『新陣営の出現により善後策を請いたい。それ故、今夜九時に神宮に集まられたし』
アカツキと吉川は監督役の使い魔から召集の通知を受け取った。
二人は思わず顔を見合わせる。一人は新米魔術師、そしてもう一人は魔術師ですらない。こうした状況に弱いのは仕方がない。
「新陣営って何だろう?というか行かなきゃダメかな」
「うーん、私もわかりませんが。行ったほうがいいんでしょうが…」
吉川は珍しく悩んだような声音になる。彼女は一応ある程度は聖杯戦争に関して知識はあるが、新しい陣営が出現したということは聞いたことがない。恐らくはかつての記録を見ても前代未聞の事態であろう。
そして問題がもう一つ。
「ライダーさんがいないんですよね」
一番意見を請いたい、ライダーは朝からふらりとどこかに行ってしまった。そして、日が暮れそうになっているというのに未だ帰ってくる気配はない。かといって令呪でわざわざ呼び寄せるのは流石に割に合わない。
「まあ、現時点の私見を述べさせてもらうとしたら、行かないほうがいいと思いますねー。十分な護衛がないというのは危険ですし」
「なら、基地に閉じこもっておこうか」
アカツキは吉川の意見を特に考えるそぶりもなく、さっさと肯定する。吉川はこれまた珍しく複雑そうな顔をする。
「…とりあえず、勉強の続きをしましょうか」
「なんで?どう考えても鉄砲玉の俺には必要なものじゃないんだけど」
「必要ですよ」
吉川は自分の方がもしかするとマスターとして向いているのではとすら思ってしまう。
サーヴァントは確かに人間に比べて遥かに強力な存在だが、手綱を握り、どこに向かうかを決めるのは最終的にはマスターなのだ。
とはいえ、アカツキを殺して令呪を奪おうとは思わない。魔術師は一般人の命を何とも
思わないロクデナシが多いと聞くが、吉川はそれは獣の道と大して変わらないと思うのだ。
つまるところ、吉川は魔術師失格なのである。
「ところで、行かないとすれば監督役だっけ?その人に連絡しなくていいの?」
アカツキがペンを回しながら問いかけてくる。
「ああ、それもそうですね」
吉川は返信の手紙を持たせた鳩を窓から出す。これで問題はないだろう。
「おや?」
彼女は眼下の廃墟の街をうろつく赤い服の女性と鎖を体に絡めた男性が視界に入る。アリスとバーサーカーだったか。話をしてみたいが、工房の中には入れたくない。
「欺瞞、疑惑、擬態…ぐおおおおお!」
だが、突如としてバーサーカーが暴れだす。アリスはそれをわずかな言葉で抑える。なかなかの手腕だ。
二人の間に信頼というものがあるかどうかは甚だ怪しいが、それでもあの扱いの難しいバーサーカーをうまくコントロールできているのは称賛に値する。
しかし、吉川は彼女たちのコミュニケーションに見惚れている場合ではなかった。
「ねえ、魔術師さん。どこにいるのかわからないけど、私、見下すのは好きだけど見下されるのは嫌いなの。それこそ、見ている場所から引きずりおろして地べたに這いつくばらせたいくらいには。いつもだったらしないけど、私今機嫌が悪いからやってもいいわよ?」
此方を視認できないはずなのに、声をかけてくるアリス。吉川はその声音に気だるげな態度の奥に隠された、凍えるような怒りを感じ取る。
「...どうしよう」
結局吉川はしばし逡巡した後にアカツキを呼んだ。
結論から言うとアリスを中に入れても、工房を破壊されるということは無かった。それでも、狂戦士を直接目の前にしては心臓がすくみ上る思いだが。けれども、アカツキに関してはそんなことは無いようだ。やはり、修羅場をくぐっている分心臓の強さは段違いということか。
「それで、なんであんなカリカリしてたのさ?それに突然こんなとこに来るなんて」
アカツキはお茶のお代わりを要求してくる。ここだけの話、吉川はお茶に関しては一家言あるのだが、こんな飲まれ方をされては有難みがない。
その点、アリスは合格だ。彼女は匂いと丹念に味わってから、口を開く。
「少し知り合いと喧嘩してね。それで頭を少し冷やすためにここらを歩いてったわけ」
「ふうん」
アカツキは聞いておいて興味なさそうに話す。
どうにも、気まずい雰囲気だ。
「あの」
「なに?」
「新しい陣営が現れたらしくて、それでアリスさんたちは」
