いや、少なめつっても1万は超えてるんですけどね…。
最近のアニメオリジナル回の文字数が異常すぎたんや…!!
第72話 泡沫の夢
夢を見る。あの頃の、幸せなひと時の事を…。
夢を見る。まだ、その手の中に大事なものを掴めていた時の…。
その夢を見る時、決まって感じるのは、どこか深い海の中に、延々と沈み込んでいくような、そんな感覚。
周りに起こるのは、まるで自分の体から飛び出た空気が、水泡となって浮かび上がっていく、無数の夢の欠片たち。
一つ浮かべばその光景が写り。
一つ写れば次第に沈む体から離れていく。
そして見えないところの更に先で、写った景色は泡と一緒に弾けて消える。
まるであの時の…見えない場所で…
泡になったことも知らぬまま、消えていった彼女の様に…。
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天候は一面の曇り空。普段は活気に満ちるマグノリアの街並みだが、太陽が一切目に映らない空模様では、幾分か落ち込んでいるように感じる。その街の大通りを歩くとある一団。その内の一人である桜髪の少年も、空模様に負けない程に不貞腐れたような、どこか陰りのある表情を浮かべていた。
「ちぇ~、ペルと一緒の依頼って言うから、S級クエストに連れてってくれるのかと思ったのによ~」
「まだそんな事言ってるの、ナツ~?」
口を尖らせてギルドへの帰路を歩きながら文句を垂れているナツに、彼の近くを歩く相棒の青ネコ・ハッピーが呆れた様子でそう言葉にする。仕事に行く前もそうだった。S級魔導士として活動するペルセウスが仕事に誘ってくれたかと思いきや、特に遠く離れた場所でもない、比較的簡単な地域での魔物討伐。別に普段からS級クエストのような難易度の高い仕事を受けたがっていたわけではないが、今回彼が不貞腐れているにはいくつかの理由があった。
「だってよ、リサーナたちはミラと一緒にS級に行ったじゃねーか」
「確かに置いてかれちゃったけどね」
数日前、ペルセウスと同様にS級魔導士と呼ばれているミラジェーンが、弟妹であるエルフマン、そしてリサーナを伴って、S級クエストに指定された獣王と呼ばれている『ザ・ビースト』の討伐依頼に向かった。出発前にそのリサーナたちがナツにその依頼の事を話してから出かけたらしく、S級クエストに自分と仲がいいリサーナが同行者とはいえ行くことを許可されたことを、ナツは羨ましがっていた。
その翌日に、話を小耳に挟んだペルセウスが、自分が行く予定としていた依頼に誘い、S級クエストだと認識したナツが快諾した。だがしかし、先程も記した通り、実際に受けた依頼はS級とは無縁のものだった。何故ナツを誘ってまで例の仕事を引き受けたのかと言うと…。
「俺だって、別にS級だったとしても構わなかったんだけどなぁ…」
その声は、ナツの隣で彼と同じ表情を浮かべながら歩く小柄の少年。ペルセウスと同じ髪の色を持った彼の弟であるシエルだ。彼はまだギルドの紋章を刻まれていない、正式なメンバーとは違う人物で、仮加入の立場にあるがれっきとした魔導士だ。自分の能力や経験を更に積むためにも、難易度が高いとされているS級への意欲は、他の魔導士に比べても大差がない。だが…。
「ダメに決まってるだろ。まだ正式に加入したわけでもないのに、S級なんて危険な仕事をシエルにやらせるわけにもいかねぇ」
一団の中で先頭を歩く一番の実力者である青年ペルセウスは、弟の告げた言葉に対してその考えを諫める。ある程度魔法が使えるようになったとは言え、シエルはまだ僅か12歳の子供。その上まだギルドの魔導士としての加入は保留の状態にされている特例だ。まあそうでなくても、ペルセウスは大事な弟であるシエルを大きな危険が伴うS級クエストに行かせることなど断じて認めようとは思わない。少なくとも現時点では。
「つーか、何でシエルも一緒に行くことになったんだよ」
「それも行く前に言ってたじゃん」
仮加入と言う立場にあるシエルは、まだ一人で仕事に行くことも許可されていない。簡単な仕事であっても、彼の行動を傍で見て、異常が起きたりしないかを確かめるための人員が最低一人必要だ。兄が依頼に行くという事でシエルも同行を希望したことにより、ペルセウスは彼を同行させるにあたって適度な難度の仕事を受注した。
肝心の同行者たちは歯ごたえが無さ過ぎて不完全燃焼であった。
