FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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大変長らくお待たせいたしました。このセリフを書くのも何度目でしょうかね…。

実はこの度再就職が叶い、8月頭から新たな職場で仕事を始めました。やる事が増えて仕事も始まって、更に執筆時間が減りましたが、取り敢えず生きてます。更新も止まってません!ギリギリ!

まあ、待たせすぎてしまった事が原因なのか、switch2の抽選またも落ちたんですがね…天罰かな?


さて今回の話なんですが…過去に書いたチェンジリングの話が最大文字数だったんですけど、何とそれを上回りました!!三万字以上の、自分で言うのも何ですが大作です!どうぞごゆっくりお楽しみください!


第145話 魔法舞踏会

天狼島から7年の凍結封印による呪縛から解放されてから、早一週間。朝日が昇り始めてマグノリアを照らし始めた時刻。大通りにある一軒の家……現在のファルシー家の邸宅では、一足早く目を覚ました住民の一人がキッチンに立っていた。

 

付け合わせのサラダを作るために緑葉野菜を洗い、トマトやニンジンをカットしているのは家主であるペルセウス。魔導ヒーターによって弱火で煮込まれているのは温野菜と共に煮込まれた白濁スープ。

 

手際よくボウルに入れられた葉野菜から無駄な水気をとり、手ごろな大きさにちぎっていく作業を黙々と続けていくと、彼の耳に扉の開閉音と足音が届いてきた。

 

「兄さん、おはよう」

 

「おう、おはよう」

 

目覚めてすぐに身支度を整えたであろう弟が、挨拶と共にリビングへ足を踏み入れた。スープが入った鍋から漂う、野菜とまろやかな乳製品の香りが鼻腔をくすぐり、シエルの食欲がそそられる。

 

「もう鏡を見ても驚かないか?」

 

「さすがに二日目までだったよ。そう言うもんだと思ってれば、大したことでもないし……」

 

ちょっとばかり揶揄い気味に問うたペルセウスの言葉に、何てことないと言いたげに肩を竦めて、左側の前髪……金色のメッシュ部分に触れながら答える。否、訂正しよう。メッシュと言うには、シエルの金髪の部分は以前よりも更に広くなっていた。

 

ウェンディたちが居候と言う名目でファルシー家に同居を始めた翌朝。起床したシエルは、鏡の前で数日ぶりに見たであろう自分の姿を見て驚愕した。以前リサーナの手鏡で確認した時よりも、金髪の範囲が明らかに広がっていて、困惑のままに兄を含めた同居人たちに支離滅裂となりながらも説明する程に。

 

当の同居人たちは、天狼島にてハデスとの決戦前から違和感を感じていたものの、それを凌駕する出来事が立て続けに置き続けていた為に、今の今まで指摘することを忘れていたようだ。余談だが、頭部の左前髪……比率で言えば4分の1が、金色に変色している。

 

閑話休題。

 

「何か手伝えることない?」

 

「そうだな……ぼちぼちダージリンティーの用意をと思ってた。そっちを頼む。その後スープを混ぜてくれ」

 

自分の髪に起きた出来事の想起もそこそこに、基本交代で料理を担当してはいるが、折角早めに起きたのだからと名乗り出る。そんな弟に予定していた段取りを頼み込むと、「オッケー」と軽く返事をしたシエルはケトルを取り出して水を入れ、スープの隣のヒーターで熱し始める。

 

一方のペルセウスはサラダ用の野菜の準備を済ませて次の品に着手する。冷蔵庫から取り出したのは二つのボウル。一つには冷やしておいた卵白。もう一つには事前に卵黄と牛乳、薄力粉とベーキングパウダーを混ぜていたもの。卵白が入っている方にグラニュー糖を加えてメレンゲを作っていく。

 

「お、パンケーキ?」

 

「ああ。ウェンディが好きだと聞いてな」

 

沸騰したお湯が入ったケトルに、シャルルが選んで購入していた茶葉を適量投入したシエルが問う。ウェンディが引っ越してきて日が浅く、折角だから二人の好物を振舞おうという考えから、事前に本人たちを含めた周囲から聞き込みをしていた。スイーツ類を好むのは主にエルザやミラジェーンからの情報だ。

 

ケトルで使っていたヒーターが空き、その箇所にフライパンを置いて熱し、中にバターを入れてひく。その合間に混ぜ切った二つのボウルの中身を片方に集めて生地を作り上げていき、バターの形が無くなるまで溶けたのを確認した後、生地を盛るように二枚分フライパンへと入れていく。蓋をして弱火で蒸し焼く事約三分。

 

「こんなもんか」

 

「おお~、さすが~」

 

黄金(こがね)色に焼き上がったパンケーキを用意しておいた皿に乗せると、ほのかな甘い匂いが漂ってくる。あとはフルーツやハチミツを和えれば完成。その前に次の分を焼き上げるために生地の元を再びフライパンに入れて作り上げていく。

 

余計な動きのない調理の様子に、野菜スープをお玉で混ぜながら感嘆する様子で見入るシエル。二皿目がもうじき焼き上がるであろう時間まで経った頃、背後から階段を降りる足音が聴こえてきた。

 

「んぅ……何だか、いいニオイ……」

 

そして次に聞こえてきたふにゃふにゃとした寝起き直後の少女の声。二回の客間を一時的な寝床にしている少女が下りてきたことを確信し、シエルは手を動かしながらも振り返った。

 

「あ、おはようウェン……ッ!!」

 

しかし、振り向いた先に見えたウェンディの姿を目に映し、一瞬で顔に熱が籠るのを覚えた。普段つけている赤い髪留めもない、おろされた藍色の髪は僅かばかりの寝癖で所々が跳ねており、完全には目が覚めていないのか目は閉じたままで身体もうつらうつらを表すようにゆっくり揺れている。更にニオイで釣られるまま下りてきてしまったようで、シエルにとっては初めて見る寝間着姿のまま。

 

ほとんど開いていない目元を指でこすりながら、覚束ない足取りでテーブルの方へと進む少女の姿は、どこか隙だらけで危うさを覚える。だがそれ以上に……無防備すぎてシエルは10秒もせずに視線を外して鍋の方へと向き直してしまった。

 

「ウェンディ、アンタ目も開いてないのに危ないでしょ!」

 

「ふぁ……らいじょぶだよぉ、ニオイと音で、わかぅかぁ……」

 

「大丈夫じゃないし、やっぱまだ半分寝てる……」

 

後から下りてきて駆け寄って来たシャルルは、先に目が覚めているのか真っすぐウェンディの元へと駆け寄り注意する。そんな彼女にあくびを噛み殺しながら呟くも、舌が回っていない。夢うつつな少女を見て、シャルルは溜息を零すしかなかった。

 

「おはようさん、二人とも。朝飯出来るまでもう少しかかるから、先に顔洗ってきな。ちゃんと起きてから食う方が美味いぞ?」

 

「わかったわ。ほーら、ウェンディ聴こえたでしょ?まずは顔洗い!」

「はぁ~……ぁあぃ……」

 

隣の弟の様子と、テーブルの向こうの少女たちのやり取りを振り向きながら見ていたペルセウスは、フライパンに気を配りながらもそう声をかける。至って通常運転な彼の言を聞いて、シャルルが答えながらウェンディの手を引いて洗面所へと連れていく。ウェンディが引かれるがままあくびを再びし、そのままダイニングを立ち去る。

 

それを見届けたペルセウスは、焼き上がった二皿目のパンケーキを載せながら、横目で弟を様子を窺う。彼女たちがその場を後にしたにも関わらず、赤い顔をそのまま、無心で鍋に入ったスープを混ぜ続けている。それを見て少しばかり息を吐き、フライパンに新しいバターを一かけら入れながら、遂に声をかけた。

 

「よかったのか?好きな女の無防備な寝起き姿を目に焼き付けておかなくて」

 

ニヤリとしながら尋ねてきた兄の言葉を聞き、シエルの肩が跳ねた。そして次の瞬間……。

 

「言い方っ!!」

「ぐふっ!!」

 

鍋に視線を向けたまま、瞬時にお玉を左手に持ち換え、右側に立ってた兄の脇腹に空いた拳を突き刺した。自業自得とは言え思わぬ不意討ちを喰らったペルセウスが苦悶の呻き声を上げる。クリティカルヒットだったようだ。左の脇腹に残った痛みは、計四皿のパンケーキのデコレーションも含め、全部の品をテーブルにおいてなお、引くことはなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

すっきりと目を覚ましたウェンディが兄弟の作った朝食に感激し、食べてる最中に嬉しさが限界に達して涙ぐむと言うちょっとしたハプニングがあったものの、朝食と身支度を終えた4人は揃って今のギルドとして使っている酒場へと向かう。

 

街から外れた丘の上にひっそりと佇む酒場の広場へと差し掛かったところで、彼らは奇妙な光景を目撃した。

 

「……何これ?どーゆー状況?」

 

数人のメンバーが集まって何かをしている事だけは分かったが、一人だけ水色のドレスコートに身を包んでいるエルザが何故かエルフマンをコマのように回している。ついでに普段着のリサーナもナツを回している。当然と言うべきか回されてる側の二人は顔が青くなっていて、止めてほしいと懇願の悲鳴を上げている。

 

「ルーシィ、説明頼めるか?」

 

「えっとね……」

 

近場で、その上こうなった経緯について把握していそうなルーシィに、ペルセウスが事情を求める。現状にどう対応すべきか迷っていた様子の彼女が、一から説明してくれた。

 

最初の発端は依頼書の一つ。お尋ね者として手配されている脱獄犯・『ベルベノ』を捕らえてほしいという内容だ。7年前にも同じ内容の依頼が出されており、本人は未だに捕まらず、潜伏しているらしい。懸賞金額はなんと400万J(ジュエル)。今のギルドにとって破格の値段だ。

 

そして依頼主は貴族の『バルサミコ』伯爵。彼が主催する魔法舞踏会に、そのベルベノが現れるという噂がある。7年に一度、魔導士のみが集まるその舞踏会が開催されるのだが、それに参加してベルベノを捕らえる為にも、ダンスの練習をする必要が出来た、と言うのだが……。

 

「あれ、ダンスのつもりなのかしら?」

 

今もなおダンスと称したコマ回しを続けているエルザとリサーナを見て、シャルルが疑問をぼやく。エルザは恐らく間違った知識をもとにやってるだろうと考えられるが、リサーナは何故同じような事をしているのか……。

 

「舞踏会のダンスって、ペアで息を合わせて踊るアレだろ?現物見た事あんのかな、あの二人……」

 

シエルが過去に読んだ絵本や小説では、男女のペアで穏やかかつ優雅さを感じる動きで踊っていたような記憶がある。少なくとも今目の前で繰り広げられてるそれは当てはまらないと断言できるほどに。

 

「“ソシアルダンス”だね。似たような動きをすることはあるけど」

 

「ソシ……?」

 

呆れながらその光景を見ていると、横で同じように見ていたウェンディからそんな声が上がった。シエルにとっては聞き覚えのない単語に、思わず首を傾げて聞き返す。

 

