FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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本来なら今回の話を呪歌(ララバイ)との戦闘とに分割にしようと思ったのですが、文章量が物足りなくて一気に書き上げました。おかげでまたもギリギリに。調節は難しいですね…。(汗)
今度アンケートとろうか迷っています…。

それから折角なので補足情報を前書きに小出ししていこうと思います。

シエルの名前の由来は「空」で、趣味が「日向ぼっこ」。彼の魔法である「天候魔法(ウェザーズ)」とどちらも関連付けています。ヒントとしては分かりづらいですが。(笑い)


第6話 強く生きる為に

クローバーの街。地方のギルドマスターが集い、各々のギルドの活動を報告する定例会が行われているその街に向かう手段は、一般的に一つしかない。それはオシバナの街との間にそびえる『クローバー大峡谷』を越えること。本来であれば、そこに架かる線路を通じて列車で向かうものであるが、その本来の方法とは違うやり方でその街に向かうものがいた。風を操る魔法で己の身体を浮遊させ、空を飛行する死神・エリゴールである。

 

「あの町だ…待ってろジジイども…!」

 

線路に沿って飛行を続け、とうとうクローバーの街を視界に捉えたエリゴール。だが後方から猛スピードで彼に追い付いてきた存在に気付くのが遅れてしまった。雄叫びを上げながら近づいてきたのは、白い翼を背に生やしてエリゴール同様に空中を飛行する青猫に運ばれる、桜色のツンツン頭の青年、ナツ・ドラグニル。

 

「これがハッピーの、MAX(マックス)スピードだ!!」

 

叫ぶと同時に炎を纏った己の両足をエリゴールにぶつけて墜落させる。オシバナ駅から出せる限りの最高速度を維持しながら飛んできた勢いも合わせて、今の一撃だけでもかなりのダメージを与えたと思われる。しかし、そのスピードを出し続けたハッピーは気力、魔力共に尽き果て、背中の(エーラ)が消えて力なく落下する。そこにちょうど着地したナツがキャッチした。

 

「もう、飛べない…です…」

 

「ありがとな、おかげで追いついたぜ!」

 

力なく告げるハッピーに対して感謝と激励の言葉をかけるナツ。対してエリゴールは混乱していた。自身の魔法である魔風壁の包囲、さらには駅で妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士と対峙し足止めしていたはずのギルドの仲間は一体どうしたのかと。もうすぐクローバーの街にいるギルドマスターたちに呪歌(ララバイ)の音色を聞かせて全滅させられたのに、最後の最後で邪魔が入ったことで、混乱だけでなく、焦りと苛立ちも高まっている。

 

「キ、キサマ…何故こんな所に…!」

 

「お前を倒す為だ、そよ風野郎!」

 

両手に炎を纏ったナツが堂々と宣言する。一刻を早く奴を倒さなければいけない。それが今のエリゴールの最優先事項となった。だがしかし彼は知らない。今自分が手に持っている呪歌の魔笛は―――

 

 

 

 

「んな…何ィ…!?」

 

「どうした~?そんなに珍しいものでも目に入った~?」

 

「うわ…悪い顔してる…」

 

ナツにもしものことがあった際の応援に向かうため、線路上を走行している魔動四輪の中に座る、とある一人の悪戯小僧(シエル)によって作られた偽物であることを。現在本物は彼の手中にあり、応急処置を施されて同じ魔動四輪に乗っているカゲヤマがその光景に目を引ん剝いて顎が外れるほどに口を開けながら絶句している様子に、ルーシィが言うように悪者が浮かべていそうな笑みを返していた。

 

「ますます分からん…お前ら一体何が目的だ…!?敵である僕を助けようとするし、エリゴールさんと交渉?いや、呪歌(ララバイ)がここにあるならそんな必要ないし、まさか僕もろとも逆に呪歌(ララバイ)でエリゴールさんを…!?そうだ、きっとそうだ、そうでなきゃこんな闇ギルド顔負けの極悪人みたいな表情の子供(ガキ)が無条件で僕を助ける理由なんか…!!」

 

「おい心外だな、本当にやってやろうか?」

 

