FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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連載開始当初は週一更新していたのに今や月一更新になってしまっておりますが、一応連載中です。
申し訳ない…。未消化のゲーム、アニメ、まだまだ溜まりに溜まっているのもあって執筆が上手いこと捗らず…。就活もあるのに…。

ひとまず今回は、遂に…節目の一つを超えました。多くは語りません。その目でどうぞお確かめを!


第141話 手をつなごう

「あ……ああっ……!!」

 

目に映る光景が信じられなかった。否、信じたくなかった。これが現実であることを。

 

あまりにも、凄惨で、残酷で、非現実的で、無慈悲で、何よりも絶望を感じるには余りある。

 

 

 

抉られた大地、木々の残骸、その中心に赤い血だまりに沈んだ、シエルにとっての唯一の肉親。

 

 

 

その惨状を作り出した、絶望を表す黒き翼は、その事に特段変わった反応も示すことなく、唸り声を漏らすのみ。

 

「ペルゥウウウウウウーーーッ!!!!」

 

辺りに木霊する火竜の慟哭。名を呼ばれた青年は、それに応えることも出来ずに沈んだまま。誰しもがその現実を受け入れがたく、戦慄し、言葉を無くして固まっている。

 

「ペルが……ペルが……!イヤッ……!!」

 

「嘘だろ……!そんな訳ねぇ……!!」

 

交流の深いリサーナも口を覆って半ば発狂してしまい、彼の実力を肌から実感した経験もあるグレイもその現実を受け止められずにいる。

 

「(あれは……予知で見た……!!)」

 

唯一他の者たちと違う反応を見せているのはこの光景を見た事があったシャルルだ。なぎ倒された木と、抉られた大地、そして血溜まりに沈んだ誰か。予知を見た時は誰の事なのか判別がつかなかったが、今目の前に見えるのは間違いなくこのことを現していた。止めようがなかった未来に気付き、えも言われる感情が支配し、足を止めてしまう。

 

「兄さん……!にい、さっ……ぁぁあああああっ!!!」

 

一瞬の内に作られた惨状。そしてその中心に倒れた兄の姿を目にしてしまい、弟は冷静でいられるわけもなく、発狂しながら、ただ只管に兄の元へと駆けていく。周りなど見ず、ただ真っすぐに。

 

「シエルッ!逃げろぉ!奴が来てる!!」

 

だからこそ、ラクサスが叫ぶまで気付くことが出来なかった。兄をその手にかけた直後である竜の前を横切り、自ら進んで餌食になりに来たのと同じという形になってしまった事に。大きく口を広げ、ぎらつくその牙で少年に食いつかんと迫っている。思わず竜の方へと目を向け、そしてその身を硬直。大きな隙を晒してしまう。

 

「イヤーーーッ!!!」

 

兄と同じ結末を幻視し、少年へ手を伸ばして、せめて、と言いたげに悲鳴を上げるウェンディ。だが少年は反応できない。狂乱するあまり周りを失っていた彼が、黒竜の攻撃を防ぐか回避することなど、最早不可能。迫り来る大きく開けられた竜の口が、目と鼻の先と言う程に近付いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぐぬゥゥウウウ!!!」

 

しかし竜のアギトが少年に届くことはなかった。寸でのところで彼の後ろから割り込んだ巨人が、その巨腕で竜の首を掴み、押さえ込み、その猛進を食い止めたからである。

 

「……!マスター……!?」

 

最大まで体を肥大化させたマカロフが、少年を竜の脅威から防いだ。思わず腰を抜かした少年。マカロフは彼に、いや背後にいるガキどもに向けて、振り返ることもせず声を張った。

 

「シエル!乗雲(クラウィド)で運びながら、ペルを治療しろ!!全員と共に船まで走れぇ!!」

 

黒竜を押さえ込みながら、声を張り上げるマカロフ。今ならまだ、シエルやウェンディの魔法を駆使すれば命を拾えると、言外に伝えながらもその巨体にものを言わせて竜を食い止める。しかし、相手は伝承が生まれる程の力を持つ竜。徐々に押されていく様子のマカロフの傷口が開き、血が滲みだす。

 

「無茶だ!敵うわけねえ!!」

 

「マスター!やめてください!!」

 

相手が悪すぎる。悲痛さを抱えてマスターに呼びかけるガキどもの声にも耳を貸さず、ただ「走れ」と彼らを逃がそうとする一心で踏ん張りを強める。

 

「かくなる上はオレたちも……!」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)舐めんじゃねえぞ!!」

「当たって砕けてやるわ!!」

「応よ!ペルの分まで、キッチリ返してやる!!」

 

仲間を一人、死の淵まで追いやられた。今度は(マスター)がその凶刃にかけられようとしている。みすみす放っておくことなどできないと言わんばかりに次々と立ち上がろうと、立ち向かおうと声を張る。己を奮い立たせて向かおうとした彼らに対し……。

 

「最後ぐらいマスターの言う事が聞けんのかぁ!!クソガキがあ!!!!」

 

振り向き様に言い放ったその言に、誰もが言葉を失った。最後。それが何を意味するのか、誰もが理解し、そして受け入れたくなかった。

 

「そんな事……最後だなんて言うなよマスター!!」

 

受け入れたくなくて、思わず目元に涙を浮かべたシエルはマカロフに負けない程に声を張り上げる。ただでさえ兄の命の灯火が左右されていると言うのに、ここに来て親同等の存在であるマスターを、見捨てろと言っているのか、と。そしてマカロフの叫んだ主張に納得のいっていない者は、もう一人いる。竜を倒す力を得ている桜髪の青年は、負けじと叫んだ。

