FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

68 / 157
ギリギリ滑り込みました…。いや正確には前書きと予告間に合わなかったんですが…。文字数少なめなのに何でこんなことに…。

そしてついにニルヴァーナ編も残すところこれを含めて二話!
次週の執筆はより気合を入れて書かせていただきますよ!


第64話 緋色の空

「ジェラール・フェルナンデス。連邦反逆罪で貴様を逮捕する」

 

抵抗の姿勢も意思も見せぬまま、ルーンナイト数名に包囲され、その両手に枷をつけられたジェラール。表情に影を落としたままされるがままの状態になっている彼の様子を、連合軍はただ見ていることしかできない。

 

「待ってください!ジェラールは記憶を失っているんです!何も覚えていないんですよ!!」

 

「刑法第13条により、それは認められません。もう術式を解いていいぞ」

 

「で、でも!」

 

「いいんだ。抵抗する気はない」

 

唯一反論を叫ぶウェンディの意見も一蹴し、部下にそう指示を出すラハール。それでもどうにかしてジェラールの連行を止めようとウェンディが声を張るが、他ならないジェラールがそれを止めた。

 

「君の事は最後まで思い出せなかった…。本当にすまない、ウェンディ…」

 

今にも涙を流しそうな表情を浮かべながらこちらを見るウェンディに、ジェラールは謝罪の言葉を述べた。エルザの名、そしてナツと言う希望。失っている記憶で確実に思い出せている事柄がそれだけだ。必死に自分が連行されるのを止めようとしてくれている少女のことを、思い出すことが出来ないことがとても歯がゆい。

 

「このコは昔、アンタに助けられたんだって」

 

「…そうか…。オレは君たちにどれだけ迷惑をかけたのか知らないが、誰かを助けた事があったのは、嬉しい事だ」

 

話でしか聞けなかった過去の自分。多くの者に迷惑をかけた中で、少なくともウェンディにとっては恩人であったことを、ジェラールは素直に喜んでいるようだ。大きな罪悪感に苛まれる心が、僅かばかりに和らいでいくような感覚を覚える。

 

そしてジェラールは、目覚めてから一番長く共に過ごしているエルザの方に目を向ける。つられてシエルがエルザの方を向けば、彼女は少し顔を俯かせて口をつぐんでいる。本当は止めたいのだろう。ようやく悪夢の牢獄から解放されたジェラールが、再び暗い闇の中へと引き戻されるのを、ただ見ているだけで終わらせたくない。

 

しかし、彼が重い罪を犯したのも事実。止めることを否と告げる自分も存在している。

 

「エルザ。色々、ありがとう」

 

彼女がいてくれたからこうして自分はここにいることが出来ている。またも離れ離れになってしまうが、微笑むジェラールの表情はどこか晴れやかにも見えた。罪を犯した自分には報いを受ける。だがそれより先に彼女に助けられたことは、本当に幸運な事だったと心から思っている。

 

ルーンナイトに連れられ、リチャードも収容された牢馬車へと歩いていく。涙が溢れそうなほどに悲しげな表情を浮かべるウェンディ。両手を握り締めて目を伏せながらこらえる様子のエルザ。二人の姿を見て、シエルの胸中にも戸惑いのようなものが生まれ始める。このまま本当に見送ってしまっていいものなのかと。

 

だが、今更自分たちが何を主張しても、ジェラールの罪が消えることも、彼が連行される決定を覆せることもない。今のシエルに出来ることは、何もない。それが彼の表情をさらに曇らせる。

 

「他に言う事はないか?」

 

「…ああ」

 

「死刑か無期懲役は、ほぼ確定だ。二度と誰かと会うことは出来んぞ」

 

ジェラールとすれ違いざまに、ラハールが残酷な現実を口にした。せめて親しかった者たちとの最後の会話を設けてやりたかったのであろう。ラハールにとっての最大の譲歩に、ジェラールは顔を俯かせながらも、伝えるべきことは伝えた様子で再び馬車への歩を進み始める。

 

「そんな…」

 

