FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

61 / 157
4連休だから2話更新できるかな?とか考えてたら寧ろ1話分すら間に合わなかった…!

まあ、パソコンを買い替えるために色々と調べたり比較したりで日数使っちゃった結果なんですけどね…。しかもまだ決めきれてない…。


でもその代わり、と言ったら何ですが、今回の話は最大ボリュームとなっております。何とその字数18287文字!最大文字数更新です!!今後はめったに文字数更新できないレベルですね…。(汗)


第57話 危険な存在

王の間に降り落ちた巨大な雷。容赦なく屋上に位置していた王の間を破壊したその魔法を目にし、驚愕の表情を浮かべる一団があった。

 

「何だ…今の雷は…!?」

 

「ねえ、あれって…!」

 

「ああ、間違いないねぇ…“天の怒り”だ…!」

 

目視するのは初めてである蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のジュラ。そして少なくとも一度は確実に見たことがある妖精の尻尾(フェアリーテイル)のルーシィとグレイが、各々反応を示す。

 

そして、それに気付いて真っ先に行動を起こした者が一人。その人物は驚愕に顔を染める三人を尻目に、一度止めていた足を再び動かし、かつ先程よりもその速度を上げる。それを見て彼の名を呼んでそれを止めようとするグレイの声も聞かず、あの雷を落としたであろう少年の姿を思い起こし、彼の身を胸中で案じる。

 

「(発動したのは一発…。あの時とは明らかに何かが違うが…細かいことは後だ…!)」

 

その人物。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であるペルセウスは、縛っている長い髪を揺らしながら、王の間の近くへと徐々に距離を縮めていく。今彼の脳内にあるのは、ただ一つ…。

 

「(今はシエルの状態と、安否の確認が先決…!どうか無事でいてくれ…!!)」

 

彼の兄として、禁忌とされた魔法を使用したことによる暴走が起きていないか、あるいはそれを使わなければならない程の危険を味わったのか。それを己が目で確かめる事のみだった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

全身に力を入れることが出来ない。視界を確認する目を開けることすらままならない。微かに聞こえる風切り音と、身体全体を震わす風圧が、今シエルが感じられる全てだ。足場に出来る雲の魔法の維持が出来なくなり、消失したことによってシエルの身体は重力に従って落下しているところだ。体の構造上、今下となっているのは背中側。腕や頭は比較的上の方に投げ出されている。

 

小さな体は空気以外のあらゆる抵抗を受けないまま、都市の方へと落下していく。そして廃墟と化していた一つの建物の上に背中の方から叩きつけられる。老朽化していたこともあり、屋根を突き破って、その廃墟の中へとさらに落下し、そこでようやくシエルの身体は止まった。

 

「(まだ…生きてる…)」

 

幸か不幸か。建物の屋上が少しばかり衝撃を和らげてくれたおかげで、落下による即死は免れた様だ。しかし、このまま放っておけば命に関わるし、それ以前にコブラの毒を受けてしまっている。どのみち処置をしなければ命を落とす。だが今のシエルに自信の身体を癒す手段はない。

 

「(全然力が入らない…。意識もほとんど朦朧としてる…。そういや、毒も喰らったんだっけ…?あの時と、似ている…)」

 

自ら致死量の毒を食らい、命を絶とうとしたあの時と、何の因果かほぼ同じような状況である。違う点があるとすれば、今は外的要因も手伝っている事だろうか。どのみち、このままでは自分が助かる可能性は、皆無と考えるべきか…。

 

だが不思議と後悔はない。“天の怒り”を一発だけとはいえ己の意志で扱い、ニルヴァーナを動かす王の間を崩壊させた。ナツたちが対峙しているコブラも、ナツたちならば倒してくれるはず。自分に出来ることは、やりきった。

 

自分がいなくなれば悲しむ者も多々いるだろう。しかしこの状況下でその命を拾うことが出来る確率は、絶望的と言っていい。心身共に虫の息であるが故に、シエルはその残酷な現実を受け入れようとしていた。

 

「……あ…こ!もし……た……!」

 

「待ち……い……ば!……ンディ!!」

 

その時、声が聴こえた。意識が遠くなっていくのを感じる中、シエルの耳に届いたその声。どちらも女性の様だが、目を開く力も残っていない自分には確かめる術がない。

 

「い…!や…ぱり…こだ……!シ………ん、……夫で……!?…っ!……ケガ…!!」

 

「…れに……もわ……わね…」

 

「こ…って…も……し……ルザさん……け…いた……!?」

 

「…いつ………ていたの………使い。そ………で同……に………けてい……してもお……くは…いわ…」

 

今度は声が近くなった。どこかで聞いたことがある様なその声の主は、自分に近づいてこちらに手をかざすと、優しい純白の光を発する。その光に身を照らされるとどこか心地よく、己を蝕んでいた痛みが徐々に引いていくのを感じる。

 

「お…い…!……覚ま…て…シエル…ん…!」

 

自分の名を呼んでいる。体から痛みも消えていき、意識も戻ってきているのを自覚する。その名を呼ぶ者を視界に収める為、軽くなった瞼を開くと、その目に映った。

 

「シエルさん!よかった…目を覚ましてくれて…!」

 

長い藍色の髪の少女が、顔に喜色を浮かべてこちらに笑みを向けているのを。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

少女ウェンディ、そして相棒の白ネコのシャルルもまた、ニルヴァーナが復活した際にシエル達同様乗り込んでいた。戦える力はないが、ニルヴァーナを止めるために出来ることがあるかもしれない。その想いが彼女達を動かし、行動に移した。

 

止めるための手段が、もしくは手がかりがどこかにないか?探るために都市の中を捜索していた二人に、ふとある光景が映った。巨大な一筋の雷によって崩壊する王の間。そして、ナツ同様滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であり、五感に優れている彼女の目が捉えた、空中の足場としていた雲が消失し、落下していく少年の姿。

 

シエルの名を呼び、突如駆け出した彼女は、置いていかれたシャルルの制止も聞かずに足を動かす。落下した時の地点を予測し、視界と足を頼りに捜索を続けると、数分の後に屋根が突き破られて未だ屋根から砂塵を巻き起こしている建物を見つけた。

