セイバーは思う。マスターはあまりにも無知というか、世間を知らなさすぎると。最初は敵を欺くために敢えて、世間知らずのお坊ちゃまを演じているのかと思ったがそうではないらしい。
実際、昨日キャスターのマスターと別れたときも文句を言っていた上に、寝るときは寝る時で修学旅行気分というのだろうか、夜遅くまではしゃいでいた。何度、これが戦争であると説明したことか。
「なあ、セイバー。ちょっといいか」
「…」
「セイバー?」
まだあどけない、少年の顔が視界に入ってくるのと同時に、意識が現実に引き戻される。
「とりあえずさ。今後のことを考えてなかったじゃん?だから、少し話しておきたいなーって」
何を言っているのだろう。思わず唖然とした顔になるが、彼女は自分の意見を述べ始める。
「昨日はさすがに監督役の本拠地だったから、戦いは起こさなかったが、そうでない今、見つけ次第敵は倒していくだけに決まっているだろう」
それ以外に何があるというのだろうか。戦争である以上、最終的に殺し合いになるのだ。
「うーん、俺もそれはわかっているけど。戦う順序とか、同盟とかを視野に入れたほうがいいと思う。それに、相手のことを知らずに戦うっていうのは、なんかだめだと思うんだ。」
セイバーは呆れたような顔になる。同盟はわかる。戦う順序、これはまあ消耗とかを考えたら、百歩譲って認めよう。けれども、相手を知ろうとするのはいくらなんでも甘すぎる。ましてや、理由が『なんか、だめ』だとは。
やはり、このマスターには自分がいないとまずい。好きかどうか、あるいは信頼できるかどうかなんて言う問題ではなく、そうしないと自分の勝ち負けがまず危うい。
更に、ここは一つ言っておかなければならないだろう。
「キリエ。私は自分の願いに命、すでに死んだ身だが、を賭けている」
「終末のやり直しだっけ?俺は、あの願いには反対だけどな」
「…そんなのは関係ない。お前がどうなろうが知ったことではないが、死なれたり、何か怪我をされると、私が困る」
「つまり?」
彼女は、少しいら立つが表情に出さないように、話しかける。
「そんな甘い考えだと、私はともかくお前は死んでしまう。だから、さっさとその考えを捨てるか、後ろで黙っていてくれ」
彼は困惑したような顔になる。後ろで黙っているのは、セイバーはやや猪突猛進気味な部分がある故に心配らしい。
所詮兵器でしかない自分を心配してくれているのはありがたいと思うが、同時にやかましい、とも思う。
「 あのな」
彼女は思わず、文句を言いかける。
「ああー、少しいいかな?そこの緑のジャケットのお姉さんと、少年」
しかし、発言は、部外者によって遮られる。思わず、そちらを見る。
髪を青く染め、不気味な笑みを浮かべた青年が立っていた。その場に一人佇んでいるだけなのに、しかし彼からは妙な威圧感が滲み出ている。
「おっ、こんにちは。東京にいるっていうことは、あれかな?魔術師か何かかな?」
キリエはその男に近づこうとするが、セイバーは彼を手で制する。青髪の青年は苦笑いしながら、口を開く。
「おいおい、そんなに警戒しないでくれよ。確かに、こんなところで一人で突っ立っている魔術師なんて、胡散臭い以外の形容詞をあてはめられないけどさ。…ああ、そうだ。それなら、僕の名前を教えよう。これで、ちょっとは信用してくれるかな?」
男は、自らを鈴原和彦と名乗る。なんでも、戦争に参加する予定だったらしい。
「その前に七騎揃っちゃったみたいだから、僕の出る幕はないんだけどさ」
どこか、いたずらっぽく笑うのだが、目の下の隈がひどく、どうにも狂気的な笑みにしか見えない。セイバーはそれを見て顔をしかめるが、しかしキリエは一向に気にする様子がない。
「そっかあ。じゃあ、なんで鈴原さんはここにいるんだぜ?」
「んーそうだな。参加できなかったとはいえ、英霊とやらをこの目で見てみたくてね。…それにほら、何かの拍子で僕にも八番目のサーヴァントが来るかもしれないし」
彼とキリエは声をあげて笑う。
「面白い人だなあ。そうだ、鈴原さん、英霊見たいって言ってたよな?なら、俺と一緒に来ないか?俺って一応セイバーのマスターだし」
さらにセイバーは顔をしかめて、いいかげん口を開こうとするが、またもそれは叶わず。鈴原の発言にかき消される。
「それは本当かい!?それはうれしいなあ」
彼の口角がますます上がる。
「いいぜ。だって、ほら旅は道連れって言うじゃん?」
「それはそれは、着いていきたいねえ。…でも」
鈴原の顔から笑みがすっと消え、彼は思い悩むような顔になる。
「でも?」
