FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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突然の休日出勤のせいで遅れそうでしたが何とか間に合いました。

1話投稿後、感想や誤字報告などをいただき、誠にありがとうございます。
今後もいただけると嬉しく思います!


第2話 呪歌

エルザが帰還した翌日、マグノリアの駅には妖精の紋章を身体に刻んだ魔導士が5人(4人+1匹)立っていた。

 

「なんでてめェと一緒じゃなきゃなんねぇんだよォ!」

 

「こっちのセリフだ!エルザの助けなら、オレ一人で十分なんだよ!」

 

その内の桜髪の青年と黒髪の青年が、周りの人目も全く気にせず睨み合いいがみ合っていた。昨日、同じ人物から応援を要請されたというのに、いきなりチームワークに不安が募る。少し離れたところにあるベンチで呑気にジュースを飲んでいる少年の隣に座る少女ルーシィは、自身の魔力で召喚した、白い体色にハッピーほどの背丈の、鼻がドリルのような形の仔犬座の星霊ニコラ―ニコラは総称でありルーシィの持つニコラの名はプルー―を膝に置いて(怯えてもいないのになぜかぶるぶると震えている)抱きかかえながら、表情を暗くしていた。

 

「他人のフリ~他人のフリ~…」

 

「エルザまだかな~」

 

「ねえ、何で二人がここにいるの?」

 

訪ねてきたのは未だ喧嘩を続けている桜髪の青年ナツの相棒である青いネコのハッピー。昨日エルザに応援を依頼されたのはナツとグレイの二人。ナツの相棒であるハッピーはまだしも、ルーシィと隣に座る少年シエルはほぼ無関係と言っていい。だが、彼らもただ無断でついてきたわけではなかった。

 

「ミラに頼まれたんだよ。『エルザが見てないところじゃ絶対あの二人喧嘩するだろうから見張ってて~』って」

 

「実際に頼まれたのあたしだけだけど…」

 

昨日あの後、二人揃ってカウンター前で食事をとっていた二人は、ミラジェーンに直接エルザたちへの同行を頼まれた。本来はルーシィのみお願いされたのだが、同じ場にいたシエルがさらに共に行くことを志願、ミラジェーンも断らなかった。シエルが行くなら自分が行く必要はないとルーシィは主張したのだが、シエルは一人では止めきれないから一緒に行ってくれると助かると懇願され、渋々了承したのだった。だがルーシィは聞き逃さなかった。

 

『それに上手くいけばルーシィの星霊魔法を間近で見れるいい機会だし。』

 

『それが本音かー!!』

 

同行を認められた後の去り際にシエルが零した本音を、思わず叫んでしまったが本人は全く意に介さずそのまま立ち去って、堂々と今現在集合場所に来ている状態だ。

 

「でも止めてないよね、二人とも」

 

「だって…」

 

しかし、ミラジェーンに二人の喧嘩を止めるために同行したのにその仕事を一切やっていないことを指摘するハッピー。だがルーシィには未だ睨み合って罵り合いの喧嘩を続けている二人を止める有効策は思いつかない。正直お手上げだった。

 

「よし、そろそろ止めるかな」

 

「え?」

 

と、ここで動き出したのはもう一人の同行者であるシエル。彼はベンチから立ち上がり、飲み終えたジュースの容器をゴミ箱に入れると、おもむろに横方向に手を振りながら言葉を叫んだ。

 

「おーい、エルザー!こっちこっちー!」

 

瞬間、喧嘩していた二人が即座に反応した。昨日同様に汗を吹き出しながら肩を組んで仲良しアピールに切り替えた。

 

「よ、よぉ!エルザ…!」

 

「今日もオレたちこんなに仲良し…!」

 

だが、二人の視線にそのエルザはいない。ポカーンと口を開けながら呆けているとどこからかこらえる様な笑い声が聞こえた。

 

「こ、こうするとね、大体はすぐ喧嘩やめるんだっぷくく…!」

 

「ほ、ほんとね…!わっかりやすいほどの、ふふっ、変わりっぷり…!」

 

「うぷぷぷ…!」

 