 

「あ!あそこ!もしかしたら…!」

 

「待ちなさいってば!ウェンディ!!」

 

目的の建物の中に入ると、ようやく先程目にした少年の姿を再び捉えることが出来た。仰向けの状態で倒れたその姿を見て、半分は喜びに、もう半分は焦燥に満ちた声を上げる。

 

「いた!やっぱりここだった!シエルさん、大丈夫ですか!?」

 

呼びかけながら彼の下に駆けつけるが、少年の方から目立った反応が見られない。さらに、コブラとの戦闘や落下した際に出来たあちこちの傷や痣を目にし、ウェンディは息を呑んだ。その上徐々に酷くなっていく彼の顔色を目にしたことで、呼びかけに応えられないのが傷だけでないことに気付く。

 

「これって…もしかしてエルザさんも受けていた毒…!?」

 

「こいつが戦っていたのは毒蛇使い。その最中で同じ様に毒を受けていたとしてもおかしくはないわね」

 

致死性ではあるが即効性は薄い。まずは戦いで出来た傷や落下で打撲した部分を治すために、外傷を癒す魔法をシエルに使う。純白の優しい光がシエルの身体を包み込むと、彼の傷や痣は瞬く間に塞がっていき、元の状態に戻っていく。

 

傷を治した次は毒だ。エルザにも使用した状態異常を治療する魔法を続けて使用。シャルルからはあまり無理をしないようにと言われるが、今ここでシエルの治療をやめるわけにもいかない。

 

「お願い…!目を覚まして…シエルさん…!」

 

傷も見えなくなり、毒も消えて、少年の顔色は見る見るうちに良くなった。さらに枯渇気味になっていたらしい体力と魔力の方も回復させたからすぐに目を開ける筈…!

 

「…っ…あ…?」

 

先程まで瞼にすら力を入れられなかった少年の目が、ゆっくりと開くのを視認し、ウェンディは表情をパッと明るくさせた。

 

「シエルさん!よかった…目を覚ましてくれて…!」

 

そしてシエルも、目を開いた先にいたウェンディの姿を確認し、寝ぼけ眼のような目を向けて数秒、突如脳と共に覚醒に至ったのか、その目を見開いた。

 

「…?」

 

その様子に首を傾げながらウェンディもシエルの顔を見返すと、治癒魔法を使うために差し出していた両手を、シエルが両手で包むように掴んできた。

 

「天使…?本当に、いたんだ…?」

 

「へっ!?」

 

呆然とした様子で呟いたシエルの言葉。そして年が近い異性に両手を握られ、ウェンディの頬がほんのりと赤く染まる。だが、この場にいたもう一つの存在が、その言動によってある衝動を起こした。

 

 

ガリィッ!っという音が鳴った直後、シエルの顔に突如激痛が走った。

 

「ぎゃああああっ!!?」

 

「何をアホなことぬかしてんのこのオスガキィ!!」

 

正体はウェンディの相棒であるシャルルだ。手(前脚)に隠されている爪を立てて、ウェンディの手を勝手にとったシエル(不届き者)の顔を思いっきり引っ搔いたのだ。勿論シエルはそれによって悲鳴を上げながら両手を顔に持っていき、建物の中をのたうち回っている。

 

「い、痛い!痛みがある!死んでない!?生きてるの!?てっきり俺死んじゃって、天使が迎えに来たのかと!!」

 

「まだ言うか!もう一発喰らいたいそうね!?」

 

「お、落ち着いてシャルル~!」

 

どうやら一発だけじゃ今の現実を受け止めきれてないらしい。顔に数本引っ掻き傷の跡があるにも関わらず懲りない様子のシエル(オスガキ)にもう一回攻撃しようと詰め寄るが、残念なことにそれはウェンディ(被害者)に止められた。

 

取り敢えず混乱しているシエルと、怒り心頭な様子のシャルルをそれぞれウェンディが宥め、先程までほとんど意識が無かったシエルも、ようやく状況を理解することが出来た。

 

「そうか、妙に体が軽くなったと思った…。傷も毒も、ウェンディが治してくれた…俺を助けてくれたんだね、ありがとう」

 

「いえいえ、シエルさんにはお世話になりっぱなしですから、これぐらいは…」

 

笑みを向けて率直な礼を告げれば、両手を横に振って謙遜を告げるウェンディ。心からそう言っているのだろうが、それでも助かったことは事実だ。エルザに続いて、自分も彼女に命を救われたことになる。

 

「それにしてもアンタ、私があの時言ったこと…忘れてるんじゃないでしょうね?」

 

「え?」

 

するとシャルルが目を細めてこちらを睨むかのように見据えながらそう尋ねてくる。あの時に言ったこと…。どれの事だろうか?と考えていると、その答えをすぐに提示してきた。

 

「ウェンディは天空魔法を使うたびに大きく魔力を消費する。アンタを治すために使った魔力も、相当な量だったはずよ?」

 

それを聞いてシエルは息を呑んだ。そして思い出した。エルザの治療を完了した際に、確かに彼女の口からそう聞いていたことを。ウェンディ本人は自分の事を気にかける必要はないと主張していたが、シエルからすれば大きな問題だ。

 

「俺ってば大事なことを忘れかけてた…!ウェンディ、日光浴(サンライズ)で少しでも魔力を回復させて」

 

「で、でもシエルさんも魔力が…」

 

「君がそれを回復してくれたでしょ?これはお返しさ」

 

彼女に回復してもらった魔力を用いて、治癒力と回復力の向上効果を得られる日光浴(サンライズ)の優しい光をウェンディに差し出す。折角回復してもらった魔力だ。恩人に対して使わずしてどう使う。

 

少々問答を続けはしたが、結果的にウェンディは優しい光を放つ小さい太陽を再び受け取った。シエルに使った分の魔力が少しずつ回復していくのを感じられる。

 

「それで?さっきのあの雷は、アンタが出したものでいいのよね?」

 

「ああ、まだコントロールも満足にできないし、魔力も大きく消費するけど、威力は見ての通り」

 