 

「オレは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だぁ!!そいつが敵って言うなら、オレが……!!」

 

しかし彼の言は、背後からナツの襟首を掴み上げたある者によって遮られた。マスター・マカロフの血を引く孫、ラクサスがその剛腕で彼の身体を引っ張り、船の方向まで歩きだす。

 

「走るぞ、ナツ!シエルもボーっとすんな!兄貴をこのまま見殺しにする気か!?」

 

「何すんだラクサス!ペルをやられて、このまま逃げてたま……!?」

 

ナツを引っ張り、シエルを叱咤し、ただ只管に足を動かして進むラクサスに、当然の如く文句を告げるナツ。仲間の一人を重傷にされた仇もとれていないのに、みすみす逃げてなんかいられない。そう主張していたナツであったが、振り向いたその目に映ったのは顔こそ見えないものの、己を引っ張り上げているラクサスの眼から、小さく、しかし輝きを主張する雫が零れ出た瞬間。

 

それを見たナツも、そしてシエルも言葉を失った。その小さき雫に込められたものは、彼の心情を表すには十分すぎていた。微かに身を震わせ、一瞬たりとも祖父へと振り返らずに進むその姿を見せられては、ナツがラクサスにかけられる言葉も、残っていなかった。

 

「ラク、サ……わっ!?」

 

そして同様に、ラクサスの覚悟を垣間見たシエルはナツを引きずっていく背中を見て、固まっていた。そんな少年の手を引き、今なお倒れているペルセウスの元へと急かすのは、シエルと同じように助けられた少女。

 

「早くペルさんを!」

 

「う、うん、分かってる!でも……!」

 

何よりも大事なのは兄の救助。それについてはシエル自身も熟知している。だが彼の心は、兄の他にも、絶望を招く黒竜を食い止め、身を犠牲にしようとしている(マスター)も見捨てられずにいた。兄も親も見捨てられない。そんな迷いが彼を足踏みさせてしまう。

 

「ここで迷ってたら!ペルさんだけじゃない、私たちも、みんなも!誰も助からない!!」

 

迷い、惑い、表情にこれでもかと焦りを浮かべているシエルが口にするうわ言を遮り、声を張り上げてウェンディは伝える。今こうして踏みとどまっているだけではいけない事を。自分たちがするべき……動かなければいけない理由を。とっていた少年の手を両手で握りしめながら、心に訴える。

 

「みんな、分かってる……!置いて行きたくないって……!私だってヤダよ!でも!!誰よりも残りたいはずのラクサスさん(あのひと)が走り出したなら、マスターの願いを聞いたなら、それを私たちが無駄にしたらダメ!!」

 

両目に浮かべた涙が時折弾けるほどに、震えながらも伝える。親であるマカロフが身を削ってでも子供(ガキ)どもを帰そうとしていることを。その肉親であるラクサスが彼の意を汲み、張り裂けそうな心を振り払って応えようとしていることを。

 

少年の手を握り締める力が自然と強くなり、強く目を閉じて声と身体を震わせて、ウェンディは呼びかける。

 

「みんなで進もう……みんなで帰ろう……!ペルさんも、シエルも、ナツさんたちも、みんな……一緒に……!」

 

己と仲間の心の内を、代弁するかのように余すことなく伝えた少女の姿を、思わず見開いた両目でシエルは焼き付ける。その姿を見せられた少年は、先程までの自分の有様を恥じると共に、頭の中を落ち着かせることが出来るようになった。

 

いくら何でも狼狽えすぎた。仲間を散々傷つけられ、兄を死の淵に追いやられ、マスター・マカロフを見捨てなければならないという選択を迫られ、気の動転を二転三転させられていたとは言え、優先すべきことも見えなくなっていたなんて、と。

 

目を覚まさせてくれた少女に感謝の言葉を告げると共に、彼女の両手に反対側の手を置いたシエルは、ようやく正気に戻った、と形容するかのように気を引き締め、顔に現わす。それに気付き、瞬いたウェンディに目を向けられながら、人間三人分の大きさの乗雲(クラウィド)を作り、ペルセウスを比較的ゆっくり持ち上げる。そしてウェンディと共に乗ると同時に走っていくメンバーに追随し始めた。

 

「心臓のある左半身、腕、足を順に傷を塞いで、関節と骨を正常の形に戻してから、慈雨(ヒールレイン)で完全に塞ぐ。そっからは、体力の勝負だ」

 

仰向けに寝かせたペルセウスの容態を確認し、持ち前の頭脳をフル回転させて日光浴(サンライズ)の光を当てると共にウェンディに治療の流れを説明。即座に外傷全てを塞いでしまえば、全体的にひび割れや折れているであろう骨にも影響が出て、後遺症を残してしまう。慎重に、しかし迅速に行う必要がある。

 

「兄さんは死なせない……!ウェンディ、協力頼む!」

 

「勿論!!絶対、絶対絶対!助けるんだ!!」

 

回復力を高める陽光と、傷を塞ぐ天の光。それぞれ治癒効果が存在する魔法を両側からかけ、同時に浮遊する雲の速度も上げていく。徐々に、足音と飛行音が遠ざかっていくのを確認しながら、今もなお黒竜を押さえているマカロフは、心の中で安堵した。

 

―――――それでよい……。いずれ分かる時が来る……。

 

きっと……いや、ほぼ確実にガキどもは深く悲しむことだろう。立ち直るには時間を要するだろう。理屈と感情。両極の天秤にかけられた辛い選択の是非を理解するなど、今この時は無意味に等しい。

 

―――――涙など虚空。人が死ぬから悲しいのか?悲しみが人を殺すのか?答えは各々の胸の奥に……。

 

犠牲となる老い先短い自身を喪った悲哀を乗り越えた先、心から理解できるはず。その答えを知る為にも、彼らは生き残らなければならぬ。

 

例え、この身が滅び、朽ち果て、一片も残らず食い散らかされようとも、彼らの走りを、止めさせてはならぬ。

 

―――――誇り高きクソガキどもよ……生きよ!!未来へ!!!

