りあリズむ   作:箱女

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「ねえ文香ちゃん、ちょっと聞いてみたかったんだけどさ、文香ちゃんは小説書かないの?」

 

 ちょっと前から文香ちゃんとの時間は雑談のものになってて、ただぼくには楽しいだけの時間に変わった。書く前に教えられる知識は伝えきったって言う文香ちゃんいわく、もう段階的には質問に対して回答をしていくのが効率的になってるらしい。ここから先を一方的に教えちゃうと、書き方によっては的外れどころか悪影響を及ぼす可能性のほうが高いんだってさ。マジかよ、繊細だな小説家。

 さて、ぼくはテーマをどうにか見つけたけれど書き始めてはいないからまだ質問はないわけ。そしてこれは本当に気になってたんだよね。だって知識量ヤバなんだもん。

 

「書けない、が正確でしょうか」

 

「えー、それはウソでしょ。ぼくより絶対に書けるじゃん」

 

 首を振るとさらっさらの髪がホントに音を立てて揺れる。黒のロングのストレート、男の憧れ。ぼく女だけど。いや女の憧れでもある。でも似合うかどうかはガチで人を選ぶし手入れの手間もとんでもない。まあぼくは許されんな。たぶん手入れ大変で泣くし。

 

「……物語を完結させることはできるかもしれませんが、完成させることができません。これでは小説を書く意味がありません」

 

「あー、責任、だっけ?」

 

「それもありますし、何より私には伝えたいことがないのです」

 

「そうなんだ、文香ちゃんアタマ良いからいろんなこと考えてるもんだと思ってた」

 

 ぴたっと止まってただぼくに視線を送ってる。おいおいりあむちゃん照れちゃうぜ。つか現世の女神のきょとん顔をこの至近距離で眺められんのぼくだけじゃね? うわぁい、マジで顔がいい。履歴書に書いていい。なぜ文香ちゃんのプロデューサー氏はこれを使って売り出さないのか。でもそのおかげでぼくだけがこの状況を楽しめるのでありがとうございます。うひひ。

 いいなあ、本当に美人。しかも前に出ない感じの。いったいどんな人生だったんだろう。学校にファンクラブとかあったのかな。クラスの男子どもは授業中にこっそり視線を送りまくったんだろうか。席替えで隣を引いたやつはガッツポーズ取ったりしたんだろうな。女子からは嫉妬されたりしたのかな。それすらなかったのかも。学年一可愛いとかならまだわかるけど、このレベルだもんな。手ぇ届かんもの。

 

「ねえ文香ちゃん、歌と小説って違うの?」

 

「どういうことでしょう?」

 

「ぼくね、文香ちゃんのカカオバター好きなんだけどさ、なんか気持ちがざわつく感じがね。でも考えてみたらそういうのって小説も同じじゃねって思って」

 

「……たとえば例に挙げてくださったカカオバターですが、別れてしまった恋人のよく使っていたカカオバターを自分も使い続けるという寂しい曲です。ですが私にそのような経験はありません。それでも曲がりなりにも歌うことができるのは、詞から読み取れるものを想像力で補うことによります。そしてそれは高く見積もっても70パーセントの再現度でしかありません」

 

「いやまあガチの経験談だったら困るけど」

 

「それはつまり全霊を込められないことを意味します。ここが私にとっての小説との決定的な違いです。自ら作詞作曲を行えるような方であれば話は変わるのでしょうが」

 

「ふうん」

 

 雑談もネタが無限にあるわけじゃないからいつの間にか静かになって。いつもここで話してるから文香ちゃんとぼくは二人でいることにどんどん慣れちゃって、そうなるべきじゃなかったのにぼくらは気楽な関係になって、しゃべらない時間も許されるようになって。ぼくはスマホか小説用ノートを、文香ちゃんはタブレットを相手に終わりの時間を待つことも増えた。タブレットを使う文香ちゃんにはじめは驚いたけど、よく考えたら本が好きなだけで機械オンチなわけじゃなかった。思い込みのイメージはよくないね。

