FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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ポンコツパソコンが何度もフリーズするせいでこんなに遅くなっちまったチクショーメェ!!
決めた、次の更新までに絶対買い替えてやる。(戒め)

先週に引き続いて遅くなってしまい申し訳ございません。しかもコノヤロー、間に合わなくなったことが確定した瞬間調子取り戻しやがりましてね…。

次回は木曜から日曜まで連休…。二話更新とかできないかな~ってちょっと考えてます。←


第56話 毒を()

シエルは思い出していた。突発的に、無意識に、本人の意思とは関係なく。

 

5年程前の事。兄が所属しているギルドの奥にある一室が、自分の部屋であり、生活圏だった。部屋にあるのは自分が横になるためのベット。そしてそれを取り囲むように様々な本が収納されている本棚がいくつも陳列しており、出入口の扉と一つの窓のみが、外界とこの部屋を繋げている。

 

薬を飲み、身体を安静にし、容態が安定しているときは本を読む。それが9年生きてきた人生の大半の日常だった。

 

そんなシエルはこの日、ある決心をした。兄はこのギルドが請け負った依頼を果たすために外出している。このギルドのマスターも、今日は何処かに出かけていて数日ほどかかるらしい。最早機会は今しか無かった。

 

己の左掌に収まる、10を超す錠剤を不安と恐怖が入り混じった眼差しで見つめ、水が入ったコップを持つ右手は微かに震えて、表面に波紋を起こしている。

 

正直に言えば怖い。本音を言えば嫌だ。

ごくごく自然の感情であるが、彼はもう引き下がることは許されない。そう自分で決めたのだから。

 

普段から決められた時間、決められた数を飲むように忠告されていたその錠剤を、少年は意を決して適量以上口に放り入れ、一つも零すことなくコップの水で流し込んだ。そして数秒ほどの躊躇いの後、ゴクリと入れ込んだ錠剤全てを喉に通してその身に収めた。

 

激しく深呼吸を数回ほど繰り返し、どれほどの時間が経過しただろう。数分か、数時間か、あるいはたった数秒だっただろうか。息も絶え絶えと言った様子に見えた少年に、その変化は訪れた。

 

『…ふっ…っく、うっ…かっ…!!!』

 

突如胸の奥を中心に、激しい痛みが全身を襲い掛かる。息も上手くできなくなり、頭の激痛は最早言葉にすることもできない。じっとすることが叶わず、寝床としているベットの上から身を捩らせて転げ落ち、激しい吐き気を催して口からそれを吐き出した。その液体の色は赤黒い。吐き出しても吐き出しても湧いて出てくるその赤黒いものは自分が蹲る床と、自分の服を赤く汚していく。

 

辛い。痛い。苦しい。しんどい。終わることのない地獄が体を蝕んで壊していく。早く…早く楽になりたい。その一心で自らに襲い掛かるそれらに耐えていく。きっともうすぐだ。もうすぐで自分も、兄も、あらゆるものから解放される…!

 

 

 

 

『シエル!?しっかりしろ、シエル!!!』

 

その時を待つばかりだった自分の耳に、その声は聞こえた。想定していた以上に早い。もう少し時間があれば、その時を迎えられていたのかもしれないが、とうとう見られてしまった。自分が唯一信頼する兄に。ゆっくりと抱えられて、身体を支える兄の姿が、微かに開いた目に映った。

 

『…に…兄、さん…?』

 

『無理に喋ろうとするな!!薬は…薬は飲んだんじゃ…!?』

 

袋に薬は既になく、水が入っていたであろうコップも転がっている。だが兄は知らなかった。自分が飲んだ薬がどのようなものだったかを。シエルも気付くのに時間をかけたが、実際に飲んでいた自分の方が、その異常さにいち早く気付けたと言っていい。それでも長い時間をかけていたのは、それだけ巧妙に隠されていたという事。

 

『バレ…ちゃった…。兄さんが、いない…間に…終われると、思ったのに…』

 

『は…?それ、どういう事だ…?』

 

上手く呼吸が出来ない。視界も徐々にぼやけてきて、兄の顔がブレ始めている。だが気付かれた以上、隠す意味もない。せめて伝えるべきだと彼は悟る。自分たちが奴等にとってどのような存在だったのかを。

 

『あの薬はね…毒が混ざって、いたんだ…。少量なら…死ぬこと、は…ないけど…それでも…とり続けていれば、決して治らない…毒…』

 

薬に混ぜられていた毒。

その言葉、そして事実を知った時点で、兄は言葉を失った。マスターが用意していた薬を飲めば、シエルの病気を治し、健康な体を手に入れることが出来ると、そう聞いていくつも汚れた仕事をこなしてきた。弟を助けるために、幸せにするために。

