FAIRY TAIL ~天に愛されし魔導士~   作:屋田光一

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またも二週間、お待たせしました!
祝日を挟んでいたおかげか、文字数をちょっと多めに、余裕をもって投稿することが出来ました。今回はオリジナル要素を多めにしております。
次回もそうだけど…。

それで、来週も土曜日は仕事なのですが…進捗次第では来週ももしかすると投稿が出来る、かもしれません。予定が決まり次第、活動報告にて書かせていただきますね~。


第84話 あなたは違う

―――……!…エ…!……、お……って…、シ…ル!!

 

真っ暗な意識の中に落ちていたところで、最初に聞こえてきたのはこちらに呼びかけてくる誰かの声。重くなっていた瞼を何とか開けてその声の主を探そうとすると、最初に視界に映ったのは石畳。その先には歪な形の鉄格子が出入り口を封鎖していて、奥の方に通路のようなものが見える。

 

「こ、こは…?」

 

絞り出すようなかすれた声で口を開いたシエルは、未だ朦朧とする意識の中で己の感覚に違和感を感じた。首元と両手首が、何かに固定されている感覚を。

 

「ん!?」

 

そして視線をそれぞれの手に映すと、その全貌が明らかになった。板一枚に、それぞれ頭の首と手首の三つを拘束されていて、天井からその板が鎖によってぶら下げられている。さらし台のような囚われ方だ。

 

「何だこりゃ!?すっげぇ動きづら!!」

 

「良かった、目が覚めて…!」

 

今の自分の状況に目を見開いたシエルの隣から聞こえた声に反応して横を向けば、そこには自分と同じ囚われ方をしている金髪の少女・ルーシィの姿があった。一足先に目が覚めていたらしい。

 

「あたしたち、地下から入ろうと思ったら軍に見つかって、そのまま眠らされたみたいなの。覚えてる?」

 

「…ああ、今思い出したよ…」

 

薄れていた意識では明確に状況を把握できなかったが、ルーシィの説明を聞いたと同時に鮮明に眠らされる前の記憶を呼び起こした。シャルルの情報通りに行動していたところを、王国兵に待ち伏せされていたことも。

 

「それと左頬、大丈夫?思い切りぶたれてたよね…?」

 

「頬の痛みはもう大丈夫だよ。心の方は、まだ癒える気がしないけど…」

 

捕まった直後、エドラスのエルザに左の頬を思い切り殴られた記憶も、今鮮明に浮かんでくる。捕まって大分時間が経ったのか痛みは晴れたが、エルザと言う存在にぶたれて、侮蔑の表情を向けられたショックは少なくない。珍しく気落ちしている程に。

 

「ウェンディとナツは?ハッピーたちは…こんなところにぶち込まれるわけが無さそうだけど…」

 

「あたしも起きたばかりで、何も分かんないの…。と言うか、こんな捕まり方、冗談じゃないわよ!ねえ!これ外しなさいよ!!誰か聞いてるー!?」

 

「…思ったより元気そうだね…」

 

少しでも状況を把握しようと、この場にいない仲間たちの安否を確認しようにも、ルーシィ自身も分からない事ばかりらしい。その上あんまりな拘束をされていることに怒り心頭で騒ぎ立てるルーシィに、シエルは妙に脱力感を与えられた。ちなみに牢部屋の入り口で見張っている兵士二人もげんなりしていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「ちくしょう…!ハッピーが裏切るなんて…あるわけねぇ…!あるわけねーだろー!!」

 

一方、別の牢部屋に収監されていた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツとウェンディ。自分たちを牢に閉じ込めた青年が告げた話の内容に、ナツが納得せず大いに怒りを表していた。鉄格子を何度も殴り、押し引きし、足蹴にし、牢の中から出ようと騒ぎ立てる。それを耳にしながら、少し前まで得意げに、その青年が語っていた内容を、ウェンディは思い出す。

 

エクシードに与えられていた任務。シャルルがその一切を頑なに明かそうとしなかった事柄に関してだ。その内容を端的に言えば、「滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の抹殺」である。

 

エクシードは、エドラスの人間たちを支配している上位に君臨する種族とのことで、そのエクシードが多数住まう国が存在しており、その国を統べる長である女王は、失われつつある魔力を正常化するために、人間の管理を行っている。著しく増加してしまえば不都合が生じるため、不要な人間を始末…殺しているのだという。

 

そして女王は、エドラスのみでなくアースランドの人間も管理の対象としており、アースランドに複数人存在する滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)…ナツやウェンディたちの抹殺を行う為に、100人のエクシードをアースランドに送った。卵から孵ったと同時に、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を捜索して抹殺するように“情報”を持たせて。それが6年前の事。

 

しかしその6年の間で状況が変わった。エドラスの人間が作ったアニマを利用し、アースランドの人間を殺すのではなく、魔力として利用すると言うもの。中でも滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の魔力は別格となるため、任務の内容を急遽“抹殺”から“連行”へと変更した。

 

つまりエドラス、そしてエクシード達の本当の目的は、ナツとウェンディのようなドラゴンの魔力を持つ者たち。シャルルに与えられた情報は、自分たちを捕らえるためにエクシード達が送っていたもの。それが、先程の青年が告げたシャルル達の任務の内容だった。

 

「(あの人は、シャルル達が任務を完遂したと言ってた…けど…)」

 

「こんなものぶち破ってやんぞ!火竜の咆哮ー!!」

 

記憶の中で振り返っていた話を整理している中、ナツの声が再び耳に入ってくる。力押しではビクともしない鉄格子を、己の炎によって切り開こうと両手を口の前に持っていき、炎の息吹を放出…

 

 

 

 

するイメージでやってはみたが、やはりと言うべきか、魔法が使えない今のナツからは、炎はおろか火花一つさえ出てこなかった。握り拳を作った手を通って、空しい息の音が鳴るだけで終わる。

