朝五時。まだ陽は登り切っていないのに、人のいない品川の一角で人が動いている気配がある。セイバーのマスター、キリエ・ホワイトリバーである。
キリエの趣味の一つに料理がある。この荒廃した東京では使える食材、エネルギーなど問題点は多いが、それでも一日三回の重要な生命活動にして、一生続く楽しみである。この状況で料理を作るというのは、大きな隙を晒すことにもなりかねない。だが、偶々品川に作りかけの、しかしかなり出来のいい陣地を見つけたゆえ、彼はそこまで敵の強襲を心配していなかった。
とはいえ、そんなに大したものができないのもまた事実である。せいぜいがスーパーの廃墟で見つけた缶詰類やインスタント食品、それから野草や東京湾の魚くらいだろうか。一応、ある魔術師から教えてもらった腐肉をも霜降りに変える魔術を使って食材を生み出そうとしたが、セイバーに反対されたのでやめた。
要は、キリエは十分な食材がないという状況に不満なのである。しかし、文句は言っていられない。彼は昔のデパートで見つけた電池式の電熱器に鍋を置き、ニンニクとカタクチイワシを炒めた後、トマト缶を入れて煮込む。いい匂いだ。少し作りすぎてしまったかもしれないが、今日も一日歩き回ることを考えれば多少食べすぎなくらいがいいだろう。余ったら、水筒に入れて昼食に回してもいい。
「また作っているのか」
セイバーが霊体を解いて出てくる。
「セイバー、おはよう」
「マスター。言っておくが、ここは戦場だ」
「わかってるぜ。でも、だからこそ潤いは必要だと思うんだぜ」
彼女はサーヴァント故別に食事をとる必要はなく、またキリエにも出来るだけレーションなどで済ませるよう言ってくるが、彼は、それはつまらないと思うのだ。
セイバーはため息をつきつつも、急ごしらえの席に座る。そして、その前に可愛らしい花柄の椀に入った赤いスープと乾パンが置かれる。
「乾パンとトマトスープというのはなんか変だけど、悪いな」
「中に入っている飴を避けて喰うから問題はない」
キリエも席に座って、食事をとり始める。なかなかの出来だ。セイバーをちらりと見る。
「流石にこの状況で食材を散々探し回っただけはある。悪くないと思う」
「そういってもらえると嬉しいぜ」
キリエはまだセイバーの為人を理解していない。寧ろ、一日で完全に理解できる方がおかしいのだが、前のめりな部分はありつつも、しかしそれでも口とは裏腹に存外優しいように思うのだ。彼はそんな彼女を信頼して、一つ質問してみる。
「今後どうすればいいと思う?」
セイバーはスプーンを持ったまま固まるが、それをひとまず盆において口を開く。
「ルーラーが言ったようにアヴェンジャーとフォーリナーを叩きに行く。なにがしかの報酬が出るかもしれないし、率先して叩く価値があると思う」
キリエとしては言いたいことはあるが、もう少し彼女の意見を聞いてみることにする。
「どっちを先に叩くんだぜ?」
「アヴェンジャーだな」
即答。これも、彼女の特徴の一つかもしれないとキリエは思う。果断なのだ。
「一度我々と彼らは顔を合わせている。何も情報のないフォーリナーを追うよりは効率がいい。それに」
「それに?」
「お礼が必要だと思ってね」
ここはよくないところだ。セイバーは自分が甘すぎるというが、キリエからすれば彼女は何というか、少々直情的すぎるのだ。これでは、周囲が敵ばかりになってしまう。実際問題として、既にキャスター、ライダー、それからルーラーからの心証はよくないだろう。
