このまま書き進めると、前回のチェンジリングと匹敵する文字数になるので、それまでお待たせさせる間に、一度前編扱いで公表することになりました…。(汗)
ちなみに後編の公開予定ですが、今のところ順調に進めて火曜日祝日を目途としています。今回の続きは、その時までお待ちくださいませ…。
「う~ん…」
「中々これってのがないわね…」
ある日の昼前の事。藍色の長い髪をツインテールで括った新人の少女ウェンディ・マーベルと、その相棒である白ネコのシャルルは、
「おかえり。もう次の仕事探してるの?」
そんな彼女たちの後ろから声をかけたのは、看板娘のミラジェーン。ウェンディたちはつい先程もマグノリア内での比較的簡単な依頼を済ませ、ギルドに帰ってきたところだ。そのすぐ後に依頼書に目を通して次の仕事に取り掛かる姿勢は立派なものだ。
「って言っても、この街の中での簡単な依頼しか、アンタが受け付けないじゃないの」
「ちょっとシャルル!」
「…でも、小さな仕事で経験を重ねるのも、大事だと思うから」
ウェンディがシャルルを窘めるように声をあげるが、その彼女の言い分も一理ある。新しく入った新入りであり、歳は最年少の12歳。少し前まで最年少の立場にいたシエルよりも下で、しかも女の子だ。ミラジェーンはそんな彼女を案じて、最初のうちはマグノリアの中で出てくる、簡単にこなせる依頼だけを受注させるようにしていた。いきなり危険を伴うような依頼を受けさせて大惨事が起きては遅い。故にそういった対応を行っていた。
しかし、ウェンディたちが
「それはそれとして、そろそろデカい仕事を一つ、やってみてもいいんじゃないのか?」
「だよな!遠くの町からの依頼とか」
「魔物退治、とかそういうのじゃなきゃ、大丈夫だろ」
話に加わるように近づいてきたペルセウスがミラジェーンにそう提案を上げ、同じようにナツとグレイもそれに同意を示す。そろそろ更なる経験を、と言うのが男子たちの意見のようだ。それに対して、ウェンディも意欲的になる。
「私、早く大きな仕事が出来るようになって、皆さんのお役に立ちたいんです!」
「みんなの役に立ちたい、か」
「頑張れよ!」
声高らかに、両腕でガッツポーズを作りながら意気込む少女の姿。これを耳にしたギルドの中にいる魔導士たちは、微笑ましさを感じたのか素直な応援を贈る。
「こー言う素直で健気なコを見ると、応援したくなるねぇ」
「頑張ります!」
姉御肌気質のあるカナがそう呟けば、照れくさそうに頬を染めながらもさらに意気込みを見せるウェンディ。本当に微笑ましい限りである。
「ルーシィもちょっとは見習ってほしいね」
「あたしだって素直で健気でしょう?」
そんな様子を見て突如そう呟いたハッピーに対して、不服と言わんばかりに当の本人が反論する。勝手に比較された上に素直と健気を否定されたことが気に食わないようだ。
「は…?どこが?」
「全部よ全部!!全身…素直と健気の塊じゃない…!」
全くもって理解できないと言いたげな反応のハッピーと、それでもめげずに自らをそう主張するルーシィ。しかし意見は平行線。それどころか、ハッピーの陣営に加勢する存在までいた。
「素直…?健気…?ぷふっ!」
「それってさぁ、自分で言うの、空しくな~い?」
思いっきり含み笑いを浮かべた悪戯小僧と青ネコを見て、今己がバカにされてることを理解したルーシィが怒りを表す。
「くぁーーっ!!何よーーー!!」
そして怒りそのままに少年と青ネコを少女が追随する追いかけっこに発展。対して逃げる側の二人はずっと笑みを浮かべたままだった。余談だが後のシエル曰く、「ルーシィの言葉が事実だったとしても、ウェンディを見た後だとどうも霞んで見えてしまう」との事らしい。どっちにしろひどい言い草だ。
「素直で健気、か…それならシエルにも当てはまる要素だよな」
「「えっ?」」
弟も交えた追いかけっこを眺めながらも、腕を組んでしみじみと言った表情を浮かべながら語ったペルセウスの言葉に、思わずナツとグレイが声を漏らす。あのシエルが…素直で健気…?会ったばかりの頃の彼ならともかく、悪戯を好んで行うようになってからは、ルーシィと五十歩百歩の縁遠い言葉になっているはずだが…。
「何だ?何か文句でもあるのか?」
「「いえ、無いです…」」
そんなことを小声で呟きあっていたら、聞こえていたらしいペルセウスが睨みながら低い声で詰め寄ってきた。反射的に答えた二人であったが、このとき彼らにはペルセウスに対する恐怖ではなく、肯定したらめんどくさいことになるという確信が、瞬間で察知できたらしい。
「でも、留守にしてる連中が戻ってきたら、驚くだろうな。こんな小さな子がいて」
「だな。ギルダーツとか」
話を切り出した
「ギルダーツか…。相変わらず音沙汰ねぇみてーだが…」
