Fate/abnormalize   作:Zinc3125

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固有結界の外にいるサーヴァントを令呪で転移できるかどうか調べたのですが、明確な回答はありませんでした。
本作では、固有結界の外にいると無理という解釈を取ります。

間違っていたら、申し訳ございません。


二日目 夜:悪路桜

 空が暗い。

 だが、先ほどまでの空と違って星は瞬かず、ひたすらに暗い夜闇が広がっている。そして、その下には微かに桃色に色づいた大地が広がっている。

 キリエは地面に違和感を覚え、白いそれを掬い取る。

「わあ…」

 それは、桜の花びらだった。雪のように積もり積もったそれは、しかし掬い取ると直ぐに腐っていく。思わず花びらを投げ捨てるが、茶色く変色したそれは瞬く間に白く塗りつぶされていく。

 上を向く。

「…信じられないぜ」

 そこには、人の一抱え以上ほども太い、枝垂れ桜が鎮座していた。桜は花を咲かせては、散らし、蕾をつけ、そしてまた花を咲かしていた。

 そして桜吹雪の前、アヴェンジャーと鈴原が佇んでいる。

「流石に魔術師には呪詛の危機が少し薄いか」

 そこまで言われて、キリエは初めて息苦しさと体のだるさを自覚する。

「お前もか」

 セイバーが姿をどこからか現す。徐々に体を蝕まれる感覚はどうもサーヴァントでも同じらしい。

「志村さんは、どうなんだぜ?」

 セイバーは深刻そうな顔で、指し示す。そこには、ゴホゴホと苦しそうに咳をする志村の姿があった。彼の護衛も大部分が同じだ。中には血を吐いているものまでいる。

 キリエは志村に駆け寄ろうとするが、彼は問題ないというジェスチャーを出す。

「これは、固有結界。…恐らくは魔力がない人間だと一発で死ぬ類の」

「ご名答。我とかつて北の大地に生きた人間全ての呪詛を込めた固有結界、”悪路桜”だ。桜の花びら、一片全てに我らの呪詛がこもっている」

 苦しそうにせき込みながら話す志村に対して、アヴェンジャーは答える。

「これが、固有結界…」

 固有結界。曰く、魔法に最も近い魔術。術者の心象を以て世界を塗りつぶす禁呪であるという。当然それを使える人間は少なく、サーヴァントであってもそんなに数は多くないのではないだろうか。

「この場では、汝の槍兵の攻撃は届かない。そして、剣士、貴君も決して無傷というわけにはいかんだろう?」

「…」

 セイバーは黙ってこそいるが、アヴェンジャーの指摘通りだ。白熱するエネルギーを放出して志村や自分、そしてマスターに降りかかる花びらを焼き尽くしているが、それでも呪詛の完全な無効化は難しいだろう。