「お前はどう思うんだ?」
そんなのは決まり切っている。
「やっぱり同盟相手欲しいなあ」
「私は三つの点で反対だ」
一つや二つは考えていたが、しかし三つ来るとは思っていなかった。だが、ここで彼女との意見のすり合わせは必要だろう。この差異を放置したままでは、互いに気分が悪くなりかねないし、最悪空中分解しかねない。
「一つ目。お前は昨日騙されかけたばかりだ」
「一応、対応できたけどな」
「半分は私の啓示のおかげだ」
逆に言うと、セイバーと一緒にいれば問題ないということでもある。それに二度は騙されない自信がある。
そう彼女に伝えると、二点目について話し出す。
「二点目。単純に人と出会う可能性が低い。そもそも、同盟云々とかを考えるのがおかしい気もする」
「だからこそ、会ったやつとの縁は大事にしなきゃだろ」
それに、既に三組、彼らは遭遇しているのだ。そんなに、極端に他の人間とのエンカウント率が低いということは考えにくい。
セイバーはキリエの方を鋭い視線で見る。
「三つ目。お前、戦いたくないがゆえに同盟を組むとか言ってないか?」
「それは…」
きっとそうだろう。というか、キリエは命を懸けるほどの願いはなく、そもそも戦いとは何かを理解できていないのだ。あるとすれば、せいぜいセイバーの願いが人の身で追うには重すぎることと、そんな彼女を支えたいことくらいだ。
「正直なところ、三つ目をどうにかしてくれれば私はここまで頑なにならない」
「戦う、覚悟はできてるぜ」
「本当に?」
セイバーの問いに、何とか目をそらさずに答える。だけれども、声が明らかに震えているのが自分自身でもわかる。
舌が上口蓋にくっつく感覚を覚える。すっかり冷めたトマトスープを飲む。
「とにもかくにも同盟を結べば、戦局は有利になると思うぜ。だから、俺はやっぱり最初のころは戦いを避けるべきだと思う」
「…これ以上の会話は堂々巡りになりそうだな」
それは認めざるを得ないだろう。だが、なにがしかの行動方針は作っておかないとまずいし、出来るだけ早く最終的な意思統一をしたいのだ。そんなキリエの心を見透かしたかのように、彼女は口を開く。
「初めて会った相手に対しては、こちらからは仕掛けない。相手が襲ってきた時や、一般人が襲われているときのみ戦う。こんな感じでいいか?」
「え。いいの?」
セイバーの今までの言動からすると、かなり妥協してくれているのがわかる。それこそ、キリエが思わず聞き返してしまう程度には。
「この件で、お前は折れる感じではないしな。それに、覚悟の出来てない人間の指揮で戦っても、やりづらいだけだ」
「…ありがとう」
正直なところ一方的に妥協してもらっている形なので居心地の悪い部分があるが、しかしセイバーの配慮は本当にありがたいのは事実なのだ。
「その代わり。早めに覚悟を決めろ」
どこか優しく、一方で厳しい言葉。
きっと、そのための猶予時間をくれたのだろう。
気づくと、セイバーもスープを飲み干していた。そろそろ出かける準備をしなければならないだろう。
「ちょっと待っててほしいんだぜ」
「わかった」
といっても、そんなにやることはない。二人分の弁当と人よけの結界を貼っておく程度だ。
玄関(といっても、所詮は廃墟を改造した工房なので気にする人間はいないが)の方へ向かう。
「待たせたな」
「…」
「セイバー?」
突然、口を押えられる。驚いて彼女の方を見ると、何かを警戒するかのように耳をそばだてている。何か、聞こえるのだろうか?