「なんつーかこう…暴れたりねぇんだよ!もっと燃えてくるような、内側から湧き上がってくるような仕事をしたかったのによ!!」
「あ、でもナツだとそのまま暴れたらまた色々壊しそう」
「まず間違いなく壊すね」
不完全燃焼だったが故か、内側に燻ぶっている激情を今にも解き放ってしまいそうになって力んでいるナツ。だが、それを発散させるような仕事だった場合、ほぼ確実に何かしらのものを壊しかねないことをシエルたちは知っている。それが街中なら尚更。
「仕方ないな…。依頼の報告が終わったら、一つ勝負でもするか、ナツ?」
「勝負!?やるぞ!勿論やるに決まってんだろ!!」
不完全燃焼気味だったナツであったが、ペルセウスが溜息を吐きながらも勝負を提案するという珍しい行動に、シエルとハッピーが少しばかり驚いたような反応を示し、対してナツは先程までの様子が嘘のように張り切っている。
「いよーし!今日こそはオレが勝つぞぉ!!」
「とか何とか言っときながら、毎回すぐにやられてリサーナに慰められてるよね~」
「う、うっせぇよ!今日は絶対に勝てる!いや、勝つんだ!!」
「どうかな~?リサーナ帰ってきてたら伝えとかないとね。ナツがまたペルに返り討ちにされるって」
「何で返り討ち前提なんだよ!?」
ペルセウスとの勝負を控え大いに張り切り、勝利への意気込みを語るナツに対し、恐らく今回もナツに勝ち目はないだろうと断言し、いつものように彼に負けた後、よく共にすることが多いリサーナに手当やら励ましやらを受けることになると予想するハッピー。
「力や魔法の勝負なら何度も勝てるのに、一番勝ちたいことにだけ…勝てる気がしないな…」
そんな二人の口論を耳にしながら、ペルセウスは少しばかり表情に陰を落とす。どこか落ち込んでいるとも言えるその顔を、シエルはここ最近でよく見かけるようになった。その理由は彼にもよく分かる。
「兄さん、心配することないよ。ナツには何回も勝ってるんだし、それが続いていけば、リサーナだってきっと…」
「…だといいんだがな…」
それは兄が、リサーナと言う一人の少女に対して仲間以上の感情を向けていること。いつから彼がそんな想いを抱えていたのか、シエルは勿論ペルセウス本人も、気付いた時にはそうなっていたと語っていたことを覚えている。シエルとしては、いつかリサーナが義理の姉となり得るとしても一向に構わない。むしろペルセウス本人が望んでいるなら大歓迎だ。彼女はシエルの事をよく、弟のように接してくれるのも大きいから。
「ま、何をするにも、まずはギルドに帰ることが先だな」
「だね、ほら二人とも早く行くよ!」
「おう!」
「あいさー!」
兄が口にした言葉に弟は同意し、まだ口論を続けていたナツとハッピーに呼びかけながら、帰路を更に急ぐ。自分たちよりも先に外出していた彼女たち
今日この日、この時まで、誰もがそれを信じて疑わなかった。
自分たちの家に近づいてきたところで、どこか暗く、寂しげな雰囲気が支配している空間を目の当たりにするまでは。
「え…?」
声を漏らしたシエルだけでなく、他の三人も、誰もが唖然となった。悲し気に涙を流しすすり泣く者。頭を抱えて落ち込む者。「何で…」と口にしながら現実を受け止めきれない者。一体、何がどうしたというのか。
「お前ら、帰ってきたんだな…」
言葉を失って立ち尽くしているシエルたちに、一人の魔導士が気付いて声をかけてきた。その声は震えていてどこかか細く、表情は悲しみに濡れていて、目元は赤く腫れている。先程まで、涙を流していたことが一目で分かる。
「…こん中だと、きっとお前らも信じられない…信じたくないことかもしれねぇ…。だから、落ち着いて聞いてくれ」
「な、何だよ…?」
嫌な予感は正直していた。誰もが涙ぐんだ声で悲しみに暮れている。奥の方に目を向けてみると、先程話に出ていたミラジェーンとエルフマンが、全体的に傷を負ったのか、所々治療された痕を主張しながら、それぞれの目に涙を浮かべて床に落としている。
いないのだ。彼女
「リサーナが、仕事先で死んだ…。遺体さえ残らないまま、消えちまったんだ…!!」
その残酷な現実は、彼らに混乱と共に、絶望をその心に重く圧し掛けた。今すぐにでも思い出せる彼女の明るい笑顔。誰に対しても明るく優しく、誰よりも家族を愛して思いやりに溢れていたあのリサーナが…。
彼女のあの笑顔が、もう見れない…?
