りあリズむ   作:箱女

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 ある映画俳優が死んだ。その事実を知ったのは、そう、本当にただの偶然で、私はたまたま彼女と知り合いだった。自殺だったそうだ。私にしたって何かの巡り合わせで知ることができたくらいだから、それは世間を騒がすような大きなニュースではなかった。そんなものになりようがなかった。地上波で放送されるテレビドラマに出ている俳優と比べて、映画を専業とする彼らはそのトップ層であっても世に知られていないことが間々ある。彼女はその界隈においてさえ有名ではなかったし、まだ名前が知れ渡る前の実力派なんてこともなかった。俳優という括りで並べてしまえば彼女はとても凡庸な存在だった。

 そして彼女は何一つとして特別ではなかった。

 そのことを知らせてくれたスマートフォンをテーブルに置いて、私はカフェオレの入ったカップを口に運んだ。それっぽい香りがこれは夢じゃないことを教えてくれる。何か神経毒でも盛られたかのように私の身体には一定以上の力が入らず、頭には鈍い痛みが響いていた。

 

 嘘をついた。

 

 

 すごいタイミングで出会うものだと感心してしまう。私は買った品物が入ったビニール袋を両手に提げていて、大きな用事が済んだ後の街でとりあえず足を動かしながらこれからどうしようかと考えていたところだった。学校に行くわけでもないのに制服を着なきゃならなかったそんな日にすぐさま家に帰りたくなるわけがない。かといって私は一人で遊べる場所がぽんぽん浮かぶようなタイプの人間でもない。とりあえずの買い物を終えてしまったタイミングという意味では渡りに船ではあったけれど、実際のところ自分の気持ちの置き場がわからないのが本音だった。

 

 一日中でも続いていそうなしとしとと降る雨のなかで、りあむさんがぬっと顔を出した。彼女がどこかの建物から出てきたのか角を曲がってきたのかを覚えていないのは私がぼんやりと歩いていたせいだ。りあむさんはビニール傘をさして、耳の後ろ辺りではニット帽の端から派手な色の髪をすこしのぞかせていた。きょとんとしたその表情の上には変装にありがちなスクエア型のメガネをかけていた。以前にあのカフェに誘ってなければ絶対に気付かなかったろうと思う。でももうそんなことはないんじゃないかな。知り合いになるってそういうことだ。

 道端で何秒かのあいだお互いに目を合わせたまま立ち尽くしていた。そしてどちらからともなく歩き出して、二人で駅前に向かった。思い返してみればその流れに何の疑問も抱かなかったことが不思議といえば不思議だ。そのとき私たちはマクドナルドに入るまで一言も会話をしなかったのに。

 私は食欲がなかったから飲み物だけを注文して、りあむさんは新作のバーガーをプラスした。外は雨だから店内はそれなりに混んでいる。そのせいでいつもよりすこし騒がしく、店内のBGMはうまく聞き取れなかった。もちろん私たちの声も自然と大きくなった。

 

「りあむさん、今日はお仕事ですか?」

 

「んーん、体力トレ。クッソやべーやつ」

 

 ああ、前にやってたやつかな。

 

「あ、じゃあ解散します? 休まれたほうがいいような」

 

「いやいや無理無理むっちゃ泰葉ちゃんに癒されるし、しんどすぎて立ちたくない……」

 

 それこそ体力どころか精神的なスタミナまで搾り取られたような顔で疲労をアピールしている。内容を先日に見ていたぶんなんだか気の毒にも思える。とはいえ特別なプログラムがどんな人物に設定されるかということを考えるとうらやましさが先に立たないこともない。

 冷たい飲み物がストローを通して喉を過ぎる。ファストフードに来ない限り使わなくなったストローに妙な感慨を覚えていると、ふっとポテトのクーポンが財布の中に入っていることを思い出した。なんで持っているのかはわからない。おそらくは誰かにもらったのだと思う。私のふらっと立ち寄る店の候補にファストフードは入っていないから。そうなるとこのタイミングで使ってしまうのが良いようにも思えたけど、どうにも何かを、とりわけポテトを食べる気にはなれない。けれどいくらなんでもクーポンが無期限に使えるわけもないだろうし、どうしたものか。

 りあむさんにあげようかとも思ったけど、なんだか押し付けるみたいで保留。それになぜだか彼女がこのクーポン券を欲しがる姿がまったく思い浮かばない。

 

 新作のバーガーに辛い評価を与えると、そんなこと言えるほどぼく偉くないんだけどね、と彼女は照れ笑いをした。私以外に誰も聞いていない悪気のない会話なのだから別にそこで引き下がらなくてもいいのに。なんというか、こういう性格なのだろう。これまでの人生でそれほど多くの人と関わってきたわけじゃないけど、それでも初めて会うタイプの人だなあ。ユニーク……、どうだろう、もっと違った表現があるのかもしれない。

 私のほうを向いて少し経つとまだ雨の続く窓の外に目を向けて、しばらくするとまた私のほうに視線を戻して。そんなのが何回か続く。私たちはこの間めでたく友達になったわけだけど、あらためて言葉にすると妙な感じだ、だからといって話題を途切れさせてはいけないような関係性というわけではない。もちろん会話が盛り上がるときもあるし、目の前にいるのにLINEでよくわからないスタンプを送り合うだけのときもある。それがお互いに許されるということは、まあウマが合うと捉えていいんだと思う。

