アフリカ出身のライダーには寒さというものは生前縁がなかった。彼はしかし興奮することはない。それに嫌悪感を覚えるほどだ。
「こんなことならば、マスターも連れてくるべきでしたかね」
アカツキがいれば、会話で少しは寒さを紛らわすことが出来ただろう。しかし、今日は彼を吉川の拠点に置いてきた。この分だと雪が降るだろうということもあるし、マスターは人間なのだ。休みはそれなりに在ったほうがいい。それに昨日勉強を始めるよう言ったのだから、それをやらせるのもいいだろう。
「同じ部屋に男女二人。何も…起こらないな」
アカツキはそう言う"交渉"に対して淡白そうだし、吉川はギャグ世界の存在だ。過ちは起きないだろう。
要は、ライダー陣営は平常運転なのである。
だが、平時に置いても人間は小さいことで悩む生き物。偶々小康状態とはいえ、戦時において悩みは尽きない。
「バーサーカー陣営からのアレなあ…」
セイバーのマスターの暗殺。金を受け取ってしまった以上やらざるを得ないだろうが、しかしセイバーを潰したところでバーサーカーがでかい顔をするようになるだけだろう。中途半端にちょっかいをかけると双方から睨まれかねない。かといって、適当な落としどころがあるかと問われれば、そうでないといわざるを得ない。
そんなわけだから、状況に反してライダーは浮かない様子なのだ。
彼は状況を打開するためか、それとも気晴らしなのだろうか、バーサーカーのマスター、アリスについて思いを馳せる。
「彼女は面白い人物なのですが、どうも血気に逸るところがあるのがなあ」
一度会っただけで、彼女の為人を完璧に把握できるほどライダーの洞察力は高くない。ただ三騎士への強い敵意にみられるようにアリスが何かしらの強い信念の下、現状を過激且つ急速な手段で変えようとしていることは明白だ。問題なのはこうした態度が先鋭化していくと、過激で歯止めの利かない事件がまず間違いなく起きることである。
それは、ライダーが生前経験した苦い記憶でもある。
彼は苦笑いする。
「マスターどころか、敵すらも心配するとは…。私も焼きが回りましたか」
緩んでいると思う。
「そろそろ悪魔や食屍鬼よりもおぞましいと言われたかつての姿を見せる頃合いでしょうか―――面白そうな人間も一匹、いや十匹は見つけましたしね」
ハイエナのような笑みを浮かべて、ノート片手に歩き回るサングラスにチェックガラのシャツの男に近づく。他にも気にするべき人間はいるが、彼らは放っておいてもいい。大方、あのランサーのマスターの私兵だろう。いずれにせよ下手に手を出してはいけない人種だ。
それに比べて、目の前の男はあまりにも不用心すぎる。多分、物見遊山に来た魔術師だろう。
「やあ、こんにちは」
男はそれを聞いて脱兎のごとく逃げ出そうとする。だが、それを逃がすライダーではない。腕をつかんで離さない。男は振りほどこうとするも、そこは筋力Aのライダー。人の身で逃げられるものではない。
「私は怪しいものではない」
「いや怪しいですよ。常識的に考えて」
男は引きつった顔で話す。突然女装した黒人に腕を掴まれて恐怖を感じない人間など、皆無に等しいだろう。ライダーはやや手荒だが、近くの瓦礫に無理やり座らせる。
「怖がるのはわかりますが、私の話も聞いてくださいよ。取って食ったりとかは、多分無いですから」
「その言葉自体が怖いんですけど…。まあ、聞くだけ聞きましょう」
男の声は震えているが、テーブルにつかせることはできたようだ。
「まずは落ち着くために自己紹介でもしましょうか。私はライダー。清く正しい騎兵です」
自分でも何を言っているかわからないが、自らを反英雄というほど彼は馬鹿ではない。バビロンの大淫婦と呼称されるサーヴァントがいたならば、いい顔はされないだろう。
「虚谷空と言います。…まあ、有名なので知ってるかもしれませんね」
