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「何をお聞きになりたいのかわからないんですが」
こう言いたくもなる。
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ユニット単位でのレッスンが初めて妙にうまくいったこのあいだのことを思い出してみる。もちろんその日は私に不思議な印象を残している。意識づけと言ってしまえばそれだけなのかもしれないけれど、本当にそのたったひとつのことで解決されるのかを確かめることは無駄にはならないはずだと思う。
周りを見るようにしたのだ。ダンスも歌もコミュニケーションでさえも。まあ、気付かれない程度にだけど。私としてはそれが直接的で大きな原因だと思っている。もしそれ以外に理由があるとすれば何だろうか。単純にユニットとしての練度が上がったのかもしれない。仮にそうだとして、それでもまだなにかもうひとつありそうな気がしてもいる。その理由は、そのレッスン中の感触がどこか違っていたから。ちょっと自分自身が浮かんでいるというか、終わったあとにも軽い感じが残るというか。気持ちが浮ついていたことはないと思うけど、引っかかるものがある。
つけるだけつけて音を絞ったテレビを視界の端に入れながら物思いにふける。当てのない思考は中心点を定めるのが難しい。だからこういうときはぼんやりと泡のような想念が浮かんでは消えるのをただ眺めていることになる。糸口になりそうなものがちらついたような気がしてそれを手繰ろうとしても、一秒前に何を考えていたのかがつかめなくて自分にうんざりする。
いつの間にか夕方のニュースが流れている。気を抜くにしたってもう少しくらい塩梅があったろうに。洗濯物がたまっているだとか掃除が終わってないことはないとはいえ、もうちょっと時間の使い方を考えるべきだった。余裕のある身分でないのは重々承知しているはずなのに。
倦厭の感情さえ伴ったため息を吐く。ついでに頭を振ってあらためて思い直す。家にいるあいだにできることなんかそれほど多くはないのだと。せいぜいがスマホに保存してある動画で振付の確認をするとか、柔軟体操をするとかそれくらいのことだ。
どうしてこうも落ち着かないのか。単純だ。気が逸っているのだ。だって輿水幸子とはそういう事態なのだと叫びたくなる。彼女を見て心のどこかが焦ってしまって、そのことが危険な兆候だと自身を諫めれば今のようなことになる。誤解を恐れず彼女の意味をまとめるなら、中間点の存在を認めないということなんだと思う。
冷蔵庫を開けて中身を確認する。どうやら買い物に出なくても夕食は作れそうだ。正直なところ作り始める時間としては早いけれど、余計なことに頭を悩ませているよりはよっぽどマシだ。こういうやる気が起きない日のためにレトルト食品は用意してあって、これまでにも何度も助けられている。企業努力とは油断ならないもので意外とどころか普通においしいから頼りになる。あとで温めなおして食べてもいいのだから恐れ入る。当たり前だけどレトルト食品はみんなのことを考えて作られているのだからもちろんみんなの味方に決まっている。そこでついそれなりに頑張って身につけた私の料理とは、と言いそうになるけど、さすがに私の悪いクセが過ぎるというものだろう。世の中すべてと自分を比べてたらすぐにすり切れてしまうなんてわかっているはずなのに。
立ち上がるのにしっかり意識を回さないとならないほどに消耗している自分を見つけてもう一度げんなりする。大丈夫。ちょっと野菜を刻むくらいならしっかりできる。この脳のもやもやを追い払えるならその短い時間でさえ愛おしい。そうだ、これが終わったらお風呂に入ろう。きっとそれですっきりする。一区切りがつく。でもそんなに私の世界は私に甘くはなかった。スマホが電話の着信を知らせていた。
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「なぜそんなに訝しげな顔をされているのでしょうか」
「そうは言いますけど、これほど疑問の尽きない事態もなかなかありませんよ」
私の言葉が正しく伝わっているのか聞いてみたくなるくらいに文香さんはピュアに首を傾げている。きっとこれは演技じゃないだろう。思い当たる節がまったくなくて困ってさえいるときの表情だ。小学生が意図せず知るところでもなく誰かを傷つけて、それを理由に怒られているときのものと変わりない。
