Fate/abnormalize   作:Zinc3125

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三日目 朝:明治神宮

 ライトは夜の浅草におけるセイバー・ランサー同盟とアヴェンジャー陣営の戦いをキャスターの使い魔を通してみていた。彼とキャスターはやはり他陣営と同じように多くの検討すべき問題があることに気づいていた。

「とはいえ、彼らは所詮せいぜいが戦術家にすぎません」

「…」

「ランサーのマスターは多少頭が回るようですが、それでも私は一時は聖なる冠を戴いたことがある身。戦略という点では決して負けることはないと言いましょう」

 キャスターは急ごしらえとはいえかなり堅牢な聖堂の中、荘厳な応接間で血のように赤いワインとパンを食べる。だが、彼女の飲み方はどこまでも聖職者らしい気品に溢れており、あたかも告解のような雰囲気すら漂っている。それも、当然かもしれない。目の前には黙りこくり、血を流すほど唇をかみしめたライトが座っているのだから。

 キャスターはこれを見て見ぬ振りできる人間ではない。ワインを注いでライトに差し出す。

「マスター、とりあえずは少しアルコールを取ってはどうでしょうか?昨日のことも一瞬かもしれませんが、忘れられますよ」

「...駄目なんだ。それじゃ駄目なんだよ、キャスター。僕は昨日見た現実を見続けなきゃいけない。そしてミサのためにもこんな戦いは止めなければならないんだ」

 戦いの間で交わされた会話とその顛末は彼に暗い影を落としていた。未遂に終わったとはいえ、無関係の人物を殺してまで勝とうとしたアヴェンジャーのマスター。戦いの結果手ひどい怪我を負ったキリエ。そして、彼らをこの機に乗じて倒すであろうランサー陣営。それから、一瞬見えたアリスとまだ十代半ばほどの少年の姿。

 全て、全て現実だった。

「確かにアヴェンジャーのマスターは悪人だったかもしれない。けれど、その末路が悲惨な敗北しかないというのは認めない。況や、何も罪を犯していない善人があんな目に合うのはおかしい!」

「ですが、貴方は私の手を取った時点でこうした状況を見て、そして自らも巻き込まれることは予測できたはずです」

「っ、それは…!」

 指摘通りなのだ。目を背けていただけで、ミサを取り戻すためには最終的にはキリエやアリスとも戦わなければいけないのはハナからわかり切っているのだ。

「そうだね。だから、僕がキャスターから叱られるのは当然、なんだろうね」

 ライトは無理やり顔を上げる。だが、キャスターから返ってきたのは意外な返答だった。

「私はマスターを叱るつもりも非難する気もありませんよ?寧ろ、貴方の戦いの中において、なお戦いを止めようとする性格は非常に好ましいものです」

 当然お世辞は含まれているわけだが、しかしキャスターは彼女にしては珍しく本心を述べている。

「ありがとう。でも、キャスター、僕は自分を変えなければならないんだ」

「ええ、ただ目標なき変革は、地図を持たずに大海へと漕ぎ出すようなもの。そもそも、突然異能の戦いに巻き込まれて戸惑うのは詮無きことです」

 キャスターはその出自のせいか、時として婉曲な表現を使うことがある。そんな時、ライトは彼女にその心を問うのがお決まりである。

「つまり、誰と戦うか、それから被害を出さないために何をするかという線引きは必要ということです」

 これはキャスターにとっても重要な話なのだ。そろそろ戦略を立てるための青地図は必要だし、マスターの鼎の軽重を一度きちんと計っておくべきだろう。

「戦いは出来るだけ自衛に留めたい。積極的に打って出るのは最終決戦だけにして、他マスターは狙わない」

「ええ、それでいいでしょう」

 他マスターを狙わないというあたりは、ややぬるいがライトの今までの人生を考えれば合格だろう。

「被害を出さないためには…、ルーラーと協力してこの陣地を参加してない人たちや脱落していない人のシェルターにするっていうのはどうかな?」

「良い考えですね!」

 ルーラーは表面上協力を断るだろうが、脱落した人間の保護に関しては手を組まざるを得ないだろう。それに、キャスターの陣地はルーラーの拠点の目の前にあるのだ。必然、何かと接触は多くなる。

「まとめると、基本陣地から動かずにここに来た人をルーラーと保護するということになりますね?」

「そのことなんだけど…。他の場所にも簡易的なものでいいんだ、陣地を作れないかな?」

 キャスターはここも甘いとは思う。だが、何らかの方法で陣地が破壊されたり、あるいは無力化されないとは限らない。保険のためにも作っておいて損はないだろう。承知する旨をライトに伝える。