 

だが詳しく聞けば真実はその逆だった。マスターは…あの男はペルセウスたち兄弟を利用していた。類稀なる魔法の才を有していたペルセウスの力を手中にするため、そしてそれを永遠に収めておくために、延々と病弱のままでいる弟を傍に置かせることで、弟の為に動く兄を手足としていた。始めから奴は自分たちを解放する気など皆無。その命が尽きる日まで自分たちの手駒としようとしていたことを。

 

そして恐らく、マスター以外のメンバーも、その事を知っている。知っていながら自分たちに明かさず、ペルセウスがこなした仕事の利益で自らの欲を満たしている。

 

『僕の病気は…治らない…!少なく、とも…ここにいる、間は…!そうしたら僕だけじゃない…。兄さんも、ずっとここに、縛られて…ずっとあいつらの…駒のまま…!』

 

自分は足枷だと断定した。兄にとって枷になる自分がいることで、兄は永遠にここで囚われの身同然となる。それを良しとすることは出来ない。

 

 

だから決めた。

必要以上の数の薬を飲み、命を奪うほどの毒を抱えることでこの命を捨てることを。兄にかけられた枷を壊すため、兄を解放するために。己の抱える夢を、憧れを、未来を、全て犠牲にしてでも、兄に自由を与えたい。彼を縛るものは、もう何もないのだ…。

 

『そんなこと…!枷なんかじゃない…!俺にとって、お前は…俺の弟は、俺に残された全てなんだ…!それを…こんな…!!』

 

分かってる。この選択は兄を大いに苦しめ、悔やませ、悲しませることになることを。だからシエルは伝えたかった。もう自分の事で苦しむ必要がないことを。弱い弟と、それを利用する悪意の呪縛から解放されることを。目から光が消え始めたシエルは、残された力を振り絞って、兄に向けて口元に弧を描く。

 

『今まで僕を…守ってく、れて…あ、りがと…う……。兄…さん…』

 

その言葉と共に、シエルの目は閉じられ、彼の身体から力が抜ける。それが何を意味するのか、ペルセウスは理解したくなかった。だが、否が応にも分かってしまう。今まで同じようなことになった者を…同じようなものにしてきた存在を、幾度も見てきたのだから…。

 

だがそれでも…今自分が抱えているのは…自分の命に代えても、守り通したかった…唯一の肉親…!

 

 

 

『うおおあああああああああああああああっっ!!!!!』

 

響く慟哭。溢れる悲しみ。襲い来る後悔。そして…。

 

 

内側から侵食してくる…憤怒と絶望、そして憎悪。

 

 

 

神に愛されたものが扱える神の魔と、彼自身の今の負の感情が大いに宿った数々の武器が向かう先は、今も尚己の欲を満たす人の皮を被った外道共…!!

 

 

 

『な、何をしや…かっ…!!』

『おい、テメェ!…ごっぶ…!?』

『ヒッ!?やっやめ…っ!!』

 

 

今までは自分たちに下劣な嘲笑と煽りを向けてきていたそいつらを、耳障りな声を発する口と共に、その命を刈り取っていく。向かってくる者の首や胴を斬り落とし、動揺する者を頭から叩き潰し、恐怖に引き攣った者の身体に風穴を空ける。逃げ出そうと出入口に向かうものは特に容赦しない。遠距離にも対応する多くの矢で心臓を撃ち抜き、者によっては鎖で縛り上げてその炎で灰へと変える。

 

このギルドはもう終わりだ。この場にいる奴等は、誰一人として生かさない。苦しみを与えて地獄に落とす。

 

 

その苦しみでさえ、シエル(あいつ)が貴様等から味わった苦しみに比べたら、雀の涙にも満ちやしない…!!!

 

 

 

 

 

その日は、今まで誰にも感知されなかったある闇ギルドが、人知れず壊滅した日となった。

 

その一因が、同じギルドに所属してた一人の少年が、マスターを除くすべてのメンバーを一掃したことであるのは、世間どころか、評議員ですら、誰も知らない…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「やらなきゃ…けど、怖い…いやだ…ダメだ…考えるな…兄さん…!」

 

浮遊する雲の上で絶叫した後、頭を抱えてその場に蹲り、顔を青ざめさせて、汗を噴き出し、目から光が失せた状態でシエルがブツブツと言葉を告げて反芻している。仲間であるナツとハッピーは勿論、敵側であるコブラも、前触れなく豹変した少年に困惑を隠せない。

