雪の降る夜。セイバー陣営は品川の陣地で眠っていた。他の陣営と違ってそこまで大きな被害は受けてないものの連日の戦闘でそれなりに疲弊はしていたのだ。戦闘のピリピリとした感覚。一方で、一つ大きな仕事を終えたかのような安息感。何とも不思議な感覚だった。
セイバーは肌に刺さるような寒さを気にすることなく、ぼんやりと空を見ていた。
「今日は流石に空が赤らむことは無いか」
昨日の夜あったというランサーとバーサーカー・ライダー連合の戦闘。優勝候補のランサーがよもやあそこまで追い込まれるとは思わなかった。正直言って心細い。セイバーは確かにステータスだけなら一級品だが、有名な英雄たちのように強力な防御宝具を持っているわけではないしマスターの戦闘能力も十全とは言い難い部分がある。いざという時に守り切れるかどうかわからないのだ。
鈴原という不安要素が一時的になくなったのは有り難くもあるが、戦闘人員が減ったという点で余りよろしくない。
さてはて、その不安要素を払拭する一つの方法は――
「キリエ、そろそろ狩りの時間だ。ついてこい」
「……わかった」
白いヘルメットとライダースーツに身を包んだキリエに声をかける。彼らはバイクに乗って夜の廃墟へと駆け出す。
目的は勿論、陣地周辺に潜んでいるネズミを皆殺しにすることだ。
◇
廃墟の周辺は主にセイバーが片づけている。敵に隠れて狙撃などされたら困るし、そもそもアサシンの件もある。それでも、周囲はまだほとんどが瓦礫の山だった。
「おかげでこんなのが夜な夜な来る」
「一応、人よけの結界を張っておいたんだけどな。それじゃあ、不十分か」
セイバーがまだ年若い少年を叩き切るのを陰から見ていたキリエが近づいてくる。その顔はやはり青白く、まだ戦争に慣れきっていないことをうかがわせる。
それでも何とかセイバーが殺した少年の顔を見て吐き気を抑えるようにして言葉を紡ぐ。
「これは、ライダーの仲間みたいだね」
キリエは先日ライダー陣営と戦闘したという志村から仔細を聞いていたのだ。その時彼はこの戦争はいささか軍勢召喚系の宝具持ちが多すぎないかと思ったのは別の話。
実際、キリエの頭は別のことでいっぱいだった。つまり、つい先日あったライダーのマスター、アカツキがこちらの命を狙いに来ているということに衝撃を受けていたのだ。キリエからすれば積極的に狙われる理由を作っていないだけなので事情が分からないのだ。
「まあ、そういうこともあるだろう。理由は分からないがとりあえずは相手をするしかない」
セイバーはその辺りドライ、というか場慣れしている感じはある。彼女からすれば襲い掛かってくる相手の理由を考えるのは時間の無駄なのだ。寧ろ大事なのはこの微小な、しかし継続的な攻撃をどうやって止ませるかだ。
「というわけで私としては東京にいると思しきライダー陣営に殴り込みをかけたいのだが」
「志村さんたちが元気だったら、それで何とかなったかもしれないんだけどなあ」
曰く志村の負傷のせいでランサーも全力を出せない状況にある、というより砲弾を撃つことすら難しいとのこと。そうなればセイバー陣営だけで東京の基地に殴り込みをかけることになるのだが。
「バーサーカーが味方に付いているっぽいのが、気になる。というか危険な気がする」
バーサーカーはかつての冬木での聖杯戦争でセイバーを差し置いて最強と讃えられたという。流石に今回のバーサーカーは冬木のそれとは違うだろうが全く正体が掴めず、キリエは不気味なものを感じていた。
そもそもの話としてセイバーの防御力が圧倒的なおかげで見過ごされているが、ここ数日に二回も戦闘をこなしているのだ。そしてキリエ自身も小さくない怪我を負っている。ここで戦闘に打って出るのは出来るだけ避けたい、というのがキリエの偽らざる本音だった。
突然セイバーがキリエを掴んで高くジャンプしたかと思うと片手で剣を振る。
キリエの目の前で青い衝撃波と共にビルが音を立てて崩れると同時に彼の耳に少年たちの悲鳴が聞こえた。
「おい、突然何を……」
さしものキリエもセイバーに文句を言おうとするが、セイバーが構えを解かないのを見てただことではないと察する。
「なあ、セイバー。何が」
瞬間数回銃撃音がするが、セイバーの魔力放出で悉く防がれる。だが、一発キリエの顔をかすめて飛んでいく。
セイバーは弾丸の飛んできた方に対してもう一回剣を振るってビルを壊したのち、キリエを小脇に抱える。
「撤退するぞ。歯を食いしばれ」
「もう食いしばっている」
彼女はそのまま走って拠点の方へと駆けていく。正直なところ、セイバーはライダー側が人員を派遣してくるにしてもせいぜい二、三人程度だと思っていた。これは別に自分よりステータスが低いライダーを見くびっているというわけではなく、彼らも先の戦いで消耗しているという見立てがあってこそだ。