 

 

 

己を掴み、食い止めんとする巨人の拘束を振り払わんと、藻掻き暴れる黒竜。しかし巨人もされるがままには決してならない。ほとんど意地になりながら、拘束する力を強め、押さえていく。

 

「よくも……ワシのガキをあんな目に遭わせてくれおったな……!!」

 

その原動力は怒り。血溜まりに沈められたペルセウスの姿を思い出す度、湧き上がってくる激しい怒り。傷つけた竜に対するものと、食い止められなかった自分の愚かさへのもの。己が限界以上の馬鹿力を振るいながら、マカロフは竜を逆に押し返していく。

 

「何の目的かは知らんがなァ……これ以上先には進ませんぞぉ……!!」

 

思ってもみなかった反撃に戸惑っているのか、アクノロギアがこれまでとは違う唸り声を上げるのも無視し、更に押し出そうと踏ん張りをきかせる。自分の背中の向こうには、自身の命より大事なガキどもがいる。その内の一人を守れなかった不甲斐なさを抱え、これ以上はやらせないと言う一心で粘る。

 

「もう誰一人として……キサマの好きにはさせん……!家族に手ェ出したこと……後悔させてやる!!!」

 

抵抗している黒竜を決して離さず、限界以上に己が力を振り絞り、何と黒竜の巨体を僅かではあるが持ち上げる。そして少しでも逃げるガキどもから離そうと、自分から見て前の方へと押し込むように叩きつけ、再び力いっぱい抑え付ける。

 

誰一人として手出しさせない。これ以上奪わせない。肉体が滅ぼうと、魂尽きようと、何が何でも守り切ってみせる。己に残された気力、体力、魔力。全てを黒竜を阻むために振り絞る。そう決意も含めて尚拘束する巨人に対し……。

 

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

一際大きく吼えた竜が、後ろの足に力を入れて、その体重と共にマカロフを押し出す。それ耐えきれず、マカロフの身体が軽く宙に浮き、それによって竜に施していた拘束が緩み、そのまま解放してしまった。自由の身となったアクノロギアは勢いそのままにマカロフの巨体を組み敷く。

 

「ぐはっ!!」

 

背中から叩きつけられた拍子にくぐもった直後、抑え付けた黒竜の左腕がマカロフの腕に刺さる。そのまま想像だに出来ない握力と鋭い鉤爪が彼の身を抉っていき、鮮血が吹き出す。それと共にマカロフも激痛を感じた為に口から悲鳴を上げた。

 

「うああああああああああっ!!!……はっはっは……!!」

 

呻き、悲鳴を叫んでいたマカロフの声が、弱々しくなったかと思えば徐々に笑い声へと転じていく。その態度に不可解さを覚えたのか、微かに黒竜の籠る力が緩み、首を傾げているようにも見える。対するマカロフの表情は、晴れやかにも思える清々しい笑みが浮かんでいた。

 

子に迫りくる命の危険から遠ざけ、一人その脅威に立ち向かって身を呈する。これまで説教じみた事や尻拭い、道を選ぶように説いてきたことはあったが、いざという時に子供の身を守る機会は、中々なかった。脅威に対して己の力で乗り越える子の背中を見ることはあれど、どうしようもなく高い壁に出くわした時に、咄嗟に己が身を盾にし、守ることは叶わなかった。だが……今この時初めて、ようやく親らしいことが出来た。

 

「(もう思い残す事はない……)」

 

ペルセウスの事が気掛かりではあるが、彼には聡明な弟と、優秀な治癒魔導士の天竜がついている。無事に全快となってくれると信じている。後は奴が自分をなぶっている合間に、ガキどもがギルド(我が家)へと帰る時間を稼げれば、もう十分だ。

 

力なく四肢を放り、しかしその顔に一切の悔いを残さぬまま、マカロフは目を閉じ、首を横に向けた。ガキどもには辛い別れとなってしまっただろう。だが自分は長く生きた。最後に彼らを守り通して力尽きるのであれば、本望だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

迫りくる死を目前に、マカロフが直後感じ取ったのは、一瞬の痛み……ではなかった。

 

己を組み敷く黒竜の唸り声でも、その竜による凶刃でもなく、遠くからこちらへと駆けて来る、一人の足音。

 

まさか、と思い目を開けば、己の目の前を横切ったのは、特徴的な桜色の髪と白いマフラーを持つ一人の青年。

 

 

 

その存在には当然アクノロギアも気付き、排除しようと即座に尻尾を振るって叩き潰そうと動く。しかし寸前のところで横へと飛び退き、更に黒竜へと駆け寄って行く。そして叩きつけた尻尾へ飛び移り、さらにそこを踏み台にして竜の腕へと飛びついた。

 

「じっちゃんを返せ!!」

 