 

「シエル、しっかりしてよ~!」

 

「お前、シエルに何したんだぁ!!」

 

「何もしてねぇよ。少なくともしたつもりはねぇ…が…」

 

シエルの異常の原因がコブラにあると感じたナツが声を荒げるが、こればかりは当の本人もその気は無かった。毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)としての己の正体を明かした直後、目に見えて狼狽していたことから、恐らくそれに関する事なのだろうと思うが‥コブラにとっては全くの筋違いだ。自分の今の姿に、過去のシエルが似たようなトラウマを植え付けられたことぐらいしか分からない。

 

「元々あの小僧の攻撃も作戦も全部聴こえるから、どのみち放っておいても問題はねぇ…」

 

その上今のシエルに、自分と戦えるような精神は無い。彼は捨ておいて、自分の中で脅威だと感じる方に意識を集中する。

 

「ナツ、シエルをあのままにはしておけないよ!」

 

「分かってる!おい、しっかりしろシエル!!」

 

錯乱しているシエルの気持ちを持ち直すため、コブラを一旦置いてシエルの元へと近づこうとするナツとハッピー。だがしかし、その大きな隙を悠長に待つほど、毒竜のコブラは甘くは無かった。

 

「やすやすと行かせねぇぞ?」

 

シエルとの間に潜り込むようにして立ち塞がったコブラ。それを見て一瞬たじろいだナツたちに、禍々しい毒霧を纏った竜の腕を振るって弾き飛ばす。

 

「くっそ、あいつ…!どきやがれぇ!!」

 

それに対して反撃に炎の拳をぶつけようとするも、次々と避けられて逆に顔を毒霧を纏った脚で蹴り飛ばされる。先程の腕での薙ぎ払いと言い、蹴りと言い、食らった場所から徐々に痺れが酷くなっていくのを感じる。

 

「聴こえるぞ。テメェの痛みが…。毒竜の一撃は、全てを腐敗させ滅ぼす…」

 

「ああそうかい?焼き尽くしてやんよぉ、毒なんざなぁ…!」

 

互いに不敵な笑みを浮かべ、コブラは赤黒い霧、ナツは赤い炎をそれぞれ拳に纏って振り被る。

 

「そこどきやがれ!火竜の鉄拳!!」

 

「腐れ落ちろ!『毒竜突牙』!!」

 

深紅の炎を纏った拳と、拳から放たれた赤黒い竜の牙を象った毒がぶつかり合う。数秒ほどの拮抗の末、ナツたちの方が赤黒い霧に押し返されて弾き飛ばされる。

 

「くっそ…まだまだぁ!!」

「アイサー!!」

 

態勢を持ち直し、再び炎を両拳に纏って振るうが、思考も筋肉の動きも息遣いも聴こえるコブラには全く当たらない。奴を倒すことも重要だが、未だに錯乱状態から抜け出せないシエルも心配だ。

 

「ねえ、また攻撃が当たらなくなっちゃったよ!?」

 

「早くシエルのとこ行かなきゃいけねえって、どーしても考えちまうんだよ。それに、あいつが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)って分かってからも、なんか調子狂うし…」

 

コブラが己の力を開放する前に、考えずに特攻することで一時的に有利に戦えていたのだが、今はシエルの事も気掛かりになっているせいで、中々事を運べていない状態だ。

 

「シエルが心配なのは分かるけど、ナツの場合は何も考えない方がいいよ!何も考えない方が!」

 

「二回言うな!!つかどーゆ―意味だそれぇ!!」

 

「とにかく、まずはシエルを何とかしよう!」

 

ちょっとした言い争いこそあったが、ひとまずは目先にあるやるべきことを何とかしなければ。だがやはり立ち塞がるのはこの男だ。スピードを上げてシエルの元へと向かうナツたちの行く手を阻み、攻撃を仕掛けてくる。

 

「どけぇ!!」

 

拳を振るうも防がれたり、躱されたり、そして逆にカウンターを受けて再び身体の動きを鈍らされる。ハッピーが隙をぬって飛び立てばすぐさま追随してきたりと中々シエルの元へと辿り着けない。

 

「火竜の…鉤爪ぇ!!」

 

両脚に炎を纏い、空中で縦回転をしながら振るおうとするナツに、キュベリオスに勢い良く飛ばしてもらったコブラは同様に赤黒い毒霧を足に纏って振るってくる。

 

「『毒竜螺旋顎』!!」

 

ぶつかり合う両者の脚。コブラが聴こえた動きでは、これで十分にナツを押し返せるほどの威力だ。だが…。

 

「ぐっ…うおおおおっ!!」

 

