FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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何だかんだで50話目!週刊誌にして一年分!まあ、実質一年経ってるんですけどね。(笑)

今回はちょっと自分で書いといてあれですけどニヤニヤしながら見てました。(笑)
そして気付いたら文字数がまた凄いことになってました。でも間に合ってよかった!


第50話 笑顔の魔法

樹海の中を走りながら、西の方角へ進む。うなじの近くで縛った、水色がかった銀の長い髪を揺らしながら、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のペルセウスは一人、連れ去られたウェンディ達を助けるために駆けている。

 

「(奴等と衝突してから一時間……いや二時間は経過したか……。エルザの容態がどうなっているか、気になるところだが……)」

 

ジュラと二人で行動していたはずの彼が、何故今は単身で行動しているのか?それは、六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下ギルド三つを返り討ちにし、そのメンバーから六魔の拠点を聞き出した直後の事だ。ジュラはウェンディ達の救出をペルセウスに任せ、一人その場に残ることを決めた。大きな魔力が近づいていることに気付いたからである。

 

『ワシはここで、その六魔の一人を迎え撃つ。ペルセウス殿は西へ向かい、ウェンディ殿の救出を……』

 

奴等の内の一人が近づいていたのなら、自分も残り共に戦う事も一つの手だった。しかし今は毒に冒されたエルザを治すためにも、ウェンディの救出が最優先。故に六魔の相手をジュラに任せ、自分はウェンディが囚われている六魔の拠点へと急いで向かっていた。急がなければ。ウェンディの身に何が起きるかも分からない。時間をかけ過ぎたらエルザの命も危うい。その一心で必死に足を動かす。

 

 

そんな彼の耳に、空を切るような聞き覚えのある音が聞こえた。反射的に上空へと視線を移すと、その正体はすぐさま判明した。

 

「シエル!?それにあれは……」

 

人を乗せることが出来る雲で空中を移動する魔法、乗雲(クラウィド)に乗って上空を横切る弟。人間が移動するより大きく上回る速度で過ぎて行った弟の操る雲には、彼以外にも何者かを乗せていたのが見えた。

 

地上からでは、風に棚引く藍色の髪しか見えなかったが、その髪の人物には心当たりがあった。と言うより、一人しか当てはまらない。

 

「ウェンディを助け出せたか!」

 

これはまたとない好機。その上助け出し、今エルザの元へ彼女と共に向かっているのが弟であることを知り、ペルセウスは鼻が高くなるのを感じた。そしてこれで、もう自分が西に向かう必要がなくなったという事だ。となればやることは決まった。

 

ウェンディとエルザはシエルに任せ、六魔と一人対峙しているであろうジュラに加勢するため、ペルセウスは先程まで通った道を反転し、ジュラの元へと急いで戻りだした。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

樹海の上空を雲に乗りながら移動し、気を失ったままの少女に淡い光を放つ小太陽をかざし続けるシエル。彼女が雲の上から落ちないように気を配りながら、エルザたちが待っているであろう地点を目指す。

 

淡い光を放つ小さな太陽――日光浴(サンライズ)――をウェンディに当て続けるのは、彼女の魔力を回復させることが主な目的だ。シャルルの話によれば、彼女が扱う治癒の魔法は魔力を大きく消費する。もしこのままエルザの元に早く辿り着いても、彼女の魔力が不足していることで満足に治癒効果が発揮できない可能性がある。それを解決するために、移動しているこの時間を利用して、彼女の回復を行っているのだ。

 

「方角は……こっちであってたかな……?」

 

樹海を駆けていた時の記憶を頼りに大まかな方角へと雲を向けて進んでいく。見渡す限り鬱蒼と茂っている木々が先の先まで続いており、正確な位置が特定できそうにない。仕方なく先へと進み、一刻も早くエルザの元に着こうと考える。

 

「ん……うぅん……?」

 

光に当て続けてから10分ほどが経った頃だろうか。雲の上で横になっていた少女が身じろぎ、徐々にその瞼を開こうとしていた。魔力が回復してきたことによって、意識を取り戻したと思われる。

 

「ウェンディ、気が付いた?良かった!」

 

彼女の意識が戻ったことに気付いたシエルが表情を喜色に染め、彼女に目を合わせる。戻りかけの意識でシエルを視界に入れた少女は、その瞬間突発的に覚醒して、すぐにその身を起こした。

 

「ひゃあっ!!」

 

驚愕からか、それとも怯えからか、少年を避けるようにしてすぐさま後ずさるウェンディ。しかし、人を乗せれるとはいえ狭い雲の上。今の状態を理解する暇もなく急に移動したウェンディは、後ずさったその場に何もないことに気付くのが遅れた。

 

「えっ」

「危ない!!」

 

少女が漏らした声と、慌てた少年の声が同時に響く。幸いにも咄嗟に彼女が伸ばした右手を掴むことで、落下を避けることは出来た。既に雲も停止しており、状況が把握できずに呆けた様子のウェンディを、シエルは両手で彼女の腕を掴みながら引き上げる。

 

「え、え!?私、何が、どうなって……!?」

 

「順を追って説明するから、まずは乗り直して……!」

 