「もう何年になるかな、例の仕事に行ってから」
「3年…だっけか?」
ギルダーツとはどういう人物なのか、3年もの間どんな仕事に行っているのか、ペルセウスたちの会話を聞くだけでは到底想像が出来ない。しかし、彼らのどこか寂しいような、心配するような表情から察するに、自分の想像では到底追いつかないような仕事に行っているのだろうとウェンディは考える。
「心配ねぇだろ?オレたちならともかく、あのギルダーツだからな」
「そうそう。別格だからな」
3年もかかるような仕事も気になるが、それをこなせるほどの実力を持つギルダーツは相当信頼されているらしい。ウェンディから見ればナツやシエルを始めとした多くの魔導士は、自分よりも大きく上回る実力者。そんな彼らから見ても別格と言わしめる存在に、興味も惹かれる。
ギルダーツの話が上がった際に、カナが何やら暗い顔を浮かべていることも加えて気になるが、今は自分自身の事だ。
「そう言えば、ちょうどいい仕事があるわよ。」
話を聞いて思い出したのか、一枚の依頼書を持ちながら、ミラジェーンがウェンディへと声をかける。何でも心を癒してくれる魔導士を探してるそうだ。報酬はそこそこだが、ウェンディにはぴったりな内容の仕事だろう。
それを聞くだけでウェンディの表情はぱっと明るくなっていき、対照的にシャルルの表情はどこか不機嫌なものになっていく。
「ほう、オニバスか。まあ中々に大きめだし、ちょうどいいかもな」
「何々?ウェンディが受ける依頼?どんなの?」
依頼主の所在地を依頼書を見て読んだペルセウスの声に反応し、ルーシィとの追いかけっこから戻ってきたシエルが、彼女が受ける依頼に興味津々と言った様子で問いかける。どんな依頼が来たのか、ウェンディは両手で依頼書を持ちながらそこに記されている説明文を読み始めた。
「ええっと…『ありがとうございます』…?」
開幕一番に謎のお礼の言葉。それを聞いた瞬間、一部の者たちが凍り付いた。それは、本来なら、思い出したくもない苦さ通り越して吐き出したくなるあの時の記憶…。
「いきなり、お礼…?」
「かぁーーっ!!思い出したぁ!何か思い出してきたーーー!!!」
「うわぁ~!トラウマが…あの最悪のトラウマが蘇ってくるぅ…!!」
妙な既視感を感じてシエルたちへの怒りも消え失せたルーシィ、当時の記憶が蘇ってきてふつふつと怒りを燃え上がらせるナツと、記憶の奥底に封印したトラウマが蘇って頭を抱えだすシエル。突如起こした奇行に首を傾げながらもウェンディは依頼書に再び目を通して読み上げる。
「『劇団の役者に逃げられ、舞台の公演も失敗続き…。心も体もズタズタです。私を元気づけてください。ありがとうございます。ラビアン』…」
確定だ。思いっきり知ってる奴からだ。それもイヤな思い出しか残っていないあの依頼。グレイも改めて思い出したようで当時も感じた苛立ちが蘇ってきている。突如周りの者たちが怒りや恐怖の感情を露わにしている様子に、内心困惑しているペルセウスがついていけてない。
「『ラビアン』って、誰だっけ?」
「シェラザード劇団の座長…俺たちがこの前やった舞台公演の依頼主…」
「あー!『フレデリックとヤンデリカ』!!」
それはいつか、
詳しい内容は第19話に記されているが、このラビアンと言う座長、口調こそ「ありがとうございます」と言うお礼が口癖で慇懃無礼な態度に見えるが、今回だけでも二度目であることから分かるように、その本性はブラック企業の社長タイプで低賃金、重労働、強制残業(日単位)を強いるとんでも座長なのである。
「ウェンディ、この依頼はやめた方がいい…ってかこいつからは受けない方がいい!!下手すりゃ生きて帰れなくなる!!」
「劇団の座長さん…なんだよね、この人…?」
鬼気迫ると言った様子で、ブラック座長からの依頼を断固阻止しようとするシエルの様子に、思わずウェンディはそうぼやいた。一体シエルたちに何があったのか、何で一劇団の座長からの依頼で生死に関わるのか、と言う疑問を拭えない。
「私も反対よ。何もそんな仕事じゃなくても…オスガキの言う事は大袈裟かもしれないけど、悪い予感もするし…」
元々シャルルは別の街で行う大仕事をいきなり引き受けることを良しとはしていない。ウェンディの今の力量や性格を思えば心配な部分も多いし、何より自分が今感じている悪い予感も懸念の材料だ。しかし、ウェンディにとってはギルドの一員として、より力をつけるための第一歩でもある。
「シャルルの予感はよく当たるけど、でも、私で役に立てるなら…」
「あなたは人が良すぎるのよ。大体、行ったこともない街で大きな仕事なんて、あなたにはまだ無理よ!」
「そんなことない!私もちゃんと依頼を果たしてみせる!!」
「なら、好きにすると良いわ!私はついて行かないから!」