間違いない。驚愕に染まったマカロフは見た。ラクサスに引っ張られる形でこの場を後にしたはずのナツが、涙に濡れながらも黒竜を睨みつけてその腕にしがみついていた。「何故戻って来た?」と言うマカロフの胸中をよそに、アクノロギアは虫を払うかのように腕を振ってナツを落とそうとするが、執念から生まれる握力で意地でもナツは離れようとしない。

 

さすがに煩わしく思ったのだろう。腕を振るう力と勢いを更に上げて、組み敷いていたマカロフの巨体ごと払いのける。同等の大きさを誇っていたはずのマカロフの身体は簡単に飛び、彼は背中から瓦礫の山へと叩きつけられ、その衝撃で大きさも元の小柄の姿へと戻る。

 

痛みに悶え、しばし呻いていたマカロフであったが、そんな彼を庇い、守るかのように立った一人の影を見上げ、先程同様に目を見開いて驚きを表した。左頬に紫の紋章を刻んだ、まだ年若い少年の姿を。

 

「シエル……!?お前まで……!!」

 

「オレは反対したんだぜ」

 

ここを離れる前に乱心していた姿は既になく、決意を固めたように真っすぐに黒竜を見据えて仁王立ちする姿に目を見開いていると、シエルの反対側に立って孫が語りかけてきた。

 

ナツやシエルだけではない。この場には続々と、己が逃がしたはずのガキどもが集ってきている。自分たちだけでも帰れと、確かに伝えたはずなのに……。ラクサスも、その意を汲んで反対しただろうに……。

 

「けど、老いぼれを残して逃げられるような奴等かよ。あんたのギルドは」

 

優し気な笑みを浮かべて振り向き、断じたラクサスの言葉に、マカロフは自身の目頭が熱くなった。本当にバカなガキどもだ。そう内心で毒づきながらも、胸の奥底に眠る本心からの熱く込み上げるそれは、誤魔化しきれるものではなかった。

 

何度腕を振るってもしぶとくしがみついているナツを、いい加減煩わしく感じ始めたか、唸り声を上げるのをやめない黒竜を黙して見据えるシエル。場合によってはナツさえ危険な状況下ではあるのに、一切動揺することなく何かを待っているかのように佇んでいる。

 

「シエル!こちらは皆、配置についたぞ!」

 

「よし……始めるぞ!みんな!!」

 

そして、数人が黒竜を囲むように立ったことを確認した、輪の中にいるエルザが後方のシエルへと合図を発する。それを聞き入れたシエルは、小さく一呼吸すると周囲に声が届くように張り上げた。

 

今から相手をするのは、伝承にすら記されてしまうほどの生物だ。マカロフを救うにも、奴を下すにしても、真正面から戦ったところで勝ち目などない事は明白。故に、シエルは策を立てた。出来得る限り、無力化できる方法を。

 

「ビックスロー!エバーグリーン!上空から遠距離魔法で牽制!!」

 

「任せな!!」

「喰らいなさい!!」

 

上空から接近してきた二人の魔導士が、それぞれ人形からの光線と、鱗粉による爆撃を黒竜へとぶつけ始める。大したダメージにはならない。しかし塵も積もれば山となる、と言う言葉の通り、際限なく続けられれば止めたくなるのは性と言うもの。

 

空中からちょっかいを駆けて来る羽虫を叩き落とす為に、黒竜は羽ばたこうと翼を動かす。その直前、「今だっ!」と少年が合図を叫び、前方に立っていた二人の女性S級魔導士が動いた。

 

「明星・光粒子の剣(フォトンスライサー)!!」

「イビルエクスプロージョン!!」

 

瞬時に換装して二本の剣から光の波動を放つエルザと、悪魔の姿に変じて両手から闇の波動を放つミラジェーン。相反する二つの波動がそれぞれ竜の翼に直撃し、まるで蝶の羽の如く上に折りたたまれる。上に意識を集中させられていた黒竜が、驚いたような唸り声を上げた。

 

「カナ!ジュビア!」

 

「『魔法の札(マジックカード)“祈り子の噴水”』!!」

「『水流昇霞(ウォーターネブラ)』!!」

 

そんな黒竜の隙を更につくように、シエルに呼ばれた二人は各々の魔法で水流を作り上げ、折りたたまれた翼にダメ押しとばかりに直撃させる。しかしこの程度。少し力を加えて翼を広げれば容易く押し返せる。そう考えていたであろうアクノロギアに、更に追い討ちがかけられる。

 

「今だ、グレイ!!」

 

黒竜の背後から跳躍して背中へと落下してくるのは、両手を合わせて冷気を集中させている半裸の青年。水流による攻撃が始まってすぐさま、彼も行動に移っていた。

 

「凍り付け!氷欠泉(アイスゲイザー)!!」

 

翼の付け根のすぐ後ろに両手を叩きつけ、水に濡れていた翼を付け根から全て凍り付かせて固定させたグレイ。力の入れづらい体勢で固定されたことで、さしもの黒竜も動揺らしきものが現れているように見える。

 

凍り付かせてすぐさま避難を始めたグレイを標的に定めたのか、自由の利く尻尾を使って叩き潰そうとするアクノロギア。しかし、彼との間に割り込んできたのは、額に二本の角を持った人ならざる獣の王の姿をした漢。

 

獣王の魂(ビーストソウル)……!!漢の誇りにかけて……離しゃしねえぞ……!!」

 