尋ねたシエルに一瞬驚いたように目を瞬かせるが、ウェンディはすぐさま教えた。舞踏会を始めとした貴族の集まりなどで披露される、男女一組で息を合わせながら踊る社交ダンスの事。彼女からの説明を受け、「あれ、そう言う名前だったのか」とシエルにしては新鮮な反応を見せた。

 

「意外ね。アンタこーゆーの詳しいんじゃないの?」

 

「い、いや……あんまりにも縁遠いから、最低限のマナーしか勉強したことなくて……」

 

日頃から多様な本を読んでいるのを知っているウェンディたちからしてみれば、まさか自分たちが説明する側になるとは思わなかった。シャルルが聞いてみれば居心地悪そうに目を背けながら答えが返ってくる。

 

演劇や接客、競技を含めたイベント事は身近にありながら参加できなかった事で昔からの憧れはあった。故に関係ある事柄を熱心に学んできたシエルであったが、今回に関してはその範疇ではない。高貴な身分、あるいは優れた者たちが関わり深いであろう華やかな社交場は、健康体になっても無縁だと考えたが為、無意識に遠ざけていたのだ。

 

「ウェンディはよく知ってたな」

 

化猫の宿(ケット・シェルター)では独自の踊りを踊る文化があったんです。他のダンスも覚える機会があって、それなりには」

 

逆にダンスについては見識があったウェンディ、そしてシャルル。以前所属していたギルドは、ニルビット族の習慣なのか特別な日や節目に一丸となって踊る風習があった。音に乗り、体を動かす。踊ると言う一つの文化を身につけやすくする為、彼女たちは幼い頃からギルド内外様々なダンスを教わっていたそうだ。

 

意外な特技を改めて知ったペルセウスは、この状況を吉と見た。閃いたとばかりに口元に笑みを一瞬浮かべ、ウェンディに再び声をかける。

 

「ウェンディ、シエルにダンスを教えてくれないか?今後踊らないとも言い切れないからな」

 

「え!?」

 

唐突に兄が提案した事柄に、思わずシエルが顔を赤らめて瞠目する。頭の中でイメージしているソシアルダンスをどう教えるかなど、簡単に想像できる。

 

一方のウェンディはと言うと、徐に頼まれた内容に最初は驚いたものの、普段から頼りにすることや教わることが多かったシエルに、何かを教えて頼られる数少ない機会が巡ってきたと認識。それに気づいた瞬間、それ以上考えるよりも先に彼女は答えていた。

 

「いいですよ!勿論!!」

 

やる気を巡らせ、目を輝かせ、妙に張り切って了承する少女に、シエルは更に動揺を見せる。思ったよりも乗り気な彼女の姿に戸惑っている傍らで、ウェンディの相棒である白ネコは苦笑しながらシエルを見上げた。

 

「いつもより張り切ってるわね……。で?断ったりしないでしょうね」

 

「そ、そりゃしないけど……」

 

どこか挑発的に問うてきたシャルルの言葉に、困惑しながらもシエルは答える。羞恥こそあるが、彼にとってもこれはチャンスだ。気付けばコマ回しに夢中になってる組を除いた面々の好奇の視線を感じながらも、シエルは探り探りと言った様子でウェンディに手を伸ばす。

 

「シャ、シャルウィーダンス……?」

 

どこか拙い動きとセリフ。物語の中でしか読んだことのなかった常套句と共に手を差し出したシエルに、ウェンディは一瞬首を傾げた。その反応に何か間違えたかと思ったシエルの顔が僅かばかり歪むも、対するウェンディはすぐさま笑みを浮かべて差し出された手をとった。

 

「I’d love to」

 

右手は添えるようにシエルの手へ、左手はワンピースのスカート裾を軽く持ち上げながら柔らかく答える。間違いではなかったようだ。そして彼女に促されるまま腕を組み、ステップの練習へと移行する。

 

微笑ましさすら覚える光景に、ペルセウスは満足そうに頷いた。このような機会が巡った縁と言うものに感謝……などと柄にもないことを思ってしまえるほど、彼は今感慨深いものを感じていた。

 

《シエルのヤツ~!何て羨ましい……!!》

 

「わざわざ念話使ってぼやくな!うぜぇ!!」

 

が、そんな気分はいつの間にか自分の背後まで来ていたウォーレンが、悔しげな表情と共に何故か念話で頭の中に直接苦言をぼやくことで打ち消されてしまった。邪魔すんなと言わんばかりに、ペルセウスは振り向き様に叫んだ。

 

「えっと、まずどう動けば……?」

 

「私の動きと鏡合わせの感じで動いてみて」

 

ダンス初心者と言っていいシエルに合わせてか、まずは基本的なステップを体で覚えさせようと動きながら教えていく。見様見真似で最初はぎこちなかったシエルであるが、数分共に踊るうちに感覚が掴めてきたのか上達が見え始めてきた。ナツたちの様子を見飽きたらしいハッピーがシャルルの元に近づきながら、少年少女のダンスを目に映した。

 

「へ~!ウェンディってダンス上手いんだね!」

 

「何か流れで、教えることになっちゃってね」

 

その場の流れで始まったダンス講義。シエルたちがやるなら乗らない手はないと踏んだハッピーも、期待に満ちた目をシャルルに向けながら「シャルウィーダンス?」と手を差し出すと、少し迷いながらも彼女は「しょうがないわね……」と承諾した。

 

流れはまだ続き、興味本位からロメオはキナナと組み、マカオはミラジェーンと組もうと誘うも抜け駆けに怒ったワカバと揉め始める。たまたま見ていたガジルは、何も言ってなかったはずのレビィに「オレは踊らないぞ」と釘を刺しておきながら、ジェットとドロイにレビィが誘われそうになると「そこまで言うなら……」とレビィと踊り始めた。彼女からは何も言ってなかったのだが、実は踊りたかったのかもしれない。意外と。

 

ギルドの中から様子を見に来た者たちや、ダンスと聞いて張り切ったビジターが引っ込まされたりなどの一幕もありながら、気付けばギルド前の広場は小規模なソシアルダンス大会が行われることに。

 

「何かいつの間にか大騒ぎになっちゃったなぁ……」

 

「割といつもの事だ、毛色は違うがな」

 

気付けばほとんどのメンバーがダンスを行う中、ルーシィは気付いた。最初はナツたちと共に行く依頼でダンスの練習をしたはずだったのに、ダンスを教える側だったはずの自分と後からずっと傍観していたペルセウスしか残っていない事に。

 

「余りもので良ければ一曲如何ですか?」

 

「うわっ、サマになってる……!!」

 

このまま突っ立っているのも、と思ったのか左手を胸に持っていき、右手を差し出して軽く屈みながらルーシィにそう声をかけるペルセウス。妙に所作がいい彼の姿を見て、ルーシィは驚愕した。

 

「と言っても、俺もほぼ未経験でな……お手柔らかに」

 

「いいですけど、さっきの仕草はどこで学んだんですか?」

 

「主にシエルが、読んだ物語に影響されたときに、な」

 

手を取って踊り始めた直後、被っていたらしいメッキの仮面をすぐさま脱ぎ捨てて素の喋り方で白状した。先程の妙に出来上がっていたセリフと仕草について指摘されれば、幼少からシエルが読んでいた物語の一部の影響が少なからず関係していることが明かされた。

 

その後も、多種多様にダンスを行い、いつもとはまた一風変わった盛り上がり方を見せる一同。しばらくの間、各々のペアと共に踊る事に興じるのだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

そして土曜……魔法舞踏会当日。満月が照らす夜に映えるかのような、いくつもの果物や野菜を模した形の立派な宮殿。まさしくこの後魔法舞踏会が開催されるバルサミコ伯爵の宮殿だ。その前に、今し方数人の魔導士が到着した。

 

「「着いたー!!」」

 

依頼を受けていたナツ、ルーシィ、ハッピーの三人。長い道のりを経て到着し、目の前に聳え立つ宮殿の大きさに驚いている。

 

「奇抜だけど立派なとこだなー」

「うん、おっきいね」

「しかし、案外遠かったな」

「ダンスの為だ。仕方あるまい」

 

「って……ダンスしたいってだけでついて来ないでよ……」

 

そして後方から遅れること、追加で参加しにきたメンバーもまた到着して口々に言ってきた。ほとんどがお馴染みのメンバーで、珍しく同行しているのはエルフマンとウォーレンの二人だ。ダンス練習に参加したついででついてきたらしい。

 

呼び鈴用の魔水晶(ラクリマ)があったのでそれを作動させると、しばらくして目の前の扉が開かれる。扉の向こうから見えたのは、栗色のウェーブがかかった長い髪を持った美しい女性だ。

 

「どちら様ですか?」

 

《うわ!スッゲェ美人!!》

「そんな事わざわざ念話しなくていい!!」

 

周囲がキラキラと煌めくのを錯覚させるほどの容貌を持つ美女の登場に、鼻の下を伸ばしながら念話を使ったウォーレンの声が頭に響く。すぐさま口に出さないのはまだ理性が働いてるとも思えるが、念話で突如頭に声を響かせてくるのは勘弁してほしい。

 

「魔導士ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)。バルサミコ伯爵より依頼を受け、こちらに参った」

 

「まあ、ようこそいらっしゃいました、魔導士様方。私はこの宮殿の主・バルサミコの娘で、『アチェート』と言います」

 

名乗ると同時に尋ねたペルセウスの言葉に、僅かな警戒心を解いて笑みを浮かべながら女性は名乗った。伯爵令嬢の『アチェート』。つまり彼の父が今回の依頼人と言う事も同義だ。粗相は出来ない。

 

《舌噛みそうな名前……》

『ウォーレン!!!』

 

だと言うのにさっきまで見惚れてた美女の名前に念話で文句を呟きやがったウォーレンに、ウェンディを除いた全員から怒りのツッコミを入れられた。こいつだけでも返した方が良かったかもしれない、と数人ほど頭の中で過る中、気付くことのできないアチェートは首を傾げながらも宮殿の中へと招いた。

 

案内されて尋ねたのは、豪勢且つ大き目なソファーと、それに挟まれた丸テーブルのある応接間と思しき部屋。暖炉や蒐集品なども点在する空間で少しばかり待っていると、アチェートによって連れられた今回の依頼主と、とうとう顔合わせとなった。

 

「私が依頼主の、バルサミコ伯爵だ」

 

体格はマカロフとほぼ同じぐらいの小柄。身に纏う服は高価な質だが、葡萄のワンポイントが入ったよだれかけをつけており、髪型はカールを巻いたものと、左側頭部に縛って纏めた突飛なスタイル。だが何よりも目を引いたのは、固く閉ざしたかのような目と、これでもかと尖らせたかのような口。まるで酸っぱいものを食べた人間のリアクションの顔面で表情が固定されたかのような中年の男性であった。敢えて描写するなら(`*´)(こう)だ。

 

「ナハハハ!名前も酸っぺえけど……」

「顔も酸っぱいね!!」

 

「あんたたちちょっと黙ってて!!」

 

