キリエは枝川がバーサーカーのマスター人間的な強さが桁違いに強いと話していたのを思い出す。
何もかもがあやふやな自分と比べて、彼女の信念の強さは比べるべくもない。目の前少女が向ける視線は軽蔑ではなく、憐れみ。心が折れる音が聞こえる。
少女はセイバーへと目を向ける。
「ねえ、あなた」
その声はまるで迷える幼子に語り掛けるかのように優しい。
「そこのマスターを捨てて私につかない?」
「…」
声を上げようとするが、しかし喉が詰まる。
ここで声を上げなければ、せっかく手にしたチャンスは塵になるというのがわかっているのに。
やがて、セイバーは口を開く。
数十分前。
キリエとセイバーは監督役にアーチャー陣営の存在を確認したことを話したのち、神宮周辺を歩いていた。ちょうど昼ということもあって、食事がてらキリエはセイバーに話しかける。
「セイバー、今話しかけて大丈夫か?」
「勝手に話しかけてくるのがお前だろう」
いつも通り、つっけんどんな返し。
「俺は今までセイバーのことを理解しようとしてこなかった。ごめんなさい」
「それで?」
彼女はスパムの挟まったサンドイッチ(このパンは流石にキリエの持ってきたものだ)をつまらなさそうに口に投げ入れる。そのことに自らへの微かな失望を覚えつつ、キリエは話を続ける。
「これからお前の持っている願いや、そこに至るまでの人生、それから他の事…。つまりはセイバーのすべてを理解したいんだ」
言い終わってから、まるで告白をしたかのような己の発言に顔を赤らめる。向うもそれに気づいていたらしい。無論、まだその気はない。
「告白としては50点だな。単位は上げられない」
「や、そんなつもりじゃないんだぜ」
慌てて否定するが、吐いた唾は呑み込めない。それに、アーチャーに指摘された通りキリエがセイバーの生き様に憐憫を抱き。一目で惚れ、そして憧れを抱いたのは事実なのだ。
彼女は目の前の十近く年齢の離れた少年を呆れたように見る。
「あの怪しい神父と弓兵に何を言われたかは知らんが。私とお前は会ってまだ一日と少ししか経っていない」
その割に結構な時間が経っているような気もするが、それだけ聖杯戦争という舞台では濃密な空気が流れているということだろう。
「そんな相手に対して好きもクソもないし、あったとしたら一時の気の迷いだ。その迷いを正すためにも、お前の努力は当然のことだ」
「そっかあ」
かなり遠回しにフラれたことを理解すると同時に、自分の努力するという決意すらも当然と言われてキリエはガックリと肩を落とす。セイバーの言っていることが正鵠を射ている故に、余計に心のヒビを大きくなる。
「まあ」
流石に言い過ぎたと思ったのか、セイバーは口を開く。
キリエはセイバーの言葉を聞くことはない。
「やあ、久しぶり」
穏やかな笑みを浮かべるライトと、その側にいるキャスター。それから。
「そこの貴方。貴方はこの戦争の参加者かしら?」
筋骨隆々の男を従えた赤い少女。確か枝川によるとバーサーカーとそのマスター、アリスだったか。やや緊張しながらも、キリエはそうであると答える。
「ふうん。やっぱりあのエセ神父の言っていたことは間違いだったのね。とはいえ、ここまでなよなよした男だとは思わなかったけど」
「面白い冗談を言うんだな、おねーさん」
アリスの軽い挑発をキリエは冗談ととったようだ。ライトも、どこかひきつった笑みを浮かべる。
「さて、私は貴方に一つ聞きたいことがあるの」
「おっ、なんだぜ?」
ライトとキャスターはアリスの丁寧な対応を訝しむ。彼らのアリスとの初接触は戦闘になりかねない、危ないものだったということを差し引いても、違和感がある。
「最優のセイバーを従えるマスター。貴方の願いは何かしら?」
アリスは一つの懸念があった。バーサーカーは果たしてセイバーに勝てるかということだ。これは実際に会ってみなければわからないが、正面からの殴り合いは令呪の画数に劣るこちらが不利であろう。そして、その疑念は直接目にしたことで確信へと変わった。
目の前の白亜の騎士はステータスだけでもバーサーカーをはるかに凌駕する能力なのだ。キャスターの助力次第では勝てるかもしれないが、しかし彼女が対魔力を貫通できるような能力を持っているようには思えない。