頭を抱えてぶつぶつと混乱しながら次々と言葉を並べていくカゲヤマ。その中に聞き捨てならない、と言うよりあまりにも自分を貶しているセリフが入っていることに気付いたシエルは表情から笑みを消してカゲヤマを睨みながら物騒なことを口走る。勿論そんな台詞にルーシィは「やめなさいよっ!」と即座にツッコむ。すると唯一口を開いていなかったグレイがおもむろに話に加わってきた。

 

「そんなに死にてぇならこいつの代わりに俺が殺してやろうか?」

 

「ちょっとグレイ!」

 

先程の物騒な発言が色々続いて、グレイもそれに乗っかってきたのかと焦るルーシィだったが、彼の表情にそのような意図は感じられない。

 

「生き死にだけが決着の全てじゃねえだろ?もう少し前を向いて生きろよ、オマエ等全員さ…」

 

続けざまに告げたその言葉に、狼狽していたカゲヤマはその気持ちを落ち着け、今度は俯いた。シエルもルーシィもそんなカゲヤマに声をかける様子はない。と言うよりもかける言葉が見つからないのと、かける必要がないと考えているようにも見える。

 

その時、突如魔動四輪が大きく振動し、一瞬傾くほどに揺らいだ。座っていた全員の身体がバランスを崩した状態で一瞬宙に浮かぶ。シエルは何とか立った状態で着地することができたが、ルーシィはカゲヤマの顔に尻を押し付ける形となってしまう。突然の出来事に双方混乱と羞恥が高くなったが、シエルには別の事の方が気がかりだった。

 

「エルザ!大丈夫!?」

 

「ああ、すまない!少しだけ目が眩んだだけだ!」

 

オニバスからオシバナまで猛スピードで魔動四輪を運転し、オシバナ駅では鉄の森(アイゼンヴァルト)の半数以上を相手にした。その魔力はシエルの日光浴(サンライズ)で幾分か回復したものの、まだ本調子には程遠い。もう一度日光浴(サンライズ)で回復することを提案したがエルザは頑として聞かなかった。「十分に回復した」、「そこまでヤワじゃない」といった強がりに似た言葉で彼の申し出を断っている。

 

呪歌(ララバイ)の脅威は封じているに等しいので、先程よりもスピードは落としているが、SEプラグに吸収させている魔力は決して少ない量ではない。現にエルザは前方の視界が狭まる程に目がかすみ始めており、消耗の激しさを正直に体は感じ取っていた。それでも彼女は止まらない。仲間を先に行かせ自分たちがのうのうと行軍するばかりではいられない。そんな決意を感じ取ったシエルはそれ以上何も言うことはできなかった。

 

「でけぇケツしてんじゃねえよ…」

「ひーーーっ!!セクハラよ!グレイ、シエル!こいつ殺して!!」

「オイ…オレの名言チャラにするんじゃねえ…」

 

後ろでそんな会話をしていたが、シエルは何も言わなかった。と言うか何も言いたくなかった。何もかもが馬鹿らしくなりそうなのが何か嫌だった。

 

 

だがエルザを気にし、後方の会話を無視することに意識を集中していたことがあだとなり、シエルは気づけなかった。本来自分の手にあったはずの物が、消えていることに…。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

線路の上を魔動四輪で進むこと十数分。所々が破損した、戦闘の痕跡が目立つ線路の上で、倒れ伏したエリゴールと、多くの傷を負いながらも堂々と立っているナツ、その傍らにて賞賛を送るハッピーの姿が映る。どうやらエリゴールに勝利したようだ。

 

「おお、遅かったじゃねえか!もう終わったぞ!」

「あい!」

 

こちらに気付いた様子のナツが呼びかけながら伝え、それにハッピーも同調する。

 

「さっすが~」

「ケッ」

 

「エルザ、大丈夫?」

「ああ、気にするな…」

 

ナツたちと合流できたため、一同は魔動四輪から降り始める。運転手のエルザは魔力を多く消費したため、ルーシィが肩を貸してやっと立てている状態である。そしてカゲヤマは自分のギルドのエースであるエリゴールが敗れたことに驚愕しているようだ。

 

「こんなの相手に苦戦しやがって」

 

「苦戦だぁ!?圧勝だよ圧勝!なあハッピー!!」

 