対面してすぐ開口一番で失礼な態度と物言いをするナツとハッピーに、恥じるように体を震わせたルーシィが即座にツッコむ。事実かもしれないが伯爵相手になんてことを言うのか。

 

「早速仕事の内容だが……依頼書に書かれていたものよりちと複雑でな……」

 

「……聞かせてもらおう」

 

大らかなのか言われ慣れているのか、無礼な態度をとったナツたちの言動も気にした様子はなく本題へと移る伯爵。依頼書には脱獄犯として名が知られているベルベノを捕まえてほしいと言うこと以外はほぼ書かれていなかったが、それよりも複雑な事情があると聞き、エルザが仔細を聞くために促した。

 

「ここにいる、超美人の自慢の私の娘の事なのだが……」

「(気持ちは分かるけど随分言い切るなぁ……)」

「“シタカミー”さんだっけ?」

「“アチェート”だ!!」

 

さらっと娘自慢をした伯爵にシエルが人知れず舌を巻き、ナツは話を区切ってそんな娘の名をかすりもしない間違え方で尋ねて顰蹙を買う。先程の対面時の反応も含めてあんまりにも失礼な態度が続いたことに、とうとうエルザとペルセウスの二人からそれぞれ一撃を貰ってナツは沈んだ。

 

「失礼した」

「話を続けていただきたい」

 

頭部の両側から大きなたん瘤を生やして気絶し、横に放られたナツを無視して依頼の説明を続行することになった。まず、今夜行われる魔法舞踏会は、アチェートの婿を選ぶ為に行われる。その際7年に一度だけ披露される指輪があり、バルサミコ家に代々伝わると言う大事なものでもある。

 

「じゃあ、もしかしてベルベノは、その指輪を狙って……?」

 

「うむ。実は7年前もベルベノは指輪を狙い失敗しておる。おかげで婿選びも台無しになった……」

 

7年に一度だけ披露される、伯爵家に伝わるという貴重な指輪。確かに裏に通ずるものにはそれを欲する輩もいるだろう。悪党であるベルベノが狙うには十分な理由だ。だが手配書を改めて見ていると、疑問が一つ浮かぶ。

 

「しかし、ベルベノはこの風体。いくら変装して舞踏会に紛れても、すぐにバレるのでは?」

 

手配書にはほぼ首から上しか映っていないが、パンチパーマのようなアフロヘア―に尖った耳、たらこ唇と顎にかけて渦巻き状になった髭。見るからに悪そうな上、一度見ただけでもインパクトの強い外見は、ちょっとやそっと誤魔化しただけではすぐに見破れるほど外見的特徴が強い。見つけることはそれほど難しくないように思えるが……実はそうもいかない。

 

「奴は変身魔法と『マジカルドレイン』を使うのだ!」

 

「マジカルドレイン!?」

 

「また珍しくも厄介な魔法(モン)を……」

 

苦虫を嚙み潰したような(ほぼ変わってないが)表情と声で伯爵がベルベノの魔法について明かすと、シエルたち兄弟が驚愕し、同様に顔を顰めた。変身魔法はともかくとして、もう一つの『マジカルドレイン』については彼ら以外にピンと来てはおらず、エルフマンが代表してシエルに尋ねた。

 

簡単に説明すれば、マジカルドレインとは時間制限アリの魔法完全コピー。魔導士の体に少しでも触れただけで、その魔導士の扱う魔法を複数コピーし、扱えるようになる。短時間とは言え、下手をすれば変身魔法で姿を変えた相手と同じ魔法を扱い、本物と誤認させることが出来てしまう。片方だけでも潜入されれば厄介だが、両者を合わせればその曲者具合は跳ねあがる。

 

「キミたちの力を結集し、ベルベノから指輪を守るのだ!!そしてこやつをとっ捕まえて、再び牢獄へ送り込んでほしい!」

 

余程前回の婿選びを台無しにされた遺恨が強いのか、興奮気味に頼み込むバルサミコ伯爵。その熱意に触発された様子のエルザとグレイ、そして気絶からいつの間にか復活していてベルベノ自身に興味を持ったらしいナツがそれに応える。そして続くように腰を低くしたままルーシィが伯爵に問いかけた。

 

「それであの~……ベルベノを捕まえたら、依頼書に書いてあった通り……」

 

「うむ、現金(キャッシュ)で400万J(ジュエル)を払おう」

 

死活問題である金銭に関して確認がとれたことで、ルーシィのやる気も大盛り上がりに。現金な、とも思われる態度であるがギルドとしても重要な項目だ。咎める者は誰もいない。

 

ベルベノ拿捕に向けてやる気を漲らせる空気となった一方で、伯爵を膝にのせていた娘アチェートはまるで対極にいるかのように顔を俯けて陰りを見せた。

 

「ん……?(今の顔……)」

 

その異変に気付いたのはシエルのみ。何か気掛かりが……あるいは不安があるのだろうか。ベルベノに何かをされる心配か、はたまた依頼人とは言え自分の家の問題に首を突っ込ませたことを憂いているのか、考えても答えは出せなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

約一時間後……屋敷内の専用更衣室スペースを借り、レンタルされた正装に着替え完了。更に念の為髪型が乱れていないかチェックを行い、おかしな所がない事を確認したシエルはカーテンで仕切られた天幕の外へと出る。

 

「よし、兄さんたちはどうかな?」

 

白いシャツに緑のネクタイ、そして紺色のタキシードでキッチリと身を包んだシエルが、兄をはじめとする仲間たちを探して辺りを見渡す。そう時間も経たないうちに、彼の入っていた天幕の隣から、ペルセウスが姿を現した。

 

「これで……いいのか?」

 

自信なさげに眉を顰めながら歩み寄る彼の姿は、白いシャツに濃い紫のタキシード、同色のネクタイという装い。首元を窮屈そうに指でいじるその様子に、どこか居心地の悪さが滲んでいる。水色がかった長い髪は、スタイリストの手によるのか、マンバンヘアとして丁寧にまとめられていた。

 

「お、兄さん似合ってるね!」

 

感嘆を隠せずに近づくシエルとは対照的に、ペルセウスはなおもネクタイを直しながら、溜息まじりに呟く。

 

「……でも着慣れてないからな。ほんとにこれでいいのかどうか……」

 

中性的な美形に整った兄のフォーマルな姿は、普段とのギャップもあってか、どこか新鮮だった。だが本人にとっては不慣れな格好であるらしく、落ち着かない様子を隠そうともしない。

 

「なんか意外。兄さんって、エルザとかミラみたいに、こーいうの慣れてると思ってた。……ネクタイ、ちょっとずれてるし」

 

「うわ、マジか。……まあ、自分で言うのもなんだけどさ。放浪癖あるから外で過ごすことが多くて、こういう金持ちの集まりに顔出すなんて、基本ないんだよな」

 

確かにS級魔導士といえば、表舞台でも活躍するエルザや、雑誌に何度も登場しているミラジェーンといったイメージが強い。一方でペルセウスは逆に自身の事を世間に知らせることを嫌う傾向だ。ギルドの魔導士として信頼を勝ち取る事には積極的であるが、自分自身を表舞台に出すことは控えている。その姿勢を徹底するあまり、今回のような集まりに参加すること自体がペルセウスにとって数えるほどしかない。

 

兄に関する、知っているつもりが実は知らなかった意外な一面を見て、結べていなかった彼のネクタイを直しながら納得と驚嘆を交えた声で「へ~」と返事した。改めてペルセウスの身だしなみを正したタイミングで、別の天幕からそれぞれ二人の仲間が出てきた。

 

「かたっくるしいなぁ、どーしてもこれじゃなきゃダメなのか?」

 

「ナツが着てるのは大分ラフな方だよ」

 

ナツは黒いベストに白いシャツを合わせ、肘まで袖をまくり上げていた。下は細身の黒いパンツ。普段の動きやすい格好とは違うが、首元に巻いた鱗模様のマフラーが唯一、彼らしさを保っている。着慣れない服に肩を回しながらナツがぼやけば、シエルが肩を竦めながら呆れるように返す。

 

「エルフマン、お前……案外似合ってんのな……」

 

「どんな服装であろうと、着こなせるのが漢よ!」

 

エルフマンは真っ白のタキシードに赤いネクタイ。大柄な彼にピッタリ合うサイズがよくあったな、と思うのと同時に、普段の彼が着ている東洋風の服装とは対照的なフォーマルな姿だと言うのに、違和感がないどころかむしろ合致している事に、目を見張ったペルセウスがぼやく。エルフマン自身も鼻が高くなったのか着ている服を正しながら決め顔を浮かべた。

 

「ったく、やっぱこーゆーのは着慣れねぇもんだな……てかオレが最後か。随分待たせたな」

 

そして最後の一人となったグレイがぼやきながら天幕から姿を現す。先に出ていた男たち4人の姿を目にして更に言葉を続けたのだが、グレイの姿を見た4人の反応は冷ややかだった。理由は明白。

 

「いや、もうしばらく待たねぇといけねぇなこれ……」

「せめてシャツを羽織るくらいは最低限してほしかった……」

 

「うぉわ!?またかっ!!?」

 

ファルシー兄弟からの指摘を聞いてグレイが目線を下へやると、正装に身を包むどころかネクタイと黒パンツ以外を纏っていなかった。着替えが終わって出てきたはずの一瞬で脱いだのだろうか。ある意味期待を裏切らないが、今回ばかりはシャレにならないのでどうにか抑えてほしいと願うばかりである。

 

しばらく待ってようやく臙脂色のシャツをキッチリと纏ったグレイとも合流。男性陣5人で会場の扉を潜れば、既にゆったりとしたオーケストラの演奏を背景に、何故かほぼ全員が目を隠す仮面をつけて、各々男女でソシアルダンスを行っていた。その人数は数十人……いや下手をすれば三桁に及ぶ。

 

「結構多くの人が来てるんだな。これ全員魔導士か」

 

「かなり多くのコネクションがあると見たね、バルサミコ家。相当な規模だ」

 

食事が並ぶテーブル席が多い場所へと移動しながら、会場に集まる参加者を見渡し、その規模に驚嘆する。7年に一度の舞踏会とは言え、これほど多くの参加者……それも全員魔導士である事をふまえると、如何に規模が大きいかが窺える。

 

「ルーシィたちはまだか」

 

「女の子の準備は結構かかりそうだしね」

 

一通り見渡してみたが、一緒に来ていた女性陣の姿は無い。どうやら先にこちらが着いていたようだ。勝手なイメージではあるが女子の身支度は長いもの。ドレスコートともなればそれはより一層だ。食事と談笑を楽しむ他の参加者たちに紛れながら、女性陣の到着を待つこと数分……。

 

「お、来たみたいだぞ」

 

優れた五感で気付いた様子のナツの声に反応し、彼が向いている方向へと目を向ける。その視線の先に映った、三人の女性たち。ワインレッドのスリット入りドレスを身に着けて、赤いリボンで髪をハーフアップにまとめたルーシィ、裾に薔薇の模様があしらわれた、肩を大胆に露出した艶やかな装いの濃い紫のドレスを纏ったエルザの二人に周囲は目を向けがちだろう。