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沈んでいく。どこまでも。
目を開けても映りこむのは、深い海にいるかのような闇。
そこを漂う小さな泡。
それに映りこんだ、あの少女に関する記憶。
『シエル、今日はどんな感じ?起きても大丈夫?』
『私の事はお姉ちゃんみたいに思ってもいいんだよ?』
『はいこれ!私が好きな本、持って来たんだ!』
『そしたらナツってば、またペルに負けちゃって~!』
『すっかり元気になったんだね!よかった!』
『今度は私の魔法を覚えてみない?』
『いつかシエルとも一緒に仕事ができると良いね!』
次々と浮かんでは、見えないところに行ってしまう。
あの水泡の中に入った記憶が、徐々に薄れていってしまう。
いつか彼女は言っていた。自分たちが忘れない限り、思い出の中にいる限り…
その命はずっと、生きているんだと。
だが、彼女は?自分の中に生きている彼女が、もし泡のように消えてしまったら…。
もう彼女の生きる場所は、失われるのか…?
───嫌だ…!そんなの、嫌だ…!!
───忘れたくなんかない…!あの時の悲しみも…!
───リサーナがいたことすべてが失われるなんて、そんなの…!!
零したものを拾おうと、必死に手を動かし、その泡を掴もうともがく。しかし、泡は手の中に収まることなく、弾けて分裂し、その隙間から抜けていってしまう。
───嫌だよ…逝かないで、リサーナ!!
───兄さんの隣で、みんなの近くで、もう一度、あの笑顔を見せてよ…!!
───お願いだから…もうどこにもいかないでよ…!!!
「姉ちゃん!!…っ!」
気付けば、そこは暗い海の底ではなくなっていた。ジャンルを問わず収納された本が詰め込まれている本棚。リーダスに描いてもらった兄や自分が写っている何気ない日常の絵。他に明記するものが見当たらない、今時の少年にしては質素な、自分の部屋。
「…夢…にしても、たちが悪すぎるにも程がある…」
自分たちが知らないところで、彼女がその命を失っていたことを知るあの時の夢。当時はあまりにもショックな出来事で、その後自分が何をしたか、よく思い出せない。気付けば、兄が自分を励ますように、抱きしめてくれていたことしか。きっと、リサーナを失ったショックは、自分よりも何倍も大きかったはずなのに、兄として自分を元気づけることを優先したからこその行動。
だからこそ、尚更罪悪感が募った。兄の心に寄り添うべきだったのに、自分の悲しみで精一杯だった。当時の自分が今でも恨めしい。
窓の外を見てみると、僅かに空が白んできた程度の明るさ。夜明け前。日によっては一番暗い時間帯ともされている暁の時。日が昇りきるまで再び布団に潜ることも出来たのだが、あの夢を見た直後ではそんな気にもなれない。
別室で寝ていると思われる兄を起こさないために、一つ一つの動きになるべく音を立てないまま、彼は玄関へと繋がっているリビングに入る。そこに「今日は先にギルドに行ってる」と言う書置きをテーブルに置いた後、他に何をすることもなく玄関から外に出る。
扉を開けて外に出た瞬間、その身に感じたのはひんやりとした冷たい空気。もう秋も終わりに近く、そろそろ冬が近づいてくる頃だ。そしてふと、シエルはもう一つ思い出した。それは、起きる前に見たあの夢にも関連すること。
「(そう言えば…リサーナの命日も、もうそろそろだったっけ…。だからか…あんな夢を見たのは…)」
思えば、去年の今頃も同じような夢を見た記憶がある。あの時は兄もいなかったためにとても心細い思いをしたような、と振り返りながら、シエルは起きている者がまばらなマグノリアの街を、ゆっくりと歩きだした。
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それから数時間が経ち、すっかり太陽が町中を照らす時間。
その中で、テーブルの一つに座り、魔法の事に書かれているらしい本を読みながら過ごしていたウェンディ。そして傍らにて、好物である(らしい)ダージリンティーを嗜んでいるシャルルに向けて、ギルドに到着したばかりのルーシィが、上着を脱ぎながら声をかけてきた。
「ウェンディもシャルルも、大分このギルドに慣れてきたみたいね」