「キャスター、ありがとう」

「どういたしまして。ただ、もう一つマスターには必要なことがあります」

 どういうことだろうか。

「貴方の覚悟を確かめるために、お客様と少し話していただきましょうか」

 キャスターはライトに澄んだ水晶を翳して見せる。

 バーサーカーとアリスがライトを探していた。

 

「あら、まだ生きていたのね?」

 崩れた鳥居の前、アリスはライトには言い放つ。

「アリス…!無事だったのか!」

 ライトは心底心配していたようだ。だが、彼女はそれを軽く笑い飛ばす。

「無事?誰に向かって言ってるのかしら?」

「もちろん、君にだよ。君が強いのは知っているけど、流石に心配で」

 安心と焦燥が混じった奇妙な感覚。死なないだろうという信頼と、一方で路傍の小石につまずいて崖から転落してしまいそうな危うさ。どちらも根拠はないのだが、それでも彼の心を苛む大きな要因の一つになっている。けれども、アリスが持っているのは前者だけのようだ。

「そういえば、アヴェンジャーが脱落したわ。あの状況じゃ戦い続けるのは難しいでしょうね」

 アリスはライトの心配を、それどころか今話したばかりの事実もどうでも良さげに彼女が見てきたものを伝える。

「そのようですね。これで貴女の勝利に一歩近づいたのではないですか?」

 一方、キャスターはアリスの話にいつも通り笑顔で返す。だが、その心の裡はわからない。

 心からの称賛か、はたまた皮肉か。

 しかし、その言葉にアリスは意外にも顔を曇らせる。

「同意したいところだけど、そうウカウカもしてられないのよね。正直、ランサーとセイバーは予想以上の強さだったから」

 成程、それはこの場にいる全員が同意するところだろう。セイバーは神代の怪物たる鬼と戦って軽傷であり、ランサーは空から他陣営を睨んでいる。これを認識して楽観的でいられる人間はいない。だが、それをどの程度重くとるかは人によって違う。ライトは恐らくは過剰なほどに深刻にとらえてしまう人間だろう。

「ところで貴方、貴方は少しは戦う気になったの?」

 疲れ切ったライトの心に、さらに鞭を打つようなアリスの問い。それでも、彼は歯を食いしばり、絞り出すような声で話す。

「もちろん。…だけど、基本的には戦争に巻き込まれた無関係で善良な人を守るための防衛戦はやるつもりだ」

「善良な人ね。でもそれは決して、救いきれるモノじゃないわ」

 それまた当然の指摘。そもそもこんなところにいる時点で戦争とは無関係とは言い難いし、善良な人間かどうかは結局のところ主観によってしか判別できないのだ。よしんば、善人全てを集めたところで彼ら全てを守り切れるとは思えない。

 畢竟人間は、手のひらで掬える範囲でしか人を救えないのだ。

「確かに、言うとおりだ。善良な人ほど、悲惨な目を見たり損をする…今の世の中はそんなことが本当に多いよ」

 神でさえ瀕死の義人を救わないのだ。それ故勧善懲悪というのは空虚な絵空事である。そんなことは、ライトは百も承知である。

「だからこそ、彼らを守る人間が必要だし、悪人はなおのことだ…そう考えることにしている」

 ライトはなんとか言い切る。

 しかし、彼の必死の回答をアリスは鼻で笑う。

「少なくともこの世界では無理だわ。例えば、アヴェンジャーのマスターも更生できると思う?」

 真っ向から叩き潰さんとする問い。

「…ッ、それは…」

「無理ね。そもそも、私は彼が悪いことをしたとは思っていない」

 アリスからしたら変な主張に拘って手段を自ら縛るというのは愚の骨頂である。アヴェンジャーに関して思うのは、力の使い方を誤ったということ。それだけだ。

 彼女はしかし、一方で期待するかのようにライトの返答を待つ。

「それは…」

 ライトは口ごもる。理由はわかっている。ただ、口に出したくないだけだ。

 自分も、過去も、恋人も否定するような気がして。

 見かねたようにアリスがまた口を開く。

「否定できるならば、理由は聞いてあげるわ」

「…僕はさっき言ったことをただやるだけだ。敵対するならば、僕は君だって手にかけて見せる」

「そう。それなら、やっぱり私のやることは変わらないわ。必要なら従えて、邪魔なら消す。今は貴方とは戦う必要はないけど、行く手を阻むなら押しとおる」

 ライトはアリスとは手を組みたいと考えていた。それは今も変わっていない。だが、話を交わすたびにわかる事実は理解が深まる故に、互いに遠ざかっていくという残酷な現実だ。