「ちょっとちょっと!何であんたたちが喧嘩になるの!?」
どうしてもみんなの役に立つために依頼を引き受けたいウェンディと、荷が勝ちすぎると考えてやめておくべきと主張するシャルルの会話はいつの間にかヒートアップし、喧嘩のような口論にまで発展する。二人の間で宥めるルーシィも、他の面々も表情に困惑が浮かぶ。何とか落ち着かせようとルーシィが声をかけるも、先に意固地になったシャルルがウェンディからそっぽを向けてしまう。すぐに和解するのはおそらく不可能に近いだろう。
「私…このお仕事引き受けます!」
そんなシャルルの様子に少し寂しげに眉を値を下げながらも、すぐに気を引き締めて堂々と告げるウェンディ。だが今の口ぶりから察するに、シャルルさえ同行しない、本当の意味での単独での依頼と言うことになる。何事も経験だと、ウェンディは一人で受けるつもりでいるらしいが、周りが…特に一人の少年がそれを勿論放ってはおかない。
「分かった、ウェンディが決めたなら依頼については何も言わない。でも一人はさすがに危険だから、俺も行くよ!」
「よし、オレも行くぞ!」
「あたしも!」
「オレもだ。あんな野郎に一人で会わせたら何されるか分かんねぇ…!」
「え?で、でも…!」
仕事の変更はもう叶わない。ならばせめて、彼女の危険をなるべく無くすために同行を申し出る。シエルに続くように以前ラビアンに痛い目にあわされたナツ、ルーシィ、グレイも同行を名乗り出た。あのブラック座長にウェンディを会わせては、どんな悲惨な目にあわされるか分からないというのが大元だ。一人で仕事をこなす決意をしていたウェンディは勿論それに困惑するが、それでシエルが引き下がるわけがない。
「大丈夫!いざという時は、ウェンディだけでも絶対にここに帰すから!たとえ命に代えても…!!」
「座長さんを癒すお仕事なんだよね!?そして何でナツさんたちも、否定どころか全力で肯定してるんですか!!?」
ウェンディの肩に両手を置きながら、まるで戦場に向かう兵士の如き覚悟を決めた表情で決意を口にするシエル。その背後から、似たような表情で何度も首を縦に振るナツたち3人。依頼内容に見合わぬ覚悟を秘めた様子の先輩たちに、ウェンディは困惑のままに叫ぶしかできなかった。
「待て待て!」
すると、カウンター席の机の上に座っていたマスター・マカロフが制止と共に声をあげた。彼は酒の入ったコップを片手に持ちながらも、初めての大仕事を引き受けたウェンディに同行しようとする者たちにこう続けた。
「そんなに大勢で同行してはウェンディの成長には繋がらん。気持ちは察するが、お前たちが一々世話を焼いていては、いつまでたっても何も変わらんぞ?」
「ま、まさか…この依頼本当にウェンディ一人で行かせるつもり!?」
「そうも言っとらん。ようやくウェンディもここでのやり方に慣れてきたばかりじゃ。だからいきなり一人で遠くへやるわけにもいかん。かと言って、大人数が同行するのも悪手。せいぜい2、3人じゃ」
先程動向を名乗り出た全員がウェンディと共に行けば、ウェンディ自身の成長に、意図せずして妨げになってしまう。だが一人で行かせるのが危険であることも事実。だからこそマカロフが決定したのは、少人数の同行者の選定。
「一人は、前にも行ったことのある者…そうじゃな…」
「はい!はいはいはい!!」
前にも行ったことのある者…代表として真っ先に挙手をして主張をするシエル。ウェンディの依頼に同行したいという願望もあるが、今回は依頼主が依頼主なだけに、その脅威から守りたいというのも一つだろう。物凄く激しい自己主張にも見えるが、その気持ちはよく分かる。そんな彼の必死のアピールをマカロフは…。
「…ハッピー!」
「ズコォ!!」
「オイラ!?」
一切無視してシエルではなくハッピーを指名。それに対してシエルは勢いよく床に倒れこむが、当のマカロフと指名されたハッピーは全くもって意識を向けない。何も喋らずに転げ落ちた姿勢で固まっているシエルを見ているメンバーはいったい今どういう心境だろう。
「それに、フリード!お前も手が空いとったな、ついてってやれい」
「マスターのご指示とあれば」
更に指名したのは所在なさげにカウンターで飲み物をあおっていた術式魔法の使い手、フリード。彼は特に反対する理由もなく肯定を示す。
『何でフリード!?』
ウェンディ、ハッピー、フリード。誰も思い浮かばなかった、どうなるのかも分からない異色の組み合わせだ。そもそも何故フリードが同行者の一人に選ばれるのかも周りから見れば疑問の一つ。思わず周りから疑問の声が上がった。
「何でフリード…?そして何でオイラが…?」
「マスター!ハッピー、あんまり乗り気じゃなさそうだし、俺が同行しちゃダメなの?」
「ダメじゃ」