シャルルの質問にシエルはそう答えた。王の間も崩壊したのは目にしたし、ニルヴァーナを操作するブレインも共に倒れたはず。じきにこの移動都市も機能を停止するはずだと補足として二人に説明する。

 

「あ、そう言えばナツたちは?まだコブラと戦ってるのかな?」

 

「私たちがここに来るまでにも、まだそれらしき音は聞こえてきましたけど…」

 

「今は分からないわね」

 

エンジェルを撃破したのはシエルも知っている。グレイが無事と言う事は彼が対峙したレーサーも倒したはず。コブラとブレイン、二人を更に撃破することが出来れば六魔将軍(オラシオンセイス)も残り二人。一気に勝利に近づくことが出来る。

 

その内の一人が味方側に付いている(愛に目覚めている)ことは今この場にいる誰も知らないのだが。

 

「取り敢えずここから出よう。いつまでもこんなとこにいるわけにもいかないし」

 

「はい」

 

「それには同感」

 

「ウェンディ、立てる?」

 

ずっと廃墟同然の建物の中にいても現状何をするべきなのか浮かばない。他の仲間と合流するにも、ナツたちの援護に向かうにも、まずは外に出なければ。そう告げながらシエルは立ち上がり、ウェンディに手を差し伸べて起立の補助をしようとする。

 

「あ、ありが…」

 

「わざわざアンタの手を借りる必要もないわよ」

 

少しばかり呆気にとられながらもシエルの手をウェンディがとろうとした時、シャルルがすかさず間に入り込んでその手を払った。間に入られた二人は揃ってシャルルの行動に面食らった様子。だがそんな二人を気にせず「ほら、ウェンディ」と彼女に声をかけると、それに応えて自力で立ち上がる。どうやら余力は十分あるようだ。

 

全員が動けることを確認した後、建物の外へと出た3人は空中で戦っている途中であろうナツを探そうと上に視線を向けながら周囲を見渡すが、その姿は見当たらない。

 

「既に決着がついて、降りたのかしら?」

 

「自分から降りることはないと思うよ。ナツは乗り物に極端に弱いから、動いているニルヴァーナに降りようとはしないはず…あ、でも止まった場合は降りても大丈夫なのか…」

 

「じゃあ、やっぱりどこかで降りてるんでしょうか?」

 

こうなっては都市の中もくまなく探す必要がありそうだ。かなり広大な規模を誇るこの都市の中から目当ての人物を見つけるのも至難だろう。他のメンバーたちの捜索も並行して行う方がよさそうだ。そう考えに結論を出して行動を始めようとしたシエルたちに、幾度か感じた重い何かが着陸する音が届く。

 

「…あれ?この音…」

 

「どうかした、ウェンディ?」

 

ずっと度々聞こえていたその音を聞いて、ウェンディはどこか違和感を感じていた。この音は確か何だったか。呆れた様子で、ウェンディに対してシャルルが口を開く。

 

「何って…ニルヴァーナの脚の音でしょ?さっきからずっと…聞こえ……?」

 

その言葉に、紡いだ本人も、耳にした二人も、気づいてしまった。そしてふと、一番近くに目にすることが出来る脚があるであろう方向に目を向けていると。その脚がコブラと戦っている間に見た時と同じように、ある方向へと進むために動いている。

 

 

そう、動いている。王の間を崩壊させて機能を停止したはずのニルヴァーナが、まだ動いているのだ。

 

「どういう事だ…!?何で…あそこはニルヴァーナの動力源じゃなかったのか…!?」

 

移動都市を意のままに動かせる空間を崩せばこのニルヴァーナも止まると思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。未だにどこかへと行進を続けているニルヴァーナは、王の間が崩れた後も何の滞りもなく動き続けている。

 

「おかしいわ、こんなの…!操作するための場所も、操作する存在もいなくなったのに、どうしてまだ…!?」

 

「操縦する人がいなくなって…暴走している、とか…?」

 

「いや、進行方向は変わっているように見えない。何か別の理由があるはず…」

 

気付くのに遅れてしまった無情な現実にシャルルとウェンディが混乱する中、シエルはいち早く思考を始めて憶測を立てる。王の間は操縦するための空間。だが目的地への移動は先程と同様に続行している。

 

「もしかして、設定した時点で自動的にその位置へと向かう?けど座標を見失った場合は…?ブレインも一緒に崩れたから、再設定をしようにも…ブレイン…?」

 

深く思考するあまり、口からそれが出ていることにも気づいていない。それを聞きながらウェンディ達も自分たちになりに予測するが目ぼしい答えが出てこない。だが、シエルが王の間を操作していた司令塔の名を口にした時、ある可能性が浮かび上がった。

 

「王の間を崩した時、ブレインの姿が見えなくなっていた…。消えた訳じゃなくて、見えなくなったとしたら…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう…小童にしてはよく頭が回る…」

 

思考が口に出ていたシエルの疑問に答えるかの様に、その声はかぶせられた。反射的にその声の方へと目を向けると、そこに立っていたのは長い白髪で褐色の肌をした、髑髏の杖を手に持つ男。王の間にてニルヴァーナを操作し、シエルの雷を受けたはずだったその男が、五体満足の状態でこの場に現れていた。

 

「あ、あれほどの魔法を受けたはず、なのに…!」

 

「ああ…正直肝を冷やしたぞ。だが…運はこちらに味方した様だ」

 

実際に“天の怒り”を目にしていたウェンディの言葉に、嘲笑染みた笑みを浮かべて彼は答えた。“天の怒り”が王の間が炸裂した時、展開していた防御魔法にも限界が来ていた。しかし、それよりも早くに王の間が崩落し、ブレインは僅かに残った防御魔法と共に王の間のあった建物の奥へと墜落。だがそれが幸いし、目立つ様な外傷がないまま“天の怒り”による被害から自分自身は免れることができた。

 

「そしてうぬが王の間を攻撃しようとしたその時には既に、このニルヴァーナの操作権は全て私に移された。最早王の間はこのニルヴァーナには不要。ニルヴァーナの全ては、この私に委ねられたのだ」

 