「…それでも数分間もすれば、この空間は崩れるぜ。それに、鈴原さんも無傷じゃ済まない」

「おいおい、僕が何の対策もなしに、ここに立っていると思っているのかい?」

 鈴原は至って平然としている。痩せ我慢をしている風でもない。

「それに、数分もあればセイバーはともかく、君らの命を奪い去るには十分だね」

 これもまた事実である。そして問題なのはこんなにも不利な状況でアヴェンジャーを倒さなければならない上、勝利したとしても志村が脱落する可能性が高い。

 無茶苦茶だとキリエは思う。

「これは冥土へと旅立つ貴君らへの、我なりの敬意だと思ってくれ」

 アヴェンジャーは静かに語り掛ける。

 応えるものはいない。士気もクソもない。

「冥土?」

 しかし、セイバーは呟き、剣をアヴェンジャーに突きつける。

「寧ろ、お前たちをそこの木の下に埋めてやろう」

「…そうだぜ」

 キリエも一歩前に出る。

「悪いけど、俺もセイバーも死ぬわけにはいかないんだ」

 アヴェンジャーは驚いた顔になるが、次には初めて穏やかな笑顔を見せる。

「実に懐かしいな。我が主よ」

 鈴原は何も言わず、ただ俯く。

「貴君がマスターを大切に思っているのと同様、我もその思いは通ずるものがあると存じる。そして、互いに相容れないことも」

「なら、どうする?」

 二人はどちらが言うでもなく、あたかも示し合わせたかのように、互いに向き合う。

「知れたこと」

 アヴェンジャーは改めて八相に大太刀を構える。

「どちらかが倒れるまで、剣を重ねるだけのこと」

 この数分で確実にどちらかが死ぬという予言。

「セイバー、宝具を」

 勝たねばならない。向うが奥の手を出してきているのに、こちらが出さないで勝てると考えるほどキリエは馬鹿ではない。だが、セイバーはゆっくり首を振っただけであった。

「恐らく、この結界は世界を切り裂くような攻撃でしか壊せない。それに、私の宝具は真名解放まで十数秒はかかる」

 それは、斬り合いにおいて首を刈り取るには十分な時間だ。

「お前は、自分と志村の治療に回れ」

「けど」

「時間はない」

 セイバーは既にアヴェンジャーの猛攻の中にあった。先ほどと比べて、明らかに動きが鈍い。キリエは逡巡した後、後ろ髪を引かれる思いで志村の下へと向かう。

 

「志村さん、大丈夫か?」

 キリエは手持ちの触媒を見るが、これだけではどうしようもないということがわかっている。焦りを覚えつつも必死に何とかしようとするが、志村は手で制する。

「キリエ君。君はわかっているでしょう。この状況ではいかな治癒魔術も解呪も意味をなさないことを」

 例え万が一に志村や護衛達の負担をとれたとしても、次の瞬間にはまた呪詛が降りかかる、これでは治療や解呪の意味がない。

 志村はしかし、それでもこの状況を諦めていなかった。

「それよりも、君はまだ動けますね?」

 キリエは迷いつつも頷く。彼は、確かに志村と比べるとまだ症状は軽い。強化魔術を施せばそれなりの動きはこなせるだろう。

「君はセイバーさんの手助けをしなさい」

 呪いを解くには大本を倒してしまえばいい。単純明快な話だ。

 それは同時に志村や護衛を見捨てることと等しい。

「で、でも」

「腑抜けたことを言うな!手前は人を気遣うほどに今、余裕があんのか?」

 どこに、そんな余力があったのかと驚かせるほどの怒声。流石に無理が祟ったのか、志村はまた苦しそうに咳をする。

「…申し訳ありません。大きな声を出してしまいました」

「いえ、大丈夫、です」

 さしものキリエも、志村の剣幕に思わず敬語になる。それを見て、志村は力なく笑う。

「ですが、今私を治療しても意味はない。寧ろ、彼らを一刻でも早く倒して、この場から脱出する方が全員の生存確率は上がります」

 ある種の博打でもある。キリエが返り討ちにされたら、その瞬間ゲームオーバーなのだ。

 それでも。

 志村はキリエに戦うよう言った。即ち、それは彼がキリエの力を信頼していることに他ならない。少なくとも、キリエはそう受け取った。

「死なないでくれよ」

「無論の事」

 キリエは、簡易的な強化魔術をかけ鈴原の方へと一目散に駆けていった。志村はそれを見て、悪いことをしたと思いつつ、誰にも見られないように笑顔を浮かべる。

「…さて。後は運を天に任せるだけですかね」

 

「来たかい、ぬるま湯の君」

 鈴原は嘲弄するように話す。

「なんとでも言えばいいぜ。…俺は鈴原さん、貴方を倒す」

 その言葉に鈴原は、一転して憎々し気に顔を歪める。

「僕はお前が嫌いだ。甘ったれのくせに、その真っ直ぐな自分が正しいと疑っていないその瞳。反吐が出る」

「悪いけど、俺は今までこういう生き方しかしてこなかったんだぜ。だから、鈴原さんの正しいと思う生き方を教えてくれないか?」

 キリエは鈴原の次の言葉を待つ。彼は憎しみの中に、時折数奇な色があらわれることに気づいていた。言葉の用法としては間違っているのだが、腹には苦く、口には甘い巻物の様だ。