「いや…!!」

 

ラハールが告げたジェラールへの判決を耳にした連合軍も、ほとんどが言葉を失っている。特にウェンディは、二度とジェラールと会うことが叶わなくなってしまう現実を受け止められず、悲痛な声を漏らしている。

 

そしてもう一人、連合軍の中で最もジェラールに関わりが深いエルザは、ギルドや世間の為を思って抑え込んでいた感情が、限界に達し始めた。「行かせるものか!」とこらえて閉じていた目を開き、評議院を睨みつけて動こうとしたその時だった。

 

「行かせるかぁっ!!」

 

ジェラールを囲もうとしていたルーンナイトたちを押しのけて飛びかかったナツの声がその場に響いた。ルーンナイトは勿論のこと、ジェラールも、今にも動こうとしていたエルザも、そして連合軍の魔導士たちもナツの突如起こした行動に目を見開いて驚愕している。

 

「な!?」

「ナツ!!」

「相手は評議院よ!?」

 

戸惑っていた大勢のルーンナイトが、取り押さえようとナツを取り囲むが、それに対して力づくでどかそうともがき、ジェラールの元へと行こうとするナツは数の不利をものともせずに次々と押しのけていく。

 

「どけェ!そいつは仲間だぁ!!連れて帰るんだーーっ!!」

 

何か感じるものがあったのか、ジェラールを仲間として取り戻そうと声をあげるナツ。未だ驚愕から戻らない連合軍、震える声でナツに「よせ…!」と絞り出すジェラールとは対照的に、停止しかけていた思考を取り戻してラハールが隊員達に指示を出す。

 

「と…取り押さえなさいっ!」

 

その指示に従って、後方にいたルーンナイトがナツを止めようと一斉に向かっていく。最初に迫り来ていた隊員達を倒したナツが次の部隊を迎え撃つために駆け出し、衝突しようとすると…。

 

「行け、ナツ!!」

 

ナツの進む先にいた一人の隊員を突き飛ばし、彼の道を作ろうと、グレイがナツ同様ルーンナイトを相手にし始めた。再び場にいる者たちに衝撃が走る。

 

「こうなったらナツは止まんねえからな!」

 

ナツ一人を押さえようと動いていたルーンナイトは、更なる乱入者の登場で戸惑い、人員が自動的に二分される。だが、個々の力の差が大きいからか、魔法も使っていないナツとグレイに次々とルーンナイトは突き返されていく。

 

ジェラールが、そしてエルザがその光景を見て言葉を失い、立ち尽くすことしかできずにいた。

 

「気に入らねえんだよ!ニルヴァーナを防いだ奴に…一言も労いの言葉もねえのかよっ!!」

 

グレイのその叫びを耳にし、シエルは思い出すかのように衝撃を受けた。そうだ、今のジェラールは記憶がなくとも、自分たちと共にニルヴァーナを止めるために力を貸して、手を尽くしてくれた。今の自分との因縁があるのは記憶を失う前のジェラール。

 

心から自分の罪を悔い、傷つけた者たちに対して向き合い、記憶を失いながらも過去の自分の責任を背負おうという姿勢を見せている。だが、そんな彼に待ち受けているのは…容赦のない断罪か、命尽きるまで永遠に続く孤独。

 

そんなの…そんなことは…!!

 

「それには一理ある…その者を逮捕するのは不当だ!」

 

「悔しいけど…!その人がいなくなると、エルザさんが悲しむ!!」

 

グレイの言葉を聞いて、ジュラと一夜も思うところを感じたのか、彼らと同様、ジェラールの連行を阻止するために評議院に対峙し始めた。聖十(せいてん)と言う強力な魔導士であるジュラと、力の香り(パルファム)で肉体が大幅に強化された一夜の攻撃は取り押さえようとするルーンナイトをものともせずに退けていく。

 

しかし、倒しても倒しても湧き出してくるルーンナイトの物量に、最前線のナツが次第に押し戻されていく。四方から体を押さえつけられそうになって、徐々に動きを封じられていきそうになる。

