☆
「え"っ、ヒナ先も泰葉ちゃんと友達なの」
トドみたいにだるだるした姿勢で、何も気を遣ってないダミダミのダミ声でぼくはアホみたいな文句をつける。尊厳が傷つけられたのでりあむちゃん内閣は遺憾の意を表明しまーす。この場合は誰に表明すればいいんだろ、海ちゃんでいい?
「いやいやアタシからしたらりあむちゃんが泰葉ちゃんと知り合いなことにビックリっス」
「ぼぼぼぼくだって友達増やすくらい余裕なんですけど? ど?」
やめろい、そこで海ちゃんに視線を飛ばすんじゃないやい。ほーら頷いた。不思議だよね、ってアイコンタクトだけで理解し合うなよ本人が目の前にいるんだぞ。つーかぼくにもわかるんだからいっそ声に出してよう。変に気を遣われてる感じでやみそうじゃんか。
や、まあでも二人の言いたいこともわかるよ。なにせぼくだもん。ガチで友達できないウーマンだもんな。同じクソデカ事務所に所属してるっていうのはあるけど、デカすぎて逆にセクション制が敷かれちゃってるから接点がむしろできにくくて、それで誰とでも仲良くってわけにはいかないんだよなあ、憧れるけど。あと対人戦カスのぼくだと余計にそうだよね。そう考えると泰葉ちゃんなんてぼくからすれば完全に外側の子だから、二人のリアクションはまあ正当。悔しいけど。
「でも実際不思議かなとは思うよ、比奈さんは岡崎さんとセクション同じだからわかるけどさ」
「んとね、レッスンルームが同じ日があったの。なんかあっちに事情があったらしくて。それで」
「ふーん、でも大したもんだな。そこから仲良くなれたんだし」
はー、海ちゃんってば人褒めるの軽率すぎない?? 好きになりそうなんだけど。
「ぼくにそんな度胸あるわけないでしょ。なんか向こうが興味持ってくれてたの」
「あー、アタシらんところでもウワサ流れてまスからね、りあむちゃん」
「ぼく何も悪いことしてないよね? ちょっとやべー髪の色してるけど」
「無茶苦茶デビュー早いのとライブが特殊だからだろうね、あのボール投げるやつ」
そういやこないだあのボール持ってきたら海ちゃん死ぬほどウケてたな。実物見た途端におなか抱えちゃってさ。いま “これがアツいクン” の隣に飾られてる。まさかのちっちゃい座布団付き。聞くところによると毎日ホコリ払ってもらってるんだって。ぼくより大事にされてないかこいつ。
ていうかやっぱあれホントに話題になっちゃうやつなんだ。たしかに限界アイドルオタクだったぼくですら聞いたことないようなパフォーマンスなんだけどさ。ごろごろ転がるぼく。つか考えてみたらぼく以外の子がどんなスパンでデビューしてるのか知らないんだよな。え、もしかしてPサマってスーパー剛腕だったりする?
「ウワサの力えぐくない? あれ、ちょっと待って冷静になったら泰葉ちゃんがぼくに興味持ってくれてるのめっちゃおかしいことに思えてきたんだけど」
「……あー、いや、泰葉ちゃんって偏見ないっスから」
どーいう意味じゃい。
なんでか困惑げな感じでヒナ先が笑ってる。でも言われてみればヒナ先の属性に対応できてるしそんな結論が出るのもおかしくないか。だって鑑賞する側じゃなくて生産する側のオタクだもんなこの人。そんなヒナ先と仲良くやれるってんなら本当に泰葉ちゃんは偏見ないのかもしれん。いやオタクでありながら良いものは外の人にも当たり前に勧めていける精神力の持ち主だからヒナ先も完全に陰の者ってわけじゃないんだけどね。
ん? あれあれ、待てよ待てよ? ということはつまり、海ちゃんとヒナ先除けばぼくには泰葉ちゃんしか友達できない論理が成立してしまう……? 死ぬのでは……?
「とはいえお知り合いの話でいけばやっぱ鷺沢さんがぶっちぎりな感じしまスけどね」
「同議に一票」
「それはPサマに聞いてってば。ホントだったら文香ちゃんとぼくの関係、っていうかいっそヒナ先もうみんちゅもステージの上と下でしか会えないはずなんだからね?」
「ま、出会う機会って意味ならアタシらも同レベルだとは思いまスよ」
「どーいうこと?」
「鷺沢さんもりあむちゃんといっしょでプロデューサーさんが独立してるんスよね。もっと言えばセクションにも所属してないもんだからさらにレアモノっス」
マジか。えっ、ぼくって単独で担当されてたの。Pサマそんなこと一言も言ってないんだけど。仕事抱えてそうな割に事務所で他のアイドルに妙に出会わないなと思ってたけどそういうことか。え? あっ、もしかしてPサマ偉いとか?? ……ぼくそんな人に首根っこ掴まれてんの?
ぼくがそんな感じでちょっとのあいだ固まってたら海ちゃんとヒナ先は別の話に移ってて、いやまあさっきの話に付随したやつだからそんなに置いてかれてはないんだけどさ。
「あ、そうそう。文香ちゃんつながりでヒナ先にいっこ聞きたいことあるんだけど」
「なんスか?」
「ぼく小説書くでしょ?」
「はい」
「どんぐらいで書けるもんなの、小説。一か月くらい?」
あっ、やべえ目した。これすげえやつだ。海ちゃんが内緒って言ってこの目をした画像こっそり見せてくれたのとおんなじ目してる。ぼくと知り合う前に撮ったって言ってたやつ。伝統の夏のお祭りに参加するために命を削ってたっていうときの。え、つまりこれ地雷?