どこにもいないエルザに呼びかけたシエルと、それに反応してすぐに態度を変えた二人の様子に笑いをこらえるルーシィとハッピーだった。と言うかハッピーは何度も見ている光景のはずなのに未だに笑えているのは何故だろう。

 

「シエルお前かぁ!!」

 

「毎度毎度騙しやがってェ!!」

 

「毎度毎度、騙されてるから、つい、くっくくく…!」

 

過去にも何度かあったシエルの行動に怒りの矛先を向ける二人。だがそんな怒りを向けられたからと言って彼は態度を改めない。喧嘩をピタリと止める息の合い方、本能に植え付けられたエルザへの恐怖が露見する態度の一変。これが見たいがために毎回やっていると言っても過言ではない。

 

「そもそもてめェがいちいち突っかかってくっから毎回シエルに騙されんだろうが!!」

 

「あァ!?人のせいにすんな!突っかかってきてんのはてめェの方じゃねぇかよ!!」

 

「あ、エルザさん!」

 

騙された怒りも相まって再び二人は喧嘩を再開したが、今度はルーシィが別の方向に呼びかけると、二人はまたもや肩を組んでルーシィが向いていた方向に身構えるが、またしてもエルザの姿はない。

 

「あははは!ホントにこれ楽しいかも~!」

 

「でしょ~?」

 

「「お前もかぁ!!」」

 

先程騙されたばかりなのにまたも騙された二人にルーシィはもはや笑いをこらえきれず腹を抱えながら大笑い。同調するように笑みを浮かべて応えるシエルも含めて、もうナツもグレイもやり場のない苛立ちを募らせることしかできなかった。

 

「だぁーくそぉ!もういい!オレは帰るかんな!!」

 

「おう帰れ帰れ!そんでエルザにボコられちまえ!!」

 

「あ、エルザ来た」

 

「その手には乗らねェ!!」

 

「もう騙されねぇぞ!!」

 

「いや今度はホント、ほら」

 

最早この場で喧嘩するのも馬鹿らしくなった二人に、シエルが呼び止めるために再び騙そうとしているとふんだ二人だったが、彼が指をさす方向にルーシィとハッピーも含めて全員が視線を移した方向に、確かにエルザはいた。

 

「荷物多ッ!!」

 

自分の二回り以上もあるギュウギュウ詰めにされた大量の荷物を乗せた台車を牽いて、迷いのない足取りでこちらに歩いて来た。しかもルーシィのツッコミなど気にせず「すまない、待たせたな」といつも通りの涼しい顔をしながらだ。

 

「今日も仲良くいってみよー!」

「あいさー!」

 

「出た、ハッピー2号…」

 

今度の今度こそ本当にエルザが来た瞬間、肩を組んで妙な小躍りをしながらエルザに気取られないようにするナツとグレイ。いつの間にかルーシィにハッピー2号などと名付けられているが、今のナツの耳には入っていない。

 

「ん?シエル、何故お前がここに?」

 

「ミラに頼まれたんだよ。普段他の人を頼らないエルザが、ナツとグレイを連れて行くなんてよっぽどだろうから手伝ってあげてって。こっちのルーシィと一緒にね」

 

一方のエルザはシエルともう一人、昨日ギルドで見た人物が集合場所に来ていたことに気付いた。問いかけに対してシエルは、嘘ではないが、一点の理由のみを隠してエルザにこの場に来た事情を話した。ミラジェーンからの本当の頼みの理由を明かさずに、さもそれ以外に他意はないと示すような話しぶりに、ルーシィは人知れず驚愕の表情でシエルを見ていたのだが、シエルの最後の言葉にエルザが「ルーシィ…?」と聞き返すと少々慌てて自己紹介を始めた。

 

「新人のルーシィです。先程シエルが言った通り同行させていただくことになりました」

 

「ああ、よろしくな。そうか…旅の合間やギルドで聞いた期待の新人の噂は君の事だったか。シエルにしては随分違和感があると思っていたんだ」

 

期待の新人の噂。その言葉にルーシィが思わず聞き返すと同時にシエルは昨日聞きそびれたことを思い出した。元々そのためにルーシィの元に来ていたことも含めて。

 