 

「うおおっ!!」

 

しかし、ナツを取り押さえていたルーンナイトの一人の顔に、シエルが飛び蹴りを喰らわせることによって、ナツにかかっていた拘束が緩んだ。「今だ、ナツ!」と叫べば、それにすぐさま応えてナツはそこから脱出に成功する。

 

「ちょ!シエルまで!?」

 

日ごろから問題を起こそうとはしないシエルまでもが評議院に手を出したことに、ルーシィが悲鳴に似た声をあげるが、今の彼にはそんなもの関係ない。

 

「どうしてお前らは…『今』を見ようとしないんだ!」

 

小柄の少年を取り押さえようとする大人たち。本来ならすぐに捕まるような対比だが、小柄な体を利用して合間を搔い潜り、拳や蹴りを次々と食らわせて気絶させていく。それと同時に、シエルは叫んだ。評議院が強行しようとしている事に関しての不満を。

 

「過去の凶行や罪にばっか目を向けて、今やり遂げたことに見向きもしないで、決めつけて!過去の自分と向き合おうとしている無抵抗の人間に対して、そんな判決、あんまりだろ!!」

 

自分にも経験がある。仲間を傷つけられて、侮辱されて、嗤われて、そんな光景を見てあらゆる存在への怒りを、暴走と言う形で起こしたことで、次が起きれば問答無用で居場所を奪われる。

 

暴走させないように、コントロールをするためにやれることは勿論やっている。仲間の存在もあるから、どんな試練も乗り越えられる。だが今のジェラールはどうか?償いの機会も、試練も与えられないまま、有無を言わさずに世間から弾かれるだけで済まされるのか?

 

シエルが抱いた答えは、否だ。

 

「ジェラール!自分が許されない存在だと思うのなら!やるべきことはただ連れていかれることじゃない!そんなのは、自分の罪から、それによって傷を負った人たちから、逃げているのと変わらないぞ!!」

 

掻い潜ってナツと共にジェラールの元へと駆け寄ろうとするシエルの言葉に、ジェラールの表情がさらに歪む。その間に少しでも近づこうと駆けて行こうとするが、彼の両側からそれぞれ二人の男たちが腕を掴んでそれを止めようとする。捕まってしまえば、子供と大人の圧倒的な力の差が生じる。無理矢理押さえつけられて苦し気な表情を浮かべる少年。それを押さえようと負けじとシエルの体を押さえる二人の男の背後から、別の人物の両手が、それぞれの男たちを後ろから掴む。

 

違和感を覚えたのは一瞬。その次の瞬間に、男たちは背後から来た人物にそれぞれ頭を勢いよく衝突させられ、そのまま気絶し、シエルの拘束をほどく。

 

「シエルの邪魔はさせねえぞ」

 

その人物、少年の兄であるペルセウスが、弟を捕らえようとするルーンナイトに睨みをきかせる。その気迫はある意味、ジュラや一夜を凌ぐほどのものだと、その場にいた者たちは一様に思い知らされた。

 

「もう!どうなっても知らないわよ!!」

 

「あいさー!!」

 

場は一気に混戦状態。口ではそう言いながらも、ルーシィは周りのルーンナイトたちに腕を振り回して抵抗し、ハッピーはその傍らで幾度も爪を振り回す。少しでもナツたちへ向かう頭数を減らすために。

 

「お願い!ジェラールを連れて行かないで!!」

 

目元に涙を浮かべながら訴えるウェンディ。彼女もまた取り押さえられようとしているが、相棒のシャルルがそれを必死に食い止めようと抵抗している。

 

「来い!ジェラール!!お前はエルザから離れちゃいけねえっ!!ずっと側にいるんだ!エルザの為に!!」

 

「そうだ!エルザの事を想うなら、今度こそ隣で歩くんだ!記憶が戻った時の事が怖いなら、エルザも、俺たちだってついてる!!」

 