「微妙なとこだね」

 

ナツはこう言っているが、下半身の服は所々破れており、上半身の服も破損がひどかったのか、向こうに脱ぎ捨てられている。破損していないのは彼がいつも身に着けているマフラーぐらいだ。苦戦していたと言われても仕方がないだろう。

 

「それにしても、裸にマフラーって何かグレイみたいだよナツ?」

 

「こんな変態と一緒にすんじゃねえよ!!」

 

「誰が変態だ!つーかそれはこっちのセリフだ!!」

 

上半身裸(そんな状態)で言っても説得力無いよ?」

 

「あれ、いつの間に!?」

 

無論そこをシエルに指摘されるのだが、脱ぎ癖に定評のあるグレイと同類に思われるのは色んな意味で癪のようだ。グレイもナツと同類にくくられたことに反論するが、魔動四輪に乗っていた際は来ていた衣服を既に脱ぎ捨てている状態では、説得力は皆無に等しい。余談だがさすがに裸のままでいられないと思ったナツはルーシィに服を貸してもらうように頼むが当然断られた。

 

「何はともあれ見事だ、ナツ。あとは呪歌(ララバイ)の処分のみだな。事件の報告も兼ねて、定例会の会場にいるマスターたちに指示を仰ごう。シエル、呪歌(ララバイ)は?」

 

「ああ、それなら…」

 

クローバーまですぐそこまでと言う所まで来ているため、このまま定例会の会場まで向かおうとエルザが方針を提案する。そして肝心の呪歌(ララバイ)を持っているであろうシエルにどこにあるかを尋ねる。すると突如全員が下りたはずの魔動四輪が発進を始め、その場にいる者たちが慌てて回避行動に移った。発進した原因は、運転席に乗ったカゲヤマだった。

 

「カゲ!?」

「あぶねえだろ!!」

 

エルザとグレイが咄嗟に呼び止めるが、魔動四輪から伸びた影の腕に持つものをカゲヤマは見せびらかすように高らかに笑う。その手に持っていたのは…

 

呪歌(ララバイ)はここだぁ!油断したな妖精(ハエ)ども!ざまぁみろー!!」

 

木製の三つ目ドクロの笛、呪歌(ララバイ)だった。先程までシエルが持っていたはずの笛を何故かその手に持ち、そのままスピードを上げてクローバーまで向かって行ってしまった。

 

「な、何で!?呪歌(ララバイ)があいつに!?」

 

「エリゴールが持ってた偽物か!?」

 

偽物(にせもん)の笛ならエリゴール(こいつ)ぶっ飛ばしたと同時に消えちまったぞ?」

 

シエルの蜃気楼(ミラージュ)で作られた笛は、ナツがエリゴールにトドメの一撃を喰らわせた際、その勢いで同時に霧散したようだ。最後までエリゴールは偽物を掴まされていたことに気付かなかったようだが、消えたというのなら何故カゲヤマが呪歌(ララバイ)を持って行ったのか。その理由は簡単。

 

「あ゛!!?」

 

驚愕と動揺を前面に押し出した声を出したシエルによって明かされた。

 

「無い…本物の呪歌(ララバイ)がどこにも無い…!!」

 

全員に驚愕と動揺が奔った。いつの間にか彼に奪われていたのか、その可能性も考えだした一同だったが、シエルは思い出した。そして同時に青ざめた。

 

「そう言えば、あの揺れの後、手に持ってた呪歌(ララバイ)が落ちたのに気づかなくて、そのままだったような…?」

 

「何してんのアホーー!!」

 

まさかのうっかりミスである。運転手のエルザへの心配と、後方の会話を無視することに意識を向けすぎて、手に持っていた呪歌(ララバイ)がその場から消えていたことに気付かなかったのだ。そのままずっと誰にも気づかれず床を転がり続け、魔動四輪が停車し、そこから降りた際に最初に見つけたのがカゲヤマだった。その事実に気付いて顔を青ざめたシエルに、ルーシィは怒りの声でツッコんだ。つまり、今カゲヤマが持っているものは本物の呪歌(ララバイ)である。

 

「チクショー!あんのヤロォォオッ!!」

 

「追うぞ!!」

 