 

「やっぱり無理ですね…」

 

「かぁー--っ!!エドラスメンドクセーー!!!」

 

何度も思い知らされてきたが、今まで何の制限もなく使えていたはずの魔法が使えないとなると出来ることも自ずと出来なくされている。そして普段ならあっさりと破ることも出来る牢部屋からも一切出れないことに更なるイライラが募る。ぶつける場所も方法もないナツは、仕方なくその場で地団駄を踏むしかできなかった。

 

「シャルル…」

 

俯き気味に相棒の名を口にするウェンディ。任務を放棄すると言っていた彼女が、最後に見せていた表情を思い出す。困惑や後悔と言った、何かに打ちのめされたような顔色。シャルル本人は、きっと使命を本当に放棄したつもりだった。しかし何かが間違って、自分たちはあそこで発見された。きっとそうなんだろうと、ウェンディは言い聞かせた。

 

その時だ。ウェンディの耳に、石をコツコツと鳴らす音が徐々にこちらへと近づいてくる音が届く。

 

「ナツさん」

 

「ああ、誰か来たな」

 

近づいてくる音は足音。革靴のものと、鉄製の具足のものの二種類。それらが同じリズムで交互に聞こえて来ると言う事は、おそらく人数は二人。一人は兵士だろう。もう一人は今の段階では分からないが、王国軍の関係者で間違いないはず。二人は警戒しながら、その近づいて来る足音の主たちが何者かを見極めようとした。

 

「こちらです」

 

兵士と思われる者が先に鉄格子前に到着し、もう一人の人物を招く。その声に従って前に出てきたその青年の姿を見て、ナツとウェンディは思わず声を失い目を見張った。

 

 

 

 

 

服装は如何にも研究職と主張していると言っていい白衣姿。さらに目元には細いフレームのほぼデザイン性が無い眼鏡。それに影響されているのか、奥にある切長な目が更にその眼鏡によって強調されている。そして髪の色は水色がかった銀色で、長さは所々が逆立っていて短い。その髪の色と顔立ちには、彼らはすぐに気付けるほどに見覚えがあった。

 

「ペル…!?いや、それにしちゃ…色々と違う…」

 

一瞬よぎったのは仲間の一人である神器使い。しかし、雰囲気は少し似ているが髪の短さや目元などは本人とはパッと見ても判別がつきやすい。エドラスにおけるペルセウスとは既に面識がある為、彼がそうであるとも思えない。と言うことは…ウェンディはその後すぐに気付いた。

 

「もしかして、あなたはエドシエル…さん、ですか!?」

 

彼女が尋ねた質問でナツもそのことに気付いたようだ。王国にスパイとして潜入していると言う情報が確かなら、ペルセウスと兄弟であり彼に似ているエドラスのシエルがいても不思議じゃない。

 

「そう言うお前たちは、アースランドにおけるナツとウェンディ…だな?」

 

あえて質問に明確な答えは出さなかったが、こちらの…正確にはエドラスの妖精の尻尾にもいた人物たちの名を提示して質問を返したことによって、その事実確認は完了したと言っても同義だ。

 

ちなみに、まだ声変わりも終わっていないアースランドのシエルと違い、エドラスのシエルは外見通り比較的澄んでいる低い男性の声だ。ペルセウスのものとも違う。

 

「そうだ!ってことはやっぱお前がシエルなんだな?ちょうどよかった!ちょっと頼みがあるんだ!!」

 

「頼み?」

 

現れた青年の正体がエドシエルであることを知ったナツが、鉄格子を掴みながら彼に笑みを向けて脈絡もなく頼みを告げ始めた。そのことを聞いて怪訝な表情を浮かべる青年にも気付かず…と言うか気にせず、彼はその頼みの内容を口にしようとする。

 

ウェンディはその時直感で察した。放っておいてはまずいと表情に出るほどに、焦りを見せた。

 

「仲間を助けたいから、オレたちをこっから出しモゴゴ…!!」

「ナツさんストップ!ストーップ!!」

 

そして彼女の勘は見事に当たった。エドシエルは王国軍にスパイとして潜入している…つまりは王国に敵対する自分たちの味方。そんな彼ならば自分たちを解放してくれると考えて提示した頼みだろう。だが、ウェンディは今それを告げるのは危ないことに気付き、ナツの口を両手で押さえて、彼の声を届かせないようにする。

 

「何で止めんだよ!?」

 

「今お願いしたら危ないからですよ!!エドシエルさんだけならまだしも、兵士さんもいるんですよ!?」

 

解放されたナツが不服と言いたげに言うと、ウェンディは小声で叫ぶと言う器用なことをしながら彼にその理由を告げる。彼がスパイとして潜入していることは、王国側の誰も未だに気付いていないことであるはず。エルザは疑っている…と言うより一個人として妬んでいるようだが、他の者たちは違う。何なら国王には信頼さえされている。

 

この場に彼しかいないのであればまだ良いのだが、エドシエルをこの場に連れてきた兵士は、彼の身に危険が及ばないように、目の届く範囲で警備をしている。あの兵士の耳にエドシエルが反逆行為を犯したことが入れば、味方である彼の身も、囚われている自分たちも危険だ。機を間違えてはいけない。さしものナツも、それを聞いて納得はしたようだ。

 

「よし、じゃあまずはエドシエルにあいつをどっかいかせれば…」

 

「それはそれで怪しまれますよ…!ここは一度戻ってもらって、後からお願いした方が…」

 

「けどそれだとルーシィたちを助けんの、遅くなっちまうだろ…!?」

 

「そ、それは…」

 