「いやいやいやいや! ほら、ヒナ先マンガ描くじゃん!? だから、ね!? 前ほら、マンガ描くのすげー大変って言ってたし、じゃあ小説ならそれよりマシかなって、ね!?」
うわあ、目がもう一段階淀んだ……。こんなん間違いないじゃん、地雷の上でマリオもびっくり大ジャンプじゃん……。もう、すごいなこれ、目がダメだこいつって言ってるよ。あー……、あ! いま! いま言ったねえ! 小声でダメだこいつ、って言ったねえいま!
そんなか!? ぼくそんなやべえこと言った!??
「あのね、あのねりあむちゃん」
「なありあむ、これガチっぽいから覚悟しとけよ」
「ひえっ、これやむやつ?」
「仮に缶詰めだとしても一か月でゼロから小説を完成させられるなら、それは人間じゃないっス」
「えっえっえっ」
「小説って、まあ、甘く見ておよそ10万字は要るんスよね。本にするってなると」
待って待って文字の数とかってあんの。10万ってなに。数えたことない。創作畑の人間じゃないとガチで出てこない発言引いちゃった気がする。オーラやばいって。ちょっと待ってなんか口から紫色の煙出てない? 幻覚?
「あ、あの、それはどういう……」
「わかりやすくいきましょう。お休みなしと仮定して十日で3万字以上」
「一か月を三つに割って、あ、はい、ソウデスネ」
「もちろん自分が妥協できるラインまで仕上げる必要があるんで、見直し書き直しの日程も準備しましょうか。一発で文句なくやれるなら……」
ヒナ先がちらっとぼくを見る。おいちょっとS入ってないかこの人。
「いえ無理です」
「さてそもそもの話っスけど、ストーリーラインは完成して……?」
「あ、いえ、その」
ゲロ出るって、これゲロ出る。別に声張ってないのに変な圧あるよ。何これ、本気も本気の超特大地雷踏み抜いたの? あ、やばい、ちょっと喉すっぱくなってきた。
「じゃあその時間も取らないとっスね。そうすると……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! もう本当にぼくが悪かったから許して!! 嫌いにならないで!! あといったんトイレ行かせて!!」
☆
洗面台で顔を洗ってタオルでやさしく拭く。ぼくより年下なのに家事の超上級者たる海ちゃんの家のタオルは極上の一品で、世界中がこのやわらかさでできてたらいいなと思いたくなるほどのものなのだ。さては柔軟剤使ったな、と思ってぼくも柔軟剤使ってみたけどここまでのものにはならなかった。なんか秘密でもあんのかこれ。
……こうやってぼくが現実逃避してるのはまだ激ギレ状態だろうヒナ先があっちにいるからで、そりゃ逃避先から爆心地に戻りたいかって聞かれたら戻りたくないわけで。お家の構造的に洗面所出たら海ちゃんとヒナ先いるから逃げ場はないんだけどね、はあ、やむ。
つかヒナ先の言ってることって実際正しいんだよな? するとお話書くのってものすごく時間かかるってことだ。Pサマってどんなスケジュール組むつもりなんだろう。けっこうな長丁場は間違いないとして……、ははあ、なるほどなるほどそういうことか。地固め。うわ、考えてそう。成功のラインも失敗のラインもってことだ。やらしいっていうか、まあお仕事的には優秀なんだろうけど。
「実際さ、お話なんて何から考えればいいの?」
「んー、乱暴な言い方で申し訳ないんスけど、書きたいもの。これに尽きるっス」
「ヒナ先の場合聞きたいんだけど、たとえばでいいからさ」
「書きたいキャラがいるとか、書きたいシチュがあるみたいな軽い動機っスかねえ」
打てば響くように答えが返ってくるくらいには身体化されてるんだなって感心する。ぼくっぽく変換するなら曲が聞こえたらすぐオタ芸打てるようなもんなのかな。なんか違う気もする。あー、でも動機の重さの話って品物として外に出すときのメンタリティとそれ以外のときのメンタリティでまた別なのか?
「これ伝わるかどうかかなり怪しいんスけど、表現したい内容に沿ったほうがストーリーラインって仕上がりやすいと思うんで、それが重いっていうか絞られたものであればあるほど採れる択って限定されてくると思うんスよね」
「うう、わがんねでげす」
「アタシ個人としては、りあむちゃんは何を表現したいのかを考えたらいいんじゃないかって」
くっそいい人すぎて泣きそうになる。激ギレさせちゃったと思ったらきちんとアドバイスくれるとか聖人かよ。思わず鼻かんで麦茶を一気飲みしちゃった。ふと見てみたらヒナ先はもうしれっとしてて、本当にマジでまあまあ地雷だったとは思うけど、矛を収めてくれたんだね。人間出来過ぎだろ。ぼくが地雷踏まれたらキレ散らかしたり……、はできないけど泣きわめきながらその場から脱走くらいのことはしそうだし。
空っぽになったおしゃれなガラスのコップにすっと麦茶が注がれて、ぼくは左目でしかできないウインクを海ちゃんにキメた。
「ぶっちゃけふたりのこと書きたいよぼく」
「思うのはいいけどそれ絶対意図されてることから外れてるだろ」
「まあ要求されてるのってりあむちゃんにしか書けないものっスよねえ」
言いたいことはわかるよ、でもそんなのぱっと出てくるわけない。だってぼくだぜ?
ぼくが考えてることなんてお見通しみたいで、急かすようなことはどっちも言わなかった。これでぼくのやんなきゃいけない作業がひとつ増えた。表現したいこと探し。なんだそれ。