 

「りあむさん」

 

「ん?」

 

「小説、本当に楽しみにしています」

 

 何気ない感じでそんな声が聞こえたから文香ちゃんを見た。白百合みたいな笑顔があった。

 ダメだぞ、惚れるな、夢見りあむ。

 

 先に部屋から出るのが習慣になって、ぼくは頭の中で復習をしながら帰る。歯車を否定するぼくの小説は、楽しいぞって感じのものにはならない。たぶん。テーマのせいで主人公はそういう目にあうだろうし、救われるかっていうとかなり微妙。そんでもってぼくはこれからそういうのを全部作っていくことになる。文香ちゃんが言うところの加害者になるんだ。

 別に今から書こうとか考えてるわけでもないのに手がぬめっとしてる気がする。ぼくはこれから人を造って、その人生を決定する。生きようよ、って言うために。気ぃ重っ。

 

 さっきの文香ちゃんの歌の話がすごいヒントになるような気がしてる。結局のところの力点は、想像力には限界があって、それだと魂みたいなものを込めきれないってところにあるんだと思う。置き換えよう。つらいことがあっても生きようよ、っていうのがぼくの小説だ。つまりそれを体験すれば完成させることができるってことになる。いやそのためにつらい思いしろって最悪も最悪じゃね。でもただのつらいことじゃ弱いんだよな。そんなん珍しくもなんともないし。もっと、こう、死にたくなるような出来事。

 これまでそんなことあったっけ。なんか後ろ向きな人生の転換点。………あ、あったわ。いや、たしかにあれで映画見るのやめたけど。また失恋しろってか。誰とさ。待て待て、そもそも小説のためにそれは人生との釣り合い取れてなさそうなんだけど。え、達成してもやみそう。

 

 はーあ、好きな人、ねえ。実際そんな人けっこういるけど恋愛かってーと違うしなあ。どうしてぼくが小説のためにそんなの考えなきゃならんのだ。文香ちゃんも体験がないから想像でどうにかするって言ってたし。

 ごつん。アタマ痛え、と思ったら目の前に壁。おいおい前も見ないで考え事とかりあむちゃんも変わっちまったなあ。ふと気付く。おるやんけ。好きな人。ぼくが頑張ろうと思ったきっかけの人。汗がどっと出て顔面を流れまくってる。え、やなんだけど。おい気付くなよりあむ、なんで気付いちゃったんだよ。汗のほかに違う液体が顔を流れる。しょっぺえ。やだよ、どうして失恋しなきゃいけないんだよ。ぼくの人生がまた壊れる。蓋しただろ。

 ……違うわ。むしろだから今まで意識しなかったんだ。

 

 

「ねえPサマ、教えて。ぼくは逃げてもいいの?」

 

「止めないとは思う。が、もう少し事情が聞きたい」

 

「じゃあ、ぼくに小さな夢ができたとして、それを実現するためにはすごくつらい思いをしなきゃいけなかったら。そのときぼくはその夢から逃げてもいい?」

 

「いいんじゃないか?」

 

 あっさり言うんかい。

 

「え、マジ?」

 

「別にそれくらい自分で決めていいだろう。ただ俺はお前が何を天秤に乗せてるかを知らないから言えるっていうのはあるけどな」

 

 Pサマはアタマ良いからぼくが何を言おうとしてるのかなんてわかってそうな気もする。ぼくがこんな相談っぽいことするのなんて初めてだもん。Pサマにわからないのはぼくにとってのつらいことだけ。でもそんなことどうでもよくて、大事なのは逃げてもいいって言ってくれたこと。そんなんザコメンタルのぼくに言ったらぐいぐいそっちに引っ張られちゃう。いいじゃん、無理しなくたって。どうせうまくいったら儲けもの、みたいなことPサマも最初に言ってたじゃんか。