 

しかしシエルが一番引かれたのは、彼が想いを向ける相手である少女。リボンで結ばれたツインテールに違和感が無いように、その身に纏われたピンクのドレスはややクラシカルなロリータ調のデザインで、フリルの多い袖やスカートが彼女の年齢相応の可憐さを引き立てている。

 

着慣れていないのか、僅かな恥じらいを滲ませながらも、張り切っているような佇まいで歩くウェンディの姿に、シエルは思わず取り繕うのも忘れて見入った。と言うより完全に見惚れていた。本来の仕事内容も頭から抜けたのではないかと疑ってしまうほどに。

 

「ダンスに誘ったらどうだ?練習しただろ?」

 

「い、今は仕事に集中……!」

 

当然そんな弟の様子を横目で見逃さなかった兄が肘で小突きながら口元を吊り上げて促してくる。それで正気に戻ったのだろう。赤くなった顔を更に濃く染めて、周囲を再び確認するように首を左右に振り始める。この場合は、どちらかと言えば逸らしてる、が正解だろうが。

 

 

ちなみに、同様に仕事として着いてきたはずのハッピーとシャルル、ウォーレンは会場内にはいない。彼らは会場中に配置されたドローン型の監視魔水晶(ラクリマ)を通して、宮殿に直接繋がる用水路から念話を通して逐次会場内の面々に状況通達と指示を飛ばす役目だ。今現在、彼らが見ている監視魔水晶(ラクリマ)にも、ベルベノが変身しているらしき人物は見当たらないらしい。

 

ひとまずは予定通り、参加者に混じってダンスを始めて、ベルベノと思しき怪しい人物を地道に探していくしかない。マジカルドレインを活かすには向こうも接触を図ってくるはずだ。自然な動きを心掛けて会場を歩いていると、どこか軽薄そうな言動をした一人の男がエルザに目が着いたのかダンスに誘った。すぐさまウォーレンたちから連絡が入り、ナツとグレイがダンス用の浮遊舞台に乗ったエルザたちの方へと向かう。

 

「俺も見てくる。シエルは他の参加者に目を配ってくれ」

 

「分かった。……必要なさそうだけど……」

 

ナツたちに続くようにペルセウスもシエルと二手に分かれる形でエルザたちの方へと向かう。それに返事をしながらも、シエルは一つの確信があった。仮にエルザを誘ったあの男がベルベノだとしても、五体満足ではいられないと言う事を。

 

「ウェイウェイウェイウェイ~~イ!?」

 

「気合が足りん!」

 

ダンスの鬼とも言われたエルザによって、パートナーの男が悲鳴を上げながらコマ回しされているのを確認し、調べる為に向かったナツたちも肩を落として「ほっときゃいいか」と思わずにいられない結果に。目に見えていた光景から一つ息を吐いて目を逸らしたシエルは、同様に予見していたルーシィと心配そうにその光景を見上げるウェンディの元に合流しながら「あっちは問題なさそうだね」とぼやいた。

 

《今度はルーシィが誘われたよ!》

 

二人揃ってエルザと組んでしまったダンス相手に心の中で合掌していると、ハッピーの声が念話で伝わる。ルーシィの方へと目を向けてみれば、いつの間にか現れていた別の男性と確かに踊り始めようとしている瞬間。仮面越しでも分かる男前な印象だ。

 

「分かった、こっちで警戒する」

 

「ナツさんたちもこっちに来るみたいだね」

 

エルザは当面大丈夫だと結論付けた今、彼女を相手する男は監視不要。ナツたちも恐らくこちらに合流してくるだろう。シエルとウェンディが各々告げると、遠目からナツたちもシエルたちの方へと向かってくるのが見えた。しかし……。

 

「そんなに強引に誘われたら~!」

「踊らないわけにはいかないわ~!」

 

「な!?何だお前ら!!」

「オレたちは誘ってないぞ!?」

 

突如脇から現れた仮面越しでも分かる直球で言えばブサイクな女性二人に、両手を掴まれて無理矢理ダンスを強いられた。何者だあの二人。ナツとグレイがただされるがままになっているなどエルザ相手ぐらいしか思い当たらんぞ……。

 

「ナツとグレイが捕まった……」

 

「ど、どうしよう……」

 

流れるように捕まった二人に驚きを表していると、視界の端ではナツたちとは打って変わって、仮面をつけても美人であることが窺える女性からダンスに誘われたエルフマンが、鼻の下を伸ばしてそれに応じている場面が。あいつ意外と面食いなのか……。

 

「取り敢えず俺たちの方でルーシィたちの様子を見よう」

 

他の男性陣と踊り始めた女性たちも怪しいが、ルーシィが相手している人物がベルベノではないとも断言できない。一番近くにいるシエルがウェンディに改めてそう言うと、首肯したウェンディと共にルーシィたちの様子を確認できる場所へと移動を開始する。

 

《二人とも、すまないが頼む。俺は今、そっちに行けそうにない》

 

《どうしたペル!何かあったか!?》

 

念話越しにシエルからの報告を聞いたらしいペルセウス。そんな彼から同様に届いた、どこか焦ったような声での連絡に、ウォーレンが対応する。何かトラブルが起きたのか?そんな考えが頭を過っていた彼の脳にその声が届くと同時に、監視用魔水晶(ラクリマ)にその光景は映った。

 

《まあ、その……身動きが取れなくなっちまって……》

 

「素敵なお方……!」

「あの、私と踊ってくれませんか?」

「ちょっと!私が先に声をかけましたのよ!」

「まあ、なんてキレイなお顔……!」

 

《イヤミかこの野郎!!》

 

四方八方を参加者と思われる仮面の女性陣に取り囲まれ、手や腕などをそれぞれ取られ、逃げるに逃げられなくなったペルセウスが、ほとほと困り果てた顔でされるがままになっていた。囲んでいる女性たちは仮面をしてても美人揃いだと分かる上、我先にとペルセウスと共に踊ろうと積極的になっている。本人は本気で困っているようだが、ウォーレンからすればモテ自慢にしか見えない。

 

「そう言えばペルって、外面は割と良かったのよね」

「蓋を開ければヘタレなとこあるのにね」

「グヌヌヌ……リサーナに背中から刺されちまえばいいのに……!」

 

女性に取り囲まれるモテモテな状況に、エクシード二人は納得したような、呆れるような脱力感を覚え、ウォーレンはこれでもかと歯軋りして苛立ちを隠そうとせず、ペルセウスの想い人の手でいっそ……などと物騒な願望をぼやいている。そしてこの会話も念話越しに届いているようで……。

 

《いっそ刺される程に想われてたらどれだけ良かったろうな……》

 

「あーウォーレンがペル泣かしたー」

「あーらかわいそーヒドイわね〜」

「泣きてぇのはオレの方だよコンチクショー!!」

 

気付きにくい程微かに涙を浮かべながら聴こえてきたペルセウスからの念話を傍受し、すぐさまエクシードたちから文句が飛んできた。ペルセウスに心の傷をつけたことを責めるような言い方に、彼以上の涙を流しながらウォーレンは反論を叫んだ。

 

「(リサーナはミラの手伝いで残る事になっちまったしなぁ……)」

 

念話越しにそんなやり取りを聞いていた当人の弟はと言うと、義姉候補筆頭が何故不在なのかに関しての記憶を思い返しながら苦笑を浮かべた。一部自給自足を余儀なくされた今のギルドには、そっち方面にも人手を割かなければいけないのだ。

 

「あの……踊っていただけますか?」

 

数時間前の出来事に意識を向けていた最中、兄がいるであろう方向に遠い目を向けていたシエルの様子を、心配そうに伺っていたウェンディに一人の少年が声をかけてきた。金髪のボブカットに、やはり参加者のほとんどが付けている仮面が目立つ。年齢的には同年代と言ったところだろう。

 

突如横からダンスに誘われて、ウェンディは目を瞬かせる。この場合は応じるべきなのだろうか。それともルーシィと踊っている男性への警戒を優先すべきだろうか。迷いが頭に過りながら、手を差し伸べてきている少年の手に目線を向けていたウェンディであったが、もう一歩を少年が踏み出したタイミングで、横から肩を引かれ、少年から離れる形に。

 

「ああ失礼。彼女は“僕”のパートナーとして来ておりますので」

 

「パッ……!?」

 

右手を彼女の右肩に置き、左手で彼女の左手を沿えるように持ちながら、穏やかな笑顔を浮かべて平然と答えたのはシエル。普段の彼とは違った対応と行動をとり、あまつさえ口に出した『パートナー』と言う単語。思わずウェンディはシエルの方へと振り向いて狼狽える。

 

「(ここは合わせて)」

 

動揺を隠せずどう言う事かと聞こうとしたウェンディに、シエルは小声で耳打ちしてその言葉を遮る。戸惑いを隠しきれないウェンディであったが、どうにか必死に平静を装って「そ、そうなんです、すみません!」と先程誘ってきた少年に伝える。

 

どこか釈然としない様子で「そうでしたか……」と呟いたその少年の様子を確認したシエルは早々に「では、これにて」とウェンディの手を引いてその場を離れる。ただしルーシィたちがいる場所からは距離を開けないようにしながら。少年はなおも何かを言いたそうだったが、構う気は一切ない。

 

足早に自分を伴って距離をとるシエルの背中を、手を引かれながら見ていたウェンディは先程のやり取りと、シエルの普段とは違う対応を思い返しながら、早鐘を打つ鼓動を必死に抑えて尋ねた。

 

「シエル……その、どうしてさっきあんなことを……?」

 

「これ以上ダンスで参加してると、何かあった時に対処出来なくなるからね」

 

ウェンディの問いに振り向きもしないで答えたシエル。その答えは聡明で合理的な判断を下す彼らしいもの。言われてから「そっか……それもそうだよね」と納得するように息を吐きながら、眉根を下げた。今や自由に動くことが出来るのは自分たちのみ。仮に無関係の所でベルベノが動き出したら確実に後手に回る。

 

しばし歩き、移動した場所で立ち止まったシエルは、この辺りで十分と理解し、繋いでいたウェンディの手を離す。若干赤みがかっている顔でウェンディを横目に見ながら告げた。

 

「ただ、逆に何もしてないとベルベノに怪しまれる。パーティに参加している体は装いつつもしっかり見極めないと……」

 

口に言葉を出しながら、ウェンディから踊り続けるルーシィたち、そしてウェンディの反対側には、テーブルに置かれた立食用の豪勢な食事の数々。順番に視線を移し、しばし無言を貫いてそれらを視界に収めている。

 

「とりあえず素知らぬ顔を振る舞いつつも警戒は続けよう……お、これ美味いな」

 

「シエル本当はちょっと満喫してない!?」

 

ちょっとウェンディが目を離している合間に、どこから持ってきたか不明な取り皿に、肉料理を中心に所狭しと盛り付けてつまみだしたシエル。気付いたらちゃっかり普段食べれないだろう品々を満喫してるようにも見える彼を見て、思わず文句として声をあげたウェンディであったが……。

 