 当然、その巻物に何が書いてあるか、彼がただで教えてくれるわけがない。

「知っているかい?僕の授業料はとんでもなく高くつく」

 鈴原は鈍く光る短剣を懐から取り出す。

「悪いけど、俺はそんなに金持ちじゃないんだな。だから、強盗に入らせてもらうぜ」

 キリエは地面を蹴って、殴りかかる。

 

 先手必勝。狙うは彼の右手。

 

 恐らく、鈴原は魔術に精通しているわけでも、超人的な身体能力を持っているわけでもない。ならば、自分の強化魔術で加速した動きを読み切れるわけがない。

 なのに、鈴原は微動だにせず、余裕の笑みすら浮かべている。

「っ!」

キリエは彼に手が届く寸前に違和感を覚え、急いで体をひねる。変な動きをしたせいで、右わき腹に鋭い痛みと右頬からの鉄臭い臭いを覚える。

「今のカウンターを避ける辺り、やっぱり魔術師っていうのは嫌だねえ」

「そっちの体術だか、暗殺術だかわかんない技術も大したもんだぜ」

「そいつはどうも」

 鈴原は血で汚れた短剣を舐めながら話す。彼は碌に魔術が使えず、また代行者のように超人的な動きを出来るわけでもない。それを彼は一撃必殺を旨とした暗殺術と、前回の聖杯戦争の経験で補っていた。並大抵の魔術師には負けない自信がある。

 一方困ったのはキリエである。下手に攻め込めば、体の筋を痛めるだけでなく、それこそ”授業料”を払うことになりかねない。一撃で決めるつもりが、完全に相手に乗せられ長期戦を強いられている。今は強化魔術で何とかなっているが、呪詛が回ってくると勝ちの目は万に一つもなくなってしまう。

「威勢だけかい。…残念だ」

 鈴原はキリエの懸念をよそに攻勢に出る。彼の短剣術はそこまで精緻というわけではない。元々一発で決める類の技術しか習ってきていない彼に、いわゆる戦闘技術を求めるというのは酷だろう。

 にもかかわらず、彼がキリエに対して優位に立っているのは武器を持っている故のリーチの長さと、そしてもう一つ。

(当たれば、死に直結する…!)

 今も神代の呪詛を身に受けながら、一方で殺し合う。いうなれば、毎ターン最大HPが削られ続けている状況で戦闘を行っているのだ。例え、ナイフが急所を外れても、体力の消耗はいつも以上に厳しいものになるだろう。実際、既にキリエは徐々に息があがり始めている。

 突如として、鈴原の乱撃が止まる。

 

「さっき、君は僕に”悪”とは何かを聞いたな。逆に、なぜ君は戦う?少なくとも、命を賭して戦う理由はないだろう?」

 

 一瞬、何かの罠かとキリエは疑う。だが、鈴原が動かないのを見て、彼は答える。

「…まだ、はっきりしたことは言えないぜ。けれども、確かなのは。セイバーの泣くところは見たくないんだ」

 鈴原は小馬鹿にしたように笑う。

「あの、阿弖流為と互角に打ち合える女が?どう見ても、泣くようなタマに見えないね」

「あいつは泣いてるぜ」

 キリエは口の中にたまった血と唾を地面に吐き捨てる。

「いつだって」

 鈴原はまたも顔を歪める。先ほどの笑顔は無理して作り出していたものであったらしい。

「…美しい愛だ」

「そいつは照れるぜ」

 鈴原は短剣をキリエに突き付ける。

「けれども、それは僕には不必要なものだ。…だから、僕は君を殺す」

 彼の目を見るに本気らしい。それに、キリエとしても今ので息を幾分整えられたが、それでも全力で戦えるのは十数秒といったところだろう。

 桜吹雪の中、鈴原が剣を構えて突進してくる。白く霞む視界の中。しかしキリエは、それを避けなければならない。

 