「はい!」
「女子寮があるのは気に入ったわ」
先日の大仕事を経て、ウェンディは更に経験を積み始めている。分からないことだらけで困惑することも多かったが、良くも悪くも濃密なギルドである
ちなみにシャルルが提示していた女子寮…フェアリーヒルズには、ウェンディとシャルルの二人で一部屋を借りている。常に一緒にいるし、何より人間と比べるとずっと小さいシャルルが一人分の部屋を使うには、色々と手に余る。
「そう言えばルーシィさんは、何で寮じゃないんですか?」
ふとウェンディはルーシィに聞いてみる。彼女も女子寮に入れる条件は揃っているのだが、そこではなく別の住居を選んだのは何故だったのか、素朴な疑問だ。ウェンディたちが女子寮に入る日、偶然入り口で会ったことから、女子寮の存在自体は知っているはず。
「女子寮の存在、最近…あの時初めて知ったのよ。てか寮の家賃って10万
その理由を聞いて苦笑を浮かべながら納得した。涙ぐましい。実際に目から涙を流して呟くルーシィの様子を見ると気の毒に感じてくる。そもそもルーシィがここまで家賃に苦しんでいるのは、ひとえに彼女と同じチームを組んでいるメンバーが一因である。
周囲の破壊行為に定番のあるナツ。無意識に衣服を脱いで裸を晒す露出癖のグレイ。生真面目そうな印象と裏腹に手加減と言う言葉を知らないエルザ。いざという時は力押し一辺倒で解決させようとするペルセウス。以上のメンツがなりふり構わず色々と壊すせいで、周囲の被害が甚大。それによって弁償も兼ねて報酬額を減らされることが茶飯事。何度シエルと一緒に方々へ頭を下げた事か、彼女すらもう正確な数を覚えていない。
「あのメンバーと比べると、オスガキって比較的まともなのね…」
「うん…イタズラ好きでたまに忘れるけど、ある意味一番常識的なのよ…」
よくメンバーにイタズラを仕掛けたり揶揄ったり、悪人相手にはその悪人もドン引きの真っ黒な行動を度々起こすシエルだが、周囲に対するリカバリーや気配りに関しては実は一番まともな思考をしている。本当に困っているときはよく手を差し伸べたりしてくれるし、相談があるときはちゃんと話を聞いてくれる。あと、ルーシィの部屋に入るときは、必ずドアから呼び鈴を鳴らして入るぐらいには常識人だ。
…あれ、ルーシィ不法侵入されすぎて感覚がマヒしてない?
「あ、そうだルーシィさん、シエルを見かけました?今日、一度も見ていないような気が…」
「え?そう言えば…どこにもいないわね。仕事に行ったのかしら?」
普段であればギルド内にいる事が多く、最近では兄やチームの誰かと仕事に行くのがシエルの行動。もしくは、ウェンディの近くにて過ごしているはずなのだが、今はギルド内に他のチームメンバーがいるにもかかわらず、少年本人の姿が確かに見当たらない。珍しく一人で仕事だろうか?
「まだ自分の家にいるんじゃないの?仕事せずに過ごす一日があるとか」
「そうなのかな…?」
ペルセウス辺りに聞いてみた方がいいだろうか。読んでいた本を閉じながら、そうと決まればと立ち上がって話を聞いてみようとすると、声が聞こえていたらしいミラジェーンがウェンディたちに声をかける。
「シエルを探してるの?だったら多分、あそこにいるんじゃないかしら?」
3人同時にミラジェーンへと振り向き、彼女が告げたその言葉に全員が頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。そんな3人の様子を見ながら、ミラジェーンは笑顔を浮かべながら、人差し指を一本立てて、上へと向けた。
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ギルドの屋上は、以前の木造様式が寄棟式と言われる斜面が四方についた広い屋根だったのに対し、石中心で作られた新築のギルドは、陸屋根と呼ばれる勾配の無い平たいもの。てっぺんにある鐘楼を囲む似たような斜面の屋根とは別の、ベランダ代わりにもなる設計で作られている。
そんなベランダ兼屋根の上で仰向けになりながら、燦燦と輝いて身を暖かくしてくれる日の光を浴びながら、シエルは穏やかな表情を浮かべてじっとしていた。うたた寝しているようにも見える。
「あ、ホントにいた…」
