FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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今回もちょっとだけ短めになってしまいました…。

書くには書いたんですけど、展開の都合上何を書こうかな~って迷っていたらもう時間が無くなっておりました…。

ひょっとすると後日ちょっと文が増える…かも?


そしてある意味フェアリーテイルの二次創作作品において、ほとんどの人が書いてないであろうあの人物との戦いが行われます。さて…どう書いていこうかな…?


第26話 楽園ゲーム

楽園の塔の最上階に位置する開けたその空間に、天井にまで届きそうな背もたれが付けられた玉座が存在する。それがまるでこの塔を城に見立て、そこに座する王を表すかのように。そしてその王とも言える一人の人物が、盤上ゲームで使われる台と複数の駒を弄びながら、党全体の内部を傍観していた。

 

黒に近い青を基調としたフード付きのローブを纏って顔を隠したその男こそ、この楽園の塔の王と呼べるべき存在『ジェラール・フェルナンデス』である。

 

「開始早々に中々面白い展開になったな。ショウによってエルザは封じられて単独行動。それを追うのはシモン、そしてさらに天候魔法(ウェザーズ)の小僧と造形魔導士、か」

 

エーテリオンと言う全てを消滅させる超魔法によって、命の危機に瀕している中で、その命すらも賭けたゲームを面白そうに眺めている。その不敵な笑みに含まれているものは、余裕か、使命か、あるいは享楽か…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「グレーイ!?何やってんのさ!ナツ探しはどうする気!?」

 

「その前に上げてくれ…!腕が、つって…かなりキツイ…!!」

 

乗雲(クラウィド)を発進してすぐ、両手で雲を掴んで体が宙で揺れている状態のグレイを認識したシエルの叫びが響く。シエルだけじゃない、グレイよりも更に後方の少女二人からも驚愕混じりの叫びが聞こえる。

 

「何でグレイまでそっち行ってるの~!?」

「グレイ様ー!そちらに行かれるのでしたらジュビアも~!!」

 

「いや!オレはこのままシエルと一緒に奴等を追う!ナツを探すのはお前らに任せたぜ!!」

 

何か勝手に方針変えられてるのだが…。と心では思ったが口にはしなかった。言っても変わりそうにないし、グレイの言葉を聞いたジュビアが「お任せくださ~い!」と同意の返事をしてしまって、今更グレイを戻しに行くのにも色々と手間取ることになるから…。

 

「もう…勝手なことしないでくれよな…」

 

仕方なくグレイを雲の上に上げながらぼやくシエル。折角状況的に最善と思える行動をしようとしていたのに、出鼻を挫いてきた味方に対して苦言を零さずにはいられない。

 

「エルザの事がどうしても気になるんだよ。お前だってそうだろ?」

 

ようやく両腕の酷使による苦しみから解放されたグレイの言葉に、シエルは何も言えなくなった。シエルもグレイも、エルザが告げた「この戦いが終われば表の世界から自分は消える」と言う言葉が気になって仕方ないのだ。

 

さらに言えばエルザは現在ショウによってカードに閉じ込められており、自由が利かない。そのような状態でジェラール、あるいは彼が語った3人の戦士とぶつかればどうなるか分からない。合流を最優先にするべきだと判断した。その結果、戦力が些か偏ったような印象ではあるが…。改めて現状を把握したシエルは溜息を一つ吐くと観念したように呟きだした。

 

「…こうなった以上、いちいち考えたところで仕方ないか…。とにかくまずはショウとエルザを捜索。その後シモンと合流して3人の戦士の撃破に移ろう。ジェラールと戦う時に邪魔されると厄介だ」

 

「おう」

 

脱線しかけた方針を改めて変更し、すぐさま行動に移す。乗雲(クラウィド)のスピードを上げ、廊下を飛行しながら進んでいくと、開けた空間へと飛び出した。一部の壁から外に繋がっているが、そこ以外は照明もない空間。辺りに巨大な鳥籠がいくつも、太い鎖で吊られている。その鳥籠の一つの上に、先程別れた男の姿が見えた。