 

「でも結論は出てるんだろ? 逃げる、なんて言葉を使ってるくらいだ」

 

 うっ。

 

「んー、まあー、それはー……」

 

 痛いところというよりそこは核心。それは、しっかり最後までやれよって言うぼく。決断かー。たぶんそうだよなあ、考えてみたらPサマに相談に来た時点でだいたいの方向性は決まってたんじゃないか? 本気で逃げるつもりならぼくこんなとこ来ないもの。きっとなんにも言わずに、すっといなくなる。

 なんだかPサマのそれが、どうせそうなる、みたいな捨て鉢な期待に思えてちょっとやり切れない感じが残る。でもこれはぼくの被害妄想っぽいから口に出したりはしない。そんなことよりも言葉にしなきゃいけないことがある。

 本当に驚くっていうか呆れるっていうか、たぶんこの人はずっとぼくを待ち続けてたんだ。忍耐とかそういう話じゃない。ぼくには縁遠すぎて尊敬にすら値する能力。来るか来ないかわからない今日のぼくを待てるか? フツー。

 

「ねえ、ひとつお願いしてもいい?」

 

「言ってみろ」

 

「Pサマ、ぼくを人気者にして」

 

「わかった」

 

 返し方でぼくの読みが当たってたことがわかる。とくに明るい返事ってわけでもないし、重さを持たせたような声色でもない。その四文字にそれ以上の意味はなかったけど、ぼくに強烈に浸透してきた。この人はできる限りのことをする。ぼくは、それに応える。

 

「確認だが夢見、ここから先はよりアイドルだぞ」

 

「ぼくはぼくが救われたアイドルにはなれないよ。愛を振りまくなんてムリムリ」

 

「じゃあ何になるんだ?」

 

「何にもなれないよ、ぼくは夢見りあむちゃん。ザコメンタルの女の子だよ」

 

 不思議そうな顔をしてる。もしかしたらぼくとPサマじゃアイドルの定義が違うのかもね。ぼくはアイドルオタクだからなあ。ぼくが求めてるのは精神的なもので、アイドルって呼ばれていればいいってわけじゃないんだよね。はは、うっぜ。

 すこしだけ考えるそぶりを見せてPサマはうなずいた。納得したのかもしれないし、ぼくの言ってることがよくわからんからそのまま置いておくことに決めたのかもしれない。

 

「一週間くらいかな」

 

「何が?」

 

「それくらい経ったら忙しくなる。準備をしておけ」

 

 この業界の仕組みよくわかってないけどそれはおかしくない??

 

「え、う、うん」

 

「……なあ、前にこの業界の連中はみんなどこかおかしいって話したの覚えてるか?」

 

「覚えてるけど、急にどしたの」

 

 ぼくからすると具合の悪い思い出に分類される。ぼく自身わかってるけどぼくが憧れてた世界を狂ってるって言われていい印象持つわけないでしょ。

 

「でもお前はアイドルにならないと言っている。だからこそ期待してる」

 

「褒め方としても勇気づけとしてもヒドくない? Pサマそのへん下手くそなの?」

 

「狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり、なんて言葉を古典から引っ張ってきた作家がいる。意味なんて読んだそのままだが、そいつが言いたかったのは別のことだと俺は思っていてな」

 

 また演説モード入ったかな。これ口挟めなくなるんだよね。しかも内容が不穏。

 

「純粋な狂人とその真似をした狂人のあいだには深い溝があるんだよ。結局、偽物は本物にはなれないんだ。それは努力だとかそういった問題じゃない」

 

「え、ねえ、状況的に応援するところでしょ? ぼくなんでディスられてんの?」

 

「夢見、お前はきっとオリジナルだよ」

 

 にっこり笑顔が最後に届く。ガチで応援してるつもりだ。やむ。

 

 

 

 


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