りあリズむ   作:箱女

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「あっはっは、けっこう絞られたっスか?」

 

 心底楽しそうにヒナ先が笑ってる。北海道の雄大な草原が似合いそうなくらい朗らかな顔。いやぼくからするとヒナ先に冷たく当たられたりなんかしたら、しっかりした梁とロープ探さなくちゃいけなくなるからありがたいんだけどね?

 あのサイケな夢みたいな色をしたクッションにおっぱいのっけて腕をまわす。はー、ラク。

 

「ううん、Pサマは怒るどころかファインプレーだっつってた。ここから始まるって」

 

「りあむちゃんのプロデューサーさんは肝据わってまスねえ」

 

「むしろ文句の矛先が上層部にいってたよ。フツーぼくが怒られるはずなんだけどね? だって事務所全体のイメージ関わっちゃう話だし」

 

 ヒナ先の笑いの質がちょっとケラケラ気味に変わる。まあなかなか聞けんでしょこんな話。正直やらかした張本人が言っちゃいけないんだろうけど。

 手を伸ばして麦茶の入ったコップに手を伸ばす。入れたときより氷が溶けたのか、からんとぼくの見てないところで音を立てる。海ちゃんの家に麦茶なんてのもちょっと不思議な気はするけど、普通に考えたら当たり前だよね。趣味がアジアンな感じなだけで日本は山口出身だもんな。あー、冷たくておいしい。五月も終わりになるとどの年でも妙に暑い日がたまにあったりして。知ってるかね、夏なんてのはこっそりフライングで忍び込んでるもんなんだぜ、みたいなこと言ってる小説どっかで読んだな。ホントにその通りならこのまま梅雨なんて無視しちゃえばいいのにね。でもそれだと困る農家の人とかいるのかな、うまくいかないね、まったく。

 

「まあわからなくはないっスけど、個人的にはプロデューサーさんと同じ意見ッスね。りあむちゃんをキャラクターとして見るなら炎上商法って選択肢として全然アリでしょ」

 

「えぇー……、これやむ案件のやつ?」

 

「いやいや、企業のそういうのって取り返せる目算あってのものっスよ」

 

「さすがにそれはポジティブが過ぎると思うよ?」

 

 いくらなんでも客席に向かって中指おっ立てて問題ナシ、ってのはないと思うんだよね。原因はぼくの後先考えない性格のせいだし、そんなの誰も狙ってない。つーか誰もハッピーにならん。だからこそ決定的瞬間が激写されてまたボヤ騒ぎになってるわけで。ぼくが大物じゃなくてよかったよまったく。もしそうだったらたぶんこれくらいじゃ済まないもんね。会見ものだよね。

 

「まあほら、りあむちゃんのライブって加熱しやすいやつっスから。どこかでりあむちゃん自身が “線引かないとこうなるぞ” って見せる必要もあるとは思うんスよね」

 

「正直投げつけられる量むっちゃ増えてたよ、全然痛くないけどハートに何かが溜まる……」

 

 服の中心からちょっと左寄りのところにあるもさもさした部分を触りながら愚痴ってみる。本当に何かが溜まっていってるのかはぼくにはわからない。メスシリンダーみたいに目に見える目盛りがあれば楽なのにね。ぼくにあるのはなんとなくそんな感じがするっていう実に微妙な感覚。

 あ。これもしかしなくてもヒナ先ぼくのこと気遣ってるな?? 優しさパワーはいつもと変わらんけど話のコースがいつもと違う気がする! ぼくのことは形状記憶の綿のサンドバッグくらいに思っておいたほうが精神衛生上いいはずなのに。

 いや待て。これぼくもいけないな。海ちゃん家で海ちゃんがいないときにこんな話しちゃったんじゃそりゃ心配にもなるわ。悪循環入ってる気がするな。何やってもよくないほうに行くやつかもしんない。話題変えたほうがいいか? 不自然か? だよなあ。

 

「うん、でもやっぱ何にせよやらかしたら死にたくならない?」

 

「わからなくもないっスけどね。でも結局は生きていかなきゃなワケでスし。そのために大事なのは “やらかした” って自覚があるってことで」

 

 あったかい微笑みの製造過程はぼくにはわからない。それは明るい感じの、たとえば向日葵みたいな力の強い押しつけがましさはなくて、ふくっとしたイメージの、なんていうの、合弁花? そんな感じの花を連想させる。一つしか齢変わらないのにこんな引き出し持ってるなんてずるい。ぼくの浅さが浮き彫りになるだろ。やむ。

 

「うわぁん! ぼくを包み込まないで! 泣きたくなっちゃう!」

 

「ほれほれ~、どんどんお姉さんに甘えていいんスよ~?」

 

 あ"ー、ヤバい。これヤバい。薄桃色の、ちょっととろっとした湯船に浸かってるみたい。気分が良すぎて、気だるくなって、全然出る気にならなくなっちゃうやつだ。ここは居心地がいいな。ずっとここにいたいな。

 でも、現実的に考えてぼくがここにいる時間はこれから減っていかないといけない。ここにいるとそのまま時間が溶けていくから。小説を書くための時間がなくなるから。それはちょっと辛いけど、でもぼくにとって小説を書くことはその意味を少しずつ変えてきてる。はじめはチャレンジ気味のお仕事で、文香ちゃんが教えてくれるから頑張ろう、くらいのものだったけど、今では一種の夢みたいになってきてる。それは、ぼくの中の何か伝えたいはずのものを探すことで、存在することを想定さえしてなかったものを見つけることだから。もしかしたらぼくが空っぽじゃないことを証明できるかもしれないから、そんなんもう夢じゃん。

 