「そうだ、俺も聞こうと思ってたんだ。『19頭の怪物倒した』とか」

 

「それ、ハコベ山のマカオさんの話…」

 

どうやら噂の一つは同じギルドのメンバーであるマカオの功績だったらしい。ルーシィが加入したその日、シエルはすぐに依頼に行ったために知らなかったようだが、その日の三日前にマカオは、息子のロメオたっての希望で雪山に住まう怪物『バルカン』の討伐に向かった。依頼数は20頭だったのだが、19頭を倒した後20頭目に『接収(テイクオーバー)』という魔法を受けて身体を乗っ取られてしまい、ナツとルーシィが迎えに行くまでバルカンとして身体を奪われたままだったのだ。ナツの活躍によって元に戻ることはできたのだが、どこをどう間違ったのか、そのままルーシィの活躍として噂が広まったらしい。

 

「私が聞いたのは『雪山に住まう傭兵ゴリラを小指一本で退治した』と言うものだったのだが…」

 

「あれ?『傭兵とゴリラメイドの兄妹の頭を二人揃ってずる剥けにした』じゃなかったけ?」

 

「どっちも色々混ざってるーーっ!?」

 

あまりにも歪曲して広まっていたことに痺れを切らしたルーシィからの真実を簡単に記すと…。

 

・ナツとハッピーと共に数日前エバルーの屋敷に潜入した。

・そこで雇われていたゴリラのようなメイドと、傭兵ギルドに所属する兄弟をナツが倒した。

・ルーシィが契約している星霊の手によって、エバルーの頭髪と髭をずる剥けにした。

 

以上が事の真相である。

 

「まあ事実はどうあれ、力になってくれるのならありがたい、よろしく頼む。シエルも、今回はお前の力を大いに生かせる状況があるかもしれん。期待してるぞ」

 

「うん…任せ…てよ…!」

 

「こ、こちらこそ…!」

 

エルザの期待を込めた言葉に二人は歯切れ悪く返事をした。その理由はシエルがどこか笑いをこらえながら、ルーシィはプレッシャーに押し潰されそうになったからだ。ちなみになぜ笑いをこらえているかと言うと、3人が話をしている間にも、エルザが後方を向いていることをいいことにナツとグレイが再び喧嘩を始めていたのだが、エルザがチラッと見た瞬間肩を組んで小躍りをし、目線が戻ればまた喧嘩。これをずっと繰り返していたためにずっとその様子を正面から見ていたシエルにとっては面白おかしかったからだ。

 

「エルザ、付き合ってもいいが条件がある」

 

すると、ずっとグレイと喧嘩したり小躍りしたりしていたナツが突如口を挟んだ。グレイがそれを見て顔を青ざめながら止めようとしたが、エルザは「何だ?言ってみろ」と気にせず問い返す。

 

「帰ってきたらオレと勝負しろ!あの時とは違うんだ…!」

 

その条件の内容にエルザを除く全員が驚いた。グレイに至っては「早まるな、死にてえのか!?」と深刻な表情で止めようとしている。しかしナツの表情は真剣そのもの。冗談など欠片も感じさせていない。最初に負けた時から成長した今の自分なら、ギルド内で最強の女魔導士である彼女にも勝てる。そう信じて疑わない彼の気迫にエルザは口元に笑みを浮かべて告げた。

 

「確かにお前は成長した。私はいささか自信がないが…いいだろう、受けて立つ」

 

ナツとエルザの勝負。その約束が確立された。条件を提示してきた時は驚いたがシエル自身はこの勝負に興味を抱いていた。過去には全く歯が立たずエルザに敗れていたナツであったが、時の経過とともにその差は恐らく縮まってきているはず。「燃えてきたァ!!」と頭部から文字通り炎を発しているナツが彼女を相手にどれほど戦えるのか。

 

ナツ同様に目標とする人物がいるシエルとしては、帰還後の楽しみができたともいえる。その楽しみを胸に秘めながらエルザたちと共に乗った列車が出発。そしてシエルの目の前で果敢にも勝負を申し出た当の本人は…。