咄嗟に手を掴んで落下を阻止したため、今のシエルは力をうまく出せない体勢だ。本来ならウェンディの様に華奢な少女を引っ張り上げるなど訳ないのだが、状況が状況だ。ひとまず雲の上に戻るために、ウェンディも空いている左手や足を使って這いあがり、無事に乗り直すことに成功する。正直心臓に悪かった。ウェンディを引っ張り上げたシエルは安堵の一息を吐く。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ううん、気にしないでよ。あんな状況じゃビックリもするだろうし」

 

「それもですけど、私……」

 

雲の上に座り直して顔を俯かせながら謝るウェンディ。起きた瞬間雲に乗って飛んでいた、などと予想するのは無理があるため、シエルも笑みを浮かべて返すが、彼女の面持ちは晴れない。それは、先程迷惑をかけたこと、それ以外も含まれているような、悲痛とも言える顔。聞かなければいけないことがあるみたいだ。

 

「取り敢えず、色々と聞きたいけど移動しながらにしよう。再発進させるから、落ちないようにしてて?」

 

「……はい……」

 

一拍置いてから肯定の返事をするウェンディの声を聞き、シエルは告げた通り雲を発進させる。それから先程ウェンディが落下しそうになった拍子に解除してしまった日光浴(サンライズ)を再び具現してウェンディに手渡した。

 

「それ、持ってて。まだ魔力が回復しきってないだろうから」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

言われるがまま受け取り、両手の上で浮遊する小さな太陽を眺めると、不思議なことに徐々に体が温かくなり、自分の中の魔力が少しずつ回復していくのを感じとることが出来た。その実感を感じていると、前方に視線を戻したシエルから現在の状況を告げられる。

 

「エルザが敵の毒蛇に噛まれて動けないんだ。毒を治すには、治癒魔法を使えるウェンディの力が必要だってシャルルから聞いて、今こうして君を助けてエルザの元に向かってる」

 

「毒……」

 

「治癒の魔法は魔力を大きく消費するって聞いたから、その日光浴(サンライズ)の光を受けていれば、消費した魔力を少しでも回復できると思う。無理をさせてしまう事になるけど……」

 

そこで一度言葉を切り、後方に座るウェンディの方へとシエルは身体を向け、姿勢を正して座り直す。その行動に目を見張る少女を視界に入れながらも、彼はウェンディに頭を下げて懇願した。

 

「お願いだ。エルザの毒を治してほしい……!放っておいたら、エルザを失う事になってしまう……!!」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)と戦うためにも、エルザの力は必要だ。それ以前に、シエルにとってはギルドの仲間。家族と同様に大切な存在だ。特にエルザは彼にとって姉のようでもあり、稽古をつけてくれた師でもある。絶対に失う訳にはいかない。自ら頭を下げてまでそれを懇願する少年を見て、ウェンディはすぐさま答えた。

 

「も……勿論ですっ!やります!」

 

張り切った様子で告げた少女の答えに、シエルはすぐさま顔を上げて笑みを浮かべる。「ありがとう!」と屈託のない笑顔で礼を告げると、ウェンディはどこか申し訳なさを感じるように、顔を背ける。どんな感情を今抱いているのだろうか。しかし、シエルはその変化に気付かず再び前方へと視線を戻し、エルザの元へと急ぐ。

 

「よし、そうと決まれば早いとこ向かわないとな!」

 

徐々に雲の速度を上げながら樹海の上空を進んでいく。六魔将軍(オラシオンセイス)と激突する前にも同じように雲に乗せてもらったが、改めて目の当たりにすると彼の扱う魔法の多彩さに、少女は目を見張るばかりだ。今自分が両手に持っている小さな太陽の光のおかげか、どこか心にも余裕が生まれているらしく、気づけば彼女は少年に尋ねていた。

 

「スゴイですね、シエルさんって……」

 

「え?」

 

唐突に言われた言葉に、シエルは思わず返事をする。自分では彼女にそう思われるようなことをした自覚が無いのだが、どの辺りなのだろうか。

 

「だって、私とほとんど歳も変わらないのに、天候魔法一つでいろんなことが出来るし、それでいろんな活躍をしてるし……今もこうして、助けられてばかり……」

 

シャルルからも聞いた話だが、ウェンディはこの作戦に自分から志願したそうだ。その理由は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)でも一番と言っていい程噂で広まっているナツ。自分と同じように滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である彼と、一度会ってみたいという思いからだった。彼だけじゃない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)には彼女が憧れた魔導士はまだまだいる。エルザもそうだし、その中にはシエルの名もあった。

 

特にシエルは自分と2つしか歳が離れていないにも関わらず、同じギルド内でも上位に食い込むほどの活躍をしていると、最近購入した雑誌にも掲載されていた。事実彼女が目にしたシエルの天候魔法(ウェザーズ)は、一概に天気を操作するだけでない多様性を披露している。自分と同年代の魔導士が大きく有名になっている。同じような立ち位置と言えるウェンディにとっては、彼もまた憧れたり得る存在だ。

 

「でもウェンディは、俺よりも優れた治癒魔法を使えるって聞いてるよ?魔力や傷の回復なら俺もできるけど、毒とかを治せたりはしないし」

 

「サポートや治療なら得意なんですけど、戦うとなるとやっぱり怖くて……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なのに、攻撃系の魔法だって使えませんし……」

 

きっとこれは本心だろう。後方支援を専門とする魔導士も確かに存在するし、彼女の話だけを聞けばそう言う部類だと断定することもできる。だが、ナツやガジルの戦いを見ていたシエルは、どうも腑に落ちない。滅竜魔法と言われる竜迎撃用の魔法が、サポート特化のみで終わるものなのか?