気合の雄叫びを上げながら一瞬でその威力を上げたナツの一撃が、コブラを空中に投げ出す形で弾き返した。さしものコブラもこれには面食らい、キュベリオスに至急落下地点に来てもらうように呼び掛ける。

 

「今だ!!」

「あい!!」

 

しかしその隙がナツたちにとっては功を為した。思わぬところでコブラの妨害を潜り抜けたナツたちがシエルの元へと猛スピードで駆ける。だがそれはコブラに対して背を向けた事と同義。キュベリオスに拾われたコブラはすかさず、シエルの元へと駆けるナツたちに、狙いを定める。

 

「逃がすか!『毒竜鱗牙』!!」

 

前方に魔法陣を展開すると、赤黒い鱗型の魔力弾を無数に発射する。すぐさまハッピーがスピードをマックスにして掻い潜り、更にシエルとの距離を詰める。そしてついに到達したナツは、両手でシエルの肩を掴み呼びかける。

 

「シエル、しっかりしろ!どうした!!」

 

必死に呼びかけるも、シエルの様子は先程とあまり変化が見られない。ずっと頭を抱えて何かをぶつぶつと呟き続けているままだ。

 

「ナツ!後ろが!!」

 

すると、後方からコブラが再び鱗型の魔力弾を放ってきた。今自分が避ければ確実にシエルがその攻撃を受けてしまう。そう考えたナツの行動は迷いないものだった。

 

「ハッピー、オレを前に向けろ!!」

「え!?」

 

その声にハッピーが反射的にナツを魔力弾の前に向ける。だがその時には既に魔力弾は目と鼻の先。すかさず口から火竜の咆哮を放ってそれら全てを撃ち落とそうとする。

 

 

 

しかし全てには至らず、突っ切ってきたいくつかの魔力弾はすべてナツに被弾した。

 

「ナツーー!!」

 

苦悶の声をあげるナツ。それに対して悲鳴をあげるハッピー。その瞬間、頭を抱えてずっと何かを呟いていたシエルが飛び起きたかのように顔を上げる。光を失っていた目に、自分に背を向けて敵の攻撃を受け切ったナツの姿が映った。

 

「ナツ、大丈夫!?」

 

「お、おう…こんくらい、何ともねぇよ…!」

 

見るからにやせ我慢をしているように見えるナツの返事に、ハッピーが心配そうに声をかけるが、彼の目からは闘志は消えていない。

 

「ちっ、だったらこいつで終わりにしてやる!毒竜突牙!!」

 

そんなナツに向けて拳から竜の牙を模した一撃を放つコブラ。ナツはそれに対して拳に炎を纏う事で対抗しようとする。目前に迫りくる攻撃に対して腕を振り被ったナツは…

 

 

 

 

後方のシエルに、横方向に突き飛ばされ、自らその攻撃を受けようとしているシエルを目にし、思考が固まった。

 

「なっ…!?」

 

思わず声をあげた時には、もう遅かった。赤黒い竜の牙が、少年の小さな体を捉え、彼が足場にしている雲ごと突き飛ばす。予想だにしなかった行動に、ナツたちは勿論、コブラさえもそれに目を見開いている。しかし…。

 

「(あの小僧…何か狙ってる…!?)」

 

彼には聴こえていた。ただナツを庇うために起こした行動ではないことを。

 

「「シエルー!!」」

 

焦りを前面に出して呼びかけながら彼の元に辿り着くナツたち。苦悶の表情を浮かべているが、先程の錯乱した状態からはどうやら我を取り戻したらしい。雲の上で膝と両掌をつき、短く呼吸を繰り返しているが、重い怪我ではないようだ。

 

「シエル、大丈夫か!?」

 

「…うん…大丈夫…」

 

その言葉を聞いて二人の表情に安堵が宿った。だが、すかさずシエルが呟いた言葉に、二人の表情は怪訝のものへと変わる。

 

「それより、ナツ…よく聞いて…」

 

その言葉に感じた事は、作戦があるのかと言う疑問。しかし、どんな作戦もコブラの前では筒抜け。それはナツたちもよく分かっているし、シエルも熟知しているはずだ。だが、コブラは聴こえていた。今からシエルがやろうとしていることを。我を取り戻した瞬間に、咄嗟に思い付いたであろう行動を。

 

「(あ、あいつ…まさか…!)」

 

これはまずい。即座にそう思った。急いで阻止しなければ一気にこちらが不利になると。その為に、わざわざ攻撃を受けて自分から距離をとっていたのだと理解もした。コブラにそう戦慄させたシエルの策は…。