 

「…ぉ…おぉっ…」

 

「風前の灯火、だね」

 

グロッキーになっていた。何を隠そう彼は、乗り物にめっぽう弱いのだ。列車に限らず、馬車や魔動四輪―運転手の魔力を燃料に走る現代で言う自動車―に乗った時も、稼働した瞬間に酔いが回って動くことすらままならなくなるのだ。何故ここまで乗り物に弱いのか…おそらく今後も分からずじまいであろう。

 

「情けねぇ奴だな。喧嘩売った直後にこれかよ…別の席に行け、つーか列車乗るな!走れ!」

 

「毎度のことだけど辛そうね…」

 

「酔い止め薬も効かないんだもんなぁ、これ…」

 

そんなナツの様子に呆れ、心配、諦観と言った三者三様の反応を見せるグレイ、ルーシィ、シエル。ちなみにナツたちを含めた6人(5人+1匹)は6人乗りのスペースに片方はナツ、ハッピー、グレイ。もう片方はシエル、エルザ、ルーシィの順に通路側から座っている位置取りだ。

 

「仕方ないな、私の隣に来い。窓側なら多少は楽だろう?」

 

するとエルザがナツに対して告げた言葉にルーシィが気付いた。エルザの隣で窓側とは、今の自分が座ってる席、つまりシエルではなく自分に対して「どけ」と言外で言われているのではないかと言うことに。躊躇う理由は特になかったのでナツとルーシィは席を交代。エルザの右隣にナツが座った直後…。

 

「ぐふっ!?」

 

エルザが肩を回したと思いきや、ナツの腹に左拳を叩きつけた。勿論ナツは薄れかけてた意識を完全にとばし、エルザの膝に頭部を預ける形となった。俗にいう膝枕で本来なら羨ましく思うであろうはずのシチュエーションだが、経緯が経緯だけに全くその感情が浮かばない。対面に座っていたグレイとルーシィはすぐさま目を逸らして見ないフリ、左隣で見ていたシエルは自分がされたわけでもないのに無意識に腹部を右腕で庇っていた。

 

「これなら少しは楽になるだろう」

 

「(お、俺も乗り物酔いしてたら同じことされたのかな…?)」

 

「(や、やっぱりこの人ちょっと変かも…)」

 

シエルとルーシィがエルザに抱いていたイメージが若干変化した瞬間であった。

 

「エルザ、そろそろ教えてくれてもいいだろ?俺たちは何をすればいいんだ?」

 

「うむ、私たちの相手は闇ギルド・『鉄の森(アイゼンヴァルト)』。『ララバイ』と言う魔法を使って、何かしでかすつもりらしい」

 

グレイの言葉を皮切りに本題に移りだしたエルザが告げたのは、闇ギルドの名。それを聞いたシエルの表情が途端に鋭くなり「闇ギルド…?」と声を低くして呟いた。突如雰囲気が一変したシエルにルーシィは少し身震いしたが、エルザは一度だけ首肯すると話を切り出した。

 

曰く、仕事の帰りに『オニバス』と言う街にある酒場に立ち寄った時の事。その酒場で妙な一団が話しているのを聞いたのだという。その一団の話によると『ララバイ』と呼ばれるものの封印場所を見つけたが、封印が強固であること。そしてその封印を三日以内に解くことを『エリゴール』と言う人物に伝えるように『カゲ』と呼ばれていた男が告げていたことを聞いたとのこと。

 

「ララバイ…子守歌って意味よね…?」

 

「封印されてるってことはかなり強力な魔法ってことかな…」

 

「だが、何でそいつらが闇ギルドだってわかった?」

 

エルザの話を聞く限り、封印されるほどの強力な魔法であるララバイが、闇ギルドとどう繋がるのかが解せないと感じたグレイ。しかしこの場合エルザが気付いたのはララバイではなく、別の単語だった。

 

「『エリゴール』と言う名を聞いて、後程思い出したのだ」

 

