りあリズむ   作:箱女

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 ドッジボールで、外野の男子にパスしなかったらバカと言われたことがある。体育の授業。そう言われてぼくの内側には言葉にならないもやもやしたものが生まれた。外に出ていきたいのに出ていくための正当な手順の踏み方がわからない、そんな気持ち。体の内部の圧力だけが上がっていくような、ものすごくすっきりしない感覚。男子に向かって何も言えなかったのは悔しかったなあ。おうちに帰ってもなんだかもやもやしたのがずっと残ってて、それがお風呂入って湯船に浸かった途端にかたちになった。ぼくは周りを見られないダメなやつなんだ、って。

 意識の外でなんとなく漂ってた考えが実は大事なものだったなんてことはよくある話で。ぼくの場合はこのドッジボールがそういうののわかりやすい経験だった。湯船の理由はわかんない。

 

 

 メモを取りまくったノートを見返す。たぶんだけど、教えてもらったことをうまく組み合わせれば技術的には小説を書き上げることはできるんだと思う。まあでもそのために必要なものが足りてない。たとえばどんなのが主人公なのか、物語を通して何を解決するのか。ここをぼくが決めないといけないってのがキツい。お手本がないわけでしょ? ぼくが決めちゃっていいものかってのもあるけど、それできちんと物語が最後まで動くのかみたいな不安がいっぱいある。やむ。

 まずは書いてみてそこから修正の繰り返しかあ。文香ちゃんって意外とぼくの労力とか考えてなかったりする? それともぼくが甘い? そんなの当たり前なのかな、教えて全国の作家サマ。

 テーマと主人公の解決する問題のリンクもまだまだ課題。家で例えたらぼくはまだ基礎工事が終わっていない段階なのだ。これは口酸っぱく言われてる。最初にテーマを決めること。物語を読み終わった人のうち、誰か一人でいいからそれに気づいてもらえるようにすること。だからまあ、作品内でいちいち言わなくていいんだろうね。考えてみればこれまで読んできた小説にはこれがテーマですよ、なんて言ってるやつはなかったかも。さっきの家の例えを引っ張るなら基礎工事の部分が見えてる家なんてないし、あったらヤバいでしょ。ないよね?

 

 ぼくが伝えたいことがテーマになる。海ちゃんにもヒナ先にもおんなじこと言われてきたし、ぼくもそれが正しいと思うから繰り返し繰り返しそれを考えてる。書きたくないことはテーマにならんやろ、はい正解。ごろんと転がる。

 

「りあむがそうやってノート見ながら転がってんの新鮮だね」

 

「いちおうぼくだって勉強の経験くらいあるやい。これ苦肉の策なの!」

 

「で、なんでそんなうんうんうなってるんスか?」

 

「文香ちゃんから教わった内容で一個だけしっくり来ないんだよね」

 

 海ちゃんはテーブルに頬杖ついてこっちをちらっと見た。もともとテレビ見てたからもう目はそっちに戻ってる。結ったポニテは背中に残りっぱなし。ほんと長いよね海ちゃんの髪。ヒナ先はスマホゲーの日課消化中なのかな。なんかすごい雑にタップしてるし。

 エアコンはいらない気温だけど湿度がキツい。肘の内側とかぺたぺたする。お風呂入ったらさっぱりするんだろうけどすぐ元通りになるから気が進まない。風がないのがこんなに厳しいとはね。毎年一度はおんなじこと思ってそうだけど、いちいちそんなこと覚えてられんしな。

 

「ねえヒナ先、前にうみんちゅにも聞いたんだけどさ、現実と小説をつなげるってどういう意味? いやわかったところで、みたいな部分あるんだけどね。でも文香ちゃんがぼくには必要なことだ、って」

 

「えーと、ファンタジーな意味でなくて?」

 

「うん」

 

 悪いっスけど、って言ってヒナ先は首を振った。ま、そりゃそうだよね。むしろ簡単に説明されても困るっていうか。じゃあ、きっと比喩表現だ。でもそれが何を指すのかがわからんからぼくはもう半回転する。ごろり。

 

「逆にりあむちゃんから見てそうなってる本はないんスか?」

 

「ぼくから見て? 考えたことないかも」

 

 とはいえそんな経験あったっけ。本を読み始めたのは高一でフラれてからだからそんな量多くないし。ってかそんなバチバチに読みまくってたわけでもないしね、それほど時間置かずに地下系のドルオタにもなったから。しかしそんな小説なんて言われても。

 

「最近よく読んでるやつは?」

 

「ええ~? あれ読んでて吐き気するだけだよ? そんな影響あるわけ、って、え……?」

 

 待て待て待て待て。小説が、歯車が、現実のぼくに影響を及ぼしてる? つ、つつ、つながってないかこれ……? あっち側の世界と、ぼくの生きてる現実。文香ちゃんはこのことを言ってたんだ。これを書けって言ってたんだ。ファンタジーなんかじゃない!

 あれ、じゃあどうして歯車だけがぼくの現実とつながるんだろう。

 

「え、あれそんな本なの。読むの止したほうがよさそうだけど」

 

「ややややべー、うみんちゅ。やべー、つながってる、現実と小説」

 

「え?」

 

「ぼくの吐き気が証拠。ぼくに影響出てる。でも変なんだ。また一個わからん」

 

「ああ、まあ言われてみればそうか。で、わからんことって?」

 

「なんで歯車なの?」

 

 うっわあ、知らねーって顔してる。そりゃそうだよ。ぼくがいちばんわかんないといけないことだもん。そもそも海ちゃん本読まないんだから余計だよ。内容どころかタイトルも知らない作品がどうしてぼくにぶっ刺さってるのかなんてわかるわけないだろ。いつもよりテンパってるぞぼく。

 ヒナ先を見る。やっぱりピンと来てない。ぼくらの年代で歯車読んだことあるのって何パーセントだ? もしかして小数点以下だったりするか?

