ランサーのマスター、志村にとってこの戦争は勝つのは容易いことだ。誰にもない、それこそ神代の大英雄でさえ持てないであろうアドヴァンテージを持ったサーヴァントに、人的、経済的に他マスターと比べても有利だという自覚はある。恐らくは、戦闘すらも他の人間に任せて、どこか適当な穴倉に籠っていれば勝つことはできるだろう。
にもかかわらず、彼がわざわざ旧東京を歩いている、さすがに何人かの護衛をそばに於いているが、のはいくつかの理由がある。一つは単純に他マスターの為人が気になるということ。もう一つは、より単純な理由、つまりは情報収集である。他の人間に任さざるを得ない部分はあるとはいえ、しかし自分で直接見て確認できるならば、そうしたほうがいい。
「とはいえ、だ」
彼はかつてスカイツリーと呼ばれた建物の真下に立って、腕を組み何か悩むようなそぶりを見せる。
「東京は広すぎる。これでは、他参加者と戦うことはおろか、会うことすら叶わないだろうな」
そばにいた護衛の男性に視線をやるが、男は首を横に振る。順に他の人間にも聞いてみるが、同じ反応が返ってくるばかりだ。どうやら、誰も他のマスターを見つけられていないらしい。
それから、電話を掛けるが、どこも同じらしい。
最後の通話で声が返ってこず、ただ着信音が鳴り響くのを聞いて、彼は顔をしかめる。
「…どうやら、誰か一人、やられたらしいな」
まずいのは、それがここで落ち合う予定の人間だったことだ。彼からしたら雇った傭兵の一人にすぎないが、しかし不吉なものを覚えざるを得ないだろう。彼は少し逡巡し、護衛に話しかける。
「一旦、場所を移すぞ」
「承知しました。どこに行きますか?」
「そうだな…」
髭に手を当て、思案する。どこがいいだろうか。安全な場所は、場所が場所ゆえに事実上存在しないと考えたほうがいいだろう。さらに、仮にその傭兵が生きていた場合も考えなければならないだろう。
「ねえ、そこのおじさん。少し、お話いいかしら?」
背後から聞こえてくる幼い声。いつの間にあらわれたかわからない、一瞬にして周囲の空気が剣呑なものへと変化する。恐らくは、周囲の護衛は銃を取り出しているだろう。そんなことを考えつつ、しかし志村はゆっくりと後ろを振り向く。
「おや、こんなところに客人ですか。いいでしょう、私も息抜きしたいと考えていたところです」
青いエプロンドレスに黒のカチューシャをつけた金髪の少女はにっこりと志村に微笑みかける。
「なかなかに熟練した気配の隠し方ですね。なのに、いきなり『ぐさり』とやらない当たり、聖杯もなかなかどうして教育が行き届いているようですね」
アサシンと思しき少女は、くつくつと笑う。その笑いは本心から笑っているはずなのに、しかしどこか演技のようにも見える。
「機嫌がいいようで結構。ところで、私の仲間を知りませんか?ここで落ち合う約束をしていたのですが」
半ば、回答がわかっていながらも確認のために聞く。少女は、首をかしげていたが、どうやら思い出したらしい。
「遊んでいたら、どっか行っちゃったわ」
「そうですか、それは残念」
まともに答える気がない以上、あまり深堀してもいいことはないだろう。
「それよりも、あなた。あなたのサーヴァントはどこにいるの」
傭兵たちは互いに顔を見合わせる。実のところ、彼ら以上に志村と近しい関係の社員たちもそうなのだが、彼らは召喚されたサーヴァントが何者であるか影も形も分からないのだ。
志村は、まるでお気に入りのおもちゃを友達に見せる子供のように、心底嬉しそうに話す。
「興味を持ってもらって、うれしいですねえ」
彼はそう言うと、ある一点、空に向けて指を突き出す。
「私のサーヴァントはね、空にいるんですよ」
「空?」
少女は空を見上げる。
「貴方は、この広くて青い空を従えているのかしら?」
「まさか、まさか…。さしもの私でも、そこまで強大なサーヴァントは手に負えませんからね」
とはいえ、空にいるサーヴァント。それが異常なものであることは疑いようもない。
「ああ、そうだ。もしかしたら、高いところから望遠鏡か何かでのぞけば、私のサーヴァントを見ることができるかもしれませんね。一緒に見に行きませんか?貴方のマスターも見たいと思っているでしょうし」
護衛の傭兵もそうだが、アサシンのマスターが出てくる気配はない。仮に、アーチャーのように単独行動が可能なサーヴァントだったら面倒なことこの上ない。