エリゴール。またの名を『死神』。

鉄の森(アイゼンヴァルト)のエースであり、暗殺系の依頼を進んで遂行し続けたことで死神と言う(あざな)をつけられた。本来なら暗殺依頼は評議会によって禁止されているのだが、そのギルドは報酬額の高さを優先した。その結果6年前に鉄の森(アイゼンヴァルト)は魔導士ギルド連盟を追放。当時のマスターも逮捕され、ギルドは解散命令を出されたのだが、鉄の森(アイゼンヴァルト)に限らず闇ギルドは解散命令を無視して活動を続けているギルドの事も指している。

 

「あ、あたし帰ろっかな…」

 

「ルーシィ、汁が出てるよ」

 

「汗よ…!」

 

一通りの話を聞いたルーシィは全身から汁…じゃなくて汗を噴き出しながら恐怖に歪んだ表情で告げる。一応ハッピーにツッコむぐらいには精神のゆとりは残っているとも見えるが。

 

「不覚だった…!あの時エリゴールの名に気付いていれば、全員血祭りにして何をしでかすつもりだったのか白状させるつもりだったものを…!!」

 

「怖っ!!」

 

「エルザ…ナツが死にそう…」

 

過ぎてしまった時は戻らない。エルザは己のミスに怒り、その怒りで闘志を燃やしているように見える。だがシエルは、そのとばっちりで膝に寝かされている状態のまま頭部を殴られて、トドメに近い状態を追い打ちされたナツの安否の方が気になるようだ。

 

「なるほどな、そいつらはララバイを使って何かをしようとしている。どうせロクでもないことだから食い止めたい、と…」

 

「ま、確かにいくらエルザでもギルド丸ごと一つを相手にするっていうのは、さすがに無茶が過ぎるよね……多分…」

 

「多分って、どっちの意味…?」

 

ようやく話の流れを理解することができた。報酬のためならば他者の命を簡単に奪うことができる闇ギルドの者たちが、強力な力を求めているとあれば、看過することはできない。しかし、いかに最強の女魔導士と言えど個人のみで一個団体のギルドを全員相手にするには骨が折れる(もしかしたら一人で相手しても大丈夫かもしれないとシエルは一瞬迷ったが)。そのため、ギルドの中でも上位の実力者であるナツとグレイに、協力を要請したのだ。そして今優先すべき目的は一つ。

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)に乗り込むぞ」

 

「面白そうだな」

 

「異議なし」

 

「あい!」

 

そしてその目的に異を唱える者はこの場にいなかった。「来るんじゃなかった…」と後悔して再び汗を噴き出しているルーシィを除いて。

 

「それにしても、シエルが来てくれたのは今思えば僥倖と言えるな。お前の魔法は乱戦に向いているからな」

 

「そんなに期待してくれるなら、応えないわけにもいかないね」

 

エルザとシエルのやり取りにルーシィはふと思った。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士が使う魔法を、ナツとハッピー以外に知らないことに。

 

ここで補足しておくと、ナツが扱う魔法は妖精と同じくこの世界でも伝説の存在と言われている『(ドラゴン)』と対峙するために生み出された竜迎撃用の魔法、名を『滅竜魔法』と呼ばれている。大陸内でさえその魔法を扱う魔導士―通称『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』―はナツを含めても数人しか確認されていない極めて希少な魔法なのだ。

 

中でもナツは火の属性を扱う滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。一番の特徴は己が扱う属性の魔法を受けても無効化できる上、その属性に関するものを食べることができ、食べることで魔力を回復、増大させることが可能だ。ルーシィがギルドに加入した日に、マカロフが燃やした書類に食い付くことができたのは、その魔法のおかげである。ナツはこの魔法で、火を身に纏って身体能力を向上させたり、口から火を噴き出したりする戦闘方法を行う。

 

一方ハッピーは、白い翼を背中から出現させ、自在に空中を移動することができる『(エーラ)』と呼ばれる魔法を使う。戦闘能力こそ高くないが、人間が走るよりも何倍もの速度で移動出来たり、人一人なら持ち上げて空中戦の補助に回れる。あるいは全速力のスピードを利用して突撃し、相手に大打撃を与えることもできる(もっともこの手段は自分にもダメージが存在するが)。