そしてお互い小声のまま、どうやってエドシエルに助けてもらうのか作戦を考え始める。なるべく早くにここを出て仲間を助けたいナツと、確実に安全に脱したいと考えるウェンディ。二人の様子を黙して見ているままだったエドシエルが、溜息を交えながら閉じていた口を開いた。

 

「何かを期待しているようだが、俺はお前たちが望むことに応えるつもりはない」

 

「「え…?」」

 

その言葉を聞き、小声で会話をしていた彼らは思わず思考と共にそれを止め、エドシエルに視線を移す。決して小さく無い混乱と共に。その混乱を露わにするナツたちなど意に介さず、エドシエルは更に続ける。

 

「俺がここに来た目的は二つ。一つは報告の事実性を確認する為…。もう一つはこれから行なうタスクに用いる被検体の確認だ」

 

「被検…体…?」

 

自分の耳がおかしくなったのか?と錯覚させられるには十分と言える言葉が、エドシエルから次々と発せられる。だが、淡々と機械的に紡がれるその内容に、嘘が紛れているようにも見られない。

 

「『ヒューズ』…お前たちを連れてきたおしゃべりなやつが言っていただろう?お前たち滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を魔力とするために捕えたことを。アースランドと言う別世界の人間は、ほぼ全員が体内に魔力を持っていて、半永久的に尽きることがないと聞く。そして…お前たちの魔力はその中でも別格だと」

 

眼鏡の位置を指で整えながらも説明を続けるエドシエル。それを聞く二人は未だに理解が追い付かないのか、呆然としながら耳を傾けるしかできない。

 

他の人間たち…アニマを通して魔水晶(ラクリマ)にされた者たちは、別の材質にすることによって、エドラスでも使用できる魔力に変換できるが、シエルやルーシィのように、何らかの要因で人間のままエドラスにいる場合は、体内から魔力を抽出する技術がまだ追い付いていない。だが…

 

「お前たち滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は、人であって人とは違う。別の生き物として定義しその情報をインプットすれば、理論上は直接的に魔力を抽出することが可能。それを確認するための実験と言う事だ」

 

「ちょ、ちょっと待て!何言ってんだよお前!全然意味分かんねぇぞ!!」

 

説明の区切りをぬって、ナツが再び鉄格子を両手で掴みながら問いかける。意味が分からない、と言うのはエドシエルの説明自体に対してもだが、味方と認識していた人物が自分たちを助けるどころか、完全に王国軍側の人間としての言動をしている事に対して告げている。

 

「お前たちの理解など必要ない。これは決定事項だ。実験の成功を確認し次第魔力の抽出を開始。いずれも今日か明日には実行される」

 

「ふざけんな!勝手に決めんじゃねぇ!!」

 

だがナツの言葉など聞く耳も持たないエドシエルがそう告げれば、もちろん納得のいかないナツが反論を叫ぶ。鉄格子に額を再びぶつけて詰め寄る彼の後ろから、言葉を詰まらせていたウェンディが彼に呼びかける。

 

「あの、話だけでも聞いてください!」

 

ナツがこのままヒートアップしては自体が悪くなると予感した彼女が、エドシエルに自分たちの立場についてを知らせるべきと判断し、ナツを制止して、兵士に聞かれても誤魔化せる範囲で、その詳細を話し始めた。

 

「私たちは、あなたのことについて詳しく説明を聞かせていただきました。どんな立場にいるのかも知っています。…あなたのお兄さんから」

 

最後の一言だけを小声で呟き、エドシエルのみに聞こえるように。これである程度は伝わったはずだ。自分たちが彼の敵ではなく味方で、彼がスパイとして活動していることを知っていること。現に彼女が小声で呟いた内容を耳にし、エドシエルは微かに反応を示している。

 

「すぐは難しいことは分かってます。でもどうか、私たちを…」

 

 

 

 

「まさか、まだ俺が戻ってくると思ってるのか?」

 

返ってきた彼の言葉は、ウェンディたちの想像とは真逆のものだった。もう何度目になるか分からないほどの硬直を、ウェンディたちはまたも味わう事になる。そんな二人の事も目にくれず、呆れたように息を吐きながらエドシエルは呟きだした。

 

「あいつらも言っていたんじゃないか?俺からの連絡はもう途絶えたままになっていると。確かに最初は、王国に対して敵意を持っていたよ。それは認める。だが、ここで軍の一人として日々を過ごすうちに、俺は気付いたんだ。本当の意味でエドラスが救われるために、この国は…陛下は尽力してくださっているのだと」

 

彼が語る内容は、まるで演技としてではなく本当にギルドを裏切り、王国軍の、魔科学研の一員として心から思っているものと見える。

 

「その陛下の意向に背き続ける者たちは裁かれて然るべき存在だ。それが例え、かつての仲間…実の兄であったとしても」

 

「テメェ…本気で言ってんのか!?」

 

「例外など存在しない」

 

「ギルドの人たちは…あなたの帰りを本当に待っているんですよ!?」

 

家族同然であったギルドの仲間や、血の繋がった兄よりも、今仕えている国王を優先していることを頑として態度に表していることに、再びナツの表情が険しくなる。そしてそんなエドシエルの態度にウェンディも更なる困惑を見せながら思わず口に出していた。

 

「こっちの私…『ウェンディ』から、あなたに伝えてほしいと言われたんです。『すぐじゃなくてもいいから、必ず生きてギルドに戻ってきてほしい』って…!」

 

エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)を立つ際に、もう一人の自分から伝えてほしいと頼まれていた言葉。己と、仲間たちの総意とも言えるべきシエルへの想い。あの時の、成長した自分の姿をした女性の表情を思い出しながら、どれほどの想いを抱えていたのかもウェンディは伝える。

 

心から無事を願っていた。帰ってくるのを信じていた。絶対に生きているんだと言い聞かせた。現マスターの弟であると同時に、彼と言う存在を、仲間として大事に思っていたから。