「ウェンディも食べてみなよ。こう言うの好きでしょ?」

 

そう言いながらスッとシエルが差し出した取り皿。一瞬驚きながらも目を瞬かせて視線を落とすと、その上にはこれまたいつの間にか取っていたのか、職人の技が光るようなデコレーションがされた、一口ケーキ、プチシュークリーム、プリンなどのスイーツ類が載せられていて、目で見るだけでも心が躍りそうなラインナップとなっている。

 

「か、カワイイ……!」

 

先程シエルに注意していた事など忘れて、目を輝かせて受け取り、感情が昂るのを抑えられないウェンディ。直後にシエルが用意していたデザートフォークでケーキの一つを口に含むと、想像以上の美味しさにフォークを持った右手を頬に当てながら破顔し、これでもかと堪能する。

 

「折角滅多にない機会もらったんだし、これくらいは堪能させてもらお」

 

「そうだね!……これも美味しい……!」

 

可愛らしい反応を示すウェンディに、本心ではずっと眺めていたいと言う感情を一旦隅に置きながら、日常では味わう事のない空間と味を嗜む事を促していく。一応気を配りながらであるが、並んで立食を堪能し、何とも幸せなひと時が二人の間に流れていく。

 

《お前ら仕事もダンスもしないでなぁにしてんだぁ!!》

 

そんな二人の脳内に響いた、監視魔水晶(ラクリマ)でこっちの様子を伺っていたウォーレンの怒声。思わず揃って皿を落としそうになるほど肩を跳ねさせたが、料理に行きがちだった意識を戻すきっかけにはなった。それはそうとして、タイミング的に狙ったのではとシエルは邪推する。

 

「オイラ知ってるよ。あーゆーの僻みって言うんだ」

「モテない男の嫉妬は醜いものね」

 

そしてウォーレンの傍で同じ光景を見ていたエクシード組からは、何とも辛辣なコメントを投げられた。たまたま映った料理を楽しんでいる二人を見て、他の者なら少しばかりは放っておいたところを、間髪入れずに怒鳴ったその様相は、ネコたちから見ればただの妬み嫉みのそれだった。

 

《わーってるよ。ルーシィたちの方は今んとこ異常無さそうだ。横目でもちゃんと確認はできてたし》

 

「(あ、ホントに警戒は続けてたんだ……)」

 

何かを邪魔されたかのように顔を顰めながらも、念話越しにウォーレンへと返答したシエル。頭に届いたシエルの報告を聞いたウェンディは思わず驚いた。内心仕事の事を忘れて、ご馳走に夢中になってしまったのではないかという考えが過っていたのだが、そんな事はなかった。失礼な事を考えてしまった事実に申し訳なさが彼女の心に巣食った。

 

その時だった。突如会場内に木霊する魔法の炸裂音。シエルたち、いや会場中のほぼ全員がその音のした方角へと目を向けると、そこでは舞踏会の参加者同士による魔法のぶつけ合い。凍てつく空気を生み出す氷の魔法同士の激突が突如勃発していた。片方はエルフマンと最初に踊っていたはずの女性。もう一人はグレイだった。

 

「グレイさん!?」

 

「ちょ、大丈夫なのかよ!?こんなことして……!」

 

大勢の人が集まる公衆の場で、堂々と魔法をぶつけ合う見知らぬ女性と仲間に、思わず声が出てしまう。このような騒ぎが起これば場にいる者たちもパニックになるはず。

 

だが周囲を見渡してみれば訪れている他の舞踏会参加者は、混乱するどころか披露される氷の魔法の美しさに感動すら覚え、歓声を上げて拍手をしている。伯爵家が雇ったであろう警備の者たちも、特に警戒したりせずむしろ観客として混ざりたそうな様子が伺えた。

 

「(あ、いいんだ、これ……)」

 

特にこれぐらいでは問題はないようだ。拍子抜けしたと言うか、緊張した意味もなかったと理解したシエルは、思わず胸中で独り言ちながら力を抜く。そんなこちらの心配も他所に互いに氷の造形魔法で作ったバズーカによる氷魔法をぶつけ合う二人に、高速で割り込む影が。

 

「お前らいい加減にしろーっ!!」

 

コマ回しを中断し、換装魔法で過去に舞台で身に着けた王子の衣装を着て、身の丈ほどの両手剣(バスタードソード)を手に持ったエルザが一喝しながら、剣を振るわれて悲鳴を上げるグレイと女性を纏めて会場の隅まで吹っ飛ばした。唐突に始まり、呆気なく幕引きとなった騒動に、会場にいたほぼ全員が流石に唖然としている。普段と何も変わらないのは相変わらずである。

 

「あ、アチェートさんが来たよ」

 

「お?」

 

蚊帳の外になっていた状態で眺めていたシエルだったが、横に立つウェンディが会場の正面ステージの方に指を差しながらシエルに伝えてくる。指さされた方へと目を向ければ、上は白、下が赤を基調とした、薔薇のコサージュをアクセントにした豪勢なドレスを纏ったアチェートが、父である伯爵に手を引かれながら姿を現す。

 

貴族の令嬢にふさわしい姿勢でステージから会場への階段を下りていき、会場内の数多の男性客から視線の釘付けにされながらも、浮かべる笑顔を崩したりしない。頭のてっぺんから足の爪先に至るまで、美しいと言わざるを得ないアチェートの佇まいに、男性たちは見惚れながらも迂闊に近づくことすらできない。娘の美貌を前に誰もダンスに誘えないこの状況に、父である伯爵が優越感を覚えるのも無理はない。

 

「あなたの眩しさは、漢らしすぎる!!」

 

「女なんですけど……」

 

見惚れてしまっていた一人であるエルフマンが、気が昂りすぎて思わず的外れな口癖を発して苦笑を貰う。相変わらず言葉を雑な使い方するエルフマンは放っておき、アチェートが会場内を見渡している間に決めていた、最初にダンスに誘う相手の元へと目を向けた。

 

「あの……踊っていただけますか?」

 

「いいだろう」

 

手を差し出され、誘われたその相手は、まさかのエルザ。成り行きの換装で着替えた男装姿は、普段のエルザの凛とした姿も相まって、他の男よりも画になっている。誘うのも道理と言うものだろう。仲間からは「何故エルザが?」と思うものが多かったようだが。

 

まあ、見ず知らずの男性や、どこか興奮した様子のエルフマンを誘うよりは賢明か、と胸中で一人納得していたシエルであったが……。

 

「キャッ!」

「わっ!」

 

突如背中に感じた衝撃。思わず体が前に出てたたらを踏んだシエルが振り返ると、同様に振り返って焦った様子の、自分たちと同年代、あるいは少し下と伺える金髪でツインテカールの髪型をした仮面の少女がいた。

 

「あ、ごめんなさい!ちょっとよそ見しちゃって……」

 

どうやら少女が後ろ向きに歩いてしまっていたところを、ちょうど背中同士がぶつかってしまったところのようだ。故意によるものではなかったという事でぶつかられたシエルもそのまま流したが、少女はシエルを数秒じっと見つめると、何かを閃いたかのように顔に弾けるような笑顔を浮かべ、そのまま両手を取った。

 

「ねえ!良かったら私と踊りましょ?一緒に来るはずだった相手が来れなくなっちゃって困ってたの!」

 

「え、いや俺……じゃなくて僕はもう……」

 

「いいからいいから!!」

 

突然の誘いに慌てながらも断ろうとするシエルであったが、有無を言わさぬ勢いで引っ張られ、そのままダンス用の舞台装置へと連れていかれて浮かび上がってしまう。シエルは勿論、先程ともにいたウェンディも急展開に混乱している。

 

「あ!シエルが引きずられてっちゃった!」

「随分強引ね……なんだか怪しいわ」

 

監視魔水晶(ラクリマ)でその一部始終を見ていたエクシードも、映像越しに驚きと怪訝をぼやいている。近くにいたはずのウェンディに一切目もくれずにパートナーを装っていたはずのシエルを伴って……と言うか連行していくとは予想外だっただろう。そんな彼らの声が念話越しの状況説明に一役買ったようで……。

 

《ウェンディ、シエルたちの様子に要警戒だ。頼むぞ!》

 

「え!?は、はい!」

 

囲んでいた女性陣たち一人一人の対応に追われながら、ペルセウスがウェンディへと念話を飛ばす。その声は先程まで拘束されてメンタルに傷を負っていたものと同じ人物とは思えない程切迫しており、ようやく現実に引き戻されたウェンディが慌てながらも答えた。視力と聴力が優れたウェンディは、集中力を強めてシエルたちの様子を窺う。

 

「良かったんですか?僕のような者が相手で。予定していた人もいたはずなのに」

 

「いいの!何だかピンと来ちゃってね。思った通り、結構上手だし!」

 

「それはどうも。優れた先生によるご教授の賜物です」

 

舞台まで連れてこられて逃げ出すことが出来なくなったため、観念して少女の相手としてダンスを踊る。取り繕うような態度をそのままに、話を合わせている。

 

「それにしても、その歳で魔法の心得とダンスの腕前……両方存在するとは、良家の娘さんとお見受けした」

 

「そんな大したところでもないわよ?お父様とお母様に教わったけれどね」

 

舞踏会に呼ばれているのは魔導士のみ。先程もウェンディを誘った同じ年頃の少年がいたが、自分たち以外にも幼少の魔導士が来ている事はやはり珍しい。さり気無く尋ねてみればまるで普通の事のように返答が返ってくる。教養自体は叩き込まれている様だ。常識があるかは怪しいが。

 

「そう言うあなたは妖精の尻尾(フェアリーテイル)でしょ?その紋章」

 

「よくご存じで」

 

シエルの左頬に刻まれた紫色の紋章(ギルドマーク)を見ながら、今度は少女が尋ねて来る。7年前ならまだしも、今や実績も名声も失ったギルドの事を紋章で見抜けるとは、と尋ねてみればそれも親から聞いたのだそう。それを聞いたシエルはしばし考えるように黙り込むと、こう切り出した。

 

「実はこれも仕事の一環でね。人を探さなきゃいけないんです」

 

「へぇ?誰を探しているのかしら?」

 

「変身魔法を使うと言う泥棒ですよ。この舞踏会に紛れてるようで」

 

踊りながらも話を続ける中で、泥棒と言う単語を耳にした途端、少女が握る手に僅かながら力がこもった。身構えたのだろうか、と言いたげなほど、微力ながら。それに敢えて気づかぬふりをしながらシエルは続ける。

 

「変身魔法と言えば……一つ弱点があるのをご存じですか?」

 

「弱点?」

 

「外見を忠実に変えられるのが変身魔法の特徴。ただ内面全部まで再現できるわけじゃない。例えば……今僕が触れている手が、見た目と違った手の感触だと分かれば、簡単に見破れる」

 

そう言いながらシエルは繋いでいた手に、意趣返しと言わんばかりに力を込める。微かに、何かプレッシャーを与えるような動きで。仮面の少女はそれに対して一瞬何か言葉に詰まった様子を見せるも、すぐさま笑みを戻して答えだした。

 