 

閑話休題。

 

今回初めて同行するシエル、グレイ、エルザの3人の魔法がどんなものなのか気になったルーシィは聞いてみることにした。まずはエルザが話題に出したシエルの魔法についてだ。

 

「シエルの魔法ってどんななの?」

 

その問いかけにシエルは「うーん…」と悩む素振りを見せると、悪戯をするときと同じ表情になってこう答えた。

 

「秘密~」

 

「はあっ!?」

 

ただ口頭で言うだけでは面白くない。どうせなら実際に使うときに披露した方が印象に強く残るだろうと考えて、敢えて答えないことにした。予想通り口をあんぐりと開けて叫ぶルーシィの様子に少年の笑みはさらに深くなった。気になったところを教えてくれなかったルーシィ本人としてはたまったものではない。

 

「何でよ!教えてくれてもいいじゃないの~!」

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)に乗り込んだらいやでも分かるから、それまでは秘密~」

 

「ケチー!!」

 

どれだけ抗議しても状況が変わらない。エルザは頑なに口を割ろうとしないシエルに苦笑交じりに呆れながらルーシィを落ち着かせることにした。

 

「やれやれ…。すまないな、シエルはこういった部分もあるが、明確な悪意があるわけではない。それだけは分かってくれ」

 

エルザのフォローにルーシィは渋々と言った感じで「はぁい…」と返事をしたが、その後エルザから告げられた内容に驚愕することになる。

 

「だが、私から言えるとしたら一つだけ。シエルの魔法は使いようによっては『世界の(ことわり)を変えることができる魔法』だ」

 

たった一つ。その言葉がどれほどの意味を持っているのか、どれほど重大なものを抱えているのか、詳細を知らずとも実感できた。当のシエルはエルザのその一言に、逆に苦笑しながら困惑している。

 

「エ、エルザ…。それは大袈裟じゃないかな…?『世界の理』だなんて…」

 

「そうか?少なくとも私はそう思っているぞ?」

 

悪戯心で明かさずにしようとしたら、思わぬ方向からハードルを上げられた、と言わんばかりにシエルは気まずそうに視線を背けた。しかし、ルーシィにはその一言の重大さの方が衝撃的で、ますます目の前の少年が扱う魔法に対して関心が湧いた。だが、先程のように梃子(てこ)でも言いそうにないと知っている彼女は質問の矛先を変えることにした。

 

「なら、エルザさんはどんな魔法を使うんですか?」

 

「私の事はエルザで良い」

 

「エルザの魔法はキレイなんだよ、血がいっぱい出るんだ、相手の」

 

「それ、キレイなのかしら…?」

 

本人ではなくハッピーが答えたが、シエルとは別方向で詳細は教えられなかった。むしろ明らかに相手に血祭りにしていると言っても過言じゃない説明に、先程とは違って聞くことに躊躇いが生じる。

 

「キレイと言えば…グレイの魔法もキレイだよね」

 

「確かに、私よりもずっと、な」

 

「そうか?」

 

シエルとエルザが流れるようにグレイの魔法の話題に切り替えると、疑問の声を上げながらも前方に左の手のひらと右の拳を合わせてグレイが念じると、そこから冷気が発生する。そして握っていた右の拳を開くと、氷で作られた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章のオブジェが作られていた。話の通り綺麗な造形美にルーシィは思わず声を漏らす。

 

「氷の魔法さ」

 

「わぁ…!ん?氷に、火…。ああ、だからあんたたち仲悪いのね?」

 

ナツが扱うのは火、グレイが扱うのは氷、相反する属性を扱う二人の不仲の原因を悟ったルーシィは笑みを浮かべてそう告げた。シエルも同様の表情を浮かべており、エルザは意外とも言うように「そうだったのか?」と零す。妙な気恥しさを覚えたのか、グレイは誤魔化すように「どうでもいいだろ?」と言う言葉と共に視線を逸らした。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