 

 

 

 

 

 

 

「何かを考えるなんてナツらしくないから、大人しく頭空っぽにして突っ込んだら?」

 

明らかにこっちをバカにするような笑みを向けて、シエルがナツにそう言い放った。内容が色んな意味で衝撃的過ぎて、一瞬二人の思考がフリーズし、シエルの言葉がどこか反響して聞こえる。

 

 

 

「んっだとコラァーーーーー!!!」

 

すると当然なことに、ナツが怒りを爆発させながら全身から真っ赤な炎を溢れ出させる。感情に比例して規模も熱量も先程とは桁違いだ。彼を抱えているハッピーからあまりの熱さに悲鳴が聞こえる。

 

「シエルー!?どーしちゃったのさ!?さっきの毒にやられておかしくなっちゃったの!?」

 

抗議も交えてハッピーがそう叫ぶと、今度はハッピーに対して表情を変えずにシエルは口を開いた。

 

「そー言えばハッピー、あのニセグレイにあっさり氷漬けにされて完全に出番削られてたよね?あの様子じゃシャルルのハートを掴める日なんて来ないんじゃない?」

 

「んだとコラーーーー!!!」

 

最早ブチ切れたナツの炎の熱さなんか忘れてナツ共々怒りの炎を燃え上がらせる。何でこんな事を言われなきゃいけないんだと言わんばかりにシエルを睨みつけている。コブラより先にぶっ飛ばしてやろうかとも考えるが、当のコブラは今最大級に焦っていた。

 

「(聴こえた通りだ…!あのガキ…!!)」

 

キュベリオスで必死にシエルたちに攻撃を仕掛けようとするコブラだが、彼らの会話の方が明らかに早い。そして、彼が聴いていた通りの行動を、シエルはとうとう起こしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「って、あいつが言ってたよ」

 

「(ナツ(あいつ)をキレさせて全部オレになすり付けるつもりだっ…!!)」

 

最早作戦と言えるかも怪しい他力本願の策である。コブラを指さしてあっけらかんとした表情を浮かべながらそう言うと、二人の怒りの矛先は瞬時にコブラの方へと移った。もう手遅れだ。シエルに対する怒りや、簡単にナツに丸投げする行動にドン引きの感情を抱えたまま、青筋を立てて口元を引きつらせる。

 

「「お前かぁーーーーっ!!!」」

 

そして簡単にシエルの嘘を信じたナツとハッピーがコブラに対して怒りを燃やしながら叫び、再び彼に対して敵意を剥き出しにする。

 

「上等だ、もう許さねぇ!あいつ消し炭にしてやるぞぉ!!ハッピー!!」

「アイサー!!!」

 

怒りによってただただコブラをぶっ倒すことを心に誓ったナツとハッピーが近づいてきていたコブラに先制攻撃で火竜の劍角を叩き込む。怒りによって火力も上がり、同時に速度も増した一撃はさしものコブラも聴き取れず、そのままキュベリオス諸共ニルヴァーナの都市へと叩きつける。

 

「こ、こいつ…本当に怒りで魔力が上がってやがる…!!」

 

シエルの心の声を聴いたことで判明した、ナツの特殊な力。感情に大きく左右される魔法の力は、強い心を持つことでその力を増す。己と言う存在を確固として持つことがこの場合当てはまり、強い怒りでその感情を大きく爆発させた際も、例外ではない。

 

更に言えば、ナツの扱う属性は火。怒りと言う激しい感情との相性はこの上なく合うと言っていい。その上、怒りのあまりに思考能力が低下するというデメリットが、思考を聞き取るコブラに対しては最善手であり、逆にメリットとなる。

 

「あのガキ…そこまで瞬時に計算して即実行しやがった…!けど普通、自分が怒らせたヤツの怒りをなすり付けるようなことやるか…!?」

 

コブラにとってはそれがある意味で理解しがたいことである。いくら最善手であったとはいえ、方法が方法だ。闇ギルドの自分たちでさえとるとは思えない他力本願万歳の策で勝利して、誇らしいのだろうか?

