どうしようもない彼我の実力差。

 

「魔導の……深淵……!?」

「バカな……!」

「こんなの……あり得ない……!」

「何なんだ……この魔力……!」

「こんな魔力は感じた事がない……!」

「まだ、増幅していく……!」

 

「終わりだ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

立ち尽くし、震える事しかできない妖精たちに、無慈悲な宣告を放つハデス。誰もが動けずにいる。唯一何とか動こうとしたのか、呻くように絞り出したナツの声が聴こえてくる。床に拳を叩きつけたナツは、意地でハデスを睨むも、その身体は言う事を聞いてくれそうにはなかった。

 

「ウグ……くそ……!動く、力……さえ、残ってねえ……!!」

 

最早妖精たちには……希望のひとかけらも、残っていないのか……?

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