まさか自分が行くことになるなど思わなかったハッピーが呟いているのを聞いたシエルがメンバーに変わろうとマカロフに志願するが、その願いは生憎聞き入れてもらえない。予想よりも呆気なく断られてしまい、シエルの表情は更に愕然のものへと染まる。
「おぬしの事じゃから、ウェンディに必要以上の助けを加えてしまうじゃろう?今回ばかりはそれではダメじゃ。ここで大人しく待っておれい」
「けど…!」
マカロフの言い分が分からない訳ではない。むしろ本来のシエルなら同意する側の意見だ。だが、シエル自身の感情がどうにもそれに首を縦に振ることが出来ないと主張している。尚も食い下がろうとするシエルの言葉を、後ろから彼の右肩に手を置いたその人物が途中で止めた。
「シエル、ここはマスターの言うとおりにしよう。それに、過剰な心配はその人に対していいことに転ぶことはない。信じて送り出して帰りを待つ。それもまた信頼の形だ、分かるよな?」
彼の兄であるペルセウスが、弟を諭すように声をかける。危険と隣り合わせになるギルドの依頼を受けているのは、何もウェンディだけではない。自分だって、兄だって、ギルドに所属する誰だって同じだ。それでも彼らが無事に帰ってくるのを信じる。それはウェンディであっても同じことであると。優しげな声で教えられたシエルは、もはや反論の言葉を見つけることは出来なかった。
「…そう、だね…。ウェンディ、危ないと感じたら絶対にそれ以上踏み込まない。それだけは気を付けてね?」
「うん、ありがとう!」
不安げな表情を浮かべたままであったが、彼女を信じて待つことを決めたシエルの言葉に、ウェンディは笑みを浮かべながらそう頷いたのだった。
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それから約30分。ウェンディたちは依頼に向かうための準備を済ませ、ギルドの入り口前にて見送りをしに来た者たちと向かい合っていた。
「それじゃ、行ってきます!」
見送りに来てくれた彼らに元気よく告げるウェンディ、その少し後ろで佇んでいるフリード、そして暗い影を落としながら俯いているハッピー。組み合わせも珍しいが、これ程までチーム内の空気が全く違うというのも珍しい。
「フリード、ウェンディの事ちゃんと守ってあげてよ」
「心配無用だ。任せておけ」
カナに念押しでかけられた言葉に元よりそのつもりだったのか頷きながら答えるフリード。他のみんなも、ウェンディに気を付ける様にと声をかける者が多い。
「そう言えば、シエルは?」
「一階のフロアにいると追いかけてしまいそうだからって、書庫にこもってる。出入り口の見張りまで任されるほどだよ」
見送りに来た者の中に、ウェンディを人一倍気にかけていたシエルがいないことに気付いたルーシィがその疑問を口にすると、ペルセウスからその返答が返ってくる。自分の衝動を抑えようと本を読んで集中し、時間の経過を待つ算段だろうか。
「必要以上の手出しはいかんぞ。ウェンディの勉強にならんからな」
「あいさ~…」
再三にわたるマカロフからの忠告。だが半ば無理矢理にメンバーに選ばれたことに落ち込んでいるハッピーの耳にはちゃんと届いていないらしい。そして見送りのメンバーについてきたはいいものの、自分の忠告を無視して仕事に行くことを貫いたウェンディに向けていた視線を、シャルルは顔と共にその視線をそっぽ向ける。その行動に少しばかり悲しさを覚えるウェンディであったが、今は自分が行う仕事を優先させるべきと結論付け、フリード共にマグノリアの駅へと歩を進め始めた。
「ホントに大丈夫かなぁ…」
「フリードが一緒なら、心配ないと思うけど…」
「けどあいつも、変に融通利かないって言うか、マイペースなとこあるからねぇ…」
その背中を眺めながらルーシィ、リーダス、カナがそれぞれそう言葉にする。基本的に雷神衆か、ラクサスがいた頃は彼と共にいることが多かったフリード。生真面目な性格をしてはいるが、どこか頭が固い部分も感じられる。そんな彼と遠くの街で仕事を行う事は、もう決まったこととは言え、不安要素があることは否めない。
彼らの言葉を聞きながら、ウェンディからそっぽを向けていた白ネコも、心配そうな目を彼女の背中に向けていた。
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オニバスの街に向かう最短ルートは、マグノリア駅から発車されるオニバス行きの列車。これならばものの1時間ほどでオニバスに到着することが出来るのだが…。
《オニバス行きの列車は、線路の破損事故の為、運休です。繰り返します…》
「早速試練だな…。どうする?ウェンディ」
拡声器を使用して利用客に呼びかけている駅員からのアナウンスの通り、現在オニバスへと向かう為の列車は運休とのこと。列車が使えないとなると、オニバスに向かう移動手段も限られることになるが…。
