りあリズむ   作:箱女

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 好きなものばっかりだし嫌いなものだらけ。世界には対象が多すぎるよ。

 いやね、ぼくも考えたわけさ。書きたいものっていったい何なんだろうって。そしたらまあ好きなものか嫌いなものがヒントになりそうだなってことくらいにはたどり着いてさ、それから指折り数えてみたらこのザマって感じ。え、ここからピックすんの無理でしょ。まさにPサマの言ってたとおり。ぼくはまだ全然書く段階になんか至ってないってコト。うう~、作品完成させてる人たちヤバない? 小説家って頭おかしいでしょ。いや小説家だけに限らないか?

 ちぎったノートを丸めて投げたらきれいにゴミ箱に入ってやんの。そこは外れて、なんもうまくいかん、やむ! ってなるとこでしょ普通。

 おなか減ったからカップ麺食べようかな。でもバレたらレッスンルームで殺されそうだな。

 

 

「以前にお話しした暴力について、なのですが」

 

「あ、ぼく覚えてるよ。一方的に与えられる避けようのないもの、だよね?」

 

「はい、その通りです」

 

 文香ちゃんはぼくのほうを見たままうなずくことなく返す。だから髪はちっとも揺れたりしない。そのはずなのに艶めきでキラリと光ったようにぼくは錯覚した。文香ちゃんと話してるとこんなことがわりとよく起こる。まあぼくのはガチのピンクでインナーが水色だから艶とかまったく関係なくて、そのせいでむちゃくちゃ綺麗な黒髪を特別視しちゃってるのかもしれん。文香ちゃんの天使の輪ならそのうち本当に宙に浮く日も来るかもしれんな、がはは。

 

「では今日はそれをもう少し考えてみましょうか」

 

「え、でもあれってたとえば印象の話でそれ以上進まなくない?」

 

 ぼくの目に映っているのは優しく微笑んでる信じがたいレベルの美人さんで、なんだかよくわからないけどぼくの喉の奥はきゅうっと絞られたような感じがした。それの意味なんてなんでもいいや、って言っちゃいたくなるような現実的で個人的な微笑みだった。男だったら六秒で落ちるね、脳が停止状態から復帰するまでの時間含めて。

 ところでぼくは話題に出た暴力について一人で考えてみたことがあった。すごくないか、超成長してんじゃん、ぼく。だから文香ちゃんに言う前に頭の中でさっとおさらいもできた。誰かに対して一方的に与える印象って、要するに人間であれば全員が直面してる問題なんだよ。送り手としても受け手としてもね。だから世界中に好きと嫌いがあふれて戦争がなくならないんだね、ひゅー、りあむちゃんったら哲学してんねえ! ただ意外とりあむちゃんの憂いもバカにできないんだよね、これ。もちろん意識に上がってこない好きでも嫌いでもないものだってたくさんあるよ。エチオピア国旗とか人工衛星とか強化ガラス保護フィルムとか。ただそれにしたって、って話で、これ以上アタマひねったってどうにもならなそうだからやめたの。

 

「物語を書く、という行為はある意味では加害者になることでもあります」

 

「ん? んん?」

 

「作者はその作品において自由でなければなりません。あらゆる観点において、です」

 

「え、うん、まあお話書く人なんだからそうなんじゃないの?」

 

「はい。嵐も起こせます。人の精神構造を決定することができます。偶然から運命の出会いをさせることもできます。幸福の絶頂で絶望を叩き込むことができます。そしてそのうえで最後に笑ってもらうことも」

 

「うぅ、言葉にして並べられるとなんかキツくないすか」

 

「ですがそれらすべては実行される必要があります。書かれるべきもののために」

 

「あー、加害者ってそういう……、あー」

 

「表現における自由とは悪意さえ否定はしません。奇妙に聞こえるかもしれませんが、あちら側の世界に対して良心の呵責のようなものに苛まれる必要はありません。物語を書くだけならば」

 

 うつむくと同時に髪をかき上げるしぐさがきれい。日本中のオタクどもの幻想が結実したんじゃないかって思っちゃう。でも文香ちゃんはしっかり呼吸をして、皮膚の下には血が流れてる。もう何度もこうやってお話してるからね、感情が動いてることもわかるんだ。……その中身がわからんとしてもね。

 

「え、じゃあ思ったより気楽に書いていいってこと?」

 

 文香ちゃんは横に首を振った。

 

「単に物語を完結させるだけならばそれで構わないのは確かです。目を閉じてしまうか、あるいは仮面をかぶってしまえばいい。そうすればそこに責任は発生しません」

 

「責任?」

 

 ほとんど前髪に隠れて見えないはずの青い瞳が覗いた気がした。いまぼくの気分は東京のど真ん中のでっかいオフィスビルの一室にいるものとは似ても似つかない。それはたとえばとてもとても高い塔の上から、もしくは死ぬほど深い谷の淵で下をのぞき込んでいるような感じ。体内にないはずの架空のパーツがひゅっと縮こまるような冷ややかな気分。あと一歩でぼくはアウト。でもその一歩はきっとマスト。韻を踏んでる場合かよ。

 

「物語の完結と完成のあいだには明確な違いがあり、そこに責任が関わってくるのです。あくまで私の考えでは、ということですが」

 

 このノートの走り書きどもを見て家に帰ったあとのぼくは内容を理解できるのか? これまでにないやべー量の情報が複雑なかたちをとって襲ってくる。完結と完成は同一じゃないの?