ニルヴァーナが止まらなかった理由がここで明かされた。王の間で操作すると同時に、ニルヴァーナの力を解析していたのだ。そして王の間にいずともニルヴァーナを操作するための方法を発見し、完了したところでシエルからの“天の怒り”の準備が始まった。王の間を破壊することには成功したが、それではニルヴァーナを止めるには至らない。今もなおニルヴァーナはその脚を進めている。避けられない現実にウェンディはショックを隠せない。

 

「そんな…!」

 

「大丈夫さ、ウェンディ」

 

だが隣に立つシエルは、彼女とは対象的に強気だ。虚勢でも見栄でもなく、確信があった。口元を吊り上げて笑みを浮かべる様子が、彼の声を聞いて振り向き目に映る。

 

「あいつに操作権が移った…。それはつまり、あいつを倒せば今度こそニルヴァーナが止まるってことだ。まだ終わったわけじゃない」

 

「そう考えるのが自然よね。けど倒せると思う?アイツを…」

 

シャルルもブレインの口ぶりから止める方法には気付いた様だが、肝心なのはそのブレインを倒せるか否か。ここまで大半の六魔将軍(オラシオンセイス)と激突してきたが、ブレインはほとんど自分の実力を披露していない。魔法開発局にいた経歴を持つことから、本人も何種類か魔法を扱う。どの様な魔法が、どれほどの威力で発動されるのか、未知数な部分が多い。だがそれでも、諦めることなど出来やしない。

 

「勝ち目が薄くても、勝ちに行く。妖精の尻尾(フェアリーテイル)はそう言う奴らの集まりだからな…!」

 

不敵な笑みを崩さず、両掌に魔力を集中させるシエルの姿を見て、ウェンディは果敢に立ち向かう姿勢を見て何を思ったのか立ち尽くし、シャルルは少し前に闇ギルドの一団を相手に一人で圧倒した光景を思い出して呆れたように溜息を吐く。

 

「ふん、うぬは思った以上に実力がある。それは認めよう。だが小童に後れを取るような私ではないぞ?」

 

王の間で激突を仕掛けていたシエルとブレイン。あの時はコブラによって中断のような形となったが、今度はその邪魔が入る可能性も低い。互いに目を離さずどちらが動いてもおかしくないような状況。

 

「…わ、私も戦います!」

 

「え!?」

「ウェンディ!?」

 

シエル一人がブレインと対峙しようとしているのを見て、葛藤しながらも決断した少女の声が響く。攻撃するための力を持っていないはずの彼女の予想外の宣言に、シエルとシャルルは勿論、ブレインでさえ彼女の覚悟に対して驚愕の反応を示している。

 

「た、戦うと言っても…確かに私には攻撃の魔法は使えません…でも、回復やサポートなら…シエルさんを助けるぐらいなら、出来る筈…!それに、シエルさんが、教えくれたから…!」

 

そう告げる声は明らかに震えている。彼女の方へと目を向ければ身体も震えていて、恐怖を感じていることが分かる。だが、その表情は恐れを抱きながらも決して引かない覚悟を秘めたもの。

 

『誰かを傷つけたくない』『誰かが怪我をするのを見たくない』『守るために戦う』

その覚悟を決めるきっかけをくれた、目の前で戦うために前を向いている少年に、今のウェンディが出来る最大の前進だ。

 

「シエルさんは、何度もわたしを助けてくれた…。だから私…今度はシエルさんや、みんなを守りたい!守るために、私も一緒に戦わせてください!」

 

正直言えば、彼女にとってとても危険なことだ。実力が図れない相手と戦う事は、本当のことを言えば推奨できるようなことじゃない。だが、決意と覚悟を秘めた言葉と表情が、誰よりも彼女の身を案じるシャルルの言葉を失わせ、想いを抱くシエルの心に響いた。

 

「ああ!戦おう、一緒に!」

 

「!…はいっ!!」

 

共に並び立ちブレインと対峙する小さな少年少女。対して相手側に立つブレインは、数の不利を不利と感じない笑みを浮かべたままだ。

 

「天空の巫女・ウェンディ…。奴が加わったところで、戦局は変わらぬ」

 

所詮は未熟な子供二人。大した脅威ではないと断定したブレインが髑髏の杖をこちらに向けて攻撃を放とうとする。それに対してシエルが身構え、ウェンディも表情を強張らせながらも必死にブレインの挙動に目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオオオオオオアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

その時だった。都市全体に響くかのような、轟音とも咆哮とも呼ぶべき、その叫びが場にいる全員の鼓膜を震わせた。

 

「うるさっ!?」

「な、何だぁ!?」

「…ナツさん…!?」

 

「っ……!この感覚…まさか…!!」

 

各々突如耳や体全体が震わせられたかのような体験に戸惑う。ブレインがハッとした表情で後方を振り向き、同じようにシエルたちも同じ方向を見ると、何かを叫びながら両耳を押さえて落下していくコブラの姿が目に入った。

 

「ナツ…そうか、ナツだ…!」

 

「バカな…叫びだけでコブラを倒したと言うのか…!?」

 

遠くにいるだけでも耳を押さえたくなるほどのとてつもない声量。それは最早、紛れも無き(ドラゴン)の咆哮。恐らくコブラはそれを至近距離で聴いてしまったのだろう。心の声すら聴きとることが出来るコブラは、その声量に耐えきれなかった。鼓膜が破れ、振動は脳も揺らし、しばらくは前後不全にも陥るだろう。規格外に発達した聴覚は、今回ばかりは仇となったようだ。

 

「どいつもこいつも無茶苦茶ね、妖精の尻尾(フェアリーテイル)…」

 

「でも、本当にスゴい…!ナツさん…!」

 

「いや、まあ、ナツは妖精の尻尾(ウチ)の中でもずば抜けて変わってるから…」

 

ナツの暴れぶりが規格外なせいで、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士=大体ナツレベル、みたいな方程式を作られるのは色々な意味で勘弁願いたい。今のシエルはその一心だ。

 

「レーサー…エンジェル…更にコブラまでもが…。六魔も半数を失い、地に落ちたか…」

 

「残り半数も直に落ちることになるぜ?」

 

愕然とした様子で表情に影を落とし、俯くブレイン。更に優位に立ったことを自覚して笑みを深くしながらシエルは挑発するが、それに対して答えたブレインの言葉は、シエルたち3人を逆に戦慄させることとなる。

