FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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約二ヶ月ぶりの更新。お待たせして申し訳ありません…。
実を言うと本来なら10月半ばごろの更新を目指していたのですが間に合わず…そして今の今まで昼夜問わずミアレシティと言う半無法地帯と化した大都市を駆け巡った時間を取り返しておりました。←

後もう一つ。実は今回の話、元々は一話完結の予定だったんですが…話が段々膨らみ出してきたので二話分に変更となります!行き当たりばったりが過ぎるぅ!w



最後にもう一つ関係ないですが、とうとうswitch2当たりまして明日ぐらいに届きそうです!つまり……まーた次回の更新遅くなりますってことで←おいコラ


第146話 シエルとお守り鍵

ファルシー家のとある一室。一階にあるいくつもの部屋スペースが並ぶその一室は、今は物置部屋となっている。だがそれもこれからは別。新たに引っ越してきたウェンディとシャルルが使用する個別の部屋として使う為、整理と移動をする必要がある。

 

整理し始めた頃は、経年劣化した地図やメモ書き、とっておいた魔物や動物の素材、鍛練用と思われる木剣や棍などが詰め込まれていたが、数日かけて行った断捨離のおかげで、あと一息と言うところまで進められた。

 

「さて……あとは本類を残すのみかな」

 

「そ、そうだね……本だけ、だね……」

 

整理を進めているその部屋に今いるのは、この部屋の住人になる予定のウェンディとシャルル、そして元からの住人であるシエルの三人。大詰めに差し掛かったと若干やる気を見せるシエルに対し、何故か苦笑気味に歯切れ悪く呟くウェンディ。その理由は……。

 

「その本類が……何でこんなにあんのよ!?」

 

シャルルが思わず声を張り上げるほどの数量。両手で抱えねば持てないほどの大きさの箱に、これでもかと詰められた数量の本。それが最低でも10箱。のみならず天井にまで達しそうな巨大な本棚が三つもあり、そのどれもが既に満席。所狭しとジャンル問わずと言った本の山である。

 

「ずーっと昔から読んでいたものとか、マグノリア(こっち)来てから買ったものとか……あとレビィから貰ったものとかがほとんどだな」

 

「そう言えばレビィさんの部屋も本だらけだったね……」

 

「そりゃあそこと比べれば見劣りするけど、それでも常軌を逸してるわよ……」

 

女子寮に住んでいて部屋の至る所が本で埋め尽くされていて、寮の図書館と呼べるまでになっている文学少女の部屋を思い出しながら、ウェンディたちはどこか納得する。彼女自身、溜め込んで溢れ出しそうな本を他の寮生やシエルなどの読書家に譲っているので、その一部も混ざっているそうだ。

 

「いらなくなった本を捨てたりとかはしないの?」

 

「それは……なんか、どうにも捨てたくなくって……」

 

シャルルに指摘されたことに関して、気まずそうに目を逸らして口ごもりながら答えるシエルに再びシャルルは呆れた。本類に対してだけ断捨離が苦手な人間が言いそうな理由を挙げたことに対してのものだろう。

 

「取り敢えず、一回本棚に入ってる本を取り出して棚も動かさないと」

 

「この量を……気が遠くなりそう……」

 

「が、頑張ろ!シャルル!」

 

掃除の為に本棚ごと移動させる必要があるので、手分けして本棚に入っている本たちを空き箱に詰め込んでいく作業を開始する。戻す時にグチャグチャにならないよう、順番にも気を配ってだ。すると、取り出した数冊の内の一冊の魔導書が目に映った。

 

「お、これ懐かしいな」

 

魔法を習い始めた頃に読んでいたものであり、初歩以上の魔法が100に及ぶほど記されている。シエルは結局どれも扱えはしなかったが、懐古の念が湧き上がった彼は思わずそれを開いて読み始めた。かつては何度も理論から使い方を身につけようと躍起になって、試行錯誤を繰り返したことを思い返しながら、ページを捲っていく。

 

「シエル!止まってるよ!?」

 

「あ!ごめんごめん、つい……」

 

数分ぐらい続けていたシエルは、横からウェンディに声をかけられると肩を跳ねさせた。すっかり意識を持って行かれたことに気付いて、手に持っていた本を箱にしまいながら謝罪を告げる。いけないいけない。今は整理に集中しなければと、再び作業を再開した。

 

それから数分。ウェンディが棚の後半に差し掛かったところで、ふと表紙に目を落とすと思わずその手を止めた。

 

「(これ、小説?へぇ~冒険譚……)」

 

魔法に関する本や雑誌のみならず、物語ものも多いシエルの私物。その内の冒険譚と言うジャンルに少し惹かれたウェンディはその本を開くと、冒頭に目を通し始める。読み出しから興味を惹かれる内容に、黙々と彼女は文字を追い、ページを捲り出す。

 

「あんたも止まってどうすんの!」

 

「ひゃ!?ちち違うの、これは……!」

 

3回目のページめくりを終えた直後、彼女の背後に立ったシャルルが声を張り上げる。気付けば冒険譚にのめり込んでいた意識を引っ張り上げられ、肩を大きく跳ねながら振り向いたウェンディは言い訳のように弁明し出す。傍で見ていたシエルはと言うと、彼女が手に持つ本の表紙を見て合点がいったのか、苦笑混じりに声をあげた。

 

「それ、俺もお気に入りなんだ。良かったら整理した後、読むといいよ」

 

「いいの?」

 

「まずは片付けが先でしょ!このままじゃ終わらないじゃない!」

 

持ち主の許可を得て、期待に満ちた輝かしい笑みを浮かべたウェンディであったが、二度に渡る作業中断で業を煮やしたシャルルが注意して進めさせる。今度こそスムーズに終わらせようと、三人は再び棚の整理を行う。

 

小説、魔導書、辞書、絵本、専門書、文献、雑誌……ありとあらゆる種別の本をとっては箱に詰め、とっては箱に詰め……シエルもウェンディも今の箱がいっぱいになったタイミングで一度外に出そうと手に持ち、抱え上げて振り向いた。

 

それと同時に、スペースにまだ余裕がありそうな箱に座って雑誌を読みふけるシャルルの姿が目に付いた。

 

「「シャルル!!」」

「はっ!?な、何よ!?」

 

10年以上前に刊行された週刊ソーサラーを、何やら真剣な表情で見ていた白ネコに、思わず二人揃って彼女の名を叫んだことで、我に帰った当人(猫?)は慌てふためき始めた。

