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「体は引き締まった感じするんだけどさ、でもなんか触った感触はぽよぽよなんだよね。これってトレーニング的には正解なの?」
これはぼくの実直な感想だ。お風呂入っておなか触るとふつうに柔らかい。もう体力トレ始めて二か月になるのに、だ。食べ過ぎってこともない。ぼくの食生活は意外に統制が取れてる自信がある。この辺はママ仕込みの部分で、昼夜逆転したりしても大丈夫なのはきっとこのおかげ。間食については気にしない。そんなの日によってまちまちでしょ。
「あんまり青木さんを下に見てやるな、お前の体の印象を崩さないメニュー組んでくれてるんだからな」
「つってもぼく地獄見まくってるんだけど」
「体力の面で見たらどうだ?」
「いやー、それは……。まあ、ライブ一本じゃ息も切れなくなったけど」
「それを腹筋の線も出さずにやってるんだからすごいもんだろう。俺には仕組みがわからん」
それよ。リクツ聞いてみよっかな、って思ったこともあるけどあの人たぶんガチガチの理詰めでやってるっぽいから聞くの諦めたんだよね。わからん話でも面白いものってあるけど、それはわからんのレベルがまだ低い場合じゃん。たぶんトレーナーさんの場合は論文とかそういうのじゃん。プロジェクター使ってグラフとデータ見ながら説明するようなさ。Pサマがわからんっていうならその時点でもう専門知識の領域なの。それも結構なね。決まり決まり。
昨日は雨。明日も予報によると雨らしい。でも七月に入ったって言い訳するみたいに今日だけは晴れ。その代わりにむちゃくちゃ空は高くて夏のオーラ全開。空の色だけでエアコンつけたくなるくらい。インドアウーマンりあむちゃんは夏に弱いのだ。蒸れるからなあ。
「ていうかさ、ぼくちょくちょくPサマに呼ばれてるけど、なんで? 寂しくなっちゃった?」
「……そうだな、もし仮に俺がとんでもなく仕事のできない人間だったとして」
お?
「それでもお前の様子を確認することだけは忘れないだろうな」
「お、ちょ、ふっひ、Pサマ、ま、まじ?」
「それだけの爆弾ってことだ」
ぼくのでへっとしかけたきちゃないスマイル返せや。突然プロポーズ食らったかと思ったじゃんか。そっちかい、って言いたくなったけどちょっと待ってよ、たしかにぼくはやらかし癖あるかもしれんけど、爆弾っていうには足りなくない? なんか、規模っていうかさ。実際まだステージに立って頑張ってるっていうか、そこ以外に出てないぼくにそんな影響力はないと思うんだよね。
Pサマの顔はいたって真面目でからかうような雰囲気はない。というよりもぼくこの人にからかわれたことない気もする。ってことはきっとPサマにとってのぼくってマジで爆弾なんだろうな。意味合いはちょっとわからんけど。
「えぇ……、ぼくそんなヤバいやつ扱いなの……、やむ……」
「そろそろお前もわかってるだろ。この業界は誰でもどこかしらおかしいもんだよ」
誤魔化しの言葉には違いないけど、ウソじゃないから上手に返せない。そんなことないぞ、全然違うぞ、って否定したいけどそのための根拠を持ってるわけでもない。でもこれは建前だ。たぶんぼくはPサマとは違う意味でアイドルのみんなが狂ってるっていうのをわかってる。それは、だって、ぼくだけじゃなくて、感情の使い道として間違っていると思うから。たとえぼくがそれに救われた事実があったとしても。
夢見てんじゃねえよ、って自分でもツッコミ入れたくなっちゃうね。はあ。
ばさっと音がしたかと思えばPサマが新聞を広げてる。世の中で何が起きたか知るのがそんなに大事かね、大事か。この状態でも会話が余裕でできるってんだからずるいと思う。いくらなんでも相手は選ぶんだろうけど。
新聞に向かってた顔が思い出したように跳ねてこっちを向いた。本当に何の気もないように、それこそ小学校のバカな男子の給食の時間みたいな感じ、言葉を投げてきた。
「そういえば夢見、最近岡崎さんと仲良いらしいじゃないか」
「は!? は!?? ぼぼぼぼく別に泰葉ちゃんとイチャついてなんてないですけど!??」
「何言ってんだお前、友達になったんだろ?」
「え、いやそうだけど……、え、なんでPサマ知ってんの、こわ……」
「こんな立場だといろいろ耳に入ってくるもんなんだよ」
うわめんどくさそうな顔してる。でも考えてみたら聞かないといけないこと多いのかな。Pサマ偉いっぽいもんな。知ってるぞぼく。ちょっとでも偉いと厄介な感じの責任が発生するんだよな。褒めてもらうときの、えらい、と使い方違うんだから日本語って難しいよう。なんかいろいろ思い出してやみそう。言葉の使い方の判断のもとになる会話の流れってなんなんだ??