『ワタルさん、ワタルさん。なんかいい匂いがするっす!近くに人がいますよ!』
『落ち着きなさい、アーチャー。…とはいえ、確かに人がいるようですね。できれば会って話したいところですが』
どうやら、まだ会っていないアーチャーが近くに居り、こちらを探しているらしい。アーチャーの対魔力を考えると、人よけの結界なんてものは有って無いようなものだ。早晩、この工房は見つかるだろう。
セイバーに何か啓示があるかどうかをそっと尋ねてみる。
「悪い人間ではないと思うが、なんというか」
彼女にしては妙に歯切れが悪い。思わず、回答を急かしてしまう。
「何か、怪しい感じもする」
怪しい善人というのは扱いに困るものだ。魔術師界隈だと暗示の呪文なんて言うのはざらにあるし、そうでなくてもありがた迷惑なケースが多い。
だが一方で変なことをしなければ、敵対的な行動はとらないだろうという予想もつく。
『ワタルさん、こんなところに工房が!』
『…あれ、本当だ。試しに人を呼んでみますかね』
考えている暇はないようだ。セイバーもさっさと対応を決めろと目で合図を送ってくる。
キリエは覚悟を決めて、ドアを開いた。
「こんにちはだぜ」
丁度目の前に神父服の男と少女がいる。彼らは、なぜか驚いたような顔をしている。まあ、突然人が出てきたら無理もない。
「こんにちは。ええと、貴方方は魔術師か何かですか?」
「そうだぜ。そういうあんたは聖杯戦争の参加者か?」
神父はどこか当惑しつつも、頷く。キリエはセイバーの方を見る。彼女は変身しておらず、また険しい顔をしていない。目の前の男はどうやら敵意を持っているわけではないようだ。
「立ち話もなんだから、中で話そうぜ」
「感謝するっす」
中へ二人を案内する。出かけようと思った矢先のことだが、しかししょうがないことだろう。紅茶を四人分淹れて出す。
「茶菓子がないのはごめんだぜ」
「いえいえお構いなく」
「それで、何の用だ」
セイバーが単刀直入に話を切り出す。彼らがまだお茶に手を付けていないというのに、流石に気が早すぎると思うが、神父は嫌な顔をするわけでもない。
「私は枝川渡流。アーチャーのマスターです」
「よろしくっす!」
「おっ、ノリがいいな。よろしくだぜ」
それから、キリエとセイバーは自己紹介をするが、ますます枝川とアーチャーは怪訝な顔になる。何か、まずいことでも言っただろうかとキリエは一抹の不安を覚える。そんな彼の内心を察したのか、枝川は笑顔になる。
「ああ、申し訳ありません。私が聞いていたセイバーの組の印象とは違ったものですから、少し驚いているだけです」
「それは誰から聞いたんだ?」
確かに気になる点である。というか、セイバーと自分の印象は、誰が見てもそう変わらないのではないかとキリエは思う。そもそも、彼らは昨日他の人間と会ったのだろうか?
「ええと、それは…」
「キャスターからです」
「そうか」
セイバーは多分違和感に気づいているはずだ。だが、それでも敢えて彼らの言に乗ったということは何か理由があるはずだ。それが何かは残念ながらキリエには推し量れないのだけれども。
「本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。いいぜ」
枝川はコップの中に砂糖を入れかき混ぜる。キリエとセイバーは彼の方を見やる。神父は温くなったお茶を一気に飲み干し話し出す。
「貴方方の知っているほかの組の情報を教えていただきたい」
アーチャーは意外な顔をするが、しかし黙っている。
「俺は、そんなに会って無いけどな。ライダー、キャスター、それからアヴェンジャーくらいしか会っていない」
「キャスターに関しては昨日会いました。マスターは感じのいい、非常に洗練された青年でしたね」
笑顔のときでもどこか固く、皺の寄っていた枝川の顔が初めてほころぶ。それだけに、あのキャスターのマスター、ライトは人格的に円満ということだろう。それに関してはキリエも同意するところである。
「じゃ、ライダーな。うーん、何というか飢えているというか…。生きるということに対して、誠実すぎるほど誠実な感じがしたなあ」
その分、こっちが手助けしてあげられればいいんだけれども、と聞こえないように彼はつぶやく。その視点自体が傲慢で理解からほど遠いものであるということを彼はわかっていない。
枝川はそれには気づいているのだが、敢えて指摘しない。ただ、同意するだけである。