 

 

 

 

「呆れた奴だ」

 

 

 

そんな彼らの…彼女の想いを、エドシエルはその一言で踏みにじった…。心底呆れていると言わんばかりに溜息を吐きながら、億劫と言った様子で彼の言葉は続いていく。

 

「せめてもの情けで言葉を濁したのは失敗だったようだな。はっきりと、あの手紙に書いておくべきだったよ。俺はもう王国の人間で、二度とギルドの魔導士を名乗る気などないと。それで奴等に無駄な希望を持たせて、陛下の懸念を増やすことにつながるとは…」

 

もう、自分の耳が、脳が、正常に機能しているのかさえ、ウェンディは疑うようになってしまった。それほどまでに、彼が次々と語っている言葉が、信じられないものばかりであった。

 

何だ、この男は。一体何を言っているんだ。本気で、心からそう思っているのか?まだまだ言葉を発しているらしい彼の声は、次第に彼女の耳に届かなくなっていく。代わりに…エドラスに来てからの、ギルドの仲間たちの会話が、蘇ってきた。

 

『ただここで…ギルドの一員として、過ごしていて欲しかったんです。もう自分を追い詰める必要はないって…』

 

『マスターが考案し、シエルが自分で志願、実行に移した、王国にバレたら即処刑の超危険任務ってことだ』

 

『さっきも話した通り、エドラスの王に歯向かった者の命はないわ。シエル…私たちが知ってるシエルだって、本当は凄く危ない橋の上にいるの…』

 

『ならば、彼らに託してみようと思います。私たちの…そしてシエルの未来も…』

 

『すぐじゃなくてもいい。私たちはいつまでも待ってる。だから…必ず生きて、ギルドに戻ってきてほしい』

 

言葉の端々から伝わってきていた。エドシエルがどれだけ案じられているのか。心配されているのか。信頼されているのか。きっとそれらに応えられるような人物で、自分たちの事も悪いようにしない。そんな存在だと思っていた。だが…。

 

「まあ、あと数日もすれば思い知ることになるだろう。今のエドラスにギルドと言う存在が、いかに邪魔なものであるかを…」

 

「この野郎、いい加減に…!!」

 

 

 

 

 

 

 

その時、鉄格子を思い切り叩きつけたような衝突音が、辺り一体に響いた。その音に見張りの兵士が肩を上げて驚き、エドシエルは口を閉じてその音の原因へと視線を向ける。だがそれはナツではない。ナツ自身も、その音を鳴らした本人に向けて、一時的に怒りを忘れる程の驚きをあらわにしている。

 

ナツと同様に囚われた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)でありながら、彼とは違って大人しい印象を持つ少女が、外部との出入りを遮断する歪な形の鉄格子に、右の拳をぶつけている。先ほどの音が、彼女によって起こされたことがわかる状態だ。

 

「どうして…」

 

振り抜いている拳を下げず、殴りつけた時から下に向けている顔をそのままに、震えている声を絞り出してウェンディはエドシエルに言葉を投げかけ出した。

 

「どうして…そんな冷たいことが言えるんですかっ…!?」

 

そう問いかけると共にあげた彼女の顔はとても険しくなっていて、食いしばっている歯を見せながらエドシエルを鋭く睨みつけている。穏やかで心優しい彼女には珍しい確固たる怒りを表しているのが目に見えて分かる。隣で見ているナツでさえ、彼女のその様子を見て唖然としているが、正面からその顔を向けられている当の本人の表情は変わらない。

 

「…私の…私たちの知っているシエルは…!明るくて…一生懸命で…優しくて…イタズラが好きで、ギルドのみんなをちょっと困らせたりもするけど…本当は…!本当は、そんなみんなや、お兄さんを大切に想ってる…家族想いの、優しい男の子なんです…!!」

 

目を閉じながらウェンディは彼との記憶を辿り、その目に映った彼女の知るシエルの姿を浮かべ、震えた声をはっきりと出して答える。初めて会った時に、オドオドとしていた自分にも優しくしてくれた。困っているときに助けてくれた。兄の話をする時はいつもより表情が輝いていた。打って変わってイタズラを仕掛ける時はやんちゃで、でも楽しそうだった。

 

他の仲間たちが聞けば首を傾げることにもなるだろう。だがウェンディにとってシエルと言う存在は、周りからどのように見えていようが、心の奥底はとても優しい人物であると断言できる。他の人が困っている時は話を聞いたり、手伝ったり、一緒に考えてくれたり。

 

 

 

そして自分が追い詰められていても、周りを心配させまいと気丈に振舞う。そうしてしまうほどに、本当は優しい少年であると、彼女は思う。

 

「こっちの…エドラスのギルドのみんなは、私たちが知ってる人たちと、名前や顔は同じでも、色んな部分が違ってました。でも、心の奥底と言えるところは、私たちの知ってるみんなと同じだったんです…」

 

どこか関係性や性格、強さなどが反対になっていて、最初こそ混乱するしかなかった。しかし、エドルーシィを始めとして、ギルドでの仲間を心から大事にしていることが何となく伝わってきて、根っこの部分は変わらないのだと、彼女は感じていた。

 

「『シエル』なら…例えどうなったとしても、心の奥で仲間や家族の人たちを想っているんだって…!『シエル』だったら…信頼してくれている、『ペルさん』たちの言葉を、無碍にするわけがないって…!でも…あなたは違う!!」

 

閉じていた目を開き、キッと更に鋭くしながら、ウェンディはその声に更なる怒気をこめる。顔が似ていても、名前が同じでも、違う世界のその人物であっても、彼女の知る少年と目の前の青年は、断じて違う。

 

「あなたの身を案じてくれているみんなの事も、あなたを信じて託してくれているお兄さんの事も、あなたの帰りをずっと…いつまでも待っていてくれている『私』の事も!全部…全部裏切った!自分勝手な国の為に、家族を見放すなんて…彼だったら絶対にしない!!