 

「まあいい、正規ギルドに敗れる六魔などいらぬ。所詮は偽りの存在よ」

 

「なっ!?」

 

闇ギルドは闇なりに仲間の意識を多少はもっているものと思っていたが、ブレインから見れば少なくとも、既に敗れた3人は駒のような存在だったという事になる。あっさりと切り捨てたブレインの言動に戦慄しながらも「仲間だったんじゃねえのか…!?」とブレインを睨みつけながら告げるシエルを、鼻で笑いながらブレインは返した。

 

「仲間などこの先いくらでも増やせる。ニルヴァーナの力でな」

 

光の魔導士をニルヴァーナで闇に変えれば、強力な魔導士も仲間に引き込めるという算段だろう。だがそれは仲間ではない、操り人形と同義だ。今向かっている先にそう言った存在…もしくは最初の標的となるものがいるという事なのだろうか。

 

「……アンタたちが言う仲間って、どのギルドの事を言ってるの…?」

 

すると、絞り出すような声でブレインに問うてきたのは、後方で戦闘に巻き込まれないようにしているシャルルだ。その声を聞いて振り向いてみると、衝動を抑え込んでいるのか、手を強く握って、身体を震わせている。そして自分の隣に立つウェンディも、顔を俯かせていて悲痛な表情を浮かべている。何故そのような状態になっているのか、シエルは分からなかったが、それは彼女の口から明かされる言葉によって判明することになる。

 

「ニルヴァーナは今、どこに向かっているの…?」

 

シャルルはニルヴァーナにウェンディと共に乗り込んだ後、移動都市が進行している方角を見て愕然とした。それは、自分たちがこの作戦に参加するにあたって集合した、マスター・ボブの別荘に向かう道の、ちょうど真反対だったから…。

 

 

 

 

「この都市が移動する方向には…私たちのギルド・化猫の宿(ケット・シェルター)があるわ」

 

その一言は、シエルにも大きな衝撃を与えた。ウェンディとシャルルが所属する化猫の宿(ケット・シェルター)が、最初の標的…!?正規ギルドなら、他にも樹海を横に逸れれば多々あったはずだが、何故わざわざウェンディ達のギルドを狙うのか…?

 

「そうか、うぬらも化猫の宿(ケット・シェルター)であったな。だが、何故狙われているのかは知らないと…ククク…」

 

「じゃ、じゃあ…やっぱり…!」

 

「その通りだ。もうじきニルヴァーナは第一の目的地…化猫の宿(ケット・シェルター)へと到着する」

 

そして確定した。ニルヴァーナが向かう先は確かに化猫の宿(ケット・シェルター)。そしてそのギルドが、善悪反転魔法の最初の標的になるという事を。

 

「目的は何!?どうして私たちのギルドを狙うの!?」

 

「うぬらにそれを語る意味はない。まあ、知ったところで止められるはずもないわ」

 

理由を吐くつもりもないらしい。そんなブレインに対して、シエルは瞬時に小さい太陽を創り出して、それを矢の形に変えると躊躇なくそれをブレイン目掛けて光速で飛ばす。その僅かな時間で状況を把握したブレインは杖を突きだして水の膜を作り出す。初歩的な水の魔法であるが、それに触れた矢は屈折して元々狙っていた部分から大きく外れた。瞬時の攻防とは思えない。

 

「止めてやる…!お前をぶっ倒せばそれで終わりだ。化猫の宿(ケット・シェルター)を狙う理由を聞き出しながら叩きのめしてやる!」

 

先程よりも遥かに大きな敵意を抱えながら睨むシエルに、ブレインは言葉を返すことも無く笑みを浮かべる。それは一つの開戦の合図でもあった。

 

竜巻(トルネード)!!」

 

まずシエルが掌を向けてそこから横に廻る竜巻を放出。それに対してブレインは髑髏の杖から緑と黒の禍々しい魔力の波動を放つ。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

竜巻と波動が真正面からぶつかり合い、微かに上回った波動が竜巻を飲み込む。シエルのいた場所にそれが着弾し、砂煙が巻き起こる。思った以上に呆気ない。そう胸中で呟いたブレインの耳に少年の声が届いた。

 

雷光(ライトニング)

 

それに気付いて反射的に振り向くが、雷の速度となっているシエルは振り向いている途中のブレインの左頬を右の拳で殴り飛ばす。呻き声を上げながらたたらを踏んだブレインに対し、今度は裏側に巻き込んで回し蹴りを打ち込み、再び場を退避。そっから急速に接近と退避を繰り返して攻撃を打ち込んでいく。

 

目にも止まらぬ速度を生み出すレーサーや、心の声まで聴き取るコブラでもない限り、シエルの雷光(ライトニング)は対処不可能な技である。

 

「小童め…図に乗るな!」

 

対するブレインは杖の先端を地面に刺して魔力を込めると、杖の先端を中心にブレインを包むように緑と黒の魔力の膜を作り出す。その中にシエルが突入すると、膜を通った途端、シエルの身体を纏っていた雷の魔力が霧散してしまう。それに伴って、スピードも急激に落ちてしまった。

 

「雷の魔力のみを遮断するバリアだ」

 

口を弧に描いて呟くと同時に、無防備となって驚愕していたシエルの身体を空いている左手で突き飛ばす。苦悶の声を上げてもう一度ブレインを見据えるが、先程の膜の効果を身をもって味わったせいで、踏み込むことが出来ない。雷の魔力を遮断するという事は、雷光(ライトニング)による攻撃はバリアがある時点で封じられたに等しい。

 

「天を駆ける俊足なる風よ…『バーニア』!!」

 

そこで動いたのはシエルの援護として共闘を名乗り出たウェンディだ。シエルの足元に魔法陣を展開し、純白の風がシエルの身体を包み込むと、雷光(ライトニング)とほぼ同等の身体の軽さを実感した。

 

「この感覚…もしかして、『付加術(エンチャント)』か…!?」

 