「じゃ、アヴェンジャーについて教えてほしいっす」
「アヴェンジャーは…。監督役から討伐令が出されていたのに加えて、こっちにも敵意を持っているらしい。けど」
「けど?」
あの、どこか愁いに満ちた表情は克明に思い出せる。
「彼が単純な悪だとは思えない」
「…なるほど」
後で監督役には会いに行かなければならないな、と枝川は独り言ちる。無論内心では別のことを考えている。即ち、彼の持っている情報と実際に見聞きした状況がkキャスターのマスターが言ったように月と鼈ほどさえも違うということを改めて認識せざるを得ない状況に追い込まれているのだ。
「私からすると、キャスターは奸物、ライダーは狂人、アヴェンジャーのマスターは敵でしかないな」
「セイバー、流石にそれは」
「いえ、我々には多面的でノイズの入っていない意見が必要なのです。だから、ありがとうございます」
実のところ枝川はセイバーの口の悪さには驚きこそすれ、別に嫌な思いはしていなかった。キリエの言い分はどうも優しすぎるというか、甘すぎる部分が見受けられるのだ。
人の好さと殺し合いに必要な要素は全く違うのだ。
「ちょっと口は悪すぎる気はするっすね。そんなんじゃ、マスターに逃げられますよ?」
「何、私は必要なことをマスターに言っているだけだ」
セイバーは顔を背けつつ話す。枝川はどことなく、微笑ましいものを覚えつつ、キリエにお返しの情報を話す。
「私があったのはキャスターとバーサーカー陣営位ですが。お話しします」
「一応、同盟を持ちかけた相手っすけど。いいんすか?」
アーチャーが怪訝な顔で枝川を見つめる。
「問題ないでしょう。同盟は相手に断られた以上、話しても」
組んでいたとしても、話すなと言われていない以上彼は話していただろう。第一、一方的に情報をもらい、あるいは与えるばかりではこちらの信用に後々響きかねない。
「サンクスだぜ」
バーサーカー。確か、鎖を巻き付けた筋骨隆々の男だったか。
「バーサーカーは嘘に関係するものに反応していました。ステータスは高いものの、アーチャーなら遠距離から削り殺すことは容易いでしょう」
「問題はそのマスター、アリスっすね」
紅い少女。その瞳は、しかし裏腹にすべてを凍り付かせ、跪かせるほど冷たい。まるで、気高い狼のようだ。
「彼女は人間的な強度が段違いですね」
それこそ、目の前の少年とは比べ物にならないほどに。
「多分、自らのサーヴァントを失っても別の形で戦いを続行するでしょう」
「…」
足るを知るためにはある程度年齢が言っている必要がある。若く、飢えている故の強さ。
キリエは思わず尻込みしてしまう。彼は魔術師であると同時にある種の貴族である。それ故、彼の周りには泥臭く、一方でそこまで粘り強い人間はいなかった。
「ならば、その女が幾度立ち上がろうとも、私が叩きのめしてやろう」
セイバーが歯をむき出して笑う。決して、慢心しているわけではない。相手を上回らんとして、牙をむいているだけなのだ。
彼女は上から見下ろすようにして、キリエの瞳を見つめて話す。
「私は私の願いを叶えるために全力を尽くす。だが、お前の命は必ずや守ろう」
目を閉じる。
「…セイバー。枝川さんたちと内密に話したいんだぜ。少し、席を外してくれないか?」
「何か、私がいると問題があるのか?」
彼は少し迷って頷く。
「…何か面倒ごとが起こったら、すぐ呼べよ」
彼女は外へ出ていった。一応、ドアが閉まり切るのを確認してから離し始める。
「どうしたんすか?」
「少し個人的な話をしたいんだ」
キリエはどこか、失望したような面持ちで話し出す。
「アーチャーは枝川さんのことを対等な相手と思っているか?」
「勿論っす!というか、彼がいないと私は戦えないっすから」
彼女は胸を張って話す。それには一点の曇りもなく、また対等であることを誇りにすら思っている様子である。
「どうしたんですか?突然そんなことを聞いて」
枝川が怪訝な顔で聞いてくる。
「多分、キリエ君はセイバーが好きなんすよ。でも、彼女から向けられる視線は飽くまで庇護者のそれであって、対等なものとして認められてない…。そんなところっすか?」
アーチャーの問いかけにキリエは力なく頷く。こんな話は初対面の人間に聞くようなものではないと思う。
けれども。
枝川とアーチャーの関係性を羨ましいと思ってしまったのだ。
「しかし、彼らの関係はそこまで破綻してない。寧ろいいものに見える。それで十分なのではないですか?」