 

あなたには!彼にあった暖かさが全くない!冷たい人です!!」

 

空間全域に広がったと錯覚すら覚える彼女の叫び。隣にいるナツは彼女のその様子を見て「ウェンディ…」と彼女の名を呟いていることしかできないほどだ。呆然とした様子なのは兵士も一緒。そして、ウェンディに鋭く睨まれ、悲痛と言える心からの叫びを向けられたエドシエルは…。

 

 

 

 

「言いたいことはそれで終わりか?」

 

その言葉の一切が、伝わりはしなかった。淡々と機械のように、冷たく返ってきたのは一言。ウェンディの表情に浮かんでいた怒りは一瞬のうちに抜け落ち、少しばかりの衝撃と、大きな絶望を表すものへと見る見るうちに変わっていく。対してナツは、これほどの主張を言い切ったウェンディへの冷たい態度を見て、再び怒りを表している。

 

「今更お前たちが何を主張しようと俺には無関係だ。今日か明日までの命、精々謳歌するんだな。そろそろ会議だ。戻るぞ」

 

「……はっ!」

 

「あっ、てめ!待ちやがれ!!こっから出せコラーー!!」

 

最後の最後まで冷たく言葉を投げかけ、最後は兵士に一言告げた後に牢部屋を離れていく青年。それに少々固まっていた兵士が我に返り、若干慌てた様子で彼のあとを追う。ナツが離れていくエドシエルを呼び止めようと怒鳴り散らすが、やはり聞く耳を持たない。猛獣のように唸り声をあげて怒りを表すナツであったが、すぐ隣でウェンディが重力に従ってへたり込んだのを見て、意識がそちらに向く。

 

「…っ…!く…ふうっ…!う、うぅ…っ!!」

 

「ウェンディ?」とすぐさま呼びかけてみると、すすり泣きの声が耳に届いて、彼女の顔から石床にかけていくつもの雫が落ちだしている。思わずナツは硬直した。泣いている。声を押し殺してはいるが、ぎゅっと目を閉じながらも、両目から留まることなく涙を溢れさせ、雫となって下の床を濡らしていく。

 

「な、泣くなよウェンディ…あ、いやあんな後じゃ泣くなっつーのもあれだけど…」

 

小さい少女が悲痛を味わって涙を流すところを目の当たりにし、ナツはたじたじとなっている。こういう時はどうしたらいいのか、なんて言ってあげたらいいのか、分からなくなってしまう。子供の扱い自体はロメオでどことなく慣れていたつもりだったが、今の原因となっているのは、色んな意味で複雑な事情だ。前例など存在しないために余計にどうしたらいいか分からない。

 

「あ、そっか!さっきこれ殴ったとこが痛いんだな?って、うおっ!血が出てんじゃん…!…オレが言えることじゃねーけどよ、あんま無茶すんなよ…?お前になんかあったら、オレがシエルに怒られちまう…」

 

和ませようとしたのか、それとも素なのか。だがナツが気付いたとおり、鉄格子を殴りつけた反動で、彼女の小さい右手の甲からは赤い血がにじみ出ている。これによる痛みで涙を流していると言われても疑いようがないだろう。

 

───痛い…とても、痛い…!

 

───手の痛みなんて感じられないほどに…胸の奥が、心が…痛い…!

 

───あんな…あんな冷たい人のために…ギルドのみんなが…ペルさんが…私が…信じていたのに…それを…!!

 

張り裂けそうなほどに胸の奥に痛みが生じている。そして、思い返していた。つい最近までの…ここまでの記憶を。シエルがリサーナの事を話して、自分も辛そうだったのにこちらの気を遣ったことに何も言葉をかけれなかったこと。エドラスに来て思うように魔法が使えなくなったこと。謎の力を発現したシエルに咄嗟に拒絶されたこと。一人で離れていった彼を呼び止めることが出来なかったこと。目の前で魔水晶(ラクリマ)となった仲間を傷つけられたこと。囚われの身となり、抵抗も出来ないままシャルルと離れ離れになったこと。

 

そして、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の想いを、エドラスのシエルの心に全く届けられなかった、つい先程の出来事。

 

───私は…何も出来ない…!!

 

両手を強く握りしめ、更に固く目を閉じるも、先程よりも目から溢れる雫の数が増えていく。激しい後悔と無力感に苛まれた少女のすすり泣く声は、その後もしばらく続くのだった…。

 

 

 

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一方…別の牢部屋に囚われていたシエルとルーシィ。彼らはつい先程まで両手と首を板で拘束されていたのだが、ルーシィがあまりにも文句を言い続けるので、根負けした兵士たちによって板による拘束のみ外された。代わりに両手首を繋ぐように、餅のようなもので縛られている状態だ。

 

「さっきより自由は利きやすくなったけど…これもこれでベトベトしてるから気分はよくないな…」

 

「そうよね…もしも~し!このベトベトも取ってほしいんだけど~!?どうせ逃げられないんだし~!」

 

両手首を縛るモチのような拘束もなんとか外してもらおうと、入り口前にいる兵士たちに向けて再び文句を叫び始めるルーシィ。一切反応が返ってこない兵士たちにもめげずに「ねえ、ちょっと聞こえてるんでしょ~!?」とか「無視ですか?暴れちゃうぞー!」とか次々と騒ぎ立てる彼女を見て、シエルは再び表情から力が抜けていく。

 

「うるさいなぁ…」

「アースランドの女の子って…みんなこーなのかね…?」

「小さいシエル部長の方が大人しいって…どーなんだよ…?」

 