必死にルーンナイトを押しのけてジェラールに近づこうと奮闘する二人の声。それが耳に届くたびに、ジェラールは心が揺れ動くのを自覚した。それと同時に身体は震える。自分は裁かれるべきだと頭の中で理解している。だが彼らは、そんな自分を仲間として連れ戻そうとしてくれている。しかしそれは、自分のせいで彼らもまた評議院に危険分子とみなされてしまう事となる。

 

応えるべきではない。だが彼らの声に応えたい。そんな葛藤がジェラールを支配していく。

 

「全員捕えろォオ!!公務執行妨害、及び逃亡幇助だ!!」

 

更に勢いが強まっていく反抗にラハールが声を張り上げて指示を出す。現場にいるルーンナイトほぼ全員が連合軍を捕らえようと一気に駆け寄り、物量をさらに多くする。状況はさらに混迷を極め、更に囲まれる者もいれば、めげずに撃退していくものも存在する。

 

「…生きることから…!逃げるなっ、ジェラールゥ!!」

 

伸ばされる手を振り払い、抜け出し、シエルは更にジェラールとの距離を詰めていく。長杖から魔法を放とうとする者たちを、援護に出ている兄が先んじて沈めていくのを目もくれず、更に駆け寄っていく。

 

そしてその距離がもうすぐ触れるか触れないかまで近づいたその時…。

 

 

 

 

 

「もういい!!そこまでだ!!」

 

その一喝が、騒動を一発で鎮静化させた。その声の主はエルザ。右腕を払うように横へと上げながら、場を制止させる仕草でその声を響かせたのだ。

 

連合軍から見れば思ってもいなかった人物によってストップがかけられたことにより、ほとんどが驚愕に目を見開いている。

 

「…騒がせてすまない…責任は、全て私がとる…」

 

振り絞るように震えた声で、仲間が起こした騒動の責を一身に受けるという発言に、ラハールをはじめとした評議院の面々は呆然と言った様子を見せる。そして彼女は告げた。もう後戻りすることが出来ない、覚悟を決めた言葉を。

 

「ジェラールを…連れていけ…!!」

 

顔を俯かせながら零すように告げたその言葉に、ジェラールは悲しみを帯びながらも安堵したような表情を浮かべて彼女に再び背を向ける。そう、これでいい。これが自分が迎えるべき業なのだと、言いたいかのように。

 

「エルザ!!」

 

「座ってろ!!」

 

「はいっ!」

 

その決断に当然のようにナツが反論を叫ぼうとしたが、それよりも早くエルザが彼を黙らせた。思わず条件反射でその場に正座で座り込む。

 

「エルザ…」

 

そしてもう一人、シエルはエルザに疑問と悲痛で歪んだ表情を向けている。本当は彼と共にいたかったはずなのに、それを押し殺して、別の罪を問われてしまうギルド(家族)を守るための苦渋の決断。分かってる。分かってはいるが、はたから見るだけのシエルにも、エルザの様子は胸が張り裂けそうな思いを抱かずにいられなかった。

 

今度は誰にも遮られることなく、牢馬車へと連れられて行くジェラール。しかしふと、「そうだ…」と思い出したように一言呟き、一度歩を止めてエルザの方へと振り向く。

 

 

()()の髪の色だった」

 

 

たった一言。しかしその一言は、エルザにあることを気付かせるには十分だった。そしてその一言を最後に、ジェラールは牢場所の荷台の中に、自ら入っていく。

 

 

 

───さよなら…エルザ…

 

「…ああ…」

 

罪人二人を乗せた牢馬車は厳重に施錠され、用件が済んだとばかりに連合軍を残してルーンナイトは評議院へと帰還していった。風が彼らの衣服や髪を揺らす中、しばらく誰一人として、言葉を発せるものはいなかった…。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それからそれだけの時間が過ぎただろう。いくつもの星と月が淡く照らしていた真っ暗な夜空が、東の方から少しずつ赤みを帯びた光に塗り替わっていく段階。

 

とてつもなく長く感じた夜が明けようとしている。しかし、近くで休息をとっている連合軍たちの表情は、徐々に明るくなる空とは対照的に暗いまま。ニルヴァーナを破壊できた喜びも、作戦を完遂した達成感も、今となっては微塵も湧いては来ない。