 

「シャルルだって人の事言えないじゃない!!」

 

「しかも美人モデル魔導士が写ってる特集ページ……そーゆー趣味だったのか……」

 

「誤解を招く言い方しないでちょうだい!あくまで服!服が気になったってだけで!!」

 

結局同じ末路を辿った親友兼相棒に文句を叫んで詰め寄るウェンディからバツが悪そうに目を背け、シャルルが読んでいたページに写っていた被写体から当時の特集を思い出したシエルがどこか怪訝な目を向けながらぼやくと打って変わって反論を叫ぶ。何も知らないと美人の女性魔導士に対して何かしらの感情を覚えているようにしか見えない。当然誤解だが。

 

「あーもう!埒が明かないわ!一気に引っこ抜けばいいじゃない!!」

 

「ちょっ待ってシャルル!それは危な……!!」

 

二人の責めるような目と剣幕に焦り、シャルルが本棚の本を可能な限り持って引き抜こうとする。しかし力任せに引っ張ろうと(エーラ)まで使ったのが良くなかった。摩擦で引っかかった本たちは中途半端に止まったまま。そして勢いのまま本棚が大きく傾き始め、シャルルの方……そして距離としては近かったシエルたちへと倒れ始める。

 

「「あっ!!」」

 

咄嗟の出来事で身構える余裕もないまま、本棚は三人を巻き込んで倒れ、衝撃で残っていた本が散らばった。悲鳴を上げながら本棚の下敷きになってしまう三人と、大きな音を立てて散らかる本棚と本。そして本棚の上に置かれていたであろう小物入れの箱も中身をぶちまけられてしまった。

 

「うぐぅ……二人とも、大丈夫?」

「な、何とか……」

「もー!シャルルのせいだよぉ!!」

「わ、悪かったわよ!!」

 

決して軽いとは言えない衝撃による痛みと重みで呻きながらも、大事には至らなかったようで三人は本棚の下にいながらもどうにか体勢を立て直す。放っておくとケンカになりそうな少女と白ネコの間を取りながら、シエルは周囲を見渡す。整理していたはずが、余計に取っ散らかってしまった事で、落胆の溜息を思わずついてしまう。

 

「あっちゃ~本以外まで散らばって……え?」

 

しかし沈んだいた気分も吹き飛ぶほどの衝撃が、シエルに起きた。彼の視線の先。足元に落ちていた鈍色に光るそれを見た瞬間、大きく目と口を開いて息を取りこみ、感情のあまりに声をあげた。

 

「ああっ!!これって!!」

 

急な大声に驚くウェンディとシャルルは、シエルが拾いあげたその光の正体に目を向ける。シエルが持つ手によって全貌は明らかになっていないが、先端らしきものが見えているので、鍵のようなものとは判断できる。何の鍵なのかを尋ねるより先に、ドタドタと付きそうな音が部屋の外から聞こえ、だんだん大きくなっていくと、慌てた様相を浮かべながらペルセウスが部屋へと入ってきた。

 

「大丈夫か!?何があった!!」

 

「兄さん!見てこれ、ほら!!“お守り鍵”!!見つかった!!」

 

突然の大きな音に様子を見に来たと思われる兄に、気付いたシエルが喜びと興奮を隠せない様子で掲げ見せる。手に持っていたのは持ち手に星座が記された銀色の鍵だ。首から下げる為なのか、紐が通されている。シエルの言葉と、彼が持つ鍵を認識したペルセウスの顔にも、衝撃が浮かぶ。

 

「お守り……?」

 

「どう言う事……?」

 

一方で要領を得ないまま“お守り”と言う単語に首を傾げるウェンディたち。説明をしてほしいというのが本音だが、兄弟の様相はただ事ではなく、とても聞けるような雰囲気ではない。

 

「落として無くしたと思ってたのに、まさかこんなところで……見つかるなんて……!」

 

掲げていた鍵を胸元に持っていきながら、今にも涙が出そうな微かに震えた声で大事に抱えるシエル。お守り、と言うからには余程大事なものだったのだろう。過去に無くしたと思っていたものが、物置部屋で見つかった奇跡。当人にとってはこれほど喜ばしいことはないと言っても過言ではないだろう。

 

「……そうだった……ここだったか……」

 

「兄さん?」

 

対して、弟の失せ者が見つかったにしては、深刻そうに顔を歪めて俯くペルセウス。どこか妙な反応を示した兄に、反射的に見上げながら伺うも、口を閉ざしてどこか横に目を向けて……否、逸らしているような……。

 

そんなシエルの後ろから、彼の手に持っていた鍵をよく見たウェンディは、その鍵の正体について既視感を感じた。と言うよりも、見た事があった。常日頃から行動を共にすることの多い、仲間の一人が持っていたものに酷似している。

 

「ねえシエル?その鍵って、ルーシィさんが持ってるものと似てるよね?って事は……」

 

「うん、お察しの通り、星霊の鍵だよ。昔兄さんが土産でプレゼントしてくれた……俺にとってのお守りであり、原点……」

 

問われたシエルが答えながら、握っていた手を広げて見せてみる。それは確かに、ルーシィがいくつも持っている星霊を呼び出す為の鍵。銀色の鍵は黄道十二門と違い、複数体の種類がいる星霊に対応したものだ。だが何故それがシエルのお守りなのか?尋ねようとしたところで、ペルセウスが提案した。

 

「折角だし、少し休憩したらどうだ?そのついでで、ウェンディたちにも話す方がいいだろう」

 

「それもそうだね」

 

落ち着いて話をするにしても、余計に散らかってしまった部屋でするには落ち着かない。このままにするのは忍びないだろうが、各々頭の整理が必要だ。ペルセウスからの提案は願ってもない事であった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一同は部屋を後にし、食卓の席に移動。ペルセウスが用意していた紅茶を人数分淹れ終わり、各々の元へと持っていく。礼を告げながら全員が受け取ったのを確認したペルセウスも自身の定位置となる席に座った。

 

「さて、どこから話したもんかな……」

 

言いながら向けた視線の先にあるのは、4人が座る席の、ちょうど中心に置かれた銀色に輝く鍵。シエルがお守り鍵と呼び、大事にしていたらしいそれについて、どの時点からの事を話すと手頃なのか、記憶を思い返しながら探っていく兄を横目に、シエルはウェンディたちに問う。

 