吉川がそれを口に出すと、アリスは面倒くさそうな顔をする。
「さっき、ルーラーから聞いてきたばかりなのよ。何度も同じ話はしたくないわ」
「でも、私とはまだその話はしてませんよね?」
アリスは吉川を睨み付ける。吉川はどうも何故自分が睨み付けられているかは理解していないようだ。諦めたように、アリスはため息をつく。
「私は討伐には参加しないわよ。これで満足?」
「じゃあ、今夜のルーラーの招集にもいかないんですか?」
「さっきからそう言っているでしょう」
アリスは明らかにイラついている。とはいえ、怒らせただけの収穫はある。二陣営が参加しないとなると、フォーリナー討伐は失敗する可能性が高いのかもしれない。
「それより、貴方達。二つ訊きたいことがあるのだけどいいかしら?」
「いいよ。俺は答えられるかわからないけど」
なら、誰が答えるんだよと思う。
「まず、暗殺計画の進展はどうなの?」
「さあ?ライダーが今日外に出て行っていて全然連絡が取れないんだ。だから、まだ全然進んでいないと思う」
アリスはそう、と短く答えた。流石に一日も経ってないのに目標を達成できるとは思っていないのだろう。
「じゃ、もう一つ。フォーリナー討伐に向かう人たちを横から殴りつけてやらない?」
「それはまずいですよ!」
吉川は慌てて否定する。恐らく、アカツキはいいよと言おうとしていたのだろうが、流石にこれはいけない。監督役の意向を邪魔するような真似をするのは、魔術協会や聖堂教会を敵に回すことと等しい。
「別に、討伐作戦中には手を出すとは言ってないわよ?まあ、そのフォーリナーとやらと組んで勝てるなら手を組んでもいいけど…」
「ライダー陣営としてはフォーリナーに与する気はありませんよ」
アリスは明確に吉川の懸念を否定しなかった。
正直なところ、吉川はアリスを危険視していた。決して悪人ではないのだろうが、しかしやり口が時々ラディカルすぎるように見える。
「あら?外様の貴方が勝手にそんなことを言っていいのかしら?」
「でも私は自分を事実上ライダー陣営の一員だと思ってます」
虚勢を張ったが、理があるのは向う側だ。吉川は助けを求め、アカツキを見る。
「―おれとしては」
「ちょおおっと待ったああ」
ドアが勢いよく開け放たれる。
「何勝手に私がいない間に契約を取り纏めようとしているんですか?」
ライダーは息荒くアカツキと吉川を睨み付ける。
「まあ、いいです。アリスさん、最初の契約を確認してください」
「…セイバーのマスターの暗殺。そして、私は金を払った」
こう言うのに疎い吉川が聞いてもいくら何でも笊過ぎる契約だと思う。恐らくは双方ともに何かしらの思惑があってのことなのだろうが。
「さて、今回そちらはフォーリナーを取り込んでさらに当方との同盟を強化したいということでいいでしょうか?」
「前半部分に関しては飽くまで仮定の話よ」
「仮定の話では困るのですが。まあ、そこは後で。いずれにせよ、同盟強化となると金以上のものを交わさなければなりませんね」
「金以上のもの?」
アリスは薄く笑む。それは何か本当に切り札となるものを持っている故か、それとも貧者ゆえの強さか。
「最後で首をもらうというのも悪くないのですが…。そうですね、吉川さん、貴方がさっき話していたことを教えてくれませんか?」
「は、はい。実は…」
吉川はつっかえながらも話す。ライダーはそれを頷きながら聞き、時としてアカツキの方を見やる。
アカツキはつまらなさそうに、あくびをしている。
「わかりました」
一通り聞き終えた後、ライダーは眼光鋭く有栖を見つめる。
「なら、私は敢えて貴女に今夜の集会に赴くことを願いましょうか」
「何故?」
ライダーは吉川の淹れた紅茶の中に、白い砂糖を一杯入れる。砂糖はたちまち紅く染まる。
「別に、ぎりぎりまで監督役の味方をしておいて損はないでしょう」
彼はさらにバスケットに入った茶菓子を手に取ってから、吉川の方へと渡す。
「それに暗殺のために、我々は準備が必要でしてね。そんなに監督役の方には行けないんですよ」
「成程ね。ただ、こちらとしても情報を取るだけとって逃げられるような真似は避けたいのよ。バーサーカーもそんな感じだし」
アリスは不服そうなバーサーカーを見る。