 

「シモン!?どうしたんだお前!」

 

「奴に、足止めを食らってたんだ」

 

エルザを連れて先走ったショウを追っていたはずのシモンだ。交戦したのか、既にボロボロになってしまっている。声をかけられたことで雲に乗って現れた二人に気付いたシモンは、一度視線をこちらに移し、その後再びその目線を戻した。

 

シモンの元へ近づき乗雲(クラウィド)を解除して降りた二人もつられて目を向けると、そこには、それぞれ鳥籠を飛び移りながらぶつかり合っている二人の人物。片方はルーシィたちに探すように頼んでいたナツ。まさかショウを追いかけている最中に見つけられるとは思わなかった。そしてもう一人の方は恐らくジェラールが用意した3人の戦士の一人だ。

 

 

一人…と言っても正直そう表現していいのかは迷う。その理由はその男の容姿だ。

体つきは上半身を露出した筋骨隆々の大男。シモンを凌ぐほどの巨体と立派な体つきだ。背中には二つのミサイルが取り付けられたジェットパックを背負っている。だが問題は頭部だ。元からそうなのか被り物なのか分からないが、その頭部は完全に茶色の羽毛を持った(ふくろう)そのものである。ご丁寧に両の二の腕からは梟の羽を模した飾りを着けている。ちなみに名前もそのまんま『梟』である。

一人と言うより一羽と数えた方がいいのだろうか…。

 

「何だ、あの梟男!?」

 

「見た目はふざけているが、奴は暗殺ギルド『髑髏会』に所属する『三羽鴉(トリニティレイヴン)』の一人(一羽)だ…!」

 

第一印象のインパクトに仰天したシエルの疑問に、シモンは答えた。

 

暗殺ギルド『髑髏会』―――。

闇ギルドの一つであり、まともな仕事が無く行きついた先が、暗殺依頼に特化した最悪のギルド。その中でも『三羽鴉(トリニティレイヴン)』と呼ばれる三人組は、カブリア戦争と言う戦いにおいて、西側の将校全員を暗殺した伝説の部隊である。その内の一羽が今ナツと交戦している梟である。

 

「こんな奴に足止め食らってる場合じゃねえぞ!ジェラールはエルザを生贄にするとか言ってるってのに!!」

 

焦りを孕んだグレイの声が響く。エルザが本気の状態であれば勝てる者もいないだろう。だが今のエルザは、ショウの魔法によってカードに閉じ込められているために無防備だ。何度も思い返している通り、この状態で梟と同じような戦士と遭遇してはまずい。

 

「ショウに全てを話す時期を誤った…。まさかこんな暴走を起こすとは…!」

 

「ナツ、一刻を争う!さっさとその梟を倒してエルザたちを…!」

「手ェ出すな!」

 

後悔に歯を食いしばるシモンを見ながら、シエルはここでの優先事項を判断する。今ここで足止めされている間にもショウは先を走ってジェラールの元へと向かっている。一刻も早く追いつくためには数の利を生かして目の前の梟を退けること、だがそれはナツ自身が真っ先に拒否した。

 

「こいつは気に入らねえんだ。暗殺なんて仕事があるのも、依頼する奴も受ける奴も、そんな奴等がギルドとか言ってるのも…オレが気に入らねぇ…!」

 

両の拳を握り締め、炎を宿し、その炎が燃え移るように全身からも発せられる。暗殺に特化したギルドが存在するという事実に対して怒りの炎を燃やすナツが、梟を睨みつけながら魔力を更に高めていく。

 

「だから、この鳥野郎はオレがぶっ潰す!!手ェ出すんじゃねえぞ!!」

 

闘志を炎と変えて燃え上がらせ、梟に攻撃を仕掛けていくナツ。その攻撃を「ホホウ!」と梟の名と容姿に違わぬ鳴き声のような掛け声で迎撃し、一進一退の攻防を繰り広げていく。

 

「何言ってんだこのバカ!今はそれどころじゃ…!」

 