 

「ウェンディの魔法って、天竜グランディーネ、だっけ?その(ドラゴン)から教わったんでしょ?サポートの魔法だけだったの?」

 

「あ、いえ……攻撃の魔法もいくつかあったんですけど、私には使えなかったんです……」

 

グランディーネから一通りの魔法を教えてもらっていた彼女は、サポートや治癒の魔法は比較的早く習得できた。しかし、攻撃の魔法は彼女に合わなかったのか、上手く発動できなかったらしい。才能の問題なのだと、ウェンディは結論付けているようだ。

 

「それ以降はグランディーネも、教えてくれるのはサポートの魔法だけだったから……私が攻撃の魔法を使えないからだったと思います……」

 

「多分だけど、ウェンディが攻撃魔法を覚えられなかったのは、才能の有無じゃないと思う」

 

だが少年が告げた言葉に、ウェンディは驚愕と疑問を顔に浮かべた。何故そう言い切れるのか、その考えに至ったのか、彼女が尋ねるよりも先にシエルはその言葉の意味を語りだした。

 

「俺がよく聞いていることなんだけどさ、魔法は心に左右されるんだ。心の持ち方一つで、魔法の在り方や強弱などが変わってくる。ウェンディが攻撃よりもサポートの魔法を得意としてるのも、その影響じゃないかな?」

 

「それって……私がいつも弱音吐いたり怯えたり逃げたりするような意気地なしだから、ですか……?」

 

「違う違う。てかそこまで自分を卑下しなくても……」

 

シエルの説明をマイナスイメージで解釈して、物凄く後ろ向きな考えを泣きながら吐露するウェンディに、困惑しながらもシエルはフォローした。放っておいたらずっとネガティブな発言してそうだこの子……。

 

「戦うのが苦手、って言ってたでしょ?でも治療や補助の魔法が出来るってことは、正確に言えばウェンディは、自信がないのに加えて『誰かを傷つけたくない』とか、『誰かが怪我するのを見たくない』って想いが強いんじゃない?」

 

その言葉を聞いたウェンディには心当たりがあった。思えばギルドで依頼をこなす時、ほとんどが怪我や病気の治療と言った、誰かが苦しんでる姿を見て助けてあげたいという気持ちから行動することがほとんどだ。

 

逆に戦闘に関しては、自分の手で誰かが怪我するところや、自分の知っている人たちが傷つけられてしまう事に抵抗感が強い。その想いが強いから、(ドラゴン)に対して有効打を与える攻撃用の滅竜魔法が上手く使えない、と解釈したシエルの言葉は彼女の胸の内にストンと落ちた。

 

「みんなの支援に回って役に立つ。それもまた一つの戦い方だ。けどそれだけがイヤなら……自分も戦ってでも助けたいなら、『守るために戦う』という想いを持ってみたらどうかな?」

 

「守るため……」

 

後ろで支えるだけの戦い方。間違っているわけではないが、限度が存在するだろう。本人がそれを望むならそれ以上は言わないが、もしそうじゃないならば、その道標になり得る考えをせめて伝える。シエルに出来るのはそこまでだ。

 

そして少年から教えてもらった言葉と想い。それを口に反芻し、心の中に留める。この作戦に参加してから抱いていた悩みを解決してくれたシエルに、ウェンディは口元に笑みを浮かべながら彼に告げた。

 

「ありがとうございます。シエルさん、雑誌で読んだイメージだとイタズラが好きだって書いてありましたけど……優しいんですね」

 

安心しきった様子の笑顔を向けて言葉をかけた瞬間、シエルの心臓が跳ねた。さらに言えば顔に熱が籠った。彼女に言葉をかけるうちに後ろに向けていた顔を勢いよく前方に戻しながら「そ、そうかな!?イタズラ好きは、一応、ホント、だけど……!」と上ずった声で返事をして、その豹変の仕方にウェンディは疑問符を浮かべる。

 

作戦開始の時に兄に言われた言葉で落ち着いていた気分が再び浮上してきてしまった。よくよく考えてみれば、今この空中を移動しているのは自分と、後ろのいるウェンディの二人のみ。

 

()()()()だ。つまり二人っきりである。

 

その事実に気付いた瞬間、心臓の鼓動と顔の熱がさらに上昇する。先程まで普通に話していたはずなのにもう次の言葉が出てこなくなっている。急に背を向けて何も発さず押し黙るシエルに向けられる困惑の視線。それが尚の事彼に焦りを生み出してより一層言葉に詰まる。思考と一緒に目がグルグルと廻るのを感じる。こういう時はどうすればいい?なんて言葉をかければいい?