ならば、セイバーを取り込んでしまえばいい。その上でまずキャスターを始めとする他のクラスを潰し、適当なタイミングで裏切っておけばいい。そう考えたのだ。
だから、どんな答えが返ってきても適当に肯定して、同盟を結ぶ…。
つもりだった。
「…」
目の前の少年は下をうつむいたまま答える気配がないのだ。
「キリエ、どうしたんだい?」
奇妙に思ったライトが、心配そうに話しかける。とはいえ、彼もまともにキリエの願いを聞いていないから、何とも言えない。
どれほどの時間が経っただろうか。漸くキリエが口を開く。
「俺には、戦争にかける願いはないぜ…」
項垂れながら、キリエは願いを話す。
彼は確かに恋人がほしいといった。だが、すぐ覆してしまえるような願いを聖杯戦争で賭けていいものだろうか?きっと、違う。
「じゃあ、貴方は何をモチベーションにこの戦争を戦っているの?」
アリスのシンプルな問いかけ。
「それは…」
すぐに答えを出せない。セイバーの終末のやり直しという願いを捨てさせ、一人の女性として生きてもらうこと。それが当座の目標なのだが、しかしそれを頭ごなしに否定するということは傲慢であり、相手への理解を捨てることだとさっき気づかされたばかりなのだ。
「キリエとか言ったっけ?」
アリスは感情を感じさせない声音で話す。当然、答えは返ってこない。
「その態度は正直許せない。貴方は他の人の願いを踏みにじっている」
「アリス、流石にいいすぎじゃないかな?」
「悪いけど黙っていて」
アリスは止まらない。
「それは、貴方のサーヴァントの願いすらも踏みにじっている。正直、可哀そうよ」
「…わかっているぜ」
「わかってない」
一刀のもとに言葉を切り捨てる。彼女はセイバーの方を向き、口を開く。
「ねえ、あなた」
キリエは背中にぞくりと、冷たいものを感じる。
「そこのマスターを捨てて私につかない?」
これは、アリスなりのセイバーに対する慈悲なのだ。サーヴァントは自らの願いと共に契約者の願いを叶えるためにも戦っている。それゆえ、キリエのようなふざけた人間が戦争に参加するのは彼女からすれば信じられないのだ。
もっと切迫していて、勝つ願いを叶える意志を持つ人間がセイバーと契約したほうが、例えその結末が悲劇だとしてもはるかに良い。
より簡単に言うならば、みんな遊びでやっているのではないのだ。
「断る」
セイバーはアリスの申し出を一蹴する。
「あら、なぜ?」
想定していなかった回答にアリスは首をかしげる。セイバーはアリスに話しかける前にキリエに向き合う。
「お前はいつものようにあのお茶らけた態度でいろ」
「セイバー」
声がやはり詰まる。アリスの指摘が来るまでは、それでも何とかやっていけると思っていた。だが、あそこまで核心を突かれたことを言われては、もう駄目だと思ってしまう。
けれども、セイバーはいつもの低い声とは違って、どこまでも優しく話す。
「どうしようもない奴だが…。胸を張れ。男らしく、堂々としていろ。お前は私の認めたマスターなのだから」
そして、セイバーはアリスの方へ一歩踏み出す。
「まあ、今の話が私の理由だ。そうでなくても、お前の様な強者についてバランスを崩すのは私の本意ではない」
「私からすれば、そこの男の方が無意識に弱者を踏みにじる強者のような気がするけどね」
二人は向かい合う。
「いずれにせよ、そちらが何と言おうと主を変える気はない」
「うーん。でも私としては、貴女が欲しいのよね」
セイバーは目を細める。
「では、如何とする」
「...あまり、手の内は明かしたくないし、荒事を起こす気もなかったんだけどね」
セイバーは、アリスの周辺に違和感を覚える。
ガラスの割れる音が聞こえる。
「虚偽、虚実、そしてお前は…偽物」
「私のマスターを狙わない辺り、礼儀は弁えているようだな」
「マスターを殺したりしたら、本気を出してきそうだから。まあ、でも、こっちも本気を出
していいのよ?」
セイバーは近くのどこからか転移し、後ろから殴りかかってきたバーサーカーの腕をつかむ。バーサーカーはそのまま彼女の腹を軽く蹴り、避けた隙を見て間合いから離れる。