そして見張りをしている二人の兵士も、再びげんなりとせざるを得なくなった。成人の女一人と子供の少年一人。本来騒ぎ立てそうな者と宥めようとする者の立場が、見事に逆転してしまっていることも相まって、アースランドの人間性に疑問が生じ始めている。行ってしまえば、アースランドでもエドラスでも、人間性の千差万別さは同じと思われる。

 

「何とか隙を見て脱出をしたいとこだけど…ルーシィ、鍵は…?」

 

「幸い没収はされなかったわ。でも、魔力の反応がどれもなくなってるの」

 

「今になって魔法が使えなくなった…って訳じゃなさそうだね…。ってことは原因は…」

 

「このベトベトしか、考えられないわね。あたしの魔力を封じてるってことだと思う」

 

一通り騒いだところでシエルが小声でルーシィの魔法が使えるかどうかを確認すると、やはりただの拘束具ではないらしい餅のようなものが、彼女の魔力の通りを阻害しているようだ。エドラスには魔力を持った人間がいないというのに、どうやって開発したのだろうか。

 

「みんな…大丈夫だよね…?」

 

「ウェンディたちも心配だ…。それに、エクシードと呼ばれてたハッピーたち…結局、まともにあの本を読めなかったから、細かいところまで分からないままだ…」

 

シッカの街でルーシィが買っていたエドラスの歴史書。あれにはハッピーたちエクシードの事についても記述がされている。その項目を読んでいた途中で飛行船が通りかかり、そこからは息を吐く間もなかったため、結局まともに本の内容に目を通せていないのだ。せめて少しでも情報を集められれば…。だが、本は恐らく没収されている…。

 

「あ、それなら持ってるわよ?」

「あるの!?」

 

と思われていたが、まだルーシィが持っていたそうだ。よく没収されなかったな…と思っていると、ルーシィは胸元が開いた服から、直接豊満な胸の谷間に両手を入れると、探していたエドラスの歴史書を取り出した。

 

「ほら」

「ちょっと待って!?なんつーとこに入れてんだよあんたぁ!!?」

 

歴史書を持っていた事実よりも、その収納場所が発覚した光景の方が衝撃的過ぎて、思わずシエルは顔を赤くして、上ずった声で叫んだ。何だか…某天下の大泥棒の一味にいる女泥棒がやっていそうなしまい方な上、目の前で恥ずかしげもなく取り出した妙な大胆さで動揺が隠せない。

 

「しょうがないじゃない。他にしまえそうな場所もなかったし」

 

「百歩譲ってそこはいいとしてもうちょっと躊躇おうか!?男の俺が目の前にいたの分かってたよね!?」

 

「あ~…そりゃあナツとかグレイがいたら『見ないでよ!』とか言ってたかもだけど…シエルは子供に見えるからいいかな~なんて…」

 

「忘れてると思うけど、俺14だからね!?あと一年しないうちに成人するからね!?」

 

「ごめんごめん、今度は気を付けるから!ってことではい、これ」

 

「(い、今の見せられたら、手に取るのすっごい躊躇うんだけど…!)」

 

外見年齢が幼い子供にしか見えない故か、ルーシィは特に気にした様子もなくそのまま歴史書をシエルに渡す。若干戸惑いながらもなんとか手にして本を開き、情報を入れようと目を通す。…最初の数分は思春期には刺激の強い光景が頭を支配してうまく進まなかったことは、墓場まで持っていこうと決めた。

 

「(い、一体どこに入れてたんだ…!?)」

「(ちょっと…勿体ないことした、かも…)」

 

余談だが、外で見張りをしていた兵士二人が、煩悩に苛まれていた事には、中の二人さえも気付かなかった。

 

 

 

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王城内の会議室。一番絢爛な上座の席には、国王ファウスト。その一番近くの席に、ファウストから見て左側に老人バイロ、右側には魔科学研部長シエル、残りの席にはそれぞれ魔戦部隊の隊長を務める者たちが座っている。一人だけ、第二魔戦部隊隊長のエルザだけが、この場にいないが。

 

「ぐしゅしゅ…やはり言い伝え通り、アースランドの魔導士は皆、体内に魔力を持っている事が分かりましたぞ」

 

捕らえたアースランドの魔導士の体を調べた結果、伝え聞いていた通りの事実が発覚したことを、幕僚長であり科学者の一人であるバイロが報告を行う。エドラスで生まれ育った彼らにとっては、珍しいとは比にならない大事だ。

 

「んー-、まるでエクシードのようだな~」

 

「だが、内包されている魔力の量は、エクシードの比にはならない。計測した結果、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は言うまでもなく、残りの二人も大きな魔力を有していることが分かった。ま、少々大差はあったが」

 

ピンクの鎧を纏った金髪のリーゼントの男、第四魔戦部隊の隊長であるシュガーボーイが感想を零す。それに対して、比較をすればエクシードよりも大きく上回っていると計測結果を出した魔科学研のデータを、シエルが提示して補足する。

 

「ああ、あのガキのシエルな!」

 

「もう一人のルーシィと言う女の子も?」

 

「でしゅな」

 

テンションが高くなっている紫髪の青年――ナツとウェンディを閉じ込めた彼――、第三魔戦部隊隊長である『ヒューズ』が少し吹き出しながら思い出し、バイロの近くで控えていた、何故か裸足でどことなく犬っぽい顔立ちと雰囲気を持った幼い少女…幕僚長補佐の『ココ』が同様に尋ねてくると、バイロがすかさず肯定する。

 

「しかしそれが本当なら、殺すのはスッゲェ惜しいだろ?」

 

「それはならん」

 

シエルの報告を聞いて疑問を感じたヒューズが、処刑予定であるルーシィを生かしたまま、半永久的に魔力を吸い続ければいいのではと言葉にするが、他ならないファウストがそれに異を唱える。