 

「そもそもそれってどんなお話なんスか?」

 

「えっと、そうだな、死のイメージに、命のほうね、追いかけられ続けるっていうか」

 

「そりゃ吐き気もするだろ。何も楽しくなさそうじゃないか」

 

「いやでも違うんだよ、うみんちゅ。たしかにぼくこれいちばん嫌いなんだけど、そのぶん何かが刺さるんだよ。逆かも、通ずる部分があるから嫌いになれたっていうかさ」

 

「浅い意味で嫌いってわけじゃないんだな」

 

 そうだ。ぼくは特別に嫌いなんだよ。これまで気にしてなかったけど間違いない。いま口にしてあらためて腑に落ちたっていうか、そういう感じ。ぼくと歯車は何かが共通してる。それもちょっと他の小説とは違うレベルで。たぶんそうじゃないと吐き気の説明がつかない。だってそれは歯車だけなんだ。

 

「うん、そう。浅くないの。でもその理由がわかんなくて」

 

「他の芥川の作品は読んだんスか?」

 

「うん。この本にもあと二つ短編があるし」

 

「あー、芥川龍之介の本なんだ? 国語の授業で聞いて以来だな」

 

「じゃあ本当に特別ってことになりそうっスね。他のと何が違うのやら」

 

 ここを詰めれば鍵が開きそうな気がする。責任を持たないとダメ、って文香ちゃんは言ってた。そうすれば現実と小説がつながるんだって。そのための鍵。

 ってことはきっと芥川龍之介は何かをしたんだ。たぶん意図的につなげるための何かを。物語の完結と完成は違う、んだよな? それをこいつは完成させたんだ。つーかそう考えたらアレだな、ぼく以外にも歯車が刺さってる人はいるはずだし、こいつの他の作品が刺さる人もいるって考えたほうがいいな。

 うぅ、わかんねえ。たぶんだけどこれぼくの最後の問題になるんじゃないか。やみそう。

 ……これってもし芥川がした何かがわかればぼくが書かなきゃならないお話もいっしょにわかるのか? それともその二つは別なのか? いやたしかに初めから比べたら考えることが絞られてはきてるけど、難度おかしいだろこれ。ぼくが勝手にドツボにハマってるんじゃなくて、初めっからこれくらいのことやらせるつもりだったんだとしたらPサマ本当に正気か疑わしいぞ。

 

 

 前より体力ついたとはいってもライブはやったら疲れるんだよ。パフォーマンスに変化いれるようにもなったしな。そもそもが人前に立つんだぞ。ま、こんなふうに考えられるようになったし、ステージの上でのことも思い出せるくらいには余裕でてきたけどね。でもぼくのグッズ持ってる人ちょっと増えたよな。あの絶対に普段からは使えないうちわもえっぐいピンクのタオルも。さすがにサイリウムはぼく専用の色とかまだないけど、持ち帰り用のグッズとか売れてんのかな。今度聞いてみようかな。

 わかるぜ、ぼくじゃなくてもよかったのかもしれないけど、実際何に救われるかなんてわかったもんじゃないもんな。そこに共感できちゃうぼくは、そもそもが謙虚になっちゃいけないんだ。

 

 部屋に戻ってきたら着替える前にテレビのスイッチをつけるクセはいつついたんだろう。何かしら音がないと寂しいからっていう理由はあるんだけど、最優先か? って自分で思うこともある。まあどうせ答え出ないし考えないんだけどね。

 ………なんで教育テレビ?? 昨日ぼく何見てたんだっけ。まあいいや、さっさと着替えよ。

 あれだな、世代を超えてもおかあさんといっしょは変わらないんだな。あのでっかい着ぐるみがコントみたいなのやって、そのあと子供といっしょに歌って踊るんだな。なんというか、組み立てがしっかりしてる。飽きない作りっていうか。……ぼくやべーやつなのかな。19歳だぞ。これまじまじと見てるのアウトっぽくね?

 ちびっこどもがきゃっきゃしながら走り回ってるのはやっぱほほえましい。なんかだんだん頭がぼーっとしてきて、これでいいんだよって気がしてくる。そう、これでいい。ぼくはぼくの未来に自信とか保証とかぜんぜん持てないけど、それでも頑張って生きてくことになるんだと思う。やりたいようにやろうにも、って話だ。

 ふと意識がはっきりのレベルまで戻ってきてため息。おかあさんといっしょ見ながらこの感想はヤバいでしょ。ぼく本当に疲れてたりしないか?? 事務所にカウンセリング受けられるとことかあったっけ?

 

「ふー。おなか空いたな」

 

 なんかこれ以上考えたら混乱しそうだなって思って考えなくても言えること言ったら失敗した。こういうのは口にすると余計にひどくなるんだった。あーあ、冷蔵庫になんかあったかな、さくっと作れるやつだと最高なんだけど。

 冷蔵庫のひんやりした空気が、なぜかそれまでかたちのなかった考えに輪郭をつけた。

 へー、ふーん。

 

 …………って、あ、あれ? も、ももももしかして、ぼく、わかっちゃった? のか??

 

 

 

 

 

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