「オイラ、飛べるからさ!一気に空飛んで連れてったげよっか?」
ハッピーの
「ううん、今度の仕事は出来るだけ自分の力でやり遂げたいの。だからオニバスまで、歩いて行こうと思うの」
「えぇーーーっ!?滅茶苦茶時間がかかるよ!!フリードも止めてよ~!」
列車でも1時間ほどかかる距離なら、徒歩での移動だと数時間は確実にかかってしまう。さすがにそれは無茶が過ぎる。同行者であるフリードにも、ハッピーが同意を求めていると…。
「確かに、その通りだな…」
「ほら!フリードもこう言ってる!」
「オレも歩こう」
「ええ……!!?」
一瞬自分に同意していると思っていたら、ウェンディの方に同意し、共に歩こうとしている。思わず愕然となって、翼を出しながらもショックで駅の床へと落下してしまった。
「この仕事は、ウェンディの意思を尊重する。マスターに言われた。それが謂わばルールだ。ルールは守らねばならん」
「ありがとうございます、フリードさん!」
「あ、頭固すぎ…」
他のメンバーから見れば融通が効かないとみられる節があるフリードだが、今回に関してはあくまでウェンディがメインと考え、その意思を尊重するつもりのようだ。言葉だけを見れば堅苦しいようだが、ウェンディに向けている表情は柔らかい。笑顔を浮かべて礼を告げるウェンディとそれを受けるフリードを見ながら、ハッピーはこの先に待ち受ける難関も予測して、少し憂鬱になりそうになった。
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一方、ギルド
ウェンディたちが過去に演劇を行った劇団から再び依頼があったことを聞くと、「マスターの言う事も分かるがやはり心配だから」と言う名目で、発声練習や以前も使用した衣装と小道具の詰め合わせを準備したりと、演劇に参加する気満々の状態でついて行こうと名乗り出る。
これに対して止めるべきか否かを考えている内、ミラジェーンからオニバス行きの列車が現在運休しているという情報がもたらされ、自分たちも行った方がよさそうだとエルザは決定してしまう。こうなっては最早止められないだろう。そう考えて、シエルがいる書庫の方へと戻ろうとするペルセウスの耳に、その会話が聞こえた。
「そう言えば、シエルはどこだ?あいつも連れて行った方がいいと思うのだが…」
「あ、ええっと…シエルもシエルで、今調べ物が忙しいらしいから、あたしたちで行きましょ?」
「そうか…。あいつがいれば、より盛り上がると思ったのだが…」
この会話を聞いたペルセウスは、てっきりウェンディを特に心配していたシエルも共にさせた方がいいのではと考えたが故の提案…だと思ったのだが、最後にぼそりと呟かれた彼女の言、そしてあからさまに誤魔化したルーシィの様子を見て、彼にはある疑念が浮かび上がった。
誰もが演劇の話をするとイヤな思い出として語るというのに、唯一目を輝かせて今再びそれに参加しようとしているエルザ…演劇の間、シエルに何かしらの事をしたのではないのか?と言う疑念である。そう、彼はまだ知らないのだ。シエルの演劇におけるトラウマが、九割九分九厘エルザが原因であることを。
「これは…やっぱりあいつには知らせない方がよさそうだな…」
詳しい原因は分からないが、ペルセウスは結論を決めた。シエルには余計な情報を与えずにいようと。ウェンディたちの後を追って行ったエルザとルーシィ、そしてブツブツ言いながらも同行したシャルルを見送り、ペルセウスは今度こそシエルのいる書庫へと戻る。
「そろそろもう一回様子を見てみるか」
出入り口の扉の前に到着すると、ペルセウスはその扉にノックを三回。そして弟の名を一回呼んだ。
「…あれ?シエル~?」
一回だけでは返事がなかったので、もう一度。だがそれでも書庫からの返事は聞こえない。さすがに不審に思った彼は「開けるぞ?」という言葉と共に扉を開いて、中を見る。
「ん…?ど、どうなってるんだ…!?」
だが、彼が目にしたのは、信じがたい光景だった…。
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「う~…まさかこんな距離を歩くことになるなんて…」
列車が運休のために徒歩を選んだウェンディたちは、オニバスへの徒歩における最短のルートである森を通過しているところだった。苦もない表情で歩き続けるウェンディとフリードに対して、ハッピーは沈んでいる気持ちも手伝っているのか、白い翼で飛んでいるのに見るからにヘトヘトと言った様子だ。
「正確に言えば、お前は歩くのではなく飛んでいるのだが」
「どっちもあんまり変わんないよ!」
「言葉は正確に使うべきだ。術式を使うオレには、言葉の大切さがよく分かる」