ともかく今優先すべきはカゲヤマを追いかけ、呪歌(ララバイ)の発動を止めること。妖精たちはすぐさま線路の上を走って追いかけ始めた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

クローバーの街に妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一同が辿り着いた時には、既に時間は夜となった。薄暗いうえに、定例会の会場の近くにある林のせいで視界は悪い。それでも早く止めなければ。そんな思いを胸に抱いて辺りを見渡すと、二つの人影が見えた。一つは呪歌(ララバイ)の笛を今にも吹こうとしているカゲヤマ。そしてもう一つは手を後ろに組んで静かにそのカゲヤマを見上げる妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター・マカロフだった。

 

「いたぞ!」

 

「マスター!」

「じっちゃん!」

 

笛を吹かれる前にカゲヤマを止めなければ。そう思いすぐさま駆けつけようとした瞬間、彼らを遮るようにして物陰から一人の人物が「しーっ」と静かにするよう促す仕草とともに現れた。結果的に全員その通りに静かにしたが、それ以上に驚いたのはその人物の容姿だ。

 

頭部はスキンヘッドで全体的にずんぐりとした体型、しかし服装や顔の化粧は女性が施すものであるが、見た目はどう見ても中年男性である。その上…。

 

「今イイトコなんだから見てなさい。てかあんたたちカワイイわね~超タイプ♡」

 

口調も女性のもの、つまりオネエもといオカマに分類されるものである。顔立ちが整っている方でもある妖精の男三人にハートマークを飛ばすかのように詰め寄ってくる様子に、当の本人たちは背筋を凍らせた。

 

「マスター・『ボブ』!」

 

「ええ!?この人があの、『青い天馬(ブルーペガサス)』のマスター!?」

 

「あ~らエルザちゃん!大きくなったわね~」

 

一体何者なのか、ルーシィも含めて疑問に思っていたことに答えたのはエルザだった。『青い天馬(ブルーペガサス)』という魔導士ギルドのマスター・『ボブ』。それがこの男性、もといオカマの正体だった。ちなみにエルザとは過去に面識があるようだ。

 

「とりあえず黙ってな。面白ェトコなんだからよ」

 

「『四つ首の番犬(クワトロケルベロス)』のマスター・『ゴールドマイン』!?」

 

マスター・ボブの強烈な登場に気を取られていると、もう一人の人物がマカロフたちの様子を見ながら声をかけてくる。棘の付いた犬の首輪がはめられた三角帽子と、サングラスが特徴的な老齢の男性。こちらも地方ギルドの一つである『四つ首の番犬(クワトロケルベロス)』のマスターであるゴールドマインだ。

 

だが、今にも音色を聞いたものを死に至らしめる笛を吹こうとしているカゲヤマを、なぜ誰も止めようとしないのか、若い者たちだけがこの状況に混乱を隠しきれない。このまま見ているだけで本当にいいのだろうか。そんな不安だけが彼らの脳内を支配していた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

マスター・マカロフを目の前にし、病院に入院している怪我人を装い、病院内では楽器が禁止されているから、一曲聴いてほしいと偽り、堂々とマカロフを死に至らしめる機会を得たカゲヤマ。勝った、いよいよだ、闇に落ちた自分たちの復讐が叶うときが来た、という昂りを押し殺し彼は、笛を口元に近づける。

 

『正規のヤツ等なんざどれもくだらねぇぜ!!』

『能力が低いくせにイキがるんじゃねえっての!!』

『これはオレたちを深い闇へと閉じ込め…生活を奪いやがった魔法界への復讐なのだ!!』

 

仲間の声が、マスターが捕まり統率者がいなくなったギルドの新たな指導者の決意表明が、己の頭に蘇る。彼らの想いも、今自分が背負っているのだ。もう止まるわけにはいかない。

 

『そんなことをしたって権利は戻ってこないのよ!』

 

しかし、突如浮かんできたのは自分たちの邪魔をしてきた妖精(ハエ)に属する一人の少女。不意に浮かんできたその言葉にカゲヤマの動きはピタリと止まる。迷うな、敵が言ってきた言葉を鵜呑みにしてどうする。だが、そんな思いと裏腹に、次々と言葉は蘇る。