時間が惜しいこの状況には不似合いな物言いのナツに反論しようとするグレイであったが、それはシエルがグレイの前に腕をかざして止める。何故止めるのか、問いただすグレイに対し、シエルは不敵に笑みを浮かべながら答えた。

 

「何を言ったところでナツは譲らないよ。だったら、俺達は俺達にできることをするだけさ。グレイ、もしナツに何かあったら頼むよ?」

 

「…は…?」

 

そう言うとシエルは解除していた乗雲(クラウィド)を再び出現させる。そして「合図をしたら目を瞑ってくれ」とだけ伝えると、塔の外の方へと飛行して今いる空間から抜け出そうとする。

 

「むむ!?ここにもルール違反者が現れたか!正義(ジャスティス)戦士として、見過ごすことは出来ぬ!ホーホホウ!!」

 

「んなっ!?待ちやがれ!!鳥ーー!!!」

 

そんなシエルを見た梟が、背中のミサイルジェットを噴射させて空中へ移動し、シエルを追い始める。戦いの最中に背を向けられたナツが怒りを露わにするも、梟は気にせずシエルを追いかける。

 

「生憎、お前の相手は俺じゃないんだ、ここで止まっててくれよ!ここだ!日射光(サンシャイン)!!」

 

追われる対象となったシエルはそれが読めていたのか雲の上で体を反転させて手を梟の方へとかざし、創り出した小太陽の光を発する。「ホホーウ!?」と真正面からその光を目に受けた梟の動きが一時的に停止した。

 

「おのれ!目眩ましとは卑怯な!!これ程の悪は今までの中でも数少ない…!」

 

「ぎゃあああっ!?目が!目がああっ!!」

 

光に視界を遮られて悪態をつく梟、その梟を追いかけて一緒に光の餌食となって、鳥籠の上を器用に転がるナツ。シエルから事前に忠告されて悲劇を回避したグレイとシモンはその様子を見て少なからず驚きを露わにしていた。

 

先程シモンは梟から逃れるために己の魔法・闇刹那を使用した。しかし、それは暗闇の中でも視覚が機能する梟には無意味であり、あっさりと追い付かれて一撃で戦闘不能にされた。だがシエルはその逆。過度な光に弱い梟の目を利用して、彼の動きを制限させることに成功したのだ。

 

 

ちなみにグレイは、シエルの魔法についてよく知ってるはずなのに、諸に日射光(サンシャイン)の被害に遭っていたナツに呆れていた。

 

「だが、正義の梟は見破るだけにあらず!」

 

視界が封じられながらも首を傾けたり回したりしながら周囲の音を聞き始める梟。フクロウは他の動物とは違って、耳の位置が左右対称ではない。如何なる場所の音も聞き分けるために、首を傾けたり回したりすることで、正確な音の位置を聞き分け獲物を狩るのだ。

 

事実この梟も今行っているように、目の機能を奪われながらも周りの空間、そしてシエルの位置を音で把握し、狙いを定めていく。

 

「捉えた!ホホウ!!」

 

少年に続くように外へと出てきた梟。その姿を視認したシエルは驚きを表しながらも瞬時に彼を阻むように次の魔法を放つ。

 

曇天(クラウディ)!!」

 

本来は上空に出現させる濃密な雲を、自分目掛けて飛んでくる梟の行く手に出現させて彼の道を阻む。しかし、視界が戻りつつあるうえに聴覚は未だ敏感な梟には焼け石に水だ。再びの目眩ましと判断した梟は雲の中に突っ込みながらも、シエルの位置を探る。

 

すると聞こえた。自分の横側を通っていく一つの音が。真っすぐに進むと見せかけて一度フェイントをかけることで逃れようとしているようだ。しかし、この方法は梟の前では悪手となった。

 

「狙った獲物は、一人たりとも逃さない!『ジェットホーホホウ』!!」

 

完全に位置を捉えられたシエル目がけて、ジェットミサイルの勢いと共に拳を突き出す。それによって小柄なシエルの身体は乗っていた雲から投げ出される。既に今の位置は塔の中層よりも少し高め。ここから海に叩きつけられれば小さな体は無事では済まないだろう。