「日向ぼっこ、でしょうか…?」
「呑気なものね…」
そこに、ギルド内から出入り口を伝ってそっと顔を覗かせてシエルの様子を見に来たルーシィたち。ミラジェーンが言っていた通り、ギルドの屋上と言えるこの場所に、日向ぼっこの為に朝からずっとここにいたらしい。前に趣味の一つとして言っていたような気がしたが、本当にその様子を見ることになるとはさすがに思わなかった。
「あ、ちょっと待ってねウェンディ」
すぐにでも声をかけようとしたウェンディだが、それに気付いたルーシィになぜか待ったをかけられる。シエルが悪戯をする時と同じような笑みを浮かべながら、口元に指を近づけて静かにするようにとジェスチャーを送ると、足音を立てないようにゆっくりと横になっているシエルに近づいていく。
「いつもシエルにはイタズラされてるし、ちょっとくらい仕返ししてもいいよね…?」
「その発想自体がオスガキと同レベルね…」
距離を詰めながらも小声でそう口にするルーシィに、シャルルからただただ冷たい指摘が入る。しかしそんな事は気にしないしめげないルーシィ。徐々に確実に距離を詰めていき、もう少しでシエルの顔を覗き込める場所まで到達する。そして…。
「ばあっ!!」
ルーシィが仕掛けたイタズラとは、突然彼の顔の前に現れて大声を出して驚かせると言うもの。シャルルの目線がさらに冷たいものになり、ウェンディはただただに苦笑いを浮かべることしかできない。そして肝心のシエルはと言うと、微動だにしないでずっと目を閉じたままだ。
「…あ、あれ…?」
思わずウェンディたちの方へと視線を戻すルーシィ。もしかしてあまりに日向ぼっこが気持ち良すぎて眠りが深くなっているのか。目を覚ますにはちょっとやそっとの事じゃ起きないのか。もう一度確認しようとルーシィが再びシエルの顔に近づく。
「シエル、ひょっとして…」
「ワァア~~~~!!」
「キャアーーー!!?」
声をかけた瞬間、ルーシィの声に被せてくるように突如大声を出しながら両目と口を限界に開けるシエル。寝ていたと思っていた少年の目と口が突如として開き、追い討ちで自分以上に怖い声を発する姿に、ルーシィは思わずその場を跳ねて倒れこむ。
ルーシィほどではないが体をびくりとさせて驚いた様子のウェンディとシャルルを他所に、唐突な驚愕と怯えで腰を抜かしている様子のルーシィを見たシエルは、こらえもしないで愉快そうに笑い声をあげた。
「アッハハハハ!ルーシィ!どうせおどかすならもっと工夫しなきゃ!逆に驚かされてどーすんのさ~!!」
「あ、あんた起きてたの!?」
「いや?さっきまで確かに寝てたけど、あんな気配も消してないまま近づいてたら分かっちゃうって」
笑いを漏らしながらそうルーシィに言葉をかけるシエルに、彼女は少年が実は起きていたのではと疑いをかけたが、シエル自身が言ったとおり、ルーシィが近づいてきたことで意識は浮上してきていたらしい。
普通に声をかけてきたのならまだしも、予想通り自分への意趣返しとして驚かしに来ていた。だがそれを察知して見逃すシエルではない。逆に一枚上手の方法でルーシィを驚かすことにした。
「うぅ…!ちょっとは仕返しできると思ってたのにぃ…!」
「まあ、仕返しされたとしても更にもう一度仕返しの仕返しを考えるけどね」
「どっちもガキだわ…」
若干涙目になって悔しげに呟くルーシィに、笑みを浮かべながらそんなことを口にするシエル。そんな二人を見ていたシャルルはほとほと呆れ果てた。
「ところで、ルーシィもだけど、ウェンディたちもどうしてここに?」
「朝からシエルを見かけなかったから、どこに行ったのかなって。ミラさんがここのこと教えてくれたの」
「ああ…そういえば大分日が昇って来たな…」
ウェンディからそう聞いてみれば、ここに来た時と比べて太陽の位置が大分上に来ていることに気付く。もうそんなに長い間ここにいたのかと、やけに時間が早く過ぎていたことに、素直な驚きを感じていた。
「あんたこそ、ずっと日向ぼっこしてたって、何かあったの?」
「ん…?う~ん…ちょっと、夢を見て…」
「夢?」
ルーシィからそう問われれば、朝起きる前に見た夢の事を思い出して、自分の表情が自然と暗いものになっていくのを感じた。どんな夢だったのかそれとなく聞いてみる彼女だが、どこか顔を俯かせてそれに答えられる気分にならない。