 ライトはアリスが好きだ。だからこそ、彼は最早口を開きたくなかった。

「これ以上話すことはあるかい?」

 だからこそ、彼は会話を終わらせることを決意する。

 アリスは首を振る。

「なら、さよなら」

「いえ、少し待った方がいいでしょう」

 キャスターが突如として待ったをかける。

 彼女は感じていた。

 空気がわずかとはいえ、異界からの匂いに煙るのを。

 

 その時、セイバーは霞が関地下の志村の工房で寝ているキリエと鈴原を前に休息をとっていた。裏切りなどを考えなければ、恐らくは戦争で最も安全な場所だ。当然のことだろう。

 にも拘らず、彼女は背筋に悪寒が走るのを感じる。

「…何か、いやな予感がするな」

 彼女はそれを志村にすぐに伝えに行くか、それともここで彼らを守るか逡巡した後、部屋に留まることを選択する。

 鎧と剣を身につけたまま。

 

 アーチャーと枝川は拠点である池袋の映画館からちょうど這い出す所であった。

「枝川さん、これはまずいっすね」

彼女の瞳は劣化しているものの、元のサーヴァントのはるか遠くを見渡す瞳を所持している。

 その瞳に、この世では在り得べからざるモノが映る。

「そうですか。ですが、貴女に勝てない相手ではないでしょう」

 枝川は楽観的だ。当然だろう。如何に擬似サーヴァントとは言え、彼女が身に宿す英霊はどんな相手であろうと―それこそ、天の玉座に座す父たる神とその子以外の相手であれば―打倒し得るほど強力な存在なのだから。

「いいえ。これは多分、私の宝具が通用する相手ではありません」

「それは、まさか―」

 枝川は最も当たってほしくなかった彼の予想が当たったことを理解し、すぐさま携帯を手に取った。

 

「とうとう黒の王様が動いたのね」

 アサシンは彼女とそっくりな、しかし物憂げな声を聞く。

「私たちは王様と手を組んだけど、このままだと勝てないのはわかり切っている」

「…私は死んでもいいけどね」

 声の主は心底疲れたように話す。しかし、彼女の声はその発言には逆説的に嘘偽りが一切混じっていないことを示している。

「私が召喚された以上、貴女は死なせるわけにはいかない。当然、これ以上の不幸を私は認めない」

 いつもと違って力と怒りが混じった声で話すアサシン。

「だから、私は黒の王様からもらった力を以て彼をも討って見せる」

 アサシンは声の主へと宣言する。しかし彼女は黙して語らず、またそれに動かされる様子もない。

「とりあえず、私は黒の王が本格的に動く前にセイバーを殺しに行くから」

 アサシンは返答を待たずに動く。それが、声の主を最も不安にさせる行為であると知りながら。

 

 今日も志村の部下の傭兵たちは情報収集のためにあちらこちらを駆けずり回っていた。そのうちの一部は既に秋葉原へ赴き、ライダーと虚谷の接触を確認している。無論、他の傭兵たちも何もしていないわけではない。

 だが、収穫があるかどうかはまた別の問題である。

 なかんずく、渋谷へ行った二人は超常の存在が跋扈する聖杯戦争においても、なお奇妙な人間たちを見つけていた。

「なんだ、アレは…?」

「俺にもわからん」

 どこからともなく、それこそまるで空に扉があいたかのように、男二人が降りてきたのだ。

 一人はフードを被っていて顔がわからず、もう一人はどこにでもいそうな特徴のないスーツを着た黒人男性である。違った意味で、双方ともこの場所から明らかに浮いた存在だ。

 逆に言うと、魔術世界ではその程度の異常性、なのだが。

(なぜ、これほどにも脂汗が止まらないんだ?)