「君はともかく、そこのセイバーさんとは気が合わないかもしれない。そうなら、一緒にいると、互いに気分が悪い」
キリエは、そうかなあと首を傾げる。それから、セイバーを見るが、彼女はやはり渋い顔で鈴原を睨みつけるのみである。
彼は慌てながらも、鈴原に話しかける。
「も、もし気が合わなくても、俺が間に立つし、一緒にいればだんだん仲良くなるって!」
鈴原は、だが冷たい声でキリエに返す。
「どうしても相いれない人っていうのはいるのは事実なんだ。…だから、一つ質問をさせてほしい」
キリエはどこか、納得がいっていないようだったが、それなら、と回答すること自体には同意する。彼は質問をある程度予想、といってもそれぞれの性格を聞くとか、その程度のもの、をして回答も予想した。
これは彼の長所でもあり、また彼の短所でもあるのだが、その程度のことでどうにかなるだろうという楽天主義が後ろにはある。
「じゃあ、聞くけど」
キリエは頷く。
「君らは悪か正義か、それだけを教えてくれ」
「…どういうことだぜ?」
ある意味では予想が当たったといえるのだが、しかしあまりにも抽象的過ぎ、漠然としすぎている。質問の意図が分からないのはセイバーも同じらしい。
「なに、簡単なことだよ。聖杯を取るために、あるいは大きな善を為すために、手段を選ぶかどうかを聞いているのさ」
勝つためにルールを守るかどうか。それを問うているのだと、キリエは解釈する。彼は少し考えて、慎重に答えを出す。
「…敢えて言うならば、中間かな」
「中間?どういうことだい」
「えーと、説明するのは難しいけど」
彼は前置きして説明しだす。曰く、常に善を選び取れればいいが、それだけでは難しい状況があること。
「例えば、酔っ払って暴れてる人とかを止めるには、力が必要じゃん?」
「そうだね」
鈴原は、納得したように相槌を打つ。それを見て、キリエはさらに続ける。悪を以て悪を制することが必要だけども、一方でそればかりに阿ると、それはいけない。
「だから、なんていうのかな。できるだけまっとうな手段を選んだうえで、聖杯を取れたら、それがベストだと思うぜ」
「そうかそうか。わかった、なんとなくだけど君は割と正義よりなんだね」
「なんか、そう言われると、こそばゆいな」
キリエは照れたように笑う。だが、一方で鈴原の視線はつまらなさそうなものがある。彼は代わりに、セイバーに対して期待するような視線を向ける。
「それで、君は?」
「簡単なことだ。善悪関係なく、必要な時に必要なことをする」
彼女は多くは語らない。それだけで、十分ということだろうか。鈴原も、一応はそれで満足したようだ。
だが、その顔、いや周囲の空気は一瞬にして凍り付く。
「そして、今私にとって必要なこと。それは、お前を殺すことだ」
「ちょ、待てって。セイバー!」
いつの間にか彼女はあの、白亜の鎧に身を包み、剣を構えている。
「止めてくれるな、マスター」
「おいおいおい。僕が何をしたっていうんだ?」
鈴原は、驚いたようにそこで当惑している。セイバーはキリエが引き留めている故に、まだ留まっているものの、剣の構えは解こうとしない。
「セイバー、とりあえず落ち着こうぜ。何が問題なんだ?」
「…お前のためだ」
「は?」
あまりにも、意味のわからない発言。彼を殺すことが、自分のためになる?キリエはますます、困惑の色を深める。セイバーはそれを見て、苛立つように彼女はキリエに言い捨てる。
「そこの男は、お前に害意を持っている。」
「…」
「彼には隠し玉が恐らくある」
彼は考える。今でも八騎目がくるかもとうそぶく程度には、鈴原は聖杯戦争に参加することを望んでいた。仮に同行させた場合、彼が自分を後ろから刺す可能性はありうる。それに、聖杯戦争、ひいては人知を超えた英霊の存在を知って、生身でふらついているのはおかしい。
加えて、一番大事なこととして、そもそも彼の言葉、例えばサーヴァントを持っていない、とかが真実だという保証はどこにもないのだ
前の男を見やる。そして、彼は決断する。
「ダメだぜ、セイバー」
「なぜ?」
「単純な話だ」
先の推理は飽くまで、キリエの疑問点やセイバーの意見をまとめたものでしかない。セイバーがそういうスキルを持っているのは知っているが、しかしそれは推理ですらなく、下手すると妄想の類のものだ。判断材料が少なすぎて、肯定も否定もできない。
「つまりは、ここで下手に結論を出すのは危険だと思うんだ」
「しかし、不確定要素を潰すに越したことはない」
しかし、キリエは頑として首を振らない。その前に聞くべきことがある。彼はあ龗の青年を、どこか縋るように見つめる。