「アリス、何やっているんだい!?」
「私は勝利のためなら誰彼構わず利用する。それだけよ」
実のところ、アリスは先ほどまで戦う気がなかったのは真実なのだ。だが、仮にセイバーを奪えれば、勝利には大きく近づく。そして、今現在マスターたるキリエは非常に心理的に不安定だ。判断ミスは当然あるだろうし、勝てる確率は高い。そう踏んだのだ。
そんなアリスの思惑をよそに キャスターは一つ考え事をしていた。
「これでは、かなりの被害が出てしまいますね」
「そんなことを言っている場合じゃないだろっ!」
ライトは怒鳴る。結局、彼もこれが戦争であること、そしてサーヴァントの超常的な力を理解していなかったらしい。
だが、しかし。
「それでこそ私の救世主です」
キャスターは薄く微笑み、手をパン、と叩く。すると、品川のときと同じように、あの白い大聖堂が不完全な形ながらも出現する。
「ライト、私も被害を最小限に抑えたい。二人を抑えるのはともかく、神宮に被害が及ぶのは防ぐことはできるでしょう」
本音を言えば、こちらに累が及ぶのも嫌だが、それを言えばライトは自らを犠牲にしてでも二人を止めに行きかねない。
「キャスター…。どうすればいい?」
ライトは心底悩ましげに話す。キャスターはアリスがこちらを見ていないことを確認してから、ライトに耳打ちする。彼は驚愕の色を隠さないが、しかしややあってから同意する。
そして、キャスターは大声で通告する。
「アリス様…。誠に残念ですが、我々は同盟を破棄し、中立の立場を取らせていただきます」
些末なことかもしれないが、キャスターはあちらが上の同盟はさっさと破棄してしまいたかったのだ。二人と救世主は必要なく、人として彼より上の存在はいてはいけないのだから。
「それは残念」
アリスは裏腹に、何でもないかのように話す。
「それとも。貴女を土産物にした方がよかったかしら?」
どのみち機を見てキャスター陣営を裏切るつもりだったのだ。先に殺しておくべきだったのかもしれない。
キャスターは涼やかに受け流す。
「同盟は元よりセイバーへの相互防衛協定…。どのような形であれ、セイバーと手を組もうとしたのは信義に反します」
アリスの心は強く、それでいて勝ち抜くだけに十分な賢さを持っている。まずかったのは、先走りすぎたことだけだ。
そして、キャスターはその隙を見逃すほど馬鹿ではない。
「もし、そちらが我々に攻撃をするならば、協定が破られた以上、こちらがセイバーと同盟を組んでもいいのですよ?」
無理やりサーヴァントを奪おうとしたバーサーカー陣営と、庇護を求めるキャスター陣営。どちらが心証がいいかと言えば、後者だろう。
アリスからすれば困った事態だが、しかしセイバー陣営としても事情は同様であった。セイバーは、枝川に話した通り、キャスターを奸物と見ている。彼女の啓示はそんなことはないと告げているのだが、しかし鳶に油揚げを攫われるような気がしてならないのだ。
「さて...どうしようか」
「戦ってもいいわよ?」
「ふふ...。我々としては高みの見物としゃれこみたいところですが」
女たちは睨み合う。
「おやおや。これは中々剣呑な状況ですね」
三者の均衡は柔らかな男の声によって破られる。
銃を構えた黒服の男達と彼らを率いる、鼠色のスーツに身を包んだ壮年の男性。側にサーヴァントは見えないが、やけに落ち着き払っている。
「誰よ、あんた」
真っ先に口を開いたのはアリスだった。男は、折り目正しくそれに挨拶を返す。
「申し遅れました。私はランサーのマスターの志村敏三と申します。どうか、お見知りおきをお願いします」
志村は護衛達に一旦銃を下すように指示を出す。護衛達は、ためらいながらも彼の指示に従う。
「私としては、同盟を探しに来るついでに神社観光に来たのですが…。この状況では全員と同盟を組むのは無理ですね」
彼は微笑を浮かべる。その笑みは成程、上に立つものらしく威厳を感じさせつつも、周囲を安心させるものだ。
「…私は陣地をここに作る予定ですので、同盟を組むのは難しいですね。とはいえ戦う気はありません」
