現状、志村にとって状況はよくない。全くと言っていいほど同盟相手が見つからないどころか、アサシン以来人と会っていないのだ。辺りも暗くなってきた。これは、そろそろ撤収すべきだろうか。
しかし一部の傭兵から、品川に大聖堂のような建築機構が残されているという情報や、池袋で鬼のような何かを見たという話も入っている。前者に関してはかつての千代田区や文京区方面ならば見間違いということで終わらせてもよかったのだが、そうでないということはキャスター辺りが動いたのだろう。にも拘らず、そこは今もぬけの殻であるという。ランサーにも探知させたが、後はわからないという。これは何らかの策である可能性は否定できない。深追いは危険だろう。
そう考えて池袋に来たのだが、こちらもやはりほとんど何もなかった。ただ、何点か気になるものは見つかったようだ。彼は護衛に、サンシャインシティ前の道路へと連れていかれる。
「これです」
それは、人間の足跡であった。だが、しかし明らかにそれは大きすぎる。常人のものと比べて数倍はあるだろうか。
「神の祝福を受けると、体が巨大化するという話はあるが…?それの類なのか?」
実際、アメリカで行われた、ある聖杯戦争ではギリシャの大英雄がその身に宿る祝福を捨て去った結果、身長、体重共に落ちたという記録が残されている。
ただ、現状では詳しいことは言えない。足跡は、その一つ程度だからだ。恐らくはキャスターと同じく、霊体化してどこかへと去っていったのだろう。
「問題は、こちらですね」
足跡の位置から数メートル程度離れたところで、誰かがいたと思しき痕跡が残っていたらしい。今はそうでもないらしいが、傭兵(彼らも聖杯戦争に参加できる程度には魔術は使える)がこの場所に来た時、濃密な魔力を探知したのだという。
「この魔力は、なんというか、らしくないというか…」
傭兵は歯切れ悪そうに言う。
「らしくないというのはどういうことだ?」
魔力にらしいもクソもないはずだが、それをあえて口に出すということは何かあるのだろう。傭兵は、簡易的な検査をした結果ですが、と前置きを置いてから話し出す。
「イオンエンジンに似た性質を持っているとかで…」
「なんだ、それは?」
当惑するのも無理はない。イオンエンジンを扱えるサーヴァントがいたとするならば、それは科学者や、あるいはボイジャーなどの宇宙船が英霊化したという話になってくるのだろうが、それは考えづらい話だろう。そんなものを召喚する意味が分からない。
だが、もしそのサーヴァントを仲間に入れることができれば、兵器開発に大きく役立つことだろう。
「ランサーに話を聞いてみるか」
志村が電話をかけると、すぐに連絡が返ってきた。
「朝の池袋を見ていたか?」
『アア、ヒマダッタカラミテイタトモ。ガゾウヲテンソウスル』
程なくして、秘匿メールが届く。その中には青髪に眼鏡の青年と鬼、それと向かい合うようにして水夫服の少年と白亜の鎧の女性が写っていた。画像の位置を考えるに、女性がイオンエンジンをばらまいた主犯だろう。クラスはセイバーだろうか?
『オマエノイウオニガドコニイッタノカハワカラン。ダガ、ソコノオンナナラケイロヲタドルコトハカノウカモシレン』
話を聞くに立ち去った後、霊体化した様子はないのだという。とはいえ、探知に少し時間がかかるようだが、頼まない理由はないだろう。
「なら、よろしく頼む」
志村はそのまま電話を切ろうとするが、ランサーに呼び止められる。
『オマケデオシエテヤル。イマ、ムカシノゲキジョウニヒトガフタリハイッタ。アイニイクナライクトイイ』
壊れかけた劇場に向かうと果たして、美しくも、悲しいピアノの旋律が聞こえてきた。
「ショパンの葬送か」
名前からして、あまりにも物悲しい曲である。それは、かつて死んでいった人間に向けられたものか、それとも…?