 

『もう少し前を向いて生きろよ、オマエ等全員さ…』

『カゲ!お前の力が必要なんだ!!』

『自分たちの欲望のために仲間を蔑ろにするような奴等を…俺はギルドと認めねえ…!!』

『同じギルドの仲間じゃねえのかよォ!!!』

 

あるいは自分にかけられた、あるいは負傷した自分を想って放たれた言葉が、彼の決意を揺るがせる。心臓の音が早まるのを感じる。吹けばいいだけ。ただそれだけの行動を行うことに躊躇う必要などない。だがしかしそれが何故かできない。何も知らずに笛の演奏を待ち、こちらを見上げる小柄の老人に、笛の音を聞かせるだけなのに…。

 

「(吹けば…吹けばいいだけだ…それですべてが変わる!!)」

 

 

 

 

「何も変わらんよ」

 

瞬間、カゲヤマの背筋は凍った。声に出してはいなかった。バレた様子はなかった。いや、あるいは最初から気づいていたのかもしれない。己の心を見透かしたような老人の言葉で、カゲヤマは既に笛を吹くことを忘れていた。

 

「弱い人間はいつまでたっても弱いまま。しかし弱さの全てが悪ではない。もともと人間なんて弱い生き物じゃ。一人じゃ不安だからギルドがある…仲間がいる」

 

語りだしたマカロフの言葉を、カゲヤマだけではない、その近くに隠れる形で佇む老練のギルドマスターたち、若い妖精の魔導士、全員が耳を傾けていた。

 

「強く生きる為に寄り添いあって歩いていく。不器用な者は人より多くの壁にぶつかるし、遠回りをするかもしれん。しかし、明日を信じて踏み出せばおのずと力は湧いてくる。強く生きようと笑っていける。そんな笛に頼らずともな」

 

全てお見通しだった。知ってた上で、自分に仇なす敵ではなく、強くあるための生き方が分からない若者として、自分に接していたのだ。死ぬかもしれない、音を聞けば命はない状況だったはずなのに、微塵もそれを感じさせず彼に強さの本質を説いた。敵わない。気づけば手元の呪歌(ララバイ)を地に落とし、それを拾おうともせず、カゲヤマは老人の前で(こうべ)を垂れていた。

 

「参りました…!」

 

一切の手を下さずに、カゲヤマを、闇ギルドの魔導士を降参させた。熟年のマカロフだからこそできたその結果に、若き妖精たちは一斉にマカロフの元に駆け出した。

 

「「マスター!!」」

「じっちゃん!!」

「じーさん!!」

 

「ぬぉおおおっ!?何故おぬしらがここに!!?」

 

一方のマカロフは妖精たち(おもにナツとグレイとエルザ)が突如現れたことに動揺している。実は定例会の最中にミラジェーンから最強チーム結成の報を聞き、数々の問題を起こしている面々のチームなど下手すれば街一つが消えてしまう恐れを危惧していた。被害が及ぶ前に何とか対処しようと思っていたが、まさか向こうからここに来るとは思わなかった。動揺する間にも、一足先に辿り着いたエルザがマカロフの身体を抱き上げて頭を胸に勢いよく寄せた。

 

「さすがです!今の言葉、目頭が熱くなりました!!」

 

「硬ァ!!」

 

今日一日だけでもエルザの胸の装甲に頭をぶつけられた被害者、四人目であった。その後もナツに感激されながらも頭をペシペシと叩きまくられるマカロフ、カゲヤマに医者の元に行くことをルーシィに勧められ、マスター・ボブに言い寄られているカゲヤマ。シエルとグレイは談笑していたりと、呪歌(ララバイ)を巡る妖精の尻尾(フェアリーテイル)鉄の森(アイゼンヴァルト)の激突の事件はこれで解決した―――

 

 

 

かに思われた…。

 

 

『カカカ…どいつもこいつも根性ねェ魔導士どもだ…』

 

突如呪歌(ララバイ)の三つ目の部分が怪しく光ると同時に、本来聴こえるはずのない声のようなものが響いた。その事実に全員が表情を驚愕に染めた。瞬間、暗い紫の煙がその魔笛のあらゆる穴から噴き出す。

 