文句を垂れているハッピーに対して、言葉の使い方に違和感を覚えたフリードがすぐさま指摘をすると、苛立ちを露わにしてハッピーが反論する。しかしフリードの方も譲るつもりはないらしい。
「すみません、私の為にお二人まで…」
「仲間の為だ、気にするな」
徒歩で(ハッピーは正確に言えば長時間の飛行で)向かうことに不満を漏らすハッピーの言を聞き、申し訳なさが勝って謝罪を口にするウェンディ。対してフリードはウェンディの行動をメインとして動くように考えていたためか、不満一つ言う事なく同行している。今も、申し訳なさそうにしている彼女にフォローをするほどだ。
だが、一行が歩を進めていたその時、何かを察知した様子のフリードがその場で立ち止まり、周囲を見渡す。
「フリードさん、どうしたんですか?」
「…すまない、少しだけ待っていてくれるか?」
そう言いながら腰に差した細剣を抜き、地面に術式を書き始める。一体何をしているのだろうと、ウェンディとハッピーが首を傾げる間にも、かなり広範囲で書き続ける。そして範囲を書き切ったのか術式の始点に戻ったフリードがそれを完成させる。
「一体何の術式なの?」
「見れば分かる」
ハッピーの疑問にもあえて口には出さず術式を発動するフリード。発動までには時間がかかるこの魔法であるが、あらかじめ設定したルールはどんなものでも適用される自由性がある。そして、今彼が設定した術式に設定したルールも勿論、確実にその通りの効果を発揮する。今回発動されたルールは…。
『この術式の中では
「あれ?
「確かシエルの魔法…」
書かれたルールを目にした瞬間、その魔法を扱う少年の姿を思い浮かべたハッピーとウェンディ。するとその時だった。
「うわあぁぁぁぁああああああっ!!?」
術式内の天高くから、悲鳴と共にその少年が落下し、轟音と共に起きた衝撃の勢いで地面が陥没する。「シエルゥ!?」と少女と青ネコの驚愕に満ちた声が辺りに響いた。
「うっ…痛ったたたた…!!」
「やはりお前だったか、シエル」
落ちてきた少年に仰天としているウェンディたちに反し、フリードだけが納得したように反応を示して、彼に剣を向ける。今までどこにも見えなかったはずのシエルがどうして空から現れたのか。実を言うとオニバスへ行く列車が運休になり、徒歩のルートとして森を抜けようと向かっていた時から、シエルはウェンディたちの跡をついていたのだ。
ちなみに万が一にもバレないように
「何故ついてきた?この依頼はウェンディとハッピー、そしてオレが引き受ける様にとマスターが決めたものだ」
今回のシエルの行動は、フリードにとってルール違反と同義のものである。マスター・マカロフが直々に指定した同行者。それに当てはまらないシエルがこの依頼に人知れず同行していたこと自体、見過ごせるものではない。
いきなりシエルに向けて剣を向けるフリードにウェンディとハッピーが息をのむも、シエルは反対に至って冷静で落ち着いている様子だ。
「マスターが定めたルールは、必ず守らねばならん。今すぐギルドに戻るというのならば、オレはこの件に関して何も咎めないと約束する」
遠回しではあるが、シエルにすぐにでもギルドに戻るようにとフリードは告げている。だが彼がここまでついてきたことには何かしらの理由があるはずだとウェンディやハッピーは考えている。そして、実を言うとその通りでもあるのだ。
「けど、俺はどうしても、このまま待っているのは耐えられなかった」
彼が零したその言葉に見守っていたウェンディとハッピーも、そしてフリードも各々の反応を見せた。最初に零した彼の胸中を表す言葉。そして、更にシエルはその言葉に続けていく。
「お願いだ、俺もついて行かせてほしい。依頼に同行するわけじゃないから、報酬だっていらない。勿論、命に関わる危険以外は、俺も一切手出しするつもりはない。ただ俺は、自分が知らないところで起こるもしもがあった場合、それにウェンディが巻き込まれるのが嫌なだけなんだ」
彼女に対する過度な心配が、結果的に彼女の成長を妨げることになる。それはシエルもよく分かってる。だが、ウェンディがもしも依頼先でその身が傷つくような危険な出来事に遭遇したら?そんな事が起きた時、その場にいなかったからと言う理由で阻止できなかったら、自分で自分が許せない。
たったそれだけ。だが動く理由としては十分だと自負するその理由から起こした行動だった。真っすぐにフリードへと向ける視線とその言葉。髪に隠れていない方の左目から向けられる眼光とぶつかり合う両者の沈黙。固唾を飲んで見守ることしかできないウェンディたちの視線も受けながら、フリードは一つ息を吐くと閉ざしていたその口を開く。
「如何なる理由があろうとも、ルールを破るという行為を見過ごすわけにはいかない」
「フリード!!」