 彼らは死徒や英霊と戦って生き残ってきた猛者である。そのことには慢心はしないが、かといってその事実を卑下するほど彼らは卑屈ではない。それにも拘らず、彼らの体は行動することを拒否していた。

 目の前の男たちは、しかし至って普通のように見える。

「ああ、そうだ。フォーリナー、新しい戦争だ。着替えてみるのはどうかい?」

 地雷の埋まっている原っぱの中で日常生活を送らんかとするような、異常な感性。

「良き考えだ」

 その言葉と共に、男たちの体が光り、一瞬この世にはない、いやあってはいけない名状しがたきものが男たちの中に見える。

「う、うわあああああああ!」

「おい、馬鹿!」

 理解してはいけないものを理解してしまったが故の叫び。当然、それは男たち、基変身した顔のないスフィンクスとハットをかぶった眼鏡の白人男性、の耳に届くことになる。

「あーあ、見ちゃったか。僕は自分で手を下すのは嫌いだけど、でもここで逃がすのはちょっとなあ」

「なら、私がその仕事を請け負おう」

 そういうや否や、スフィンクスは傭兵たちへと瓦礫を物ともすることなく駆けていく。当然銃弾が撃ち込まれるが、体に風穴が空きはするものの血の一滴すら流れない。

「…クソっ」

 爪が届く刹那、狂えなかった男はこめかみに銃を当て撃鉄を引いた。そして、もう一人の男は声を出す間もなく、首を刈り取られる。

「あーあ、つまんない」

「仕方あるまい。恐らくは他の人間たちで十分な埋め合わせは可能だろう」

「だといいんだけど」

 学校帰りの暇を持て余した学生たちのような会話。だが、それは人を殺しておいてするような話ではない。ましてや、傭兵たちは犬死をしているのだから。

 犬死?

「いえ、貴方達の死は決して無駄にはしません」

 生ごみを漁っていた烏たちの一団。その中から、一羽、明治神宮の方へと飛び立つ。

 

「それで、何があったのかしら?魔術師さん」

 アリスはキャスターを挑発するような物言いをする。キャスターは空を指さす。訳の分からない顔をするアリスの目の前に、三本足の烏が降り立つ。

「ルーラー!?どうしたんですか?」

「緊急事態です!先日言いました、降臨者が現れました!」

 降臨者。外からの悪しき稀人にして、人類の脅威たるクラス。

「詳しいことは今日の夜に神宮で話します。とりあえず、相手は抑止に縛られない異常な力を持っていますので、今は戦わないでください。質問はありますか?」

 烏はそれぞれを見つめる。キャスターとライトは短く了解したと述べ、アリスは手をひらひらと振るだけだった。

「私は監督役と善後策を練らなければならないので、それではこれで」

 烏はあわただしく神宮の方へと飛び去って行く。

「ルール違反もルールの内。面白いことになったわね」

「…」

 アリスは烏が飛び去って行った方向を見て嘲弄するかのように笑い、ライトはまた苦虫をかみつぶしたかのような顔になる。

「マスター、どうしますか?」

「…とりあえず、周囲の結界を強化。戦争とは関係のない人がいたら収用を」

「あら、どうしてそんなことをする必要があるの?ここに来る人達は死すら覚悟しているのに」

「…っ、それは」

 当然の指摘である。だが、それは決して万人に受け入れられる代物ではないし、また横暴な側面がある。

 にもかかわらず、ライトは言い返せない。それはきっと彼の中に―――。

「全ての人間が貴女のように割り切れたり、あるいは覚悟してこの場に来ているとは思わないほうがいいですよ?時として、正義は強者の傲慢でしかないのですから」

 キャスターにしては珍しく笑みの消えた、それどころか怒りすら感じるような激しい言葉。

「傲慢?笑わせるわね。危機を分かっていて、いざそれが降りかかったら騒ぐだけ騒いで、何の代償も求めず助けを求める?それは弱さの仮面を被った悪よ。そんな弱さは、私は認めない」

「なら、私は弱きを助けるためにこそ悪に堕ちましょう」

 アリスとの道はもう交わることはない。次に会えばきっと、互いに背中を預けることはない。

 

「気分が悪いわ、じゃあね」

「罪には罰を…不正には滅びを…」

 アリスは憤懣やるかたない様子で神宮を去る。

「…アリス」

 消え入りそうな声。

「マスター、いや黒夜来人」

「…」

「しっかりしなさい」

 アリスはランサーを最後の敵だと考えていたが、キャスターにとってそれはアリスである。

「最終的に勝つには貴方がしっかりしていなければいけないのです」

 正直、ライトは突然試験を受けさせられたにしてはよく頑張ったと思う。だが、それではまだ足りないのだ。

「違うんだ。キャスター」

 キャスターはそれを聞いて訝しむ。

「僕が負けたのはアリスじゃない…きっと」

 

 自分自身なんだ。

 

 言葉はただ空を舞う。

 

 

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