「へー。まあ、うん、泰葉ちゃんとは仲良くさせてもらってるよ」
「結構。友達は一人だって多いに越したことはない。これはただの人生の助言だけどな」
「え、どうしたのPサマ、おっさんになっちゃったの?」
「やかましい。そこは事実だから言わんでよろしい」
ほーん。大人になるにつれて友達って減ってっちゃうのかな。なんかすげー実感こもった言い方してるもんな。見た目がおっさんしてるとは思わないけど、まあ、Pサマが友達と楽しく遊んでる姿ってなかなか想像つかないかもね。そういや歯車でも “僕” に友達いなかったわ。
でもなんだかこの会話は楽しかったかも。Pサマも人間なんだね。大発見だよ、論文ものか??
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ちらっと横を見る。いまはヒナ先がいる。ヒナ先はテレビのほうを向いてる。テレビはなんかやってる。みなまで言うな、意志弱子のぼくは花の蜜に集まるハチみたいに海ちゃん家に吸い寄せられてしまうのだ。泣きてえ。覚悟はした。したんだよ。でも今日は勝てなかったの。それは靴の裏にくっついたガムみたいに、湯呑の底のほうの茶シブみたいになかなか取れない。だから明日も頑張る。明後日も頑張る。きっと小説書くために毎日ここに来ないようための精神的な闘いが続くんだと思う。ガチでやむかもしれん。
テレビに映ってるのは道端で酒飲んで騒いでるパリピ。いや家でやれって。外なんて暑いし汚いじゃんかよう。これがニュースになるんだから平和だなって思わんくもないけどさ、これたしかに問題ではあるよな、ある程度。思考回路がわからん。思考過程もわからん。ぼく陰の者だもの。
「パリピってなんで頭パリピなん?」
「パリピがパリピたるのは生来の気性っス。かのマクベスも「おれの心はサソリでいっぱいだ」って嘆いてまス」
「ちょっと何を言ってるのかわからないんだが??」
「簡単な言い方をすれば性格の根っこの部分がパリピって意味っス」
本当に簡単に言い換えてくれるからありがたい。へー、なるほどなあ、根っからそうじゃないとパリピじゃないのか。でもなんかそんな性格の根源にかかわる話かと思うと微妙な気もするな。あとサソリってなんの話だ。
「難しく言うとどうなるん?」
「存在証明の話っス。サソリはここに絡んできまスね」
「わかってそうでわかってない単語の説明のためにマクベスからサソリがやってきた……」
読んでないよシェイクスピアなんて。名前だけ名前だけ。悲劇ですよ、って言われてるやつ読むわけないでしょ。ぼくザコメンタルなんだぞ。
あれ、っていうかヒナ先こんな話さくさくできるのヤバくない?
「まあまあ落ち着いて。サソリっていったらりあむちゃんはどんなイメージっスか?」
「え、そりゃまあ毒針持っててそれで刺す、みたいな」
「でスよね。じゃあ刺さないサソリはサソリと言えるかどうかって聞かれたら?」
「サソリって呼べはするでしょ。そういうタイプもいるんじゃないの。知らんけど」
「その通りでスね。それなら刺すやつと刺さないやつ、どっちがサソリっぽいっスか?」
「刺すやつ」
ヒナ先のメガネが光った。ような気がする。もうニュース番組に映ってたパリピどもはいなくなってて、どっかの企業の不祥事について流してるんだと思う。なんかビルの映像と下っかわに文字出てるからたぶんそう思うってだけ。実際はヒナ先の話にぶっ飛ばされないように必死。こ、こいつ、実力を隠してやがったのか……!