「それって、変身魔法を覚えたての人にだけ起きることでしょ?技術力を上げれば本物と遜色なく変身できるってお父様が言ってたわ」

 

「おや、知ってましたか。その通り」

 

「まあね、それにしたって失礼しちゃうわ。私が男の人と同じ手の感触に感じたとでも言いたげに」

 

「そうですね、それは失礼いたしました。ただ、一つお伺いしたいことが……」

 

変身魔法の、一時的な弱点についての会話を交えながら、傍から見れば違和感がないであろうやり取りを続けていた二人。不服だと言わんばかりに肩を竦めながら文句を告げた少女に、柔らかい笑顔を浮かべながら謝罪を浮かべていたシエル。しかしその直後……。

 

 

 

 

 

「何故()が探してる泥棒が男だと断定できた?」

 

柔らかい印象を抱えた顔は鳴りを潜め、低くなった声と剣呑な表情を向けたシエル。そんな彼に問われた少女は、息を呑んで言葉を失った。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

所変わり、舞踏会参加者の厚意スペースで使われた天幕が並ぶ空間。その内の一つの天幕を訪れた、監視役のウォーレンとエクシード達は、そこで身体と口を縛られていた少年を見つけた。監視魔水晶(ラクリマ)が反応し、知らせたものの正体だ。

 

「あ、さっきウェンディを誘ってた子だ!」

 

金髪のボブカットをしたその少年に、見覚えがあった。シエルによって阻止されたが、一度は会場にてウェンディを踊りに誘っていた少年と同じ姿である。すぐにウォーレンが猿轡のように縛られた口元の布を取ってやると、少年は聞かれるまでもなく自分の身に起きた事を説明した。

 

「舞踏会の前に、アフロヘアーの男に捕まって……!」

 

「ベルベノだ!」

 

「って事はさっきの奴が……!」

 

参加する予定だった一人の少年を捕らえて閉じ込めていた、アフロヘア―の男。その特徴的な容姿から間違いなくベルベノの仕業であると確信した一同。つまり会場にいたこの少年と同じ容姿の存在は、ベルベノが変身した姿。ウェンディの魔法をコピーしようと近づいていたのだろう。すぐさま会場にいる仲間に伝えようと念話を送ろうとするウォーレンであったが……。

 

「待って!妹もいるんだ!一緒に捕まって、別々のところに連れて行かれて……!!」

 

捕らわれていた少年が発した妹の存在。彼と同じようにベルベノに捕まっているようで、助けを懇願する。応えてあげたいが余裕が……と一同が足踏みを仕掛けたその時。

 

「っ!?こっちだわ!!」

 

シャルルの脳内に突如浮かんだ予知。直感で察知したシャルルは(エーラ)を広げて別の天幕の元へと飛び出す。急いでハッピーがその後を追いかけるのを背後からの声で察しながら、予知で見た自分が向かった天幕へと辿り着いたシャルル。

 

「あっ!あいつは!」

 

その天幕の中で、兄同様に囚われの身になってすすり泣く金髪の少女の姿を目にしたシャルルは、驚愕を表に出さずにはいられなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

時刻は日付を跨いで深夜12時。舞踏会の終わりを告げるかのように時計の鐘が会場に鳴り響く。しかし大がかりと言いたげにずっと鳴り響く巨大な柱時計に、会場中の参加者が注目。唯一把握しているのはバルサミコ家の二人だけだ。

 

かの柱時計は7年に一度だけ発動する仕掛けがある。振り子の下に付けられた小さな扉に指輪は保管されており、それが7年に一度だけ開かれ、大きめのルビーが付けられた指輪が披露される。そしてこの披露された指輪を手にした男が、伯爵家の娘であるアチェートにプロポーズすることが出来る。それが伯爵家の伝統なのだという。

 

「さあ!娘にプロポーズしたい者は、あの指輪を手にするのだ!!」

 

高らかと会場中に響く声で宣言するバルサミコ伯爵。それを皮切りに参加していたほとんどの男性客が柱時計の元……指輪目掛けて全力疾走。その中には「漢ならプロポーズだーー!!」と叫ぶエルフマンも混じっている。何してんだよお前。

 

しかしそんな一連の騒動に至ってなお、視線を外すことなくシエルは目の前で手を組んでいる少女を睨み続けている。対する少女は、変貌した少年へ畏怖するかと思いきや、顔に汗を浮かべて視線からそらし続けている。

 

《シエル!今お前と踊ってるのが……!》

 

「分かってる」

 

脳内に響いたウォーレンの焦りを孕んだ声に対し、遮るように呟いたシエルは、その直後目の前の少女の、繋いでいた右手を持ち直し、左手首を掴んで大きく上へと上げる。仮面越しでも分かる、焦りを浮かべた顔をした彼女に向けて、更に鋭くした目で睨みながら会場に伝わるほどの声量で堂々と告げた。

 

「お前がベルベノだな?」

 

その瞬間、会場にいた一部の者……事情を知る者たちが息を呑み、声をあげるのが聞こえてくる。他の参加者に混じって指輪へと走って行ったエルフマンも同様だ。今回の目的である指名手配犯の名前を聞き、一気に緊張感が走る。

 

そして件の少女は、拘束されて歯噛みしているようにも見られていたが、しばし黙秘を貫いていたかと思うと、一転してその口元に弧を描いた。余裕にも見えるその笑みに気付き、シエルが目を見開いた直後。

 

日射光(サンシャイン)!!」

 

「っ!俺の……!?」

 

捕らわれていた左掌に、小太陽による強い輝きを作り出す。天候魔法(ウェザーズ)による技の一つを発したことで、予測は当たっていたことが判明。しかし状況は悪化したと言える。注目されて潜伏が出来なくなったことを逆手に取り、会場にいるほとんどの者たちの視界を封じたのだから。ついでにモロに喰らったらしいナツとエルフマンは床を転げ回っていた。

 

そして騒ぎを生み出した張本人はいつの間にかシエルの拘束を抜けて飛び上がり、足場に雲を生み出して中空を漂う。直後、「変身解除!」と叫ぶと共に先程までの少女の姿は消え、手配書に載っていた強面の男の姿が現れた。

 

「ガキと思っていたが、存外以上に頭が回るようだ。魔法も厄介だが……!竜巻(トルネード)!!」

 

自分の正体を見破ったシエルには賞賛を送りつつ、彼が扱う多様性ある魔法のうち、横方向に巡る竜巻を放って会場中に突風を起こす。そしてその風に煽らて、指輪が宙へと舞い上がり、吸い込まれるようにベルベノの右手へ。しっかりとキャッチしたベルベノは得意げに笑いながら堂々と宣言した。

 

「その厄介さがオレに味方した!バルサミコの指輪は、このベルベノ様が確かにもらったぜ!!」

 

「ベルベノ……!」

「おのれ!指輪を返せ!!」

 

声高々に告げたベルベノを、見上げながら名を呟くアチェートと、二度にわたって婿選びに水を差されたことに憤るバルサミコ伯爵。すると雲の上に乗っていたベルベノに、舞台装置を利用して近づく一人の影が。

 

「やっと面白くなってきたぞ!!オレが相手だ!!」

 

舞踏会に混じったり、ダンスを強要されたり、普段やらない事をほぼ無理矢理されてフラストレーションが溜まっていたナツは、これ幸いとばかりに拳に炎を灯して近付く。まず繰り出すは火竜の鉄拳。舞台装置がナツの遺志に従ってベルベノへと急接近するが……。

 

「火竜の鉄拳!!」

「何!?」

 

ナツ同様に拳に炎を纏わせ、足場の雲も動かしながらベルベノが迎撃。数秒の拮抗の後、弾かれた最中にナツは大きく息を吸い込み火竜の咆哮を放つ。対するベルベノも口を膨らませて同じように咆哮を繰り出して相殺。爆炎が会場の上空に炸裂する。

 

「ダンスしてる間に、お前の魔法もドレインさせてもらったのよ」

 

互いに足場から降り、会場のフロアへ降り立つ二人。浮かぶ表情は対照的だ。得意気に語るベルベノに対し、自分の魔法を見ず知らずの男に使われたナツは苛立ちが隠せていない様子だ。

 

「ならば私が相手だ」

 

そう言って前に出たのはエルザ。先程自分と踊っていたアチェートの身の安全をペルセウス、グレイ、エルフマンに任せ、換装魔法で煉獄の鎧を纏う。同時に持った大剣を振りかぶるエルザに対し、ベルベノもまたコピーしていた換装魔法で煉獄の鎧を纏い、同じように大剣で受け止め、弾き返す。鎧の換装魔法を扱えるのはエルザ以外にはほぼいないが、マジカルドレインには際限がないらしい。

 

「無駄だ!ここにいる妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバー全員の魔法も、既にコピー済みよ」

 

「……全員?」

 

何とも厄介に感じられるマジカルドレインに周囲は歯噛みするが、その中でシエルにとっては気になる点に気付き、即座に頭の中で思案する。そしてものの数秒、考えついた状況打破の方法を伝えるべく動いた。

 

「だったら……兄さん!」

 

「……!おう!換装、ミストルティン!!」

 

弟に呼びかけられ、すぐにその意図を感じ取ったペルセウス。木の枝のような杖を換装で呼び出し、会場内の傍らに存在している観葉植物を操作してツルを伸ばして捕えようとする。

 

「換装!ミストルティン!!」

 

しかしあろうことか、ベルベノは同じように木の枝の杖を呼び出して手に取り、迫り来ていたツルを操作して止める。その光景を見ただけで、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちの表情に今までにない程の驚愕と焦燥を植え付けた。

 

「何ぃ!?」

「ペルさんの魔法まで……!?」

「おいおい、冗談キツいってもんじゃねぇ…!ペルの神器までコピーされたら、厄介なんかじゃ済まねぇぞ!」

 

特異性と希少性、何より魔法としての質においても想像の範囲外に位置する神器の存在。唯一無二と言っていいその魔法すらも、一時的とはいえコピーしてしまうベルベノの魔法に、絶望すら感じる一同だが、コピーされていたペルセウス、そしてシエルは一切焦りが見られない。その理由は…。

 

「ぐっ……!?」

 

不敵な笑みを浮かべていたはずのベルベノが、苦しそうに呻き声を上げたと思えば膝から崩れ落ち、力を失ったことで手に持ってた枝の杖もその場に落とし、その場に倒れ伏した。ベルベノには、何が起きたのか理解できない、と言いたげに困惑を露わにした表情が浮かんでいる。

 

ペルセウスからコピーした強力な神器の換装魔法を使った途端、大きく魔力を消耗したのと同じ感覚と共に、今尚力を入れることができない状態が続いている。

 

「な、何だ……!?立てねぇ……それどころか、一切力が……!!」

 

脂汗を滲ませ、指先一つさえ動かすことがままならない状態に歯噛みするベルベノに、ペルセウスの操るツルがベルベノの両手足首と胴回りを囲むように広がる。直接触れてはいないものの、身じろぎ一つすれば触れて、魔力を吸われかねない。事実上の捕縛状態だった。

 

「こんなもんでいいか?」

 