「ウェンディたちには、俺がいつ頃にギルドに入ったかって話はもうしてたっけ?」

 

「うん、確か3年ぐらい前、だよね?」

 

「正確に言うと10年前……それも異例の仮加入だったって言うのは聞いたわ」

 

ウェンディたちがギルドに加入してから今までの期間で、思い出話のように聞いていたシエルが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入した経緯。以前兄がいたギルド……闇ギルドを壊滅させた後、マカロフに兄弟共々拾われた。直後に兄のペルセウスがギルドに加入し、2年の療養で回復したシエルが遅れるように加わった。ただし体調面を考慮して、単独での行動を制限された仮加入ではあったが。

 

「じゃあちょうどその辺りからがベストだな。ギルダーツが100年クエストに旅立ってから、一ヶ月経つか経たないかぐらいの時期だった。ポーリュシカ先生……ギルド専属の医者にあたる人のトコで療養していたシエルが、健康体になって、初めてギルドに連れて行った」

 

 

 

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X781年。まだ木造製だった妖精の尻尾(フェアリーテイル)に、初めて足を踏み入れた齢11のシエルは、夢にまで見た初めての魔導士ギルドを目にし、目を輝かせ、頬を紅潮させ、呆然となっていた。

 

「これが今の俺の……そしてナツたちの(ギルド)妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ」

 

「ゆ、夢じゃないよね……!ずっと、ずーっと……憧れてた場所に、自分の足で……!」

 

物心ついた時から自由の利かない、弱い体を抱えて自らの意思で動くこともままならなかった少年は、二年もの間世話になったポーリュシカの療養の甲斐あって、健康そのものと言える体を駆使し、外の世界を自由に歩き回れる機会を得た。そして兄への懇願の末、ついに憧れていた魔導士たちの集まる場所……兄とその家族の話で聞いた家同然のギルドへと連れてきてもらったのだ。

 

「よおシエル!来たか!!」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)へようこそ~!」

「いらっしゃい!身体は大丈夫?」

 

「ナツにハッピー、リサーナ!お邪魔してます!」

 

兄に並んでギルドホームに入ったシエルを最初に迎えたのは、ペルセウスから話を耳にしていた為、入り口の近くで待っていたナツ、ハッピー、リサーナと言った療養時代からの顔なじみ。いつも病床で横になる時でしか言葉を交わせなかった者たちと、同じように立ちながら話をすることが出来る。細やかながらも憧れていた光景に、遂に自分が足を踏み入れたことに、内心感動を覚える。

 

「すっかり元気になったんだね!よかった!」

 

「はい、おかげさまで!」

 

覗き込むように顔色を見て、かつしっかりとした表情と立ち振る舞いから、今までの病弱な様子を見せていた彼とは打って変わり、容態が良好であることを察したリサーナが笑みを浮かべて言う。

 

「シエルか?よく来たな」

 

「エルザさん!ようやくここに来ることが出来ました!!」

 

「ああ、本当によく頑張ったな、歓迎するぞ」

 

リサーナたちとの談笑を聞きつけたのか、近付いてきたのは更なる顔なじみであったエルザ。長い間訪れる事すら叶わなかったギルドへの初訪問に喜びを示す少年を、柔らかく笑みを向けながら労う。その後は入り口の周辺でペルセウスが連れてきた彼に似た少年を初めて目にした者たちが、興味本位から続々と集まり出したので、ペルセウスと並んで立ちながら紹介することに。

 

「話には何回か出したと思うが、紹介しよう。俺の弟のシエルだ」

 

「初めまして!兄がいつもお世話になっております。いつも兄から、皆さんのお話を伺っていて、ずっとお会いしたいと思っていました!!これから、よろしくお願いします!!」

 

興奮未だ冷めやらぬ状態で、溌剌と声を張って自己紹介をするシエル。最後に姿勢を正して勢い良く頭を下げるその姿からは、普段からの礼儀正しさと子供特有の元気の良さが伺える。

 

「へぇ~あれがペルの弟か」

「顔は似てるが、中身は正反対っぽいな」

「つか、ホントにあいつの弟か?あんまりにもいい子ちゃんすぎだろ……」

「いや、そりゃ確かにペルと色々違うけどさ……」

 

そんな少年のファーストコンタクトに対する印象はと言うと、大体の者たちが感じたのは兄との乖離性。初対面がぶっきらぼうで他人を寄せ付けない態度、並びに礼儀など当時は一切感じさせなかったペルセウスの記憶が根付いている彼にとって、そんな彼と血の繋がりがある弟の極端に違う姿は、見た目を抜きにすれば別人と言っていい程だ。

 

「……何か失礼な事言ってる奴らがチラホラいんな……」

 

「けど、悪い人たちじゃないのはよく分かるよ」

 

そんな耳に入った内容に、眉根をヒクつかせながら不服そうにペルセウスがぼやく。それに対してフォローのつもりか、はたまた本心か、シエルが彼らから悪気を感じない事を伝える。

 

その後は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々からの質問攻め。僅か二年の在籍期間ながら多方面で活躍を耳にするペルセウスの肉親であるだけでも、彼らの興味は強く向けられる。シエル本人も一つ一つ丁寧に答えていたが、いくつ目かの質問で……。

 

「なあなあ、お前はなんか魔法使えるのか?兄貴がペルだし、弟もすげぇの使えたりとか……」

 

「あ、いえ、それは……」

 

一人の魔導士がシエルに尋ねてきたのは使用できる魔法。ペルセウスと言う兄が、神器の換装魔法と言うギルド内どころか大陸中の魔導士の中でも唯一と言っていい力を持っているのだ。弟ももしかして?と考えるのも無理はない。しかし彼に返せたのは歯切れの悪い声のみ。

 

「シエルはそもそも魔力が希薄なんだ。何故かそこは俺に似るどころか、正反対になっちまってな……魔法も使ったことがない」

 

「そーなのか?兄弟でもそこまで違うのか……」

 

兄が変わるように答えたのはシエルの生まれながらの体質にしてコンプレックス。抱えている魔力の量が平凡的な魔導士はおろか、魔法を使えない一般人よりも低いために魔法を扱えたことがないという。血の繋がった兄弟にしては珍しい差に、尋ねた魔導士も意外と言いたげに面食らう。

 

「けど、シエルはお兄ちゃんのペルみたいに、凄い魔導士になるのが夢なのよね!」

 

「はい!そうなんです!!だから、これからいっぱい魔法の勉強と練習をしていきたいんです!!」

 