 

「エルザ…どこ行ったんだろ…」

 

「しばらく、一人にしてあげよ…?」

 

「あい…」

 

今この場にいる者たちの中で、エルザだけが遠くへと歩いて行ったきり、まだ戻ってくる様子がない。気丈に振舞おうとする癖がある彼女の事だ。ジェラールと二度と会うことが出来ない悲しみに暮れる姿を、誰にも見せたくないのだろう。

 

他のみんなから少し離れた、しかし視界に十分映る場所に膝を折って座り、その膝に顔を埋めた状態で固まっているシエルの近くに、兄であるペルセウスが近づいてくる。だが、近づくだけで声をかけたりはしない。今どんな言葉をかけたとしても、今のシエルの沈んだ気持ちを晴らすことは出来ないと、分かっているから。

 

「どうにも…出来なかったのかな…」

 

兄が近くに来たことに気付いたのか、それとも独り言なのか、シエルのくぐもったような声が、発せられる。ジェラールは確かに罪を犯した。記憶が失ってもそれが消えるわけではない。だがそれでも、今のジェラールにあの頃のような狂気じみた感情は見られなかった。

 

エルザが昔の事として語った、かつての頼りがいのあるリーダー的な存在だった頃のジェラールのようだと考えれば、納得できるほどに。憑き物が落ちた様子に見えるジェラールを、助けることが出来なかった。聖十(せいてん)やギルドでも最強格である魔導士がいたのに、ジェラールの連行と言う決定を覆せなかった。

 

数年前のシエルならば出来なかったことも、今では出来るようになった。見違えるほどに強くなった。憧れの兄に追いつくために、もっと強くなりたい。普段からそう考えているのは事実だ。

 

だが強くなっても、守りたいもの全てを、守り切ることが出来ないのだろうか?そんな胸中を口に出して顔を上げる様子のない弟に、ペルセウスは陰を落とした表情のまま、空を見上げて呟いた。

 

「強くなければ、守りたいものを守れない。強くなればなるほど、色んなものを守れるようになる。だが時として、守りたいものは簡単に手の平から零れ落ちて、拾えないところに行ってしまう…」

 

兄が語りだしたその言葉に、シエルは心当たりがあった。自分たち兄弟は、色んなものを失ってきた。非力だった時も、力をつけ始めた時も、強さを手に入れた時も。守れるものは増えたはずなのに、本当に大切なものはある日突然理不尽に奪われていく。

 

「じゃあ…どうすればいいのかな…?」

 

少しばかり顔を上げたシエルは、強さがあっても守ることが出来ないなら、どうすればいいのか分からなくなっていた。強くなることに意味があるのか、力をつければ何か得られるのか、守りたくても守れない理不尽を、受け入れるしかないのかと。

 

だが、彼の頭に手を置いた兄は、優し気に笑みを向けながらそれを否定した。

 

「今目の前にあるものを守ればいい。全部を守り切ろうとするなんて限度があるさ、人間はその一面がある。だからこそ、俺たちはギルドの仲間を大切に思い、仲間と共に守りたいもんを守るんだろ?」

 

一人で自分の守りたいものを請け負うには普段が大きい。だがギルドは、そんな負担を共に背負ってくれる。互いに守り、守られることが、仲間としての姿だ。多くのものを守るなら、多くの者と共にその力とする。そして、目の前にあるものを守る…その言葉の真意は…。

 

「お前自身が、絶対に守りたいと思えるような存在を、決して手放さないようにすること。今は、その一つを重点的に考えていけばいい。…それは、俺にも出来なかったことだ…」

 

兄にとっては、きっとその存在を失ったことが戒めであり教訓だろう。自分と同じ轍を踏んでほしくない。その願いを託されると共に、シエルは今自分が絶対に守りたいと思える少女がいる場所に目を向けた。

 