ライダーはこの男についての知識は聖杯からは与えられてない。だが、吉川がテレビの前で――なぜそんなものがこの東京で使えるかどうかは突っ込んではいけない――彼について大騒ぎしていたのは覚えている。曰く、一世を風靡した魔法少女アニメ『脱法少女 吸うか刺すか』の脚本家なのだが、あまりにも救いのない展開と登場人物のえげつない死に様で炎上、そのまま蒸発したことになっている人物であるという。
「でも、裏では別のことをやってたらしいですよー」
吉川の発言をライダーは覚えている。彼の本当の顔は魔術師だったようで、魔術師界隈の神秘や知識をアニメに組み込んだらしい。当然これは神秘の漏洩にあたり、さらには時計塔の権力闘争をモチーフとした描写を多々行った。これだけでも追っ手が出されてもおかしくないのだが、彼にはさらに厄介な事情がある。
ライダーの目の前から突然虚谷の姿が消える。
「逃げてはいけませんよ」
「流石にサーヴァントの能力を甘く見すぎてましたね」
透明化能力。流石に封印指定には至らない。だが、これはあまりにも危険だ。実際、彼はこの能力を逃走のみならず、他者の秘密などを暴き立てることにも使っていたという。殺すには十分な理由であろう。
だが、彼の人品や過去がどうであろうと関係はない。ライダーにとっては有用な能力。そのことがまず重要なのだ。
「さて、今度こそこちらの話を聞いてもらいますよ」
ライダーは笑顔のまま、声を一オクターブ低くして話す。虚谷は少し怯えた様子だが、頷く。今度こそ逃げることはないだろう。その事実を確認してから、ライダーは話し出す。
「簡単に言うと我々の諜報活動に協力してもらいたい」
虚谷の能力を以てすれば、アリスからの依頼をこなすことも可能だろう。だが、今それを要請するには外野が多すぎ、要請したならばセイバー・ランサー同盟との大決戦を覚悟しなければなるまい。
当然、それはライダーも、そして恐らくはバーサーカーも望まない展開だ。とりあえずは諜報の依頼程度に留めておくべきだろう。
虚谷はライダーの発言を聞いて、恐る恐る、しかし呆れたように話す。
「要するに場合によってはマスターの暗殺をしろ、と。過去の英雄様が依頼するようなことじゃないと思いますがね」
「一番目の発言に関してはノーと言っておきましょうか。ただ、二番目に関しては同意します。残念ながら、私も所詮アフリカの片隅でイキっていたに過ぎない人間なのでね」
中途半端に頭が回る人間は面倒だ。彼の指摘通り、場合によっては後で暗殺を依頼する可能性も考えていたが、ここで向うからそのようなことを言われては否定せざるを得ない。
繰り返しになるがライダーはバーサーカーと同盟ならば、後者との戦いを恐れているのだ。今はバーサーカーよりの立場だが、場合によっては裏切って同盟側につくことも辞さない覚悟はある。可能性を狭めないためにも、ここで観客には敵意がないことを示さなければならない。
「まあ、私は余程のことがない限り、どの陣営にも与しないと思いますが」
「ほう?」
「私はアニメの脚本家ですからね。一つの陣営から物事を見るのではなく、多角的に見たいのです。素敵なキャラクターとかがいるならば話は別ですが」
その発言を聞いて、ライダーはこの男とはどこか気が合わない予感がした。例えるならばライダーがアイドルを原語的な意味で取るのに対して、虚谷は通俗的な意味で取っているのだ。無論ライダーはその程度で完全に彼を役立たずとして考えるほど馬鹿ではない。これはライダーが寛容であるとかそういう話ではなく、多少の差異があるにしても使えるものは使うという、ただそれだけの話である。
いずれにせよ、自陣営に引き込めるなら引き込んでおきたい。そのために、次の一手を打つ。
「なら、私はキャラクターとしてどうですか?少年ヤクザと素面なのに脳がアルコール漬けの結界師も仲間にいますよ」