志村はらしくもない考えを振り払い。護衛には適当な場所で隠れているよう指示する。交渉のとき、目に見えて威圧的な態度は、相手の態度を固くしかねない。
ランタンに仄かに照らされた、暗い舞台の上で女性と見紛うほどの美貌の少年がピアノを弾いていた。それは、魔術という神秘の世界に生きる彼をして、幻想的であると思わせるに十分な響きであった。
「いかんな。どうにも気が緩んでいる」
志村は頭を振り払う。見たところ少年はまだ幼いが、しかし彼が何らかの魔術を使用している可能性は否定できないし、また敵でないという保証もないのだ。とりあえずは情報を集めなければなるまい。
「ほう?」
薄暗くてわからなかったが、下の方に男が一人いるようだ。近づいて話しかける。
「こんばんは」
志村は男の隣に座る。彼は、どことなく風林火山を号した戦国武将のような顔立ちだ。流石に当世具足ではないが、青味がかった灰色のジャケットにハットというモダンな格好がなかなか似合っている。
「いい演奏ですね」
「誰だ…?」
男は、こちらに興味を持ってくれたようだ。
「申し遅れました、私、四菱重工の志村敏三と申します。以後お見知りおきを」
彼は名刺を差し出す。男は黙って受け取る。
「私は恐島泰山という。しがない、元刑事だ」
恐島はどこか、自嘲するように話す。
「…ところで、貴方は何のためにここに来ているんだ?」
「それは」
志村は想定していなかった質問に口ごもる。目の前の男が魔術師ならば。事情を話しても問題はないが、そうでないなら面倒くさいことになる。
「…実は私の細君が先の地震で死にましてね。それの墓参りと言いますか」
彼は、ごまかすことにした。志村には妻などいない。どころか、親族の顔はもう十年は見ていないだろう。にも拘らず嘘をついたのは、その方がどう転んでも後腐れが無いと思ったからだ。
「そういうあなたは?」
恐島は目を閉じてゆっくりと語りだす。
「その大震災の直前、いくつか奇妙な事件が起きていたのは覚えているか?」
詳しくは知らないが、ネット上では先の聖杯戦争の影響と思しき都市伝説がまことしやかに囁かれていた。まあ、多くは実像から大きく離れた話になっているから、さして問題はないだろうとは思う。恐島の話も、そんなところだろう。
「当時、私はある殺人鬼を追っていた」
「殺人鬼、ですか」
そんなこともあったとおぼろげながら思い出す。当時は現代のジャック・ザ・リッパ―だとか騒がれたが、大震災以後人々の記憶から風化していった。もう、口には上がることは少ない話だろう。
「そこには、常に一人の少年の姿と、そして刀を持った大男の姿があった」
「ほう?」
少年単体ならともかく、刀を持った大男とくれば話は違う。何かしらのサーヴァントが関わっていたということか?
「そして、少年と大男は姿をくらましていたが…。最近、また東京に姿を現したという話が入ってきた」
「つまり、貴方はその二人が犯人と考えて、彼らを追っていたのですね」
「うむ」
恐島はどこか遠い目をしながら肯定する。
「とはいえだ、彼らは姿を眩ましたり、時として周囲で超常的な現象が起きている」
それが、結局彼らを逮捕できなかった理由なのだが、と彼は苦々しげに話す。十年も老い続けていれば,毒の一つや二つも吐きたくなるだろうか。
困ったのは志村だ。明らかに魔術師関連の事件だが、彼らを巻き込むことは得策ではない。誰も人がいないから、魂喰い(ランサーにできるかどうかはさておくとして)も考えたが、どこであの烏が見張っているかわからない。そも、それは最終手段ゆえに穏便に解決できるならそうしたいのだ。
「彼らの名前を教えてくれませんか?もし、わかるならば私が代わりに追いかけますよ」
「協力してくれるならば、それはありがたい。少年は鈴原和彦。眼鏡に青髪が特徴だ。大男は…。名前はわからないが、一目見ればわかる」
さっき、画像で見た青年と同じ人間だろうか?しかし、それは今はそこまでじゅうようなはなしではないだろう。
寧ろ重要なのは、恐島の協力するという言葉。つまりは、彼がまだ探すのをあきらめていないということだ。別の角度から攻めてみる。
「さっき超常的な現象云々と言いましたね?」
「ああ」
「にわかには信じがたいですが…。事件に関わっていた貴方が言うならば確かなのでしょう。しかし、それならば、彼らへの対処は難しいのではないですか?」
サーヴァントに対抗するには、同等以上の神秘を持つ武器がまず必要だ。それでも、人の身で彼らに挑むのは無謀の一言に尽きるだろう。
音楽が止んだ。そろそろ公演は終わりらしい。
恐島は一瞬、舞台の上を見てから十字架を模した短剣を何本かを見せてくる。
「…なるほど」
「何か、言ったか?」
「いえ、何も」
黒鍵。聖堂教会の代行者が使用する、対死徒用の武器。だが、霊的な存在全般に効果を現すというので、当て所次第では英霊にもそれなりの効果を現すだろう。
恐島は志村の思惑を知ってか知らずか、滔々と語りだす。
「丁度事件に当たっていた頃、知り合いからもらったものでね。その知り合いとはもう何年も連絡を取っていないが、何でも、神秘的な存在には効果抜群らしい」
「ううむ…」
志村は悩む。男の意志は固く、生中な言葉では彼を止めることはできないだろう。悩んでいる彼に、足音が近づいてくる。どうやら、さっきまでピアノを弾いていた少年らしい。
頭では別のことを考えつつ、手を叩く。
「素晴らしい演奏でしたよ」
「貴方は?」
「志村敏三さんというらしい。何でも、墓参りのために来たらしい」
話しぶりからすると二人は知り合いのようだ。少年は天枯風香と名乗る。
「東京を歩いていたら、そこのおじさんに捕まっちゃってさ。それで一緒に行動してるんだ」
旅は道連れっていうし、と彼はしかしどこか楽しげに話す。
「元刑事なのでな。どんな人間であろうと、こんなところをふらふら歩いている子供を保護しないわけにはいかないだろう」
いかにもな発言。志村は、そうした正義感の強さは賞賛すべきものであると考えているが、今ここでは捨てなければならないものだと確信している。戦場にいてはいけない類の人間だ。
「貴方はその曲を誰のために弾いているのですか?誰かただ一人に?それとも、世界のために?」
「いつかは世界中の人に聞いてもらいたいな」
ならば、なおさらここにいては困る人間だ。この戦争は我欲を以て他者を踏みにじる類の物。他者を第一に考える善人はこんなところで死んではいけないだろう。
「ここは危険です。とても」
「何が言いたいんだ?」
「ここから立ち去ってください」
監督役に引き渡せば、そう悪いことにはならないだろう。少なくとも、魂杭などの被害にあう可能性は少ないはずだ。
それを聞いて、天枯は不思議そうな顔をする。何か、彼も必ず達成しなければならない願いでも持っているのだろうか?だが、ここは何としてもつれていきたい。魔術師的な観点としても、人間としての観点からしても。
「ねえ、おじさん。一つ聞いていいかな?」
「なんでしょう?」
「それは、戦争への参加者としての忠告?」
天枯の視線は志村の右手、令呪に向かっている。彼は心の中で舌打ちをする。こんなに初歩的なミスをするとは!