「さっすが兄さん、満点の対応だ」

 

あっという間に形勢が逆転した状況に、困惑する周囲をよそに笑みを浮かべてやり取りをする兄弟。困惑していた周囲の代弁をするように、ウェンディが「何がどう言う事?」と尋ねれば、簡単な事のように答えだした。

 

「ここにいる俺たち全員の魔法をコピーしたと、あいつは言った。エルザの換装魔法……正確には煉獄の鎧すらも同じ性能としてコピーし、扱うことが出来ていたなら、当然兄さんの神器もコピーできたと思ったんだ」

 

「だが、お前たちも知ってる通り、神器は俺以外の魔導士が持てば、あっという間に魔力を消耗し、持つことすらできなくなる。瞬間的に魔力を失った魔導士が陥るのは『魔力欠乏症』。しばらくの間、動くことも出来なくなる」

 

マジカルドレインと言う魔法が、どれほど厄介なものかはエルザの魔法を完成度高くコピーしたことですぐに理解できた。それを逆手に取り、ペルセウスが扱う神器の換装魔法も使わせ、得意な魔力を持つペルセウス以外の魔力を大幅に消費する神器の特性を利用したのだ。練度の高さが、逆にベルベノ自身の首を絞める結果となった。

 

「成程な、ともかくよくやったぞ、お前たち」

「改めて神器がどんだけ反則か、よく分かったわ……」

「まさに漢の武器!!」

 

兄弟の説明を受けて納得した仲間たち。ナツだけは不完全燃焼でどこか機嫌が悪そうだったが、これで依頼はほぼ達成だ。魔力をほとんど失ったうえ、少しでも動けばまた吸収される。ベルベノは無力化されたも同然である。

 

「何はともあれ、よくぞベルベノを捕らえてくれた!あとは指輪を取り返し、こやつを牢に送り返したら、婿選びの再開だ!」

 

やけに目の敵にしていたベルベノを捕らえた事で、見るからに上機嫌となった伯爵が自分たちを褒めたたえる。その声と内容を耳にしたベルベノは、指輪を持っているであろう右手に目を移し、何やら思い詰めた表情で強く握ろうとしている。

 

それに気付いたシエルが、今度は別の人物……伯爵の娘アチェートへと視線を移せば、自らの婿選びを邪魔した者が捕まったにしては、似つかわしくない暗い顔を浮かべていた。

 

それを見た瞬間、シエルの脳裏で、点と点が繋がった。

 

「伯爵殿。軍を待つ間、ベルベノと話がしたいのですが……よろしいですか?」

 

「話、とな?まあ、話ぐらいなら別にいいが……その前に指輪を……」

 

「よろしいですか?」

 

唐突に願い出たシエルの言葉に首を傾げ、許可をしながらも大事な指輪を優先しようとする伯爵。対してシエルはニッコリと笑顔を浮かべながらも、有無を言わさぬ意志を提示して「う、うむ……」と伯爵に生返事をさせる。そして実質的に許可をもらったシエルは、ベルベノの元へと近づいていく。

 

「どう言うつもりだ……?今更オレから、お前に話すことなんざねえよ……」

 

「じゃあ、俺が一方的にお前に質問をしよう。YesかNoで答えるだけでいい」

 

要領を得ないシエルの行動に、皮肉を交えてベルベノはそう吐き捨てる。そんな彼に、シエルはただ自分が聞きたいことに対する二択の返事でいいと前もって伝え、困惑の続くベルベノに有言実行で質問を始めた。

 

「俺が聞きたいのは、お前が何故その指輪を欲しがっていたかについてだ」

 

その問いの内容に、ベルベノは一転して息を呑み、動揺を表に出す。周りの者たちは頭に疑問符を浮かべていたが、それを気にすることなくシエルは続けた。曰く、ベルベノが狙った指輪はバルサミコ家に伝わる伝統的な逸品。当然希少価値の高い、一点ものと言えるものだ。裏社会であれば、高値で取引も出来るだろう。

 

「だが、その伝手が仮にあって、大金を手にしたとしても、お前は目撃者多数のこの場で堂々と指輪を手に取った。このまま逃げて売るにしてはリスクが大きすぎる。今後はより額の上がった賞金首だ」

 

仮に金銭的な目的で指輪を狙っていたとしても、シエルが言った通りリスクの方が大きい。逃亡生活にも限界がある。組織に属さない一介の犯罪者が狙うには、そう言った側面から見れば不相応だ。

 

「そこで、考え方を変えた。金目当てじゃないとしたら、何故指輪を狙ったのか?考えられることとすれば、指輪を手にすることで果たされる、お前の本当の目的だ」

 

淡々と語るシエルに対し、ベルベノも、ギルドの仲間も、他の参加者たちも、一言も挟めず聞き入っている。否、ベルベノに関しては恐らく図星を突かれて押し黙っている、と言った方が正しいか。

 

「伯爵は先程、『指輪を手にした男が、娘にプロポーズする資格を得る』と言っていた。これが本来の狙いだったんじゃないか?」

 

そう言った瞬間、会場は一転、騒然となった。それが何を意味するのか。つまりベルベノは、会場に来ている他の参加者たちと、同じような目的のために現れたという事になる。そんな空気をよそに、シエルは振り返ってとある者たちへと視線を向ける。その先にいたのは、同様に驚愕を顔に浮かべている娘と、どこか呻きながら俯く父。

 

「さて、次に伯爵とアチェートさんに、お聞きしたいことがあります」

 

「な、何かね……?」

 

突如質問の矛先を変えられ、震えた声で返事をする伯爵。顔に浮かぶ冷や汗の量が徐々に増えていくが、シエルに問われた内容を聞き、その量が更に増すこととなる。

 

「あなた方は、元からベルベノの事を知って……いや、ベルベノと面識があったのではありませんか?7年前の舞踏会より……いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()から」

 

問われた伯爵は「そ、それは……!」と絞り出すばかりではあったが、一瞬虚を突かれたように息を呑んだ娘の方は、意を決したように表情を変え、数歩乗り出して父よりも前へと出る。まっすぐにシエルの顔を見ながら、アチェートは答えた。

 

「はい、その通りです。私とベルベノは……子供の頃からよく共に過ごした、幼馴染にあたります」

 

アチェート自身から明かされたまさかの事実に、会場はまたもどよめく。一切の繋がりが無さそうに思えた二人が、まさか幼少期からの付き合いだとは、想像だにしていなかっただろう。

 

「なんと!」

「幼馴染!?」

「アチェートさんと、ベルベノが!?」

 

当然、ギルドの者たちにも衝撃が走る。女性陣が各々仰天としている最中、慌てた様子で伯爵が詳細を語り始めた。

 

「た、確かにそやつは、当時この家に仕えていた使用人の一人の息子だった!歳が近かった故、特別に娘の遊び相手にしてやった!その恩も忘れて、そやつはこのようなことを……!!」

 

「それはあなたがある日を境に、身分の差を理由に二人を引き剥がしたからではないですか?アチェートさんに会いに訪れたベルベノを、門前払いし続けたりとか」

 

「な、何故その事を!?」

 

詳しく説明するにつれ、怒りも込み上げた様子で憤慨する伯爵に対し、どこか冷たい口調でシエルが告げれば、一転してこれまでとは比にならない程の狼狽えを見せる。肯定と同義だ。そしてその真実については、娘であるアチェートも驚愕に目を見開く。

 

「え!?パパ、私そんなの聞いてない!!」

 

「うぐ……ええい!お前は黙っていなさい!!」

 

彼女も知らなかったのだろう。恐らくはそのある日を境にベルベノが尋ねに来なくなり、心配を抱いた。父に聞いても「もう来ることはない」としか答えてもらえなかったのだろう。詰め寄る娘の言葉に満足な返答が出来ず、慌てて口を塞ごうとしかできない。

 

「カマかけでそれっぽいことを適当に言ってみたが、まさか図星だったとはな」

 

「あいつサラッととんでもねぇ事言ったぞ……」

「恐ろしいな、おい……」

 

そんな親子の言い争いの横で、呆れた溜息と共にシエルは吐き捨てた。この手の貴族の家では起こり得る、言ってしまえば小説の中でしか聞いた事のなかった身分差故の障害を提示したら、ドンピシャだったわけだ。その場で適当を言ったら当たった、などと身も蓋もない事実を聞いたグレイとナツは改めて引いた。

 

「ベルベノについて軽く調べてみたが、10年以上前に多数の軽犯罪に手を染めて、刑務所送りになった後、7年前に脱獄。舞踏会で指輪を狙って失敗に終わったことまでは、伯爵から聞いたが……その後は一切記録が残っていない」

 

悪事を行っていたのは軽度のものがほとんど。脱獄して舞踏会に乱入して以降は、目撃情報すら記されていなかった。逆に言えば、この7年間の間にベルベノが犯した罪は何一つとしてない。ただの罪人だとしたら、考えられない事だ。

 

「ベルベノ、もう一度、改めて聞こう。お前が指輪を狙ったのは、バルサミコ家のしきたりに従い、正面からアチェートさんにプロポーズする為。違うか?」

 

ベルベノへと向き直したシエルは、真っすぐに彼の姿を見据え、問いかけてくる。汚れた手とは言え、けじめとしてこれ以上の罪を重ねたりせず、耐え忍んできたように伺えるベルベノの動向。見透かされているようで、本人はバツの悪そうな顔を浮かべて視線を下に向けて俯いている。

 

数秒、ただの一言も発さず俯いていたベルベノは、観念したように息を吐いた。その顔にはどこか覚悟を決めたかのような清々しさも見られる。

 

「はっ……全くとんでもねぇガキだな。魔導士よりも探偵の方が向いてるんじゃねえのか?」

 

「憧れてはいるけど、俺は魔導士であることに誇りを持ってる。数年後に本職で余裕が出来たら、副業でやってみるのも手かと思ってるけど」

 

「副業で手を付けるような職業じゃねーだろ……」

 

呆れたような笑みを浮かべながら皮肉を告げるベルベノに対し、したり顔で返すシエル。何の気もなしに言ってしまえる胆力を見せる少年に、「敵わないわけだ」と言いたげに溜息を吐いたベルベノは、シエルの顔を見上げながら白状した。

 

「答えはYesだ、名探偵。一度は失敗したが、7年も辛抱強く待ってここまで来たのは、アチェートにプロポーズする為だ。ガキの頃からの付き合いだとあいつは言ってたが、オレはずっとアチェートに惚れていた」

 

シエルの推測に対して、肯定を告げながらも自身の身にあったありのままの気持ちを吐露するベルベノ。その表情は、先程までの悪人らしきそれとは打って変わり、ただ一人の女性を想う男の顔つきとなっていた。

 

「ムショの中で、あいつに想いを伝えられなかったことをずっと後悔してた。だから脱獄して、7年に一度のチャンスに賭けた。それも二度もな……!けど、それもここまでみてーだ……」

 

「……ベルベノ……」

 

抱えていたのは並々ならぬ想い。その想いが表に更に出て行くように、入りきらない力を込めてベルベノは力説する。しかし状況は彼にとって好転はしない。万事休すだ。どこか諦めた様子で最後の言葉を零せば、想いを寄せられたアチェートが彼を案じる。