 

「なんて…考えてるだろうから一応答えておくか」

 

「!?」

 

突如自分の耳が拾った声に、コブラは目を見開いた。聴力が優れた自分の特性を理解し、遠く離れた場所にいる自分に声を届けている少年の声に。何の声も聴こえないナツの攻撃を防ぎながら、コブラはその声を聴きとった。

 

「俺は自分たちが守るものの為なら、仲間の命以外の何を利用しても勝利を勝ち取る方法を選ぶ。卑怯だとか汚いだとか言われようとも、相手の手札を削れるだけ削って戦い辛くなったところを一気に叩くのが勝利の鍵だ。ま、今回はもうナツしかまともに渡り合えそうにないから全部丸投げたけど、それ以外に勝てる方法がもう思いつかないから仕方ないね~」

 

「腹立つ!見えてねーのに小馬鹿にしたような表情を浮かべてるのが、分かる様に聴こえるのが余計に腹立つ!!」

 

声しか聴こえてないのに一言一句でシエルがどんな顔を浮かべているのか自然に分かってしまう。だからこそ頭の中でどや顔したり小馬鹿にしたり肩を竦めてやれやれとしているシエルが脳内で嫌と言うほど浮かび上がるため、コブラの苛立ちがより一層強くなる。

 

 

しかも、シエルの狙いはこれだけじゃない。それも聴こえたからこそ早々にシエルを止めなければいけない。キュベリオスにシエルがいた場所に戻る様に伝え、攻撃の準備をしていると、自分が聴こえない間に背後に近づいてきた火竜の声が聴こえる。

 

「逃げんじゃねーよ…!!」

 

「っ!?」

 

「オラァ!!」と雄叫びを上げながら殴り掛かるナツの拳を、竜の腕で受け止めて弾き返そうとする。しかし、すかさずナツは口から咆哮を発射。本能的に行動を起こしているナツの意図を聞き取るより早くその身に攻撃を受けてしまう。

 

「まだまだぁ!!」

 

今度は炎の脚で蹴り飛ばし、宙に投げ出されたところを両の拳によるラッシュを叩き込んでいく。対してコブラは腕を交差していくつか防ぎ、キュベリオスに指示を出してナツの横っ腹に頭突きを食らわせて解放される。

 

「まだだ…!火竜の…!」

 

「いい加減、これで朽ち果てろ!!『毒竜の咆哮』!!」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)特有の技。赤黒い毒の咆哮(ブレス)を真正面から受け、炎を全身に纏っていたナツとハッピーは悲鳴を上げる。だが、ナツはそれをものともせずに火力を上げ、咆哮を突っ切ってコブラへと肉薄していく。

 

「劍角!!」

 

動きを聴きとり、紙一重でその一撃をコブラは躱した。そして同時に勝利を確信する。今放った毒竜の咆哮(ブレス)はウイルスを身体に染み込ませる。そして徐々に、身体の自由とその命を奪うのだ。身体の調子が弱くなれば、動きもより聴きやすくなり、今度こそ攻撃は当たらなくなる。

 

「この咆哮(ブレス)を食らった瞬間、テメェらの敗北は決まって…」

 

「火竜の鉄拳!!」

「っ!?」

 

しかし、コブラの予想とは裏腹に、先程攻撃を躱されたナツがすかさず追撃を放ち、コブラの腹部に炸裂する。確かに咆哮(ブレス)は当たったはずだ。なのに弱っている様子が全く見受けられない。どういう事だ、理解できない。

 

「ゴチャゴチャとうるせぇんだよ…!!」

 

すると、先程自分を殴り飛ばしたナツの背から、炎で作られた翼が広げられる。同様に毒を受けて弱りだしたハッピーの(エーラ)を補助するかのように。そして…。

 

「毒なんか気にすんな!!ハッピー!!」

「アイサー!!」

 

まるで狂気。炎の熱と毒による熱で頭がおかしくなっているんじゃないかと疑うほどに、気力と熱量をさらに上げていく。

 

「(こ、こいつら…一体何をしたら止まりやがるんだ…!!)」

 

コブラの中に焦りの感情が強くなる。まずい。このままナツたちにばかり気を取られてはもう一人の厄介な存在を野放しにしてしまう。

 

「(あのガキを…早いとこ止めねーといけねぇのに…!!)」

 

コブラは聴いていた、シエルの狙いを。彼が自分をナツに任せて、行うべきと考えていたある策を。上空に密集している雲に両手をかざして、その手に雷の魔力を集中していく。

 

「(っ…!さっきあいつから喰らった毒の攻撃で、上手く集中できない…!)」

 

シエルが狙っているのは、今現在ブレインがニルヴァーナを操作している空間である王の間だ。だがすぐさまブレインを狙って撃破することはあまり得策ではない。確実にブレイン自身から抵抗があるし、思惑に気付かれては向こうも対策をとってくる。だが、今現在距離が離れているこの状況なら?そして、シエルが扱える天候魔法(ウェザーズ)で出来ることは?