その言葉にハッピーは、シエルの願いを却下したと理解し、思わず声を荒げた。どうしてもだめなのか、何とかシエルの想いも組んであげたいと思うハッピーが説得をしようと声をあげようとするが、彼の予想に反して、フリードはシエルに向けていた剣を鞘に収めた。
「確かにお前は、オレ達に気付かれないようにと上空で姿を消しながら様子を窺うのみだった。お前が言った言葉に嘘はないのだろう。だが、それとこれとはまた話が異なる」
そしてその言葉を告げた後、彼はウェンディの方へとその目を向けて、彼女に問いかけた。
「ウェンディ、お前はどうするべきと思う?」
「え?」
「先程も言ったが、この仕事はウェンディの意思を尊重する。シエルの同行を許すのか、それともギルドに帰すのか、オレではなくお前が決めるべきだ」
その問いは彼女だけでなく、シエルとハッピーも大きく驚いた。だが同時に、ある意味では彼らしいとも言える。彼にとってはマスターの決定が絶対ではあるが、今回の依頼で主に行動を起こすのはウェンディのため。そのウェンディが許可をするというのであれば、フリードがそれに反する理由もない。そして、その選択をかけられたウェンディが選んだのは…。
「シエル、私がそんなに心配、だったの?」
「…信じていない訳じゃないんだ。けど、ごめん、どうしても俺が心配だったから」
ウェンディにはまだ早いと面と向かって言っていたシャルルと、同じ気持ちを抱えさせているのだろうか。シエルにとっての自分はまだ守らないといけないと思わせている存在なのかと、ウェンディは考えている。
だがシエルから見れば、彼女が守られるだけの存在ではないことは既に承知の上だ。だが今回の仕事は遠くの街で行う大仕事。少女にとっては予想外の、初めての出来事だ。起こりうるアクシデントを前にどう動くのかがまだ彼にとっては分からないことが、シエルの心配の種。それに今は明かせないが、意中の少女が知らぬところで危険に遭うと知れば、放っておけるわけもない。
自分を信じてくれているが、それとは別に気にかけずにはいられない、と言った意思をシエルから感じ取ったウェンディ。ならばと、彼女は決めた。彼に対する選択を。
「…ありがとう」
唐突にウェンディから告げられたお礼に、シエルは思わず目を丸くする。そして優しく笑みをかけながら、ウェンディはその選択を伝えた。
「私なら大丈夫…って言っても、きっとシエルは納得してくれないと思う。だったら、私でもやれるんだってところを、見ていてほしい」
「!それって…!」
ウェンディが告げた言葉に、シエルもハッピーも、そしてフリードも理解できた。思わずシエルの表情が明るくなる。
「フリードさん、私はシエルにも来てもらいたいです。そして、今回のお仕事をやり遂げて、安心させてあげたい!」
「了解した。それがウェンディの決めた事ならば従おう」
ウェンディが決めた選択。そしてそれに従うと告げたフリード。シエルの同行の許可はこれでおりた。ハッピーの「やったぁ!」と言う声に続いて、シエルもまた「ありがとう!」と二人に向けて礼を告げる。
「あ、さっきも言ったけど、本当に危ないと感じた時は俺も加勢するからね?」
「きっと大丈夫だと思うけど…いいですよね、フリードさん?」
「事と次第によってはな」
やはりウェンディに対しては結構心配性な様子のシエル。ともかく、シエルも合流できたという事で、再び一行はオニバスへと向けて徒歩での移動を開始する。勿論、
「そう言えばシエル、ペルの話では書庫にこもってたって言ってたけど、どうやってギルドを出たの?」
「あ、そう言えば…」
「ああ、それはね…」
────────────────────────────────────────
「本当にいねぇな…」
「どうなってるんだ?」
ギルドの書庫。そこにはペルセウスだけでなく、ミラジェーンやリーダスなどの、ギルド内にいた魔導士たちが入って、揃って首を傾げていた。その理由は、彼らを呼んだペルセウスの言葉から。
『シエルが書庫から消えた!!』
動揺を露にした彼のその言を、半信半疑で考えていた魔導士たちも、実際に書庫に入ってみてその姿が見えなくなっていることから、ペルセウスの言葉が真であることは理解した。だがそうなると次に浮かぶのは、どこに、どうやって消えたのか。
「出入り口は一つで、それもペルが見張ってたってことは、この書庫は密室だったのよね?」
「ああ…時折離れたりはしていたが、その時は扉の前にグレイプニルを設置していたから、出る余裕なんて無いはず…」
「何つーもん扉に設置してんだよ!」
「シエル自身がそうしろって言ったんだ」
出入り口の封鎖の為だけに神器を用いる手段はともかく、シエル自身もこの出入り口から出たという説は考えられない。となると、外部からの魔法を用いた可能性が?