その少女もまた、大切に思っていた存在を失って流した涙で濡れた目を、ある一点の方向に向けながら、同じ方向へと歩を進め始めているところだった。その方向は、エルザが向かって行った方向と同じ。

 

悲しみに暮れる者。自らの無力に後悔する者。様々な葛藤に苛まれていながらも、昇り始めた日の光は、平等に彼らを包んでいく。今までに見たことのないような美しい緋色に染まった朝焼けの光を目に焼き付けながらシエルは誓う。

 

もしも彼女に危険が迫ることがあるなら、必ず自分が守り抜いてみせると。ギルドの違いで遠くにいても、必ず彼女のところに駆けつけてみせると。

 

エルザの髪の色を彷彿とさせる空の色を見据えながら、同じ色に照らされた空色の髪を風に棚引かせ、ただ目を細めて、立ち上がった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

目の前にあるのは姿見。そこに写った自分の格好を改めて確認する。所々にネコの頭や肉球を模した文様が入った、袖なしのロングパーカーに、同じ意匠のハーフパンツ。どことなく普段のナツの格好で、トップスの前を閉めたようなデザインのその服を纏ったシエルは、「へぇ…!」と感嘆の声をあげた。

 

「結構着心地いいなこれ!デザインも特徴的っていうか…」

 

「似合ってるぞ、シエル」

 

今現在、すっかり日も昇りきって朝どころか昼も過ぎた時間帯。連合軍の面々は化猫の宿(ケット・シェルター)の建物の一つで、彼らが織り上げた衣服をいただいていた。

 

あれから少しばかり休息をとり、連合軍のギルドで一番近くの化猫の宿(ケット・シェルター)に一度集合して傷の手当と再びの休息。全てが完了した時には既に昼頃を過ぎていたのだ。墜落したクリスティーナに乗っていたトライメンズ、リオンとシェリーも無事に合流している。

 

そして今シエルたちがいるのは男性用の衣服がある更衣室。女性陣は女性用の衣服がある建物にいるため、別行動中だ。

 

「ギルドの者からの話によれば、化猫の宿(ここ)は集落全てがギルドとなっていて、織物の生産が盛んのようだ」

 

そう告げたのは、シエルたち同様特殊な衣服に着替えた後のジュラだ。案内してくれたギルドのメンバーから聞いた化猫の宿(ケット・シェルター)の事について周知してくれる。

 

「ニルビット族に代々伝わる織り方…って事なのかな?」

 

「かもしれんな」

 

ニルビット族の末裔のみで構成されたギルドである化猫の宿(ケット・シェルター)。ウェンディたちだけ違うようだが、外部では見かけたことのない意匠と織り方から察するに、その可能性が高いだろう。

 

「すっげえなこの服!どれもこれもハッピーのマークが入ってんぞ!」

 

「あい!」

 

「いや、普通にネコってだけだから…」

 

どこか着目する点がおかしいナツとハッピー。それを言うなら、集落の中心に建っていたネコの顔を模したテントもハッピーだとか言いそうな予感がする。

 

「たまにはこういう服も悪くねえな」

 

「同感だがグレイ、せめて着てから感想を言え」

 

「そういうあんたもだよ、似たもの兄弟か」

 

「「一緒にするな!!」」

 

そして氷の造形魔導士の兄弟弟子たちは上半身を晒したままで服の感想を語る頓珍漢な事をしていたので指摘しておいた。どっちも心外そうな表情で反論をしていたが、どんぐりの背比べでしかない。

 

「そんで…お前らはいつものカッコなのか…」

 

「これこそが青い天馬(我々)の仕事服であり、勝負服であり、私服なのでね。ご厚意だけいただくことにしたのだよ」

 

『さすが師範!!』

「メェーン」

 

一方で青い天馬(ブルーペガサス)の一夜とトライメンズは、作戦が始まった時と同じデザインのスーツ服のままである。彼らの分も用意はされていたのだが、アイデンティティーとも呼べる服装を変える気はなかったのか、遠慮したらしい。トライメンズの息の合った称賛に謎のポーズで答える一夜を見て、尋ねたペルセウスは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「さて、そろそろ皆のところへ向かうとしよう。化猫の宿(ケット・シェルター)の方々をいつまでも待たせるわけにもいかんだろう」