 

そこから導き出した答えは“天の怒り”だ。だが、本来その力はシエル自身の魔力を大きく消耗し、かつ理性が薄れている状態で発動する。今のシエルは正気を保ったまま、その強力な力を発動させようとしている。だがそれは、ニルヴァーナ全てを破壊し尽くす雷群を生み出すわけではない。

 

「(一発でいい…!ボンヤリとだけど覚えている、あの強力な一撃を、いくつか結集させた一発…!それで、あの王の間のみを破壊すれば…!!)」

 

何もニルヴァーナ全体を破壊する必要はない。ニルヴァーナを操作することが出来る空間を破壊し、その操作を不能にすれば自然とニルヴァーナも停止し、機能しなくなる。更に言えば、遠方から攻撃をすることで、ブレインに気付かれることなく、彼も討伐できる可能性もあるという事だ。

 

雷の魔力を集中すると同時に、上空に展開している雲を王の間の上へと密集させる。これによって万が一別の場所から発動することになっても範囲を絞ることが出来る。

 

「(集中…もっと集中だ…!魔力を込めろ…!!)」

 

これは自分に課せられた今後の課題でもある。自分の意志で発動をコントロールできない“天の怒り”を己の意志で発動できるようになれば、今後評議院から“天の怒り”による危険性の削減として認識してもらう事もできる。今やらなければ。いずれ、周りを容赦なく破壊する力ではなく、皆を守るための力とするために…!

 

「あれ?ナツ、空が…!!」

 

「ああ?」

 

怒りのままにコブラを追い詰めていたナツが、相棒であるハッピーの言葉につられて空を見上げる。すると、目についてしまった。シエルが今行おうとしていることが、何であるのかを理解できてしまう光景が。

 

「あ、あいつ…まさか…!」

 

それによってハッピーからも、そしてナツからも怒りが消えてしまった。困惑が強くなってしまった事により、コブラにとっては好機となった。

 

「しめた!今ならあのガキを止められる!」

 

すぐさまキュベリオスと共にシエルの元へと向かい始める。対してナツたちはコブラを追いかけるも、シエルが狙おうとしていることの方に意識を向けてしまっている。

 

「ナツ…もしかしてシエルは…!」

 

「分かんねぇ…けどもし暴走してるんだとしたら、止めねぇと!!」

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

一方、上空の異変に気付いているのは、戦っている者たちのみではない。王の間にてニルヴァーナの操縦を行っているブレインもまた、その異変には気づいていた。

 

「何だ…?空の雲が…それもただの雲ではない…」

 

コードネーム:ブレイン。

彼はかつて、魔法開発局の一員だった。彼が編み出した魔法は数百にものぼる。数多の知識をもって開発に臨み、その(ブレイン)に記憶している魔法もまた膨大。その中で、魔力を持った雲を操作する魔法の使い手にも、彼は心当たりがあった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員である一人の少年。コブラに仕留めるように指示していたはずの少年が近くにいるのではとふんだブレインが周囲を見渡すと、その存在は確かにいた。両掌に雷の魔力を極限まで集中し、王の間上空の雲に照準を向けている光景を。

 

たったそれだけの動作で、ブレインはシエルの狙いに気付いた。闇ギルドの世界においても、かの事件は有名であるために。

 

「あれは…“天の怒り”か!?」

 

かつて盗賊が拠点としていた廃村に襲い掛かった異常気象。だが表向きに報じられたそれと、真実が異なることは、勿論ブレインは知っていた。

 

実際にそれを引き起こしたのはまだ年端もいかぬ少年。それが、かの少年であることは、昼間に対峙した時点で気付いていた。だがまさか、このニルヴァーナを止めるために自らその力を振るおうとするとは計算していなかった。

 

阻止しなければ。しかし、()()()()()()にも、距離が離れすぎている。恐らく自分の扱う魔法では距離が足りない。ブレイン自身ではシエルを止めることが出来ない。だからこそ、すぐさま彼は告げた。

 

「コブラ!天候魔法を扱う小童を止めろ!」

 

「今向かってるよ!!」

 

超絶的な聴覚を持つコブラにすぐさま指示を出し、シエルの魔法を阻止する。対してコブラは既にシエルの方へと向かっており、今すぐ彼を阻止しようとする。両手に赤黒い毒を纏い、いつでも彼に牙をむく準備を整える。

 

「(くそっ!ナツの足止めももう通じない…!今の内に撃つか…!?いや、あと少し…もう少しの力が無ければ…!!)」

 

「聴こえるぞ!!今撃っても期待通りの力を発揮できねぇ!つまり、テメェの準備が整うよりも、オレがテメェを仕留める方が早い!!」

 

ここに来て調子を取り戻した様子で、嬉々とした表情を浮かべながらコブラは嗤う。避難した方がいいか、だがここで移動に意識を向ければここまでためた魔力が霧散する可能性がある。チャンスはこの一度きり。ここで成功させないといけない…が…!