そして列車は目的地である『オニバス』の街の駅に辿り着いた。エルザが鉄の森(アイゼンヴァルト)を目撃した地であるが、この街にまだその痕跡、またはメンバーが残っていないかを調べるためである。雲を掴む様な話ではあるが、手掛かりが他にない以上この街に懸けるしかない。そんな会話をしながら5人(4人+1匹)は駅構内を歩き、街へと出ようとしていた。

 

と、ここでシエルは違和感を感じた。

 

「あれ、なんか…」

 

「どうした?」

 

「一人、足りなくない…?」

 

そのシエルの一言で全員が思い出した。極度の乗り物酔い(ナツ)を列車の中に置いて行ってしまっていたことを。だが時既に遅し。列車はナツを乗せたまま次の駅に向かって発車してしまった。呆然とする一同。その中で最初に我に返ったのはエルザだった。

 

「話に夢中でナツを置いてきてしまった…!あいつは乗り物に弱いというのに!私の過失だっ!とりあえず私を殴ってくれないかっ!」

 

「まあまあ…」

 

自分を責めるあまり、どこか暴走に近い取り乱し方をしているエルザをルーシィが宥めているが、あまり効果はないだろう。何とかならないものかとシエルが辺りを見渡すと『緊急停止用のレバー』を見つけた。それをエルザに伝えると彼女の行動は早かった。すぐさま駆けだしてレバーを引き下ろし、列車を止めてしまった。すぐさま駅員が駆けつけてエルザと何やらもめ始めている隙に駅の外へとシエルは駆けだした。

 

「ちょっと、どこ行くの!?」

 

「『魔動四輪』を借りる!グレイも来て!俺じゃ説明しても借りれない!ルーシィはエルザと一緒に後で合流!」

 

「お、おう!」

 

「妙に手際よすぎて怖いわあの子…」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)ってやっぱりこのような者たちの集まりなのだろうか、とルーシィは再三にわたり思い知ることとなった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

その後、魔動四輪をレンタルしたシエルとグレイにエルザたちが無事に(?)合流。エルザを運転手として猛スピードで追いかけていき、緊急停止した列車にもうすぐ追いつこうとしていたその時だった。誤報によって停止していたために再び動き出した列車の内、天井が破れるように開いていた車両の窓から荷物を抱えたナツが飛び出してきた。そして飛び出した勢いそのままに魔動四輪の屋根部分に掴まっていたグレイと狙ったかのように額同士がぶつかり、グレイはナツと共に魔動四輪から落下した。

 

「ナツ、無事か!?」

 

ナツと合流できたことにより運転していたエルザは急ブレーキをかけて停車。後方座席に乗っていたシエルたちと共に降りた。

 

「何しやがんだ、痛ェだろうてめぇっ!!」

 

「今のショックで記憶喪失になっちまった!誰だオメェ、くせぇ」

 

「何ィ!?」

 

「ごめんねー、ナツー」

 

共に落下したグレイと何か言い争っているが今は気にしている場合ではない。(エーラ)で飛んできたハッピーを先頭にナツの元に駆け寄っていく。

 

「ハッピー、エルザ、シエル、ルーシィ!!ひでぇぞ!オレを置いてくなよっ!!」

 

「すまない」

 

「すっかり忘れてて…」

 

「ごめん…」

 

「おい、随分都合のいい記憶喪失だな…」

 

怒り心頭と言った感じでナツが列車に自分を置いていったことを責める。その際わざとらしくグレイの名前を省いたのは本気なのか否か…。

 

「ともかく、無事でなによりだ…!」

 

「硬っ!?」

 

胸に抱きとめようとしたのか、片手で勢いよくナツを自分の元に引き寄せる。しかし身に纏っている鎧にちょうど頭がぶつかったことでナツが感じたのは痛みだけだった。それは兎も角…。

 

「無事なもんかよ!列車で変なやつに絡まれたんだ!」

 

「変なやつ?」

 

「何つったっけな…?アイ、ゼン…バルト、だとか何とか…?」

 

ナツが告げた聞き覚えのありすぎる単語に全員の表情が驚愕に包まれた。そして一番過剰に反応を示したエルザは…。

 

「バカモノォッ!!」

 