 

「ホホウ、これでまた一つ、悪は滅びる」

 

少々予定がずれたが些末な誤差。敵側の魔導士の一人を討ち取ったと確信した梟は腕を組みながら、落ちていくシエルを見下ろしている。拳を当てられた痛みに歪み、落ちていく浮遊感を感じ焦燥の表情を浮かべる少年。

 

 

 

 

その少年の顔がしたり顔に変貌し、そのまま彼の身体は煙のように消えた。

 

「ホ!?き、消えた!!一体何が…!?」

 

突如として起きた予想もしなかった出来事に慌てながらも、梟は辺りの音を拾い出す。首を動かして視界も利用しながら、遥か上空でその音を拾うことに成功した。そう、上だ。見上げる梟の視界には何も映っていない。しかし、その音の発生している個所に目を凝らしてみると、己の闇を見破る目がその姿を捉えた。

 

先程消えたはずの少年が雲と共に、徐々に上へ向かっている。

 

「しまったホウ!!先程のは偽物か!!」

 

視覚ではなく聴覚を利用して位置を特定し始めていた梟。シエルはそれを大いに利用した。利きすぎる聴覚は蜃気楼(ミラージュ)の幻影が作り出す音も逃さず拾う。そして狙った獲物を必ず逃さず仕留めてきた梟はまんまとそれに食い付いた。暗殺者の中でも優秀だからこそ、聴覚に全ての神経を一時的に使っていたからこそ、シエルにそこを突かれてしまい、誘導させられたのだ。

 

「おのれ~!何の躊躇いもなく卑劣な手段をここまで重ねるとは、まさに悪逆非道!!あのような悪童は放っておけぬ!正義の名の元に、この私が成敗してくれ…ホホウ!!?」

 

敵前逃亡、光りによる目潰し、雲による進路阻害、そして騙し討ち。梟にとって許されざる数々の卑怯な手段に怒り心頭となっていたところを、何者かが攻撃し、先程までいた鳥籠の空間へと戻された。

 

その内の鳥籠の一つに直撃し首があらぬ方向に曲がってしまったが、元々フクロウ同様ほぼ自由自在に首を曲げられる彼には何の問題もない。すぐさま手で強制的に戻し、外部に繋がっていた壁を見ると、白い翼を生やして空を飛ぶ青いネコに抱えられた火竜(サラマンダー)がしたり顔で笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。

 

「お前の相手はオレだろうが。余所見ばっかしてんじゃねえよ、鳥野郎」

 

「…ホウホウ…良いだろう…。貴様も含め、この場にいる全員を倒してから、あの悪童を追いかけ滅ぼしてくれる!ホーホホウ!!」

 

脱線はしたがこれで形勢は戻った。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツと、三羽鴉(トリニティレイヴン)の梟の激突が、ここに今再開された。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ショーウ!!どこだ、ショウーー!!」

 

雲で移動しながら塔の更に上の方へと入る事に成功したシエル。今彼は雲で移動しながらショウを、そして彼がカードに閉じ込めたエルザを探していた。まさかと思うがもうジェラールの元に着いてしまったのだろうか。そんな不安が胸中に過ったその時、一つの悲鳴がシエルの耳に届いた。

 

「この声、ショウだ!」

 

すぐさま声のした方に雲を向けて飛んでいくと、ある空間が見えた。まず目についたのは幾重にも並ぶ赤い鳥居。その下を通るは木製の橋。橋の両端には鳥居に挟まれるように橋の方向に顔を向けた狛犬の石像。橋の下には水が溜まっており、辺りに咲き誇る桜の花びらが舞い散り、水面に桜の絨毯を作り出している。

 

まるで異国…。いや、最早別の世界の風景を切り取ったかのような様式だった。

 

だが、そんな風景に目を奪われる余裕はシエルにはなかった。胸を十字に斬られて倒れ伏し、血を流すショウ。その奥に佇むのは一人の女だった。

 