志村はすでに一度死んでいるようなものなのだ。
「そうね、あまり言いたくないことなんだけど…。あなたの従者が空の上ならば、私のマスターは遠い海の底」
海の底。仮にそれを文字通りに受け止めると、彼女のマスターは海の中に拠点か何かを築いて、そこにいることになる。彼女は、志村を見て心底おかしそうに、あの演技がかった笑い声をあげる。
「お互い、まだまだ秘密だらけね。今は、そういうフェーズなのかしら?」
戦うならば、まず相手のことを知ることが必要だ。むやみに相手に突っ込むよりも、
そのための情報を今は集めたほうがいい、ということだろうか。
「個人的に、私は貴女のマスターのことをもっと知りたいですね。海の底!なんていい場所でしょう。海は、空よりも神秘に満ちた、人間にとってある種の神話的世界だと聞きます」
彼も魔術師のはしくれだが、所詮魔術は便利な道具の一つとしか考えていない。でなければ、神秘や神話などとそう軽々しくは言えないだろう。
「何より、奇襲にも最適だ。北極に張る氷の下から、潜水艦が船を沈めたという話もあるらしいですね」
「茶化しているのかしら?それとも、本心かしら?」
「おっとこれは失敬。麗しきレディの前で話すべきことではありませんでしたね」
それこそ、相手をからかうかのような発言だが、社会的立場かあるいは彼の紳士的な風貌がそうさせるのか、そうした色は見られない。どうやら、少女も納得したらしい。
「じゃあ、あなたは本当に好きなのね、戦いが」
彼は、ゆるゆると首を振る。
「私はこれでもビジネスマンの末席を穢している身分。戦いが好きなのではなく、戦いが生むものこそを愛するのです。いうなれば、戦いは手段であって目的ではないといったところでしょうか」
戦うために聖杯を求めるのでなく、聖杯を得るために戦う。戦い自体を好む人種もいるらしいが、彼や彼のサーヴァントはそう言う手合いとは違うらしい。
「さて、この聖杯戦争、あるいは私、あるいは貴女は何を生み出すのでしょうね?」
「私は何も生み出さないわ。生み出される側だから。…でも、そうね。一つ生み出すとしたら、あの娘への献身かしら?」
「献身」
志村は興味深そうな表情になる。献身というのはある意味で彼が身を置く競争社会から最も遠い場所に位置する言葉だ。自分のことを顧みず、相手の為になることをする。美しいが、しかしそれはガラスよりも脆い代物だ。
「献身というのは、何のことですか?」
「これ以上はダメ…って言いたいところだけど、話してくれたお礼ってことでサービスしてあげるわ」
彼女は暗く笑う。その笑みは、今までの人形のようなそれとは違って、彼女の本心を表しているようだ。
「私は、私と彼女の痕跡をあなた達に刻む。そうして、私と彼女は世界に遍在するの」
なるほど、と思う。志村は自分のことを肝が据わっている方だと思っていたし、実際今も心は不動にして自由だ。けれども、目の前のそれは今まで会ってきた脅威とはレヴェルが違う。
これが、サーヴァントか。彼は、改めてその異常な力を認識する。
スマートフォンの音が鳴る。どうやら、誰かからメールが送られてきたらしい。彼は少女に謝って、メールを一瞥し、少女を見る。
「どうしたのかしら?」
「いえね、私のサーヴァントが貴女に伝えたいことがあるらしくてですね。聞きますか?」
「もちろん」
彼は、スマートフォンに書かれた文面を読み始める。
「曰く、”オマエノカラダコソ、イツカキザンデヤロウ”だそうです」
嘘をつかなかったのは無駄だと判断してのことか、それとも別の理由があってか。どちらにせよ、自殺行為に近しい。だが、彼は相変わらず動じる様子はない。
「くすくす。あなたのサーヴァントは面白いことを言うのね」
無論、勝つのは私だけれど、と彼女は続ける。その顔は、なかなかどうして余裕に満ちている。
「ブラックジョークにしても、黒すぎると思いますけどね」
志村も、その顔を見て笑い返す。こちらも負ける気は露ほどにもしない。なんなら、ここで雌雄を決することもできるし、当然に勝つだろう。
とはいえ、だ。
「こちらから喧嘩を売るような物言いをしておいて、アレですけど、ここで戦うのは無粋ですねえ。この和やかな空気は壊したくはない」
「同感ね。そうね、私はそろそろ行かなきゃいけないけど、機嫌がいいからもう一つサービスしてあげるわ」