「あなたに呼び出されるとなれば書店か図書館が相場だと思ってましたから」
「まあ、イメージとしては間違っていないのでしょうけれど、内向的な傾向のある私とはいえ常にそういったところにしか出かけないというのはいささか極端では」
その極端なところの突端に立っているのがあなたでしょうと言いたくなったけどそれは飲み込んで、とりあえず間違いのない正論だったのでそれについて謝った。怒っても仕方ない物言いだとは思うけど、その感情がまるで読み取れないのは性格によるものかただ表情に出さないだけなのか。
周囲には家族連れ、カップル、学生グループあるいはおひとり様といった実に多様な人々があふれ、それらの人々が一様に楽しそうに入り口に向かっている。とくに私たちが立っている辺りで足を止める理由はまずなくて、道端とはいえ人の流れを阻害をしているという点では私と文香さんは明らかに邪魔だった。
「よく来られるんですか?」
「そうですね、来ているほうだと思います。気が向けばという感じですか」
話をしながら視線をちょっとだけ私に向けてまた前に戻した。何度も思ったことではあるけど、この人にも生活があるのだと思うと不思議な感じがした。ゆっくり歩く足元に目をやるとヒールの低いブーツを履いていた。なんというか、文香さんの足元なんてものはほとんどイメージの外にあって、それが実在していることに驚いた。そしてそんなことに驚いた自身がどこまでも常識知らずに思えて凍りつきそうになる。まさか古典的幽霊のように浮いて移動するわけにもいくまい。自分の想像力の貧困さに呆れてしまう。ブーツくらい誰だって持ってるだろうに。
外と比べて光量が一気に落ちて色調が暗色ベースに変わる。空調は効いているはずなのに、気温までもが違和感のある落ち方をしたような錯覚に陥る。圧力に耐えるように計算されているのだろう湾曲したガラスの向こうを様々な魚が泳いでいく。どれも暗闇から浮かび上がった水色に点在しているせいで色に大した違いはないように見える。違うのは大きさとか特徴的なかたちをした個体ぐらいだ。もちろんそれは水族館に入ったはじめの通路の光景だけど、それでも足を止める程度には圧倒されるものがある。慣れていないせいもあるのかもしれない。
水族館という青い世界に誰もがくぎ付けにされていた。魚の説明を読んでいる人もいればただ単純にその姿を追いかけている人もいた。彼らは私たちとは行ける場所が違っているから、どれだけついていこうとしてもどこかで置いていかれてしまう。街を歩いているときには思いつきさえしないだろうけれど、私はあちらとこちらを分断するガラスに自然と触れていた。ひんやりとした手触りのイメージは私を裏切った。指先にあったのは温度感なんてもののない、ただ分厚いサランラップに触れたような感触だった。もちろんそれは私の中で楽しい気分に分類されはしない。無感動な受容だけがあった。
底の岩肌にはイソギンチャクやサンゴが思い思いの場所に陣取っていて、まるで自由があるかと誤解してしまいそうになった。でもそれらの存在が画面としての美しさに一役買っていることは間違いのないところで、アクアリウムやらテラリウムやらが流行するのも理解できた。
様々の方向に視線を飛ばしていると、進む先の上のあたりに非常口を示す電灯が目に入って、どうしてだろう、なぜだか私は急に腹が立った。法律の上で定められたものであって私の気分を害するものではないはずなのに。なんだか気持ちが悪いから落ち着いて自分の心を眺めてみると、そこには野暮という二文字が置いてあった。なるほど私の理性の外の部分もよく考えたものだ。だけどもちろんそれは言いがかりでしかなく、私はその感情を引っ込めた。
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「私は施設としての水族館は好きですが、状況としては強い嫌悪を感じています」
いきなりこう言われれば顔をしかめたくもなる。それも半ばほどまで進んだところにある飲み物や軽食が海の生き物を見ながら楽しめるスペースのテーブルでとなればなおさらだ。それこそ状況に即していない。そこはこれまで進んできた迫るような臨場感からは離れて、開放的な広さがある。自然と小声になるような雰囲気もない。だから周囲も気楽におしゃべりを楽しんでいて、とくに盗み聞きされるような心配はない。ないけれど当の場所で後半部分を言う必要はないんじゃないかと思ってしまう。この人にはこういう、配慮といえばいいのか、そういうものが欠けている節がある。