「ちこっとズルいかもっスけど、サソリ=刺すやつくらいには変換してオッケーっスか?」
「まあ、間違ってはない、と思う」
「これにあるエッセンスを加えてさらに言い換えると、サソリは刺さずにはいられない生き物ってことになって、同時に刺すことでサソリはサソリであることを証明することになりまス」
「お、おお?」
「つまりどんな状況でも刺すのをやめられないのがサソリであり、心にサソリを大量に抱えているマクベスはやってしまうことを宿命づけられているんスよ。サソリと同質だから」
「急にマクベスが飛んできた!」
おぎゃあ。ヤバいヤバい。なんかしらの属性持ちの人に共通するアレだこれ。まあまあ論理の飛躍があるのに妙な説得力を持って迫ってくるタイプのアレ。刺すサソリが刺すからサソリである証明になってる?? ただの循環論法じゃないのかこれ!?
ただ、マクベスがサソリと同質だから結局こいつもやっちまうらしい。こうなると意味がちょっと変わる。サソリの立ち位置がマクベスのキャラ付けの論拠になってるってことだ。ず、ずるい気がする……。
「さ、りあむちゃん。最後の結論はどうなりまスか?」
「えっ、さ、騒ぐことであいつらはパリピであることを証明してる……?」
「同時にそれから逃れられないってことっス。あんまり言っちゃよくないんでしょうけど、ああいうレベルの騒ぎ方ってブレーキかかりまスからね、普通」
「もう人種違うってレベルじゃねそれ」
「はっはっは」
「いやいや笑ってないで否定してあげてよ」
あーこれほとんど誤魔化す気もないやつだ。でもまあ違うって部分だけに注目したらそんなに意味は変わってないのかもね。ぼくとバチバチの体育会系が似ても似つかない感じで。
からん、と鳴るグラスが耳にも涼しいぜ。暑くなってきたら麦茶は余計に自然とおいしくなるものなのだ。人ん家の飲み物に親しみまくってる件については言っちゃダメ。ヒナ先もそこはぼくと変わらないしね。
「つーかさ、ヒナ先これまでこんな話しなかったじゃん。急にどしたの?」
「そりゃありあむちゃんは可愛がってナンボの存在でスし」
「あれ、いま愛されてるのと同時にバカにされてる??」
「いやいやいや。それにほら、聞かれてもないのにこんなん語ってたらヤバいでしょ」
「あーオタクの悪いところってことね」
「いま自分アイドルでもあるんでちょっとは空気読むテク必要なんスよー、ってあれ」
ヒナ先の動きがぴたっと止まる。止まることで初めてこの人は動いてたんだってわかるような、そういうちょっとした差を認識できるくらいのぴたっとした止まり方。原因は何かの疑問。ぼくも経験あるからわかる。たいてい焦るようなやばいやつじゃなくて、何にもならないようなちいさな疑問。でも疑問の大きさでその停止の仕方に違いは出なくて、なんだか時間が止まったような気になる。これがもし真夏の午後でセミかなんか鳴いてたら映画のワンシーンになりそうだな。
「どったの」
「りあむちゃんからオタクの面倒ムーブ食らったことないっス」
すてーん。っつって効果音がつきそうな転げ方。わあん。何それヒドいよう。たしかにぼくもオタクだけどさ、ぼくは別の新しい問題が出てくるのかなってちょっとワクワクしてたのに!
「え、かつてないほどディスられてない? 方針転換する要素あった?」
「いやそういうつもりじゃなくて、ただ意外だなって」
「ま、まあ? りあむちゃんにもそういうフンベツってのくらいあるってことかな! どや!」
「とりあえず理由のほうは聞かないでおいてあげるっス」
「え、あ、助かります……」