頑強な身体に変じてから尻尾の攻撃を受け止めると同時に、両腕にこれでもかと力を込めて尻尾を抱え込んで動きを封じる。更に引き摺られることを避ける為か、言うや否や両足で全力で踏みつけて自らの足を地に埋める。しかしこの程度では恐らく長くは持たない。

 

「エルフマン!上を見ろ!」

 

「応!!」

 

それも当然理解していたシエルは、エルフマンが足を地に埋めたのを見てすぐさま指示を飛ばす。指示通りに上を向いたエルフマンの視線の先にいたのは、空中で待機していた雷神衆の内の二人。

 

「ちっとキツイとは思うが、耐えろよエルフマン!!」

「簡単に抜けられたら承知しないからね!!」

 

ビックスローが鉄仮面を、エバーグリーンがメガネを外し、各々二つ目(セカンド)の魔法を発動させる。竜へその目を向けるのではなく、敢えて合わせたのはエルフマン。獣王となった彼の身体はエバーグリーンの目によって石化して更に重量を増し、加えてビックスローの目と力によって石となった彼の身体を砕かれないように操る。

 

翼と尾を実質的に封じられた黒竜は、徐々に苛立ちを見せ始める。翼には上手く力は入らず、尾は思った以上に頑丈に固定されている。せめて尾の拘束を解こうと地に付けている四肢に大きく力を加える。

 

「ッ!!?」

 

だが次の瞬間、後ろ側の足元が不自然に崩れ、余すことなく地に埋め込まれる。抜け出す為に前へ出していた腕を足の近くに持って行って地面を押すも、今度は腕が簡単に地に沈み固定され、自由を奪われた。力を更に込め辛くなった黒竜に、更なる動揺が現れる。

 

「上手くいった!!」

「ナイスリサーナ!バルゴもありがと!!」

「穴埋め……これもまたお仕置きですね」

 

それを見て成功と言いたげに、離れたところに現れた者たち。巨大なモグラに変身しているリサーナと、乙女座の星霊バルゴを召喚していたルーシィ。地面を掘ることが出来る彼女たちが、上に意識を奪われていた竜の隙を突いて、その足元に空洞を作り上げていた。竜の絶大的な贅力を利用し、大きな力が働くことで小規模な崩落となるように。

 

「グルルルル……ウウウッ!!!」

 

次々と動きを封じられ、思うような行動もままならない。先程から度々重ねられていた苛立ちは徐々に、人間如きに翻弄されている現状と小賢しさに対する怒りとなって込み上げる。翼も尾も四肢も封じられているが、生物として最上位に君するドラゴンなら如何様にも出来る。先程島の一部を変えてしまった絶大な咆哮をもってすれば……。

 

「―――――――――――!!……―!!!?」

 

しかしてそれは、不発となった。息を吸い込み、吼えたはずだった。だが大きく開かれた口から発したはずの声は、己の耳にも一切聞こえず、当然周囲にも影響が一切起こらない。いくら叫んでも声となって出てこない。思えば、自分の周りの音が、妙に静かになっている。どう言う事だ。

 

「間に合った!術式!」

「間一髪だった。皆、よく持ちこたえてくれた」

 

すると遠くから聞こえたその声。向いた先には黄緑色の長い髪の男と、水色のショートヘアの少女が並んでこちらを見ている。気付けば自分を大きく取り囲むように、古代文字の壁が浮かんでいた。

 

「ナイスタイミングだ、レビィ!フリード!」

 

これ以上のベストなタイミングなどないと言ってもいい瞬間で、術式を完成させて見せた古語魔法のエキスパートたちに思わず拳をグッと握って叫ぶシエル。この為だけに二人に真っ先に役目を伝えて、合流よりも先に術式を書いてもらった甲斐があったと言うもの。二人に書いてもらった術式のルールはこうだ。

 

『術式の中にいる存在が発する音の一切を無くす』

 

身体のありとあらゆる箇所を封じ込められたとあれば、アクノロギアがとる手段と言えば残すは全てを吹き飛ばす咆哮のみ。それが周知の事実であることが分かれば、その咆哮さえも凪へと変えて、被害も影響も無にすればいい。如何に伝承の竜であっても、絶対的な影響を与える術式のルールには抗えない。

 

「ようやく、がら空きになったな……!!」

 

あらゆる手段を封じられ、無防備に晒された竜の身体を確認したシエルは、魔力を練り上げて自分の身を包めるほどの雲をその場に作り出す。増幅器(ブースター)の一面も併せ持つその雲を、ある者と竜の直線上へと移動させた少年は、準備完了だと言わんばかりに、後ろを向いて檄を飛ばした。

 

「ラクサス!思いっきりぶちかませ!!そして、みんなも続けて、全力を放つんだ!!」

 

その目に映ったのは、身体を帯電させ、魔力を息とともに口へと吸い込んでいる最中であった雷竜(ラクサス)。シエルの檄に力強く答えた彼の更に後方には、各々の役割を終えて合流の為に移動していた妖精たち。

 

「行くぞォ!!雷竜の咆哮!!」

 

そして放たれたラクサスによる咆哮(ブレス)を起点として、後方に待機していた魔導士たちのありったけの一撃が追撃の如く放たれる。それらは全て途上にて一つに混じり合い、巨大な魔力の奔流となって竜へと向かう。そして間に浮かんでいた雲と接触すると、奔流はさらに規模を拡大させて、何倍もの力を生み出した魔法が黒竜のどてっ腹に炸裂。術式の中で発生したために音は一切聞こえてこないが、視覚だけでも分かる大規模の爆発と光が大気を揺らし、辺りを照らす。

 

「やったのか……?」

 