 なんか落ち着かなくなったから開いた窓のほうに顔を向けてみた。この時期ってとくに花の香りしないよね。ヒナ先はなんかスマホいじってる。ふう、海ちゃんのパエリア楽しみだなあ。

 

 

「あ、やっほう。いま何してたの?」

 

『ちょうどお風呂洗い終わったところですよ』

 

「ナイス泰葉ちゃん。あとでぼくもやろ」

 

 声の調子から一仕事終えた感が伝わってくる。思ったほど時間が経ってないわりには思ったよりしんどさが残るって辺りけっこうお風呂掃除って謎だよね。

 右耳に当ててたスマホを左耳にもっていく。

 

『記事読みましたよ、大丈夫ですか?』

 

「アタマがってこと? 泣いていい?」

 

『事務所の方針からしたら怒られそうだなって思って』

 

「あれ、ぼくの小粋なジョークはスルー?」

 

『自虐は小粋じゃないと思うので』

 

 この鋭さがクセになるよね。馴染んでいくほどに相手のことを考えてオブラートが剥がれていくからちょっとキツめになるけど、ぼくはその根幹が関心にあるって知ってるからノーダメなんだ。クソザコメンタルには珍しい。

 

「うん、まあぼくは平気だったよ。Pサマが怒られたってさ」

 

『プロデューサーさんは何も?』

 

「むしろあれでいいんだって。ぼくに期待してたのはこういうのだって言われたよ」

 

 耳元からため息が聞こえた。おでこに手をやって頭を軽く振るしぐさまで目に浮かぶ。にしてもため息に限っては対面よりも生々しいな。これあれだろ、ASMRってやつだろ。ぼく知ってるぞ。

 

『もしそんなので炎上してたら目指すものまで遠回りになりそうに思えますけど』

 

「泰葉ちゃんはそっち派? ヒナ先は逆にアリって言ってたよ」

 

『比奈さんまで?』

 

「うん。ぼくのキャラ考えたらね、って。まあぼく危なっかしいもんな」

 

 言ってて虚無りそう。たしかに一歩離れて見ればヒヤヒヤもんなのは否めないけど、それって本当に武器になるのか??

 

『それは受け入れていい類の性質かどうか考え直したほうが……』

 

「ダメだよ泰葉ちゃん。今さら治るやつじゃないよ。性格より無理だよ」

 

『うーん、それならもう仕方ないですけど』

 

「そうそう、それにほら、ぼくは泰葉ちゃんの言う “目指すもの” なんてわかんないし」

 

『えっ、本当に目標とかそういうのないんですか』

 

「いやあ、1コだけあるんだけどね。やりたいことというか。そのために人気……、いや違うな、知名度? がある程度は必要な感じでさ」

 

 大事なところには触れないように泰葉ちゃんに話してて、ふっとキーポイントに気が付いた。ぼくが忘れてたやつだ。小説書くことばっか考えててすこんと抜けてたけど、ぼくは人気者にならなきゃいけない。そりゃそうだ、超限定的にしか知られてないアイドルもどきの小説なんてだーれも買ってくれない。考えてみたら広告も打ってもらえないよな。いやそもそも出版までいかないだろそんなん。あれ、あれあれ、そういうのって大事だ。

 

『じゃあ頑張らないとですね。あ、中身は聞きませんよ? 空気読めますから。ふふ』

 

「あ! いい!! それいいよ泰葉ちゃん! そういうの言ってったほうが絶対可愛いよ!!」

 

『こういうのは友達相手のです。なんか距離感違うじゃないですか』

 

「そうかなあ。CMとかでそんなん流れたら一撃でファンめっちゃ増えると思うけど」

 

『CMなんてずっと先の話ですよ、それこそ目標にしたっていいくらいです』

 

「たしかに。うちの事務所でもCM出てんのトップ層ばっかだわ」

 

 実はそこの層が厚いってのは共通認識だけど言わないお約束。だって可愛い女の子とか美人ってイメージ戦略で言えば最強でしょ。前にPサマに教わったけど、テレビに出続けられるってむちゃくちゃすごいことなんだよな。多くの人が飽きないっていうか受け入れてくれるってことだから。ま、アイドルオタクとしてはけっこうダメージを受ける事実ではあるよね。引退とか卒業どころか失踪パターンだって何度も見てきたもの。ううむ。

 

『そういえば』

 

「どったの?」

 

『知り合いの方が言っていた目標がちょっと変わってたなって』

 

「どんなん?」

 

『人の選択肢に入りたい、って言ってました』

 

「……カノジョ持ちの男の人好きになっちゃったとか? そういうのはしょうがないよ」

 

『それなら筋は通るんですけどね。ただ個人的に恋愛に興味のある人には見えなくて』

 

「普通に過ごしてたらそんなもんだって。ぼくだってそんな感じでしょ」

 

『いえ、りあむさんは興味ありそうに見えますよ。前に映画館で振られた話も聞きましたし』

 

「ぐむう」

 

 あー、そういやカフェで。いったいぼくは何を恥ずかしい話を泰葉ちゃんにぶちまけてんだか。海ちゃんもヒナ先も知らんのに。いやあれは話題の展開の仕方がいけなかっただけだと思うけど。

 

「そそそれは偏見だよ! ぼくがそのハナシしちゃったからそう思うだけで!!」

 

『あれ、じゃあ全然興味ないんですか?』

 

「うう、そっ、そんなこともないですけど!? うわーん! なんかボコられた感じする!!」

 

 なんか勢いで電話切っちゃった。はあ、こういうことしてると本当に死にたくなるよね。LINEでごめんね、って送っとこ。初めてじゃなくてわりとよくあるってのが泣ける。やむ。寝よ。

 

 

 

 

 


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