「…鈴原さん。俺は貴方を信じたい。だから、両手の甲をこちらにかざしてみてくれないか?」
「…」
「鈴原さん?」
彼は、手袋をした両手で顔を覆う。顔が見えないが、しかし嗚咽のような声が聞こえてくる。そして、その声は徐々に大きくなり、次に見せたのは。
「大当たり」
人を馬鹿にしたような笑顔と、右手に赤く輝く歪んだ剣。そして、背後にはいつの間にか、巨大な二本角をはやした、刀を持つ鬼がいた。
「叩き切る」
セイバーの周囲を青い燐光が漂い始める。
「おいおいおい。待ってくれよ。確かに、僕は君の愛すべきマスターをだました。けれど、戦うとは言ってないぜ?」
どこか、キリエの口ぶりを真似しながら話す。
「人を騙り、さらにはこの戦争の参加者。ならば、戦わない理由がないだろう」
光がさらに強まる。漏れ出したそれはバイザーを青白く照らす。
「うーん。君のマスターは違うみたいだけど?」
鈴原はさらに嘲弄するように話す。それを聞いて、キリエは一歩前に出る。
「セイバー悪いけど、今は戦えない」
彼女は黙り、そのマスターを見る。
「多分、ここで戦えばそれなりに消耗することになる。それじゃあ、この後勝つのは難しい」
流石にこの状況で同盟を組めるとは思っていないが、しかし彼自身の思惑として、またいくつか別の理由で戦いたくないというのがあった。
一つは、彼自身が戦いに向いてないのだ。使える魔術はどちらかというと支援向きで、相手のマスターと直接対決になったら、恐らくは負けるだろう。それだけだとセイバーは、その程度のことと言って無理やり戦端を開きかねない。
実のところ、もう一つの理由の方がセイバーを止めるには効果的だった可能性もあるのだが、それはあまりにも馬鹿馬鹿しすぎるゆえに彼は言わない。
いずれにせよ、セイバーは不承不承とはいえ引き下がった。
「セイバーも僕のサーヴァントと同じ程度には頭が回るらしい」
何も言わない鬼を見る。しかし、それは何も言わない。どこか皮肉気な、しかし古い友人を見るような、その目線をサーヴァントから離さない。
「それで、貴様はどうするんだ?」
「まあ、とりあえず。今日はここでお暇させてもらおうか」
鈴原は踵を返して、午前の日光を背景に歩き出す
「待ってほしいんだぜ!」
呼び止める声。止まる義理はないはずだが、彼は歩みを止める。
「なんだい?僕は君以外のマスターとも会わなきゃいけないんだけど」
「願いを、鈴原さんの願いを教えてほしいんだぜ!」
彼は少しだけ振り返る。
「…そうだな。僕の願いは」
その声は、どこか使命感に満ち、一方で愁いを含んでいるように、そう見えた。
「どうしようもない悪を殺すことさ」
「…悪?」
その疑問に彼は答えない。ひらひらと手を振って、今度こそ何処かへと立ち去って行った。
かくして、池袋における対面は何とも煮え切らない形で終わったのだった。
「なあ、セイバー」
セイバーは相変わらずバイザーをつけたまま、キリエの言葉に答える様子はない。
「さっきはありがとな」
「…何がだ」
明らかに不機嫌の色が浮かんでいる。戦えなかったことを未だ根に持っているのだろうか。
「前に出たのはさ、俺を心配してのことだったんだろ?ほら、『お前のためだ』とか言ってたじゃん?」
彼はのぞき込んで、瞳を見つめて話す。
「勘違いするな。お前は飽くまで、ついでだ。手間がかかってしょうがないし、単独行動を持っていたら、お前なんかとっくに見捨ててる」
「うーん、それでもありがとな」
キリエは、はにかむ。セイバーはそれを見て、どこかばつが悪そうに、また顔をそむけた。
「貴君は彼らを見て、何か思うことはなかったのか?」
鬼は川沿いのベンチに座っている、疲れた様子のマスターに問いかける。
「…」
「マスター」
「正直、羨ましいというか、なんというか」
鈴原は、どこか郷愁を感じさせる声で答える。
「確かに在りし日の貴君に似ている」
「あの頃の僕はいないさ」
彼は自嘲気味に返し、ベンチから立ち上がる。
「さて、アヴェンジャー。準備はいいかい?」
彼は、存在するはずのないエクストラクラス、八番目のサーヴァントに語り掛ける。
「尋ねるまでもない」
「悪を以て邪悪を討つ。たとえ何を犠牲に払ってでも…」
鬼は、その後ろ姿を悲しげに見ていた。
アヴェンジャー
筋力:A
耐久:A++
敏捷:D
魔力:C
幸運:D
八番目のサーヴァントです。姿について補足しておくと、どこか、古代の武者のようにも見えるかもしれません。
まだ出ていない基本クラス、アーチャーとアサシンに関しては登場はもう少し先になるかと思いまず。