 

 

 

 

《シエルくん、聞こえるかい?》

 

「ぅわっひゃーおぉ!?」

 

戸惑いまくって混乱していたシエルの頭の中に、突如声が響いたことで思いっきり変な声を出して体を震わせる。そしてシエルのへんな声のせいで後方にいたウェンディも大きく体を震わせて驚愕している。ついでに言えば、操作する者が混乱したせいで再び雲は急停止した。

 

《えっと……大丈夫かい?》

 

「なななな何だ!?頭に声……念話(テレパシー)!?」

 

《静かに!敵の中には恐ろしく耳のいい奴がいる。僕たちの会話は筒抜けている可能性もある。だから、君の頭に直接語り掛けているんだ》

 

念話(テレパシー)で会話を飛ばしてきているその声の男性を、シエルは思い出した。連合軍の仲間の一人である青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキだ。今はルーシィと共にエルザの近くに待機してたはずだ。彼の扱う魔法・古文書(アーカイブ)には念話も備わっているのかと感嘆する。

 

《それにしても良かった、シエルくんともつなげられて。ナツくんから、ウェンディちゃんは君と一緒にいると聞いて、どうにかしてつなげられないか色々と模索していたんだ》

 

ヒビキの言葉から察するに、シエルよりも先にナツと連絡が取れていたらしい。そのナツから、エルザを治せる存在であるウェンディは自分と一緒にいることを聞いたのだろう。

 

《それで、ウェンディちゃんは?》

 

「ああ、ここにいるよ」

 

「あの……先程から、誰かとお話してるんですか?」

 

ウェンディが尋ねてきた言葉に、シエルは疑問を感じた。彼女にはヒビキの声が聞こえていない。今念話を繋げているのは自分だけなのだろうか?その疑問を察したヒビキが、続け様に答えを示した。

 

《安心したよ。どうやら魔力の低下でウェンディちゃんとはつながらないみたいだね》

 

日光浴(サンライズ)である程度は回復したようだが、念話がつながるほどの魔力には至っていないらしい。それを理解したシエルは、ウェンディにヒビキと念話を繋げていることを簡単に説明しておいた。

 

《ナツくんには既に送ったんだけど、君の頭にもこの場所への地図をアップロードするから、それを頼りに急いで戻ってきてくれ》

 

「地図を……アップロード……?」

 

地図はまだしも、『アップロード』と言う聞きなれない単語に首を傾げて反芻するシエルに、ある変化が起きた。頭の上に青い横向きの棒――分かりやすく言えばアップロードバー――が浮かび上がり、左から朱色の光が徐々に棒を埋めていく。そして棒の色が青から朱色に変化が終わった時、シエルの頭の中に、樹海の全体図と自分たちの現在位置、そしてヒビキたちがいると思われる地点が表示されている絵が記憶される。

 

「おお!?何だこれ、自分の場所もエルザたちがいるところも手に取るようにわかる!」

 

念話がつながっていないウェンディは、会話が追い付かないところに、何故か興奮気味に騒ぎ出したシエルに最早困惑から戻ってこられない様子だ。意中の少女が目を点にして自分を見ていることにも気づいていないシエルは、佇まいを直し、自分の現在地とエルザたちのいる地点から見てその方角へと向きを変える。

 

「この方角と距離なら……近いぞ!目と鼻の先だ!」

 

《え、徒歩で10分以上はかかる距離だと思うんだけど……?》

 

「問題ねぇ、40秒で辿り着く!」

 

得意気にヒビキに告げたシエルは後方にいるウェンディに向き直す。再び雲の速度を上げるために、後方にいるウェンディにしっかり雲を掴まっていて欲しいと伝えるためにだ。その為に彼女の名を呼んだシエルであったが……。

 

 

 

樹海の一角に眩い閃光が走り、轟音と地響きが響き渡った。まるで大規模な爆発が起きたかのような現象に、シエルもウェンディもその方向へと視線を奪われた。連合軍と六魔将軍(オラシオンセイス)の内の誰かが交戦していることが原因か。そしてその人物について、シエルは一人心当たりがあった。

 

「(まさか、グレイ……?)」

 

レーサーの追跡を食い止めるため一人残って対峙することを決めたグレイ。レーサーが何かをしたのだろうか、グレイは無事なのか。気になることは多々あるが、今自分たちが優先すべきことは別の事だ。

 

「ウェンディ、また飛ばすから、しっかり掴まってて!」

 

「は、はい!」

 

困惑から回復し、ウェンディに改めて告げたシエルは「行くぞ!」という声と共に一気に雲を急発進させる。それに伴ってシエルの頭に記憶されている地図の現在地も移動している。便利だ。そして先程の宣言通り40秒近くで地図に記された地点に近づいたシエルは、目当ての人物たちの姿を探す。

 

「来た!おーい、シエルこっちー!!」

 

「ルーシィ!!」

 

先に姿を捉えたのは向こう側だった。上空を移動する雲に乗る二人を見つけたルーシィがこちらに呼びかける。すぐさま雲を地上のルーシィたちの近くまで降ろし、ウェンディが降りたのを確認してから解除する。

 

「本当に40秒で来た……」

 

面食らった様子で呟くヒビキを尻目に、シエルはエルザの状態を確認する。既に右腕はほとんど毒によって紫に変色し、その毒は肩、そして顔の右端にまで及んでいる。どれほどの猶予が残っているかは分からないが、一刻を争う。ウェンディもエルザの姿を見て、その重大さを認識しているようだ。