『もうガマンできん…ワシが自ら喰ってやろう…』

 

その煙は徐々に勢力を拡大し、空中に巨大な魔法陣を出現させてそれに目がけて上昇、そして煙は徐々に形を作り、町どころか山に匹敵するほど巨大な樹木の身体をもつ、悪魔と形容すべき怪物となった。

 

『貴様等の、魂をな…!!』

 

誰も予想できなかった突然の事態に、全員が絶句した。呪歌(ララバイ)の封印の解除を行ったカゲヤマでさえ「こんなのは知らない」と動揺を隠せない様子だ。

 

「どうなってるの?何で笛から怪物が…!」

 

「あの怪物が呪歌(ララバイ)そのものなのさ。つまり、生きた魔法…それが『ゼレフ』の魔法だ…!」

 

「…『ゼレフ』…?」

 

『黒魔導士ゼレフ』――。

魔法界の歴史上、最も凶悪だった魔導士。何百年も前にに人智を超えた凶悪性と破壊力を備えた人間ならざる生命体・悪魔を生み出したとも言われている。彼の魔法で生み出されたその悪魔たちは『ゼレフ書の悪魔』とも称されており、ゼレフの名はほとんどの魔導士、特に黒魔法により精通する闇ギルドの者たちの中では有名である。そんな彼の負の遺産が今になって姿を現すことになるとは…。ギルドマスターたちにとっても不測の事態であった。

 

そのゼレフの名を聞いたシエルは、一瞬憑りつかれたようにその名を一言呟いていたことには誰も気づかなかった。

 

『さあて…どいつの魂から頂くとしようかなぁ…』

 

「なにーーっ!!魂って食えるのかーーー!?」

 

「「知るかぁ!!」」

 

怪物・呪歌(ララバイ)のセリフの一部になぜか変な方向に反応したナツに、シエルとグレイはすかさずツッコむ。緊張感が感じられない…。

 

『決めたぞ!貴様等魔導士全員の魂、まとめていただく…!』

 

地の底から湧き上がるような声と共に、呪歌(ララバイ)が魔法陣を発動。聞いたもの全ての命を、正確には魂を奪う音色を流す呪いの歌。それが発動されようとしており、放たれる音色から逃れようとほとんどの者たちがその場から避難を始める。

 

だが逆に近づく者たちが存在していた。ナツ、グレイ、シエル、エルザの4人が一斉に呪歌(ララバイ)の怪物目がけて駆けだした。

 

「行くぞ!!」

『おう!』

 

最初に動いたのはエルザ。換装魔法で鎧を天輪の鎧へと換装し、足の部分に剣を一閃。

 

「アイスメイク“槍騎兵(ランス)”!!」

 

次にグレイは左の掌に右拳を合わせた後、両の掌からいくつもの氷の槍を射出。怪物の身体全体を貫く。

 

曇天(クラウディ)!からの…落雷(サンダー)!!」

 

二人が攻撃をしている間にも、シエルは生み出していた雲を怪物の上空に設置。その後雷の魔力を発射し、一筋の雷を頭に目がけて落とす。

 

「これでも喰らえ!『火竜の鉄拳』!!」

 

さらにその隙にナツが炎を纏った拳を振りかぶり、怪物の顔面目掛けて殴り掛かる。体格差をものともしない威力を受けた怪物はその顔を大きくのけぞらせた。

 

「炎で殴ったぞ!?」

「あっちは氷の魔導士か!」

「雲を出して雷を落とした!?」

「鎧の換装とな!?」

 

超巨大な怪物に一切怯まず攻め続けている妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちが繰り出す魔法に、離れた場所から見ていたギルドマスターたちの各々の反応が現れる。

 

『ウゼェぞぉ!テメェらあっ!!』

 

自身の魔法を阻害され、次々と攻撃してくる彼らを鬱陶しそうに薙ぎ払おうとする怪物。その薙ぎ払いを躱して、シエルが怪物の顔目がけてさらに魔法を発動する。

 

「本日は晴天なり!日射光(サンシャイン)!!」

 

太陽の光を直接怪物の目に当てることで視界を奪う。眼球らしきものは確認できないが、一応視界は機能していたようだ。視界が眩んだ隙を狙い、エルザが再び剣による一閃、グレイが無数の氷の礫を喰らわせる。