事実、その見立ては間違っていない。もとよりアカツキは魔術師ではない。それ故に多大な魔力を消費する行動はそこまで出来ないのだ。
それにもかかわらず、キリエは血飛沫とそれが霧になるほどの速度の中でライダーのマスターの姿を認めた。彼は秒にも満たないわずかな時間アカツキの目を見る。その真っ黒な瞳は暗いが、決して濁りは無い。キリエは襲われているにもかかわらず、その瞳に不思議と嫌悪感を抱かずただただ奇妙なものとしか思えなかった。
セイバーも当然ながらアカツキに気づいているが、敢えてそちらの方にはいかない。その姿が余りにもあからさますぎて、罠にしか見えないのだ。だから、彼女は遠回りをしつつ品川の拠点の方へと走っていった。
一方。
キリエが奇妙な感情を抱いたのと同じく、アカツキも似たような感情を抱いていた。だが、それはキリエと違ってある種極めて合理的なものだった。
「何で彼らは俺を殺さなかったのだろう?」
彼が無防備な姿をさらしていたのは単純に彼の作戦に不手際があったからだ。そして、彼はその代償が死であることを受け入れていた。無論恐怖がないわけではない。しかし彼は自らを少年兵、戦争の道具として定義しており、そうした感情は極力押し殺すようにしている。
「それではいけません」
ライダーがそこに居た。彼は珍しく、声に怒気を孕ませていた。
「何で怒っているのさ? セイバーを潰せたら楽だといったのはライダーじゃないか」
「ええ、確かにそうです。そして、少年兵たちを率いろといったのも私です」
アカツキは未だライダーが言っていることをまだ理解できていないようだ。だが、次の言葉を聞いてハッとした様子になる。
「ですが、私は言いました。指揮官にとって一番重要なことは生還すること、そして形だけでもいいから少年兵たちの命を尊重するべきだ、と」
少年兵であり、鉄砲玉気質のアカツキにとっては決して持ちえなかった視点。
アカツキはセイバーと先ほど相対した時に奇妙な気持ちの悪い感覚––恐怖とそれを人は呼ぶ––を覚えていたのだ。それは兵器としては欠陥である
だが、ライダーはそのことが気に入らなかったらしい。
「生き長らえれば––恥も外聞も、他者を踏みにじってでも––予想外に良い人生を送れたりするものですよ。だから、命を捨てるような真似はしてはいけません。貴方は人間なのですから」
「生前、あれだけの所業をやっておいてよく言うよ」
アカツキは思わず口を滑らす。だが、ライダーは珍しくかなり真面目な顔で応える。
「たとえ、私の性根が生前のそれとは違っても。私は、そうあれかしと望まれてここにいる。なら、私はその役割を全うするだけです」
聖堂女の格好をした黒人のむくつけき大男がそういうのはシュールそのものでしかない。それを見て、アカツキは辺りを憚ることもなく涙が出るほど大笑いした。
ライダーは唖然としていたが、だんだん腹が立ってきたらしい。
「帰ったら、指揮官とマスターの心得について朝になるまで説教です。……ついてきなさい」
アカツキはライダーについていく。少年兵たちは、彼をどこか羨ましそうな目で見つめていた。
◇
品川の拠点。セイバーとキリエはライダーの追撃を何とか巻いたらしい。
「大丈夫、だぜ」
キリエは笑顔で親指を立てる。だが、先日の傷の一部が開いており、どう考えても大丈夫ではない。
「現状を確認しよう」
キリエは自分で包帯を巻きながらセイバーに話す。セイバーも傷の手当てが出来ないことは無いのだが何と言うか、こまごまとした作業は、彼女は苦手なのだ。
「同盟相手足るランサーは動けず、一方でライダーと恐らくは彼と手を組んでいるであろうバーサーカーがこちらに敵対。さらにはアサシンもこっちを快く思っていない上、フォーリナーとかいう訳の分からない存在もいる。興奮してきたな」
「勝手に興奮してろ」
キリエは本来であれば戦いは出来るだけ避ける人間故、冗談としてもこう言ったことを話すのはセイバーからすれば予想外だった。逆に言えば、それだけ今の状況が戦略的に見てきついということだろう。
「このまま、じっとしていてもジリー・プアーだな」
「……よっぽどきているな」
セイバーは憐れむような顔でキリエを見る。実際、彼の肌の色は血が抜けたせいかあまりよくない。
「キャスターのところに行くのはどうだ? アイツは信用ならないが……」
「なら、やめた方がいいだろ。ライトも何か結構怪しい感じだったし」
キリエは、今度は近くの廃墟からくすねたビーフジャーキーを齧りながら考える。だが、その顔は浮かない様子だ。
かといって、セイバーも何か案がある訳ではない。彼女自身、頭の出来は良くないのは自覚しているのだ。
気づくと、キリエはビーフジャーキーを全て食べ終えていた。彼はセイバーから水を受け取り、一気に飲み干し顔をしかめる。
「アサシンを倒しに行く」