「手ごたえはあった、ハズ……」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)ほぼ全員の力を結集して掴んだ好機を突いた、今までにない強烈な一撃。倒したまではいっていないだろう。だが、僅かばかりでも動きを制限させられていたのなら、退けられる可能性が浮上する。

 

舞い上がった土煙で黒竜の姿は未だ見えない。誰もが警戒を強める中、ずっと奥を注視していたシエルの目が、それを捉えた。

 

 

 

 

 

凪の空間で微かに揺れる煙。揺らいだ煙に僅かに映った、それぞれ()()()()()翼の先端が二つ。そしてそれが見えた瞬間、術式内を埋め尽くさんとする無数の光が発生する。

 

「――――……――――……」

 

「みんな!すぐに下がって!!」

 

光と、微かに覗いた竜の口が動いたのを視認した瞬間、シエルが声を張り上げた。直感が働いた、とも言える程の速度だったが、一同が反応して回避に移るよりも早く、それは放たれた。

 

 

 

 

 

 

「グオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

その光は、一つ一つが破壊の流星。軌跡を描きながら周囲を埋め尽くすかのように放たれたそれらが着弾する度、大地を揺らし、大気を震わし、爆炎を生み出す。一瞬の内に、凪の空間を生み出した術式は砕け、消え失せ、竜を拘束した地盤も崩壊。周囲一帯を、クレーターだらけの区域へと、変貌させてしまった。

 

 

 

翼を覆っていた氷は欠片も残っておらず、尾を封じていた獣王の姿もなく、地に埋まっていた四肢も解放された黒竜は、そんな開放感を覚えたのか、悠々と翼を広げ、飛び上がっていた。煙に包まれている地上に、死屍累々となっている人間たちを、先程とは打って変わって愉快そうに見下ろしているかのように。

 

「な、何……これ……!?」

 

「ヤロウ……まだ、こんな力が……!!」

 

奇跡的。と言っていいだろう。その身を傷に晒しながらも、命は拾っていた様子の魔導士たち。だが、その表情に浮かんでいたのは、動揺と絶望。自分たちの猛攻を意に介さず、魔法を持ってあっさりと形勢を逆転させた現実に、打ちひしがれてしまう。

 

「エルフ兄ちゃんは!?」

 

「ここからじゃ、分かんないね……!!」

 

唯一黒竜の間近にいたエルフマンの姿は見当たらない。石化の魔法はエバーグリーンの意志で解除可能ではあるが、それが間に合ったか否かは本人も含めて知り得ない。懸念と不安が渦巻く中、見上げる魔導士たちの目に映る黒竜は、悠々と滞空している。消耗など一切見受けられない。

 

「くそっ……まだピンピンしてやがる……!!」

 

「あれだけ、やったってのに……!!」

 

作戦に粗があったわけでも、実行する者たちに何かしらの不備があったわけでもない。単純に、策を駆使して全力を尽くしてもなお、竜の耐久力と反撃の力がこちらの想定を更に超えてきただけだ。天地がひっくり返ろうが覆せない絶望的な生物としての格差に、周囲の空気がさらに重くなっていく。

 

「まだ、終わってはいない!!そうだろう!!」

 

そんな彼らを叱咤するかのように、エルザが剣を支えにして立ち上がりながら声を張り上げた。その問いかけが向けられたのは、策を立てた本人である少年。反撃として撃たれた攻撃に怯みはしたものの、彼の目にはまだ希望は失われていなかった。

 

「抵抗されることは分かってた……威力自体は思ってた以上だったけど、まだ、状況は想定の範囲内だ」

 

あらゆるものを封じたとしても、圧倒的な贅力や魔力で全てを捻じ伏せ、叩き潰してくること自体は予測できていた。地上にいる者たちが動けなくなる程ではあったが、自分たちの役目は既に終わっている。視線を上に向けて、黒竜を……否、その向こうの更に天高くから飛来してくる小さな影を確認したシエルは、すぐさま振り向いて叫んだ。

 

「みんな、まだその場に伏せてて!巻き込まれる!」

 

叫んだシエルに反射的に従った一同は、視線だけは上に向けたことでその意図を知る。空に佇むアクノロギアの更に上……奴の背後を上から狙い近付く三つの影があった。

 

一対二枚の白い翼で空を駆け、各々の相棒たる竜を狩る者たちを運ぶエクシード達。地上にいる者たちに、微かながら希望が芽生えた。

 

「あいつら!!」

 

「いくら急ごしらえだったとはいえ、ドラゴンを倒す為の作戦に、あの3人を加えないなんて選択肢、ある訳ねーだろ?」

 

最悪中の最悪の事態まで想定し、ここぞとばかりの切り札を残しておいて正解であった。圧倒的な力を持つ伝承上の存在・ドラゴンに抗するには当然、竜より授かった竜を滅する力を宿す、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)をおいて他にいない。三人とも、この千載一遇の好機を逃すまいと、真っすぐに黒竜を睨んで照準を定める。

 

「ありったけを、叩き込めェ!!」

 

空から急降下する竜たちの耳にも届くように声を張り上げるシエル。それが届いたのか三頭の竜は各々の口に己に宿る竜の力を空気と共に集約させていく。

 

「鉄竜の……!!」

「天竜の……!!」

「火竜の……!!」

 

『咆哮ーッ!!!』

 

放出された三属性の咆哮(ブレス)。それは次第に合わさり、混じり、より強力なものとなってアクノロギアに迫る。より上空からの不意討ちに近い一撃は、振り向くことすらしなかった黒竜の背中を貫き、呻き声を上げさせながら竜を背中から押し込む。