しかし、どこか気になるといった顔を浮かべている少女たちの視線を受けながら、ベランダの塀に腕をかけ、少しばかり観念したように少年の口から言葉が出始めた。
「この時期になると、浮かんでくるんだ。二年前の同じころに死んだ、リサーナの事が」
「リサーナ…さん…?」
少しばかり曇った表情を浮かべながらシエルは語った。
リサーナは自分たちと同じ
しかし、二年前に姉が受けた仕事の同行者としてエルフマンと共に向かった際、エルフマンの暴走を止めるために身を挺したことでそれに巻き込まれてしまい、命を落としてしまった。
気付かない内に別れの言葉もかけられないまま、彼女はその命を身体ごと失ってしまったのだ。
「あの時は俺もそうだけど、ミラたちも、ナツも、兄さんもひどくショックだったよ。今まで当たり前にいるはずだった存在が、もう記憶の中でしか思い出せないんだから」
「そうだったの…」
シエルの話を聞き、ルーシィたちは沈痛の面持ちを浮かべる。自分たちも知らない、彼らにとっての大事な仲間。魔導士の仕事は時に命の危険と隣り合わせであることを痛感させられた悲しき事件。
「…ごめん、何か気を遣わせちゃったね」
「そんなこと…!」
困ったように微笑みながら彼女たちに謝るシエルに、思わずウェンディが声をあげる。だが、それ以上に告げる言葉が見つからず、詰まってしまう。
「ずっと悲しんでいるわけにもいかないさ。リサーナもきっと、それを望んではいないから」
悲しい出来事だった。そしてその悲しみは絶対に忘れてはいけないものだと心から思う。本当なら話すことも深い悲しみを思い出させる出来事だが、それでも彼女たちに話したのは、改めて自分にそれを決意させるためでもある。でもルーシィたちには、そんなシエルの表情が、どこか無理をしているようにも見えた。
その時だった。マグノリア中に響く、街の大鐘楼が、滞ることなく幾度も幾度も鳴り始めたのは。
「え、何?」
「鐘の音…?」
「時報の鐘…じゃない…?」
正午や夕刻などを知らせる為に町全体に響くように鳴らすことはある。だが、今のこの不規則のような鳴らし方。シエルの耳には聞き馴染みのないものだ。階下にいるみんななら何か知っているだろうか?と、考えて下に行こうかと思っていると…。
『ギルダーツだぁ!!!』
屋上にいる4人が耳をふさぎたくなるほどの大音量。中にいるほとんどの魔導士がそう叫んだことによって、ギルド全体が揺れるほどの錯覚を覚える。
「ギルダーツ…?」
「前にみなさんが話していたのを聞いたことが…?どんな人か知ってますか?」
「あたしも詳しく知らないの。会ったことないし…。シエルなら知ってるわよね?」
ちょくちょく話に聞くギルダーツと言う魔導士。今年入ったばかりのルーシィたちならともかく、3年前からこのギルドにいるシエルなら、何か知っているはずとルーシィが彼に問いかける。しかし…。
「実は、俺も会ったことないんだ。S級魔導士の一人ってことぐらいしか知らなくて」
「「えっ!!?」」
3年もギルドにいるはずのシエルでさえ会ったことのない魔導士。一体今まで、どこに行っていたのか。どのような魔導士なのか。この場にいる者たちにとって、全くの未知数。
彼らはまだ知らない。ギルダーツこそが、誰もが認めるほどの、ギルド最強の魔導士であることを。
その最強の男が、今帰還する…!
おまけ風次回予告
ウェンディ「S級魔導士のギルダーツさん…一体どんな人なんでしょうか…?」
ペルセウス「入ったばかりじゃわからないだろうな。ギルダーツはうちのギルドで最強の魔導士だ。ほとんどの奴らは、それで納得するほどの実力者だぞ」
ウェンディ「それって、ペルさんやエルザさんよりも強いってことですか?」
ペルセウス「俺達なんかじゃ話にならない。多分、二人がかりで挑んだとしても、勝てる気がしないな」
ウェンディ「ひぇえっ…!想像がつかない…!!」
次回『ギルダーツ』
ウェンディ「な、なんだか私、会うのが怖くなってきました…!」
ペルセウス「そう固くなることないぞ?強さはバケモンだが、人となりは近所に住む気さくなおっさんって感じだ」
ウェンディ「それはそれでまた想像がつきません…」