 

ジュラが言うと、着替え終わった全員が建物の外へと出る。そう。ひと段落した後、化猫の宿(ケット・シェルター)のメンバーたちが、直接礼を言いたいという要望を出したため、それに応えるべく今彼らの元へと向かおうとしているところだ。そして建物の外に出ればちょうど合流地点で、女性陣もそれぞれ着替えを終えた状態で目に入った。

 

「あ、来た来た!」

 

どうやら先に来たのは女性陣だったようで、率先してルーシィが男性陣へと手を振っている。それぞれが貰った服に関しての話題などを出す中、シエルも目当ての人物と会話を交わす。

 

「ウェンディ、ありがとね。なんか色々世話になったみたいで」

 

「そんな、私は特に何も…こちらこそ、いっぱい助けてくれて、ありがとうございました」

 

疲れ切った身体を休めるための寝床だけでなく、彼らが織り上げた衣服までもらえて化猫の宿(ケット・シェルター)には親切にしてもらった。その一員であるウェンディにもお礼の一つを告げたが、彼女らしい一面と言うべきか、謙遜して逆にお礼の言葉を返すという図になってしまった。

 

ちなみに、今のウェンディはシエルたち同様に着替えたのか、緑の生地を基調とした袖のないワンピースを着ている。

 

「でも…みんなとはこれでしばらく、お別れ…なんですよね…」

 

突如悲しそうな表情を浮かべながら、伏し目がちに連合軍の面々に目を向ける。そうだ、元々これは六魔将軍(オラシオンセイス)を打ち倒すために4ギルドで構成された一時的の連合軍。それが果たされた今、各々はそれぞれのギルドへと帰らなければならないのだ。

 

つまり、ジュラや一夜たち、そしてウェンディとも、しばしの間お別れとなってしまうのだ。特にウェンディはギルドから選出された唯一の存在。たった一日だけとはいえ共に戦った者たち全員と一時的に別れることは、どこか物寂しいのだろう。

 

 

 

その心中を察したシエルは、気付けばこう口にしていた。

 

「…手紙…」

 

「え?」

 

「そ、そう手紙…書くよ!その日にあったこととか、どんな仕事したとか、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の事も、たくさん…!」

 

思わず口に出していたことに少しばかり戸惑って顔を赤く染めながらも、誤魔化したりせずにシエルは心のままに思いついたことを伝える。遠くに離れて会えないのならば、互いにどのようなことがあったのか、どんな人たちと過ごしているのか、手紙を書いて送りあう。

 

シエルにとっては、同じ年代の魔導士と会って、こうして仲良くなれた存在はウェンディが初めての事で、この連合のみでの関係で終わらせたくない。と言った半ば建前のような主張を少しばかり早口で伝えながら、シエルはキョトンとした表情でずっと喋らずにいるウェンディに不安を感じ出し、「駄目、かな…?」と思わず問うた。

 

「…駄目じゃないです。手紙、楽しみにしてますね!私も色んな事、いっぱい書いて、シエルさんに送ります!」

 

一度だけ首を横に振り、嬉しそうな笑顔で返事を告げる。その表情を見てシエルは何度目かになるほどに心臓が跳ねたが、それ以上に喜びが溢れ出した。約束だ。そう告げたシエルにウェンディは笑みを浮かべて首肯し、「そろそろ行きましょう?」と自分のギルドの者たちが待つ場所へと小走りで向かっていく。

 

その後姿を見ながら、シエルは胸に手を置いてしばしその喜びを噛みしめていた。

 

 

 

「で…途中から姿が見えなくなってたけど…何してんだよ…?」

 