 桜が赤く染まる。

 

「キリエっ!?」

 セイバーはアヴェンジャーの剣戟をも気にせず、叫び声を上げる。

「これで、僕の勝ちだね」

 鈴原の剣がキリエの左脇腹に刺さっていた。急所こそ外れており、キリエは彼の右腕をつかんでいるが、しかしすぐにも振り払われかねない。

「本当に勝ったと思ってるのか?」

 キリエは、青ざめた顔で歯を食いしばって右手を振り上げる。

「俺は強化魔術を足だけでなく、腕にもかけた。これで殴れば、頭は吹き飛ぶぜ」

「っ!」

 鈴原は剣を引き抜き、距離を取ろうとする。だが、キリエの最後の力で握られた右腕が抜ける気配はない。

「さよなら、だぜ」

 キリエは右腕を振り上げ、鈴原のこめかみへと照準を当てる。

(ああ、そうか。悔いはないが…。アヴェンジャー、みんなごめん)

 アヴェンジャーの声も、何もかもが遠くに聞こえる。一人鈴原は目を閉じ、ただ静かに死を待つが。

 一向に、痛みが走る気配はない。それどころか、右腕にかかっていた力が抜ける感覚すら覚える。

(どういうことだ…?)

 鈴原は目を開ける。

 そこには何もかもが限界に達し、もはや立つことすら難しそうなキリエの姿があった。

 鈴原が、短剣を引き抜くと鮮血と共に彼は頽れた。

「全く、最後までむかつく奴だ。…だが、最期は一発で終えてあげるよ」

 剣を心臓に向けて、彼は振り下ろす。

 

「さて、若人にばかり働かせるのは悪いですからね。少しは仕事をさせていただきます」

 

 突如として乾いた銃声と共に鈴原の右手から血が噴き出し、彼はあまりの痛みに剣を取り落とす。落とした際に、キリエの肩を切り裂いたが、幸い傷は浅いようだ。

「な、に…?」

 鈴原が事態を飲み込めず、立ち尽すが更に彼の右肩と左腿に銃弾が撃ち込まれ、彼も頽れる。

「セイバーさん、今です!」

「あ、ああ。感謝する」

 セイバーは鈴原の救援に向かおうとしたアヴェンジャーを掴んで背負い投げし、馬乗りになる。こうなっては、セイバーが弱体化しているとはいえ、抜け出すのは難しいだろう。

 志村は埃を払って立ち上がり、護衛にキリエの手当てに向かうよう指示する。

「そちらの視線がこちらから外れ、そしてキリエ君が射線から外れるまで時間がかかりましたが…。とりあえずは、良しとしましょう」

「貴様は、やはりとんでもない狸だな」

 そうでもないと、志村は咳払いしながら話す。呪詛が体に回っていたのは事実のようだ。サーヴァントがいないゆえに、寝首を掻くタイミングを待っていたということか。

「さて、アヴェンジャー。現下の情勢が、こちらにとって圧倒的に優勢なのは御分かりですね?」

「…認めたくないがな」

 アヴェンジャーは忌々しげに話す。

「ですが、我々としては鈴原さんの命は助けてあげてもいいと思っているのですよ」

「阿弖流為、そいつのいうことを聞くな!」

 全力で戦ったうえで負けるならばともかく、こんなだまし討ちの様な敗北は認められない。鈴原は右手を抑えながらも大声を出すが、志村の護衛に銃をつけられている以上出来ることは殆どない。

 志村は朗々とアヴェンジャーに話す。

 

「令呪をすべて消費させたうえで、貴方の自害が条件です。それさえ飲めれば、鈴原さんはご助命しましょう」

 

 阿弖流為は思案する。まず、この状況で勝ちを狙えるかどうかだが、これは無理だろう。下手な動きをすれば首を刎ねられる。となれば、より良い条件で負けることが重要だが、そも、彼にとってより良い負け方とは何か?