 

「いやいやさすがにそれはよくわからないよ文香ちゃん」

 

「りあむさんが要求されているのは何かを伝えるためのものです。心に響くものです」

 

「ってことは、ちょっ、ちょっと待って。え、責任ってことはぼくやっぱ何かすんの?」

 

 今度は縦にうなずく。

 

「先ほどの話ともつながりますが、物語が完成されるためには私たちの生きているこの現実と創作されたあちらの世界とが結び合わされなければなりません」

 

 思考回路はショート寸前だよもう。でもここは粘らないとダメなとこなんだってあまり信頼できないぼくの勘が絶叫してる。だってこうやって話してくれるのは文香ちゃんが必要だって思ってるってことだから。あとぼくが理解できるって期待してくれてるってことだから。

 にしてもどゆこと? そのまま理解したら小説と現実は()()()()()()()()()()()? それこそファンタジーなんじゃない?

 仮にそうだとして、さすがに物理的な話……、なわけないよな。じゃあすくなくとも物理的じゃない領域での話なわけだ。いやいやだとしてもだよ。

 

「ぐ、具体的にはどうすればいいのかなー、ってりあむちゃんは気になってしまったり?」

 

「それはまたにしましょう。あまり一度に詰めすぎるのもよくありませんし」

 

 そう言って文香ちゃんは紙パックにさしたストローからアイスティーを飲んだ。何度見ても似合わないってどうしても思っちゃうのはファン心理として扱っていいのかこれ。いや飲むんだったらティーカップでしょ、ってなる。それもティファニーとかそういうので。ぼくにはないやつ。

 

 

「そりゃ観念的な話だろ? そーゆーのをウチに持ってくんじゃないっての」

 

 新聞のテレビ欄を見ながらの海ちゃんの返しはものすごく安心する。これこそが現実でホームなわけよ。さっきただいま、っつって入ってきたときもあんたの実家じゃないよ、って欲しいツッコミくれたしね。逆にこれもう実家判定でいいでしょ。

 とはいえかまちょ星人のぼくがそれで黙るわけもなし。おそらく海ちゃんもそれは承知の上。攻め手を切らすわけがないんだよな。甘やかされて育ってんねえぼく!!

 

「はぁ~あ、乙女心をわかってないぜうみんちゅ」

 

「テーマ的にウチじゃないだろ、比奈さんがいるときにしな」

 

「違う違う違うよ、いまは共有したいんじゃなくてただ聞いてほしいの」

 

「うっわメンドくさ」

 

「お? なんだ? やむぞ?」

 

 はい最強の殺し文句。これさえあれば海ちゃんはぼくに甘くなるのだ、っておい。手でしっしってするんじゃないやい。あれ、ダメだったかこれ。三週間前には効いてなかったっけ??

 

「あ、そうだりあむ。夕飯の予定は?」

 

「とくに考えてないけど」

 

「今日カレー作ろうかと思ってるんだけど食べてく?」

 

「お、いいねいいね。うみんちゅカレー久しぶりだね」

 

「助かるよ、一人で作るとしばらくカレーになっちゃうからさ」

 

 おうちで作るとそうなっちゃうよね。夢見家もけっこう残ったよ。その気になったら三食連続でカレーとかできたもん。まあママ海外にいるから今はそんなんないけど。

 さすがに荷物くらいぼくも持つんだ。ごはん食べさせてもらえる身でそこまで調子こくわけにもいかんしな。いや事務所っつーか文香ちゃんの授業帰りでホントよかったよ。家から来てたらめちゃめちゃテキトーな部屋着のまんま、たぶんロンTいっちょに見えるやつだったろうし。それでスーパーとか行くとおばちゃんとかにやべー目で見られるんだよね。本当はホットパンツはいてんのにさ。

 横でするすると海ちゃんが着替えてる。この子は自分にどんな服が似合うかをきちんと理解してる。意外とこの能力は貴重なもので、有り体に言っちゃうと憧れみたいなものが阻害してることがよくあるんだよね。にしてもなんだこいつ脚なげーな、これぼくの知ってるスキニーのジーンズとおんなじものか?? ほとんどアイコンになってる長いポニーテールをほどいて下ろして、それでお尻のちょっと上あたりの毛先の手前ぐらいでゴムで留める。アイドル杉坂海しか知らん人間には絶対に見られない秘蔵のお姿です、ぐひひ。実際には専門学校のお友達さんも知ってるらしいのが悔しいよぼくは!!! まあそれくらいには普通に人気あるんだよな海ちゃん。情緒不安定か。

 

 いつもの駅前のスーパーはいつもどおりに盛況だった。ぼくがお買い物についてきて人が少なかったためしがないんだよなここ。広くてそのぶん品ぞろえも豊富だから当然なんだけど。時間によっちゃ制服姿の学生どももいたりする。お菓子が安いってよく知ってんねえ。

 

「なんかリクエストあるかー?」

 

「えっとね、えっとね、シーフードがいいな! エビ!」

 

「却下。それなら本格的なの食べたいし今度インドカレー屋で」

 

「希望のねじ伏せ方がうまくない? コソ練してる?」

 

 こんな感じでいろんな食材の棚のところを回る。ご相伴にあずかるのがぼくとヒナ先ならまあいいか、ってちょっとチャレンジ気味の隠し味とかも買ったりね。今日みたいに二人で買い物に出た日は残りの一人に隠し味クイズ出すんだ。まず当たんないけど。

 

「ね、うみんちゅ、お菓子買ってこ!」

 

「太るのが怖くないならいいよ」

 

「釘のさし方エグくない?」

 

 カートにこっそり乗っけるフリしてみたりね。

 あーくそ生きてんの楽しいなチクショウ。

 

 

 

 

 

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