出来れば気にしたくない事実を指摘され、顔を暗くしていたシエルをフォローするようにリサーナが声をかける。今すぐは無理だろうが、容態が良くなった今ならば思い思いに魔法を覚えて鍛えることが出来る。見据える将来に希望と胸を膨らませながら、元気を取り戻したシエルも一層の張り切りを見せた。

 

「そりゃあいい。どんな魔法を使いたいとか、あるのか?」

 

「星霊魔法です!所持(ホルダー)系の魔法で、扱うには世界中にいくつもある星霊の鍵が必要で……あ、星霊の鍵はお店でも取り扱っているところがあるんですけど、それのほとんどが銀色の鍵で、12種類1本ずつしかない超貴重な金色の鍵は黄道十二門って言われている、強力な星霊を呼び出すことが出来て、星霊一体一体に色んな能力が備わっているので時と場合に備えて瞬時に召喚する技術が求められる……あ、そうだ!金と銀の他にも、黒い鍵が存在してるって噂があって、その星霊が……!!」

 

「わ、分かった分かった、星霊魔法って言うのを覚えたいってんだろ?十分伝わった……」

 

張り切りすぎて、ワカバから問われた質問に対してマシンガントークで語り続けてしまうシエル。周囲にいて囲みながら興味を抱いていた他の魔導士たちが、絶句して若干一歩引きかけるほどには星霊魔法への熱量にあてられた。唯一普通通りにいたのは療養時代から時として見られるマシンガントークになれている顔馴染みぐらいだ。その内の一人であるエルザは、冷静にシエルからの話を聞いてあることを思い出していた。

 

「召喚系の魔法か……鍵は店でも売っているのだったな?この街の魔道具店でも並んでいるかもしれんぞ」

 

「ホントですか!?見に行きたい!!」

 

100年近くと言う長い年月の間、妖精の尻尾(フェアリーテイル)が居として構える街であるマグノリアは、当然時の流れに伴って魔法に関する店も増えている。中には住民向け……主に街で育った子供向けに、簡素ながらも魔道具を取り扱っている店もある。何度かその店に訪れたことがあるエルザの提案に食いつき、目を輝かせながらシエルが懇願。善は急げと言う勢いのまま、案内役のエルザを始めとして数人の付き添いの下、その魔道具屋に向かった。

 

だが、結果を言うと全滅。店に売られているはずだった銀色の鍵さえ、取り扱われてはいなかった。店を後にして外に出たシエルの表情は、燦々の日が差し込む空とは対極の曇天の如き暗さを帯びている。

 

「そう落ち込むな、ここには無かったが別の街にならあるはずだ」

 

「仕事で外に行くこともあるし、私が買ってくるよ?」

 

「……うん……」

 

魔法も扱えない子供であるシエルが、街の外まで星霊の鍵を求めに出向くのは危険すぎる。ギルドの魔導士が遠出の際に鍵が見つからないか見てくれるという約束を交わしてくれたことで、多少の気は晴れたようだが、やはりと言うべきか期待が高かった分の落ち込みようは筆舌に尽くしがたい。

 

それでも、ギルドで魔導士たちに魔法の事について教わりながら数日過ごしていたシエル。鍵が店で見つからなかった事へのショックからもすっかり立ち直った頃……仕事で数日の間外に出ていた兄ペルセウスがギルドへと戻ってきた。

 

「兄さん、お帰りなさい!」

 

ギルド(こっち)にいたのか、シエル。ただいま。丁度良かった、土産があるぞ」

 

晴れやかな表情で駆け寄ってきたシエルに笑みを向けながら、ペルセウスは持っていた道具袋からその土産を取り出した。持ち手に星座の刻印が記された、銀色に輝く鍵を目にした瞬間、シエルは大きく目を見開いて「それってまさか!?」と声を思わず張り上げた。

 

「仕事先の魔法屋を覗いてみたら、ちょうど並んでいた。これだろ?星霊の鍵って言うのは」

 

「うん!この星座は……羅針盤座だ!間違いない!ありがとう、兄さん!!」

 

初めて目にした本物の星霊の鍵。持ち手に刻まれた星座からどのような星霊と契約を結べる鍵なのかをすぐさま判別したシエルは、早速書物から読んでいた通りに、星霊の召喚を行おうと準備する。星霊魔法の使い手は、ギルドの中でもいそうでいなかった。初めてその目にする者も多い。興味本位で遠目から、近くからシエルを囲んでその様子を見守る視線を受けながら、シエルは一つ深呼吸をしてから唱えた。

 

「我、星霊界との道をつなぐ者…汝、その呼びかけに応え、(ゲート)を潜れ!」

 

内側に眠っているはずの魔力の流れを呼び起こしながら、右手に持った鍵を前方へ突き出し口上を叫ぶ。内側に宿る魔力の流れを、右腕へ、そして右手の先にある銀色の鍵へ。行きついたのを感じたシエルは、夢にまで見た最後の仕上げを口に出した。

 

「開け、羅針盤座の扉!『ピクシス』!!」

 

魔力を宿した鍵と、口上によって人間界と星霊界を繋ぐ(ゲート)が一時的に開かれ、それを通って呼ばれた星霊がこちらの世界に顕現する……はずだった。鍵からは何の反応もなく、ただただ静寂がギルドの中に漂うのみ。

 

「……何も起こんねーぞ?」

「失敗か?まあ、一発目だし……」

 

「あ、あれ?口上間違えた?えっと……開け羅針盤座の扉!それとも星霊ごとに違う?羅針盤座だから……」

 

一切の反応が無いことにナツやグレイが首を傾げるのを見て、シエルの顔にも焦りが見え始める。こんなはずでは。何か不足していることがあるのだろうかと、口上の一部を「指し示せ」、「導け」、「切り開け」などの羅針盤要素を交えたものと共に言い直すが、やはり一切の反応がない。周囲の反応も、うまくいっていないのは分かるが、何をどうすればいいのか分からない様子。

 

「う~む……」

 

「マスター……率直に、どう思う?」

 

遠目からシエルの様子を見ていたマスター・マカロフが唸るように声を絞り出す。それに気付いたペルセウスもまた、深刻そうな表情を浮かべて尋ねれば、しばし俯いていたマカロフは意を決したように顔を上げて答え始めた。

 

「鍵に宿っている魔力からの反応が感じられん。過去に会ったことのある星霊魔導士が扱っていた時と比べて、顕著な差がある」

 