 

「エクシードの女王(クイーン)・『シャゴット』より、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)以外は抹殺せよとの命令が出ている」

 

女王(クイーン)の命令ですか…!?」

 

「んー-我々はエクシードには逆らえん…」

 

「あー!スッゲェもったいねぇよ、チクショウ!」

 

エクシードを統べる女王と呼ばれている女王(クイーン)・『シャゴット』。彼女の命令はエドラスを統べるファウストよりも権限が高いとされており、勝手に背くことは許されない。故に、彼らを始末せよという命令にも、逆らえないのだ。

 

「にしても、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)以外…と言う事は、アースランドのシエルも抹殺の対象にされているわけか…」

 

「あ、そーなるのか…いいのか、シエル?」

 

「俺自身とは関係ない奴の話だろ?どうなろうと構いやしないさ」

 

「うわ…スッゲェひでぇ…」

 

一方で、命令内容で一つの事実に気付いたシュガーボーイが、アースランドのシエルも対象に加わっていることを口にし、ヒューズが目の前にいるシエルにそれについての心境を聞いてみる。だが、淡々と自分自身とは無関係を貫く彼の言動に、尋ねたヒューズは軽く引いていた。

 

話を戻すと、ルーシィやアースランドのシエルの魔力を抜き出すのは、まだ魔科学研の科学技術をもってしても不可能だ。ならば滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)はどうするのか、と言う問いに移るが、シエルがナツたちに答えた通り、人間としてではなく竜として定義すれば理論上は可能である。

 

「既に実験は、魔科学研(うち)のメンバーが実行に移している」

 

「成功の結果が出れば、半永久的な魔力が手に入るでしょう」

 

「おお!スッゲェ!!」

「スッゲェですね!!」

 

シエル、バイロが出した言葉を聞き、ヒューズの表情が喜色に染まる。横からココも、ヒューズの口癖を真似して動揺に喜びを表しているようだ。

 

「いいぞ、バイロ、シエル、早急に結果を出すよう伝えろ」

 

「「はっ」」

 

「万が一に備え、アースランドの魔水晶(ラクリマ)の抽出も早々にやれ」

 

「では、私が指示しましょう」

 

科学者組と言われる二人のうち、バイロが広場にある魔力の抽出を速めるために動くことを告げる。シエルの方は引き続き魔科学研で進めている実験を進めるとのことだ。

 

「それと、魔戦部隊は引き続き、王城内にて怪しい動きをする者がいないか警戒せよと、女王(クイーン)からの命令だ」

 

「アースランドの魔導士はもう捕まってんのに?」

 

「んー-、どっかに生き残りがいる…とかかねぇ…」

 

最後に魔戦部隊への支持がファウストから下ったところで会議は終わり、指示を受けた者たちはそのまま自身に与えられた業務へと戻っていく。エドラスで枯渇しかけていた魔力が戻る未来を想像し、話に花を咲かせる者たちもいる。

 

そんな中、唯一浮かない顔をしていた、鎧と兜を装備した大柄の黒豹のような外見の男・第一魔戦部隊隊長である『パンサーリリー』は、席に座ったままである。

 

「どうした、パンサーリリー?」

 

「陛下…最近の軍備強化についてなのですが…」

 

彼が懸念していたことは、最近エドラスの王国軍の軍備を、より強固なものにしている動きだ。世界をほぼ全土掌握した中で強化する理由はないと言っていい。だからこそ謎であり、妙な違和感を感じる。

 

しかし、問われた側であるファウストは、何も答えないままパンサーリリーを見ているだけ。

 

「いいえ…失礼しました…」

 

聞きたかったことを胸の内にしまい、パンサーリリーはそのまま退室した。その様子をファウストは狂気のこもったような目で、唯一残ったシエルもまた、光が消えた目を細めながら見送った。

 

「いずれ分かる時がくる…。真のエドラスの繁栄が、約束される瞬間に…。ですよね、陛下?」

 

そのまま、静かに呟いたシエルの言葉に、答えるでもなくファウストは視線を変えたりしなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

それからしばらくの時間が経った頃…。

エドラス王城の入り口前には、10人ほどの兵士が集まっており、順次交代しながら見張りを続けている。

 

「おーい!交代の時間だぞー!」

 

「おお。特にいつもと変わらず、異常なしだぞ」

 

交代の為に中から出てきたもう10人の兵士が既に出ていた者たちに呼びかけると、見張りの時間の間、特に異常がなかったことを伝える。アースランドから来たという魔導士たちは一人残らず牢の中。エクシードも彼らの国へと帰還し、これから行われる一部分の魔力抽出ももうすぐ始まる。全ては順調だ。

 

「だというのに、何でここまで警戒しなきゃいけないんだ?」

 

「聞いた話によると、『エクスタリア』の女王(クイーン)がそうするように命令したんだと」

 

女王(クイーン)からの…それじゃあやるしかねーよな…」

 

『エクスタリア』と言うのが、エクシード達が住まい、その女王が統べる国の名前である。エクシードは人間の上位に位置する種族の為、エドラス王国のものであろうと、エクシードの命令は絶対。故に、現在異常が見られない状況であっても、警戒をしなければならないのだ。

 

「魔戦部隊の隊長たちも、この後警戒態勢に移るそうだ。多分、見回りでこっちにも来るぞ」

 

「隊長たちが!?そりゃあもう、何が来ても怖くねぇな!」

 

軽口を叩き合いながら談笑を続ける兵士たち。警戒と言うのはほぼ形だけのようなものとなっている。だがそれでも事足りるほど、この王都内は平和そのもの。住民は不満を募らせることもないし、強力な戦力が揃っている王国軍を相手にしようと考える者もいないため、無理もないという話だ。