対象の能力を上昇、または下降や能力の付与など多彩にバフとデバフを付け加えることが出来る魔法。それが『付加術(エンチャント)』だ。これも天空魔法の一種として、ウェンディが天竜グランディーネから教えてもらった魔法の一つである。

 

「よし、これなら…!」

 

対象の敏捷性を大幅に上げる『バーニア』によって身軽となったシエルはその場で踏み込み、目にも止まらぬ速さでブレインに特攻。今度はウェンディの天空魔法によって能力を上げているため、対象とは別の魔力を遮断できないバリアは脅威となり得ない。即座に近づいて飛び蹴りを放ってきたシエルの一撃を、腕を交差して防御したブレインに、再び焦りが見え始める。

 

「おのれ小癪な…!」

 

だがそれでもバリアは未だに健在で、そのエリアからブレインの身体は出ていない。どうやら先程のバーニアは雷光(ライトニング)とは違い、攻撃力を上げる効果は持っていないらしい。少々威力不足が否めないとシエルが呟けば、それを聞きとったウェンディが次の行動に移る。

 

「だったら…天を切り裂く剛腕なる力を…『アームズ』!!」

 

「おっ…?力が漲ってくる…!?」

 

バーニアと同様にシエルの足元に浮かんだ魔法陣が彼の身体全体に赤い光を纏わせ、いつも以上の力を漲らせる。今度は攻撃力を増加させる魔法だ。ウェンディから簡単に説明を聞いたシエルは、雷光(ライトニング)の時と同様に動き、再びブレインに対して一方的に攻撃を加え始める。

 

「くっ!常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

このままでは分が悪いとふんだか、再び杖を手に持ってバリアを解き、再び波動を放つ。しかし、体感速度も速まっているシエルには避けるのは造作もない。ただでさえ小柄な体に速まった速度、そして子供とは思えないほどの威力の攻撃に徐々に追い詰められていく。

 

竜巻(トルネード)気象転纏(スタイルチェンジ)風廻り(ホワルウィンド)(シャフト)!!」

 

そして竜巻の魔力を両手に集めて棍の形へと変えると、ブレイン目掛けて振り被る。それに対して手に持つ杖で真正面から受け止める。竜巻の力で作られた棍は本来であれば木製の杖を相手に拮抗などしないが、ブレイン自身の魔力も込められているのか、意外にも鍔迫り合いは拮抗している。だが、少年と壮年男性では贅力に差があるのかブレインの方が若干押している。アームズで攻撃力を上げていてもこれ程か。

 

しかし、ブレインの狙いはこれとは別にあった。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!」

 

鍔迫り合いを続けていた最中、髑髏の口にある魔水晶(ラクリマ)をシエルに向けるとそこから波動を発射。態勢を立て直す余裕もないまま、シエルは真正面からそれを食らい、吹き飛ばされてしまう。

 

「今治します!『ヒール』!」

 

吹き飛ばされて地面を少し転がった先に、ウェンディが駆けつけてシエルが負った傷を塞ぐ。決して少なくはないダメージも、これで上書きできる。

 

「分かってはいたが、やはり相手にすると厄介だな…ウェンディ…」

 

天空魔法による治癒と付加術(エンチャント)。味方のシエルにとってはこの上なく頼もしい存在だが、敵であるブレインからすればこちらのペースを乱される邪魔な存在だ。頭脳を意味する名を持つ彼にとっては、効率の良い戦い方の方が性に合っている。故に、その為ならば手段を選びはしない。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

 

再び放たれる黒緑の波動。その狙いは勿論、天空魔法の使い手であるウェンディ。

 

「危ない!」

 

「大丈夫です!バーニア!!」

 

シエルの声を聞きながら自分自身にも敏捷力を上げるバーニアをかけ、危なげなくブレインの攻撃を避ける。しかし、避けた後の顔には疲労の色が見え始め、口からは息切れによって呼吸音が聞こえる。

 

「ウェンディの魔力が、そろそろ限界よ!」

 

「これ以上は時間をかけられないか…。一気に終わらせる!雷光(ライトニング)!!」

 

速度と攻撃力が上昇している状態で、更に己を雷と同様の状態にする魔法をプラスする。ブレインが次の攻撃を既に発動しようとしているが、それを躱して自分の攻撃を当てることぐらいは難しくなさそうだ。

 

「終わらせるのはこちらのセリフだ…。消えよ、『常闇奇想曲(ダークカプリチオ)』!!」

 

ここに来て見た事のない技を発動してきた。先程と同じような黒緑の魔力は先端が鋭くなり、それに炎のような細い魔力が螺旋となって巻き付いている。貫通性の魔法のようだ。しかし、速度はそれほどない。シエルは勿論のこと、ウェンディもこの一発は容易に避けることが出来る筈。すぐさま回避して回り込んだシエルは、全力の一撃をブレインの背後に喰らわせようと拳を握り締め…。

 

 

 

 

 

「っ!!?」

 

目に映った光景に絶句し、一瞬思考が停止した。ブレインが放った攻撃を、ウェンディは無事に退避している。だが、そもそも前提の話が異なっていた。放たれた攻撃が狙っているのは、シエルとウェンディ、そのどちらでもない。

 

 

 

「シャルル!!」

 

この場にいたもう一匹の存在。狙われると思わなかった彼女が愕然と立ち尽くしているのを視認したシエルが、彼女の名を呼ぶと同時にすぐさま狙いを変更して駆け出して行く。ウェンディもまた、シエルが自分の相棒の名を呼ぶのが聞こえ、そちらの方へと目を向け、動揺している。

 

 

 

 

この場にいる誰よりも速く動けるシエルはすぐさま貫通性のある攻撃に追い付き、シャルルを抱きかかえて上空へと跳んだ。そしてほぼ紙一重と言ったところにその波動は通り過ぎ、延長線上にあった建物のいくつかに風穴を作り出した。

 

「(かかったな!)」

 

そして今この状況こそが、ブレインの狙いだった。正規ギルドにとって最大の武器となるのは結束と信頼。それは違うギルドであっても、目的を同じとする仲間の内で発生することもある。

 

だが、それは武器と同時に弱点にもなる。味方が窮地に陥れば、奴らは確実にその仲間を助けるために、盛大な好機もかなぐり捨てる。そして、一人の仲間を助けるために生み出された隙が、己の窮地を招くもの。