長い年月を生きてきた老練たるマスターが、実際に会った事のある星霊魔導士との相違点を上げてみる。その魔導士が星霊を召喚した時は、持っていた鍵の魔力反応も感じられた。しかし今シエルが持っている鍵からはそれと同じ反応がない。鍵による違い……と言う訳でもなく、単純で非情な理由があった。

 

「非常に言いづらいがの……星霊魔法と言うものは、魔法の中でも特に使い手の資質に左右されるものじゃ……シエルには、星霊魔法の適性がない。こればかりは、鍛練で身につくものでもないのう……」

 

星霊魔法の適性がない。長きに渡り憧れ、志していた道に、そのスタート地点に立つことすら許されない、と言ってもいい残酷な現実を、重苦しく語るマカロフの言葉に、少年は絶望を露わにした。子供に対して本来は伝えるべきではなかったかもしれないが、遅かれ早かれこの問題には向き合う必要があったこと思うと、今が最適な時期だろう。

 

そしてシエルは内向的ではあるが、知識を多く取り入れた聡明寄りの子供。憧れていた星霊魔法の習得が絶望的であることにショックを隠し切れないが、どう足掻いてもその現実が覆らない事は理解できた。しばし俯き押し黙っていたが、周囲からの心配の目を向けられながらもゆっくりと顔を上げた。

 

「そう、だよね……ちょっと考えたら分かった事だった……。何百年も前ならともかく、今の時代は相当の資質が備わっていないと、(ゲート)を開くことが出来ないって事は……」

 

著名の星霊魔導士なら何人もいるが、そもそも星霊魔導士の数がそこまで多いわけではない。所持(ホルダー)系の魔導士としては珍しく、余程の濃い血筋や、突然変異に近い才能を有していない限りは星霊と契約する資質が存在しない。残念ではあるが、こればかりは仕方ない。そう自分に言い聞かせながらも、シエルは希望を完全に捨ててはおらず、マカロフに問いかけた。

 

「星霊魔法を身に付けることは出来ない。でも、他の魔法なら僕も使えますよね?」

 

「そうじゃのう。確実に、と言う保証は出来ぬが、簡単な魔法から練習していけば徐々に身につくという事例もある。書庫の本を自由に貸してやるから、探してみるのもよかろう」

 

「ありがとうございます!!」

 

星霊魔法の習得は叶わない。だがシエルの根幹の夢は、兄ペルセウスのような立派な魔導士だ。星霊魔導士に固執しているわけではない。ギルドの書庫にあるであろう数多くの魔導書から探せば、シエルが覚えられる魔法もあるはず。希望が見え始めてきた少年の顔に光が戻ってきた。

 

「しかしそうなると参ったな……シエルへの土産のつもりだったのに、魔法として使えないとなると……」

 

一同が揃って安堵している最中、鍵を持ち帰ってきた兄が手を頭の後ろに持っていきながら零す。ギルドには他の星霊魔導士がいる訳でもなく、魔法としてシエルが持つ理由もない。しかし折角の土産が、言ってしまえば無駄なものになってしまう事を危惧した口ぶりに、兄弟揃って悩ましげに俯く。

 

「それなら簡単よ!」

 

そんな彼らの悩みを払拭するかのようにリサーナが手を叩きながら提案。どこかから取り出した細い鉄紐を鍵の持ち手についている小さい穴に通して、先端同士を結んでからシエルの首に紐の輪を通して提げさせた。

 

「これで良し!ペルがプレゼントしてくれた『お守り鍵』ってところね!」

 

「わぁ……!ありがとう、リサーナ!!兄さん!!」

 

魔道具としては使えずとも、アクセサリの一つとしてなら。そう言外に別の道を提示してくれたリサーナ、そして大切なお守りとなったがずっと求めていた品を渡してくれた兄へ喜びを浮かべながらお礼を告げる。

 

そして少年の目標は、まず魔法を一つでも習得することにシフトした。身体に宿る少ない魔力でも扱える魔法。あるいはシエルの適性に合っているものを、虱潰しに探していく日々が始まった。書物から探すことも勿論だが、ギルドの魔導士たちにも別方面から協力を仰いだ。

 

「どうせなら強ェ魔法使える方が良いんじゃねーの!?滅竜魔法教えてやろーか!?」

「出来るの!?」

 

いの一番に教えようとしてきたのがナツ。親である(ドラゴン)から教わった滅竜魔法を教えようと意気込んでいる。しかしこれは適性の有無以前に、ナツの教え方が感覚派向きすぎて結局シエルは何も分からずに終わった。

 

「ねえねえ、今度は私の魔法を覚えてみない?」

「何でもやってみせる!お願いします!」

 

次にリサーナ。接収(テイクオーバー)は種類こそ異なるが根本としては同じ分類。教え方についても問題らしいものはなかったのだが、気になるところが生じたシエルの質問がリサーナにとっては難解もので、彼女の脳が先に音をあげた。印象に似合わず勉強嫌いなリサーナには厳しかった。

 

「いいか?魔法を扱うにあたってまず大事なのは……」

「エルザ先生、そこちょっと違います」

「なぬ!?……よ、よくぞ見破った!!」

 

次に教えようと名乗り出たのはエルザ。過去には読み書きやギルドのルールが曖昧だったナツにスパルタで教鞭をとった経験もある彼女。トラウマを刺激されて青ざめているナツをよそに、シエルは礼儀正しく座って講義を聞いていたと思いきや、講義用のボードに書かれた間違った箇所を逆に訂正。それが何回か続いた後、顔中に冷や汗を浮かべたエルザが「よくぞここまで成長した。お前に教えることは、もう何もない」と半ば強制終了した。

 

「何も教えれてねーじゃん」と周囲の魔導士たちは心の中でぼやいたが、それを口に出せたのは唯一エルザに恐れず半目でツッコんだペルセウスのみだった。しばらく彼は周囲から畏怖の目を向けられた。

 

「造形魔法をどうやって覚えたか?えっと……まずは服を脱グハッ!?」

「弟に変なこと教えんじゃねぇ!!!」

 

流れから次にグレイを尋ねた……のだが結局彼からも何も学べなかった。一番最初に教えようとしたことが自分と同様の露出魔に仕立て上げようとする変態行為だったので兄のストップがかかった為である。ただグレイの名誉のために記すと、至って彼は大真面目に、師匠であるウルから教わった方法と同じやり方を伝授しようとしただけである。