 

「こいつで終わりだ、天気の小僧!!『毒竜双牙』!!」

 

下から上に、振り上げられる二本の毒の刃。それがシエルの身体を引き裂かんと迫っていき……

 

 

 

 

 

「火竜の咆哮!!」

 

当たると言うすんでのところでコブラの前方部分を狙った炎の咆哮(ブレス)が彼の動きを止めた。その主は確認するまでもない。シエルは表情を明るくし、コブラは聴きとる余裕もないまま度重なる邪魔を入れられ、再び苛立ちと焦りを募らせる。

 

 

そして、ナツのこの一瞬の援護射撃が、彼らの勝敗を分けた。

 

「(再び集中…今だ!!)」

 

「っ、やめ…!!」

 

コブラが制止の声を上げたが、時既に遅し。彼の両掌から放たれた巨大な雷の魔力が、光速で王の間の雲へと着弾。一点に密集した雲が徐々にその色を漆黒へと変貌し、その身に稲妻を奔らせていく。

 

「ブレイン…!!」

 

思わず王の間にいる自分たちの司令塔へと顔を向けるコブラ。そのブレイン本人は、すかさず己が扱える中で最大の硬度を誇る防御魔法を展開する。

 

 

だが、シエルは確信していた。例え強力な防御魔法と言えど、かつては村一つ、そしてギルド一つを破壊したその魔法の威力が、それでは防げない程のものであることを…。

 

 

 

 

「降り落ちろ、“天の怒り”…!ニルヴァーナを、止めるんだぁ!!」

 

 

その声に応えるように、とうとうそれは降り落ちた。黄金の閃光を纏った、落雷(サンダー)とは比べ物にならない規模と威力を持ったそれは、目を見開いて驚愕の表情を浮かべるブレインの身体を光で包み、防御魔法ごと王の間が存在する中央の塔を飲み込んだ。

 

今までのシエルが扱った中でも最大級の威力。最早原型を留められるかも怪しいその威力に、ナツとハッピーもただ茫然と見つめ、コブラはその先に来るであろう未来に絶望の表情を浮かべている。

 

そして、発動した側であるシエルは、消耗しきってはいるが、やり切った笑みを浮かべている。

 

 

閃光が収まり、眼下に広がっていたその光景。塔の形自身はまだ原形を保っていた。しかし、王の間が存在していた頂上部分は完全に崩壊。ブレインの姿もどこにも見当たらなかった。下の階と思われる空間が、外に剥き出しとなっている。

 

「これで…ニルヴァーナは、止まる…。後は、六魔の残りを倒す、だけ…」

 

最後の気力を振り絞った。そして、その身体をナツを庇う形で受けたコブラの攻撃による毒が蝕んでいる。魔力を維持できず、己が立っている乗雲(クラウィド)が消滅し、シエルの小柄な体は重力に従って都市の方へと落ちていく。

 

「あ!!」

 

「あ、あのガキ…ホントにやりやがった…!!」

 

落ちていくシエルを視認し、声を上げるハッピー。自分たちの野望を奇策と禁術で打ち破られ、元凶を睨みつけるコブラ。その声を聞きながら、シエルは最後に伝えるべき言葉を、彼に伝えた。

 

「ナツ…コブラと…他の奴ら、は…頼んだよ…」

 

「シエルゥウウウッ!!!」

 

伝えられた火竜(サラマンダー)は、都市の方へと落ちていくシエルを見て、彼の名を叫ばずにいられなかった。




おまけ風次回予告

グレイ「おい、今の雷ってただの雷じゃなかったよな!?」

ペルセウス「ああ、一年前に、シエルが起こしたものと同等…いや、威力だけを見ればそれ以上か…!?」

グレイ「ナツもいたはずだが、あいつでも止められなかったのかよ…!あんのクソ炎が!」

ペルセウス「…だが、あの時とは明らかに色んな相違点があるような…。考えるのは後だ、今は一刻も早くアイツの安否を確認しなければ…!」

次回『危険な存在』

グレイ「他の六魔がどこにいるかも分からねぇし、確かに急がねーと」

ペルセウス「もしもシエルに必要以上な危害を加えていたら…あいつら地の果てまでも追い詰めて地獄も生温い絶望を与えて生き地獄を味合わせてやる…!!」

グレイ「いやこえーよ!?ホントお前(シエル)のことになるとキャラ壊れるな!?」

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