 

「所詮は生温い正規ギルドでぬくぬく育った、半端な小童よ!ネコ一匹すら捨て置けぬとはな!」

 

明らかな歓喜を表情に出しながら、黒緑の魔力を杖から放出し、シエルとシャルルの二人を捕らえ、動きを封じる。ウェンディを連れ去った時にも使用した拘束の魔法だ。シエルたちが気付いた時には既に遅し。二人とも肩から上以外の自由を完全に奪われ、身動きが取れない。

 

「シャルル!シエルさん!」

 

「ウェンディ、来ちゃだめだ!」

 

唯一逃れられたウェンディが二人を助けようと駆け寄るのをシエルが制止する。しかし、その忠告も間に合わず、二人を拘束している魔法からさらに腕の形をした魔力が飛び出し、ウェンディも同様に拘束した。

 

「「ウェンディ!!」」

 

「これでうぬらは最早戦えまい。ニルヴァーナで心を闇に染めるまでは、大人しくしているのだな」

 

自由が利かなくなった三人が脱出しようと力むも、一向にその拘束が解かれる様子がない。ブレインの勝利が確実と思われたが、気になる言葉を聞いたシエルは、それに反応を示した。

 

「俺達も…ニルヴァーナで闇に落とすつもり、なのか…?」

 

「希少な天空魔法を扱うウェンディ。そして、小童でありながら天候魔法(ウェザーズ)を一人で扱い、“天の怒り”と言う全てを滅する魔法を扱ううぬを、このまま放っておくとでも?」

 

先程名を上げたウェンディ、シエル、そしてコブラを下したナツ。ブレインはこの3人を空きが出来た新たな六魔として迎えようと言う。シエルやナツなら闇ギルドも顔負けの部分も確かに存在するが、まさか本当にスカウトを受けるとは。

 

「特にウェンディ。化猫の宿(ケット・シェルター)をニルヴァーナによって闇に染め、その様を見せれば、更にその闇は深く濃くなることだろう。そして小童…いや、シエルよ。うぬが扱う“天の怒り”を、正規ギルドに置いて野放しにするのは実に惜しい。闇の世界でこそ、うぬの力は大いに発揮できるのだ」

 

「勝手な事言いやがって…!!」

 

「や、やめて…!化猫の宿(ケット・シェルター)を…私たちのギルドを…!」

 

心底反吐が出るような言い分を聞き、怒りを滲ませるシエルと、涙を浮かべながら懇願するウェンディ。そして勿論、ウェンディの相棒であるシャルルもまた、ブレインの言動に腹を立てない訳がない。

 

「オスガキはともかく、ウェンディをアンタたちみたいな奴らの仲間にするだなんて、絶対認めないわよ!!化猫の宿(ケット・シェルター)を狙って、ウェンディを闇に落として、どんな目的があるのか知らないけどね、アンタたちの思い通りになんか、絶対させるもんですか!!!」

 

彼女にとって、ウェンディは何にも変え難い特別な存在なのだろう。言葉の節々からその想いがシエルにも伝わってくる。ウェンディもまた涙を浮かべながらシャルルの名を呟いて、彼女の方へと目を向けている。

 

 

そんなシャルルに対し、ブレインは口元の笑みを解いて一変、不愉快と言わんばかりの表情を浮かべると、左手を彼女の首に持っていき、絞め始めた。

 

「シャルル!?お願いやめて!!」

 

それを見て悲痛な表情になったウェンディが名を叫ぶが、ブレインはその声に耳を貸そうとしない。

 

「随分と喧しいネコだ…。化猫の宿(ケット・シェルター)を闇に染めてから()()しようかと思っていたが、どのみち同じだ。今この場で実行するとしよう」

 

 

 

 

今…この男は何と言った?

 

シエルもウェンディも、その言葉が胸中で響いた気がした。

 

処分?シャルルを…処分すると言ったのか?

 

「…おい…それ、どういう事だ?」

 

掠れた声で尋ねてきたシエルの問いに、特に感情を抱えるでもなく淡々とブレインはそれに答え始めた。

 

「言葉通りの意味だ。羽を出して空を飛ぶだけの喋るネコなど、利用する価値も存在しない。現にうぬらがこうして捕まっているのも、このネコが原因であろう?だから、一つだけある利用方法を実行するため…」

 

意味深に言葉を途中で切り、今度はウェンディの方へとブレインは視線を向けると、一転して口元に弧を描き、醜悪な笑みを向けながら無情に言い放った。

 

 

 

「こやつに並々ならぬ感情を抱いたうぬの前で惨たらしく始末すれば…うぬの闇はより一層深まるだろう、ウェンディ?」

 

それは最早、ウェンディの心を既に壊しかけるような、残酷な宣告だった。

 

シャルルを…一番の友達を…自分の目の前で…殺す…?

 

「…ヤダ…やめ、て…お願い…シャルルを…シャルル…いや、いやだ…いや…!」

 

目からは次々涙が溢れ、その目に映った光が失われていく。そして紡がれる言葉はただただ羅列した者となってしまっている。だが、その様子を見たブレインは寧ろ浮かべている笑みをさらに深くする。

 

「いいぞ…そうだ、その感情だ。その負の感情が、うぬの心を闇に染めていく…!ニルヴァーナの力を使う時が楽しみだ…フハハハハ…!」

 

狂気に染みた笑いを漏らしながら、ブレインはさらにシャルルにかけている力を込める。その勢いでシャルルから微かに聞こえる声に更に苦悶が満ちる。

 

「ダメ…!やだやだヤメテ…!シャルルがぁ……!」

 

狂った笑いを上げるブレイン。徐々に命が薄れていくシャルル。心が壊れそうなほど絶望を零すウェンディ。

 

それを垣間見たシエルは、停止していた思考に、心の奥底から溢れ出る感情を実感した。

 

 

怒りや嫌悪、憎悪と言った、平気な顔で少女の心を壊そうとしているブレインに対する負の感情が溢れ出てくる。

 

何故こんな奴に、彼女は泣かされている。

 

何故こんな非道な仕打ちをして、笑っていられる。

 

 

何故こんな状況で、自分は何も出来ずにいる。

 

 

 

ありとあらゆる事柄に対して自分自身も、荒ぶる衝動を感じとれるのに、それを振るう事も出来ない。どうしようもない無力感。それが次第に絶望へと変わっていく。

 

どうしたら、彼女たちを助けられる。

 

どうしたら、その下卑た笑いを潰すことが出来る。

 

 

どうしたら…!