「まさか…誘拐!?あの時の様に!!?」
「落ち着いてペル!まだそうと決まったわけじゃ…!」
一年以上前の、あの盗賊団の一件のようなシエルの誘拐が再び起きたと考えて、ペルセウスの顔色が見る見るうちに悪くなっていく。混迷を極めようとしていた謎のシエル消滅事件。こういった事象が起きた時に決まってシエルが推測を立てて解決することが多いのだが、よりによって今回いなくなったのがそのシエル。
今の自分たちでは手掛かりも掴めそうにない…と、考えられていたのだが…。
「出入り口はもう一つあるよ」
その声を聞いた瞬間、全員がその視線をその者に向けた。
声の主は、この書庫にも度々足を運ぶ読書好きの少女、レビィ。
彼女の言葉を聞いたペルセウスがすぐさまどういう意味かを尋ねると、彼女は一度宥めてから説明を始めた。
「実は、ギルドの改築に伴って、書庫から直接外につながっている非常用出入り口を作ってたんだよ。きっとシエルはそれを使ったの」
ガジルやファントムによって一度は破壊された
「確か、書庫の奥の方に…あ、ここだよ!」
移動したレビィが指さした方向に視線を移せば、確かに四角い溝が彫られた、不自然になっている一部分が床に刻まれている。だが、やはりシエルはここを使用していないというのが誰でも理解できた。その理由は…。
「出入り口、本で塞がれてんじゃん」
そう。四角の溝の中心に、様々なジャンルの本が数冊積まれた束が置かれており、明らかに脱出後ではありえない物理関係を表しているのだ。ここも使っていないという事は、また別の方法があったのでは?もしくは書庫のどこかに姿を隠しているのでは?と考える魔導士たち。だが、レビィの意見は違った。
「ううん、やっぱりシエルは、ここから出たんだよ。間違いない」
「…何で、そう言い切れるんだ?」
いくら書庫に一番詳しいのがレビィとはいえ、ここまであからさまに違うと言っているような出入り口の塞ぎ方を見れば、その考えにならないはずだ。しかしレビィには確信があった。それに対する解答が。
「『シャーロット・アーウェイの謎 第六章 密室の洋館にて起きた殺人事件』…!」
「「…何だって…?」」
ペルセウスだけでなくミラジェーンも思わず聞き返してしまった。
それはレビィだけでなくシエルも愛読している推理小説のシリーズ本の話。その中でシャーロットが解決した事件と言うのが、今回のシエルが消えた状況と大きく似ているのだという。
その時に発覚した事実は、犯人は目当ての人物を殺害した後、持ち前のものを浮遊させる魔法を用いて重い物体を持ち上げ、床に隠された出入り口から出ると同時に、その隠された扉を塞いで密室空間を作り出したというトリックだ。
確かに似ている。
「つまり、今回シエルが行ったのもそのトリック!この非常用出入り口から出ようと床の扉を開いてそこに入り、あらかじめ本の束を
「楽しそうだな、レビィ…」
どこか目をキラキラさせながら高らかに告げた己の推理。それを見た周りの魔導士たちは彼女の生き生きとした姿を見て困惑している。
「もしそれが合ってるとしたら、少なくともシエルは自分の意思で出たわけだな?はぁ…とりあえず安心だ…」
「けどちょっと待って?それってつまり…」
安心から胸を撫で下ろすペルセウス。だが、ここでミラジェーンは気づいた。シエルが起こしたこの行動の意味を。
回りくどいが、これはシエル自身が他の誰かにバレるのを避けて実行した仮密室。時間の問題ではあるが少しでも脱出が発覚するのを遅らせるための工作。まるで、自分を追いかける人物が出てくるのを妨げるような…。
『あいつ最初から待つ気なかったな!!?』
何が何でもウェンディが心配でついて行きたかった。それが元で起きたことを、全員がようやく理解したのだった。
シエル「てなわけで、後編へ続く」
ハッピー「何かどっかで聞いたことあるフレーズ…!?」