キャスターは志村から自分と似たような匂いを覚えていた。無論、知力で負けるとは露ほどにも思っていないが、しかし対魔力持ちであるランサーに裏切られた時が怖い。その上、霊脈はやはりここが一番いいのだ。
ライトは残念そうな顔をしていたが、こればかりは仕方ない。とりあえず、彼が友好の意を示す程度で今は十分であろう。その間に、他陣営、例えばバーサーカーとセイバーが勝手に食い合ってくれるだろう。
「おやおや。私は貴女ととても仲良くできそうな気がしたのですが。…特に、力がない故に、権威から嘘まで使えるものありとあらゆるものを利用する態度が」
志村は大笑いする。
キャスターは無表情であり、ライトは訳の分からない様子だった。
彼は次にバーサーカーの方を見る。バーサーカーは嘘という言葉に反応したが、問題はアリスである。
「勝利のためなら誰彼構わず利用する。私もそうしたから、全面的に貴方に同意するわ」
「それはうれしいですね」
バーサーカーは未だ、敵かどうかなどと呟いている。それ以外は波を打ったかのように静かだ。
局外中立を宣言しているキャスターはともかく、全力で戦えないセイバーからしたら、心臓(すでに死んだ身故そんなものはないが)に悪すぎる状況だ。
アリスはそんなセイバーの心中を看破しつつも、一つの決断を下す。
「でもね。それは自身の弱さを証明することでもあるのよ」
「つまり?」
「正直、貴方は強そうだし嫌いじゃないわ。けど、その時点で敵よ」
それこそが、キャスターに対しても高圧的に出ていた隠された理由。勿論、彼女も同盟を組むことの重要性を分かっている。分かっていて、敢えて組まないのだ。
孤独ではなく、孤高。
その気高さが、彼女の弱さであり、強さでもある。
志村は残念そうに首を振りながら、最後にセイバーを見る。
「同盟を組みたい」
今までのセイバーの発言からすれば、違和感がある。しかし、ここで重要なのは戦闘を回避することだ。そのためには自分の主義主張を捨てることなど容易いことだ。
「貴方は”流れ”がわかる方だ」
志村は相手に断ってから一瞬スマートフォンを見る。ランサーから送られてきた女と少年の画像と同じだ。彼からすれば、ある意味本命を射止められたことになる。彼らをそう簡単に手放すわけにはいかない。
「…アサシンのお嬢さんみたいに、急に背中はとらないでくださいね。正直今もドキドキしているのです」
遠回しに裏切らないように要求をする。
「私も」
セイバーは、未だ暗い顔のキリエの方を見る。
「マスターもそんなに器用な真似は出来ない」
キリエにそういう器用さがあったらもう少し楽ではあったな、と思う。しかし、それが出来ない弱さあるいは善良さが彼の長所である。
そして、それはセイバーがかつて守りたかった人々の姿であり、彼女がキリエをマスターとして認めた理由なのだ。
「それで、そちらの目的は?」
「ここで話すのは何ですねえ。できれば、安全な場所に言って話したいものです。…無論、相手が仕掛けてきた場合はその限りではありませんが」
彼はちらりとアリスを見る。
「ここは引くわ。…いつか戦いましょう」
彼女はそう言って、神宮を去る。捲土重来を期して、とりあえずは引いたということらしい。
「では、我々もこれで」
志村も神宮を去り、セイバーもそれに続く。
斯くして、神宮での戦闘は煮え切らない結果で終わった。
火種は撒かれたが、まだ着火はされてない。
神宮での接触は表面的な結果を見ると、セイバーとランサー陣営が利益を受け、バーサーカー陣営が一番損をしたように見える。
だが、キリエからすると敗北したのは彼であった。自らに参加する権利すらないと喝破された以上、そもそもここにいていいものかどうか悩んでしまうのだ。
「どうしましたか?セイバーさんが心配していましたよ?」
「…志村さん」
志村はどこからか見つけてきた缶コーヒーを投げて渡す。
「大体の悩みはコーヒーを一杯飲む間に解決するものです」
実のところ、志村はなぜこのようなことをしているか自分でもわからない。彼が敵に優しくするとするならば、それは偽善だ。しかし、彼は今心からの善意で動いている。
よもや、目の前の少年に心動かされるものでもあったというのだろうか?