 

 

 

 

 

 

そんな思考を繰り返していたシエルに変化が起きた。

 

「ん…?何だ…?」

 

いや、正確には、シエルたちを捕らえている拘束の魔法。その中のシエルの周辺だ。取り囲むように浮かび上がった黄色に輝く魔法陣。その変化にいち早くブレインが気付き、それに伴ってシエルも、そしてウェンディも思わずその方向に顔を向けた。徐々に発光する力は強くなっていき、異様な雰囲気を漂わせる。

 

「こ、これは…!?」

 

何かに気付いたブレインが思わず掴んでいたシャルルの首から手を離したと同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、シエルたち3人を捕らえていたブレインの魔法が内側から爆発。捕らわれていた3人はその衝撃でそれぞれ悲鳴を上げながら身体を投げ出される。

 

「っ…ケホッケホッ…!!」

 

「あっ、シャルル!大丈夫!?」

 

「うっ…今、のは…!?」

 

どうやら存外大きな被害はないようだ。相当な威力を発していたように見えたが、爆発したのが内側からだったために、幾分か衝撃は緩和されたらしい。

 

 

しかし、ブレインは3人の拘束が解けた事よりも、もっと着目した部分がある。今までの憮然とした態度からは想像できない程に、焦燥し、狼狽している。

 

「(今のは…シエルか!?だが、天候魔法(ウェザーズ)にあのような力はない。いやそれ以前に、先程の魔法陣…この私ですら()()()()()()()ものだった!!)」

 

魔法開発局に務め、数多の魔法を造り上げてきた自分が、その過程で様々な魔法をその頭脳に収納してきた自分が、一切見覚えのない魔法陣。発動条件も、詳しい効果も何一つ不明。だが、それを差し引いても、使いようによってはあらゆるものを破壊するほどの規模と威力。まさかこのような力を隠して…いや、本人も困惑していることから、誰も知らぬ得体のしれない力を持っているとは。

 

「(私は何と愚かだったのか…!このような力をもし、ニルヴァーナで闇に染めた時に覚醒していたとしたら…!最早私の手に負えぬ、光も闇も、全てを無へと帰す、恐ろしい存在となっていた…!!)」

 

事ここに至っては、何よりも優先するべきことが出来た。幸い、自由の身となった3人は、まだ満足に動けるようになるには時間がかかる。

 

「シエル・ファルシー…!貴様は危険な存在だ…生かしては置けぬ…!!」

 

焦りを隠そうともしないまま、シエルに明確な殺意を抱き杖にその魔力を大きく溜め込んでいく。それに気付いたシエルはすぐさま回避しようとするが、何故か先程まで感じなかった大きな倦怠感が体に襲い掛かり、立ち上がることもままならない。

 

「や、ヤバイ…体が…!!」

 

 

 

「跡形もなく消え失せよっ!!『常闇奇想曲(ダークカプリチオ)叫声(スクリーム)』!!!」

 

今までの技の中で最大最高の威力を誇るその技が、ブレインの杖から放たれる。

 

「オスガキ!!」

「シエルさん、逃げてぇ!!」

 

ウェンディ達の声を聞いて動こうにも、力が入らない。絶体絶命。シエルは困惑を隠しきれないままブレインの放った攻撃を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

その身に受けるより早く、間に乱入したある存在が、巨大な盾を以てその魔法を防いだ。

 

「何ッ!!?」

 

貫通性のある、最大威力の己の魔法。だがしかし、突如乱入してきたその存在が構える盾は、あっさりとその一撃を防ぎ切り、完全に勢いを殺しきった。鏡のような光沢を持つその盾には、罅どころか傷一つ入っていない。

 

そして、攻撃を防ぎ切ったことを確認したその人物は、前方にいるブレインに向けて、明確な敵意を持った目で睨み、魔法によって起きた風圧が、彼の長い水色がかった銀色の髪を揺らす。

 

「シエル、よく持ちこたえてくれた」

 

ブレインに睨みをきかせたまま、その人物はシエルに優しい声をかける。手に持っていた盾が光に包まれて消え、代わりに全体的に漆黒で彩られた一振りの直剣へと装備を換える。

 

「後は…兄貴に任せておけ…!」

 

「兄…さん…」

 

目に見えて怒っている。そう実感しているシエルは、感激よりも呆然という言葉の方が、あてはまる。同じような表情をしたウェンディとシャルル。そしてその3人とも違う、怒りと苛立ちを前面に押し出したブレインからの視線を受けながら、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のペルセウス・ファルシーが(ブレイン)に向けてその剣を掲げた。

 

「堕天使…ペルセウスゥ…!!」

 

「その名を口にすんな、腐れ外道が」




おまけ風次回予告

ルーシィ「そう言えば、ペルさんって実はヘビが嫌いってホントなの?」

シエル「ああ…うん、ホントだよ。俺もなんだけど、ヘビにはいい思い出が全然なくてさ…」

ルーシィ「何か意外よねぇ、ペルさんにも人並みに苦手なものが存在するって事なのよね…?」

シエル「兄さんが人間から外れてるような言い方やめろよ…。(汗)それに、苦手って言うより、ヘビを目にした瞬間、有害無害関係なく神器を取り出して『速攻駆除だあ!』って大暴れするタイプの方だし」

ルーシィ「嫌いってそっち!?てかそんな事の為に神器使うの!?」

次回『対魔の(つるぎ)

シエル「あまりにもヘビに対して見境がないその姿は、ギルド内で滅蛇魔導士(スネークスレイヤー)モードって呼ばれてるレベルなんだよ」

ルーシィ「それ語感だけで名付けたでしょ!?てかそれだとペルさん自身がヘビの力を使う魔導士って事にならない!?」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。