吉川は背筋にナメクジが這うような、気持ち悪く冷たい感覚を覚えていた。
そして、それはライダーの笑みと彼の行動によって加速する。
「アカツキ、銃を」
「はいよ」
「アカツキさん!?何してるんですか、まずいですよ!」
制止にも関わらずアカツキはハンドガンを取り出し、あろうことか安全装置を外し、それをアリスに滑らせて渡す。
「何か気に食わないならば、銃で私のマスターの頭を撃ち抜くと良い」
凄み、というよりは狂気を感じさせる声音でアリスを暗に恫喝する。アリスはしばらく黙っていたが、胸元からペンとメモ帳を出し、さらさらと筆を滑らせる。
「簡易的なものだけど、これでいいかしら?必要なら明日また、正式な書面を持ってくるから」
「いえ、いいでしょう。吉川さん、立ち合いとペンをお願いします」
ライダーは下に真名をばらさないようにイニシャルとアカツキの名前を書かせる。汚いながらも、彼が自分の名前を書けるようになったことは僥倖だった。そして、ライダーは指を噛み切り、血判を押す。何かの魔術をかけたらしい。確実に言えるのは、これでそう簡単に文面を書き直すことは出来なくなった。
「貴方、存外契約を重視するのね」
アリスは出がけに意外そうにライダーを見つめる。
「時と場合に依りますけどね」
「そういう意見は受け入れられないけど、貴方のことは嫌いじゃないわ」
彼女は珍しく微笑みを浮かべて、吉川たちが見送る中日の陰ってきた廃墟の街へと歩いて行った。
「やはり、彼女との会話は疲れますね」
「そう?彼女は本当にいい人だと思うけどね」
吉川は良い人であることと話して疲れない人は必ずしもつながらないことを指摘する。
「ところで、ライダーさんはこれからどこかに行くのですか?」
「ええ、少し協力者を見つけましてね。彼を迎えに行こうかと。それで、ここに私の代わりの護衛を置こうと思うのですが」
「護衛?」
ライダーは懐かしそうに指を鳴らす。
「カモン!我が戦友たちよ!」
吉川はエンジンの音が遠くから響くのを聞く。果たして数十秒後、彼女の目の前にはデカデカと”TOYOTA”と書かれたトラックがあった。そして、そこから降りてきたのは―。
「指揮官!」「将軍!」「ボス!」「ご命令を!」「「イエエエーーーイ!」」
「イエーイ!」
黒く、精悍な肌をした少年兵たちだった。彼らと一緒になってアカツキもはしゃぎだす。
「おめえら、このお嬢さんと坊主を守れ!怪しい奴らは喰ってもいいぞ!」
「りょうかーい!」「可愛い!」「優しそう」「でも頭弱そうだよね」
「ちょっと」
思わず吉川は声を荒げる。だが、彼らは気にすることはない。
「おめえら、仲良くすんだぞ!」
「わーかーった」「オッケー!」「仲良くできそう」「後で寝室一緒に行かない?」
「頭痛くなってきた」
吉川はこめかみを抑える。ライダーは苦笑しながら、迷惑をかけますといった後にアカツキと少年兵たちの方へ向き直る。
「マスター、私が不在の間は貴方が彼らの指揮を執ってください」
「俺が?」
ライダーはただほほ笑むだけである。
「貴方にはそれが出来るはずです。貴方のそばにいる方の力を借りてもいいですし」
基本的にライダーは人を認めない質だ。それは彼が生前政府を裏切ってきたが故のことなのだが、そんな彼をして吉川は陣営の一員であると認められた。
無論、彼女はそんなことには気づかず、ただただため息をつくだけなのだが。
「じゃあ、頑張ってください」
「いってらっしゃーい」
アカツキはライダーを見送ると、少年兵たちに交じって会話を交わし始めた。
「…はあ。他の人を振り回す立場の私が逆に振り回されるなんて…」
吉川はその光景を見て、体に何か重いものがのしかかる感覚を覚える。それからしばらく彼女は彼らを見ていたが、突然笑顔になり立ち上がる。
「少々手荒ですが…。やることをやるしかありませんよね」
彼女はアカツキに背後から近づき、首根っこを掴む。
「新しい陣営の対策をしますよ」
「なにするのさ。というか、キャラ変わってない?」
「うるさいですね…」
「じゃあねー」「暴力的」「あれがラブコメ?」「俺もされたい」
少年兵たちの声を聞き流す。
正直冗談ではない状況のはずなのだが、不思議とアカツキにはそれが心地よかった。