 身売りして生き残ることではない。それは彼のプライドが許さない。

 だが、鈴原はどうか?彼も恐らくはこのままでは死を選ぶだろう。けれども。

 阿弖流為は知っている。鈴原が全ての仲間を失い、運命に裏切られ、自らを偽ってまでそれに挑み続けてきたことを。

 そして、その生き方を止めなかった自分にも彼の不幸の責任の一端があることを。

 そろそろ、彼の肩の重荷を下ろす時間なのだろう。

「ランサーのマスターよ。その条件を飲む」

「阿弖流為、ダメだ。そいつの言うことを聞いたら」

 阿弖流為は鈴原の叫び声を聞いて微苦笑する。ただで飲むわけがない。

「だが、我が主は汝ではなく光の王とその主に引き渡す」

 これだけは譲れない。

「理由をお聞きしても?」

「知れたこと。汝は賢く、倫理より合理を優先できてしまう人間だ。そんな男が我が主をずっと生かしておくとは思えん」

 志村はそれを聞いて苦笑する。実際アヴェンジャーの言う通りなのだ。鈴原から前回の聖杯戦争や彼の言うところの”悪”、そして他陣営の情報を聞いて後は殺そうと思っていたのは事実。

「我々に条件を飲む理由がありませんね」

 実のところ、志村は先ほどの条件を出さずに二人とも殺すのもやぶさかでないと思っていた。条件を出したのは単純に自分が少しでも有利になればいいという打算からだ。相手はたまたま紛れ込んでしまった一般人ではなく、敵、それも非合法的に参加した人間だ。その上、魂喰いをやらかそうとしたという罪状もついている。

 天枯は自分のことを善人だと言いたげだったが、何のことはない。社会秩序から逸脱しない人間と自分の身内だけに優しいだけなのだと思う。

 そんな彼の思考を少年の声が横切る。

「…志村さん。どうか、アヴェンジャー、いや阿弖流為の願いを容れてくれないか?」

 息も絶え絶えにキリエが話す。彼はどこまで行っても甘い人間だ。さっき、鈴原と戦ったとき狙ったのは右手であり、殺されかかって漸く彼の頭を潰す覚悟ができたほどの。

 そして、今自分を刺した人間の助命嘆願を行っている。

 無論、思うところはあるが、それでも彼は阿弖流為の最期の想いを理解してしまったのだ。ならば、それを聞き入れないのはあまりにも残酷なことのように思う。

「…キリエ君の言葉に免じて、聞き入れましょう」

「感謝する」

 組み伏せられたままだが、阿弖流為は深々と頭を下げる。それを見て、鈴原は暴れだす。

「おい、僕は認めないぞ。最後まで戦うぞ、阿弖流為。まだ、令呪もあるし、それに」

「我が主よ。我は民を守り、そのために首を差し出した英霊。同じ最期を迎えることに何の悔いもない」

「待てよ、僕は納得してないぞ!」

 あまりにも騒ぎすぎたため、護衛は銃を押し付ける。だが、それでも彼は叫ぶのをやめない。

 そんな鈴原に、阿弖流為はあたかも古い友人のように言葉をかける。

「復讐をやめろとは言わない。だが、生きてそれを見事成し遂げ、そして幸せな人生を歩め。…そして、我のことをたまに思い出してくれると嬉しい」

 その顔は地面に押し付けられ見えないが、言いたいことを全て言ったようであった。彼はセイバーに合図を送る。

「.貴君、我が主を頼む」

「言い残すことはそれだけか」

 セイバーは少し抑える力を緩め、アヴェンジャーの態勢を整える。彼が暴れたり、逃げ出したりしないか警戒するが、その様子はない。

「そうだな。貴君は我と同じ轍を踏むなよ、とだけ」

「…承知した。その言葉、肝に銘じる」

 

 剣は振り下ろされ、英雄の首が桜の木の下に転がる。

 