 

ある日はギルドの先達から、ある日はギルドや街中で見つけた書物から、自分が扱える魔法を探していく。気付けば一週間、一ヶ月と、時の流れは思う以上の速さで過ぎていった。

 

 

 

しかし、時間の流れに反して、シエルが習得出来た魔法は、何一つ存在しなかった……。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

シエルがギルドを訪れてから半年。今日も彼は書庫にある魔導書を読み漁り、己にも扱える魔法を探す。内包されてる魔力の向上も怠っていないが、それでも今シエルが少しでも使える魔法は基本的なものさえ見つかっていない。

 

「これもダメ……!くそっ!!」

 

肘と膝をついた体勢で、眼下に一つの魔導書を、周囲にはその書に描かれていたであろう魔法陣が手描きされた何十枚もの紙。ここまでの準備を行いながらも何一つ兆しすら起きない状況に、何回目になるだろう苛立ちを露わにする。

 

いくつの魔法を試したことか。いくつの魔導書を読み漁ったことか。初歩の初歩から試したというのにそれすら扱える兆しも出ない。日によっては徹夜さえしてしまうほど魔法の習得に躍起になっている姿は、絶望と怒り、悲痛と言った負の感情が混じった表情も相まっていつか壊れかねない、と傍から見た者は何度も思った事だろう。

 

既に半年の間、何人もシエルの身体を慮って魔法を諦めさせようと諭した者もいたが、こればかりは兄を含めて誰の言葉も聞き入れず、止めることをしなかった。次第にこれ以上引き留めようとする者はいなくなった。

 

『一度区切りにした方がいい。根を詰めてもいい結果は得られないぞ?』

『大丈夫?あんまり無茶したらダメよ……?』

『本ばっかじゃなくてよぉ、身体も動かしてみたらどうだ?』

『なあ……その、何だ……何か食いたいものあるか?奢ってやるよ』

『お前がそうまでして叶えたい望みなら、私からは何も言わん。だが、辛くなったら仲間を頼るんだぞ』

 

日に日にやつれていくように見えたのか、親交の深い者たちからかけられた言葉が頭の中で反芻される。彼らに心配をかけさせ、己の身体を酷使させてなお、望んだ結果は一切得られない。幼い頃に兄から親と共に医師から聞いた……そしてマスター・マカロフからも断言された、己の希薄な魔力体質。

 

「(俺には……無理なの……?どれだけ探しても、見つからなかった……身に付けられなかった……!もう、いっそ……)」

 

生まれた時から決めつけられた、兄とは真反対の宿命。半年の研鑽も芽すら出ない。残酷で非情な現実を突きつけられたシエルの心は、最早ひび割れ、崩れ始めている。幼い頃から培った知識と、募らせ続けた憧れですら、覆しきれないそれを前に、目を閉じて俯き、そのまま心さえ閉ざそうとした。

 

 

 

虚ろになりかけた目を開いた時、視界の端の方で見えた銀色の光に気付いた。首から提げていた銀の鍵。自分にとっては魔法を学び始めた原点。魔法に憧れ、兄が持ち帰り、そして姉同然の存在がお守りとしてくれた、心の支え。幾度となく折れかけた心を持ち直してくれた存在。

 

キラリと鈍色に光るその鍵を、右手で握り直しながらかつての自分の想いを振り返る。もう一度目を固く閉じて開き直したその瞳には、失いかけた光が灯される。

 

「そうだ……まだ、諦めるもんか……!!」

 

一層の奮起をし、再び少年は動き始める。読んでいた魔導書の次のページを開き、その魔法について黙読を始める。かつては大人数で、膨大な魔力と引き換えに発動していたと記されている儀式魔法。人智を越えた力、そしてその作用。理論上では単独で行使するようなものとして編み出された魔法ではない。

 

「(そう、理論上なら……けど他の儀式魔法と同じように……!)」

 

これまでに記されていた儀式魔法から、シエルはとある共通項に辿り着いていた。記されていた魔法の使い方、使用されている魔力、そして儀式の際の配置。本来は多人数で行うべきである魔力の練り上げと発動を、シエルの極論では同じ位置に刻まれた、同じ魔法陣で代用できること。

 

魔法を覚えようと魔法の感覚を学ぶにつれ、シエルは空気中に存在するエーテルナノを感じ取り、次第に操作する感覚を覚えた。形としての顕現は未だに出来た(ためし)はないが、既に描かれた魔法陣の紙にエーテルナノを微小ずつ送り込めば、作用するはず。

 

呼吸を一拍置き、眼を閉じて、耳を塞いで周囲へと意識を向ける。肌の感覚を研ぎ澄ませ、空気中に点在するエーテルへと集中。流れを掴んでそのまま少しずつ、指定された位置にある魔法陣へと送りこんでいく。そして送り込まれた魔力が作用し、紙に描かれた魔法陣が光り出した。

 

感覚的にそれを掴んだシエルは、円を描く形で更に魔力を操作。そして徐々に、中央に座る自分の身体へとゆっくり、ゆっくり集めていく。近い魔力ほどよりゆっくり、遠い魔力は気持ち早く。集まった際に全てが同時に辿り着くように。次第に魔力たちが合流を果たし、シエルの元へ、一か所に集った。

 

 

 

 

 

その瞬間、操作していた魔力が揺らぎ、空気を震わせるそれへと変化した。

 

「……!?今の……わっ!?」

 

確かに起こったその変化に目を見開いた次の瞬間、巻き上がった突風に自分の体さえ留めておけず、書庫の中に旋風が舞い上がる。散りばめていた紙も、広げていた魔導書も、棚からも引き込まれて宙へと飛び回る。

 

そして棚の一つに背中を打った少年に覆い被さる様に、飛び散った本や紙が落ちてくる。痛みに唸る彼が動けずにいると、書庫の外から慌ただしい足音が聞こえ、徐々に近づいてくるのが聞こえた。

 

「シエル!どうした!?」

 

突然響いた大きな音を聞きつけたペルセウスが、慌てて書庫へと入ってくる。その時視界に入ったのは、倒れたいくつかの本棚と、散らばった本に魔法陣の書かれた紙。それに埋もれた弟が、面食らったように目と口を開いて呆然とする姿。

 

「今の……もしかして、本当に……?」

 