「貴方はキャラとしては立っているのですが、なんか血腥い臭いがするというか。他二人はジャンルが違うような気がします。例えるならロボット物の主人公と魔法少女でも頭に邪道とかが付きそうな感じなのでちょっと…」
「なら、私はどうかしら」
背後からの幼い声。虚谷の体がまた震える。
「また貴女ですか。十分忠告したはずなのですがね」
ライダーは虚谷の後ろに立っていたアサシンに話しかける。今日は以前の青いエプロンドレスと違って、黄色い帯の黒のポーラーハットに、緑と黒の襟の黄色いアウター、そして深緑のみにスカートという中々攻めた服装だ。ともすればチープなコスプレになってしまうが、彼女はなかなか上手くそれを着こなしている。
彼女は何故か道頓堀のマラソン選手のような格好をする。服装が似合う分、シュールな光景だ。
「表象『夢枕にご先祖総立ち』ってね」
「神主様がそういうのに寛容とはいえ、そういうのはあまりよくないかと。後、立ち絵だとその格好ではありませんよ」
「ちょっとしたリスペクトよ。少し違うくらいなら許されると思うわ」
「何の話ですか?」
ライダーは咳払いをする。ここら辺は面倒なのだ。
「それより、監督さん。私は魔法少女としてはどうかしら?」
「少し格好はイメージと違いますが、それでも美しい。主人公にするにはうってつけだ」
虚谷は明らかにテンションが上がっている。変なところで気が大きくなる人間の用だ。だが、アサシンはそれに気を良くしたのか、先ほどの珍妙な格好でお礼を言う。
「貴方もサーヴァントですか?良ければ、私にマスターを紹介していただければ」
「申し訳ありませんが、その前に伺いたいことがあるので失礼します。いいですか?」
ライダーは虚谷を少し威圧しつつ、会話に割って入る。
「ここで会ったのも多生の縁。貴方や、貴方の女王様から何か情報はいただけないでしょうか?」
「いいわ。ここには色々な物語があって楽しいけど、そろそろ飽きていたところだし」
彼女は著者名に虚谷空と書かれた本を無意識にだろうか、踏みつける。虚谷は少し残念そうな顔をするものの、サーヴァントを前にして文句を言う度胸はないようだ。
「では、お願いします」
「そうね。そろそろ雪が降りそうかしら?とても綺麗よ」
アサシンは空を見上げて話す。確かに空は鉛でメッキされたようで、また空気は雪が降る直前特有の纏わりつく冷気を多量に含んでいる。だが、ライダーが聞きたいことはそんなことではない。
「もっと直接的に聞きましょうか。貴方の女王様について教えてほしいのです」
途端にアサシンの顔が曇る。
「…あの子はずっと眠っているの。彼女は深い湖の奥で眠る女王様。ううん違う。いつまでも眠っていなきゃいけないの。そう、永遠に…」
「貴方のマスターは何か暗い過去を持っているのですか?もしよければ、教えていただけませんか?」
薄氷で覆われた湖に、熱せられた火かき棒を投げ入れるかのような発言。その言葉にもアサシンは薄い笑顔で答える。
「ごめんなさい。それは答えられないわ」
妹を守る、姉のような大人の気概を感じさせる表情。しかし、その顔は背伸びして無理をしているようにも見受けられる。加えてライダーからすれば、ある種の神々しさをもって感じられ、軽々しく手を触れてはいけないもののように思われる。
「そこを何とか、教えていただけませんか?」
「虚谷さん、それはダメでしょう」
鼻息荒く詰め寄る虚谷をライダーは手で制す。
「ライダーさんは良い人なのね」
アサシンは今度こそペコリと頭を下げて、礼を言う。
「お礼と言っては何だけど。そろそろ黒の王様が動くわね。それに合わせて私も動くかも」
「ほう?」
また新しい言葉が出てきた。黒の王様。今の言葉と”女王様”という言葉からして、考えられるアサシンの真名は不思議の国のアリスのアリスだが、しかし彼女は英霊たる資格があるのだろうか?