 

「あれ、そういえば泰葉ちゃん制服だ。初めて見たかも。いいねそれ、似合うね」

 

「え、ありがとうございます」

 

「でもそれどっかで見たことあるやつだな、どこだっけ」

 

 そう言うと背もたれに預けていた体を前に持ってきて頬杖をついて、もう片方の手で丸められた包み紙をいじりながらりあむさんは記憶の中から答えを探し始めた。通っている高校の名前くらい言ったってどうということもないけれど、考えてるところに水を差すほど野暮じゃない。

 

「え待って待って、もしかして泰葉ちゃんの学校ってゴリゴリに偏差値高かったりしない?」

 

 どう答えてもいやらしく響く気がして、私はなんともあいまいに頷いた。はいそうです、なんてはりきって言えるわけもなければ、それほどでもないですよとも言えない。私がどう返したところでりあむさんは嫌な顔をしないと思うけど、だから、これはなんというか、私の問題なのだ。

 窓の外ではさっきより粒の大きくなった雨が地面や窓を叩いていた。色がこそぎ落とされてしまったような風景の中を鮮やかな傘が揺れている。目に入るそれがカラフルなのには納得するところだけど、なるほどよくもまあ雨中の花なんて形容を思いついたものだと思う。意識に上がってきたものを主観的に表現することを芸術というのなら、形容もそれに類するものだろう。過去に教わった事柄が予想もつかないタイミングで蘇る。言葉に実感がともなって理解に及び、それが動かせない体験になる。

 まったく関係のないほうを向いた意識をもとの場所に戻す。そこには目をきらきらさせたりあむさんがいて、私はどう対応したものかと困ってしまう。少なくともこのタイミングでこちらから言い出せることはないのだ。

 

「はー、泰葉ちゃん偉いんだね、勉強もがんばってたんだ」

 

「あんまり仕事を言い訳に使いたくなかったんです」

 

「あ、あんまりかっこいいこと言わないでよ……、それだけでダメージ入るから」

 

「そんなこと言っても実際はそれほど刺さらないんでしょう?」

 

「いやぼく逃げ癖のある人間だからね? もうグサグサよ?」

 

 卑屈さが見え隠れするこの微妙な笑顔を何度見ただろう。この人はもっと胸を張ってもいいと思うのだけれど、それは私がりあむさんをまだよく知らないということなのだろうか。仲良くなったとはいえ知り合って日が浅いのは事実で、そう言われてしまえば有効な反論が思いつけないのはたしかだ。でも、と素直に認めたがらない自分がいる。

 それまでは周囲の雑音に邪魔されてよくわからなかったBGMが、不意に耳に届いた。人ごみの中から知り合いを見つけ出すときみたいにぴたりとわかる。目の前の彼女も視線を上にあげている。きっと私と同じことが気にかかったんだ。

 

「文香ちゃんのだ」

 

「ほんと、嘘みたいにきれいな声」

 

「あ、泰葉ちゃんも文香ちゃんイケるクチ?」

 

「というかうちの事務所で知らない人はいないと思いますよ」

 

 一気にうれしそうに変化した表情がほんの一拍おいてすっと落ち着く。まあそりゃそうだよね、と二度頷いてまたうれしそうな顔が戻ってくる。

 

「泰葉ちゃんはどの曲が好き?」

 

「あー、難しいですね。アルバムの流れも考えると……」

 

「考えると?」

 

「うーん……、“三回目のワールド・エンド” で」

 

「わかるわかるわかるわかる! こう、流れとしっとり文香ちゃんヴォイスがガッチリマッチでわかりみが深いよね……」

 

 りあむさんの言うことには一理あって、どころか彼女の声質はたしか科学的に特別なものであることが証明されているらしいと誰かから聞いた覚えがある。それを文香さんサイドは公表しないことに決めているそうなので、そのことはあくまで事務所内での噂にとどまっている。外から見れば武器になりそうなネタに思えるけれど、それも文香さんの売り出し方を考えればなおさらだ、現状問題ないから考える必要もないということなのだろうか。もしかしたらもっと先々のことを考えているのかもしれない。まあ、私がどうこう考える話じゃないけど。

 それにしても鷺沢文香というひとは奇妙な影響力を持っているものだとつくづく思う。どんな意味がこもっているのか自分でさえわからないため息がでる。

 

「だよねえ、わかるよ。こんなきれいな哀しい曲が最後のひとつ前ってのが、またね」

 

「ちなみにりあむさんはどの曲が?」

 

「ぼくはその次の大トリのほうかな、カカオバター。情は簡単には断ち切れないっていうかさ」

 

 ああ、なるほど。りあむさんならそういう曲のほうが好みかもしれない。調子はわりとポップな感じだけど、よく聴くと意外とすごい歌詞だから。

 

 手に返ってくるはずの感触も音もないことが、いつの間にか氷が溶けていたことを知らせてくれた。容器の中の飲み物は透明な層と色のついた層とに分離しているだろうか。ストローで混ぜるようなこともなかったからたぶんそうなっていると思う。透明なコップだったらいいのに、とあてもなく思う。層の分かれた液体が私はなんとなく好きなのだ。

 きっとオレンジジュースは今日みたいな白黒の世界で鮮やかに映えることだろう。

 

 

 

 

 

 




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