ナツの頬を思いっきりビンタし、その勢いで彼の身体は一瞬だけ宙に浮き吹っ飛んだ。あまりの威力にナツとエルザ以外は今度は別の意味で驚愕に顔を染めている。

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)は私たちの追っている者だ!何故みすみす見逃がした!!」

 

「そんな話、初めて聞いたぞ…?」

 

「列車の中で説明しただろう!?人の話はちゃんと聞け!!」

 

その列車内で本人を気絶させた人が何を言うのだろう。だがそんなこと口にしたら何をされるか分かったものではない。全員が心の内にその言葉をしまっておくことに決めたのだった。

 

「ナツ、そいつはさっきの列車に乗ってたんだよね?どんな奴だった?」

 

「あんま特徴無かったな…。あ、でも確かドクロっぽい笛持ってたな。三つ目があるドクロだった」

 

すぐに列車を追いかけるためにエルザが再び魔動四輪を起動している間、シエルは列車に乗っていたという鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士の特徴を聞こうとしたが、ナツから見てそれほど印象的な外見ではなかったらしい。だが、代わりに『三つ目のドクロの笛』という所持品の情報は印象が強かったらしく、その情報を提示した。グレイは「趣味が悪い」とあまり心当たりがなさそうだったが、本をよく読んでいるシエルとルーシィにはそれがあった。

 

「三つ目のドクロ…!?」

 

「ララバイ…子守歌…!」

 

「二人ともどうしたの…?」

 

ハッピーが問いかけてくるが二人にはそれを気にする余裕もない。本に書いてある作り話だと思っていた。だが、もしこの魔法が事実だとしたら、おそらく放っておくと取り返しのつかないことになり得る。『子守歌』による『眠り』…その先の『死』…。

 

「「呪いの歌、『死』の魔法!」」

 

同時に結論に至った二人は合わせたわけでもなく、声を揃えて叫んだ。評議会によって禁止されている魔法の中に、『呪殺』と言うものがある。その名の通り、対象者を呪い死を与える黒魔法のこと。しかし、二人が読んだ本には、もっと恐ろしい『呪歌(ララバイ)』の詳細が書かれていた。

 

「笛の音を聞いたものすべてに死を与える…」

 

「『集団呪殺魔法』!それがその笛、呪歌(ララバイ)だ!」

 

ルーシィとシエルが続け様に発したそれに、エルザとグレイ、ハッピー、そして状況が飲み込めていなかったナツでさえ言葉を失った。そんなものが闇ギルドのエースであるエリゴールの手に渡ってしまえば、どれだけの罪なき者が犠牲になるか分からない。

 

「時間がない、急ぐぞ!皆乗れ!」

 

切羽詰まったようなエルザの叫びに全員が飛び乗ることで(嫌そうな顔をしていたナツはグレイが引っ張って無理やり乗せた)応え、それを確認したエルザはすぐさま魔動四輪を発進させた。鉄の森(アイゼンヴァルト)の…エリゴールの目的とは一体何なのか…?一つの呪歌を巡り、妖精と死神の邂逅の時が迫っていた…。




おまけ風次回予告


ルーシィ「火竜(サラマンダー)妖精女王(ティターニア)、死神…」

シエル「どうしたの、ぶつぶつと?」

ルーシィ「えっとね、魔導士として活躍してる人たちって、こういう別名と言うか、二つ名がつくことがあるじゃない?あたしも、魔導士としてもっともっと活躍したら、こういうカッコいいとか、カワイイ名前をもらえるんじゃないかな~って!」

シエル「いや~難しいと思うよ?それに、大抵そういう二つ名をもらってる人って、二つ名欲しさに魔導士やってるわけでもないし」

ルーシィ「う…それは確かにそうだけど…。でも、シエルだってそういうものがついたら嬉しいって思うことあるんじゃないの?」

シエル「どうだろ…。不名誉な二つ名がついたりしたら逆に悲しくなったり空しくなったりしそうな気がするけど…」

次回『死神と妖精女王(ティターニア)

ルーシィ「不名誉な二つ名って、例えば?」

シエル「…『露出魔』…とか…」

ルーシィ「…あ~……」

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