「ほう?それはありがたい」
片眉を上げる。そこまで話してくれるのには何か裏がありそうだが、しかしもらえる情報はもらっておいた方がいいだろう。
「貴方がくれるものは、なんですか?」
「私の名前よ」
彼女は、見た目にしてはやけに艶めかしい唇をゆっくりと開く。
「私はエス。世界に遍在する者よ」
「世界に、遍在する」
彼は彼女の言うことを吟味する。一つの真名に行き当たるが、しかしそれはもはやサーヴァントとして顕れてはいけない類のもののような気がする。
けれども。同時に、それは対策が決してないわけではないとも考える。つまるところ、強大だが対処可能な範囲のものだ。
どちらにせよ、わざわざ情報を教えてくれたのだ、感謝しなければなるまい。
「貴重な情報、それに真名につながるものを教えてくださり、ありがとうございます」
「礼には及ばないわ。今度はきっと、鏡の中で会いましょう」
少女はスカートのはしをつまんで、礼儀正しく挨拶した次の瞬間、霧のように掻き消えていた。
「大丈夫ですか?何か、変なことは」
護衛の一人が近寄ってくる。
「大丈夫だ。問題ない」
志村は、まるであの少女のように、くるり一回りして見せる。何とも似合わない真似を見て、対処に困った顔をする護衛に、彼は苦笑いしながら話す。
「どうにも、若い人間と話すのは慣れないし、彼らの文化を理解するのも大変だ」
「…そうですか」
志村は咳払いをして、護衛を見回す。
「私は、今後どうすればいい?」
護衛はしばし黙ったのち、たがいに目配せして、一人が前に進み出る。
「僭越ながら、ご意見させていただきますと、工房に閉じこもっているのがいいかと存じます。今回は見逃してもらえましたが、今度、あのアサシンに後ろを取られたらおしまいです」
工房に閉じこもる。かつての聖杯戦争では、工房ごと爆破される憂き目を見た魔術師がいたという話だが、核シェルターも兼ねた志村のそれでは、そんな程度のものでは動じることはないだろう。無論、魔術的防護も万全だと言い切れる。
「悪くない選択肢だ。だが」
彼は、そう言って再度スマートフォンを取り出し、電話をかける。
「あー、聞こえるかね?」
「キコエルトモ。オマエラノカイワモ、アノエストカイウアオイオンナノハツゲンモ」
「ならば、私の問いについてどう思う」
彼は空を見上げる。日は既に中天に昇りつつあるというのに、空に一つ、星のような光が灯る。
「ワタシノイケンカラスルト、オマエガオクナイニイルト、ワタシノメガチョクセツトドカナイ。マシテヤチカニモグラレタラツウシンガトドカナクナルカモシレナイ」
「つまり?」
「オクガイニイテクレタホウガ、オマエノミヲマモリヤスイ。アア、デモ、ドウメイアイテハイタホウガイイナ。イロンナコトガデキルシ、イザトナレバワタシガショブンデキル」
「わかった、なら、そうしよう」
志村は通話を切り、護衛達に今ランサーと話したことを伝える。護衛達は不満そうな、当惑したような顔になるが、それ以上何も言わない。彼は、納得してくれたことに感謝して、そのうえで改めて散開するように伝える。
「同盟相手になりそうな人間を見つけるか、アサシンにやられたと思しき佐藤を見つけたら、すぐに連絡してくれ。交戦になりそうなら、逃げること。諸君らに累が及ぶのはこちらとしては本意ではない」
「承知しました。どういう条件で選別しましょうか?」
護衛の問いに、彼は顎に手を当てて考える。ランサーはああは言ったが、同盟を結ぶならば、裏切りを考えないような人間であることに越したことはない。そのうえで、手玉に取りやすい人間なら、なおいいだろう。
「まだ年若い人物、二十台未満なら、なおいい。そして、何より素直な人間がいい」
彼は、それから護衛の人数を確認する。十人位だろうか。彼は二人ずつの組に分け、そのうち最も信頼できる二人を呼び寄せる。
「それでは、これからまた他の参加者を探す。気を引き締めるように」
彼は次に集合する時刻と場所を告げて、がれきの街を歩みだす。
星が煌々と輝いていた。
アサシン
筋力:A
耐久:C
敏捷:C
魔力:B
幸運:B
アサシンです。実際のセッションだと、ある程度条件がそろわないとマスターに攻撃することはできませんが、これは曲がりなりにもSS。なかなかの難敵になることでしょう。