 

「もっぱつ喰らえ!『火竜の翼撃』!!」

 

そしてナツは両手に纏った炎を鞭のようにしならせて再び怪物に喰らわせる。まるで(ドラゴン)が翼を広げてそれを敵にぶつけて攻撃するかのように。

 

「凄いな…!こんな連携攻撃見たことない…!!」

 

「息ピッタリ!!」

 

「あい!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の続けざまに放たれる攻撃を垣間見て、カゲヤマもルーシィも感嘆の声をこぼす。長い付き合いで自然と身に付いたであろう連携。最近新メンバーとして認められたシエルさえも共闘がほぼ初めての面子に関わらず、見事に立ち回っている。しかし、黙ってやられるほど怪物も馬鹿ではない。展開した魔法陣を己の口元に収束させ、その魔力を高めていく。呪歌(ララバイ)が放たれようとしているのだ。魔力が集められていくと同時に、クローバーの街のほとんどの緑が枯れていく。怪物に魔力と共に生命力も吸われてしまっていた。

 

『貴様等の魂、いただく!』

 

高まった魔力を一気に放出。その勢いは轟音と振動を引き起こし、それを受ける者は呪歌(ララバイ)の音色から逃れようと、両耳を塞ぎ防ごうと試みる。そしてとうとう…呪歌(ララバイ)は発動された…。

 

 

 

 

「ぷすぅぅぅう…」と言う空気が漏れる音のような、笛の音とは思えないどこか情けなさを感じる音と共に。

 

「何これ!?」

「すかしっ屁!?」

 

『何じゃこの音はぁ!?ワシの自慢の音は一体どこにぃぃっ!!!』

 

あまりにも酷い音にルーシィたちだけでなく怪物本人も唖然としている。だが考えても見ればそうであろう。剣で斬られて氷で貫かれ、雷や炎の一撃もその身に受けていれば樹木の身体は無事では済まない。所々に余計な穴を空けられたことで本来音を鳴らすために送られる空気も漏れてしまう。ゼレフ書の悪魔、死を告げる音、集団呪殺魔法、数々の恐ろしい名で伝えられた黒魔法とは言えども…。

 

「所詮笛だから、不備が出れば不良品ってことだね」

 

「散々引っ張るだけ引っ張っておいてこのオチ!?」

 

シエルが繰り出した結論に力なく肩を落としてショックを受けた様子の怪物。ルーシィに至っては恐怖よりも落胆に近い感情の方が上回って声を荒げた。

 

『ざけんなぁ!!』

 

ショックを受け少し茫然としていた怪物だったが、そこから立ち直り自身の魔法が結果的に不発に終わったことで逆ギレし、足を振り回して暴れ出す。山を越すほどの巨体で暴れればもちろん被害は甚大。振り回した足の近くにいたギルドマスターたちが慌てふためき逃げ出していく。そして離れた位置にいるギルドマスターたちに目を付けた怪物は彼らに狙いを定めた。口から光線に似た魔法を放つと、辺り一帯に炎が沸き上がる。だが、誰一人その被害を受けた者はいなかった。

 

「アイスメイク“(シールド)”!!」

 

開いた花のように形作られた氷の盾を作り出したグレイによって全員が守られたからである。

 

「速い!」

「一瞬でこれほどの『造形魔法』を!?」

 

『造形魔法』――。

文字通り魔力に形を与える魔法であり、自身の魔力に関する属性を望む形に造形し、その力を発揮する魔法である。グレイが扱う属性は氷。時には盾、時には槍と言った攻防どちらにも対応する氷を作り上げることができる。

 

そして造形魔法は、形を奪う魔法でもあるのだ。

 

『おのれぇぇえっ!!ん…!?』

 

怪物の苛立ちが更に高まると同時に辺りに上がっていた炎がひとりでに移動していく。その行先はナツ。彼の口に見る見るうちに炎が吸い込まれていき、胃に入り、そして彼の力へと変わっていく。

 

「食ったら力が湧いてきた!!」

 

『ば、化け物か貴様ぁ!?』

 

「んだとコラァ!!」

 