 

「ウェンディ」

 

「任せてください!」

 

移動中に説明をしていたことで、事情の把握は既にできている。横になっているエルザに近づくと、両手を彼女にかざし、清浄な青白い光を発する。その光に当てられたエルザの変色している部分は、徐々にその色を元の健康的な肌色へと戻していく。

 

全員がそれを固唾を飲んで見守っていると、別方向の茂みから、何者かが搔き分けているのかガサガサという音が鳴る。治療に専念しているウェンディを除く面々がそれに反応して振り向くと、音を立てていた正体がその姿を現した。

 

「着いたー!!」

 

気絶した状態のネコ二匹を抱えた桜髪の青年・ナツだ。彼もまたヒビキから地図を記憶に入れてもらい、それを辿ってここまで移動していた。

 

「どうなってんだ!?急に頭の中にここまでの地図が……」

 

「あの地図ホントに便利だね。あれがなかったらもっと時間かかってたと思うよ」

 

「お、シエル!ウェンディは!?」

 

合流を果たしたナツがシエルの姿を捉え、彼と共に移動していた少女の姿を探す。そんな彼にシエルがエルザの治療を行っているウェンディの方へと指し示す。それを見て、ナツは表情に喜びを浮かべた。

 

彼女の集中を切らさない為にも無言で治療の様子を見守る一同。気絶から目を覚ましたハッピーとシャルルも加わってその様子を眺めている。そして……。

 

「終わりました。エルザさんの体から、毒は消えました」

 

額に浮かんだ汗を腕で拭いながら振り向き、治療の完了を告げるウェンディ。その言葉を聞いた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々がエルザの容態を確認する。毒によって苦しんでいた顔色は良くなっており、変色した部分も完全に消えている。そして呼吸も安定していて、しばらく休めば回復は時間の問題だろう。それを理解した一同は途端に歓声を上げた。

 

『おっしゃーっ!!』

 

「ルーシィ、ハイタッチだーっ!!」

「良かった~!うわ~ん!!」

 

「シャルル~!!」

「一回だけよ!」

 

喜びを前面に表してハイタッチの形にするナツとルーシィ。それに感化されてハッピーもシャルルの元に駆け寄って促すと、態度こそつっけんどんだが応えていた。それを見たシエルもすぐさま行動に移す。

 

「ウェンディ!」

 

左手を上向きに差し出して治療を行ってくれた少女の名を呼ぶと、戸惑いながらも右手を出してシエルとのハイタッチを交わす。

 

「改めて、ありがとう!」

 

「オレからもありがとな!」

 

笑顔を向けながらウェンディにお礼の言葉をかけるシエルに、後ろから肩に腕を回しながらナツもウェンディに礼の言葉をかける。急に肩を組まれたことで少しばかりシエルは驚いた様子だったが、喜びの感情の方が強かったため、それ以上は気にしなかった。

 

「しばらくは目を覚まさないかもですけど、もう大丈夫ですよ」

 

どこか困っているようにも見えるが、ウェンディは口元に笑みを浮かべながら答えた。そう言えば、意識が戻った後、最初はどこか自分に対して恐る恐ると言った態度だったような……。今現在そんな印象を感じさせる。

 

「凄いね……本当に顔色が良くなってる……。これが天空魔法……」

 

「近すぎ!!」

 

一方ヒビキはというと、顔色がよくなったエルザの容態を確認するためだけに、彼女の顔を至近距離から眺めていた。あと少し近づくと口づけしてしまうほどの近さだ。この状態でエルザが目覚めたら……いややめておこう。

 

「いいこと?これ以上天空魔法をウェンディに使わせないでちょうだい。見ての通り、この魔法はウェンディの魔力をたくさん使う」

 

「私の事はいいの!それより、私……」

 

見るからに消耗している様子のウェンディだが、彼女はそれよりも気にしていることがあるようだ。先程から言おうと思っていることは伝わるが、中々そのタイミングが無いように見える。

 

「後はエルザさんが目覚めたら、反撃の時だね」

 

「うん!打倒六魔将軍(オラシオンセイス)!!」

 

「おーーっ!!ニルヴァーナは渡さないぞぉ!!」

 

張り切る様子を見せる連合軍。後手に回ってしまったが、まだ立て直しがききそうだ。今の戦況がどうなっているかは不明だが、ニルヴァーナが奴等の手元に渡らない限りはこちらに勝機はあると思っていい。

 

 

 

 

だが、そんな彼らの奮起を、樹海の奥深くから突如上がった膨大な光が、それを驚愕へと塗り替えた。

 

「何!?」

 

一斉にその光の方へと目を向ける一同。天高くへと昇る巨大な光の柱。それに集う樹海のあちこちから溢れ出る黒い魔力。光という形容でありながら、その色は黒にも見える。

 

まさか。その場にいる者は一様に感じ取っていた。あの光の柱から発せられる魔力を。そしてその正体を。

 

「あれは……ニルヴァーナ!!?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

巨大な黒き光の柱。樹海のどこからでも確認できるそれを、連合軍と六魔将軍(オラシオンセイス)、両陣営が目視していた。そしてそれは、現在対峙している両陣営からの魔導士たちも例外ではない。

 

「あれは……一体……!?」

 