 

そして竜は島の外。海面へとその身を叩きつけられ、大きな水飛沫を上げながら沈められた。水飛沫は無数の雫となって、海面近くの地面を叩きつける。

 

「今度こそ、効いているといいが……」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)3人分の魔法が合わさった攻撃……ドラゴンに効かないわけがない。そう信じたいわね……」

 

威力は傍目から見ても申し分なかった。S級としての経験があるエルザたちをもってして言わせしめる。加えて滅竜魔法だ。効果がないなどと思いたくない。

 

「信ずるのみよ。それこそが漢……!」

 

「エルフ兄ちゃん!よかった、無事だった!!」

 

一同の後方から、身体に無数の傷を作りながらも、五体満足と言った様子のエルフマンが、自らの身体を引き摺りながらこちらへと到着。安否不明だった仲間の姿を見て、一同が安堵を吐いた。

 

「現時点でやれるだけの事はやった。同じ手は通じない。倒せてはいないだろうけど、少しでも弱らせられていれば、まだ勝機はある……!!」

 

シエルが立てた作戦は一通り完了。この後どうするべきかは肝心の黒竜の状態に左右される。消耗ないし、ダメージを与えていれば奴の方から島を退く希望にも繋がる。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の攻撃……それこそ火竜(ナツ)鉄竜(ガジル)の滅竜奥義を急所に叩きこめるよう立ち回れば……!

 

汗を垂らし、地上に降り立った竜とネコたちへと振り向いてそう伝えたシエルだったが、一同の耳に入れられたのはそんな希望の道筋を砕かれる現実だった。

 

「水を差すようで悪ィが……その勝機とやらは、万に一つもねぇと言っておく」

 

それを確信持って告げたのは、外傷は塞がったものの未だ意識を戻さないペルセウスを肩で抱えて現れたギルダーツだ。想像だにしなかったギルダーツの言葉に、どういうことかとシエルは絶句する。

 

「奴ァ……オレと戦った時の力をほとんど出しちゃいねえ。さっき出した広範囲の攻撃を除けば、今までやってたのはただのお遊びだ」

 

そして次いで明かされた残酷な現実に、ほぼ全員が何度目になるか分からない絶望を味わった。そしてそれを表すかのように、沈んでいたはずの海の中から、振動と騒音、大量の水飛沫と共に、黒い翼が勢いよく飛び出してきた。こちらに降りかかる水飛沫から腕で庇いながらも、見上げた先にいる黒竜の様相は、最初にこの島に襲来した時と、ほぼほぼ変わったところは見られない。

 

そして悟ってしまった。始めから、かの厄災に抗う事など無意味で不可能であったと言う事を。

 

「マジかよ……あのヤロウ……!!」

 

「精一杯だったのに……ギルドのみんなの力を、結集したのに……!!」

 

「無駄、だったのか……?人間(俺たち)じゃどう足掻いても……どんな手を使っても……あいつはどうにもできないって言うのか……!?」

 

圧倒的絶望を前に、遂に心が折れた。現実とは思えずぼやく鉄竜。仲間の力を全て結集しても一切通じない事に涙する天竜。己の……人間の無力さに打ちひしがれる悪戯妖精。誰もが、生物としての本能から、敗北を認めてしまった。そしてそれは、これまでどうあっても折れる事のなかった火竜も。膝をつき、憤ると共に地を両腕で叩きながら、悔しさに身体を震わせた。

 

「チクショウ!!オレは何の為に、滅竜魔法を覚えたんだよッ……!!!」

 

抗う手段も、意思も失った人間たちを見て、何を思ったのだろうか。竜はそのまま翼をはためかせて高度を上げて、地上から徐々に距離を離していく。

 

「あいつ……何をするつもりだ……?」

 

こちらに向ける視線を固定しながらも離れていく様子に、このまま島を離れてくれるのか、という僅かな願望をぼやく者もいるが、一切の油断はできない。竜の一挙手一投足に注視する人間たちの動揺をよそに、アクノロギアは唐突に上昇を止めて滞空。そして牙の生えそろったアギトに、空気を集め始めた。

 

 

 

この動きには、誰もが覚えがあった。『咆哮(ブレス)』だ。

 

扱うものを何人も見てきたのだから、間違いない。そしてあの体躯と、感じられる魔力の量から鑑みれば、一発放つだけで島ごと消滅させることはワケないはず。

 

それを理解し、阻止するか、すぐさま逃げるか、シエルの脳裏に二択が過った。だがいくら手を尽くしてもほぼ揺るがなかった彼我の実力差や、放たれるまでのタイムリミットを考えれば、どちらも無駄であることがイヤでも分かる。

 

このまま島とともに消えゆく運命。

その未来は、どうあっても変えられない。

 

「ダメだ……もう、何も……打つ手がない……」

 

少年の心は、完全に折れてしまった。覆せない絶望の末路を予見し、光を失った目を虚空に見やって、涙を浮かべる。傍らで彼を見上げていたウェンディの目にも、彼の失意が感じられたのか雫が集い、どうしようもない絶望に、包まれる……。

 

「こんな、こんな最後……あんまりだ……!!」

 

膝をつき、俯きさえしてしまったシエル。障害に近いものを持って生まれ、肉親に恵まれながらも過酷な環境に引きずり込まれ、血反吐を吐くような努力を積み重ねてようやく憧れの世界に辿り着けた。これからも、多くの出会いや冒険をし、かけがえのない時間を過ごせるはずだったのに……。