だが数秒もしないうちに顔が赤いまま思い切り顔を不機嫌そうに歪めながら首を横に向けると、ある者は微笑ましそうに、ある者はニヤニヤと口元を吊り上げながら、またある者(リオン)はいたたまれない表情を浮かべて、ある者(シャルル)はシエル以上に不機嫌そうに睨みつけながら、ある者(ナツ)は特に普段通りの様子で物陰に隠れながら一部始終を見ていた。いつの間にどうやってそこに隠れたのか全くもって分からない。

 

「いやなに、若人の青春の一幕。これを邪魔するのは無粋かと思ったに過ぎないさ」

 

『さすが先輩!』

 

「オレたちまで隠れる必要があったのか…?」

 

「それもまた“愛”ですわ」

 

「若いことはよい事だぞ」

 

身内ではない者たちから次々にそんな言葉をかけられるが、邪魔するのが無粋なら覗き見るのは無粋じゃないのか?と突っ込みたい衝動に駆られる。あとリオンが浮かべている表情の理由が分かった。シェリーに強要されたな?

 

「言っとくけど、変な事手紙に書いたら絶対許さないからね、オスガキ?」

 

「手紙は許すのか?」

 

「成長したようで兄貴は嬉しいぞ、シエル…!」

 

シャルルだけがどこかウェンディと仲良くなる様子に否定的のようだが、ウェンディ自身が手紙自体を楽しみにしている以上、そこまで邪魔をする気にはなれないようだ。そして兄はしみじみと言った様子で感動している様子。目元にまた涙が浮かんでいるように見えるが、涙腺緩んだのか?

 

「「どぇきとぅえるぅう~~!」」

 

「昨日も散々やっただろそれは!!」

 

そしてハッピーとルーシィ…こいつらに関してはただ単に揶揄いたいだけなのが見え見えである。巻き舌風におちょくってくる二人に、口を噤んで黙っていたシエルはとうとう叫ばずにいられなかった。

 

「…なあハッピー?」

 

「ん?どうしたの、ナツ?」

 

すると、他の面々と違っていつもと変わらない様子のナツが突如ハッピーに声をかけた。恋愛関係には疎いナツの事だ。大方どうして隠れる必要があったのだとか、手紙を送りあうだけでこんなに動揺するのは何故かとか、よくわかっていないようなことを聞いてくるのだろう。そう、ハッピーは確信していた。

 

 

 

 

 

 

「お前、おんなじように昨日会ったのに、シエルに大分先こされてるけど、自分はいいのか?」

 

「!!!?」

 

だが予想の斜め上の質問をされ、ハッピーは大きな衝撃を受けた。いや、ハッピーだけじゃない。周りの魔導士たちも、それこそシエルもそうだ。だってそうだろう。シエルは着々とウェンディと距離を縮めている。だがハッピーはどうだろう?明確にシャルルとの距離が縮まった様子が見られない。それだけでも衝撃的だったのに、よりによって…!

 

「よりによってナツに気付かされるなんて~~!!?」

 

「どーゆー意味だっ!!」

 

大きな絶望を抱えたような叫びをあげるハッピーにナツが心外とばかりに叫ぶ。それによって一同の間に笑い声が響いた。

 

 

少年少女のささやかな約束。一見すれば微笑ましいこの約束は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叶わぬものとなってしまうことを、まだ誰も知らなかった…。

 




おまけ風次回予告

シエル「化猫の宿(ケット・シェルター)って、ニルビット族の末裔だけで構成されてるって聞いたけど、ウェンディとシャルルは違うんだよね?」

ウェンディ「私は後から入ったんです。それから7年の間、ずっと私を本当の家族のように大切にしてくれたんですよ」

シエル「本当の家族のように…その点は妖精の尻尾(フェアリーテイル)も同じだな。血の繋がった家族は兄さんがいるけど、ナツたちの事も、本当の家族みたいに感じてるし」

ウェンディ「私も、ギルドのみんなは大切な家族だって思ってます!」

次回『たった一人の為のギルド』

シエル「ウェンディの育ったギルド…どんな人たちがいるのかな?」

ウェンディ「みんなとっても優しいんですよ。シエルさんにも紹介しますね!」

シエル「楽しみだな~!」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。