殴り掛かってきた怪物の攻撃を軽々躱し、その巨体を走って登りだす。その間にもエルザは身に纏っている鎧を背中から一対二枚の黒い翼を生やして全体的に黒を基調とした鎧に換装する。

 

名を『(くれ)()の鎧』――。

一撃の攻撃力を増加させる魔法の鎧である。

 

「アイスメイク“円盤(ソーサー)”!!」

 

竜巻(トルネード)!!」

 

さらにグレイが氷で刃がつけられた回転する円盤を造形して飛ばし、それを見たシエルは瞬時に竜巻を発生。円盤と竜巻、同じ方向に廻る二つが合体し、更に強力な一撃となって怪物の身体を貫いた。それに狼狽える怪物に更にエルザが威力を高めた一撃を見舞う。

 

「ナツ!!」

「今だ!!」

「決めろ!!」

 

仲間たちの呼びかけに応え、ナツは魔力を高めてそれぞれ両手に炎を纏う。

 

「右手の炎と、左手の炎を、合わせて…!!」

 

纏った炎を手と共に合わせて、一つの大きな炎の塊をその手に生み出すと、怪物目がけてそれを投げ飛ばす。

 

「これでも喰ってろ!!『火竜の煌炎』!!」

 

その炎を真っ向から喰らった怪物は悲鳴を上げながらその体を徐々に削られていき、やがて轟音と閃光を放ちながらその身体を完全に消滅させた。ゼレフが作り出した悪魔を圧倒して倒したのは、たった4人の魔導士。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の『最強チーム』と呼ぶべき面々だった。

 

「これが…妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士か…!!」

 

「さっすが最強チーム!!カッコいい~!!」

 

「どうじゃ!すごいじゃろ~!!」

 

改めてその実力を目にして驚愕するカゲヤマと、感激の声を上げるルーシィ。そしてマスター・マカロフは自分の子供同然の者たちの活躍に自慢げになり、高笑いをしている。

 

「いやあ経緯はよくわからんが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)には借りが出来ちまったなァ」

 

「なんのなんのー!!」

 

マスター・ゴールドマインが告げた言葉にマカロフはさらに笑いを上げる。が、その後すぐにその笑いは途切れた。その原因はほぼ全員がマカロフの視線を追うことで理解できた。

 

 

暴れていた呪歌(ララバイ)の怪物の近くにあった定例会の会場、及び町、山に至るまで消し飛んでしまっていた。マスター・マカロフが危惧していたことが、現実となってしまった。

 

『やりすぎだーーー!!』

 

「だっはっはっは!!見事にぶっ壊れちまったなぁ!!」

 

「笑い事じゃなーい!!」

 

呆然とする一同。一人呑気に笑うナツ、それにツッコむシエル。そしてあろうことかマカロフはあまりの惨状に魂的な何かが体から抜けていた。

 

『捕まえろー!!』

 

「おし!俺が捕まえてやる!!」

 

『お前は捕まる側だーー!!』

 

「あ、それもそうか!だっはっはっは!!」

 

呪歌(ララバイ)の事件は今度こそ解決された。だが、別の事件はこれから先も語り継がれてしまうであろう。捕まえるように騒ぎ立てるギルドマスターたちと、笛の形を取り戻して罅が入った呪歌(ララバイ)を尻目に、妖精たちはナツを除いてその場を逃げるようにして立ち去って行った。

 




※おまけ風次回予告

シエル「あ~あ、まさか本当に街一つ壊れることになるとは思わなかったよ…」

ナツ「やっちまったもんは仕方ねえよ、気にすんなシエル」

シエル「一番壊してる原因のナツには言われたくないんだけど!?ちょっとは気にしなよ!!」

ナツ「まあでも、これで全部解決したんだ、あとはあの約束を果たす時だぜ!」

シエル「約束…?あ、そうかあの約束があったんだよね。さて、どうなるかな~?」

次回『ナツvs.エルザ』

ナツ「もちろんオレが勝つに決まってんだろ!!」

シエル「いや、俺が言ってるのはいい勝負の末にエルザが勝つか、あっさり瞬殺でエルザが勝つかの二択なんだけど」

ナツ「お前薄情だな!?」

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