「っっぁぁああああっ!」

 鈴原の慟哭が響き渡るも、すぐに護衛が彼を気絶させる。

「後で令呪は奪っておけ。対象二人を回収した後、霞が関に撤収する」

 志村は簡潔に指示を出し、結界が壊れていく様を見ていく。

 壊れても、同じ夜闇が広がっているだけなのだが。

「世話になるな」

 キリエを背負ったセイバーが話しかけてくる。

「いえ、この程度問題はありませんよ」

「…ランサーと連絡を取らなくていいのか?」

「まあ、問題ないでしょう。向うでもこちらの存在を視認している頃でしょうし」

「そうか」

 戦いの後の疲労。それはどうしようもなく、覆いようもないものだ。志村や護衛達は動けてこそいるものの、明らかに反応が鈍く、キリエに至っては結界が解けた瞬間気を失ってしまった。

 セイバーの消耗は比較的軽いが、しかし万全とは言えない。

 しばらくして、護衛達がこれまた気絶した恐山と天枯を連れてくる。

 

 ぽつり、ぽつりと静かに雨が降り始める。

 

「さて少し冷えてきましたし、そろそろ我が霞が関ホテルにご案内しましょう」

 志村はセイバーたちを先導して歩く。

 

「…先に行っていてくれ」

「何か、忘れ物ですか?少しなら、ここで待ちますよ?」

「いや、先に行っていてくれ。すぐ追いつく」

 志村は怪訝な顔をするも、承知したようで歩き始める。

 セイバーは志村とある程度距離が離れたことを見て、崩れかけた赤い門に向き直る。

「人を背負っている上、私自身は無宗教者だからな。略式で勘弁してくれ」

 セイバーは黙祷を捧げ、そして十数秒後には志村を追いかけていた。

 

 後には、季節外れの桜の花びらが一片舞っていた。

 




クラス:アヴェンジャー

真名:阿弖流為・オルタあるいは悪路王
古代の鎧に身を包み、大太刀を持つ鬼

ステータス

筋力:A
耐久:A++
敏捷:D
魔力:C
幸運:D
体力:35

クラススキル

復讐者:A

忘却補正:A
人は忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。朝廷からまつろわぬ民として扱われ、果てには自らの存在を歪められたことを決して忘れない。
ゲーム的には”同盟を組んでいない場合、自分の筋力・耐久・敏捷・魔力・幸運を2ランク上げて扱う”効果。

自己回復(魔力):B

保有スキル

心眼(真):C
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
ゲーム的には物理攻撃に+3、物理・魔術防御に+2する効果。

無辜の怪物:A
生前の行いからのイメージによって、後に過去や在り方を捻じ曲げられ能力・姿が変貌してしまった怪物。本人の意思に関係なく、風評によって真相を捻じ曲げられたものの深度を指す。このスキルを外すことは出来ない。
阿弖流為は悪路王と関係のない人物だったが、しかし後世の風説などで結び付けられてしまった。それゆえに、このスキルを高ランクで保有する。
ゲーム的には先手判定と物理攻撃時、ダイスの面数を1増やす効果。

宝具

悪路桜(種別、固有結界):A+

魔術攻撃時に相手前衛全てに攻撃でき、補正値10を得る。この攻撃で相手はダメージを受けず、代わりに交戦フェイズ終了時まで「呪厄」状態異常を受ける。

「呪い」:交戦フェイズ終了時まで、筋力・耐久・魔力が2ランク低下し、行動終了時に(2d6)ダメージを受ける。体力は耐久が下がった分低下するが、呪いのダメージによって体力は0にならない。


執筆者からのコメント
セッションの丑御前と入れ替わる形で作ったサーヴァントです。かっこいい武人キャラと桜舞い散る夜闇の中での戦闘を書きたくて作りました。
セッションだとセイバーが無傷で勝利し、しかも鈴原がアヴェンジャーと心中するという最期でした。それはさすがに、寂しすぎるということで執筆者なりにドラマ性を持たせようということで作り出されたのが小説内での鈴原和彦と阿弖流為・オルタというキャラです。
彼らの物語をうまく表現で来ていたならば幸いです。



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