「さて…。何のことか」
とぼけてみたが、完全に隠しきれるものではないだろう。そも、こんな言葉しか出せなかった辺り、自分が目に見えて動揺していることを現すものだ。
恐島は途端に険しい顔になる。
「魔術師?それに戦争だと?」
「うん、そうだよ。彼は参加者みたい」
よもや、恐島も魔術師だったのか。頭の中に疑念がよぎったが、口ぶりからすると事情は違うらしい。
「警察内部で捨てられた文書で見たが…本物だったとは」
「僕が魔術を使って見せたのにひどいなあ」
どうやら、ある程度事情を知っていると判断し、天枯が恐島に色々教えたらしい。だが、これでは二人はますます危険な立場に置かれることになるだろう。志村はなおも説得を試みるが、そうは問屋が卸さない。
「なるほど、我々に嘘をついていたと」
「それは謝ります。ですが、貴方方の力では不十分です」
言ってしまってからしまったと思うが、もう遅い。恐島の眉毛がピクリと上がる。
「私に力がないだと?知ったような口を利くな。…悪いが、隠し事をしているような人間は信用できない。行かせてもらう」
「待ってください」
制止も聞かずに恐島は出口へとむけて歩き出す。近くの護衛達に合図を出すが、隠れるよう指示していたせいで対応が遅れている。外にいる人間も、この広く、瓦礫だらけの敷地では見逃してしまう可能性が高いだろう。
「さて、僕もおじさんを追っかけなければいけないけど…。志村さん、一つ忠告」
「なんですか?」
思わず、声が荒立つ。いつの間にか天枯は出口の前まで歩いている。
「善人が、無理に悪ぶった願いを持つと身を亡ぼすよ」
「それは…どういう?」
「じゃあね」
天枯は、そういってダッシュで走り去る。暫くして、何かを倒す音が聞こえる。この調子では追いかけても捕まえることは難しいだろう。
志村は舌打ちしつつ、電話をかける。
「もしもし?ランサー、聞こえるか?」
『イマニゲテイッタヤツラノツイセキカ?』
「話が早くて助かる」
つくづく便利なサーヴァントだと思う。とはいえ、いる場所によっては普通に見落とすこともあるし、ある程度離れた場所にいる別の人間の追跡は出来ない。セイバーと思しき少女の追跡は一旦あきらめざるを得ないだろう。
『オチコンダヨウスノマスターニロウホウ』
「朗報?」
柄にもなく焦っていたせいで、ランサーの”ロウホウ”が一瞬そのままカタカナに聞こえる。だが、次に聞いた言葉ははっきりと分かった。
『オンナトショウネンハメイジジングウニムカッタ』
恐島と天枯は、セッション内ではある種のお助けNPCでした。後者に関しては、卯月璃々という別のキャラクターと合体させる形で今作中では登場させています。
キャラクター名:恐島泰山
職業、元刑事及び剣道師範。善あるいは中庸属性のキャラクターにしか協力しない
能力:黒鍵による投擲
セッション中では"恐怖を与える能力"。効果としては"移動フェイズ中に公開で宣言し1行動を消費して発動。サーヴァントに遠距離攻撃、魔法攻撃扱いで4d6の攻撃。(この攻撃でHPが0以下にはならない)当たった陣営は移動フェイズ時令呪を用いた行動以外何も出来ない。(遠距離反撃は出来る)"というもの。
キャラクター名:天枯風香
魔術師兼ピアニスト。セッション内では職業不明。
能力:文字の上を渡り歩く能力
任意のキャラクターのスキル1つの名前と効果を囁きで知ることが出来る。ただし、シート上の「何個目」のスキルを知りたいか言う必要がある。
キャラクター名:卯月璃々
中学生。女性。
能力:癒しの音楽を奏でる能力
HPを10回復する。(最大HP以上にはならない。)