書庫内に広がる惨状を見たペルセウスがかけてきた声にも反応せず、確かな変化と手掛かりを掴んだシエル。彼が生まれて初めて魔法を……天候魔法(ウェザーズ)を使うことが出来た瞬間だった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「そうして気付いた時には、苦しい時も寂しい時も、このお守り鍵が俺の心の支えになってたんだ」

 

一通り、シエルがギルドを初めて訪れ、そして天候魔法(ウェザーズ)へと辿り着いた経緯、その中でずっと支えになっていたお守りの事を話し終える。テーブルに置かれた大事なお守りに目を向けながらしみじみと語り終えたシエルの様子から、ティーカップを両手に抱えながらウェンディは口を開いた。

 

「シエルにとっては、魔導士としての始まり……原点でもあったんだね」

 

「まさにその通りだ」

 

ずっと昔から読んでいた本に記されていた星霊。それに深く関わる鍵を、憧れの魔導士である兄から貰った。シエルにとっては二つとない、とまで言葉で言い表すにはまだ小さいとすら感じるほどのもの。シエルと言う魔導士の原点そのもの。その例え方に、心の底から同意を示した。

 

「もしあの頃の俺に、このお守りが無かったら……きっとどこかで崩れ落ちて、今の俺はいなかったと思う……」

 

「実際、あの時のシエルの様子は、正直何度も止めたくなるほどの状態だったぞ。結局何も言えなかったがな……」

 

残酷な現実に打ちひしがれ、それでも夢を諦めず心折れずに身を粉に出来たのも、己の原点を伝えてくれるお守り鍵の存在が大きかった。傍から見れば日に日に憔悴していくシエルの姿に止めたい気持ちも強くなっただろう。それでも兄であるペルセウスさえ止めることを躊躇したことで、結果的には今のシエルがいると言える。

 

シエルの原点、そして心の支えであった思い出の品。それにまつわるエピソードを聞いて、シエルがあそこまで喜びを表した理由はよく理解できた。それに伴い、新たな疑問が浮かんだ者がいた。ここまでの話を途中から黙して聴きに徹していた白ネコだ。

 

「お守り鍵についての話はよーく分かったわ。けど、解せない部分があるわね」

 

カップに入っていたダージリンティーも無くなり、そのカップをテーブルに置いたシャルルは切り出した。シエルにとっての鍵がどういうものなのか。星霊魔導士に憧れていた理由についても理解した。しかし彼女には、どうしても切り離せないある事に着目していた。

 

「そんなに大事なものだったなら、どうして無くしたと思ったのよ?」

 

「あっ……確かに、あの部屋にしまってあったよね?」

 

シエルは大事にしていたお守り鍵を、無くしたと思っていた。こうして物置部屋で発見するまで、見た事も聞いたこともなかったウェンディたちにとっては尚更知る由もなかったこと。それがどうしてこの家……そして物置として使っていた部屋で見つかったのか。そもそも、どう言う経緯で無くしたと思い込んでいたのか。問われた兄弟は顔を暗く沈め、やがてその口から詳細を語られる。

 

「俺もずっと、()られたまま無くなったと思ってたんだ……」

 

俯いたままぼやいたシエルの声に、二人が揃って「()られた……!?」と面食らったように反応する。一体どう言う事なのか、聞きたいという気持ちは確かにあるが、果たしてそれを兄弟に尋ねていいものか、緊張感が走ると共にそれ以上の言の葉を出せず、口を噤む。そんな彼女たちの想いを知ってか知らずか、語るべきだと判断したペルセウスがその重い口を開き始めた。

 

「1年前……正確には8年前ぐらいになる……」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

X783年の夏。天候魔法(ウェザーズ)に行きつき、それを独自の形で習得、研鑽を続けながら、仮加入として様々な依頼をこなしていたシエルはその日、一つの節目を迎えた。遠くの街での依頼を初めて受けたのである。

 

「うし、これで今回の依頼は終わったな」

 

「結構活躍してたじゃねーか、シエル」

 

「サンキュ、二人もわざわざ同行してくれて助かったよ」

 

未だ仮加入のシエルは一人で依頼に行くことを認められていない。一人以上の同行者が必要である彼に今回同行したのは三人一組(スリーマンセル)のチーム・シャドウギアの内の二人、ジェットとドロイだ。リーダーのレビィは依頼として受けた古文書の解読で忙しく、端的に言えば暇そうにしてた二人にマカロフから、シエルの依頼同行として白羽の矢が立ったわけだ。

 

依頼の内容は街の近くで出没していた凶悪な魔物たちの討伐。本来なら街から遠く離れた区域にしか生息していない魔物たちが、最近になって頻繁に目撃されるようになったという。一般的な軍の兵士では骨が折れる相手であったが、徐々に力をつけてきたシエルの天候魔法(ウェザーズ)の前では取るに足らなかった。

 

「下手すると、オレらいらなかったかもな……」

 

「んな事言うなよドロイ!虚しくなるだろ……」

 

「そんな事なかったよ。近くにいるだけで頼もしかったし……ちょっとだけ」

 

「「ちょっとかよ!?」」

 

想像以上の活躍をしていたシエルを目の前にし、一人つき一体か二体のみの対処をしていたジェットとドロイが表情を暗くしながらぼやく。そんな二人をフォローするかのように笑みを向けて励ましたシエルであったが、本来胸に留めておくべき余計な一言を二人に聞こえる程度の小声で敢えてぼやいて反論を叫ばせた。ギルドに入った当初では考えられない程、シエルもいい性格になったものだと思い耽る。

 

子供一人に延々と揶揄われる男二人と言う、何とも情けない構図の三人組が談笑しながら歩いていると、何かに気付いて「あ!」と声をあげて突然駆け出した。慌てて追いかける二人が目で追った先には、街の中にしては珍しい書物の露店。広げ、並べられた書物はシエルにとっても見覚えのないものがほとんどだった。

 

「今までいろんな本を読んできたと思ってたのに、見た事ないものばかりだ……!!」

 

「ほう、目の付け所が違うのう、少年」

 

目を輝かせて釘付けになってるシエルを見て、ジェットとドロイは苦笑混じりに溜息を吐いた。彼らもよく知るレビィも、珍しい本があると飛びつく癖がある。彼女とよく本に関する話をしているシエルもまた同じ類だというのは心のどこかで理解していたが、ここまで似ているとは。

 

露店の店主らしき人物は、ローブを深く被っているので断定できないが、声や喋り方から年配の男性と伺える。シエルが商品である本を物色してあれこれ尋ねてきてるのを答えているのを見て、二人は長くなりそうだと予感していた。