 

そんな光景を見ていたペルセウスは、手に持つ杖に魔力を流し、杖を通じて会場に存在する植物に動きを命じる。すると、ベルベノの四肢と身体周りを縛るように囲っていたツルが、細い管を作ってベルベノの身体を突き刺した。

 

「ぐおっ……!?」

「ベルベノ!!」

 

「兄さん、何を!?」

「待て!!」

 

痛みに悶えるベルベノ。悲鳴と共に彼の名前を呼ぶアチェートを始めとして、会場内もどよめきが生じる。この事態を起こした兄の行動にはさすがのシエルも動揺したが、彼の意図を汲み取ったらしいエルザがそれを宥めて制止。そして数秒ほどして管が抜かれ、ツルも外されて解放されたベルベノは、しばし苦しそうに呻きながら蹲っていたが……。

 

「う……っ……あ!?う、動ける……!」

 

「お前が持ったミストルティンが奪った分の魔力。その半分を返した。違和感はあるだろうが、自分で立って歩ける程度には十分のはずだ」

 

先程に比べて体に力が湧きあがり、まだ多少の倦怠感がありながらも立ち上がることが出来た。ここから魔法を使って逃げることは出来ぬだろうが、歩く程度の運動なら可能な範囲で。不敵に笑みを浮かべながらそう言ったペルセウスが、なぜこのような事をしたのか、理解したベルベノは「恩に着る……」と一言だけ告げた。

 

「どう言うつもりだ!折角捕らえていたというのに……!」

 

「はいはい、伯爵殿はしばらくお静かにー」

 

対して伯爵は、ベルベノがほぼ自由の身になった事で文句を叫んだが、シエルが後ろから抱えて動けなくし、ついでに口も塞いだことでそれ以上の言葉を告げられなくなる。

 

そんな二人をよそに、ベルベノはずっと右手に持っていた指輪が無事であることを確認して、ホッとしたように一息つくと、アチェートの近くへと近づき、やがて片膝をついて指輪を差し出す。

 

「アチェート。情けねぇ姿を随分晒しちまったが……オレの嫁さんになってくれねぇか?」

 

嘘偽りも飾り気もない、真っすぐな言葉によるプロポーズ。真摯に向き合う真剣な表情を浮かべて告げた彼の言葉に、会場は息を呑み、アチェートも口を閉ざしてその一点を見つめている。

 

「そ、そんなもん断るに決まっとるぅー!!」

 

塞がれていた口を外しながらなおも口を挟む伯爵をよそに、アチェートは膝まずぐベルベノの元へとゆっくり歩いて近づく。そして……。

 

「はい!」

 

満面の笑み。それと共に会場に響いたのは了承。内心玉砕覚悟でプロポーズをしたベルベノさえもその答えに虚を突かれ、会場中もしばしの静寂を包む。

 

そして全員がその事実を受け入れた直後、ファルシー兄弟の二人を除く全員が驚愕の叫びをあげた。まさかの成功。容姿と身分だけを見れば不釣り合いであろう二人の結婚が決まった瞬間に、驚きを隠せないでいる。驚愕が最初に心を支配したベルベノであったが、現実であることを理解した瞬間、嬉しそうに彼女の名を呼ぶ。

 

「ベルベノ、私もずっとあなたを待っていたのよ!!」

 

「ホントか!?じゃ、本当にオレの嫁さんになってくれるのか!?」

 

お互い、幼き頃より両思いであったことが発覚し、二人の表情は今までの中でも一番明るくなる。引き剥がされた両者の想いがようやく実る、この瞬間の幸せに滾り、ベルベノが問えば、一転してアチェートは目を伏せ、「ただし……」と告げる。一瞬身構えるベルベノであったが……。

 

「自首して……罪を償ってからよ」

 

「……分かった」

 

アチェートが告げた条件に似た宣告に、ベルベノは大人しく首肯した。彼自身も分かってる。軽いものとは言え罪を犯し、囚われた牢獄から脱獄した。その贖罪からは、逃れてはいけない。

 

だが返答したベルベノの前に、アチェートは穏やかな笑みを浮かべながら左手を差し出せば、ベルベノは手にした指輪を彼女の左薬指にはめる。ただのおまじないのような、形式的なものであるが、二人が夫婦としての契りを躱すに至った瞬間だ。一気に会場は歓声に包まれる。

 

「素晴らしい!」

「はあ……?」

「ホント素敵!」

「感動しました!!」

「おめでとう!お二人さん!」

「ふっ」

「だってよ」

「ウム、あれこそ漢だ!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々も、状況が理解できないナツを除いて純粋に祝福を口にする。情熱的で感動的な、物語のような身分差の恋の成就。ずっと緊張感に包まれていた反動のように、大盛り上がりを見せている。

 

「二人の門出に拍手だ!」

 

その中でも一番興奮しているのでは、と思われるエルザが、会場に響く声で堂々と告げると、惜しみない拍手が二人に贈られる。参加者ほぼ全員の温かい拍手を浴びる二人は手を繋ぎながら、照れたように、だが幸せそうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それから十数分ほどで、通報を受けた評議院が到着。ベルベノに一切の抵抗の意思はなく、大人しく両手を縛につかれた彼はそのまま連行されて会場の外へと伴われる。連れて行かれる直前、見送る一同に混じるアチェートの前で一度立ち止まったベルベノは一言伝えた。

 

「じゃあ行ってくる」

 

「待っています、必ず……」

 

「ああ、オレも必ず迎えに来る」

 

短いやり取り。引き離された期間と、この先に来る牢獄の中での時間と比べれば、埋めるにはあまりに微々たるもの。恐らく罪を償いきるには1年や2年じゃ足らぬだろう。しかし彼らに悲壮感はない。辿る道が違っても、訪れるだろう共に過ごす未来の為に、それぞれ前を向いて進む。そう信じているから。会場を後にし、評議院に連れていかれるその背中から、ベルベノの胸中が伺えた気がした。

 

余談だが、ベルベノを捕らえることは結果的に出来たものの、この場で唯一ベルベノとアチェートの結婚を認めていないバルサミコ伯爵が、怒り心頭となりながら報酬の支払いを撤回。家賃に一番苦しんでいたルーシィはその返答に泣き崩れた。

 

「よし!今宵はアチェート殿の幸せを願い、踊り明かそうではないか!!」

 

『おおーーーっ!!!』

 

そして予定ではすでに終了したはずだった舞踏会は、再び換装で男装姿になり、アチェートのダンスの相手を引き受けたエルザの号令で延長再開。ただ単にエルザがよりダンスをしたかっただけな気もするが、乗り気である他の参加者からは野暮な意見は出てこない。

 

「ん~~っ!色々あったが、雨降って地固まる、かな」

 

「シエル、大活躍だったね」

 

各々がペアを組んでダンスを繰り広げる中、一件落着を悟ったシエルが腕を突き上げながら伸びをして、そうぼやく。そんな彼に近づきながら、名推理を繰り広げたシエルをウェンディが労わった。

 

「ところで、シエルは気付いてたの?アチェートさんがベルベノさんと知り合いだったり、その……好き、だったこと……」

 

「まあ、ね。何となくそうじゃないかなって」

 

最初にシエルが違和感を覚えたのは依頼の説明の時。伯爵からの経緯を終え、改めて引き受けて(主にルーシィが)張り切っていた際に浮かべていた、アチェートの表情。そこから隙を見てはアチェートの様子を窺ってみれば、彼女がベルベノに対して嫌悪や恐怖と言った負の感情が一切なく、どちらかと言えば彼の身を案じるかのような表情が主に見られた。

 

事前に調べていたベルベノの経歴、及びベルベノが現れてからは指輪の獲得と、ナツたちに対する迎撃にのみ魔法を使った事、全ての違和感を点で繋ぎ止めた結果、辻褄の合う真実を突き止めた。

 

「アチェートさん自身は控え目っぽいけど、代わりに表情でよく語ってたな。父親の伯爵がああだったから、そうならざるを得なかったってとこだろうけど」

 

「ホントに凄いね……私なんて、全然気づけなかったのに……」

 

身分のつり合う者たちのみを集め、そこから婿を選ぼうとした伯爵と、幼き頃からの想いを捨てられず、一途にただ一人を待っていた娘。父に言われるがままで自身の想いすら蓋をしようとしたのだろう。その結果が、自分の心に背き続ける、しおらしい令嬢を作り上げた。この一件が無かったら、恐らくアチェートは一生自分の心に嘘を吐いたまま過ごしていたのやも。

 

「まあ、それも少しずつ変わっていくかもな」

 

「……そうだね!」

 

幸せに満ち溢れた表情で、エルザと踊る一人の女性。その左薬指に着けられた大きいルビーの指輪は、彼女の美しさに負けない輝きを放つ。最初に目にした時から、一番輝かしい彼女の姿を見て、この先のアチェートの幸せな人生を予感した二人は笑みを向け合った。

 

「ところで……ペルさん、何があったのかな……?」

 

「ああ……何となくでしか分かんないけど、今まさに大変な目にあってるな……」

 

唐突にウェンディが呟いた疑問。その指さす方へと目を向けると、先程から代わる代わる女性とのダンスに追われ、心なしか疲労感が表情に現れている。騒ぎの起こる前後で囲まれた相手との対応を、律義にこなしていたのだろう。妙なところで真面目なのはやはり兄弟だとシエルは胸中で独り言ちた。

 

と、そこでシエルははたと気付いた。仕事に集中することと、隣の少女のドレスコートが個人的に眩しすぎて、中々慣れるのに時間がかかったが、こうして今、普段通りに会話できている今なら……。

 

「ウェンディ」

 

徐に名前を呼ばれた少女は、相槌を零しながらシエルへと振り向く。その瞬間、シエルはその場で片膝をつき、左手は自分の胸元に、そして右掌をウェンディの方へと差し出す。

 

Shall we dance(踊っていただけますか)?」

 

「……!……I’d love to(よろこんで)

 

数日の間に身に着けたソシアルダンスの儀礼を活かして誘うシエルに、ウェンディは微かに頬を染めて目を瞬かせながらも、その手を取って答えた。

 

そして空いた一つの舞台装置に二人で乗り、ダンスを踊り出す。音と合わせて、息を合わせて、ゆったりと足を、時には腕を、子供同士とは思えない優雅なダンスは、会場にいる数人の参加客の目も奪うほど。

 

そして何よりも、日も跨ぎ、夜も更けた時間である事も忘れ、ただただ共に踊る時間を楽しむ二人の顔は、輝かしいものとなっていた。




次回予告

「ああっ!!これって!!」

「お守り……?」

「さて、どこから話したもんかな……」

「そんなに大事なものだったなら、どうして無くしたと思ったのよ?」

「1年前……正確には8年前ぐらいになる……」

次回『シエルとお守り鍵』

「シエル!止まってるよ!?」

「あんたも止まってどうすんの!」

「「シャルル!!」」
「はっ!?な、何よ!?」
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