「どういう意味ですか?」
「……水族館を娯楽に言い換えれば伝わるかと」
それだけ言うと文香さんはストローに口をつけた。おそらく本当に文脈が通ると思っているのだろう。とりあえず指示通りに置き換えてみたけれど、予想通り疑問は解けなかった。施設としての娯楽と、それを状況と捉えることのあいだに何があるのか。どこかわかりそうな気もする。いいや違う。たぶん定義づけから始めないと会話が成立しない類のことだ。おそらく水族館に関する話も本音だろうけど、大事なのはそれを比喩に使っているところにある。つまりこの場所に似た関係性や、あるいはそれこそ状況が存在するはずだ。とはいえそこまで思い至ったところでどうしようもない。私にはそれが言い当てられないのだ。
水槽へ移していた視線を目の前へと戻すと、彼女はとりあえずといったふうに近くを泳ぐ魚を眺めていた。直前に言っていたことを疑いたくなるほど関心は薄そうだった。もし本を差し出したらわき目もふらずに食いつくかもしれない。
「すみません、私にはちょっと難しくて」
「……意外です」
「はあ、私が優秀だと思われているならそれは誤解ですよ」
「いえ、そういった意味合いではないのですが、……そうですか」
かろうじて感じ取れる程度に声色が曇る。多分に推測を含むけれど、文香さんから見た私の像と私自身が認識している私の像にずれが生じているのだろう。いったい私が水族館を何に重ねていると思っているのだろうか。
私も文香さんももともと口数が多いタイプではない。そんな二人の性質が連れてきたのは無言の時間だった。魚に見とれていた時間と違ってなんだか気まずい。だいたいが仲良く二人で出かけるといった間柄ではないはずなのに。目の前の原因は黙って思索にふけっているように見える。もうひとつの原因である私は、自由なことだと自分を棚に上げていた。
「そういえば不思議なのですが」
「どうしたんです?」
「泳いでいる途中で死んでしまった魚を私は見たことがありません」
何を言っているのだろうとも思ったけれど、実際の体験として考えてみればたしかに私も見たことはない。寿命を迎えて力を失った魚は浮かぶのだろうか、それとも沈んでいくのだろうか。もしかして閉館時間を過ぎると一斉に死に始める? ……趣味が悪すぎる。
そういう目で見てみると魚たちがどうしようもなく奇妙な存在に思えてきた。
「私も見たことないですね、偶然なんでしょうけど」
「偶然ではないとしたらどのような答えが出てくるのでしょう」
「……はは、魔法か何かじゃないですか」
「なるほど。そうかもしれません」
彼女なりの冗談がわかりにくいのは彼女が表情を変えないからだ。それとイメージの問題。こちらがとくに反応を見せなくても意に介さないものだから判断に困ってしまう。これがりあむさんならリアクションしてよ、と大げさに騒ぐだろう。まあ比べたところで、という話だけど。
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出口のゲートを抜けた先には広いスペースをとっておみやげが売られていた。ちょっと買うのには引け目を感じるくらいの大きなぬいぐるみから割高に思えるクッキーまで様々だ。たくさん並んだ商品と値札の眺めは、これまで通ってきた非現実的な世界から途端に私を現実へと引き戻した。そのギャップはむしろ変な興味を商品に持たせていた。買い物をするときの不自然にゆっくりな歩き方で品定めをする。いや冷やかしではあるけど、こういう場所ではおかしくはないし。
おそらくなんらかのかたちで動線を考慮したのだろうおみやげスペースの端っこにちょこんとマリモが置いてあって、それで私はふと思い出した。文香さんが水族館好きだというのはたぶん本当のことだ。だってこういうところにしかマリモなんて売っていないだろうし。
「マリモが気になりますか」
「いえ、文香さんがおっしゃっていたのを思い出して」
「私は自分がこれに似ていればいいと思いますし、泰葉さんも同じであればと思っています」
マリモの入った小瓶をひとつ手に取ってぽつりと文香さんはつぶやいた。私に対して聞かせるつもりがあるかどうかを見極めるのが難しいくらいの声だった。それはなんというか、特殊な範囲の決まり方をしていて、その外縁ぎりぎりに私がいるような感じのものだ。
「すみません、意味がちょっと」
「では魚に似ていたいと?」
「何をお聞きになりたいのかわからないんですが」
こう言いたくもなるというものだ。