「俺は、この戦争にかけるべき願いはない。ないのに、参加してしまったんだぜ。降りたほうがいいんだろうか?」
キリエは笑顔だが、いつもと違って陰のある笑みだ。志村はキリエがコーヒーに口をつけるのを待ってから、彼も一口飲み、そして話し出す。
「セイバーは何と?」
「彼女は、俺を認めてくれるって」
「なら、簡単です。貴方はこの戦争を降りるべきでない」
キリエの目が見開かれる。
「彼女がマスターと認めたのは貴方だけなのです。その意味を軽くとるべきでない」
「けれど…」
志村は彼の言葉を待つ。こういう時は自分の意見を押し付けるよりも、相手の意見を注意深く聞くことこそが時として重要である。
「願いもない人間が、他者の椅子を奪っていいのか?」
それはアリスから突き付けられた問い。
客観的にこの状況を見ると、願いを持たないということを平気で言ってしまう人間が優勝に近い位置にいる。命がけで願いを叶えに来ている人間からすれば、冗談ではない話であろう。
志村は少し考えるそぶりを見せてから、一気に彼の意見を話す。
「変な話ですが、それでも貴方がここにいることは、ある種の理由というか必然に依るものだと思うのです」
「なぜ?」
「貴方はアリスさんの様に戦いに貪欲になれないかもしれない。ですが、貴方にしかできないことも確かにあるのです」
否定ではなく、肯定。
「見たところ、セイバーさんは願いを叶えるのに必死だ。それは一方で、切羽詰まり、視点が極端に狭まっていることを示しています」
そうした人間は救いの手が近くに在っても、気づかないことや方向転換を考えられないことが得てしてある、と志村は続ける。
「だからこそ、貴方のような余裕のある人間による理解が必要なのです」
「今、余裕があるように見えるか?」
「少なくとも、他人様に相談できる程度には視点は広い。そして、自分の願いについて考えないで済む分、他者を慮る余裕はあると思いますよ。…まあ、つまりはセイバーさんを救えるのは貴方だけですし、それだけで戦争に参加する理由はあると思いますよ」
ここでキリエも余裕と自分を失う様ならば、他の陣営に負けるか空中分解して終わりだ。
それは、いささか寂しい結果ではないだろうか。
そこまで考えて、志村は思わず苦笑する。本当に勝つならば、ここで彼を追い詰めるのが正着だ。焼きが回ったらしい。
「セイバーを救う…」
自分のためでなく、他者のためにこそ戦う。志村の言葉は、乾いた砂地に降る雨のように、キリエの中に染み込む。
「志村さんは、何のために戦っているんだ?」
だが、まだその言葉を咀嚼し、飲み込めるほど彼の迷いは浅いものではない。
それゆえ、キリエは志村に尋ねる。
「私は武器商。一心不乱の戦争が起きることを求めています」
先ほどの温和な表情のまま、人品を疑われるような回答を彼は迷いなく、堂々と宣言する。
「それは」
キリエは困惑の意を述べようとするが、それは志村によって遮られる。
「糾弾は喜んでお受けします。そして、裏切りも戦争に在っては当然のこと。…ですが、私は自ら進んで悪を選びました。そのことに誇りもある。その誇りは否定しないでいただきたい」
「…辛くはないのか?」
キリエからすれば、悪を選ばざるを得なかったということは茨の道の様に思われるのだ。
志村は笑い飛ばす。それが全てを雄弁に物語る。
「戦争においては迷うことは当然です。ですが、いつかは選ばなければならない。…だから、せめて貴方も自分の意志で選ぶべきでしょうね」
志村は缶をゴミ袋の中に入れ、立ち上がる。そろそろ仕事に戻る時間らしい。キリエも慌てて立ち上がるが、まだ休んでいていいと言われ、そこに留まる。
入れ違いになるように、緑のジャケットの女性が舞い込んでくる。
「おい、落ち着いたか?」
「うん、大分落ち着いてきたぜ」
セイバーは彼の隣の埃っぽい鉄骨に腰掛ける。
「セイバーから見て、志村さんはどう見えるんだぜ?」
キリエから見た志村は極めて大人の人間だ。汚いこともやるが、それでも前に進んでいく強かで賢い男。ある意味で仕事人の理想形だろう。
「悪党だが、信用は出来るな」
どこか、苦々しげに話す。直情的な彼女からすると、苦手なタイプなのかもしれない。
キリエは、そっかあ、とだけ言って立ち上がる。
「そろそろ行くぜ」
「本当に大丈夫なのか?」
キリエは力強く頷く。あたかも、頭の中にかかった靄を振り払うかのように。
「そろそろ、覚悟を決めなきゃいけないから」
誰かを救うにせよ、自分のために戦うにせよ、ここは戦争だ。戦う覚悟はそろそろ持たなければならない。そうして、初めてアリスや、ライト、志村、それからセイバーと初めて対等の位置に立てる。
「さあ行こうぜ」
「ああ」
「アヴェンジャーを倒しに」