鳳仙花村で度々見かけた、女性が身に着ける白い着物を、肩を露出するように着崩し、薄い桃色の長い髪を後ろで蝶結びの形で纏めている。緑色の瞳が収められた眼窩の下には、それぞれに一つずつ泣きぼくろがある。そして履物は深紅の高下駄、両手に持つは身の丈ほどある一本の長刀。一見すると異国の服装を身に纏った、美しい女性と言う印象だ。しかし…。

 

「あらぁ…これはまた、かいらしい坊ちゃんが来はったなぁ」

 

袖に包まれた手を口元に当ててこちらに微笑むその女性が、ただものではないこと、そしてショウに深手を負わせた犯人であることは明確だった。

 

「あの梟男の仲間か…?色々な意味で意外、と言うか…」

 

『この声、まさかシエルか!?』

 

すると、ショウの身体の方から探していた人物の声が聞こえた。思わず目を向けると、未だカードの中に閉じ込められた状態のエルザが、ショウの胸ポケットからその姿を覗かせていた。

 

『ショウ!今すぐ私をここから出せ!早く!』

 

「いやぁ、そんな所にいはりましたん?エルザはん」

 

エルザが入ったカードを視認すると、女性はまたも穏やかな笑みを深める。だがその穏やかな笑みはまるで、目当ての獲物を見つけたかのようにも見えた。それに気づいたのか否か、エルザは閉ざされたカードの障壁を叩いて必死に出ようともがく。

 

『今すぐ私をここから出せ!お前たちの勝てる相手ではない!!』

 

「姉さん…」

 

ショウにカードから出すように必死に頼み込むエルザの様子を見ていたシエル。だが、次の瞬間彼は直感で危機を感じ取りその場から飛び退いた。そして飛び退いたと同時に、シエルの足元に一つの斬撃痕と共に衝撃音が響く。

 

手に持つ刀を抜いた様子はなかった。だが、確実に今攻撃してきたのはあの女であることは分かる。

 

「あら、避けられましたわ。随分勘がよろしいみたいどすなぁ」

 

「挨拶代わりにしては物騒じゃないか?」

 

「すんまへんなぁ。うちのギルドではこの物騒な挨拶が普通でしてぇ」

 

女性の一挙手一投足に気を配り、動きを予測しようと、シエルは睨むようにして彼女に目線を固定する。今のは直感によって避けることができた、謂わば運頼みだ。二度も同じ奇跡が起きるとは限らない。

 

「お、おい…お前…!」

 

斬撃の衝撃で狛犬の石像に背をぶつける形となったショウがシエルに呼びかける。すると彼はある頼みを告げてきた。

 

「ね、姉さんのカードを…姉さんを連れていって、こっから逃げてくれ…!」

 

「!?」

 

それはエルザと共に避難することだ。少し対峙しただけでショウはあの女性の脅威を思い知ったのか、エルザを危険な目に遭わせない為にも、安全な場所へと逃がしてほしいと考えた。更に言えば、エルザの入ったカードにはプロテクトが施されており、いかなる魔法の攻撃を受けても、内部にいるエルザは傷つかない仕組みだという。それでも念には念をと、シエルにエルザの避難を頼み込んだ。

 

『何をバカなことを!シエル!私の事はいい!それよりも、ショウを連れてここから避難するんだ!』

 

対してエルザはショウの安全を優先とした頼みを提示してきた。カードから解放されれば自分があの女と戦い、その間にシエルたちが避難する時間を稼ぐことができると。今のショウは手負いで動けない。今ほとんど消耗していないシエルがショウを運ぶことは簡単なはずだと判断したからだろう。

 

「ダメだ…姉さんに危害を加えるような真似は、出来ない…頼む…!」

 

『シエル!私を置いてショウを連れていけ!命令だ!』

 

自分を犠牲にして大切な者を守ってほしい。互いに互いを想うがために、どちらかを犠牲にしてどちらかを助ける選択をシエルに託しているかのような状況。

 

ここでショウの願いを聞けば、エルザを追って目の前の女性は自分を追い詰めてくるが、エルザはシエルにとって同じギルドの仲間。

 