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)から代表で選出された聖十(せいてん)ジュラ。それに対するは六魔将軍(オラシオンセイス)の一人である修道服を着た大柄の男・ホットアイ。土を固くして攻撃するジュラと、柔らかくして攻撃するホットアイ。対称的な魔法を扱う二人も、謎の光の柱を目撃して一時戦いを止めざるを得ない状況となる。そして、ホットアイのみが、あの光の柱の正体を確信していた。

 

「ニルヴァーナ……デスネ!」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)が狙う、古代人が封じた魔法の封印が解かれた。ホットアイの話によれば本体はまだ起動していないらしいが、ジュラは焦りを顔に表す。ニルヴァーナが復活してしまった今、目の前にいる男と戦っている場合ではない。しかし、この男は六魔将軍(オラシオンセイス)の一人。今回の任務で討伐するべき対象である。

 

ホットアイと戦うべきか、ニルヴァーナを止めに向かうべきか。選択を迫られている状況の中で、この場にもう一人の来訪者が現れた。

 

「ジュラさん、あの光は見たか!?」

 

木々をぬってその姿を現したのは、先刻別行動をとっていたはずのペルセウス。西の廃村に向かっていたはずの彼が何故ここにいるのか、彼はさらに驚愕を表情に表した。

 

「ペルセウス殿!?ウェンディ殿たちは……!?」

 

「心配ない。ウェンディはシエルが助け出していた。今頃は、エルザの毒も治ってる頃さ」

 

「そうか……ひとまずは安心だ……」

 

懸念の一つであったウェンディの救出とエルザの解毒。これが解決した今、おのずと有効策は限られてくる。ジュラとホットアイの激突は、一見すれば五分と五分。そこにペルセウスと言う実力者が介入すれば大きく戦況を動かすことが出来る。

 

「片や聖十(せいてん)の魔導士、片や幻とも呼ばれた堕天使……。正直言ってこれは不利……しかし!ニルヴァーナの封印が解かれた今、私たちが金持ちとなり、勝利する未来に大きく近づいた……デスネ!」

 

戦況は不利と感じながらも、ニルヴァーナの封印を解かれたことで優勢に感じ、余裕を見せて含み笑いをするホットアイ。それを見ながら、ペルセウスは換装でミストルティンを呼び出し、ジュラの隣に並び立つ。

 

「あの光の柱がニルヴァーナか……。なら、手っ取り早くこいつを倒して」

 

「うむ、ニルヴァーナを止める!」

 

戦闘態勢。準備は万端。トップクラスの実力者たる二人を前にしても、近い未来に感じる金のニオイと気配に、ホットアイは零れる笑いが未だに止まらない。

 

「金!金!!金のニオイがプンプンする……デスネ!金さえあれば、そう、この世は金が……っ!!?」

 

狂ったように執着を見せるホットアイ。しかし、突如その様子は急変した。両手を広げた態勢で静止し、小刻みにその巨体を震わせる。それを見てペルセウスたちが怪訝の視線を向けていると、両手で顔を覆い、突如苦悶の叫び声を上げだした。

 

「な……何だ今度は……!?」

 

「何が起きている……!?」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ニルヴァーナ……?あれが、そうなのか?」

 

「まさか、六魔将軍(オラシオンセイス)に先を越された!?」

 

ヒビキが口にした言葉によってあの光の柱がニルヴァーナによるものだと理解できたシエルたち。その中で、ナツはあるものを感じとっていた。ウェンディ達を助けに行った時、レーサーと対峙していた際に感じていたニオイ。

 

「シエル……まさかここに、あいつがいるのか……?」

 

静かに尋ねるナツの問い。ルーシィたちはその問いがどういう意味を持つのか理解できない。しかしシエルは気付いた。ナツが聞きたがっているのは、あの男に関することだと。

 

 

 

 

「……ああ、いる。この樹海に……ジェラールがいる!」

 

それを聞いた瞬間、ルーシィ、そしてウェンディに衝撃が走った。楽園の塔の事件で大きく関与した男の名を聞いたルーシィは、その名を反芻して叫ぶ。そして、シエルの答えを聞いたナツも、すぐさま動いた。

 

「やっぱりか……!!」

 

怒りを滲ませて歯を食いしばり、光の柱が昇る方角へとナツは駆け出した。それを見てルーシィが呼び止めるが、ナツは止まろうとはしない。あっという間に奥の方へと姿を消していく。

 

「シエル!ジェラールってどういう事!?」

 

「俺も正直詳しくは分からない。でも確かにいたんだ。そして……六魔の奴等と同行してた……!」

 

実際に彼は見ている。ジェラールがブレインと同じ場所にいて、ウェンディに何かしらのことを強いていたことを。奴らがどういう関係で、ジェラールが何をしようとしているかまでは判断できない。だが、このまま放っておくわけにもいかない。

 

「とにかくナツくんを追うんだ、今できるのはそれしかない」

 

「ああ、ジェラールの事も気掛かりだし……」

 

「あーーっ!!!」

 

ヒビキの提案を受けてすぐさま行動に移ろうとする一同。しかし、それをシャルルの声が突如遮った。反射的にその方向へと目を向けると、その視界に映った光景と彼女が告げた内容に、再び一同に衝撃が走った。

 

「エルザがいない!!」

 

「ええっ!?」

 

解毒を済ませ、安静にしていたはずのエルザが姿を消していた。まさか、今の会話を聞いていたのだろうか?ジェラールの名に反応し、自分もすぐさま行動した?