 

 

 

 

 

だが、この兵士たちの誰もが予想できなかったことが、この後すぐに発生した。

 

「…ん?」

 

その異常に最初に気付いたのは一人の兵士。民家や広場などがある方向から、こちらに真っすぐと歩いてくる一つの人影を視認し、目を向ける。それにつられて、近くの兵士たちも視線をそちらへと向けた。

 

歩いてくる者は、全身を灰色のローブで覆った長身の人間。恐らく背丈から見て男のようだ。フードを深くまで被っているために顔も見えないが、このまま歩いてくるという事は、王城の中が目的であることを示唆している。だがその風貌は、周囲を怪しませるには十分であり、勿論兵士たちはこのまま素通りさせるわけがなく。

 

「そこの者、止まれ!」

 

ほぼ全員が槍を構えてその人物を囲み、足を止めさせた。歩を進めなくはなったものの、全くもって動揺している素振りは見えない。

 

「何者だ?この城に何の用があって来た?」

 

「今現在、関係者以外は王城の中に立ち入ることを禁じている。さっさと戻れ!」

 

エドラスの歴史に名を残すと言えるイベントの真っただ中、万が一の事も防ぐために定めた決まりを提示して、追い返そうとする兵士たち。だが、その兵士の言葉に従おうともせず、その場で立ち尽くしているその人物は、深く被っているそのフードから、鋭く細めた目を、正面にいる兵士に向けている。

 

「何の用…か…」

 

そう一言だけ呟くと、その人物の右手に突如紫色の()()()が浮かび上がる。それを見た兵士たちが途端に動揺を露わにする中、彼の正面にいた兵士は、魔法陣の光で見えたフードの中身を視認し、いちばん強い動揺を示している。

 

「お…お前は…まさか、いや…バカな…!!?」

 

あり得ないと言いたげな表情で狼狽える兵士。他の者たちも、一気に最大限の警戒を意識して、槍を構える手に力を入れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「国王の首を…落としに来た…!」

 

その言葉の直後、エドラス王城の正門が破壊されるほどの激しい爆発が発生。その余波による振動は、王城内のみならず、王都内にも広まった。

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

「な、何だぁ!?」

「爆発!?どこで!!」

「見て!城の方から煙が…!」

「城が爆発したのか!?一体何故!!」

「陛下はご無事なのか!?」

 

突如として起こった王城からの爆発。勿論それに関して無関心を貫くことが出来ず、町に住む住人たちはいっせいに王城へと意識を向けている。住人だけでない。アニマによって作られた魔水晶(ラクリマ)を護衛している兵士たちも、そこから魔力の抽出を行っている者たちも、一様にその方角に意識を奪われる。

 

「始まったようですね」

 

「みてーだな」

 

その光景を、まるで分かっていたかのように傍観している奇妙な二人組の男たち。片方は黄土色のローブとフードで素性を覆い隠している荒い口調の男。もう一人は、黒を基調としたスーツ姿にテンガロンハットを被った、眼鏡をかけている丁寧口調の男と、正反対のイメージを与えられる。

 

「それにしても、彼は本当に城を…いえ、この国を…エドラスを滅ぼす気なのでしょうか…?」

 

「どこまで本気かは知らねーが…その気になれば、本当に国も世界も滅ぼせちまいそーな出鱈目なやつだってことは確かだ」

 

その会話は一般の者たちが聞けば明らかに異常と言える内容だろう。国どころか、世界すら滅ぼしかねないと言い切ってしまえる存在。そんな存在と、自分たちはつい先程まで行動を共にしていた。

 

彼の事を何も知らなかったなら、人の姿をした災厄と言う扱いをしていただろう。だが、彼のエドラスを滅ぼすという言葉は、文字通りの意味が込められているわけではないことが、伝わってきていた。

 

この騒動が、後々エドラスにどう影響されるのか、まだ分からない。先の長い未来の図を予想することなど、誰にも出来やしない。今の自分に出来ることは…。

 

「陛下の身が心配だ…急ぎ城へ戻るぞ!!」

 

「しかし、この場はどうすれば…?」

 

「3分の1の兵力だけ残せばいい!念のため、市民の避難も迅速にせよ!」

 

最初の爆発から、更にしばらくすると何度も城の中から同様の衝撃が発生したことにより、王城内の危険を感じ取った魔水晶(ラクリマ)の護衛達が、城の方へと向かっていく。さらに、世紀のイベントをこの目で見ようと集まっていた一般人たちも魔水晶(ラクリマ)から離されていった。

 

「さて、ここからはいよいよ出番ですね。そちらは任せましたよ」

 

「おう、いっちょ一暴れしてやろーじゃねーか。ギヒッ!」

 

口元に笑みを浮かべながら自分に背を向けて路地裏に入っていく丁寧口調の男に答えるように、掌と拳を勢いよくぶつけて、赤い獰猛な目をフードの中から覗かせながら、その男は笑みを零した。




おまけ風次回予告

???「ギヒヒ。ようやくオレの出番が回って来たな。ったく、なっがい間待たせやがって」

?????「燃えているところ悪いが、お前の出番、次回以降からまた数話ほどないらしいぞ?」

???「はぁ!?どーゆー事だよ!!ここまでやってきたこともまともに見せれなかったのに、この後のオレの活躍まで切るとは何事だ!!」

?????「その辺り色々と都合があるそうだし…取り敢えず出ずっぱりになるであろう俺は次回の準備でもしてくるか」

???「おい、ちょっと待て!ふざけんなぁー!!」

次回『襲撃者』

???「ってことはアレか!?今ここにいるオレが誰なのかも、あいつらには伝わってねーってのか!?ちくしょー!!」

?????「あ、そこはもうほぼ全員が気付いてると思うから心配ねーだろ」
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