エルザの願いを聞けば、女性はエルザの方へと意識を向け、自分たちなど眼中になくなるだろう。そうすれば避難は容易だが、仲間を捨てて、ほぼ初対面の人間を優先することになる。

 

どちらを選んだとしても、シエルにとっては苦渋の決断となる。二人の正反対の頼みを耳にしながら思考をしていたシエルの選択は…。

 

 

 

 

 

 

 

「うるさい」

 

その一言で一蹴した。

これにはエルザも、ショウも、そしてシエルの前にいる女性も面食らう。

 

「エルザかショウ、どっちかを捨ててどっちかを助ける…?そんなの、俺にできるわけがないだろ」

 

そう言いながらシエルは左掌を上にかざして曇天(クラウディ)を発動。別世界の風家に暗雲が生み出される。その光景を目にした女性は「まぁ…」と面妖なものを見たような感嘆を零す。

 

エルザは同じギルドで長く共に過ごし、最近では同じチームとして活動を共にしている。大切な仲間だ。そしてショウは、自分とは関わりは薄いが、エルザにとって大切な存在であり、今はジェラールに対する共通の味方。

 

 

 

そのどちらかを見捨てる選択など、初めからシエルには存在していない。

 

「俺が今ここで、この女を倒して、全員でこの塔から脱出する。それが、俺にある唯一の選択肢だ!」

 

決意表明のようだ。エルザとショウ、そして自分自身に対しても表明するかのような、己を鼓舞するかのような、決意の表れ。誰からどう見ても、明らかに格上と思われるその女性を前に、虚勢にも等しいその啖呵に、エルザとショウは言葉を失い、女性はただただ微笑みを浮かべるばかりだ。

 

だが、虚勢とはいえここまで言い切ったこの少年に、一種の敬意を感じるのも、また事実であった。

 

「うちの名は『斑鳩(いかるが)』と申しますぅ。どうぞよしなに…」

 

「…妖精の尻尾(フェアリーテイル)所属、シエル・ファルシーだ」

 

「暗殺ギルド髑髏会、特別遊撃部隊・三羽鴉(トリニティレイヴン)の隊長として…いざ、尋常に…」

 

シエルと斑鳩のぶつかり合いの火花が、今切って落とされる…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

髪を蝶結びの形で結い上げた女性を模した駒で、カードを模した駒にぶつけて倒し、その女性の駒の前に、雲から落ちる雨・雷・竜巻を模した駒を置いて、その斜め後ろに鎧をまとった騎士を模した駒を置く。

 

最上階から全ての戦いの様子を見ていたジェラールは、くつくつと笑いながらこの展開を面白げに観察していた。

 

「エーテリオン発射まであと22分…。次の対戦カードは、斑鳩対シエル・ファルシーか…。」

 

シエルの魔法は確かに強力だが、斑鳩のような格上の相手には分が悪い傾向がある。しかもその斑鳩は下手をすればエルザに匹敵するほどの実力の持ち主だ。正直言って、分が悪すぎる。

 

「くっくく…。勝負にさえ、なるといいな…?」

 




おまけ風次回予告

シエル「ねえルーシィ、ルーシィの方に、三羽鴉(トリニティレイヴン)のやつって来た?」

ルーシィ「ええ…来たわよ…。ものっ凄くうるさくて、最低で、キモいロン毛のやつが…」

シエル「うわぁ…特徴聞くだけでげんなりするよ…。ちなみに、名前とか聞かなかった?」

ルーシィ「確か…ヴィ…なんとか・タカ…とか言ってたような…?」

シエル「タカ…鷹?…それに梟、斑鳩…つまり(いかる)だから…」

次回『シエル vs. 斑鳩(いかるが)

ルーシィ「それで、一体何を考えてるの?」

シエル「…あいつら、三羽鴉(トリニティレイヴン)って名前で呼ばれてるのに、カラスって言える奴が一人も…一羽もいない…!(汗)」

ルーシィ「…ホントだあっ!!」

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