「そういうことじゃないんすよ」
アーチャーは口をとがらせ、指を振りながら話し始める。
「惚れた弱みってやつっすよ」
その口ぶりには面白いものを見たという好奇の色もあるが、どちらかというと後輩を見守るかのような優しさの方が強い。
枝川はそんなものか、と理解できてないながらも同意する。
「私の人間としての部分から言わせてもらうと、彼女を見つめ続けることっすね!」
「え?」
あまりにも、詩的な、そして乙女チックな発言に呆けた息のような返し方をしてしまう。少しして、言葉を思い返して少し顔を赤らめる。年相応に初心なところもあるのだ。
アーチャーは彼を無視して話し続ける。
「多分キリエ君はセイバーさんとそれなりにコミュニケーションはとってると思うんすよ。でも、それは一方的な押し付けになってないかっていうことっすね」
キリエははっとする。確かに彼女の意見とのすり合わせや、話は聞いてきた。けれども、自分はその意見や、あるいは彼女自身を理解しようとしてきただろうか?いや、してこなかっただろう。
それは決して誠実な態度とは言えないだろう。
「確かにアーチャーは私のことをよく理解してくれるし、逆に私もできるだけそうであるように心がけているな」
枝川も頷く。
「つまり、理解こそが愛ってことっすよ」
愛玩ではなく愛。一方的なものか対等なものか。そして、セイバーに背負われるのではなく、共に歩むことができるかどうか。
自分を理解してくれない相手を隣には置きたくないだろう。
「ま、でもそこに気づけてる辺り、そこまで事態は深刻じゃないと思うっす」
ファイティングポーズをとって、キリエにエールを送る。そこまでして、漸く彼にいつもの笑顔が戻ってくる。
「それにかまけちゃダメだよな。…少し頑張ってみるぜ」
「その意気っす!」
おねーさんは恋する若者の味方だからなどと、面はゆいことを言ってくるが、今はそれも心地よい。自分より二つか三つ程度しか違わない少女に言われるのは突っ込みたいところだが、それをするのは野暮だろう。
「ありがとうございます」
珍しく敬語で頭を下げる。
「お力になれたようで何より」
枝川が何でもないことのように話す。アーチャーも丁度お茶を飲み終えたところのようだ。そろそろ、お開きだろう。
「これからキリエ君はどうするっすか?」
「いつもなら同盟を組もうっていうとこなんだけど…。アーチャーの言う通りセイバーと話し合ってみようと思うぜ」
だから、ここで一旦お別れだ、と彼は話す。だが、その声はどこか明るい。
「そうですか。…ところで、なんでセイバーに席を外させたのですか」
アーチャーは何を分かり切ったことを聞くのかと、信じられないような顔をする。しかし、キリエはどこか恥ずかしそうに、しかし確かな声で彼に答える。
「だって」
わかり切った回答。
「かっこ悪いとこは見せたくないだろ」
セイバーはつまらなさそうに煙草をふかしながら待っていた。
「終わったのか」
「ええ、我々はお暇します」
枝川は一礼して足早に去っていく。それにアーチャーも続くが、彼女は振り返りセイバーに話しかける。
「セイバーさん」
「なんだ?」
「ファイトっすよ!」
そのまま手を振って立ち去っていく。
「なんだあれは…」
そのまま彼女は煙草の火がフィルターまで燃やすのに気付かず、思わず熱さで取り落とす。
「大丈夫か?」
「あ、ああ」
彼女は足で火を消しつつも、キリエの方を見る。やけに晴れ晴れとしたその顔を見て、いつもと違うものを覚える。
「セイバーどこに行きたい?」
「別に、どこでも」
どこに行っても同じだろうと思う。大体はキリエの言うとおりの場所に行くことになるし、それで問題ないはずだ。
「いや、セイバーが行きたいところがいいんだ」
ここまで、キリエが自分のことについて深堀りしてくるのは珍しいと思いつつも、彼女は考える。
「ならば、神宮だ。アーチャーと会ったことを報告したほうがいいだろう」
「よし、ならそこに向かおうか」
セイバーはそれを聞いて歩きだす。キリエはそれをどこか、もじもじしながら見ていたが、やがて口を開く。
「なあ、セイバー」
「なんだ?」
彼女の顔はいつも通り、眉間にしわが寄っている。
「改めて、よろしくな」
言ってしまえば、なんてことはない言葉。少女はそれを聞いて、牙をむくでもなく、穏やかに笑う。
「おかしなことを言う奴だ」
彼女は、そう言いつつも少年へ向き直る。
「こちらこそ、よろしくな」
空は晴れていた。