 

「あ……ああ……!!」

 

ニルヴァーナの封印が解け、ナツもエルザもジェラールを追って姿を消した。次々と起こる事態を目の当たりにし、ウェンディは両手を顔に持っていき、その現状に絶望を抱いていた。

 

「何なのよあの女!ウェンディに一言の礼も無しに!」

「エルザ……もしかしてジェラールって名前聞いて……」

「そんな!まだ治ったばかりなのに……!」

「二人を早く追わないと……ウェンディも早く!……ウェンディ?」

 

悪化していく事態。仲間たちの声も、今の彼女の耳に入っていない。視界が黒くなっていく……。

 

「どうしよう……私のせいだ……!!」

 

そして唐突に思い出すのは、ブレインによって連れ去られていた間の記憶だった。

 

『この男はジェラール。かつて評議院に潜入していた』

『ジェラールって、あのジェラール!?』

『うぬにとっては恩人だ』

『ジェラールは悪い奴なんだよ!ニルヴァーナだって奪われちゃうよ!!』

『それでも私……この人に助けられた……』

『時間だ、うぬなら治すのは簡単だろう?』

『ウェンディに何をしたァアーーーーッ!!!』

 

「私の……せいだっ……!」

 

自分があの時ジェラールを治したせいで。一緒にいたハッピーにあれほど言われたのに、それでも信じたくて。悪い人たちに力を貸したくは無かったけど、自分にとって彼は恩人で。でもそんな彼がニルヴァーナを見つけて封印を解いてしまった。そのせいで、あの二人も彼の元に向かっていってしまって。

 

こんな風になってしまうのを望んでいなかった。けれど、事態が悪い方向にばかり行ってしまったのは、あの時自分が彼を治したから。あの時治さなかったら……あの時連れ去られなかったら……この作戦に、参加なんてしなければ……!!

 

 

 

 

 

パァン!!

 

「っ!!」

 

黒く塗りつぶされかけた思考は突如目の前で響いた破裂音によって、一瞬霧散した。ただただそれに驚いて目を向けてみれば、目に映ったのは妖精の紋章を左頬に刻んだ少年。自分の目の前で両手を合掌するように合わせているのを見て、今の破裂音が彼によって鳴らされたものだと理解した。

 

「シエル、さん……」

 

思わず名前を呟くと、彼は合わせていた手を開いて、先程も自分の魔力を回復させてくれた、淡く輝く小さい太陽を具現する。その光を目に映すだけで、心と思考に塗りつぶされそうになった黒い感情が和らいだ気がした。

 

「大丈夫?何があったのか、話してくれるかな?」

 

穏やかな笑みを浮かべながら、安心できるような声で尋ねてくる少年に、先程の黒い感情が薄れていくのを感じながらウェンディはポツポツと話し出した。

 

ブレインに連れ去られた後、奴らの仮設拠点で、天空魔法を用いてある者を治すように強要された。そしてブレインの指示によってレーサーが連れてきたのが、楽園の塔の事件によって、エーテリオンのエーテルナノを浴びすぎて重傷を負ったジェラールだった。

 

「それで、あいつらに脅されてジェラールを?」

 

「違う……。ジェラールは、あの人は、私の恩人だったの……」

 

シエルたちにとっては、エルザを始めとした多くの人々を苦しめた男。だがウェンディにとっては、ジェラールは恩人。今よりも幼い頃に一人でいたところを助けてもらった経緯があるらしい。

 

誰も彼もがジェラールが悪人だと決め、憎悪を向ける者たちもいる。でも自分は信じたかった。あんなに優しかったジェラールが、助けてくれたジェラールが、そのような悪事を行ったことなど。だがその結果、みんなが恐れていた事態が起きてしまった。薄れていた黒い感情が、再びウェンディの心を侵食し始める。

 

「私がジェラールを治したから……!誰も傷つけたくないって思ってたのに、私の魔法が……みんなを……!!」

 

 

 

 

 

「違う!」

 

そう叫びながらシエルは、ウェンディが顔に持って行っていた両手を引いて優しく握る。断言しきった少年の言葉に、彼女に纏わっていた黒い感情が再び鳴りを潜める。

 

「君の魔法は、俺達を確かに助けたよ。だって……君がいなかったら、エルザは今も毒に苦しんでいた」

 

ウェンディは再び目を見張った。誰かを思うウェンディの心から生まれた魔法が、彼らの大切な存在であるエルザを、確かに救った。

 

「あの時君にかけた感謝の言葉に嘘なんて一つもない。あの笑顔にも嘘は一つもない。君の魔法は、誰かを傷つけるものじゃない。俺達を、みんなを笑顔にしてくれる魔法なんだ」

 

「……みんなを……笑顔に……」

 

エルザの解毒が完璧に済んだ時に、仲間たちは大いに喜んでいた。そして分かち合っていた。輝かしい笑顔。それを作り上げたのは、紛れも無くウェンディの天空魔法だ。誰かが傷つくのを望まない、心優しい彼女が扱う魔法は、みんなを笑顔にしてくれる“笑顔の魔法”。