 

「なあシエル、あんまり時間かけすぎるなよ?」

 

「マグノリアに帰るのが遅くなっちまうぞ?」

 

「待って!お願いだからゆっくり選ばせてよ!!」

 

一応は程々に、と促してみるも、想像通りの答えに再び溜息を吐く二人。どうしたもんかと頭を悩ませるのをよそに、シエルは手にとって最初に気になった本を開き始める。すると先程まで興奮冷めやらぬと言ったシエルの表情が、何故か呆然と言いたげなものへとなり、首を傾げる。本来であればその変化にジェットたちも気付くだろうが、その結果には至らなかった。

 

「もし?そちらの素敵なお方?」

 

三人の背後から唐突に聞こえてきた、艶やかな印象を覚える女性の声にジェットとドロイの耳が大きく反応した。聴き入れてから僅か0.1秒。即座に振り向いて二人同時に「何でしょうか!?」と下心が垣間見える顔で尋ねる。一瞬同様に反応したチームメンバーを互いに牽制するように睨みつけたが、声をかけたであろう女性の美しい顔立ちに、互いへの競争心は即座に霧散した。

 

「実は少し困ったことが起きまして……頼りがいのある殿方のお助けをお借りしたいのですが、お願いできますか?」

 

まるでお金持ちのご令嬢のような服装と佇まい、口調に二人の反応は最早語る必要もない程デレデレだった。困りごとのある美女が、頼りがいのある男性……つまり自分に声をかけた、と信じて疑わないジェットとドロイ。最早彼らにシエルの事は全く意識されなかった。

 

「勿論です!この()()にお任せください!」

「いいや!()()一人で十分ですよ!」

「お前はお呼びじゃねーだろ、引っ込んでろ!!」

「んだと!?お前の方こそ割り込んでくんな!!」

 

何とも醜い言い争いだろうか。最初こそ美人に良いところを見せようとアピールしていたのに、気付けば邪魔になる隣の男を蹴落とそうとしている。一般的な女性なら、このような諍いが始まった瞬間そっとその場を離れるのであろうが、この女性は別だった。

 

「うふふ……賑やかな方々ですね。頼もしい限りです。でしたら、お二人ともこちらにいらしてくださいませんか?その方が心強いです」

 

「「よ、喜んで!!」」

 

穏やかに微笑みながら言った女性に、ピタッと言い争いもやめた二人は、誘われるがままその女性へと付いてった。背後にいたシエルには一切の言葉もかけず、その場を離れてしまったジェットとドロイ。シエルの方も、そんな二人に気付くことなく、露店に並ぶ本の中身を見て、困惑していた。

 

「あの、これ……中身のほとんどが()()なんですけど……」

 

そう言って広げた本のページは、どちらにも文字や絵も入っていないまっさらな紙があるのみ。そして並んでいる本の数々の、ほぼ全てが一部のページだけに文字が入っている程度で、ほぼ白紙であった。

 

「何分、取り扱っているのはほとんどが復元ものでな。損傷したページの方がやたらと多く、現状はこれが最大限なのじゃ」

 

「そう……言うものですか……?」

 

理由としては最もに感じながらもどこか釈然としないシエルは、白紙のページが続く本を捲りながら首を捻る。唸る様に不満そうな声をあげながら捲り続ける彼に店主の老人が、背後から取り出してきた一冊の魔導書を差し出した。

 

「お気に召さぬか……なら、この本であれば復元が一番進んでいるものじゃ。見て見るといい」

 

復元が一番進んでいる。そう言われて半信半疑になりながらも、言われるがままに差し出された魔導書を手に取り、シエルは最初のページを開いてみる。しかしそこに書かれていたのは……否、描かれていたのは文字ですらなかった。

 

「っ!?こ、れは……!」

 

魔導書に描かれていた魔法陣を目にした瞬間、シエルはその正体に気づくもすでに手遅れ。開いた瞬間に作動する仕組みだったであろうその魔法陣が光り、シエルの目に映ったと同時に彼に作用する。抗えない眠気に襲われたシエルは手にしていた魔導書を地に落とし、自身もその場に倒れ込む。完全に意識を失ったことを確認した店主の老人は、露店の荷物に入れていた通信用魔水晶(ラクリマ)を取り出した。

 

何処かへと通信を繋いでいる間、老人は悪どい笑みを浮かべるとその身を光に包ませる。光が解けると同時に現れたのは格好こそ同じであるがフードから見える顔は20代後半のまだ若い部類に入る男のものとなった。そして繋がった魔水晶(ラクリマ)の先にいるであろう人物に連絡し始める。

 

「頭領、こちらの首尾は上々だ。今し方確保したところだ」

 

その報告を聞いたであろう頭領と呼ばれた人物は「ほう、ご苦労だった」とだけ労う様に告げる。その声色からは仕事を完遂した部下に恵まれたかの様な気色が微かに混じっている様に伺える。そして直後、割り入るようにもう一つの通信が二つの魔水晶(ラクリマ)に届いた。

 

《こちらも済んだわ。思ったよりも簡単だったわね》

 

その通信から聞こえてきたのは女の声。つい先程シエルの同行者であった二人の男を連れて行った美女のものだった。窮屈そうな令嬢の姿を崩しながら告げる彼女の足元には、顔面を無様に傷だらけにされて気絶している二人の男が転がっていた。

 

簡単な一仕事を終えたと口元を吊り上げ、男は魔法陣だけが全てのページに刻まれている魔導書を閉じて拾い、まるで死んだように眠る少年を嘲笑混じりの目で見やると、首元から下げられている銀色の鍵にも目を向けながら、淡々とした口調で告げた。

 

「これより、ペルセウスの弟を連れて帰還する」

 

そしてその日の夜。ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)にシエルが誘拐されたという一報が届いた。

 




次回予告

───聴こえる……声が聴こえる……。

───僕の名前を呼んで、話しかけてくる声が……。

───家族が大好きで、魔法に憧れていて、僕たちのことが大好きな、男の子……。

───キミは誰なの?どんな顔をしてるの?

───会ってみたいなぁ……お話ししてみたいなぁ……。

───でも……どんなに会いたくても、僕たちには会える方法がない……。

───それでもキミに、会ってみたい……。

次回『羅針が示した先は』

───声が聴こえなくなった……どれだけの時が経っただろう……。

───またキミの声が、聴きたいなぁ……。
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