 

家族揃って、こんなところで全て終わりになってしまうのだろうか。

 

 

 

「まだだ」

 

そんな失意の少年に、頭に優しく手を置いて声をかけた存在。それが誰なのかはすぐに分かった。下を向いていた顔を、弾けたように目を見開いて前へと向け、そして恐る恐ると言った様子で振り向く。まだ少しばかり朦朧としているようではあるが、シエルの頭に、そしてすぐ近くのウェンディの肩にそれぞれの手を置いていた、彼の兄が、確かに立っていた。

 

「最後じゃない。俺たちの道はまだ、続いていく。進んでみせるんだ……!」

 

意識不明の重体にまで陥っていたペルセウスが目を覚まし、驚愕とわずかな安堵に包まれる妖精たち。しかし最早猶予はない。そう断じているペルセウスは換装で光沢のある盾を呼び出し、消耗しつつある残された魔力を振り絞って操作し、宙へと浮かべる。

 

「みんなよく聞け!イージスで奴の咆哮(ブレス)を防ぐ!だが、さすがのこいつも強度が足りねぇはずだ!だから防御魔法を使える奴らで、効果を上げるんだ!!」

 

絶対防御の盾であるその神器であれば、本物のドラゴンのブレスも防げるはず。否、これで防ぎきれなければ、最早自分たちが生き残れる道はない。本来ならそれが事実なのだろうが、不安要素を敢えて告げない事で一同に希望を持たせた。イージスを基盤とし、全員の力で黒竜の咆哮を凌ぐ。

 

同様に防御特化の鎧を持つエルザ、防御主体の魔法も存在する文字魔法を扱うレビィやフリード。彼らが率先的に名乗り出て準備を開始する。

 

「みんな!ペルたちに魔力を集めて!!」

 

「手をつなごう!!」

 

意図を理解した一同。リサーナとミラジェーンの呼びかけを起点に、魔導士たちは自然と輪となって手をつなぎだす。シエルたち同様項垂れていたルーシィには、ナツが見える位置に手を差し伸べた。

 

「オレたちは、こんなところで終われない!」

 

悔しさに打ちひしがれていたナツも、仲間の絶望した姿、それに対するペルセウスの発破を目にし、改めて持ち直した。ルーシィにもそれを伝えんと、力強く言葉を発する。涙に濡れながらナツの手を取ったルーシィもまた、決意を新たに言の葉を紡ぐ。

 

「うん!絶対、諦めない!!」

 

ナツに引かれる形で立ち上がったルーシィ。その反対の手をグレイがとり、グレイは更にジュビアの手へ伸ばしながら、奮起させる為に発破をかける。

 

「みんなの力を一つにするんだ!ギルドの絆を見せてやろーじゃねぇか!!」

 

続々と上を向き、手を取り合い、魔力を集中させていく。彼らのそんな姿を見ていたシエルも、徐々に胸の奥から、絶望に支配されかけた感情を希望が込み上げ、押し返す。それを表すように、優しく笑みをかけている兄の、差し出された左手をとり、立ち上がる。

 

「そうだよな……!絆の力が……家族の力が、俺たちにはまだ残ってる!!」

 

そして自身の左手を、想い人である少女へ向ける。誰一人として置いて行かない。この島で、何度も自分を助けてくれた彼女を、今度は助けるように。

 

右からはシエルの、左からはシャルルの手が差し伸べられたウェンディは、仲間たち同様気を奮わせ、二人の手を取って立ち上がった。いつの間にか怯えは消えていた。あるのはただ、前へと向く気力のみ。

 

「もう一度、みんなの力を合わせて……!!」

 

そして、輪になった魔導士たちの中で最後に残ったのは、紋章を失いながらも、ギルドの絆は失わなかった孫から手をさし伸ばされた、マスター・マカロフ。あらゆる感情が込み上げ、溢れ出る涙を止めることも出来ず、しかし、十数年ぶりに差し出された孫の手を、しっかりととって、握り返した。

 

「そうじゃ……みんなで帰ろう……!」

 

互いの手に互いを感じ、想い、信じ、そして願う。

 

伝承の竜が、何するものぞ。我らが絆は、如何なる爪牙であっても切れない、強固な鎖。

 

万に一つ、命尽き果てたとしても、魂の一片残らずとも、最後には必ず、帰還してみせる。

 

 

 

彼らの想いは、唯一つ。家族みんなで、帰るのだ。我らの故郷へ……。

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、黒竜の口から、それは発射された。真っすぐに妖精たちの輪を的として放たれたそれは、あっという間に光で包み、轟音と衝撃を生み出す。

 

離れた海域でそれを見ることしかできなかった者たちからは、島のあった場所が、ただただ光の奔流に包み込まれたことしか、確認が出来ない。

 

白光の爆発。

長い長いそれがようやく収まったその時、天狼島があったその場所は、蒸発した海、窪みの出来た海底、そして重力に従ってそれを埋めようとする、周囲の海水のみ。

 

島を島たらしめた痕跡は、一つたりとも、残ってはいなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――X784年12月16日。天狼島、アクノロギアによって消滅。

 

―――――島を消し去ったアクノロギアは、再び空の向こうへと姿を消した。

 

 

 

―――――その後、一年に渡り他ギルド、評議院、王国軍によって近海の調査を行ったが、生存者は確認できず。

 

 

 

 

 

 

 

―――――そして……




次回『あれから7年』

……の、月日が流れた……。
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