 

「確かに今の状況がいいものとは言えない。でも、今するべきことはその事態を引き起こしたことを責めるんじゃなく、ここからどうしていくのか。後ろを向いて後悔するんじゃなく、前を向いて挽回していくことだ」

 

気を引き締めて告げていた彼は言い切った後、再び笑みに戻し、彼女に発破をかける為次の言葉をかける。

 

「俺達仲間が一緒なら、きっとそれが出来る。勿論、ウェンディも」

 

「私も……?」

 

「俺もみんなも、そしてウェンディも、みんなが笑顔になるために、今できることをやるんだ」

 

それが、みんなを笑顔に出来る自分が、出来る事。後悔ばかりはしていられない。これ以上の悲しみを引き起こさない為にも前へと進む。

 

彼の言葉と、小さな太陽の光は、少女に纏わりついていた闇を打ち払った。陰を帯びていた瞳に光が完全に戻り、両の目から涙を流しているが、悪い感情によるものではないことが分かる。溢れる涙を右手で拭いながら落ち着いた様子のウェンディは改めてシエルに向き直った。

 

「あの、ありがとう……シエルさん……私、シエルさんに迷惑かけてばっかですね……」

 

「これくらい迷惑にならないし、今は仲間なんだから、気にすることないよ」

 

互いに笑顔を浮かべながら伝えあう二人。もう暗い感情は感じさせない。ウェンディに突如闇のような黒い何かを感じて咄嗟に移った行動は、どうやら効果的だったようだ。一安心だとシエルは再び笑みを零す。

 

 

「「どぅえきとぅえるる~!!」」

 

「うっ!うっさいな!!」

 

思った以上にいい雰囲気を醸し出していたらしく、思いっきりニヤついた顔を浮かべる金髪少女と青ネコの煽りに顔を一瞬で赤くした少年の反論が響いた。

 

「てゆーか……いつまでそうしてるつもりなのよアンタ!」

 

一方でどこか不機嫌な様子の白ネコの声に「へ?」と呆けた声をあげながらシエルは視線をウェンディの、正確には彼女の顔から下の方へと向ける。涙を拭うための右手は解放されていたが、もう片方の左手は、未だに自分の両手の中に納まったままだ。視界に入れて理解したシエルは再び顔を赤く染めて慌てて彼女の左手を解放した。

 

「あっ!?ご、ごめん!ずっと握りっぱなしで!!」

 

「いえ……()()気にしてませんよ?」

 

だがその直後彼女の無自覚な言葉の刃がシエルの心臓に突き刺さった。主に()()という部分が堪えた。これにはさしものルーシィたちも同情を禁じ得ない。

 

「シエルくん……君はまさか……」

 

すると、ここまで言葉を発さなかったヒビキが、驚愕の表情を浮かべながら彼に近づく。予期せぬ刃に若干悲しみを抱えているところに言葉をかけられ、若干涙目状態だが。

 

 

 

「まさか知っているのか?ニルヴァーナが、どういう魔法なのかを……!」

 

だが彼から告げられた言葉は、その場にいる全員を震撼させるものだった。今のやり取りの中で、それを決定づける何かがあったという事だろうか?そしてシエルは、誰もが知らなかったはずのニルヴァーナを知っている?驚愕の表情を込めた一同の視線を一身に受けながら……。

 

 

 

 

「……ん……?」

 

本人もまた、驚愕や困惑と言ったものを抱いた表情で首を傾げていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「おおおおおおっ!!金……!金……!!金ぇ……!!!」

 

両手で目を覆い隠し、金という言葉を連呼しながら苦しむホットアイ。何をしているのか、奴に何が起きているのか、状況が全く把握できず、ペルセウスもジュラも警戒を強めることしかできない。そして……。

 

 

「おおおーーーーーっ!!!金ェーーーーーーーーーーッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

など!いらないの……デスヨ……」

 

 

 

「「はぁーーーっ!!?」」

 

先程まで見せていた金への執着を一切捨て去った輝かしい笑顔で断言したホットアイ。その顔と言葉を見聞きした二人の実力者の間抜けな声が、辺り一帯に響き渡った……。




おまけ風次回予告

ルーシィ「『俺達を、みんなを笑顔にしてくれる魔法なんだ』…だって!いや~カッコいい事言うわねシエル~!(笑)」

シエル「蒸し返すな!改めて言われるとものすっごく恥ずかしいんだよ!!///」

ルーシィ「でもでも、おかげでウェンディからのイメージもより良くなったんじゃない?こっからもっといいとこ見せていけば、いずれは可能性あるかも?」

シエル「そ、そうかな…?よし、作戦に集中しつつ、それとなく機を見ていこうかな…少しぐらいは意識されたいし…」

ルーシィ「あ、やっぱ気にしてるのね、ウェンディのあれ…」

次回『共同の天、対立の星』

ルーシィ「きっと大丈夫よ!シエルはイタズラ好きなのが玉に瑕だけど、物件としては優良なんだし!」

シエル「…そういやルーシィも結構スペック高いけど、その手の話聞かないの何で?」

ルーシィ「知らないわよっ!慰めてあげたのに何その質問!!?」
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