無論、生前一ゲリラ部隊の司令官に過ぎなかったライダーが英霊になりえているのだから、それ以上に知名度が高いアリスが英霊になっているのはおかしくない。だが、それでも彼女の鏡を介して移動する能力やアサシン適性の有無など疑問点は尽きない。
「あと、これはおまけ。私はセイバーのマスターを殺すわ」
「どういうことです?」
疑問は唐突な闘争宣告によって吹き飛ばされる。アサシンはいつになく真剣な顔になる。
「黒の王が動いたら、本格的な戦いが起こる。そうしたら、私も女王様も否応なくそれに巻き込まれてしまう。でも、私は彼女を守り切れるかわからない」
「その時に一番の脅威となるのがセイバーということですね?彼らはどんな人なんですか?」
「コレオプしスの花と燃え盛る鉄の塊ですね」
その言葉にアサシンは頷く。
「そうね。マスターは花のように無害だけど他者を理解しない。セイバーは強力だけど扱う技術を持ってない人にはただただ危険な存在」
「ほう?それまた面白そうな」
「申し訳ありません、結構大事な話なので今はアサシンの話を聞かせてくれませんか」
虚谷は無論の事です、と答える。彼は良くも悪くも、魔術師ではなくどこまで行ってもアニメの脚本家なのだろう。興味があれば暴き立て、そしてそれを一般に公開するという態度は神秘の世界には容れられない。
アサシンはそんな彼を最早視界に入れずに、言葉を紡ぐ。
「彼らは善人で力を持っている。だからこそ悪にならざるを得なかった私たちのことは理解せず、そのうち叩き潰しに来る」
「必ず?」
「ええ、必ず」
待つという選択肢は恐らくアサシンにはないのだろう。時間は富めるものの味方。それは戦争においては決して変わることのない真実である。
「だから、私はそろそろお暇するわ。お話しできて楽しかったわ。…じゃあね」
彼女は彼女は鏡に飛び込む。恐らくは今から追ってももう遅いだろう。
「もう少し私としては話したかったのですが…。仕方ありませんか」
「彼女は何にも囚われないですからね。私とたまに話に来てくれるのが不思議なくらいですよ」
とはいっても二回しか会っていないのだが。それでも、ライダーは彼女に奇妙な同族意識に似た何かを覚えていた。今でも同盟を組まなかったことを、それなりに、いや、かなり悔やんでいる。
「貴方はアサシンに造詣が深いようですね。もし良ければ、私にいろいろと教えてくれませんか?」
ライダーは考える。これは、中々いい機会ではないだろうか。
「良いですよ。私の拠点へ来てくれませんか?」
「じゃあ、今すぐに。と言いたいところなんですが…。実は私も別に拠点がありましてね。そこから荷物を持ってくるのに時間がかかるんですよね」
こんな場所で大荷物を持って移動するなど、正気の沙汰ではないが仕方のないことないかもしれない。
ライダーは手伝おうかと申し出るが、断られる。どうやら、見られたくないものがあるようだ。
「なら、今日の夜、ここに私が迎えに来るのはどうでしょうか?」
「それでお願いします」
虚谷は西の方へと去っていった。
「さて、と」
彼が去ったならば、ライダーもやるべきことがある。
「私は虚谷さんと協力することになったわけですが…。一応バーサーカー陣営にも相談しますか。観客の方がどう見ているかわかりませんし」
彼は敢えて大きな声で話す。恐らくはランサー陣営の間者に全ての会話は筒抜けなのだ。ならば、少し話を聞かせておいても損はないだろう。
それでも、もし彼らが動いたなら?
「どうするんでしょうね?」
その問いに答えるものは、当然いない。
キャラクター名:虚谷空(セッションだと虚淵空)
時計塔を追放された魔術師兼脚本家。セッションだと監督・小説家だった。
能力:透明になる能力
次ターン移動フェイズ中に公開で宣言し1行動を消費して発動。
この移動フェイズ中任意の場所は立ち入り禁止となり、新たに陣営が入ることが出来ない(令呪を使用して移動した場合を除く。陣営一つにつき一画消費)。
執筆者からのコメント
セッション中のキャラクターは現実上の如何なる団体、あるいは人物と関係はありません。
ないったら、ないです。